リィンフォースの本体たる夜天の魔道書の修復作業が行われているのはメンテナンスルーム。

本来なら本局の技術部に預けて修復させるのが一番だが、その際は誰かしらが付き添いで行かなければならない。

この状況下でどの人物であろうとも人員が割かれるのは宜しくない。それ故、時間は掛かるがここで修復をというわけだ。

もちろんアースラのスタッフだけでは難しい作業なため、本局に一度連絡を入れてそれ専門の局員を寄越してもらった。

その人物とはレイジングハートとバルディッシュが破損したとき修復を行った者。名はマリエル・アテンザ。

リンディの同僚であるレティ提督の部下の一人にして、主に魔導師用の装備のメンテナンスを担当している女性。

マリーという愛称で親しまれ、担当がメンテナンスというだけであってそれ以外の事もしっかりと行える腕を持つ。

本局に連絡を入れ、レティの承諾も得て彼女をアースラへと呼び寄せ、今は夜天の魔道書の修復作業を行っているわけだ。

 

「それで……どうなんですか、マリーさん。リィンフォースさんは、直りそうなんですか?」

 

「ん、それはたぶん大丈夫。修正プログラムを組むためのデータは全部ディスクに入ってるしね。時間はもうちょっと掛かるだろうけど……」

 

その彼女は現在、メンテナンスルームを訪ねてきたなのはたちと話をしながら小休止中。

休憩の間で彼女らのリィンフォースに関する疑問に答えつつ、時折夜天の魔道書がある方向に目を向ける。

 

「にしても、このデータを渡してきたのは本当に何者なの? 夜天の書が作られたのはいつかも分からないくらい昔の話なのに、それを構成するデータと全く合致するデータを持ってるなんて普通じゃないよ」

 

「それは……私たちにも分からないんです。ただ、ジェドって人と協力して何かをしようとしてるという事ぐらいしか」

 

「ジェド? それってもしかして、デバイスマイスターのジェド・アグエイアス博士の事?」

 

まるで彼の事を知っているかのように反応してくるマリーにフェイトは頷き、どうして知っているのかを尋ねた。

その質問にマリーが語るによるとミッドチルダの魔導師用の装備に関わる仕事をする者にとって、ジェドは有名な人物との事。

デバイスに関係する多くのシステムを開発し、一度仕事を依頼すれば指定された日までには確実に完璧な物を作り上げる。

ただの一度もミスなど犯した事がない、その線では完璧ではないかと囁かれる人。その昔は彼に憧れてその道を目指す人もいた。

当時のマリーは四歳くらいの子供だったが、凄い人だとは漠然と思っていた。それはその後から自分が成長し、あの事件が起こっても。

 

「正直ね、局員っていう立場で言っていい事じゃないんだけど……ジェド博士に対する上の決定はちょっと酷いかなって思うんだ。確かに博士は未完成のシステムを実験に持ち出して、結果として人を一人死なせた。でも、それを一番悔いてるのはきっと博士自身……なのにさ、何もあんな追い討ちを掛けるみたいな事しなくてもいいのにね」

 

「……マリーさんは、ジェドって人の事を信じてるんやね」

 

「うん……会った事はないけど似たような仕事をする者としては信じてるし、今でも尊敬してるよ」

 

今、世間を騒がせている事件を引き起こしているのはその彼。それを彼女は知らないのだろう。

もちろん本局に報告はしてあるが、公には公開されていない。つまり、知っているのは事件を担当する者がほとんど。

本局のメンテナンススタッフである彼女が知らないのも無理はない。そしてだからこそ、今ここで話すのは憚られる。

故に事実は話す事もなく、しばらくの間マリーの話を静かに聞き、少しばかりの時間が経ったところで一同は部屋を退室するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第二章】第十五話 彼女が姉に求めしもの

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リンディと別れたアイラは部屋を出た後、真っ直ぐになのはたちの向かった部屋を目指した。

理由はユーノに頼みたい事があるのを思い出したから。それ故、彼と会うべくメンテナンスルームへと向かう。

そしてその部屋を目指して歩き続ける事しばしの後、予想外にも目当ての人物が向こうからやってきた。

 

「あれ、アイラさん? どうしたんですか、こんな所で」

 

「ん、ちょっちアンタに用事があってね……」

 

「僕に、ですか? じゃあクロノにも呼ばれてる事ですし、歩きながらででもいいですか?」

 

