思い出の写真を写した日から更に二ヶ月の月日が経過した。

これにより出産からおよそ四ヶ月。もうそろそろエティーナも仕事が出来るくらいの元気を取り戻していた。

それ以前に多少動く程度には回復していたのだが、ジェドの研究を手伝うのは多少では無理だ。

故に手伝おうとする彼女を止め、大概はアイラという見張りをつけて体力がもう少し戻るのを待たせた。

そうして待ち続けた二ヵ月後、ジェドの許しも得た彼女は子供の面倒を見ながら手伝いを行っていた。

 

「あ〜、くそ、容量オーバーか。かといってこっちのプログラムを抜くと起動しなくなるしな……」

 

「こっちのこれを抜いてみたらどうですか? これなら起動や動作にも影響がないと思いますけど」

 

「いや、これは駄目だな。これを抜いてしまうと今してる研究が全くの無意味になる」

 

向き合う机に置かれているモニタから目を動かさず、手元のキーをカタカタと操作し続ける。

その間でブツブツと何かを呟くのに対して、隣の机から呟きが聞こえるたびにエティーナは返事を返す。

彼女とてジェドのしてる事よりは難度が低いが、同様に近い作業を行っている最中ではあるのだ。

だが、いくら自分の作業が終わってもジェドの作業が終わらないと先には進めない故、彼の悩みは一緒に悩む事にしている。

 

「いっその事、記憶能力をギリギリまで下げてみるか? そうすればこのプログラムは何とか……」

 

「でも、そうするとデバイスに記憶しておける魔法の数が下がってしまいますよ? 必ずしもデバイスにたくさんの魔法を記憶出来ないといけないというわけではありませんけど、デバイスを扱う魔導師としては少し致命的になるんじゃないでしょうか?」

 

「むぅ…………」

 

一応現役の魔導師である彼女が言うと説得力があり、ジェドも無視は出来ない。

だけどそれならばどうしたらいいのかで悩みは続き、自然と動かしていた手が二人とも止まる。

そしてそれ以降は再度手が動き出す事がなく、已む無しに少し休憩しようと告げて作業そのものを中断した。

そんな矢先、今や恒例となりつつあるかの如く、扉のノックと共に一人の少女が部屋に入ってきた。

 

「お〜い、リースとシェリスがなんか愚図ってるぞ〜」

 

「あ、うん、分かった。すぐ行くから、ごめんけど先に戻ってあやしててくれるかな?」

 

「う〜い」

 

返答を聞くと軽めの返事を返し、彼女――アイラは部屋から出て来た道を戻っていった。

彼女が部屋から出たのを見送るとエティーナは小さな息をつき、ゆっくりと椅子から腰を上げる。

そして目での合図にてジェドから許しを貰った後、アイラに続いて部屋を出るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第二章】第九話 未来を奪われし者、思惑の犠牲者

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残り時間一ヶ月という中で、彼らはそれこそ死に物狂いで研究の完成を急いだ。

この研究を完成させなければマイスターとしての管理局からの信頼が大きく失われる。

それはマイスターとして生計を立ててきた彼らにとっては致命的。下手をしたら家族すら養えないかもしれない。

だけど完成させさえすればその問題は解消され、与えられるしばらくの時間である程度の休息も得られる。

そうすれば今まで研究で忙しかった故に出来なかった、家族の団欒とやらも出来るようになる。

ジェドとエティーナの子であるリースとシェリス。そしておよそ一年前に家族となったアイラのためにも、頑張らなくてはならない。

その思いが彼と彼女の動力源となり、施設にある彼らの一室からは夜深くなっても明かりが消えることはなかった。

そしてそんな日々を続ける事、およそ三週間後――――

 

 

 

――遂に彼らの研究は、完成という二文字へと到達した。

 

 

 

悩んでいた部分もトントン拍子に解決し、プログラムはデバイスに組み込めるまでの形となった。

それはある種の奇跡だったのではないかと、終わってみて彼らは共にそう思ったくらいの順調具合。

あとは試験的にプログラムを組み込んだデバイスを作り、それをテスト日にて披露するだけ。

そのためにテスターであるエティーナは休ませる必要がある。疲労が困憊した状態でデバイスを扱うと事故を起こす可能性もあるから。

そうでなくても今回の研究により生まれたこのシステムはまだ試験的な段階であるため、扱いの難しさは否めない。

幸いにして残る作業は組み上げと最終調整だけ。故にその旨を伝え、彼はエティーナを休ませようとした。

だが、彼のその旨は伝えられる事はなかった。再び管理局より届いた、ある一通の書類によって。

そこに書かれていたのは以前とほぼ変わりはない。だが唯一、大きな違いと言っていい場所が一つあった。

それは――――

 

