はやてが宥めようとしても、シェリスが泣き止む事は一切なかった。

それはアイラの言ったとおりの事。彼女が一度泣き出したら、ジェドかリースでないと手が付けられない。

どれほど親しく、彼女が懐いている人であっても、この二人以外では泣き出すと耳を傾けない。

そして結局彼女たちも彼女を宥める事が出来ず、結果として泣き疲れて眠るまでその状況は続いた。

彼女が眠りにつき、炬燵で寝させるわけにもいかないためにベッドへ移動させた後、なのはとはやてはフェイトから詳しい事情を聞く。

それ以後から少し時間が経った後なために彼女も若干落ち着いたのか、ポツポツと彼女が泣き出した経緯を話した。

事情を聞く限りでは軽率な質問をしたフェイトに当然非がある。だけど、それを責める事がなのはにもはやてにも出来なかった。

シェリスが無意識にでも抱いている思い。その質問は確信していたそれを現実に確かめるためというのも当然あった。

だが、それも結局は彼女を説得したかったから。説得して、これ以上罪を重ねるような事をして欲しくなかったから。

そんな彼女の思いが十分に分かったから二人も責める事はせず、むしろ気を落とさないよう元気付けた。

それによってフェイトも僅かだが元気を取り戻したが、彼女以上に問題となってくるのは未だ眠り続けているシェリスの事だった。

眠ったからといって眠る前にしていた話を起きたら忘れるなど、そんな都合の良い話があるわけない。

だとすれば起きた彼女がどんな様子を見せるのか。それは考えなくても容易に想像できる事であった。

 

「何にしても……シェリスちゃんが起きたらまずは謝らな、な。ウチらがどう思ってたんやとしても、泣かせてしもうたのは事実やし」

 

「うん……」

 

謝罪をするだけで彼女が許してくれるかは分からない。事が事だけに嫌われてしまうかもしれない。

だけど彼女に出来る事はそれしかない。許してもらえなくても、嫌われてしまうかもしれなくても。

どんな結果になるとしても非があるのなら謝罪を。そう彼女自身思うからこそ、はやての言葉に静かに頷いた。

 

「んん……」

 

その直後、ベッドにて横になっているシェリスから呻きが漏れ、モゾモゾと動き出す。

それに起きたのかと三人は視線を向けるが、予想と外れて寝返りを打っただけであった。

もう起きたのかと思っていただけに少しばかり意気消沈し、三人とも同時に若干の溜息をついた。

 

「まだ起きそうにないみたいやから、ちょっと台所のほうに行ってくるわ。作りかけの昼食もそのまんまやしな」

 

「あ、私も行くよ、はやてちゃん。途中までお手伝いしてたんだから、折角なら最後までしたいし」

 

なのはの言葉にはやては頷き、フェイトにシェリスを見ているようお願いして二人は部屋を出て行った。

二人が部屋から出た後、途端に静まり返る中でシェリスの寝息だけが室内に小さく響き渡る。

先ほどまで泣いていたのが嘘のように穏やかな寝顔、安らかな寝息で眠る彼女をフェイトはただ見詰め続ける。

 

 

 

「お姉、ちゃん……」

 

 

 

彼女が見詰める中で、一瞬途絶えた寝息の後にシェリスの口から発せられた寝言。

そしてあれだけ穏やかだった寝顔を僅かに歪め、一筋の水滴が彼女の目から頬を伝い流れる。

自分たちと初めてあった頃から、感情らしい感情を表情に映し出したのは笑顔くらいしかなかったシェリス。

その彼女が寂しそうに表情を歪めて泣いている。その事に先ほどの事も加え、フェイトは胸が苦しくなるのを感じた。

彼女にとってリースという存在がどれほど大事なのか。どれほどまでに掛け替えのない存在であるのか。

眠りながら涙を流す彼女の様子は先ほどの泣きじゃくっていたときよりも、その事をとてもよく分からせてくれる。

だからフェイトは椅子から立ち上がり、起こさないよう近場へと寄って眠る彼女の頭を優しく撫でた。

先ほどの事に対する申し訳なさからではない。ただ彼女に、シェリスに泣いて欲しくなんてなかったから。

悲しんで欲しくなかったから、いつものように笑っていて欲しいから。だからフェイトは、静かに彼女の頭を撫で続けた。

するとその思いが通じたのか、もしくは別の理由があった故か……どちらかは分からないが――――

 

