飛来していた魔力弾も刃も突如として黙散し、ラーレ自身も詠唱を中断した。
はっきり言ってあまりにも無防備。まるで攻撃してくれと言わんばかりの、無警戒な様子。
加えてあれだけ放出していたドス黒い空気も消え、ヴィータ自身も何が何だか分からなくなり、突撃を止める。
そしてそれが罠という可能性も考えて警戒しつつ、一体どうしたのかを探ろうと彼女の様子を窺い続ける。
だが、当の本人はそんな彼女に意識が向いておらず、どこか苛立たしげな感情を顔に浮かべていた。
《止めろ、とはどういう事かしら? 私はただ目の前の猿を消そうとしただけ……個人の行動まで貴方に指図される謂れは――》
《消そうとしたという事自体、ウチらがしようとしてる事から脱線してるって気づかないんスか? それにどんな事があったにしろ、広域Sランク以上に相当する魔法を使うのはいくらなんでもやりすぎっスよ》
《ですけど、あの猿は私を甚くコケにしましたわ……『破滅の波紋』たる、この私を。だったらそれ相応の罰を受けるのが、当たり前というものではないかしら?》
《その罰というのが殺す事に繋がるのはともかく……たったそれだけの理由でこの街を消し去る気っスか、アンタは》
魔法を中断した理由、それは突如として自分へとアドルファからの念話が飛ばされたから。
内容は行使しようとしている魔法を即中断せよ、というもの。これはラーレ自身、納得が出来ずに反論した。
自分をコケにした者には相応の罰だと言って。だが、次に続いた彼女の言葉でラーレも言葉に詰まってしまう。
別に彼女は殺しが好きなわけでも、壊す事が好きというわけでもない。ただ人一倍、プライドというものが高いだけ。
そのプライド故に街まで消し去るのは確かにやりすぎだと思ってしまう。だけど、ここで彼女は素直に悪かったと言えなかった。
《それが結果として必要となるなら、私はそうする事を厭いませんわ……》
《へぇ……その結果、ウチらが巻き込まれて死ぬ事になっても?》
《っ……それは……》
続けて問われた言葉にてラーレは肯定する事が出来ず、二の句を繋げない状況へと落ちる。
巻き込まれて死ぬ、というのは大きな言い方のようにも思えるが、実際のところは増長でも何でもない。
殺すと言った時点で非殺傷になどしていない。そんな状態で街を消し去るほどの広域魔法を放てばそれが当然の結果。
アドルファもギーゼルベルトも強い力を持つ魔導師ではあるが、どんな事をしても死なない超人などではない。
だから殺傷設定の広域Sランク以上の魔法を使われれば、巻き込まれて死ぬ可能性は非常に高いと分かる。
そしてもう一度言うが、彼女は決して殺しや破壊が好きなわけではない。加えて味方殺しを平然とするような者でもなかった。
《はぁ……分かった、分かりましたわよ。要するに、やりすぎなければ良いという事でしょう?》
《そういう事っスね。ああちなみに、殺す事もやりすぎの範疇に入るんでそこんとこよろしくっス》
故に僅かな間を置いてラーレが折れたような言葉を告げると、アドルファはそれを若干訂正する。
それにラーレは文句を言いたげになるが、どうせ言ったところで自分の意見は通らないと判断して言わなかった。
普段のときならアドルファよりも優位に立ってる感のある彼女だが、事こういう真面目な事になると逆らえないのだ。
そのためそれ以上に何も反論せずに分かったとだけ言うと彼女も納得し、そこで念話は打ち切られた。
魔法少女リリカルなのはB.N
【第二章】第二十一話 二度目の邂逅は遊戯の終焉へ
念話が打ち切られたを合図に彼女は疲れたような溜息をついた。
そして今やっと気づいたかのようにヴィータへと目を向け、若干呆れという感情を浮かべた。
「律儀にも待ってましたの? 先ほど攻撃していれば、もしかしたら私を倒せたかもしれませんのに」
「……構えもしねえ無防備な奴を攻撃出来るかよ。それに、もしかしたらそういう罠って可能性もあるしよ」
「前者だけ聞けばご立派な風にも聞こえますけど、後者を交えて聞くと臆病者の言い訳にしか聞こえませんわね」
急に雰囲気が元に戻ったかと思えば、口にするのは最初から変わらぬ毒混じりの言葉。