 

 

――プログラムの披露を、明後日の昼に行うという通達。

 

 

 

事実上、書類の指示通りならば残された時間は二日もない事になる。

デバイスを組み上げて調整を行うだけとはいえ、そんな時間では到底無理な話であった。

さすがのこれにはジェドの怒りも頂点に達し、友人を通してではなく自分から管理局に連絡を入れた。

散々時間を削りに削ってきて、また削る。一体どういう事なのか理由を聞かなければ納得が出来ない。

上の人間と直接話す事は出来なかったため、連絡に応じた局員に怒りを抑えながらもそう伝えるように告げた。

そしてそれを告げてからしばしが経ち、戻ってきた局員の口より告げられた言伝に彼は耳を疑った。

 

 

――それを説明する必要はない。

 

 

この決定に対する正当な理由も告げず、返ってきたのはたったそれだけの言葉。

あまりにも人を馬鹿にしている。それはそう捉えても不思議ではない返答であった。

だが、この言葉はつまりいくら文句を並べても決定は覆らない事を同時に意味している。

故にジェドはそれ以上は何を言っても無意味と知り、通信を閉じた後は怒りを通り越して気力さえも奪われた。

だけどこの研究に賭けた物を思い出すともう諦めるなど出来ない。これには自分の全てが掛かっていると言ってもいいのだから。

しかし諦めないにしても大きな問題がある。それは、試験日に重要となるエティーナの事だ。

これまで寝る時間を割いてまで手伝ってきた彼女に、これ以上無理を強いれば彼女の身体はもたない。

でも彼女の協力を抜きにしてデバイスの組み上げと調整をおよそ二日で仕上げるのは正直なところ無理に近い。

諦めない、諦めたくはない。だけどどうしたらいいのか分からない……彼はその悩みに頭を抱える事となった。

だが、同じく書類を見てジェドの一連の行動を間近で見ていた彼女は、彼の悩みを解く言葉を告げた。

 

 

「私の事は、心配しないでください」

 

 

それは悩みを解くと同時に、彼女に更なる無理を強いる選択であった。

研究を諦めるという選択と同じくらい、その選択は彼にとって選びたくはないもの。

だが、それが完成へと導く道であり、なによりそれが彼女の意思であるなら、彼はその選択を選ぶ以外にはなかった。

故に結果として彼女を試験日まで休ませるという案は消え、期日の二日間をほぼ徹夜で作業に費やした。

 

 

 

 

 

――そうして彼らは、疲労の色を押し隠しながらも作業を終えた。

 

 

 

 

 

――そして完成と同時に予定の日が訪れ、結局彼らは一睡もする事なく管理局に赴く事となった。

 

 

 

 

 

試作品の披露として用意されたのは、普段管理局の局員が訓練として使っている一室。

そこに立つのはデバイス披露の相手となる局員数名と、デバイスのテスターであるエティーナ。

それ以外の人員、ジェドやある程度の地位を持つ数名の局員たちはそれを別室のモニタにて見る。

その中にはグレアムやリンディ、クライドの姿もあった。彼らもジェドの作った試作品の披露を見に来たのだ。

だが、見に来たはいいが当の本人らは疲労の色を隠しきれない、かなり疲れているような様子。

最後にあった通達についても一応は知っている彼らは、大丈夫か、延期を申請したほうがいいのではと当然聞いた。

だけどジェドもエティーナもここまで来たのだからと言い、彼らも本人らがそう言うためにそれ以上は何も言えなかった。

そして披露の開始時間が訪れ、エティーナと局員が準備に入る中、グレアムたちはやはり不安そうにモニタを見ていた。

 

「本当に、大丈夫でしょうか。見た感じ、かなりの疲労があるみたいですけど」

 

「本来なら止めた方がいいかもしれない。だけど続ける事が彼らの意思なら、僕たちにはどうにも出来ないよ」

 

「ああ。私たちに出来るのは、これが無事に終わる事を祈るくらいしかない」

 