「んにゃ、呼ばれてるんだったら急いだほうがいいだろ。アタシの話は急ぎじゃないし、一緒に行ってクロノの話が終わった後に話すよ」

 

それに分かりましたとユーノは返し、二人は揃ってブリッジを目指して歩き出した。

その間でアイラがなのはたちはどうしたのかと聞くとユーノ曰く、メンテナンスルームに残ったらしい。

マリーの作業の邪魔になるのではないかと疑問にも思ったが、それはマリーも構わないと言って了承したとの事。

故にクロノに呼ばれたユーノのみが向かう事となり、その途中でアイラと出くわしたというわけである。

そんなわけで合流した二人は軽く話をしつつ一直線にブリッジを目指し、間もなくしてブリッジ前へと辿り着き扉を潜った。

扉を潜った先に広がるブリッジの中央、艦長席付近には呼び出した本人の姿があり、扉の開く音に反応して振り返った。

 

「? 呼んだのはユーノのはずなんですけど、何でアイラさんまで?」

 

「僕に用事があるんだってさ。それよりも、僕に頼みたい事って?」

 

「あ、ああ……二度も同じような事を頼むようであれだけど、君に無限書庫である事を調べて欲しくてね」

 

無限書庫のあるのは本局。つまり、ユーノには今一度本局に赴いて欲しいという事だ。

それに少しばかりユーノは顔を顰めるも、とりあえずその調べて欲しい事とは何かを彼へと尋ねた。

その質問に対して彼が告げた調べ物とは、『レメゲトン』というロストロギアに関しての事。

アドルファ・ブランデスを含む組織が保持しているというそれが一体どんなものなのか。どんな力を有しているのか。

物が物だけに下手をすれば事態が悪化する可能性もある。それ故、そのロストロギアに関してを調べてほしいとの事だった。

 

「なんだ……クロノの頼みたい事っていうのもそれだったのかよ。たくっ、付いてきて損した……」

 

「ということは、アイラさんの用事というのもその『レメゲトン』とかいうロストロギアに関して調べてくれというものだったんですか?」

 

アイラはユーノのその言葉に小さく頷き、溜息と共に大きく肩を落とした。

それに二人は苦笑しつつ、クロノは彼女も一緒にきたことでちょうどいいとばかりに一つの疑問を口にした。

 

「アイラさんは、『レメゲトン』に関して何か知っている事はありませんか?」

 

「……ん〜、これといって詳しい事は知らないなぁ。アドルファにも聞いたことがあるけど、適当な事言って誤魔化してたし。ただ……」

 

「ただ?」

 

「何度も問い詰めたらな、一度だけ不可思議な事を言いやがったんだよ、アイツ。確か……『レメゲトン』は夢の都へ連なる回廊、だったかな」

 

夢の都、それに連なる回廊。どれを取ってもアイラの言うとおり、意味が理解できない事。

もしかしたらこれも出鱈目に言っただけの事かとも取れるが、それにしては意味深な言葉であるとも言える。

故にクロノはしばし考えた後、『レメゲトン』というキーワードに加え、『夢の都』というのも調べるよう付け加える。

意味も分からない故に馬鹿馬鹿しい単語ではあるが、調べる上で少しでも情報は多いほうがいいのだから。

 

「無限書庫の使用許可はすでに取ってある。早速だけど、明日から本局に向かって調べてくれ」

 

彼がそう言うとユーノは分かったと頷き、彼も頼んだと言って頷き返した。

クロノが頷いたのを見てユーノが本局に行くなら早速準備をしておくと言って退室しようとした途端、クロノの斜め後ろから声が上がる。

声を上げたのはエイミィ。アースラでの行動時の彼女は基本的にその席に座り、何かしらの作業を行っている。

そして現在彼女がその場で行っている作業は、シェリスの捜索。海鳴を含む多くの次元世界を観察して彼女がいないかを探る作業。

捜索し始めたのは大体一時間前。本来ならこの程度の時間で見つかるなど可能性が極めて低い事である。

だが、声が上がったという事は……そう思い、その場にいた三人はすぐさまエイミィの近場へと駆け足気味で歩み寄った。

 

「見つかったのか、エイミィ?」

 

「う、うん……こんなに早く見つかるとは思わなかったけど」

 

