賭けの対象として指定されたのはフェイト。それは誰もにとって分かったと頷ける事ではなかった。

闇の書事件に於いてなのはと共に守護騎士らを説得しようと試み、結果として彼女らを救ってくれた一人である少女。

なのはにとっては掛け替えの無い親友。アルフにとっては何度言っても言い足りないくらい大切なご主人様。

なのはたちの中で彼女を大切な存在を思わない者はいない。それを差し出せというのだから、反対も当然だった。

もちろん、フェイトだけでなくこの場にいる誰も賭けに差し出す気など誰にもない。だからこそ、誰もが悩んでいたのだ。

なのに悩んでいた意味すら無駄にするかのようにそう口にされ、反対と返す者や睨みつける者と多種多様な様子を見せた。

 

「でもっスねぇ……正直このまま悩んでて時間だけ過ぎちゃうってのはウチらとしても勘弁願いたいんスよ。ほら、ウチらって一応お尋ね者ですし」

 

「だからといって、テスタロッサを差し出せと言われて分かりましたと頷けるわけがないだろう。それでなくともこちらは身内を一人、お前たちに奪われているのだから」

 

「しかし、こちらとて負ければ一気に不利になる確率の高いものを賭けの対象として差し出しているのだ。それ故、それ相応のリスクをそちらも負ってもらわなくては平等でないのではないか、シグナム?」

 

加勢に入ったギーゼルベルトの一言で、彼女は言葉に詰まってしまう。

確かに一つだけ何でも要求してもいいという条件は、彼女たちにとってかなり危険性の高いものである。

要求するもの次第では彼の言うとおり彼らにとって不利に働き、下手を打てばそれが原因で捕まる可能性とてあるのだ。

ゲームという割にはリスクの大きい条件。だからこそ、なのはたちにも相応のリスクをというのは間違ってはいない。

だが、間違ってはいないにしても頷けないのは変わらない。彼女たちにとってフェイトを奪われるというは、リスクが高すぎるから。

戦力としても、彼女らの精神面にしても、大きなダメージを与える。だから、反論が返せずとも誰も頷きはしなかった。

それに対してアドルファとギーゼルベルトも賭けの対象を変更する気がないのか、どうしてものかと困りだす始末。

しかし、それから皆が悩む、睨む、困るといった様々な様子を見せる中、指定された本人が唐突に口を開き、驚きの言葉を口にした。

 

「わかりました……もし私たちが負けたら、私は貴方たちの要求通りにします」

 

「フェイトちゃんっ!?」

 

誰一人例外無く、突然了承を口にした彼女には驚き、言葉も出せずに絶句してしまう。

だが、なのはの声からすぐに皆も我に返り、彼女に考え直させるべく口々に止める言葉を発する。

しかしフェイトは決定した事を覆さず、なのはやアルフの言葉にも大丈夫だからと笑みを返すだけだった。

 

「ふむぅ……本当に、いいんスね? 言っておきますけど、ウチはどんな事に関しても嘘は言わないっス。ですから負ければ、情け容赦無く本当に貴方を連れて行くっスよ?」

 

「……本当を言うと、こんな条件は飲みたくありません。負けた場合だったとしてもなのはや皆と、離れ離れにされるんですから」

 

「なら、撤回するっスか?」

 

「いえ、確かに離れ離れになるのは嫌ですけど……だったら、勝てばいいんです。私たちが勝てば貴方たちの要求は無効で、恭也さんとリースも取り戻せるかもしれない。だから、撤回はしません……勝って貴方たちに奪われた大切な人を、取り戻すために」

 

一片の迷いも無く勝つと口にする。勝って、彼らを取り戻すと断言する。

それにアドルファは若干の驚きを示すも、続けて満足そうに頷きながら笑みを浮かべた。

この歳でこれほどまでの意思の強さ、そして恐怖に屈せぬ心。そんな彼女の様子には懐かしい影が重なる。

 

(なるほど……優しいだけじゃないって事っスか。いやはや、シェリスちゃんがあそこまで懐いたわけがようやく分かった気がするっスよ)

 