今も尚止めたほうがいいのではないかと思う。だが、彼らの意思ならば止めるに止められない。

故に無事である事を祈りながら、ただ見ているだけ。それだけしか、彼らに出来る事はなかった。

そうして皆が眺めるモニタの中でエティーナも局員も準備を終え、彼女は試作品を手に取った。

彼らが何年にも渡って研究してきた成果、それを示すために彼女は試作品たるデバイスを展開する。

身に纏うバリアジャケットは今までとあまり変わらない物。だけど手に持つ杖はいつもの物と少し違う。

そんな杖を彼女は構え、テスト開始の合図と共に動き出し、対峙する局員と魔法による戦闘を開始した。

 

「デバイスの展開も術式処理も正常に行えている……後の問題は彼女があのシステムが制御できるか、だな」

 

「制御できるか? ちょっと待て……もしかして、あのデバイスの稼動させるのは今日が初めてなのか?」

 

「ああ……本当ならテスト稼動は予めしておきたかったが、そうしなければこの時間に間に合わなかった」

 

「そんな!? じゃあ、これが事実上の試運転という事じゃないですか! 彼女の今の状態で試運転もせず本番なんて、無茶すぎます!!」

 

今すぐ止めさせないと……そう思ったリンディがテスト中止のアナウンスをかけようとする。

如何にある程度の地位があろうとも、独断でこのテストを中止するのは本来ならば許されない事。

下手をすれば責任を問われ、今の地位が危うくなる事もある。だけど、それでも彼女は構わなかった。

こんな危険なテストを推し進めて友を無くすよりは、自分の地位など捨てても構わないと思っていた。

だが、そんな彼女の思いと反して、伸ばした手はジェドの手によって止められた。そして同時に、悲痛な眼差しを彼から向けられる。

 

「無茶であっても、やらなくてはならないんだ。私のために、彼女のために……何より、施設で待つあの子たちのために」

 

家族の幸せを保つためならば、無茶と言われても続けなければならない。

彼女が苦しい思いをしながらも続けるように、そんな彼女を悲痛な表情で見守るしかないように。

瞳から感じられるその覚悟を前にしては、リンディも自身の思いを押し通す事が出来なかった。

そしてクライドやグレアムもそれは同じ。リンディに代わってこのテストを止めたいという思いを抑えるのに必死だった。

故にそれ以降は今度こそ彼らは動く事もせず、ただこのテストが無事に終わるのを祈っていた。

 

 

 

――そしてとうとう、テストは山場を迎える事となる。

 

 

 

このテストの題目とも言える、新システムの初稼動実験。

一つのデバイスで二つの魔法を同時処理し、同時に放つことが可能となるシステム。

術者のみ、もしくはデバイスと術者が別々の魔法を同時に行使する。それは今のデバイスでも似たような事は可能だ。

だが、大きく違うのは『同時』だという部分。現代にて存在するデバイスでは二つの魔法を使うにしてもラグがどうしても存在する。

そのラグを消し去り、文字通り同時行使する事が出来る。それが彼の考案、設計した『二重術式処理機能(ダブルキャスティングシステム)』だ。

このシステムには当然の如く問題点が多々存在したのだが、それらは大概時間を掛けて一つ一つ解決した。

デバイスの容量に関する問題も、自律意志一つでは術式を処理しきれないという問題も、全て解決に導いた。

しかしただ一つだけ、魔法の制御は二つとも術者が行わなければならないという問題に関してであった。

こればかりは一度でも稼動してみないと分からない。だが、その初稼動も管理局の通知が原因で今回が初めてとなった。

だからこそ彼女の身体状況も考えると危険であるのだが、ジェドもエティーナも推し進める事を選んだ。

そして皆が静かに見届ける中、局員としばらくの魔法戦を行ったエティーナは距離を置き、杖を水平に構える。

 

二重術式処理機能(ダブルキャスティングシステム)、起動!!」

 

Double casting system, the boot》

 

彼女の声に応え、デバイスは初稼動となるそのシステムを起動させる。

システム自体の起動は正常に行える。その証拠に起動を言い渡してから数秒で完了の音声が放たれた。

そこから続けて、彼女はシステムを利用して魔法陣を展開。二つの魔法の術式処理を開始させる。

彼女が持つ魔法の中で選んだのは中距離と遠距離の射撃魔法として分類される二つ。

中距離で牽制、足止めしつつ、その間で溜めた魔力を一気に放出する砲撃魔法で仕留めるという旨の選び方。

しかし、多くの数を放つ中距離魔法を操作しながら砲撃魔法の魔力を溜めつつ照準を合わせるのは如何にシステムを用いても非常に困難。

その証拠として、今しがた放った多数の魔力弾を操作しながら杖を構えるの彼女の表情は苦しそうであった。

それでも彼女は苦しさに耐え、局員を魔力弾で翻弄しながらも砲撃魔法のための魔力充填を終えようとしていた。

 