「確かにな。それで、シェリスは今どこにいるんだ?」

 

急かすようのアイラの問いにエイミィは応じ、シェリスを発見した場所をモニタへと映し出した。

 

 

 

 

 

シェリス発見の知らせはすぐになのはたちにも伝えられ、全員がブリッジへと駆けつけた。

集まった面々はシェリスをどこで発見したのか気になり、早く知りたいとばかりにクロノへと詰め寄る。

それをクロノは何とかして抑えつつ、エイミィに例の映像をモニタに映すよう指示する。

その指示にエイミィは頷くとキーをカタカタと操作し、程なくして先ほど映した画面を今一度モニタへと映した。

 

「これ……はやての家、だよな?」

 

「ということは、場所は海鳴か。だが、どうしてシェリスは主の家前で膝を抱えているのだ?」

 

映し出された映像は、海鳴にある八神家。捜索対象であったシェリスの姿はそこにあった。

ただ様子が可笑しい……いつも元気なシェリスの姿はそこにはなく、まるで何かを待つように扉前の僅か横で膝を抱えていた。

映像が少し遠くからのもの故に表情までは分からないが、いつもと違うという事ぐらいは画面越しでも分かる。

 

「アイツはジェドのところに帰る手段を持ってるから具合が悪くなったからってのはねえだろうし……かといってはやてに会いに来てそのままずっと待ってるってのも考え難いしなぁ」

 

「不在だと分かったところで出直しますからね、普通は。だとすると、一体何がしたくてあそこに……」

 

以前と様子が違う事の理由も、なぜあそこにいるのかも皆には分からなかった。

一番に考え付く理由であるはやてに会いに来てそのまま待ってるというのも、普通に考えたら考え難い。

確かにシェリスははやてに懐いている。それは守護騎士たちの目から見ても明らかな事実であると言えた。

だが、いくら歳の割りに子供っぽい所が多々見える彼女でも約束もせずに訪ね、不在と分かったら家の前で座って待つとは思えない。

ただあくまで考え難いというだけで絶対ないというわけではない。もしかしたら、という可能性も当然存在する。

 

「とりあえず、理由はどうであれ見つけた以上は接触を試みよう。なのは、フェイト、はやての三人はすぐに現地に向かってくれ。ただくれぐれも、不自然な接触の仕方はしないように」

 

モニタから振り向いてそう指示すると三人は頷き、急ぎ故にはやての乗る車椅子を二人で押すという形で駆け出ていった。

残された面々、特に守護騎士たちとっては心配という念は拭えないが、説得をするのに大勢というのは不自然に映る。

下手をしたら相手の警戒心を煽りかねない。誰にでもすぐ懐くシェリスに警戒心があるかは疑問だが、可能性は当然考慮すべき。

故に守護騎士を含めた残りの全員はもしものときのためにここで待機する事となり、モニタ先の映像を静かに見続けるのであった。

 

 

 

 

 

いきなり現地に転移すれば不信に映るため、転移指定された場所は八神家の少し手前。

そこから歩いて家まで行き、さも外出から帰ったばかりだと装い、話をしながら説得を試みる。

それが今回の作戦の手順……ただこの際に注意点が二つばかり存在する。

一つは接触から説得までを不自然に進めない事。下手に性急に事を進めようとすれば、シェリスでも気づく可能性がある。

そしてもう一つは、説得を試みる際に間違っても感情的にならない事。感情的になれば、説得が破綻する確率が極めて高くなる。

説得方法の説明の際にあったアイラの話によるとシェリスは怒鳴られたり怒られたりすると、途端に泣き出す傾向があるらしい。

泣き出してしまったシェリスはジェドかリース以外では宥められない。それ故、注意の中で一番気をつけるべきはこちらのほうだ。

そういった手順とそれらの注意点を簡単に再確認した後、三人は互いに頷き合って八神家へと歩み寄っていった。

 

「……シェリスちゃん?」

 

「にゃ?」

 

あくまで今しがた帰ってきたのを装うため、なぜ彼女がいるのかと思っているような声で呼びかける。

すると彼女は猫のような声を上げて俯けていた顔を上げ、彼女らの顔を見るなり途端に満面の笑顔を浮かべる。

 

「こんにちわ〜、はやてお姉ちゃん♪ なのはお姉ちゃんとフェイトお姉ちゃんも♪」

 