それにはもう一体何なんだと思うと同時に再び怒りが湧き上がり、鉄槌を握る手がプルプルと震える。
そんな彼女の様子に慌てた風も一切無く、ラーレは鼻で笑うような様子を見せて尚も挑発をかました。
「そもそも無防備な者を攻撃しないなんて、完全に余裕の表れですわ。確かに私は貴方の攻撃を二度も受けましたけど、見たところ先ほどので貴方も大層なダメージを負っている……そんな状況で余裕を見せる? はっ、馬鹿にするのも大概にしてほしいものですわね、赤毛の猿」
「ぐっ……だから……猿じゃねえって、何度言えば――」
「猿みたいな顔の上に猿みたいな浅い考えを聞かされれば、猿以外に呼び方なんか浮かびませんわ。あ、ただの猿じゃありませんでしたわね。猿の中でも更に低脳な猿……要するに馬鹿猿でしたわね、貴方は」
彼女の言葉を遮って挑発の嵐。しかも、喋る毎に混じる毒の量が多くなっている。
これにはもう鉄槌を握る手を振るわせるだけに留まらず、肩まで震わせながら青筋を浮かべる。
だけどそれでも尚、彼女の毒舌は途絶えることが無く、今度はヴィータのほうが黒い空気を纏い始める。
「潰す……ぜってえ、ぶっ潰す」
「出来もしない事を口にするところがそのまま馬鹿さ加減に繋がると何で分からないのかしら? ああ、分かるはずありませんわよね……馬鹿猿ですものね、貴方」
その一言が決め手となり、彼女の堪忍袋の尾がブツンと音すら立てそうなほど盛大に切れる。
そもそも怒りやすい彼女がここまで耐えただけでも立派だが、それは彼女を知る者がこの場に入れば思う事。
故に彼女をよく知らない、加えて別段よく知ろうともしないラーレは再び鼻で笑い、それがきっかけとなって彼女は行動を起こす。
弾丸の装填音から本日三度目になるラケーテンフォルムへの移行。魔力の噴射剤を放出し、途端にその場で回転し始める。
そして爆発的な噴射によって勢いよく飛び立ち、一直線にラーレの立つ場所へと特攻していった。
「ほんとに馬鹿ですわねぇ……三度も、同じものを貰うわけがありませんわ」
凄まじい勢いで迫り、鉄槌に備わるスパイクを叩きつけようとした矢先、同時にラーレは動き出す。
高速移動魔法を持ち得ない、動き回る戦闘を苦手とする彼女だが、苦手なだけで出来ないわけじゃない。
それを証明するかのように叩きつけられる寸でで振り下ろされる鉄槌の軌道を読み、地面を蹴って横に避ける。
そして威力故に止まれず、ビルの地面を砕く形となったヴィータから離れるように空へ飛び立ち、後ろを取る。
同時にデバイスの先端の形状を先の筒状へと変え、弾丸装填と共に細めの閃光を乱射した。
避けてから発射までの間、時間にしておよそ十秒。普通の体勢なら十分に避けられる時間だが、今の体勢では難しい。
それ故か、噴射を終えて勢いの無くなった鉄槌を振り上げる事なく、振り向くと同時に左手を前に出して障壁を張る。
幸いにして閃光の威力は先ほどまでのでそこまで高くないのが分かっている。だから、それでも十分に防げると踏んだ。
その予想通り、ヴィータの土壇場で張った障壁は閃光の乱射を全て防ぎ、皹すら入らぬ状態で顕在していた。
――だがその瞬間、二度目の弾丸の装填音が響き渡る。
ラーレの持つデバイスのあの形態では、先ほどまでなら乱射するためだけに弾丸を装填していた。
だが、響いた装填音から後に感じられる違和感。軽い爆発による煙のせいで未だ見えないが、それは明らかに先までとは違う。
そこから同時にある一つのおかしな事に気づいた。なぜ、弾丸を装填したのに閃光の乱射が訪れないという事態に。
先ほどまでなら装填から乱射までものの二秒か三秒程度。だが、装填音が響いてからすでに十秒以上経っている。
動いた方がいいのか、だが動くには障壁を消す必要がある。もし相手の狙いがそれなら、消すという行為はあまりに危険。
だったらここはどうするべきか……障壁を維持しながらそこを思考する中、爆発による煙がようやく晴れていった。
――直後、煙の晴れた先ある驚きの光景が目に映った。
煙が巻き上がる前と同じく自身に杖の先端を向けている彼女。だが、先端にある筒の先からは魔力の光が見える。
感じただけでも魔力の量は膨大。おそらく、弾丸から放出された魔力をそのまま先端に集束したのだろう。