 

 

 

 

――彼女の表情が、少しだけ和らいだ気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第二章】第十六話 姉の想う事、妹の願う事

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シェリスは最近、夢を見る比率が多くなってきているのを感じていた。

それは主に姉に関係する夢。姉がいつも自分の隣にいたときの、幸せだったときの夢。

起きれば姉のいない現実に悲しみもするけど、そんな夢を見ること自体は嫌いではなかった。

 

 

――でも、その日見た夢だけはいつもと違った。

 

 

父も姉もアイラも、他の誰もいない。それどころか、ここがどこなのかすらも分からない。

暗い……本当に何も見えないほど暗い場所。自分がどちらの方向を向いているのかも、本当に立っているのかも分からない。

そんな場所に立てば誰でも不安感が内から湧き上がる。そしてそれは、シェリスとて例外ではなかった。

加えて彼女と近しい者なら誰でも知っている事だが、彼女は非常に怖がりな傾向が見られる。

暗いだけならまだいいが、物音が一切しない静けさも加わると怖さが出てくる。だから、この場所も彼女にとっては恐怖でしかない。

本来ならこういった場合、父か姉を頼る彼女だが、この場には見渡す限り誰の姿もありはしない。

だから怖い……どうしようもなく、怖い。それ故か、まるで怖さを耐えるかのように彼女はその場に蹲った。

 

『シェリス……』

 

その瞬間、声が聞こえた。まるでこの場所全体に響き渡るかというほど、明確に聞こえてきた声。

それは彼女にとってとても聞き覚えのある声。父と同じくらい、もしくはそれ以上かもしれないほど大好きな人の声。

聞こえた声に彼女が俯いていた顔を上げ、視線を前に向けるとその先には思ったとおり、声の主である姉の姿があった。

 

「お姉ちゃん!!」

 

姿を視界に捉えた途端、シェリスは立ち上がって彼女の傍に寄ろうと駆け出した。

だけど、なぜだろうか……いくら駆けても、いくら走っても、彼女との距離が縮まる事はなかった。

それでも、それでもシェリスは走り続ける。大好きな姉の隣に、いつも自分がいた場所に、すぐにでも行きたかったから。

しかし走り続けても距離が縮まらないどころか、彼女のその想いに反して――――

 

 

 

――リースは自分に近寄ろうとするシェリスに背を向け、ゆっくりと歩き出した。

 

 

 

彼女が歩き出してから、縮まらない距離はゆっくりとだが徐々に開いていく。

開いていく彼女との距離にシェリスは更に必死な表情で駆けるが、それでも距離は開いていくだけ。

 

「待ってっ……待ってよ、お姉ちゃん!!」

 

目一杯呼ぼうとも彼女が振り向く事はなく、歩む足も止まる事がなかった。

それでもシェリスは諦めたくなかった。ここで見送ったら、姉とはもう二度と会えない気がしたから。

優しくて、いつでも一緒にいてくれた彼女の傍にずっといていたい。そんな想いが、シェリスを駆り立てていた。

だけど想いが彼女に届く事はない。それどころか、彼女とシェリスの更に距離が開くばかり。

 

 

 

――そして遂には、彼女の姿すらも見えなくなってきた。

 

 

 

自分が今、泣いているのだという事は分かる。だから、見えなくなる理由の中にはそのせいもあるだろう。

でも、涙で滲む視界の先に見える彼女の姿が闇に溶け込むような様子は、それだけではないと理由付けていた。

遠ざかっていくような感じではない。まるで本人の身体そのものが霧となって消えるような、そんな様子。

なぜいきなりそんな事になり始めたのか、理由は分からない。しかし、シェリスにとって理由などどうでも良かった。

今も追い掛ける姉が自分の目の前から消えていく……そんな現実を前にして、理由を考えるよりも追う事へと更に専念する。

追って、追って……いくら疲れても休む事なく追い続けて、少しでも早く彼女へと抱きついて、去り行くのを止めたかった。

だが、願えば願うほど距離も開き、彼女の姿も見えなくなっていく。そしてとうとう、彼女の想いを拒絶するかのように――――

 