リース以外では浅い懐き方しかしなかったシェリスが過剰に懐いた唯一の少女。

リースと同質の優しさを持つからだと彼女の話から考えていた。だが、それは半分正解で半分不正解。

正確にはシェリスが無意識に求めるリースと酷く重なる影。それが赤の他人であるはずの彼女にも重なる。

きっと懐いた本当の理由はそこなのだろう……母性を求める彼女は記憶にないはずの母の影を、彼女たちに見ているのだ。

だからか、それ以上はもう問う事もなく、笑みを浮かべたまま他の面々にもう反論はないかと視線を巡らせる。

視線を向けられた彼女たちもフェイトから強い意思を感じたのか、アドルファらと同様にこれ以上は意義を唱えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第二章】第十八話 悪夢の一夜の幕開け

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

賭けの対象が互いに決定した後、アドルファは続けて細かい部分の説明に入った。

それによると制限時間は無制限、開始のタイミングは結界が張られた瞬間からとの事。

加えて鬼側であるアドルファたちはなのはたちが発ってからおよそ一分後に追いかけ始めるらしい。

これは追う側と追われる側が同時に動いては面白くないという、アドルファ側の提案である。

若干舐めていると取られる提案ではあるが、下手にフェアを持ちかけて負けたりすれば目も当てられない。

それ故にこの提案を飲み、残りの細々とした部分の説明を終えた後、彼女はゲーム開始間近とばかりに目を閉じた。

これは隠れているもう一人に念話を飛ばすためだが、本当ならば念話を飛ばすのに別段目を閉じる必要性はない。

しかし普通に飛ばしては分かりにくいであろうという配慮からそうする事にし、その意図を読んだ面々は各々デバイスを起動する。

そしてほぼ全員がデバイスを展開、臨戦態勢に入ったのとほぼ同時に――――

 

 

 

――町全体を包もうかと言わんばかりの、広域の結界が展開された。

 

 

 

瞬間、誰もが別々の方向へと飛び立つ。これは、固まって逃げれば探す範囲が狭くなるという考えからの行動。

だが、一人で逃げながら探しては相手に目を付けられた場合に不利となってしまうのは必然。

それ故、ある程度距離を置いた辺りで二、三名のグループとなるというのが最終的な手筈となっている。

そんな彼女たちの考えを知ってか知らずか、アドルファは去り行く彼女たちの後姿をのんびりと眺めていた。

 

「ん〜……さてさて、誰を追い掛けようっスかねぇ。ギーゼは決まってるっスか?」

 

「無論だ。俺が刃を交えてみたい相手は、あの中に一人しかいないからな」

 

「戦る気満々っスねぇ……んで、ラーレはどなたを?」

 

「私の相手はもちろん、あの赤毛の子猿ですわ。実力の差も見抜けない馬鹿は、一度痛い目に合わせないといけませんもの」

 

いつの間にか復活していたラーレはそう答えるも、実際のところは先ほどの事を根に持っていた。

自業自得な上に殴ったのはギーゼルベルトであれ、ヴィータのせいでそれが招かれたと考えての逆恨み。

非常に迷惑極まりない事ではあるが、アドルファも呆れるだけで何も返す事はなかった。

 

「ところでアル……一つ、聞かせてもらってもよろしいかしら?」

 

「ん、なんっスか?」

 

「賭けの対象としてあの金髪の子供……フェイトとか言ったかしらね。彼女を指定したのはなぜかしら?」

 

「あ〜、それっスか……別にこれといって深い理由はなかったっスよ。ただ、ヒルデのお土産に丁度いいかなって思っただけっスから」

 

「……実際にお土産として差し出したら、あの子のお先は真っ暗ですわね」

 

ヒルデの性格を嫌というほど良く知るラーレからしたら、敵ながら哀れとしか言いようがなかった。

しかしまあ、そう思ったからといってどうにか出来るわけでもないし、どうにかする気も更々ない。

故に自分で聞いておきながらそこでスッパリと話題を打ち切り、もうそろそろ時間ではないかと彼女に尋ねる。

すると彼女はこのために付けてきた腕時計に視線を向け、針が一分経過から若干過ぎている事から彼女の問いに頷いた。

よってラーレは自身のデバイスを起動し、バリアジャケットを纏って早速飛び立とうとするが、そこでふと気づく事があった。

 