つまりこれが表すことは、集束した魔力を砲撃として放てば威力は膨大。それこそ、障壁一枚で防げる可能性は低い。
「終わりですわ、馬鹿猿さん」
《Meteorscatastrophe, Focused shift》
即座に退避するという選択肢を奪うかの如く、集束した魔力の光が眩く輝き始める。
よってもう逃げるのも間に合わない。もしここで逃げたとしても彼女が現在立つ位置はビルの内部。
逃げる範囲など前か後ろしかない。だが、どちらへ逃げたとしても間に合わず、砲撃を受けるのは避けられないだろう。
だからヴィータは光が輝いた直後、駄目元で今も維持している障壁に力を込めるべく、全魔力を集中させる。
避けられないなら全力で防ぐしかない。でなければ彼女が口にした通り、ここで終わってしまう事になるのだから。
そしてそんな思考から全魔力を集中し終えたとき、眩く輝いていた光は――――
――巨大な一陣の閃光となって、杖の先端から放出された。
フェイトと分かれてすぐ、なのはは探知魔法を用いながら捜索に専念した。
今の限界では彼女が探知出来る範囲は半径およそ2km。若干無理をすれば2,5kmといったところ。
捜索のために飛翔魔法で飛び回っている事から、同時に探知できるのはこの中間くらいの範囲。
その範囲を探知してみたところ、反応があるのは約1km先に二つ、自分の後方約1,5kmの地点に二つ。
斜め前方0,5km先にて二つ、そして同一の方向2km先にて一つの計七つの反応が窺える。
だけど後方の反応はフェイトとアドルファだという事は分かるが、それ以外の五つに関しては誰かが分からない。
一つ一つ確かめにいくという手が手段としては一番確実性が高いが、敵が混じっている可能性も考えると危険。
しかし彼女にはそれしか手段が思いつかず、フェイトの事を考えても時間を掛けたくない故に一番近い反応を目指す。
――すると驚くことに一番近くの反応たる二つが、同時になのはのいる地点へと動き始めた。
500、450、400と凄まじいというほどではないが、それなりに速い速度で近づいてくる。
敵の誰かかと居の一番に考えもするが、それだと二つが同時に目指してくるというのがおかしくなる。
まさか残りの二人が一緒に行動してるとは到底思えないから。だけど、だからといって味方だと確信するほど楽観的でもない。
だからまずは様子見と言うように近場の隠れれそうな建物を間へと隠れ、二つの反応が誰かを見極めようとする。
隠れさえすれば探知魔法で現地まできたとしても、すぐに隠れている人物を見つけるという事は難しい。
故にもし予想外にも敵だったとしたら見つかる前に逃げる。そう考えて、反応が到着するまで隠れながら待っていた。
そして隠れ始めてから一分程度が経ったとき、接近してきていた反応はなのはの隠れるすぐ近くの大通りに降り立った。
「ここのはずなんだけど……」
「姿が見えないな……隠れているのか?」
聞こえてきたのは女性と男性の二人によるもので、非常に覚えのあるもの。感じる魔力さえも。
だけど一応念を押す形で確認をすべく、なのはは隠れた位置から僅かに覗き見るように顔を出した。
するとそこから見えた二人は思った通りの人物であり、確認したと同時に自身の目とその二人の目が合った。
その瞬間に女性のほうは嬉しげな笑顔を浮かべ、男性のほうも薄っすらとではあるが口元に笑みを浮かべて走り寄る。
対するなのはもその二人と合流出来たのが嬉しいのか、笑みを浮かべつつ姿を出して近寄った。
「無事だったんですね、アルフさん、ザフィーラさん」
「ああ……そちらも、無事なようで何よりだ」
「でも、フェイトの姿が見えないね。話では確か、一緒に行動するんじゃなかったかい?」
アルフの純粋な疑問になのはの表情からは笑みが消え、俯き加減でポツリポツリと事情を話した。
ゲームが開始してから早々にアドルファに見つかり、追い掛けられていた事。その際、自分を逃がすためにフェイトが一人残った事。
今に至るまでのその全ての経緯を話し終えるや否や、アルフはフェイトを助けに行くとすぐさま飛び立とうとする。
しかし、その行動はザフィーラに止められ、今行ったらフェイトの意思を全て無駄にする事になると彼女を説得した。