「うん、こんにちわや。それでシェリスちゃん、ウチの家の前に座り込んだりしてどないしたん?」

 

「にゃ〜、はやてお姉ちゃんに会おうと思って来たんだけどいないみたいだったから、こうして待ってたの」

 

「待ってたって……一体いつ頃から、かな?」

 

フェイトにそう聞かれてシェリスは考えるも、答えは分からないというただ一言であった。

ただその答えは分からないほど長く待っていたというようにも取れ、フェイトは慌てて彼女の手を取ってみる。

すると彼女の予想通り雪こそ溶けても今の季節は冬。そんな中でずっと外にいたせいか彼女の手は冷たくなっていた。

故になのはとはやてへとすぐに目で合図し、二人も同じ事を考えていたのかすぐさま行動へと出た。

なのはとフェイトの二人でシェリスを立たせ、はやてに家の鍵を開けてもらって中へと入っていく。

そしてリビングへと連れて行って炬燵のスイッチをオンにしてシェリスを中へと入れ、ついでに暖房も効かせる。

続けて身体内から温める意味も兼ねて熱いお茶を人数分用意し、炬燵机の各位置において彼女らも炬燵へと入った。

 

「飲んで……少しは温まると思うから」

 

フェイトの進めにシェリスはお茶の入った湯飲みを見た後、なのはやはやてのほうを見る。

視線を向けられた二人もフェイトに同意するように頷くと、シェリスは湯飲みを両手で持って口をつけた。

その途端――――

 

 

 

「にゃあああああ!!」

 

――湯飲みを炬燵布団の上に落とし、声を上げて暴れ出した。

 

 

 

湯飲みを落した故に炬燵布団の上にお茶をぶちまける形となったが、そこは些細な事。

今もっとも重要なのは、彼女の身に何が起こったのかだ。それ故、三人は炬燵から出て各自動き出す。

フェイトとはやては落ちた湯飲みを机に置き直しつつシェリスを宥め、なのははその間で指定された場所から布巾を取りに行く。

そして布巾を持ってきたなのはがお茶の零れた部分を拭きつつ、暴れた原因を聞きだして対処の行動に出る。

その原因とはずばり、お茶が熱すぎたというもの。だが、実際のところは三人からしても多少熱い程度の温度でしかなかった。

彼女にとってそれが暴れるほど熱かったという事はつまり、彼女は結構な猫舌なのだということであった。

原因が分かった現状で取る行動は一つ。それは火傷したであろう彼女の舌を冷ますため、氷を持ってくるという行動。

結局は応急処置程度にしかならないが何もしないよりはマシ。故に今度はフェイトが立って冷蔵庫から氷をコップに入れて持ってくる。

持ってきた氷をようやく宥め終えて大人しくなった彼女に舐めさせ、それによって顰めていた顔もやっと元へと戻った。

 

「まさか猫舌やったなんて思わんかったわ……ごめんなぁ、シェリスちゃん」

 

申し訳なさそうに謝ってくるはやてにシェリスは首をふるふると横に振るって返す。

その間でも彼女はコップに入った氷を何個か口に運んでおり、未だに口の中で転がして舐め続けていた。

先ほどのような火傷を痛がる顔をしていない事から、どうやら氷を舐めるという行為が気に入ったようである。

火傷をして暴れ出したときは慌しくも非常に心配したが、そんな彼女の様子を見てると三人とも微笑ましい思いになる。

だが、コップに入る氷の量は非常に限られている。それ故に舐め始めて長くは持たず、コップの氷はなくなってしまった。

しかしシェリスとしてはまだ舐め足りないのか、お代わりを要求するようにコップを手にとって差し出してきた。

 

「こ、氷はもうその辺で止めたほうがいいんじゃないかな? ほら、折角温まった身体がまた冷えちゃうかもしれないし……」

 

「うにゅ……」

 

実際なのはが言った通り、氷を舐め続ければやっと温まった身体が再び冷える恐れがある。

故に欲しているのならあげたいところではあるが、彼女の事を考えるとそう言わざるを得なかった。

彼女に言われた後にシェリスはフェイトとはやてのほうも見るが、二人もなのはと同じような言葉を口にする。

それに彼女は途端にがっかりしたような表情を浮かべ、これを見ると三人も本当に申し訳ない気持ちになってしまう。

そのためか、どうにかして彼女に元気を取り戻してもらうべく、はやてがある提案を口にした。

 

