森にてギーゼルベルトと話した後、アドルファは自身の根城となる場所へ戻った。

そこで今も眠るシェリスを自室へと連れて行き、ベッドへと寝かせた後に部屋を出る。

そして仲間のいる場所へと向かうかと思いきや、全く別の方向たる通信室へと向かった。

しかしその向かう先に隣を歩くギーゼルベルトはもう何も言う事はなく、ただ黙って彼女へとついていく。

そうしてしばらく歩き、通信室へと辿り着いたアドルファは彼の視線を受けながら椅子に座り、コンソールを叩き始める。

タイプ音が室内に響き渡る中、今も隣に立つ彼は音が止まると同時にようやく口を開き、彼女へと尋ねる。

 

「あの方への報告か……?」

 

「報告、というよりは解決策についての相談スね。この一件、ウチでは手に余るっスから」

 

「……?」

 

解決といっても闇の書の防御プログラムは彼女たちによって破壊された。

それにより暴走の脅威から夜天の書が逃れたことは、モニタで確認していた彼も見ている。

なのにまるでまだ解決していないとでもいうかのように彼女は言う。だからこそ、彼は意味が分からず首を傾げる。

そんな彼を横目で見て彼女は苦笑しつつも、やはり素早く返ってきた返事をモニタに表示した。

 

 

壊れておった、か……それでは確かに、お前では手に余るのも当然かのぉ。

仕方がない。『書』を修正するためのプログラムは我が作って送ってやろう。

いつぐらいまでに作ればいいか言え。その日時に間に合わせるよう、こちらも最善の手を尽くしてやる。

 

 

送られてきた一文は極めて短い物。だけど、アドルファにとってはガッツポーズをするほど良い返事。

そのメッセージを傍らで見ていた彼も、先ほどの疑問に対する答えがそこに載っているため、納得とばかりに頷く。

そしてアドルファは『あの方』が告げてきた言葉に対する返事を送るべく、再びコンソールを操作し始める。

それから程なくして文章を打ち終えて送信をすると、そこから一分と経たずして返事が返ってきた。

さすがに早すぎだろうと内心で呆れながらも彼女は今一度モニタへと表示して、途端汗をダラダラと流し始める。

 

 

貴様……そんな短期間で作れとは、また重労働を強いるではないか。

まあ、一度は組んだプログラムを再度組むだけじゃから簡単とはいえ、苛立ちは抑えられんのぉ。

今度帰ってきたときが楽しみじゃ……もう、これまでにないくらい可愛がってやるから覚悟せえよ?

 

 

流れ始めた汗は止まらず、顔面は蒼白に近いものへとなり、心なしか震えだす。

最近は『あの方』の逆鱗に触れないで済んでいたのに、ここにきて逆鱗に触れてしまった。

しかも仕方のないことだから運命は避けられない。だからこそ、かなりの怯えを抱いて震え続ける。

そんな彼女の様子を傍らで見ていたギーゼは怯える彼女と視線を交わらせ、肩を静かに叩き――――

 

 

「がんばれよ……」

 

――慰めにもならないそんな一言を残して、彼女に背を向けた。

 

 

背を向け歩き出す後ろから、何やら切羽詰ったような声が響くがそこは気にしない。

『あの方』の生贄になるのはいつもアドルファ。しかも、何をされているかは知らないが毎度終わったらグッタリしている。

故にどんなことが成されているかが分からなくとも、自分がそれに混ざるなど断固拒否したい。

それは仲間の全員が思う事。そしてギーゼルベルトとしても例外ではないため、助けの声をスルーして部屋を退出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第一章】最終話 終わりと始まりを招く日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やはり、損傷は致命的な部分にまで至っている」

 

アースラの一室、はやてが眠るベッドを囲むように立つ守護騎士たち。

そしてその真ん中に位置する場所にいるリィンフォースより、静かにそう告げられた。

 

