※二章では二つのサイドに分かれるため、二サイドの時間軸が互いに異なる場合があります。
魔法少女リリカルなのはB.N
【第二章】プロローグ
アドルファによって連れ去られてから早数日という時間が経過した現在。
彼らの拠点となる場所の一室、研究室と思われる部屋にてコポコポと水の中で気泡が上がる音が響く。
その音を立てている物とは、部屋の中央奥に設置されるガラス張りをした円柱型の大きなケース。
内部は薄緑色をした水で満たされており、そのケースの内部中央には一人の少女の姿があった。
蒼色のセミロング、歳にして十台と思わしきその少女は、当然ながら衣服を一切纏わず水の中に佇む。
水で満たされたケースの中で目を閉じているため死んでいるのかとも思えるが、口から上がる気泡で生存は確認できた。
「…………」
そのケース内部に佇む少女を、正面から見つめる男性の姿がある。
黒髪に青み掛かった黒色の瞳、黒い衣服の上に白衣を羽織り顎辺りに不精髭を生やす男性。
彼こそこの部屋の主であり、目の前の少女を誰よりもよく知る人物。
――名は、ジェド・アグエイアス。
デバイスマイスターにして、それに関わる数々の研究を手がけてきた研究者。
そして目の前の少女もその数多くの研究の内、彼の全霊を掛けて完成させた成果の一つ。
それを見詰めながら愛おしいと言うようにケース側面を撫で、彼は静かにそれの名を呼んだ。
「リース……」
呟いたその名前はケースの中に佇む少女の名であり、彼の娘の名前でもある。
呼ばれたその名に反応したのか、中の少女は閉じていた瞳を開け、感情の窺えない瞳を向ける。
それに対して彼は笑みで返し、少女が目を覚ました故かケース下にあるパネルを操作して中の水を抜く。
そして水が抜け切ってから更に操作を加え、ガラスを下にスライドさせて彼女の身体を外気に触れさせる。
だけど外に出た彼女はやはり瞳の色を変えず、彼をもう一目見た後に横のほうへと歩いていった。
その先にあるのは彼女の物と思われる衣服。シェリスと同じドレスっぽい、フリルのついた黒色の服だった。
少女はその衣服の前に立つとそれを手に取り、手早く身に纏って先ほどの立ち位置へと戻った。
「で……これは一体どういう事?」
右手を見詰めて軽く握ったり開いたりをした後、視線を彼へと戻して短く尋ねる。
普通の人ならばこんな質問をいきなりされたなら、何がと返してしまうのが普通の反応だろう。
しかし、ジェドは彼女の尋ねる事が分かるのか、笑みを貼り付けたまま口を開いた。
「自由に動ける身体がない、というのがリースの不満だったのだろう? だからその不満を解消するため、新たな器を用意しただけの話だよ」
「そんな事聞いてるんじゃない……私が聞きたいのは、何で身体が持ててるのかって事よ。見た感じ普通の人間の身体にも見えるけど、そうじゃなくてこれは擬人化システムでしょう?」
「ふむ……やはり分かるか?」
「分かるよ、そのくらい。でも、だとしたら可笑しいじゃない……擬人化システムなんて容量のデカイ代物、インテリジェントには組み込めないはずでしょう? ううん、インテリジェントに限らず、ストレージやアームドにしても今の技術では容量オーバーで組み込む事が不可能のはずよ。それにこの身体になってからオリウスの存在が身近に感じられない……これ、どういう事?」
相変わらず何の感情も瞳からは窺えないが、疑問故に口調はやや饒舌であった。
それが彼にとっては嬉しい事だったのか、笑みを更に深めて彼女の疑問に答える。
「確かにそれらのデバイスでは容量不足で組み込んでも満足に稼動しないだろうな。だが、デバイスの種類は他にもあるだろう?」
「他にも……ブーストは違うだろうし、後あるって言ったら――」
言葉をそこで切って悩みだすが、答えはすぐに見つかることになった。
だが、見つけたその答えは非常に驚くべきもの。故にか、そこで初めて少女の表情は変化を見せた。
それに更なる喜びを浮かべ、ジェドは驚きを示す彼女へと答えとなる言葉を告げた。
「分かったようだな。インテリジェントでもストレージでも、アームドでもブーストでもないデバイスと言えば残るは一つだけ……」
「融合型デバイス……それがお前の身体の、正体だ」
抱いた想像が現実だと告げられ、リースは更なる驚きを顔に浮かべる。
だけど同時に納得も出来た。確かに融合型デバイスならば、擬人化システムを正常に動かすことが出来るだろう。
なぜなら世の中に存在するほとんどの融合型デバイスは、擬人化システムによって人型を取る場合が多いのだから。
故にそこは納得出来るが、更なる疑問も浮かぶ。それは、一体どうやって融合型デバイスを作ったのかという事。