 

 

――視界から彼女の姿が、完全に消え去った。

 

 

 

消えても尚、彼女は姉を追い続けた。今ならまだ、追いつく事が出来ると思っていたから。

しかしいくら走り続けても彼女の姿が再び見える事はなく、途端に足を動かす速度が緩まってくる。

諦めたいわけじゃない、諦めたくなんてない。でも、心のどこかで追ってももう無駄だと言う自分がいる。

それが次第に歩調すらも緩めさせていき、最後には歩く事すら拒んで立ち止まる形となってしまった。

 

「お姉ちゃんっ……ひっく……お姉ちゃんっ……!」

 

最初のように再び彼女は蹲り、何度も何度も姉を呼びながら泣きじゃくる。

どんなときでも優しくて、泣いているときにはいつも慰めてくれて、いつも自分の傍にいてくれた姉。

どんな姿になっても、どんなに離れていても、最後には傍にいてくれると信じていた。

でも今、自分がいくら呼んでも彼女は止まらず、泣いても慰めもせず、彼女を拒絶するように消えてしまった。

父は言っていた……この研究を終える事が出来たなら、離れ離れになる事もなく一緒にずっと過ごしていけると。

だから何も考えず、ただ父の言われるままにやってきた。なのにどうして、姉は自分から去っていってしまうのか。

分からない、何もかもが分からない。分からないから分からないまま考えず、泣くしか彼女には出来ない。

今までずっとそうだったから。何が正しくて何が間違っているかも分からず、分からないから考えようともしない。

本来ならそんなときはいつも姉が代わりに考えてくれていた。でも、今はその姉も自分の傍にはいない。

故に泣き続ける……何も考えれないから、ただ泣き続ける。姉のいない彼女には、もうそれだけしか出来ないから。

 

 

 

『シェリス……』

 

――そんなとき、優しげに彼女を呼ぶ声が耳に聞こえた。

 

 

 

姉の声ではない。似ても似つかない、全く別人の声だとすぐに分かる。

だから彼女は顔を上げなかった。姉じゃないのなら誰であろうと会いたくもないし、話したくもなかったから。

いつものシェリスなら誰であろうと分け隔てなく笑顔で接する。でも、今はそうする事さえも出来ない。

姉がいないという状況がそうさせる。本来は明るく無邪気な彼女の心を閉ざそうとし、暗い闇に堕とそうとする。

 

『シェリス……』

 

それでも尚、声は聞こえ続ける。両手で耳を塞いでも、脳内に響くように声は聞こえる。

声だけではない……誰かは知らないが、耳を塞いで俯く彼女の頭に手を乗せ、ゆっくりと撫で始めた。

姉以外に撫でられるなんて、今は嫌だった。でも、嫌なはずなのに彼女はその手を振り払えなかった。

撫で方が姉とは全く違う。それ故に別人だと分かっているのに拒む事が出来ず、その理由さえも分からなかった。

でも撫でられ始めて少しばかり経ったとき、何となくだが理由が分かる事となった。

その理由とは自分を撫でるこの手から感じる――――

 

 

 

――姉と同質の温もり、そこから伝わる静かな優しさ。

 

 

 

泣いているとき、眠りにつくとき、褒めてくれるとき。姉はいつも自分を撫でてくれた。

何度も撫でられていたから覚えている。そしてその覚えている感覚が、姉と同じだと思わせてしまう。

だからか、次の瞬間には上げる気のなかった頭を上げていた。向ける気のなかった視線を向けていた。

向けた視線の先には誰かが立っていた。暗くて顔がはっきり見えないけど、元々の認識から姉ではないとは分かる。

でも、顔は見えなくてもその誰かは笑っているように感じた。姉が自分に向けてくれるものと、同じ笑顔で。

故に誰なのか分からなくても、心地よく感じ始めていた。寂しさとか悲しさとかが全て無くなって、温かい気持ちになった。

そうして次第に意識が遠退き始め、発せられる優しい声を耳にしながら、彼女の視界は暗転していった。

 

 

 

 

 