「防御プログラムは停止したが、歪められた基礎構造はそのままだ……遠からず私は、夜天の魔導書は再び暴走する」

 

「やはり、か……」

 

それは分かっていた事だ。防御プログラムを破壊したところで、歪んだ部分が戻るわけがない。

故に歪んだ部分は再び歪んだ防御プログラムを生成し、彼女は再度主を脅威に晒すことになる。

だけど分かっていた事ではあるが、まだ望みがあるのではないかと希望を抱くシャマルは力無げに尋ねる。

 

「修復は……無理なの?」

 

「無理だ。本体の私の中からも、夜天の書本来の構造は消えてしまっている」

 

「元の姿が分からなければ、戻しようがないということか……」

 

一筋の希望を打ち砕かれ、シャマルは静かに俯いてしまう。

ザフィーラの言うとおり、本来の構造が消えては戻したくても戻しようがない。

だから修復は現状では不可能。このままいけば、必ず夜天の書は闇の書へと変わってしまうだろう。

そんな中でシグナムはリィンフォースへと主の安否を尋ね、彼女はそれに対して問題はないと告げる。

話によれば侵食も止まってリンカーコアも正常に作動しているため、不自由な足も時期に歩けるようになるとの事。

それが唯一安心できることだったためか、一同は小さく安著の息をつくに至った。

 

「すまないな、ヴィータ……」

 

「なんで謝んだよ……いいよ別に。それにこうなる可能性があるのだって……皆わかってたじゃんか」

 

語る声にはいつもの元気はなく、はやてを見詰める目には寂しさという感情が窺えた。

大好きなはやてが幸せになれるなら消滅する事も辞さない。だけど、気持ちはまた別物だ。

はやてと一緒にいたい、ずっと一緒に笑っていたい……そう思うからこそ、いつもの元気など見せられない。

そしてそれはヴィータだけでなく他の守護騎士とて同じ事。故にか、誰もが悲しみに沈んだ顔を浮かべていた。

 

「いいや、違う」

 

そんな彼女たちに対して、リィンフォースは静かに口を開いた。

その声に皆が一斉に顔を向ける中、彼女は悲しみの色を隠せないまま、言葉の続きを口にしようとする。

 

「逝くのは……」

 

 

 

 

 

『はいはいはいはい!! ちょ〜〜と待った!!』

 

――だが、言葉が放たれきるよりも早く、彼女の耳にそんな声が響いた。

 

 

 

 

 

それは念話による声。加えて彼女だけに向けられたためか、他の者には聞こえていない様子。

故に彼女は少しだけ待つように守護騎士たちへ告げ、首を傾げる一同より背を向けて部屋を出る。

そして通路に誰もいないのを確認した後、念話をしてきた相手へと返事となる言葉を返す。

 

『お前はあのときのいた者だな? 確か名は……』

 

『アドルファっスよ、アドルファ・ブランデス。いやぁ、ここから長距離念話を飛ばすにしても、その場所の誰にも気づかれず捉えるのにはほんと苦労したスよ』

 

『……それで、お前の用件はなんだ? 生憎と、こちらは立て込んでいるのだが?』

 

実際のところそこまで立て込んでいるわけではないが、話の邪魔をされてちょっと不機嫌。

そのため心なしか普段よりも増して言動に抑揚がなく、それが相手に不機嫌さを伝える事となる。

だけど彼女はそれを読み取りながらも態度は崩さず、彼女の疑問に対する答えを告げる。

 

『単刀直入に聞くスけど……貴方、生きたいとは思うスか?』

 

『……は?』

 

『いやだから、このまま主と一緒に生き続けたいと貴方自身思うのかと聞いてるんスけど……』

 

『……そんなもの、お前には関係ないと思うのだが?』

 

『まあそう言わず、答えてくださいスよ。その返答次第で、ウチらの行動の方針が決まるんスから』

 