「氷は駄目やけど、代わりに飴なんてどうや?」

 

「にゃ、食べる〜♪」

 

「あはは、そかそか。シェリスちゃんは飴が好きやもんな。ほな、ちょっと待っててな」

 

以前、まだシェリスと出会ってから間もない頃から、買い物の際に飴を買うようにしていた。

それは初めて彼女と会ったときに彼女が買っていた物。だから飴が好きなのだと察してシェリス用に買い置きをするのだ。

その意図のとおり飴と聞いてシェリスは途端に笑顔を浮かべ、それに内心でほっとしつつはやてはなのはとフェイトの手を借りて立ち上がる。

二人の手を借りて車椅子へと座るとそれを操作して台所のある棚を開き、お椀と飴を含めた数種類のお菓子を取り出した。

取り出したそれらの封を開けてお椀へと乗せ、空となった菓子袋をゴミ箱に捨てるとお菓子の乗ったお椀を戻ってくる。

そして再び二人の手を借りて椅子から降りつつお椀をテーブルの中央に置くと、シェリスは嬉々として手を付け始めた。

 

「なのはちゃんもフェイトちゃんも、一杯あるから遠慮せんで食べてや♪」

 

笑顔で言ってくるはやてに二人は頷き、適当な菓子を取ろうとお椀に手を伸ばす。

だが、その途端の一つの光景が目に映る。それは、お椀の中から飴だけが全て無くなっているという光景。

数にして二十個くらいは入っていたのだから、いくらシェリスでも一気に食べ終えるというのは無理だろう。

ならなぜ飴だけが消えたかが非常に疑問だが、その答えはシェリスのほうを見ることで判明する事となった。

右手を下に下げて何やらモゾモゾとしている様子。そして下げた右手を上げるとその手にあるのは、お椀にあった飴玉。

要するにシェリスはお椀の飴玉を全て服のポケットへと仕舞い、誰にも取られぬよう全部自分の物にしていたという事だ。

しかも現在に至っても気づかれていないと思っている様子。だけど二人も苦笑だけで別に駄目だと言ったりしない。

言ったら言ったで元に戻すかもしれないが、別に飴がどうしても食べたいというわけでもないため気づかない振りをして適当な菓子を取った。

 

「そういえば、シェリスちゃんはウチの事を待っててあそこにいた言うてたけど、ウチに何か用事でもあったん?」

 

「にゃ、すっかり忘れてたの……んっとね、シェリスは今日ね、お手紙を渡しにきたの。なのはお姉ちゃんとフェイトお姉ちゃんにって」

 

「私たちに? でも、それなら何でなのはや私じゃなくてはやてを待ってたの?」

 

「シェリスはなのはお姉ちゃんやフェイトお姉ちゃんのお家がどこにあるか知らないもん。だから、お姉ちゃんたちのお友達のはやてお姉ちゃんに渡してもらおうって思って、はやてお姉ちゃんに会いにきたの」

 

「そうなんだ……それで、お手紙って誰から預かってきたの?」

 

「えっと、アドルファお姉ちゃん」

 

その名前が口にされた瞬間、三人の顔に驚きの色が走った。

アドルファ・ブランデス……闇の書事件に於いて守護騎士らに加担し、結果としてリィンフォースを救った人。

そして今回の事件にてジェドを唆した裏の首謀者にして、恭也とリースを攫った組織の一員である女性。

クロノからも危険だからと極力接触しないよう言われている。そんな人物が、驚く事に自分からアプローチを見せてきた。

一体何のつもりかは分からない。それ故にシェリスが手紙の差出人を名乗ると共に取り出した手紙を受け取る。

手紙を見れば多少なりと彼女が何を考えているのかが分かるかもしれない。だから手紙を受け取り、封を切って紙を広げた。

だけど手紙に書かれていたのは彼女らの考えに反し、アドルファらの考えている事なと一片も分かるものではなかった。

 

 

 

――ゲームをしましょう……ウチたちと、貴方たちで。

 

 

 

手紙に書かれていたのはそのたった一文のみ。考えどころか、意味すらも理解しかねる。

何を考えてゲームをしようなどを言ってきたのか。そもそも、ゲームとは一体どういう意味なのか。

単純にゲームといえばテレビでやるものとか、もしくは子供が外で遊ぶ遊戯もゲームと呼んだりもする。

だけど三人とも理解は出来ないがそんな単純な意味合いでゲームをしようなどと言ってきたりはしないような気がした。

 