インテリジェントやストレージ、アームドやブーストとは異なり、並みのデバイスマイスターでも簡単に作れる代物じゃない。
確かにジェドは並の者より腕はいいだろうが、それでも融合型を作れるとは彼女にも到底思えなかった。
だとすれば一体どうやって……そんな疑問を抱いた彼女は真っ先にジェドへと聞くが、彼は『お前は知らなくていい』と言うだけ。
様子から何かを隠しているというのが見て取れるが、それが何なのかは口を割らないため知ることは出来なかった。
「はぁ……まあ、いいや。それよりもちょっと、お願いがあるんだけど?」
「ん、なんだ? パパに出来ることなら何でもするから、言ってみるといい」
「……そう。じゃあとりあえず、私と目線が合うくらいまでしゃがんでくれる?」
パパという単語が出た瞬間、リースは眉が僅かに動くが彼は気がつかなかった。
それよりも彼女がお願いをしてくることが嬉しいのだろう、お安い御用だと言ってしゃがみこんだ。
自分が言った通り目線を合わせてきた彼にリースはゆっくりと歩み寄り、至近まで寄ると歩みを止める。
「アンタなんか……――――」
少しボソボソとした口調だったためか、その部分を彼は聞き取れなかった。
故に首を傾げて尋ね返そうとするが、それよりも早く右手を僅か右上へと上げ――――
「大っ嫌い!!!!」
――素早く右手を振り下ろし、凄まじい音を立てて彼の頬を引っ叩いた。
頬を叩かれた瞬間、彼は痛みを感じるよりも何が起こったのかが理解出来なかった。
だけど少しの時間を置いて頬を叩かれた事を理解し、ジワジワと痛みが広がる頬を手で押さえる。
そして怒りよりも驚きが大きく勝る表情を浮かべ、彼女へと目を向け直した。
するとそのとき見た彼女の瞳は先ほどまでの無感情なものとは異なり、怒りの色を灯していた。
しかし怒りという感情を灯しているはすなのに、彼女の目尻に浮かぶのは悲しみの象徴である涙。
そんな対極した二つの感情を表情に映し出しながら、頬を叩かれた事で茫然とする彼を押し退けて室外へと飛び出してしまう。
だけどジェドは彼女が叫んだ一言、そして彼女に頬を叩かれたことがショックだったのか、追う事が出来なかった。
故に彼女が廊下を走り遠ざかっていく足音を聞きながらただ、ただ茫然とするしかなかった。
廊下をただ走り続け、しばらくしてから彼女は不意に立ち止まった。
別に何があったわけでもない。ただ、これ以上走り続けることへの無意味さを感じただけ。
彼から遠ざかるために部屋を飛び出して走ったのだから、もうそこまで来れば十分に離れたと見てもいい。
だから足を止めた。そして目尻に今も浮かぶ涙を拭い、今度は走るではなくゆっくりと歩き出す。
「絶対に逃げ出してやるんだから……あんなのと一緒にいるより、恭也やなのはたちと一緒にいるほうがずっといいもん」
涙を拭った彼女の表情には今度こそ怒りしか灯らず、決意するように歩きながら呟く。
しかし決意したはいいがその内容にもいささか問題があるため、怒りを納めてそれを考え、呟き始めた。
「どうしよっかな……前の脱走から学習して転送機能にはプロテクトでも掛けてるだろうし、かといって個人で次元転送を行おうにも艦のバリアが邪魔してる。だからってなのはたちの助けを待つとしても、それまででアイツが研究の全てを終えたらこの場所から離れるから救助しようにも出来なくなるんだよね……」
その問題というのがまさにこれ。逃げるにしても、脱走の手段が以前と異なって困難だという事。
アイラと共に脱走したときはこの場所の転送機能を用い、他の次元世界へと逃げるに至った。
だけど今回も同じ策が使おうにも、相手も馬鹿ではないのだから転送機能にプロテクトでも掛けてると推測できる。
ならば個人で転送魔法を用いるという考えもあるが、それはそれでこの場所を覆う障壁が邪魔をして転送そのものが出来ない。
つまり転送機能のプロテクトを万が一解除出来たとしても、障壁を解除しなければ転送など出来るわけもないのだ。
加えてなのはたちの救助を待つというのも、ジェドの研究が完了するのが早ければ無意味となるため、下手に当てには出来ない。
「プロテクトの解除と障壁の解除……アイツ以外でどちらも出来そうな人間って言ったら」
要するに救助が当てに出来なければ自分で何とかするしか方法はない。
だとすればその二つを解除して元に地に戻るのが得策。だけど、それにも問題点は存在する。
中でも最も難関なのが、どちらを解除するにしてもパスワード入力を求められるのが関の山だという事。