なんで自分が生きたいかそうでないかの返答で彼女らの行動が左右されるのかは分からない。

加えて答えたところで自分の運命が変わるなどとは到底思えず、返答には少し迷いを見せる。

だけど邪険に扱ってこのまま無視してもいいものだが、なぜか話してみようかと思う自分がいた。

自分の本当の心の内を、本当の願いを話そうとする自分。それに表面上の自分は抗う事が出来ず、知らぬ内に彼女へと答えを返していた。

 

『生きたい、な。私を受け入れ、新たな名さえも贈ってくれた主と一緒に……これからもずっと』

 

『なるほど……それが貴方の、本心という事スね?』

 

『ああ。無論、抱いてはいけない願いだというのは分かっている。私がいれば主の身体を蝕む脅威に再び晒してしまう……だから、私は』

 

消えるべきだ……たったそれだけの言葉であるはずなのに、告げることが出来ない。

さっきまでは告げることが出来たはずなのに、今になってそれを本当の自分が否定してしまう。

生きたい、生きていたい。主や、守護騎士や、自分を守ってくれた人達とこれからもずっと一緒に。

偽りの言葉は告げられず、本当の自分の思いが溢れ、自然と涙が頬を伝い始めてしまう。

流れ始めたら止まらない。いくら止めようとしても、自分の思いが叶わぬものと分かっているからこそ止まらない。

そんな彼女の涙を察したアドルファは少しだけ先ほどまでとは雰囲気を変え、優しさが交じる声で告げる。

 

 

『貴方のその願い、ウチらが叶えましょう』

 

 

告げられた言葉は一瞬理解も出来ず、泣くことを止めて呆然としてしまう。

だけどすぐに我へと返り、願いが叶うなずないと思うからこそ慰めは止めてくれと彼女へ返す。

しかし彼女はそれに慰めなどではないと告げ、更に続けるように言葉を放つ。

 

『明日の朝、主を連れて決戦のあった近場の街にある森に来てくださいス。ああ、管理局の方々には内密でお願いするっス。守護騎士の方々は……まあご自由に』

 

決戦のあった近場の街、それはおそらく海鳴市のことであろう。

そしてその近場の森とは、おそらく神社やらがある山のことを示しているということが分かる。

彼女の告げるそれに対してリィンフォースは言葉を返そうとするが、それよりも早く念話は途絶えてしまった。

 

「…………」

 

一方的に聞いてきて本当の自分を引き出し、勝手に約束を告げて切ってしまう。

勝手極まりない行動であり、加えてこの約束が自分を油断させての罠という可能性も捨てきれない。

修復するなら自分だけでもいいはず。なのに主まで連れてくるように言う辺りがその可能性を窺わせるのだ。

しかしなぜだろうか……罠という可能性を考えながらも、心中では信じてもいいのではと思う自分がいる。

それを思うのは彼女により引き出された本当の自分。それはなぜか、彼女の言動を信じているように思えた。

生きていられる、ずっと主といることが出来る。そんな甘い言葉に惑わされたわけではなく――――

 

 

 

――ただ一度だけ窺えた優しい声色が、彼女を信じさせた。

 

 

 

それは本当に自分が生きたいと思うことを喜んでくれているような感情。

一度だけではあっても垣間見えた優しさからはそう思え、リィンフォースは賭けてみようと思い至る。

消滅するにしても、彼女の言動の真偽を確認してからでも遅くなどは無い。

彼女の言葉が罠であったとしても、守護騎士は連れてもいいと言うのだから守ればいいだけの話。

だから、少し危険ではありながらも自分の思いが賭けてみたいと告げる故、行くことを決意してそれを話すべく部屋へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夜が空け、守護騎士と今も眠るはやてを連れ、アースラを抜け出した。