 

――だがその瞬間、あろうことか局員の一人が魔力弾の包囲を突破してきた。

 

 

彼女の作る魔力弾の包囲を突破するなど、誰もが想像もしなかった。

その証拠に抜けてきた一人以外は未だ飛び交う魔力弾によって避けるという手段を取るしかない状態。

その局員も先ほどまではその者たちと同様であった。だが、魔力充填を終える間際で急に動きが変わった。

迫り来る弾丸も全て避け、手に持っている一風代わった僅かに長い一本の扇子を水平に軽く振り被る。

そして振り被ったと同時に大きく腕を振るい、広げた扇子をエティーナへと向けて投げつけた。

 

「っ!?」

 

飛来する扇子に対してエティーナは意識をそちらに向け、魔力弾の一つをそれにぶつける。

それにより扇子は落ちこそしなかったが飛来する軌道が大きく変わり、エティーナの僅か隣を横切る。

だが、自身の攻撃が彼女に当たらなかったのに、向かってきた局員の口元には笑みが見えた。

それが何を意味するのか、その瞬間は分からない。だが、軌道を変えた扇子が彼女の手に戻ったと同時に意図を理解する事となった。

 

「不味い――っ!!」

 

モニタ越しにジェドは叫び、マイクを手に取ろうとするが時はすでに遅かった。

意識を別に向けたせいで砲撃魔法の制御が疎かになり、魔力の充填が止まらなくなっていた。

そして異常なまでに溜まった魔力をデバイス自身も処理しきれず、魔力は溜まり続ける一方。

これが何を意味するのかを彼女自身にも理解でき、同時に明らかに意図的にこうなるよう仕向けた局員へと目を向ける。

目を向けられた局員は扇子を手に取った瞬間に後ろへと既に下がっており、笑みを浮かべながら静かに唇を動かした。

 

 

 

――さようなら、エティーナ・オーティス

 

 

 

向けられた笑みも、唇の動きだけで紡がれた言葉も、モニタ越しの者たちには見えない。

いや、むしろ対面にいるエティーナのみにしか見えない……彼女のみに向けられた笑みと言葉。

向けられたそれらが彼女の目に入ると同時にデバイスの先に溜まった魔力の玉から眩い光が溢れる。

そして次の瞬間――――

 

 

 

 

 

――その魔力の玉を中心として、凄まじい爆発が巻き起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが起こった瞬間、誰よりも早く駆け出したのは他でもない、ジェドであった。

すぐにでも彼女の元に駆けつけるため、先ほどまでいた部屋から訓練室の扉まで一直線に駆ける。

そして近場故に程なくして辿り着くと同時に部屋の扉を開き、僅かに煙の立ち込める室内へと入る。

そこから一直線に彼が向かう先、そこには遠目からでも分かるほどの重症を負って横たわるエティーナがいた。

 

「エティーナ!!」

 

「……ジェド……さ……ん」

 

すぐさま駆け寄り、自身が血で濡れるのも構わず上半身を抱き起こす。

彼の呼びかけに対して途切れ途切れながらも、エティーナは返事を返しながら僅かに瞳を開ける。

そのすぐ後にグレアム、リンディ、クライドの三名も駆けつけ、彼女の状態を見て絶句しながらも各々動きを見せる。

だが、誰しも分かっていた……今から医療班を呼んで治療をしても、もう手遅れであろうという事が。

それほどまでに彼女の負った傷は深く、流れている血の量もあまりに多すぎた。

 

「ごめんな、さい……ジェド、さん。せっかく……つくった、デバイ……ス……」

 

「そんな事は気にしなくていい。壊れたものは直せばいいんだ……だから、今は喋るな」

 

「ふふ……珍しく……優し、い……です、ね。いつも、は……もっと……ツンケン……してる、のに」

 

「君が望むならずっと優しいままでいる。邪険とした態度も、もうしない……だから、頼むから」

 