アルフは確かにご主人であるフェイトを第一として考える。だが、第一として考えるからこそ意思を無駄にするなど出来ない。
だから心配を今も抱きながらもザフィーラの説得に応じ、再びなのはの方へと顔を戻す。するとその際、なのはから謝罪の言葉が口にされた。
自身を逃がす事がフェイトの意思だからと自分は見捨てるような事をしてしまった。アルフの大事なご主人を、自分の大事な親友を。
その事への罪悪感は簡単に消えるようなものじゃない。加えて先ほどの心配した様子を見せられ、それはより強くなる。
故に謝って済むような問題ではない事が分かっていても、謝らずにはいられなかった。そしてそれに対し、アルフは気にするなと口にする。
確かになのはがフェイトを見捨てた形となるのだろうが、それはフェイト自身の意思もあるし状況を考えると止むを得ない選択。
そのため残ったフェイトを心配する事はあっても、なのはを責める気など自身には毛頭ないのだと若干慌てつつ彼女に伝えた。
それによってか、力は無くもなのはの表情に少しばかり笑みが戻り、それを見てアルフはもちろん、ザフィーラも安心を浮かべた。
「しかし……そうなると現状では二人が敵と交戦している事になる。これは探す側からすればある意味好機だが、敵の実力を考えると急いで探した方がいいな」
「二人? 他にも誰か戦ってる人がいるんですか?」
「ん〜、実はアタシとザフィーラもなのはと同じで、敵に見つかってヤバかった所をヴィータに助けてもらったんだよ。アタシらは残って一緒に戦うって言ったんだけど……」
「……ヴィータちゃんが、自分が足止めするって言ったんですね」
「そういうことだ。多少戦ってみただけでも敵の強さは異常、加えてあの性格を考えるとおそらくは逃がしてなどくれんだろう。だから残って戦ってくれているヴィータやテスタロッサの事を考えるのなら、なるべく早く隠れているもう一人を見つけてゲームとやらを終わらせるしか俺たちには出来ない」
ゲームを終わらせる方法は追う側の三人を戦闘不能にするか、まだ見ぬ一人を見つけるという二つ。
前者は正直なところ、今の自分たちでは到底無理だろう。そもそも、簡単に倒されるようならこんなゲームを仕掛けない。
だとすれば取れる方法は後者しかない。これは最初こそ難しいものだったが、今なら簡単ではないも難度は低くなっている。
というのも、探知魔法を掛けた場合として二つの反応が同一の場所にあった場合、断定は出来ないが大概は除外出来るのだ。
二つの反応が同一の場所にある事はつまり、その二人が交戦している可能性が高いという事なのだから。
そしてそういう認識で探知魔法を行使して探りを入れてみると、合流した事から一つ減って三つの地点にて反応がある。
約1km先に二つと後方約1,5km先に二つ、そして斜め前方2km先にて一つ。計五つの反応が魔法にて探知出来る。
内二つはヴィータとラーレ、フェイトとアドルファだというのが三人の話を総合する事で分かっている故、除外出来る。
加えてこれだと自ずと数が合わないが、アルフらの話曰く、ゲーム開始間もなくから若干離れた地点に二つの反応が存在しているらしい。
となると人物の予測できない反応は先も挙げた一つのみ。そして前者の考えを総合すれば、自ずとこれが疑わしくなる。
「ふむ……考えてみれば、この反応だけ最初から妙な動きをしていたな」
「妙な動き? アタシはそんな風に感じなかったけど、一体何が妙だったんだい?」
「最初はほぼ全員が移動していたから違和感が無かったが、今となって見てみれば、この者は明らかに人と接触するのを避けている節が動きに見られる。その証拠に今も一人で行動している上、俺たちがこの地点に集まったときからまるで逃げるように離れているんだ」
「言われてみればそうかもですけど……もしかしたら私たちを敵だと思って逃げてるのかも」
「それは正直ないだろう。さすがに追う側が全員固まっているなど、ゲームが始まってから少し経つ今となっては俺たちなら考えない。お前たちも、そうではないのか?」
「……まあ、確かに私らでもそんな考えは持たないけど。ということはつまり、この反応が隠れてる一人だって事?」