それは簡単とは言い難い事だった。自分たちは見張られる立場にあるのだから、当然見張りもいる。

だけどそこは気絶させるなりして突破し、長距離次元転送を用いて約束の場所へと訪れた。

当然、それは脱走とも取れる故に下手をしたら事態は悪い方向に及ぶ。だけど、それでも信じるが故に行動へと移した。

そうして約束の場所へと降り立つ事数分、一向に現れないアドルファに守護騎士たちも不信に思い始める。

 

「本当に、ここで間違いないのか……?」

 

「ああ、そのはずだ」

 

「リィンフォースには悪いけど、どうせ罠だと思うな。アタシらを油断させて捕まえて、はやてを利用しようとしてるんだ」

 

それはリィンフォースとて考えた事。甘いことをいって誘き出し、はやてを捕らえて利用する。

でも、それでも彼女は信じたかった。あのとき垣間見せた優しさが、本当のものであったということを。

そして彼女のその思いが届いたのか――――

 

 

――皆の立つ位置より正面奥から、複数の足音が聞こえてきた。

 

 

雪が降り始めてから一夜が立ったため、一面は真っ白な状態へと化している。

そしてそれ故に足音も鮮明に聞こえ、それが一人ではないという事にも気づく事が出来た。

だけど、だとすると話が違うのではないかと思える。アドルファの口ぶりからすれば、来るのは本人だけのはずだ。

なのに聞こえるのは複数の足音……確信はないが、何となく何かを企んでいるのでは考えてしまう。

故にそんな思いを抱いたためか自然と警戒してしまう一同。そんな皆の前にしばしして、足音の主たる団体が姿を見せた。

 

「あら……本当に来てますわね」

 

「はははは、賭けは私の勝ちのようですね、ラーレ。約束どおり例の件の手引きのほう、お願いしますよ?」

 

「はぁ……分かりましたわよ、全く」

 

はやてやリィンフォース、そして守護騎士らの姿を見て驚き、呆れながら溜息を吐く茶髪の少女。

そしてラーレと呼んだその少女の様子に反して笑みを浮かべ、賭けがどうのと告げる黒髪の青年。

どちらの姿も今の季節には相応しくない、言ってしまえば非常に目立つ衣服を纏って現れた。

そんな誰も見たことがない二人が現れた事に驚くが、姿を現したのはこの二人だけではなかった。

 

「やはり守護騎士たちも一緒か……同行して正解だったな」

 

《そうなの……?》

 

こちらも片方は見たことが無い橙色の髪をした少女。しかし、少女の言葉に頷く男性は見たことがあった。

以前と変わらぬ蒼白い長袖長ズボン、灰色の短髪に黒色の瞳をした体格の良い男性。

夜天の書がまだ闇の書であったとき数度ほど蒐集の手助けと共に戦った者。名は、ギーゼルベルト・ビアラス。

初めこそ見知らぬ者たちが現れたことに驚きこそしたが、面子に彼が混じる事でようやく納得がいった。

 

 

――彼らが全員、同一の組織に属する者だという事に。

 

 

年齢層はバラバラ。ギーゼルベルトや黒髪の男性はともかく、残りの二人は戦闘者には見えない。

だが、そこに納得がいくと同時に改めて見ることで分かる。彼ら全員、隙らしい隙が窺えないという事が。

おそらくは誰もかなり腕の立つ実力者。隙が窺えないという事実からそういう結論に至る事が出来る。

 

「いやいや、お待たせして申し訳ないっス、皆さん」

 

そんな者たちの中央部の少し後方からもう一つの見知った顔が、ゆっくりと歩いてくる。

リィンフォースを呼び出し、この邂逅を齎した張本人たる彼らの中心人物、アドルファ・ブランデス。

彼らの中心にて立ち止まる彼女は申し訳ないと謝罪はするも、様子からふざけたようにしか見えない。

昨夜の一件で闇の書の闇を相手にしているときも、本気には見えずどこか遊んでいるようにも見えた。

 