一度閉じた瞼を開ければ、そこは先ほどまでいた場所とは全然違う場所。

だけど先の場所とは違って見覚えのない場所じゃない。そこははやての家の一室だとすぐに分かる。

いつ寝てしまったのかは覚えていない。でも、意識がなくなる前に泣いていたのだけは覚えている。

そして意識が覚醒していく毎に、泣いてしまった内容も少しずつではあるが次第に思い出してくる。

でも、完全に思い出してももう泣きたい気持ちにはならず、それどころか心地よい温かさが内に広がっていく。

それは夢の中でも感じた温かさ。誰かも分からない人の撫でる手が感じさせた、姉と同質の温かさ。

それと同じ温かさを感じさせる手が、今も自分の頭を撫でている。それにシェリスは夢のときと同様に視線を向けた。

 

「フェイト、お姉ちゃん……?」

 

視線を向けた先にいたのは、自分を泣かせる原因を作った本人であるフェイト。

彼女は目を覚ましたシェリスの呼び掛けに小さく頷き、静かな笑みを浮かべながら頭を撫で続ける。

本当なら彼女だと認識した瞬間に怒るべきかもしれない。撫でる手を払い除けるべきかもしれない。

しかし、シェリスには出来なかった。姉と似た優しさを持つこの手に、いつまでも撫で続けて欲しかったから。

 

「ごめんね、シェリス。シェリスの気持ちも考えないで、酷い事を聞いちゃって」

 

「にゃ、シェリスは気にしてないよ。だからフェイトお姉ちゃんも気にしないでいいの」

 

「うん……ありがとう」

 

気にするなと言われても、すぐに拭い去るなど到底無理な話ではあった。

いつも笑っていたシェリスが泣いてしまうほど酷い質問。それをしてしまった自分を、簡単には許せない。

でも、彼女が気にするなと言うのだから、これ以上謝罪を並べても押し問答が続くだけとなるだろう。

だからそれ以上は何も言う事なく、もう一頻り撫でた後、撫でていた手を彼女の頭から離そうとする。

 

「にゃ!!」

 

「え?」

 

だが、引っ込めようとした手をシェリスは慌てたように掴んでくる。

それにフェイトが目をパチクリとさせる中、彼女は掴んだ手を再び自分の頭に置かせた。

つまりそれは、もっと撫でて欲しいという意思表示。そこまでさせるとフェイトにもさすがに分かり、苦笑しながら再び撫でる。

泣かせるほど傷つけてしまった自分の手で彼女が喜んでくれるなら。そう思って、より優しく撫で続けた。

 

 

 

 

 

それからしばらくしてなのはとはやてが部屋に戻り、シェリスが起きているという事で揃って寝室を出る。

そして再びリビングへと足を運び、タイミングよく作り終えた昼食を軽く温め、皆で少しばかり遅い昼食を取った。

昼食の最中、シェリスは先ほどとは打って変わっていつもの笑顔で美味しい美味しいと昼食を食べる。

あれだけ泣いていたのにまるで寝る前の事を忘れたかのような様子。それになのはもはやても若干驚いた。

だけど理由はこの際どうでもいい。彼女に笑顔が戻ったのなら、それだけで二人にとっても十分であった。

だが、若干賑やかな昼食を終えた後に驚きの光景がまた二人の前に展開される事となった。

 

「にゃ〜♪」

 

「ちょ、ちょっとシェリス……く、くすぐったいよ」

 

昼食が終わるや否やフェイトの横に移動して座り、言動通り猫のように擦り寄ってくる。

対するフェイトもくすぐったいと言いつつも満更ではない様子。それはまるで、本当の姉妹のようにも見える。

例え先ほどの事を忘れていたのだとしても、泣き疲れて眠る前と今ではあまりにも変わりすぎだった。

しかし本人らに何があったのか聞こうにもそういった雰囲気ではない。むしろ、自分たちはお邪魔のような気さえする。

 

「そ、そや、折角やから外にでも出えへん? 天気もいい事やし、散歩にはちょうどええんやないかな?」

 

「そ、そうだね。ずっと中にいてもやることないし、フェイトちゃんとシェリスちゃんもそれでどうかな?」

 