「シェリスちゃん……アドルファさんがこの手紙を届けるように言ったとき、他に何か言ってなかった?」

 

「言ってたような気がするけど……ちょっと待ってね。頑張って思い出すから」

 

そう告げてうんうんと悩み始めてから数分後、手紙以外の言伝をようやく思い出したシェリスはそれを語り始めた。

それによるとゲームを行う場所はこの海鳴市。日時は言動的に明確な時間は分からないが、明日の夜中との事。

加えて赴く人数に制限は付けないらしい。つまりこれはなのはたちだけでなく、管理局総出で来てもいいという事だ。

語られたそれら、特に最後の事項でようやく意味合いが多少理解できた。要するにこれは、彼女たちの挑戦状というわけだ。

挑戦をしてくる理由はまるで分からないが、彼女の事だから何かの意図があっての事だとはいうのだけは分かる。

だけどそれが分かったからといって、これはなのはたちで判断できる範疇を大きく超えた事であった。

今の重要事項はシェリスの説得であって、先も言ったとおり危険視されているアドルファたちとの接触は避けるべき事なのだ。

故に今ここでの判断は出来ないため、とりあえず戻ったときにリンディかクロノに渡そうと手紙をポケットに仕舞った。

 

「にゃ〜、じゃあアドルファお姉ちゃんに頼まれた用事も終わったから、シェリスはもう帰るね〜」

 

「え……あ、ま、待って!」

 

手紙を渡すという用事が終わるや否や、帰るために炬燵から立ち上がろうとする。

だがここでシェリスを帰しては接触した意味が無い故、フェイトは慌てて静止の声を掛けた。

そしてそれに続けてなのはとはやても彼女のもうしばし留まってもらうべく、あれこれと言葉を並べ立てる。

それが功を奏してか、別段急ぎの用事があるわけでもない彼女は三人の言葉を聞き入れ、再び炬燵へと足を入れた。

ただ、今しばし留まらせるための説得が成功したはいいが、問題の事件に関する説得は難しいと言わざるを得ない。

アイラには自分たちが必ず説得してみせると言ったが、明確にどう説得するなどという事は考えないで出てしまった。

それ故に根本的な部分として話をどう切り出すかも問題。だから、彼女が帰るのを止めても説得を行う事が出来なかった。

 

「せ、せや、お腹空いてへんか、シェリスちゃん? ちょうどお昼頃やし、空いてるんやったら何か作ろうと思うんやけど」

 

「ちょっとだけ空いてるけど……いいの、はやてお姉ちゃん?」

 

お菓子はともかく人様の家でご飯まで馳走になるには申し訳ない。そんな考えはあるのか、シェリスはそう尋ね返した。

それにはやてが笑みを浮かべつつ構わないと返すと途端に彼女も笑顔になり、なら食べると言って頷いた。

彼女が食べると言った事ではやては再び二人の手を借りて車椅子へと座り、椅子を操作して台所へと向かった。

加えてなのはとフェイトもはやてだけに任せて自分たちは寛ぐのも申し訳ないため、揃ってはやてを手伝おうとする。

はやても手伝ってくれるのなら断る理由はない故に申し入れを受けるも、フェイトにだけは別の事を頼んだ。

それは二人が調理している間のシェリスの相手。別段、それはなのはでも構わないのだが、フェイトが一番炬燵に近い故にそうなった。

 

「にゃ〜……いい匂いなの」

 

「そ、そうだね……」

 

調理が始まって台所から漂ってくる匂い。それにシェリスは炬燵机の上に頭を乗せてだれながらそう呟いた。

フェイトも彼女の言葉に同意するのだが、それ以上会話が続かず台所から響く調理の音だけが室内を支配する。

しかし、このままただ無言で料理が出来るのを待っているだけというわけにもいかず、彼女は意を決して口を開いた。

 

「ねえ、シェリス……一つ、聞いてもいい?」

 

「うにゅ? なぁに、フェイトお姉ちゃん?」

 

「少し前の事なんだけど……シェリスのお母さんは管理局に殺されたんだって、アイラから聞いたんだよね?」

 

「うん、そうだよ?」

 