「ん〜……一応念を入れておこうスかね。カルラ、お願いっス」

 

《ん、分かった……》

 

ギーゼルベルトの横に立つ少女――カルラは彼女の言葉に頷き、長い袖で隠れた右手を前に掲げる。

途端、袖の中から橙色の光が放たれ、彼女の足元に同色の魔法陣が展開される。

 

《ファーティマ……二重断層結界、展開》

 

Oui, les proprietaires》

 

デバイスの音声が響いた直後、その場にいる全員の四方を二層に隔てた壁が覆う。

そして覆ったと同時に天井も同質の壁で塞がれ、完全に外界と隔離された空間がそこに出来上がった。

突然そんな結界を張った事に守護騎士たちは驚くも、先ほど以上に強い警戒心を込めた瞳を向ける。

だけどそんな中でただ一人、リィンフォースだけは驚く事も警戒する事なく、はやてを抱き上げたまま僅かに歩み寄る。

 

「お前に言われたとおり、主も連れて来たが……なぜ私だけでは駄目だったんだ?」

 

「ん〜、駄目という訳ではなかったんスけど、貴方の意思だけを尊重して事を運ぶのもどうかと思いまして。主であるその子が、貴方が生きる事に賛成なのか反対なのか……そこも確認しておきたかったんスよ」

 

そんなものは彼女たちを家族だと言うはやてなら、当然賛成するのが目に見えている。

昨夜の一件でもそれは垣間見えているのだから、彼女が確認する必要性などないはずだった。

しかし、そうであるはずなのに彼女はそう告げ、リィンフォースの腕の中で眠る彼女を起こすように願ってくる。

それには静かに眠るはやてを見ると少しばかり躊躇してしまうが、再度お願いしてくる故に仕方なく声を掛けてはやての身体を揺すった。

 

「ん、んん…………あれ? ここ、は……?」

 

「お疲れのところ起こしてしまって申し訳ないっスね、夜天の書の主殿。いや、はやてさんと言ったほうがいいスかね」

 

「昨日のお姉さん? それになんや、知らん顔も一杯やけど……ほんまにこれ、どういう事なん?」

 

目が覚めてみれば意識を失ったときとは全く別の場所、違う面子と状況。

故に僅かに不安気な色を瞳に灯しながらも、状況の説明を求めるように視線を彷徨わせる。

だけどそんな彼女を安心させるかのように、リィンフォースは彼女の身を更に密着させよう抱きしめる。

それにより僅かな時間を掛け、ようやく戸惑いから脱したはやてを見て、彼女はゆっくりと事情を説明した。

すると説明を続ける内にはやては納得したような様子を見せ、同時に彼女が隠して行おうとした事実に怒った。

何で自分に黙ってそんなことをしようとするのか、どうして自分に相談も何もしないのか。そう声を大にして怒り、そして泣いた。

相談しても結果は変わらない、黙って行ったほうが悲しみは少ない。そういう反論もあったが、彼女は何も言わずただ黙していた。

そうしてしばらくの間泣きじゃくるはやての言葉を聞きながら宥め、ようやく泣き止んだのを合図にアドルファは再度口を開く。

 

「今の説明で分かったと思うスけど、ウチらは夜天の書を救うために貴方たちを呼び出したス。だけどその前に、ウチらは貴方に問います……」

 

「賛成や!!」

 

「……あのぉ、まだ何も言ってないんスけど」

 

「言わんでも分かる。リィンフォースを生かしたいかそうでないかやろ? なら、ウチの返事は賛成しかない……だって守護騎士の皆と同じで、リィンフォースもウチにとっては家族やもん。生きていて欲しいと思うのは当然やんか」

 

折角用意していた問いも、彼女の先走る返答と勢いによって無駄となってしまう。

だけどそれは確かに彼女がしようとしていた問いへの答えとなり、語る瞳からも偽りなどは見当たらなかった。

だからこそ捲くし立てる彼女の勢いに圧倒されるも、我に返ると額に手を当てて小さな笑いを上げ始める。

 