先ほどまで以上に悲痛な表情で悲願するジェド。だが、反してエティーナは笑みを浮かべる。

おそらく彼の指示通り喋らないようにしても、自身はもう助からないと分かっているのだろう。

それ故にか彼の意に反して口を開き続け、途切れながらも言葉を紡ぎ続ける。

 

「アイラ、に……伝えて、くだ、さい。約束、破っ……て……ごめん、ね、って……」

 

もうそこからは彼自身、言葉を発することが出来なかった。

自身の死期が見え、明らかに自身の死を速めている彼女の行動。

それを止めたくても止められない。彼女から体温が無くなっていくのをただ感じるしか出来ない。

そんな無力な自分が悔しくて、目尻に涙を浮かべながら彼女の身体をギュっと抱きしめる。

抱きしめられる彼女も彼の悲しむ顔は見たくない故、感覚の無くなりつつある身体を動かして右手を彼の頬に当てる。

だが、頬に右手の平が触れた瞬間――――

 

 

 

 

 

――上げた右手は空しく、地面へと落ちた。

 

 

 

 

 

頬に手が僅かに触れた感触、地面へと落ちたときの音。

それによって彼は彼女の身体から身を僅かに離し、彼女の顔を覗き込む。

しかし、閉じられた彼女の瞳が開くことはなく、その事が彼に事実を伝える事となる。

だけど彼は事実を受け入れられず、軽く彼女の身体を揺すりながら名を呼び続ける。

それでも彼女から返答が返ってくる事はなく、瞳が開かれる事などありはしなかった。

故にか彼も事実を受け入れざるを得ない羽目となり、目尻に溜まっていた涙が頬を伝う。

 

「あ、あ、ああ……」

 

悲しみに暮れ、再び彼女の身体を抱きしめる彼に皆は顔を俯ける。

こういう結果になると予測していながらも、彼と彼女の意思だからと止めなかった。

それが結果的にこんな事態を招いた。その事への罪悪感が、彼らの胸を支配する。

そんな中で彼は嗚咽を漏らしながら強く抱きしめ続け、そして――――

 

 

 

 

 

「ああああああああぁぁぁ――――っ!!!!」

 

――悲痛な絶叫を、室内に響かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほぼ同時刻、彼らの不在中の研究施設も中々に慌しかった。

その慌しさの中心となるのは、ジェドとエティーナの子であるリースとシェリス。

この双子の幼子によってアイラだけでなく、他の研究員たちも翻弄されっぱなし。

だが、今までにないこの慌しさはアイラと研究員たちに疲れと共に笑みさえも浮かばせる。

 

「ふぅ……いやはや、子守りとは大変なものですねぇ。少々舐めてかかってましたよ」

 

「子守が大変なんじゃなくて、こいつらが手強いだけだろ。特にシェリスは抱いてないだけで泣くんだし」

 

「あはは、シェリスちゃんは寂しがり屋なのかもしれませんね」

 

シェリスを抱くアイラの隣にはリースを抱く男性研究員の姿。

そしてその周りにはまたいつ泣いてもいいように、施設にいる全ての研究員が囲むように待機していた。

一応場所は一番広い食堂であるのだが、それでも研究員全てが集まると中々に狭く感じる。

だが、そんな狭苦しさも感じないほど皆は静かに眠るリースとシェリスに釘付け状態であった。

 

「それにしても……おっそいな、二人とも。もうそろそろ帰ってきてもいい時間だろ」

 

「そうですね……管理局の方と何かトラブルでもあったんでしょうかね。あ、ちょっとリースちゃんをお願いできますか?」

 

「あ、はいはい〜♪」

 

リースを抱いていた研究員の男性はそう言い、後ろに立つ女性の研究員にリースを手渡す。

だが、腕から腕に移動した事によってリースはパチリと目を覚まし、途端に愚図り始めてしまう。

それによって研究員の全員が慌しく動き始め、総出であやし始めるという非常に奇妙な光景が繰り広げられる。

しかし奇妙ながらも功を奏したのか、愚図っていたリースは再び目を閉じて眠り始めた。

そんな幼子の様子に全員は一斉に安著の溜息をつき、彼女を起こさないよう女性研究員は男性研究員のいた場所に座る。

 

「ん〜、早く帰ってこないかなぁ……アタシ今日、誕生日なんだけど」

 

「あ、そうなんですか? だったら、こんなに遅いのはプレゼント選びに時間が掛かってるとかも考えられますね〜」

 

「そうだったら嬉しいけどな」

 