「……ギーゼはどこ行きましたの? 確か、さっきまでいたはずですのに」

 

「ああ、ギーゼならラーレが時間を聞いてくる少し前くらいにもう飛んでいったっスよ」

 

「……何というか、本当に気配の薄い人ですわね。いえ、生き物としての気配どころか飛翔魔法発動の気配すら感じさせずに消えるなんて……あれ、本当は幽霊か何かじゃありませんの?」

 

「否定出来ないのが痛い所っスねぇ……」

 

乾いた笑いを浮かべながらそう返し、アドルファもラーレから少し遅れてデバイスを起動させる。

そして同じくバリアジャケットを纏い、軽く身体を解すかのように二、三回程ピョンピョンと飛び上がる。

その後にラーレのほうへと再度視線を向け、互いに頷き合うと二人はほぼ同時に空へと飛び立っていった。

 

 

 

 

 

鬼ごっこ開始から約一分が経過したとき、アルフはザフィーラと合流した。

元々ザフィーラと合流する手筈になっていた訳ではないが、偶然か近しい位置でお互い動いていたのだ。

故に誰かと合流してという案は出発前に念話にて全員で話し合っていたため、二人は合流したとの事。

そして合流した後はその付近を隈なく探索していた。恭也のように気配は探れぬ故、探索魔法を使う事によって。

しかし、当然飛び回っているのは身内も含めて十一人。撹乱のためか、見つける対象まで動き回っている。

それなりに付近まで寄れば感じる魔力の質の違いで分かるが、付近まで寄るとなるとそれなりに危険性がある。

だけどそうしないと探索も満足に出来ないため、危険性はあるもなるべく質の違いを判別するまで悟られぬよう近づくしかない。

それ故に探索魔法を使いつつ、そこから一番近い反応へとゆっくりと近づき、魔力の質を判別しようとする。

 

 

 

――だがその瞬間、反応は急速に二人へと接近してきた。

 

 

 

あちらも二人の反応を感じ取ったのだろう。だから、味方が合流するためと言っても納得できる。

だが、それにしても可笑しいのは接近する速度。身内とするならば、それは明らかに急ぎすぎと二人に映った。

それでなくともなるべくあの三人に見つからぬよう探索という事なのに、それでは敵に居場所を悟られてしまう。

そう思い描いた途端、二人の脳裏に嫌な予感が過ぎる。もし、これが敵だとしたら……という、嫌な予感が。

そして続けて感じた魔力によってその予感は的中する事となり、即座に二人は逃げを試みようとする。

しかし、予感が過ぎる所からして遅かったためか、動き出す前に接近してきた反応は二人の前に姿を現した。

 

「…………」

 

一見して先端の十字架のような物が目立つ杖、ウエーブの掛かった茶色の長髪。

纏う衣服は先ほどと若干異なっているが、挙げた外見の後者から敵側の一人、ラーレなのだと分かる。

嫌な方向で予感が的中した上に逃げる間も逃した。それでも二人は逃げを打つためか、警戒しつつ相手の隙を窺う。

だが襲ってくるかと思いきや、ラーレは二人から僅かに視線を外し、顎に手を当てて何かを思考し始める。

これはある意味、隙であるとも言える。だけど、あまりにもあからさまであるが故に二人とも罠だと考えて動かなかった。

そうして無言の静寂が辺りを包むこと数十秒の後、思考を止めて顎から手を退けたラーレは視線を戻し、口を開いた。

 

「ちょっと、そこの駄犬のお二方――」

 

「「っ、犬じゃない(ではない)!! 狼だ!!」」

 

「あらあら、息がピッタリですこと……似た者同士という事かしら」

 

思わず突っ込まずにはいられない一言に二人とも口を揃え、言葉を返して睨みつける。

しかしラーレはそれに臆した様子を一切見せず、言葉と共にクスクスと笑みを漏らして話を続けた。

 

「赤毛の小猿がどこに行ったか、知っていたら教えなさいな。そしたら、貴方たちは見逃して差し上げますわ」

 