これでは説得も満足に出来ないどころか、説得方法を考えるための思考も回せない。

そのため咄嗟に二人は口を揃えて散歩しようと口にする。それに反対する理由もないため、フェイトも頷いた。

ただシェリスは未だフェイトに擦り寄っており、二人の話を一切聞いていない様子であった。

だが、こんな様子ならフェイトが行くとなると当然付いてくるのは想定でき、意思確認はとりあえず無しで支度を開始する。

フェイトもシェリスにその旨を伝え、二人が言うのとは違ってちゃんと聞き入れたシェリスと共に立ち上がり、支度を始めるのだった。

 

 

 

 

 

外出の支度を終え、家を出た四人が向かったのは海鳴にある臨海公園。

別にそこへ行きたかったわけではないが、散歩と言い出しても行き先が浮かばなかったためそこになった。

そして臨海公園に着くや否や、シェリスは出たときからフェイトと繋いでいる手を引っ張って駆け出す。

行き先は単純明快、臨海公園にてほぼ毎日やっているたこ焼きの屋台と鯛焼きの屋台が立っている場所。

昼食を食べた後ではあるが、匂いに引かれたのだろう。シェリスは屋台前に行ってどれを買おうか悩んでいた。

それになのはとはやても苦笑しながら近寄り、自身らも昼食後であるもオヤツ代わりにと品を選び始める。

 

「にゃ、これが食べたいの♪」

 

「お、これを頼むとは中々通だな、嬢ちゃん!」

 

鯛焼きの屋台でシェリスが指出した種類。それは『カレー』と表記される、鯛焼きだと言えるのか分からない味。

珍しさから買う者はいるのだが、一度買ったものは大概二度は買わない。それほど評判の悪い味の一つ。

なのはもはやても、もちろんフェイトも食べた事はないが、鯛焼きにカレーという時点で止めた方がと考える。

だが、本人が食べたいと言っているのを止めるのも憚られ、結局彼女はお金を払って品を受け取ってしまった。

そして三人も各々鯛焼きを買い、近くの自販機でジュースを買って今にも食べだしそうなシェリスを連れ、近くのベンチへと腰掛けた。

ベンチに腰掛けるや否やシェリスは鯛焼きの入った風を開け、嬉々として鯛焼きへと齧り付いた。

 

「うにゅ、美味しくない……」

 

(((やっぱり……)))

 

途端、顔を顰めて正直な感想を言った彼女に、三人とも同じ事を思う。

そもそも鯛焼きというのは元来甘味の食べ物。それのカレーという味など、見ただけで美味しくないと想像できる。

それを考えるともしかしたら彼女は鯛焼きを知らず、ただ甘い匂いだけで全種類を美味しいと勘違いしたのかもしれない。

だとしたら非常に災難だと言えるが、さすがにこのままで放置しておく事は三人とも出来るわけがなかった。

 

「なのはは一つ多めに買ったんだけど、よかったら食べる?」

 

「じゃあ交換だね♪ はい♪」

 

「え、えっと……」

 

こうなると見越して多めに一つ買ったが、交換だと言われるのは予想しなかった。

だけど、いらないとは言えない。言ったら言ったで彼女が表情を曇らせるのが予想出来たから。

しかしなのはとしてもカレー味の鯛焼きは遠慮したいのも事実。だから、フェイトとはやてに助けを求める視線を向ける。

 

「シェ、シェリス、もう一個はなのはも食べきれないみたいだから、半分ほど私も貰っていいかな?」

 

「ウ、ウチもカレー味は食べたことないから食べてみたいわぁ。ええかな、シェリスちゃん?」

 

「にゃ、それならお姉ちゃんたちで分けて食べて♪」

 

なのはの助けの視線を無視も出来ず、正直食べたくはないがそう言わざるを得ない。

そして三人はシェリスから受け取ったカレー味の鯛焼きを三等分し、顔を見合わせた後に食べ始める。

当然三人の誰もそれが美味しいと思う者はおらず、口に含んだ瞬間に揃って顔を顰めてしまう。

だが吐き出すわけにもいかず、ジュースで飲み干す。そうしてそれを繰り返すことでようやく悪夢から三人は解放された。

三人がたかが鯛焼きを食べるだけでそんな苦労をしたとは露とも知らず、シェリスは美味しそうに鯛焼きを頬張る。

本来ならその姿に和む所ではあるが、口に未だ広がるカレーの風味故にそんな気には到底なれなかった。

そうしてしばしの時間が経った後、口の中のカレー風味が消えた三人はジュースを飲みながら当の問題について念話で話し合う。

 