そう言いつつ自然と笑みが浮かび、それを隣の女性がニコニコと見ているのに気づいて頬を染める。

最近、彼女は昔と違って自然な笑みを見せる事が多くなった。ジェドやエティーナにだけでなく、大概の者に対しても。

これも言ってしまえばエティーナのお蔭。彼女がアイラの心を開いたからこそ、今の彼女があるのだ。

そんな彼女に研究員たちも今まで以上に親しみが持て、自然とアイラとの交流も多くなっていった。

 

「も、もうすぐパパもママも帰ってくるからな〜」

 

だけど彼女は照れ屋であるが故、笑みを浮かべた後は決まって恥ずかしがる。

そして大概は今のように話を帰る事で誤魔化す。しかしそれも彼女の魅力といえば魅力。

でもここで突っつくと今度は怒鳴りだすのがパターンなため、リースとシェリスの事を考えて何も言わない。

そしてそこからは眠る二人の幼子を静かに見続けながら、彼らの帰宅をただ待ち続けていた。

 

 

 

 

 

――しかしその一時間後、施設に届いた一本の連絡によって場の空気は一転した。

 

 

 

 

 

――新システムの披露の際に起こった事故、それによって失われた掛け替えのない人の命。

 

 

 

 

 

――その事実は誰よりもアイラの胸を抉り、深い傷跡を残すと共に……

 

 

 

 

 

――あのとき以上の憎しみを、抱かせる事となった。

 

 


あとがき

 

 

 

遂に訪れたエティーナの死、それによりアイラの心には再び憎しみが広がるのです。

【咲】 エティーナの死はデバイスの暴発事故によるものなのね。

まあね。だけど、あのまま何事もなく続けば事故が起こる事はなかったのですよ。

【咲】 暴発を促したのは局員の一人よね? 普通局員がそんな事したら責任を取られるんじゃない?

つまり、クビになる。そして事故を促したということで罪も問われかねないと言いたいわけだな?

【咲】 ええ。

確かに普通ならそうだわな。だけど、あれがもし管理局上層部の意図だったとしたら?

【咲】 上層部が意図的にエティーナを殺したって事?

さあ、あくまで例を言っただけで事実はまだ分からんよ。

【咲】 いつも通りの返答ねぇ……でも、もしその例が事実だったとしたら、管理局全体が問題視されるんじゃない?

まあな。だけど、そういったのって確たる証拠がなければ意味がない。

【咲】 証拠ならあの場にいた全員が見てるじゃない。

あんなもの、しらばっくれられたらそれまでだよ。

【咲】 それはそうだけど……。

ま、証拠にしても結論にしても、次回を見れば分かるからそれまで想像しててくださいませ。

【咲】 はぁ……にしてもさ、確かに管理局が悪いようにも見えるけど、なんでアイラが管理局を憎むわけ?

というのは?

【咲】 だってさ、グレアムたちが止めなかったせいだって彼らを恨むなら分かるけど、そこから管理局全体には繋がらないじゃない。

まあ、それだけならな。だけど、彼女がジェド宛に届いた期間短縮の通知を一つでも見ていたのだとしたら?

【咲】 ……ああ、なるほどね。それで管理局がエティーナを殺した元凶って繋がっちゃったわけね。

そういうことだ。さてはて、そろそろ次回予告をば。

【咲】 次回はどんな話なんだっけ?

次回はこの事故に対する管理局の対応、ジェドが管理局のせいとは思わず自分のせいと戒めた理由。

そして謝罪に来たグレアムたちにアイラが憎しみに任せて当たる場面、何よりもっとも重要なのが……

【咲】 なのが?

本編の話に繋がる、アドルファとの出会いについてを話そうと思う。

【咲】 ようやく過去編も次回で最後ってわけね。

まあ、下手に長くならなければそうなるだろうな。

【咲】 ま、そうなったらなったらで二本に分けて書きなさいな。

だな。では、今回はこの辺にて!!

【咲】 また次回も見てくださいね♪

では〜ノシ




うーん、明らかにあの局員は怪しいよ。
美姫 「しかも、あの唇の動きはね」
しかし、あの台詞に関しては証拠はないか。
しかし、何でこんな事をしたんだろう。
美姫 「その謎は残るわよね」
ああ。それにしても、悲しい出来事だ。
美姫 「次回で過去編はラストみたいだけれど」
ここからどう現代に繋がるのか。
美姫 「次回も待っていますね」
ではでは。



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