「赤毛……それはもしかして、ヴィータの事か?」

 

「確かそんな名前でしたわねぇ……それで、アレはどこに行ったのかしら?」

 

「……それを知って、どうするんだい」

 

「そんな、追って狩るに決まっているでしょう? 私の標的はあの無礼な小猿のみですもの……それに貴方たちはアレよりも弱そうですから、ついででも狩る気にはなりませんわ。だから居場所を教えさえすれば見逃して差し上げると言っているのです……ですからさっさと教えなさいな、駄犬ツインズ」

 

彼女自身は意識していないのだろうが、言葉の端々にかなり毒が混じっている。

ヴィータのときと同様の挑発口調という彼女の癖なのだが、聞いている側からしたらムカつく事この上ない。

それはアイラほどではないが怒りやすいアルフはもちろん、ザフィーラとて例外ではなかった。

故にか怒りのせいで逃げるという考えが吹き飛び、どちらも今にも飛び掛らんとばかりの姿勢を見せ始めた。

それに対して自分が毒を吐いた事も自覚していないラーレは溜息をつき、二人を見据える。

 

「教えれば見逃して差し上げると言っていますのに……正に駄犬の中の駄犬ですわね。いいですわ……そんなに戦りたいと言うのであれば、相手をして差し上げましょう」

 

毒に毒を重ねるような言葉を吐き、二人の姿を視界に捉えたまま、ラーレは魔法陣を展開する。

途端に弾かれたように二人も動き出すが彼女の魔法行使のほうが格段に速く、彼女の周りに髪と同色の球体がいくつも出現する。

それを見た瞬間、二人は別々の方向に分かれるのだが、出現してからすぐに放たれた球体はどちらにも向かう。

追ってくる速度も凄まじく速い。それ故か、振り切るのが困難と悟ってどちらも障壁を展開。直後、被弾し爆発を招いた。

だが、量と速度があるだけで威力はさほどないためか、即座に張った障壁でも全てを防ぎきる事が出来た。

しかし防ぎきった事に安著し、煙が晴れた後に一気に攻め込むため動こうとした矢先――――

 

 

 

――先ほどとは異なる、複雑な魔法陣を展開している彼女の姿が目に映った。

 

 

 

考えてみれば当然の事だった。危険視されている面子の一人が、その程度の訳が無い。

むしろ威力の低くともそれなりの量と速度を持つ魔法で相手を翻弄し、大きな魔法で殲滅というのは常套手段。

だから察するべきだった……相手がその手段に乗っ取り、あの魔法を放ったのではないかと。

だが察することが出来なかった今、出来る事は発動の阻止のみ。それ故、二人はすぐさま彼女へと駆ける。

 

天より舞い降りし氷魔の結晶。逃れえぬ堅牢にて、冷気の刃は魂すらも凍てつかせる

 

しかし、駆け出したときにはすでに遅く、彼女の口より放たれし詩は終わりを告げる。

それと同時に彼女の足元の魔法陣から僅かな光が放ち、二人の周りにある建物の表面や地面が凍りつく。

この事象に驚きを浮かべ足を止めてしまうが、もちろん彼女の魔法はここで終わったりはしない。

凍りついた建物の表面や地面から夥しい数の氷柱が発生。加えて、彼女らの上空から先ほどの非ではない量の氷刃が降り注いだ。

氷柱を表出する周りのせいで逃げ道がかなり限定され、その中で避けるにしては氷刃の量はあまりにも多い。

それ故に先ほどと同様に障壁を展開する事で氷刃を防御しようとするが、威力すらも先ほどよりも遥かにあった。

 

「ぐっ……!」

 

「障壁が、持たない……っ」

 

アルフどころか、盾の守護獣という異名を持つザフィーラでさえそれは防ぎきれない。

展開した障壁にいくら魔力を込めても皹が入るのを止められず、今にも砕けそうになっている。

だけどそこで障壁が砕ければ氷刃の餌食。砕けてからすぐに避けようとしても高確率で氷柱の脅威が待つ。

故にどうにかして保とうとする。そして更に込めていった魔力が幸いしてか、猛攻が終わるそのときまで障壁は保ってくれた。

その途端に氷の世界は終焉を向かえ、全てが砕ける中で無事な姿をする二人を見つけると彼女は僅かな驚きを浮かべた。

 