「断言は出来ない……妙だというだけで、確証はないからな。だが、調べてみる価値はあると思う」
今現在も三人のいる場所から離れるように動いている一つの反応。
確証はないが、もしかしたらという気持ちがなのはにもアルフにも少なからずあった。
だからか、ザフィーラの説明を聞いた後、同意を求める言葉に対して二人は頷き、すぐさまその反応を目指して飛び立った。
予想通りというべきか、三人が近づき始めた矢先にその反応の動きが格段に速くなった。
これはもう確定だと言ってもいいだろう。それほどまでにこの反応の人物は逃げる速度は速いのだから。
だが、その際に挙がってくる問題が一点ある。それは、どうやってこの人物を追い込むかという問題。
ゲームの勝利条件はこの人物を見つける事。それは探知や何やらでではなく、目視でという意味である。
これは意味合い的には簡単なようにも聞こえるが、相手の足が異常なまでに速いとなると話は変わってくる。
普通に追い掛けては姿を見つけるどころか、追いつく事すら難しい。だとすれば、何らかの策を考えて対応する必要が出てくる。
故に追い続けながら三人で策を練った結果、一番単純な方法である三方に分かれて逃げ道を奪うという形を取る事にした。
そしてそれを決めた矢先にアルフは右、ザフィーラは左へと飛び、なのははそのまま直進して追い続ける。
――その策が功を奏したのか、逃げ回る人物はしばしの後に逃げ道を失った。
本来ならば、この策は単純故に気づかれる可能性が高く、頭の良い方法だとはとても言えない。
しかし、相手はまさかこんな単純すぎる策に出るとは思わなかったのか、それとも本当に気づかなかっただけか。
理由がどちらかは分からないが、アルフとザフィーラが前方斜め左右の位置について目標へと向かうまで気づいた節がなかった。
そして結果として逃げる道をほとんど失い、駄目元でか現在立つ位置から右へと逃げようとする。
だけどもう少し早く気づいていたならともかく、すでに近くまで来ている現在ではもう間に合わないと言ってもいい。
それ故、その人物がなのはとアルフの間を抜けるよりも早く、二人の視界にて目的となる人物の姿を捉えた。
「あ……」
《…………》
捉えた瞬間、相手は見つかったんだという事を理解したのか、逃げるのを止めて立ち止まる。
そしてその人物が振り向いた途端、なのはの表情には若干の驚きが走るも、すぐに消して僅かに近寄り、話しかけた。
「隠れてた人って……カルラちゃん、だったんだね」
《……うん》
カルラ・クラムニー……例の集団の一人にして、『虚無』という二つ名を持つ見た目十歳前後の少女。
加えて闇の書事件に於いて一度だけ皆の前に姿を現し、結果としてなのはを助けるという事をした子。
そんな子がこのゲームに参加していたという事には驚いたが、それでも隠れていた人物がこの子ならゲームに勝った事を意味する。
それ故、遅れて二人が立つ場所へアルフとザフィーラが到着したのを合図に、なのはは確認するように聞いた。
「私たちの勝ちで、いいのかな……?」
《そう、だね。私を見つけたわけだから、ゲームは私たちの負け……おめでとう、なのは》
「じゃあ……」
《うん……賭けの内容に従って、私たちは貴方たちの要求を一つだけ聞いてあげる。待っててね、アルにゲーム終了を伝えてこの後の指示について聞いてみるから》
賭けはなのはたちの勝ち。集団の一人であるカルラの口からそう聞かされたためか、三人の表情に笑みが浮かぶ。
そしてその後にカルラが念話にてアドルファに話しかけ、終了を告げると共にこの後どうすればいいかの指示を仰ぐ。
その結果、指示を聞き終えた彼女の話によると最初の場所にて集合、その後に勝利の景品として要求を窺うとの事だった。
この指示を伝えた後、カルラは行こうと続けて口にする。だが、それに対してなのははすぐに動き出すことはなかった。
加えてアルフとザフィーラに少し戸惑い勝ちな視線を向けてくる。正直なところ、本来なら何を戸惑っているのかこれでは分からない。
しかし、二人は彼女の視線が二人とカルラを行ったり来たりしている事から、視線の意味を察して先に戻ると飛び立った。