そしてどちらも重要なシステム故、極一部の者にしかパスワードは行き渡っていないというのが何となく分かる。
とすればパスワードを知る人間から聞きだす必要があるが、ジェドには聞けない故に他の者でなくてはならない。
そうなると自ずとその一人として、アドルファというのが浮かぶのだが……
「アイツの協力者ってわけなんだから、普通に考えてあの人が教えてくれるわけないし……」
協力者であると同時に自分たちをここに連れ戻した人物が、脱走など許すわけがない。
だからパスワードを聞いたとしても教えてくれる可能性は皆無。故に、彼女に聞くというのは削除される。
だとすれば一体誰からそれを聞けばいいか。再度それを考え出すのだが、答えは結局見つからなかった。
「まあ、とりあえず今のところは後回しにしよっかな、この件は。それよりもまずは恭也を見つけ出さないと」
脱走するにしても何にしても自分一人だけでは難しいし、出来てもそれでは意味がない。
連れ去られたのは恭也も同じなのだから、恭也も一緒に逃げるというのが当たり前の事だろう。
故にまずは恭也を探し出して合流するのが先決。しかし、それに関しても問題となる部分はあった。
「て言っても、どこにいるんだろ……恭也」
現在いるこの場所の全体図は把握しているが、かと言って恭也がどこに囚われているのかが分かるわけではない。
そのため探すにしても手当たり次第という事になるが、下手に動き回ると脱走を勘ぐられる恐れがある。
結局のところ脱走するにしても恭也と合流するにしても問題だらけ。前途多難とはこの事をいうのだろう。
「……あれ?」
問題だらけの事をどうやって解決していくか。それを考えながら彼女は通路の曲がり角に差し掛かろうとする。
だがそのとき、見覚えのある人物の姿が曲がり角の先から見えたことにより、彼女の足は止まった。
《あ……》
見た目的にはリースと同年代くらい。二つに分けて先を束ねた橙色の髪と緑色の瞳の少女。
身に纏う衣服も少し変わっており、やや短めのスカートに青色のシャツの上から手の先まで隠れるほどの長い袖をした白い服というもの。
一目見た外見からして以前、一度だけ出会った少女と酷似する彼女は、リースを捉えると同じく足を止める。
そして袖で隠れた手を口元に当て、ちょっとだけの驚きを表した後にどこかおどおどした様子を見せる。
《こんにちわ……というより、初めましてのほうがいいかな? その姿の貴方と面と向かって会うのは、初めてだし》
「確かに前はオリウスの中越しだったけど、正直どっちでもいいんじゃない? ていうかアンタ……カルラ、だっけ? なんでこんなところにいるわけ?」
《何でって……私たちの今の拠点はここなんだから、居てもおかしくないと思うけど》
言動はまともなのに僅かな怯えは表情から消えない少女――カルラ。
とても初めて会ったときにあれだけの大人数を退け、脅しを掛けてきた子には思えなかった。
しかし実際のところ、今の彼女こそがカルラ・クラムニーという人物の本当の一面というものであったりするのだ。
人見知りとかではないが非常に消極的で小心者。そしてそれが故に押しが弱く状況に流されやすい女の子。
だから無垢で無邪気故に押しが強いシェリス相手にも自分の意見をはっきり言えず、振り回されるところも多々ある。
そんな彼女の一面を当然ながらリースは知らないのだが、頭の非常に回るためか様子だけで大体の推測は出来ていた。
そのためか――――
「…………(ニヤリ)」
――邪悪という他ない怖い笑みを、途端に浮かべ出す。
普通の人が見ても一歩引きたくなる笑み。彼女に至ってはそれさえも出来ない。
まるで蛇に睨まれた蛙の如く、怯えが全面的に広がってビクビクとしながらも逃げ出す事が出来ず。
ただただ怯えながらその場に立ち尽くし、おどおどビクビクしつつ彼女を見詰めるだけであった。
そんな彼女の様子にリースは気を良くしたのか、更に笑みを怖い方面に深めて口を開いた。
「ねえ、カルラ……ここで会ったのも何かの縁だし、折り入ってちょ〜〜っとしたお願いがあるんだけど」
《えっと……そ、そういうのってまずは内容を聞いてからだよ、ね?》
自信なさ気に尋ね返すが、それは彼女の笑みを深めさせるだけとなる。
それだけで聞こうが聞くまいが、返答は一つに限られてしまうというのが分かる事だった。
だからカルラは少し諦め気味になり、それでも無茶なお願いでないようにと一途の願いを抱く。
しかし、彼女のそんな願いは次にリースの口から放たれた言葉により、脆くも崩れ去った。