「あは、あははははは……こりゃ参ったスね。まさかこういう展開になるなんて……ウチの想像より遥か上っスよ、ほんと」

 

込み上げる笑いを抑える事無く、小さな笑い声は少しずつ大きなものへと変わる。

それになぜ笑われるのか分からないはやては首を傾げるが、それが更なる笑いを彼女に招く。

そして一頻り笑った後、涙さえ浮かべていた彼女は目元を拭いながら懐へと右手を入れ、ケースに収められた一枚のディスクを取り出した。

 

「それは……?」

 

「夜天の魔導書本来のプログラムを収めたディスクっス。修繕箇所が分かればそこから修正プログラムを作る事も出来たんスけど、なにぶん分からない上に貴方が例の決断をして行動に移すまでに時間が無かったものっスから、悪いですけどそのまま持ってこさせてもらいましたっス」

 

「いや、それだけでも十分だ……ありがとう」

 

そういって取り出したディスクを差し出してくる彼女へと手を伸ばすリィンフォース。

だけど、彼女の手がディスクに触れるよりも早く、アドルファは伸ばされた手からディスクを少しばかり上に遠ざける。

いきなりそんな行動に出た彼女にリィンフォースは首を傾げ、そんな彼女に苦笑しつつアドルファは告げる。

 

「最後に一つ、これを貴方たちに渡す代わりの条件を提示させてもらうっス」

 

「条件?」

 

「ちっ、妙にあっさりしてるかと思えばやっぱりそういう事かよっ。どうせ、はやてを渡せとか言うんだろ?」

 

条件を提示するという言葉にリィンフォースは純粋に疑問に思うだけ。

だが、この中でもっとも警戒心を持っているヴィータはその言葉に対して過剰に反応した。

そして悪態つくような言葉を吐きつつ、今まさに襲い掛からんとばかりにデバイスを取り出した。

それを他の守護騎士たちは気が早いと止めようとするがそれよりも早く、アドルファ側の一人が反応を示した。

 

「全く、知能が低い輩はこれだから……そもそも貴方たちの主を狙うのなら条件なんか提示せず実力行使で動いてますわよ。少し考えれば分かることでしょう?」

 

「っ、んだとテメエ!!」

 

「言葉で返せないから感情に任せて怒鳴る……次に続く行動は殴りこみといったところかしらね。ほんと典型的な馬鹿ですわ……でも、戦るというのなら馬鹿でも手加減はしませんわよ?」

 

言葉の端々で相手を挑発する言動を含ませる少女――ラーレ。

はっきり言ってそれは火に油。直情的で怒りやすいヴィータには非常に相性の悪い相手であった。

そして挑発に見事乗ってデバイスを展開したヴィータは戦る気満々。対して、ラーレも余裕ぶりながらもいつでも動ける体勢を取る。

 

「ラーレ……挑発も程ほどにするっスよ。今は戦うためにここにいるわけではないんスから」

 

「っ……わ、分かってますわよそんな事!」

 

「分かってるなら少しは大人しくしてるっス。ヴィータさんも彼女が言ったことの謝罪はウチからするっスから、武器を納めてくれると嬉しいっス」

 

面と向かって頭を下げられ、そう言われてまで襲い掛かるほどヴィータも非常識ではない。

故にラーレと同じく不満そうにしながらも不服そうにデバイスを納め、そっぽを向いて静かになった。

二人のそんな様子にアドルファは少し溜息をつき、本題に戻るべく再度リィンフォースへと向き直る。

 

「条件と言ってもヴィータさんが言ったようなものでもなく、至極簡単な内容スから安心してください」

 

「ふむ……それで、その条件とは?」

 