「あら……『マスグーゲル』を受けても落ちないなんて、存外に頑丈ですこと。ギーゼほどではないにしろ、それなりに自信はありましたのに」

 

「残念だった、ね。アタシらにとって、この程度の魔法を防ぐこと、ぐらい……わけ、ないんだよ」

 

「ふふふ……そのわけない魔法を防ぐのに貴方もそちらも、大分魔力を消費したようですわね。息、ずいぶんと切れてますわよ?」

 

からかうように指摘するが、二人はそれに返すことなく息も切れ切れながらも再び空を駆ける。

それに対してラーレは再び最初と同じの魔法陣を展開し、球体を顕現して今一度二人へと飛来させた。

 

「同じ手は、二度も通じん!!」

 

叫ぶザフィーラの言葉通り、飛来させた球体を今度は防ぐ事なく回避しつつ二人は接近する。

先ほどのでこの魔法に多少はあろうとも、過剰なほどというくらいの追尾効果はないことが分かっている。

おそらくは標的を定めて飛ばした球体は最初こそ追尾をするが、それ以降は避けると追ってこない仕組みなのだろう。

加えて速度はあっても最初の追尾以降は軌道が一律している。それ故、見定めれば避けるのは難しくない。

 

「ふふ、それはどうかしら?」

 

しかし、魔力弾を避けながら近づいてくる二人に姿を見ても、ラーレの余裕ぶりは変わらなかった。

それどころか意味深な一言を口にするのだが、アルフもザフィーラもそれすらお得意の挑発だと判断した。

現に魔力弾は全て予想通りの動きしかせず、避ければ別の場所へと被弾して爆発するのみである。

故に行動そのものも一切変えず、避けながら近づいていく二人。だが彼女が突如手を横に振るった瞬間――――

 

 

 

――魔力弾が一斉にピタリと止まり、一瞬にして形状を刃に変えて再び動き出した。

 

 

 

ただ形状を変えるだけではない。浮遊する刃は動く直前に回転し始め、ブーメランのような動きを見せる。

更には先ほどのように避けても建物や地面にぶつかって爆発する事もなく、折り返し二人を襲い続ける。

 

「最初が球体だからといって、最後までそのままとは限りませんのに……本当にお馬鹿な犬たちだこと」

 

挑発口調ではあるが、全く持ってその通りであるとしか言いようがなかった。

飛んでいるのがボールのような形状の確立している物体ならともかく、彼女の飛ばしているのは魔力の塊。

それが放つ前にしろ後にしろ、どんな形状へと変わっても可笑しなことなど本来は一切ない。

故にこれは視覚のみで判断した二人のミス。だが、それを知ったからといって状況が変わるわけではない。

いくつかは爆砕して少なくなっているが、それでも多い量の刃が消える事なく、絶え間なく襲い掛かってくる。

ブーメランのような動きという事で動きに規則性があるにはあるが、その数と狙った対象を中心に折り返してくる追尾効果は厄介。

一つを避けたら別のが迫り、それを避けたらまた別のが……それがただ繰り返され、距離を詰めようにも詰められない。

 

「さて……今度こそ終わりですわ、駄犬のお二方。魔力の大半を消耗しきった状態ではさすがに、もう耐えられないでしょう?」

 

飛来し続ける刃を維持したまま、ラーレは口にした言葉に続けて魔法陣を展開する。

先ほどの氷の魔法とは違う術式。だが、同じくらい複雑なものと見えることから、同等以上の魔法だと予想できる。

だけど今の二人には阻止の手立てがない。氷の魔法のときと同様、このまま相手が繰り出す魔法の餌食になるしかない。

万事休す……だが、その言葉が頭に浮かんだそのとき――――

 

 

 

――二人へと飛来し襲い続けていた魔力の刃が全て、爆砕するという光景が広がった。

 

 

 