「このフロアのどこかに恭也がいる部屋があると思うんだけど、どこなのかは知らないから教えてくれないかな? あ、それとこの艦を覆うバリアと他所に行くための転送装置にセキュリティが掛けられてるんだとしたら、それのパスワードも教えて欲しいなぁ?」
《さ、最初のは別に教えてもいいんだけど、もう一つのはちょっと……》
「え〜、別にいいじゃん減るもんじゃなしに。別に悪い事には使わないからさ〜」
《あうぅ……》
怖い笑みを浮かべたままジリジリと詰め寄ってくるリースに、カルラは合わせて後ずさる。
しかし、数歩後ずさったところで壁へと突き当たり、詰め寄ってくる彼女との距離が至近まで迫ってしまう。
「ね〜、いいでしょ〜? 誰にも言わないからさ〜」
《……だ、駄目ったら駄目だよぉ。無闇にこんなの教えちゃったら、アルに怒られちゃう……》
「だから誰にも言わないってば〜。だからぁ……ね? ね?」
キスでもする気かというほど至近まで近づき顔を寄せ、しつこくお願いしてくるリース。
それは本当にしつこい故か断るに断れず、だけど頷いていい事でもないので必死に抵抗を試みる。
押しに弱い彼女にしては珍しい抵抗。そしてそれが功を奏したのか、リースのしつこいお願いは突如として止まる。
そのため彼女は半分涙目になっていながらもホッと安著しようとするが、それは次の言葉で打ち砕かれる。
「ま、いっか。恭也の居場所を教えてっていうのは了承してもらったんだし、先にそっちから片付けよ。それから残りのの説得をしても遅くはないしね……ふふふふふ」
《ひうっ!?》
安著することで納めようとした目尻の涙がここに来て再び浮かぶ上がる。
それほどまでに彼女の顔に張り付く笑みが怖く、小心者の彼女が恐怖するのも無理はなかった。
しかしリースとしては彼女の怯えなどどうでもよく、恭也と早く合流したいがために彼女の手を取って歩き出す。
それはリースだけ見ると仲の良い二人にも見えるが、カルラを見ると嫌がる彼女を連行してるようにしか見えない。
そんな対極した様子を見せながらも、リースは一切の遠慮を見せず涙目のカルラを引きずってその場を後にするのだった。
あとがき
二章の初めでいきなり、カルラが仲間になりました。
【咲】 仲間っていうか、強引に協力させたって感じよね。
まあな。シェリスは押しが強いって言ってはいるけど、やはり姉妹は似るのかリースもリースで強いんだよね。
【咲】 これが他の面子ならはっきり断るだろうけど、カルラじゃ無理よねぇ。
確かにね。話でも語ったが、カルラは消極的で小心者だから、押しには本当に弱いし。
【咲】 以前の脅しを掛けてきたときの姿は見る影もないわね。
まあ、そんな性格でもやらないといけないことならやるという意思の強い部分もあるから。
基本何かの任務とかで動くときはその部分が働いて、あのような感じになるわけだよ。
【咲】 つまり、それ以外のときはあんな感じになってしまうと?
そういう事。そしてそこを瞬時にリースに悟られ、良いように利用されてしまったと。
【咲】 なんていうか……ちょっと哀れな感じよね。
それも彼女の見所という事で。さてさて、ようやく二章が始まったということで、今回はプロローグをお届けしました。
【咲】 捕まった恭也とリースサイドね。まあ、リースしか出てないけど。
次からは恭也も合流するから出るよ。で、カルラをいい感じで丸め込んで……。
【咲】 丸め込めるの? 押しに弱いのに意地でも話そうとしない事なのに、話すかしら?
さあね。それに関してはリースに何か策があるかもしれんし、ないかもしれん。
【咲】 まあ、次回以降のお楽しみね。
そういうことだ。だがしかし、次回は恭也&リースサイドではなく、なのはたちサイドになるのだ。
【咲】 ふ〜ん。それってさ、二章はその二つのサイドを交互で進めるって事?
一応はな。場合によっては片方が数話続く場合もあるけど、まあどうなるかは分からん。
【咲】 そう。で、なのはたちのサイドっていうと、恭也とリースが囚われた事を知った後よね?
そうだな。まあ、あれから数日が経ってからの話だが、その間の数日間であった事も一応は語る。
【咲】 今回の具合を見ると恭也&リースサイドはコメディ寄り、なのはたちサイドはシリアスって感じになりそうね。
まあ、恭也&リースサイドもシリアスな部分はあるだろうけどな。さてさて、では今回はこの辺にて!!
【咲】 また次回も見てくださいね♪
では〜ノシ
うーん、まず驚きなのはカルラだよな。
美姫 「そうよね。恭也たちの前に現れた時とは違うわね」
ああ。さてさて、強制的にカルラを連れて恭也の元に行くみたいだけれど。
美姫 「何が起こるかしらね」
気になる次回は……。
美姫 「この後すぐ!」