それになのはは内心で感謝を口にし、同じく彼女の視線の意味を察してか戻らず待っていたカルラへと視線を向けた。
「カルラちゃん……ちょっと聞きたい事があるんだけど、いい?」
《ん……答えられる範囲でいいなら。それと、なるべく手短ね?》
集まれという指示を聞いた以上、自分たちだけ変に遅れてしまうわけにはいかない。
それ故の返事に対してなのはも小さく頷き、疑問を彼女へと口にした。
「カルラちゃんたちは、どうしてお兄ちゃんを攫ったの? あまり言いたくはないんだけど、目的はリースちゃんのはずなのに……」
《……恭也さんは、『蒼天の剣』を扱う人だから》
「『蒼天の剣』って、リースが入れられてたオリウスの事?」
《本来は、そうだったんだけど……今はリース本人が『蒼天の剣』という事になってるかな》
この説明は正直、意味が分からないと言わざるを得なかった。
『蒼天の剣』という名前自体初めて聞く上、前はオリウスで今はリース本人を指すというのも意味不明。
だけどカルラ自身、これ以上の詳しい事は言えないと言い、この話に関しては結局詳細が分からぬまま終わる。
だが、何も分からないわけではない。一つだけ、もしかしたらと思っていた事について確信が得られた。
それは恭也まで攫われた原因がリース、もしくはオリウスにあるという事。だけど、確信したからといって恨んだりはしない。
もう過ぎてしまった事は巻き戻しなど出来ないのだし、実質的にはリースとて被害者なのだから責める事は出来ない。
だからこの話に関してはそれが分かっただけでも良しとして完結させ、次なる疑問をぶつけた。
「次なんだけど……アイラさんは、連れ戻そうとしたりしないの? アイラさん自身から聞いた話だと、ジェドさんはアイラさんを家族だと思ってるんでしょ?」
《確かに、博士はアイラを家族だと思ってるみたいだし、博士が出してきた指示にはアイラさんも含まれてるよ。でも、アイラに関してだけは過剰に連れ戻そうとしなくてもいいって……家族ではあるけど、彼女もそろそろ自立したい時期なんだろうからとも言ってた》
子供の時分ならいざ知らず、もう年齢的に大人であろうアイラは自立してもおかしくない時期。
だから無理に親元で暮らさなくてもいい。自立のために親元を離れて暮らしたいのなら、それでも別に構わない。
放任主義のようにも見えるが、これは血の繋がりはなくともアイラ自身の意思を考えた上での親としての判断。
加えて、リースを意地でも連れ戻そうとした理由をもこれで分かる。要するに、彼女が年齢的にまだ幼いからだと。
しかし、これが分かったからといってどうなるものでもない。二つ目の疑問については、ただ単に気になっただけだから。
もしここで必ず連れ戻すと言われていたとしても、そんな事させないと言い、必ず阻止しようとしただろうから。
だけど結果的にはこういった回答……ただ気になったからの疑問とはいえ、完全にこそ無理だが多少なりと安著は出来た。
そしてその質問から僅かな沈黙が訪れた事で最後と認識したためか、じゃあ行こっかと口にしてカルラは背を向け飛び立とうとする。
だが、彼女が飛び立つ前になのはは慌てて静止の声を掛け、それにカルラは動きを止めて首を傾げつつ振り返った。
「ご、ごめんね……その、もう一つだけ聞いても、いい?」
《いいけど……なにかな?》
「えっと……前から少し思ってたんだけど、どうしてカルラちゃんはずっと念話で話してるの?」
質問を口にした途端、カルラの表情に驚きという感情が走った。
その表情を見た瞬間になのはは思ってしまう。聞いてはならない、聞かれたくない質問だったのだろうかと。
だから質問してから返答を聞く前に謝ろうとした。しかし、謝罪の言葉を口にしようとしたとき、今度は彼女が驚く羽目となった。
質問に対して驚きを浮かべていた事から、さっきの内容については聞かれたくないのだと思った。
だけどその考えに反して、謝罪する前に続けて彼女が見せたのは――――
――嬉しさと悲しみが入り混じったような、曖昧な微笑み。
その笑みは先ほど抱いた思い以上に、別の疑問をなのはへと抱かせる。
どうして先の質問を聞いてそんな笑みを浮かべるのか、一体何が彼女にその笑みを浮かべさせたのか。