これにはアルフやザフィーラだけでなく、魔法を使用していたラーレすらも驚きを浮かべる。

形状を刃に変えてから変化したのは、若干の追尾効果のみ。元々付いていた標的か障害物との接触による爆発は削除したはず。

なのにそれらの全ては爆砕してしまった。しかもおかしな事に、着弾していないものまでもが爆砕したのだ。

目の前の二人が何かをした様子はない。ただ、迫る刃を必死に避けているだけでしかなかった。

それなのになぜ……疑問となるそこを考えるためか、行使しようとしていた魔法の詠唱も彼女は中断してしまう。

だけどそれこそが彼女にとっての仇となろうとは、次の声が後方より聞こえてくるまで気づく事が出来なかった。

 

「グラーフアイゼン! カートリッジロード!!」

 

《Ra'keten Form!》

 

聞き慣れたというほど聞いた事があるわけではない。だが、聞き覚えはある叫び声。

自分がアルフとザフィーラへと行き着く前から探し続けていた、このゲームに於いて見定めた彼女の標的。

守護騎士の一人、鉄槌の騎士ヴィータ……振り向き様にて視界に入ってきた姿からも、それは明らかとなった。

しかしようやく見えた事を喜んでいる暇はない。なぜなら、鉄槌の噴射口から吹く火にて、彼女は急速接近してきているから。

気づいたとき、認識したときにはすでに遅く、回避は難しい。だとすれば、彼女に残された手は防御しかなかった。

 

「チェーンバインド!!」

 

「なっ――!?」

 

だが、それすらもアルフによって放たれた鎖の束縛によって阻まれる事となる。

刃の脅威から逃れた二人が何もしないわけがない。それ故、それは一つの現象でそちらに注意を向けてしまった彼女の失態。

だけど束縛を解除するための術式を組む暇も、失態を後悔する暇さえもなく、鉄槌の脅威は至近まで迫った。

 

「うらああぁぁぁ!!」

 

「――っ!!」

 

避ける事も防御する事も出来ず、噴射口の火にて推進力を得た鉄槌は彼女へと叩きつけられた。

アルフの手から放たれる鎖を引き千切り、防護服越しでさえもダメージが削られないのではと思うほどの衝撃がラーレを吹き飛ばす。

そしてその勢いのまま後方のビルへと勢いよく叩きつけられ、彼女が叩きつけられた位置からは煙が巻き上がる。

しかし、それを最後までヴィータは見る事もなく、アルフとザフィーラの元へと近寄っていった。

 

「危ねえ所だったな、二人ともよ」

 

「ああ、ほんと助かったよ。にしても、絶妙なまでにナイスなタイミングだったね」

 

「ん、反応が三つも固まってたから気になってよ。んで来てみたら二人がピンチな上にあの馬鹿女の姿……いやぁ、正直滅茶苦茶スカッとしたぜ」

 

「それにしても、少しやりすぎではないか?」

 

「大丈夫大丈夫。一応非殺傷には――」

 

ヴィータが言葉を言い切ろうとした矢先、ラーレの激突した辺りから轟く轟音にてそれは掻き消される。

響いた轟音に三人がそちらへと視線を向けると予想外にも、そこにはラーレが無事な姿で立っていた。

いや、完全に無事だというわけではない。防護服はボロボロ、彼女自身も鉄槌を受けた箇所を抑えて荒い息を吐いている。

効いていないわけではない。遠目で見た様子からしても、確実にダメージは通っているという事が分かる。

なのになぜ、彼女は立っているのか。アレをまともに受けて尚、なぜ立ち上がる事が出来るのか。

驚愕の事態はそんな疑問を招くが、答えを導かせる時間を与えないかのようにラーレは杖を振るい、魔法陣を展開する。

その光景を見るや否や、ヴィータもグラーフアイゼンをハンマーフォルムへ戻し、同時に鉄球を四つ顕現する。

ヴィータの持ちうる数少ない射撃魔法。ハンマーフォルムの状態で多くの効果を付与しつつ打ち出すもの。

だが、対してラーレの顕現している魔力弾の数と比べると明らかに少ない。故にか、最初の四つを打ち出すと続けてまた四つ顕現する。

最初の四つの鉄球に対してラーレは魔法を打ち出す。そして魔力弾の内の四つは鉄球と相殺、残りが三人へと迫る。

しかし、迫ってくる魔力弾に再び四つの鉄球を打ち出し、更にまた四つを顕現して打ち出す。そうして、魔力弾を全て打ち落とした。

全ての魔力弾と鉄球の爆砕によって煙が再び舞い上がり、僅かに訪れる静寂の隙にヴィータは鉄槌を構えつつ口を開いた。

 