「……それを聞いたとき、シェリスはどう思ったの? やっぱり、悲しかった?」

 

正直なところ、本来これは悲しいという感情だけで収まるような事ではないだろう。

病気でも事故でもなく、他者の何かしらの思惑で肉親を殺されれば、大概は悲しさを超えて憎しみが芽生える。

だけどこの事実を初めてシェリスが語ったとき、彼女からは管理局を憎んでいるという感情が一切窺えなかった。

それどころか悲しんでいるという感情さえも。故にそのときから、フェイトはその事がどうしようもなく気になっていた。

それはアイラからこの件の詳細を聞いてからはより一層気になるようになった。そして今、それを聞きたくて彼女に問いかけた。

問いに対してシェリスはやはりというか、以前と同じく憎しみも悲しみも顔に出さず、不思議そうな顔を浮かべていた。

 

「悲しくなんてないよ? だってそんな事、シェリスにとってはどうでもいい事だもん」

 

「どうでもいいって……シェリスの、お母さんなんだよ?」

 

「お母さんでも、シェリスは会った事がないもん。会った事がない人の事で、どうやって悲しめばいいの?」

 

そう言われ、フェイトは何も言い返せずに口を噤むしかなかった。

肉親でも会った事がなければ他人。シェリスに言った事は要するに、そういう事である。

そしてそれ故に事実を聞いても悲しくはならない。それどころか、母の死はどうでもいい事という形で片付けている。

表面上でそう取り繕っているわけではない。表情と言動からして彼女自身、心の底からそう思っているのが分かる。

それは人事とはいえ悲しい事。会った事がないから悲しみを抱けず、どうでもいい事という風に片付けれてしまうのだから。

下手をすればそれは人から見ると心の冷たい子と映るだろう。だけど、フェイトはシェリスの事をそういう風には見れなかった。

なぜならシェリスは母と会った事がないにしても、母親が子に注ぐものを意識せずともしっかりと覚えていると思うから。

生まれてから間もなくして母が亡くなっても、それまでで母から注がれた愛情。それをシェリスはちゃんと、覚えているのだと思うから。

それは以前も思った事……そしてだからこそ、フェイトはある一つの事を確信していた。それは――――

 

 

 

――彼女はリースに姉としてではなく、母としての愛情を求めている。

 

 

 

甘やかされていたからといって、彼女はリースに対して依存しすぎる傾向が見られる。

何者を敵に回しても彼女を求め続け、彼女が自分の意思でジェドから離反してもずっと追い続けている。

ジェドからの指示というのもあるだろうが、それ以上に彼女自身がリースを必要としているのだ。

その自身の確信を現実に確かめたかった。彼女は心の冷たい子じゃない……ただ純粋に愛情を求めすぎて、善悪が判別出来ないだけだと。

 

「じゃあ……例えば、例えばね? そんな事にあったのがお母さんじゃなくて、リースだったら……どうかな?」

 

母親ではなく、リースが死んだのだとすればシェリスはどう思うのか。

そんな事は聞かなくても分かったはずだった。だけど聞いたのは、自身の確信を現実のものとしたかったから。

しかし、そうだとしてもこの質問はあまりにも性急な物。確かめたいという思いに囚われた彼女は、そこに気づけなかった。

 

「お姉ちゃんは……死んだり、しないもん」

 

「えっと、だから例えばの話で――――」

 

「死んだりしないもん!!」

 

それは初めてだった。シェリスがここまで、声を荒げて叫んだりしたのは。

その事でフェイトは驚き、若干呆然としてしまうも、すぐに自分の聞いた事がどれほどのものだったかに気づいた。

だけど気づいたときにはもう遅かった。叫ぶように彼女の言葉を否定したシェリスは、途端に嗚咽を漏らし始める。

そして遂にはポロポロと涙を流し始め、彼女の様子にフェイトはどうしていいのか分からなくなった。

いつも笑っていた彼女は泣いたりすることなど一回もなかった。だから、どう対処していいのか考えつけなかった。

故にどうする事も出来ずオロオロとするしかない中、先ほどの怒声を聞きつけた二人が調理を中断して戻ってきていた。

 

「ど、どないしたん、シェリスちゃん? 何か嫌な事でもあったんか?」

 

「死なない、もん……ひっく……お姉ちゃんは、死んだりしないもん。 シェリスとずっと……っ……ずっと一緒にいてくれるもんっ」

 