《やっぱりリースちゃんの事に触れるのは、避けたほうがいいのかな?》

 

《どうやろなぁ……責めるつもりやないけど、泣いたのはフェイトちゃんのした質問が原因ってだけの感じもするし》

 

《そう、だね……シェリスを説得したいからって、私も急ぎすぎたから》

 

少し落ち込むような声色になり、はやても慌てて弁解の言葉を再度並べる。

それにフェイトも礼を彼女に告げ、再びシェリスの説得方法に関する話し合いを再開した。

 

《もしかしたら、逆にリースちゃんって子に鍵があるんとちゃうやろか?》

 

《? どういう事?》

 

《えっとやな、フェイトちゃんのしたあの質問であそこまで一変するゆうことは、リースちゃんって子はシェリスちゃんにとって大事な人なわけやろ? せやから、もしその子がシェリスちゃんにこんな事は止めて言うたら、シェリスちゃんも止めるんやないかな?》

 

《つまり、リースにシェリスを説得してもらうって事だね。それで私たちがする事は、そこに至るまでの道を作ってあげる事……》

 

《そういう事や。利用するようで悪い気もするんやけど、そのほうが一番成功率が高い気がするんよ……ただ――》

 

この案を実行する上で、最大の問題となってくる事が一つだけ存在する。

それはシェリスを感情的にさせる事なく、どうやってリースの話題を切り出してそこに漕ぎ着けるかだ。

下手な切り出し方をすれば先ほどのような状況になる。かといって上手く切り出しても、そこにどう至るかも問題。

確かに案としては上手くいけば説得の成功率が高い。だが、それ相応の難題が結局のところ出てしまうのが必然だった。

 

「〜〜♪」

 

しかし、考えるのにいつまでも時間を掛けるわけにもいかない。

今は鯛焼きとジュースを食べながら機嫌良さげな様子。故にすぐに帰るなどという事はないだろう。

だけど、時間を掛ければ掛けるほど彼女の気が変わる可能性を高め、そういった方向に話が進む場合がある。

だから話を切り出す手段を考えるなら早くしなければならない。だが、急けば浮かぶ方法も浮かばなくなる。

方法が浮かばない、時間もあまりないという八方塞な状況。一体どうすればいいのか、三人は時間が無い中で悩み続けた。

そして少しの時間が経ったとき、彼女は鯛焼きを食べ終えて後はジュースを飲み干すだけとなってしまう。

ジュースを飲み干してもすぐに帰るとは言わないだろうが、これは実質的に時間切れがもう間もなく訪れることを意味していた。

だからか三人はより深刻に悩みだすが、そんな彼女たちの気も知らず家でのときのように隣のフェイトに擦り寄ってくる。

更にはフェイトを見上げる形で、まるで撫でてと言うような視線を向けてくる。それにフェイトは悩みながらも、しっかりと要求通りにした。

 

「にゃ〜……温かいの。お姉ちゃんに撫でられてるみたい……」

 

「え……?」

 

彼女の口からふと漏れた言葉に若干驚き、フェイトだけならず残りの二人も一斉にシェリスを見る。

だけど彼女は自分の言った事を意識していない上、撫でられる心地で視線が向けられる事に気づいていない。

故に再度言葉を確認する事は出来なかった。だが、聞き返したからといってさっきの言葉が聞こえなかったわけじゃない。

むしろ聞き返すような目を向けたのは、信じられなかったから。頭を撫でてくれるフェイトの事を、お姉ちゃんみたいだと言った事が。

誰にでも懐く彼女だが、姉の事を話すときだけはいつもとは違う。本当に嬉しそうで、自分の事のように自慢するのだ。

だから姉が誰よりも大切で、大好きなのだと分かる。それ故にか、誰にでも懐きこそしても、リースの事を話すときほどの態度は見せない。

つまりは人懐こいというだけで、懐き方はそれなりに浅いという事。だが、少し前からフェイトにだけは態度が一変した。

それはまるで姉であるリースの事を話しているときのような様子。親猫に擦り寄る子猫のような、甘えん坊なシェリスの一面。

加えてお姉ちゃんのようだなどと口にされれば、驚かざるを得ない。だが驚くと同時に、これは説得のための突破口だと悟った。

 