入れ代わりで新たに浮かんだ疑問は考えて解けるようなものではなく、故に彼女は疑問符を浮かべるしか出来なかった。
そんななのはに対してカルラはさっきの質問にも、彼女が今抱いている疑問にも答えず、彼女に背を向ける。
《恭也さんやリースと同じことを、聞くんだね……》
「え……」
背を向けたままそんな言葉を告げ、なのはがどういう事と聞き返す前に飛び立ってしまう。
彼女の去り行く姿を呆然と眺めながら、なのはは先の言葉について頭を悩ませて考える。
言葉の意味をそのまま取れば、恭也とリースも同じ質問をカルラへとしたという事になる。
しかし、その事と先の笑みにはどういう関係があるのか。それ以前として、二人は現在どういう扱いになっているのか。
質問が出来るほどという事は、そこまで悪い待遇にはなっていないのか……考え始めれば切が無く疑問は浮かぶ。
だけどそれを聞く相手もすでに姿すら見えなくなり、追いついて聞いたとしても何となく答えてくれるとは思えない。
だから知りたくもその疑問は胸の内に留めておくことにし、とりあえずはカルラの後を追うべく自身も飛び立つ事にするのだった。
あとがき
カルラは結局のところ、恭也&リースに結構心を許してるんですよ。
【咲】 特に以前の恭也&リース編から時期的に少し経ってるから、その分親しくなってるだろうしね。
うむ。そして、恭也とリースがした質問と同じ事を聞いたなのはを見て思ったんですよ。
【咲】 やっぱり兄妹なんだな、って?
そうそう。だから笑みが浮かぶのを止められず、もしかしたらという思いを抱いてしまう。
【咲】 なのはも二人と同じで、口が利けない自分を同情する事なく接してくれるかもって?
そういうことだな。だけど、それでもこの件に関して彼女は臆病になる……故に答えを言ってしまうのを恐れた。
【咲】 だから言わなかったのね。考えに反した反応を返されるのが怖くて。
まあ、恭也やリースが戻ったとしたら、彼女自身が伝えなくても知れる可能性は高いけどな。
【咲】 まあねぇ……にしても、なのはの質問にちゃんと答える辺り、カルラも甘いわね。
面子の中では一番優しく、甘く、臆病な子だからね。それにカルラ自身、恭也を奪ってしまった事に罪悪感を持ってる。
【咲】 ふ〜ん……でも、悪いと思ってるだけじゃ何も変わらないけどね。行動に移さなきゃ。
そりゃそうだけど、カルラの権限だけでは恭也を返すなんて事は出来ないんだよ。
【咲】 そんな事したら、怒られるじゃすまないんじゃない?
さあ、そこはどうかな。もし仮に、カルラの独断で逃がしたとしたら、彼女たちなら怒るだけで済むかもしれん。
【咲】 それはカルラに甘いから? それともあれだけ言っといて恭也を重要視してないから?
そこの辺は秘密だ。まあ、実際そうなるか事態も今はまだ分からん状態だけどな。
【咲】 ていうか、次の恭也&リースサイドにならないとそこの辺は分からないでしょ。
まあね。さてさて、今回のお話でアドルファたちが提案してきたゲームはなのはたちの勝ちで終わりを告げました。
【咲】 でもさ、何かうまく行き過ぎてる感じがするのよね。この後、また何か一波乱ありそうな予感。
さて、どうだろうな……てなわけで次回はその点についてのお話。そしてその次がやっと恭也&リースサイドだ。
【咲】 今回もなのはたち管理局サイドはそれなりに長かったわね。
ふむ。だがまあ、今度の恭也&リースサイドもそれなりに長くなるよ。時間軸をゲーム終了の地点まで進めるから。
【咲】 ふぅん……まあどの道、次回以降をお楽しみにってわけね。
そういうこと。では、今回はこの辺にて!!
【咲】 また次回会いましょうね♪
では〜ノシ
やっぱりカルラだったか。
美姫 「でも、これでゲームはなのはたちの勝ちよね」
だな。とは言え、本当に何かあるのではと思ってしまうな。
美姫 「次は恭也サイドになるみたいだから、こちらがどう進展するのかはすぐには分からないわね」
うーん、とっても気になるんだけれどな。
とは言え、恭也たちサイドの動きも知りたいしな。
美姫 「という訳で、次回も楽しみにしてますね」
待っています。