「アイツの相手はアタシがやる……その間にアンタら二人は、ここから離れて探索を続けな」

 

「……しかし、ヴィータ。奴を一人で相手にするのは――」

 

「危険なのは分かってるよ。でもよ、アタシらがしなかきゃいけねえのはアイツらを倒す事じゃないだろ? だから二人も三人も、一人を相手に掛かりっきりになるわけにはいかねえじゃん」

 

「なら、アンタも一緒に逃げれば――」

 

「ああもう! そんなの許してくれるわけねえだろ!! いいから早く行けよ!!」

 

食い下がる二人に怒鳴るように告げた矢先、未だ舞い続ける煙の奥から複数の魔力の刃が襲ってくる。

幸いか、刃の対象としているのはヴィータ一人。故に彼女は障壁を展開して防ぎ、後ろにいる二人へと僅かに目を向ける。

その視線が意味しているのは先ほど口にした事と同様の事。故にか、二人は少しばかりの惑いを見せるも、頷いてその場から離脱した。

二人が離脱する姿を少しだけ見送った後、視線を元に戻すと煙は晴れており、その先には先と同じく魔法陣を展開する彼女の姿があった。

 

「させねえ!!」

 

《Pferde》

 

鉄槌を構えたまま、自身の持つ高速移動魔法を駆使してラーレとの距離を素早く詰める。

対して彼女はそこまで早く詰められるとは思っていなかったのか、小さく舌打ちをして行使しようとしていた魔法を中断。

そして振り下ろされる鉄槌に対して杖を持っていない左手を掲げ、障壁を展開した。

 

「くっ……野蛮な、戦い方。ほんと見た目通り、猿ですわね」

 

「相変わらず馬鹿にしやがって……つうか誰が猿だ! このやろぉぉぉ!!」

 

叫びに呼応して障壁にぶつかる力が重くなる。彼女にとってそれは驚きの光景だった。

自分が自信過剰なのだとは知っているけど、それに見合うだけの力も有していると正直思っている。

なのに魔法でも何でもない、たかだがデバイスでの一撃であろうことか自身が押されている。

そんな事実など認められない、認めたくない。だけど、だからといってこのまま抑え続けるのは魔力を無駄に消費するだけ。

だからか、正直悔しさが強い手段ではあるが、障壁を消すと同時に後方へとバックステップで数歩下がる方法に出た。

そのためか障壁の抵抗と対象を失った鉄槌は彼女の立っていた場所、ビル内部の地面へとぶつかって軽く皹を入れる。

だがそんな事を気にするヴィータではなく、地面へと降りている鉄槌の先端を上げ、彼女は再び構えてラーレを見据える。

 

「屈辱、ですわ……たかだが小猿一匹に、私が一撃を受けるなんて。あまつさえ、押されて引く羽目になるなんて」

 

「へっ、自分より弱いとか思って甘く見てっからそういう事になんだよ!」

 

「……知性や気品の欠片もない言い方はともかく、甘く見過ぎていた事は認めますわ。ですから――」

 

言葉をそこで一旦切り、杖の先端をヴィータへと向けて魔法陣を展開する。

同時に彼女のデバイスより弾丸の装填音が響き、杖の先に文字が描かれる円環がいくつか出現する。

その円の間、杖の先端にて集束した魔力が球体となって現れ、それでも尚魔力は集束し続ける。

その間の時間は数秒、魔法陣の展開から集束までが余りにも速い。故にか、ヴィータが動こうとしたときにはすでに集束を終える直前。

彼女との距離も若干空いているため、先ほどのように高速移動魔法を駆使して阻止しようとしても賭けになってしまう。

故に彼女が飛翔魔法を行使して後方へと飛び立とうとした矢先、集束を終えた彼女は笑みを浮かべ――――

 