「シェリスは、リースにいつも撫でてもらってたの?」

 

「うん♪ シェリスがどんなことしても、お姉ちゃんはいっつも笑って撫でてくれるの♪」

 

「ふふ、優しいんだね、リースは。だから、シェリスもリースの事が大好きなんだ」

 

元気良く、無邪気に彼女は頷いた。それを見て、フェイトはもう一頻り撫でて手を下ろす。

それにシェリスは名残惜しそうな顔を見せるも、もっととせがむ事もなく再び擦り寄り始めた。

彼女のその様子を見ながらフェイトは少しばかり苦笑を漏らすも、なのはやはやてを視線を合わせると頷き、それを口にした。

 

「ねえ、シェリス……その大好きなお姉ちゃんのリースが今、凄く困ってるって事をシェリスは知ってる?」

 

「にゃ……お姉ちゃん、困ってるの? 何で?」

 

不思議そうに聞き返してくるシェリスに、フェイトはなるべく噛み砕いた言い方で告げた。

お父さんの研究のせいでリースは悲しんでいるという事。本当は昔のままで、過ごしていたかったという事。

実際にリースから聞いたわけではないが、今までの彼女らの行動や言動を聞く限りではそう思っているのは間違いない。

だけど極力ジェドやシェリスを責める形ではなく、諭すような口調で彼女にも分かるように静かに説明した。

 

「そんなの、お姉ちゃんから聞いた事ないの。だから、本当はお姉ちゃんも困ってなんて――」

 

「それは、シェリスちゃんに心配掛けさせないようにしたかったからやないかな?」

 

「そうだね。特にリースちゃんはシェリスちゃんに優しいみたいだから、困ってる事を知られて妹に無茶をして欲しくなかったのかも」

 

物事を深く考えようとしない。だから、聞いてもいないからとシェリスはフェイトの言葉を否定しようとする。

だが、彼女の言い切るよりも先になのはとはやてが否定の言葉を否定し、シェリスの事を想ってだと告げた。

告げた事は彼女たち自身も事実かは分からない。でも、妹の事を想っていないなんて事はないとも思っている。

シェリスの事をリースが語るときはそんな様子は窺えなかったけど、シェリスの事になると彼女は決まって饒舌になる。

想ってない相手の事でそうなるはずはない。だから、リースもシェリスの事を大切に思っているのだと確信できていた。

故に確信していたその事を伝えると、彼女は反論をしなくなった。それどころか今まで見せなかった、悩むという表情を見せている。

そこまでくれば、後は背中を押してあげればいい。だからフェイトは、もう一度だけ彼女の頭に手を乗せ、撫でながら言った。

 

「一度、リースと話してみたらどうかな? このままリースに避けられ続けるの、シェリスは嫌でしょ?」

 

「……うん」

 

「ならちゃんと聞いてみようよ、リースの気持ちを……ね?」

 

シェリスが本当にリースの気持ちを聞きたいと思うのなら、彼女はきっと答えてくれる。

リースの思っている事も、シェリスに本当はどうして欲しいのかも、全部打ち明けてくれる。

そういう思いを込めて言った言葉にシェリスは少しばかり俯き加減になるも、小さな声で返事を返した。

そしてもう一頻り撫でられた後、フェイトの手が下りたのを見計らってシェリスは帰ると言い、ベンチから立ち上がった。

 

「頑張ってね、シェリス……」

 

「うん!」

 

さっきとは異なって、元の元気な返事。そして返事の後にシェリスは駆け出し、三人の下から去っていった。

彼女の去り行く後姿を見送り、姿が見えなくなったところで三人は一斉に小さく息をついた。

 

「仲直り、出来るとええな……」

 

「大丈夫だよ、きっと。シェリスにとっても、リースにとっても、お互い大好きな姉妹同士なんだから」

 

それは確信が出来るようなものではない。だが、彼女らにとっては十分な理由。

親子であっても、姉妹であっても、友達であっても、お互いがお互いを好きなら仲直りは出来る。

リースもシェリスも、その条件を満たしている。だから、シェリスがリースと正面からちゃんとぶつかれば――――

 