はやての問いに答える事なく、嗚咽で途切れ途切れになりながらも呟き続ける。

故にシェリスに聞いても埒が明かないと考え、彼女を宥めながらもフェイトに事情を聞いてみる。

だけど彼女自身も先の質問による申し訳なさから口を閉ざし、俯いたまま語ろうとはしなかった。

そうしてシェリスが泣いた理由も分からぬまま、宥めても彼女が泣き止む事も無きまま――――

 

 

 

 

 

 

――彼女が泣き疲れて眠りに落ちるまで、その状態が続く事となった。

 

 


あとがき

 

 

シェリスがリースに求めるもの。それを唯一あの中で分かっていたのはフェイトだけ。

【咲】 でもだからこそ、フェイトは事を性急に運び過ぎたってわけね。

うむ。純粋に愛情を求めてるだけだから、確かにシェリスは根っから悪い子じゃない。

でも、その自身の中の確信を現実に確かめたいという思いが、今回の事を招いたというわけだな。

【咲】 大切な人が死ぬ事をどうでもいいなんて言って欲しくなかったのかしらね、フェイトからしたら。

だろうね。その優しさが今回は裏目に出た……という事だね。

【咲】 こうなると説得どころの話じゃなくなるんじゃない?

というわけでもない。今回の事で、シェリスを説得するための材料が明確になったからね。

【咲】 説得にリースの事を持ち出すって事? でも、それだと今回みたいな事になりかねないんじゃない?

さあ、どうだろうね。そこの辺りは彼女たち次第という事になる。

【咲】 まあ、ねぇ……で、今回でもう一つの問題が浮上したわね。

アドルファたちからの挑戦状な。まあ、最終的な決定はリンディとクロノの判断を仰ぐ事になるけどね。

【咲】 ていうかさ、彼女たちは何で挑戦状なんか叩きつけてきたわけ?

明確な理由は後々出てくるが、理由の半分を挙げるなら彼女たちの暇つぶしだな。

【咲】 暇つぶしでこんな事するわけ? 管理局と大きく事を構えるのは彼女たちからしても良い事じゃないでしょうに。

あくまで理由の半分だからね。完全に暇つぶしだけで挑戦状を送ったりはしないよ、彼女たちも。

【咲】 で、その理由のもう半分は後で出てくるってわけね。

そういう事だ。てなわけで早速次回予告だが、次回ももちろんなのはたち管理局側のお話。

泣き疲れて眠ったシェリスが目を覚ました後、三人は遅くなった昼食を食べて気晴らしに外へと出る。

その間で彼女の説得を再開。もちろん、リースの件に触れても先ほどのような事は口にせず。

そうして説得が続く中で一つの思いをシェリスは抱く事となる。それは些細な事だけど、彼女にとっては大きな事。

今まで考える事もしなかった彼女が抱いた思いとは? そして思いが導く後の彼女の行動とは?

というのが次回のお話だな。

【咲】 シェリスの説得話が大半なわけね。

うむ。まあ、もしかしたらアドルファの挑戦状とか今回では他の事に関しても触れるかもしれんけどな。

【咲】 ふぅん。

あ、それとちなみにだが、恭也&リース側となのはたち管理局側の話では時期に若干のズレがあるんでよろしく。

【咲】 それって例えば、恭也&リース側であった事がなのはたち管理局側では数日前の事だったりするって事?

簡単に言えばそういうことだ。でもまあ、ズレって言っても二、三日程度のズレだけどな。

【咲】 それでも読んでいくに当たっては重要な事ではあるわよね。

だな。そんじゃ、今回はこの辺にて!!

【咲】 また次回も見てくださいね♪

では〜ノシ




シェリスはある意味純粋だな。
善悪の考えなく、思うがままに行動。
美姫 「自身の思いも分かっていないのよね」
だけど、次回で何かが変わるみたいだぞ。
美姫 「一体、どう落ち着くのかしらね」
アドルファたちの動きも気になるし。
美姫 「この戦いに恭也たちは出てくるのかしら」
罰ゲームとかで? 流石にそれはないんじゃ。
外に出したら逃げるだろう。あ、でも約束を持ち出せば。いやいや、しかし……。
美姫 「実際、どうなるのか楽しみよね」
うんうん。次回も待っています。
美姫 「待ってますね〜」



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