 

 

 

 

「相応の力を以って、叩き潰して差し上げましょう」

 

Ruinous Shine》

 

――発した言葉と共に、魔力光と同色の閃光を放った。

 

 


あとがき

 

 

ゲームの開始での最初の戦闘は、ラーレVSヴィータだ。

【咲】 途中まではラーレVSアルフ&ザフィーラだったけどね。

まあ、アルフはどっちかっていうと補助向き、ザフィーラも盾の守護獣なだけあって力は守り寄り。

いくら二人掛りでも、ラーレには敵わない。そこを考えると、確かにヴィータはナイスタイミングだったわけだ。

【咲】 でもさ、二人を逃がして自分だけで相手するのも無謀じゃない?

まあねぇ……ヴィータだって、危険視される集団の一人って事でそこはちゃんと気づいてる。

だけど三人一緒ではラーレは追ってくる。故に誰かが残って止めなければ探索に専念できない。

だから、ヴィータは一人で残ったんだよ。自分だけで残って残りの二人に探させた方が、効率がいいと考えてね。

【咲】 だとしたら、ヴィータとザフィーラとかでも良かったんじゃないの?

そしたらアルフ一人になるだろ? これだともしラーレ以外に見つかった場合、逃げ切るのさえも出来なくなる。

【咲】 ふぅん……つまり、これがヴィータにとっての最良な選択だったわけね。

そゆこと。だけどまあ、ラーレも負傷したとはいえ、危険な相手には変わりないけどな。

【咲】 ていうかさ、ラケーテンハンマーを障壁抜きでまともに受けて立てるってどういう頑丈さよ。

その答えは単純、ラーレのバリアジャケットの頑丈さだよ。元々近接戦闘向きじゃない彼女は相手の攻撃を防御するタイプ。

素早さとかもないし、高速移動魔法も持ってないからね。だから、防御タイプということでジャケットの強度を強くしてるんだよ。

【咲】 素早さによる回避を捨てて、防御を追及したって事ね。

そういうことだ。まあ、そのラーレの防護服をボロボロにした上、ダメージを与えたヴィータも凄いっちゃ凄いんだけどな。

【咲】 そりぇ、あれでも夜天の魔道書の守護騎士の一人だしねぇ。ていうか、ラーレって分類的には何魔導師になるわけ?

ふむ、分類してしまえば彼女は広域魔導師だな。だけど牽制で射撃とか使うし、近接も苦手なだけで出来ない事はない。

【咲】 広域魔導師でもあるし、万能型魔導師でもあるってことね。

そうそう。要するに広域魔法に特化した万能型って感じだな、彼女は。

【咲】 言ってしまえば、何でもありな魔導師ね。

まあ、ぶっちゃければね。

【咲】 で、今回は最終的にラーレVSヴィータだったけど、次回はどんな感じなわけ?

次回は……アドルファとギーゼルベルト側の2サイドだな。

どちらが誰と遭遇して誰と戦うのかは次回まで秘密。だけど、大方予想は出来るんじゃないかな。

【咲】 ギーゼルベルトは何となく分かるけど、アドルファは予想がし辛くない?

そうでもないだろ。少なくとも、追っているのが誰かは分かるはずだし。

【咲】 まあ、それはねぇ……。

ともあれ、詳しくは次回をお楽しみにだ。てなわけで、今回はこの辺にて!!

【咲】 また次回会いましょうね♪

では〜ノシ




鬼ごっこなのに、やはりというか激突してるね〜。
美姫 「まあ、向こうさんがやる気満々だものね」
勝利条件である特定の誰かを見つけるよりも、全滅させる方が早いか。
美姫 「それはどうかしら。相手の実力は相当だもの」
だよな。やはり隠れている者を探すのが先だよな。
その上で攻撃を防ぐ。結構、厳しいかも。
美姫 「どうなるのか楽しみよね」
うんうん。次回も待っています。
美姫 「待ってますね〜」



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