 

 

 

 

 

――きっとまた、二人は昔のように戻る事が出来る。

 

 

 

 

 

――彼女たちはそう、信じていた……。

 

 


あとがき

 

 

リースとシェリスの和解が、シェリスの説得へと繋がる。

【咲】 でもそうするためにはシェリスがリースとちゃんと正面から話す必要があったということね。

もちろん、説得だけじゃなくてシェリスの事を思っての考えでもあるけどな。

【咲】 でもさ、説得するってたんかを切った割にはリース頼りなのね、結局。

仕方ないさ。今回の事でフェイトには過剰に懐いてるけど、それでも彼女は父の意に背けない。

だけど相手がリースなら、大好きな姉の言う事なら父の言う事に背いてでも従おうとする、ということだ。

【咲】 ようするに、シェリスにとってはリース>ジェドって感じになってるわけね。

昔はそうでもなかったけどな。ただ、離れ離れになってからより姉を求めるようになった結果だ。

【咲】 ふぅん……でもさ、当のリースはなのはたちの意図を知らないわけよね? 上手くいくわけ、それで?

まあ、確かに意図がリースに伝わる事はないが、それでもシェリスがちゃんと聞けばリースは答えてくれる。

なんだかんだ言っても、リースは妹に甘いからな。

【咲】 説得が成功するかしないかは、リースの言葉を聞いたシェリスがどう思うか次第って事ね。

そういうことだな。

【咲】 となるとこの件は結果待ちという事になるけど、なのはたち管理局側では後一つ問題があるわよね。

アドルファたちの挑戦状だな。アレに関しては次回にて話し合う事になってる。

【咲】 結局どういう判断を下すわけ?

それは次回のお楽しみにだが、少なくとも挑戦を受けるという方向では考え辛いんじゃないかな?

【咲】 確かにねぇ……アドルファたちの危険性をあれだけ説いてるわけだから、当然挑戦を無視する方向で考えそうよね。

ま、結局この件がどうなるかは次回以降を待てってわけだ。

【咲】 そうね。でさ、最初で上げてたけど、今回のでシェリスは凄まじくフェイトに懐いたわね。

まあな。姿とか性格は違っても、フェイトの優しさとリースの優しさの質は似てるからな。

【咲】 静かな、でもそれ故に温かい優しさ……シェリスはそれに弱いのね。

弱いと言うよりは、その温かさが彼女にとって心地良いんだよ。だから、フェイトにだけはリースに近しい懐き方をする。

【咲】 まあ結局のところ、三人とも同じくらいシェリスを思っていながら、よりシェリスの近い位置にいけたのはフェイトってわけね。

そういうこと。そしてこれは二章、三章を続いていく上で重要な意味を持ってくる事でもある。

【咲】 シェリスがフェイトに過剰なほど懐いたって事が? 意味があるようには思えないけど?

ふむ、今までの話を考えれば分かることだが……ヒントを挙げるなら、『蒼天の盾』だな。

【咲】 『蒼天の剣』と同じで良く出てた単語よね、それ。やっぱりシェリスの持ってるアリウスの事を言ってるのかしら?

それだとアドルファたちがリースの事を時折『剣』呼ぶ意味が説明できなくなってこないか?

【咲】 ああ、なるほどね……二人の関係に意味が出るって事は要するに。

おっと、そこから先はまだ秘密だ。

【咲】 ……もうほとんど言っちゃったようなものだと思うけどね。

まあ、確かにそうだが、でも実際そうなるとは限らん。なんてったって、こっちはなのは&フェイトルートだからな。

【咲】 ふ〜ん……まあ、秘密なら秘密で明かされるのを待ちましょう。

そうしてくれ。じゃ、今回は予告も既にやったので、この辺にて!!

【咲】 また次回も見てくださいね♪

では〜ノシ




フェイトに懐くシェリス。
美姫 「思わずほのぼのとしてしまう光景ね」
ああ。いやー、もうこれだけでも満足ですよ。
美姫 「いやいや、あとがきで結構重要な事に触れられているわよ」
確かに、ちょいと気になる単語が。
うーん、益々もって次の展開が待ち遠しいじゃないですか。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
待っています。



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