聞き返す彼女にアドルファは僅かな含み笑いを浮かべ、告げるべく口を彼女の耳へと近づける。

そしてかなり至近にいるはやてにも全てが聞き取れないほど小さな声で告げ、ゆっくりと彼女から離れた。

それに対して耳打ちされた彼女はその内容に今まで以上の驚きを浮かべ、彼女の目を見ながら唖然とする。

 

「無論、それを果たす上で誰もと敵対しなければならない状況なら蔑ろにしてもいいっス。ただそうでないのなら、約束を果たして欲しい……それがウチの、ウチらの提示する条件っス」

 

今までとは少し違う種類の笑みを浮かべながら、彼女へと告げて返答を待つアドルファ。

それにリィンフォースは驚きを納めて少し悩む仕草を見せ、だけど条件を飲むというように小さく頷いた。

彼女の返答にアドルファは満足したのか、手に持つディスクを彼女へと握らせ、今度ははやてを視線を合わせる。

 

「これで貴方たちはずっと一緒っス。闇が齎す脅威から逃れ、消滅という別れを回避した今……ずっと、ずっと一緒スよ、はやてさん」

 

「はい。あの、ありがとうございます……えっと、アドルファさん」

 

「いえいえ、これぐらいお礼を言われる事じゃないっスよ。それに代価もしっかり頂いたっスから、ギブアンドテイクっス」

 

そう言ってウインクをする彼女に苦笑を浮かべ、はやては小さく頷いて返した。

そんな彼女に今一度笑みを浮かべ、アドルファは結界解除を言い渡すと共に彼女たちに背を向ける。

そして誰もが見届ける中、残りの面子を引き連れて足音を立てつつ、彼女たちの前から姿を消していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから程なくしてアースラへと戻った一同は、やはりというか大層怒られた。

抜け出した事に関してはリンディらが手を回したお陰で事なきを得たが、それでも容易に許されることじゃない。

故にか誰もが集まるブリッジにて事情の説明を求められ、隠せることでもないため彼女たちは事情を全て話した。

話された事情に誰も驚きを隠せない様子ではあったが、リィンフォースの存続には誰も喜びを示した。

そうして早速彼女の破損箇所を渡されたプログラムを元に修繕するため、彼女は別室へと連れられていった。

 

「にしても、アレの元となるプログラムを持ってるなんて……ほんとに何者なんだろう、彼女らは」

 

「さあ……でも、それをくれる辺り、ほんとは良い人たちなのかも。昨日も事態の収拾を手伝ってくれたし」

 

「そやな。ウチも少し話してみてそう思ったわ」

 

クロノの疑問に対しては答えがないながらも、フェイトとはやて、そして口にはしないもののなのはも彼らには好印象を抱く。

本当に悪い人たちならこんな事までしてくれない。わざわざ危険を承知で彼女たちに接触したりはしないだろう。

だから彼女たちが今起こしている事件に関しても、何か相応たる理由があるのではと思い出したりもする。

だけどそんな中で一人、アドルファをよく知るアイラははやてたちの語った内容のおかしな点に気づき、口を開いた。

 

「代価は貰った……アドルファはそう言ったんだよな、はやて?」

 

「え、あ、うん。確かにそう言うたけど……それがどないしたんですか?」

 

「いや、ちょっと含みがあるような言い方だなって思って……」

 

「気のせいではないか? 確かに代価を貰ったとは言ったが、リィンフォースと交わした約束以外ではそれらしいものはなかったのだし」

 

「だったらいいんだけど……何か、引っ掛かるんだよなぁ」

 

そう呟いて考え込むように腕を組み、しばしの間唸りながら違和感について思考し始める。

だが考え始める事僅か一分程度が経ったとき、アイラは俯き気味だった顔をあげてキョロキョロし始める。

今度は一体どうしたというのか。そう思った一同は彼女に尋ねようとするが、それよりも早く彼女は口を開いた。

 

「そういやこのゴタゴタで忘れてたけど、恭也とオリウスはどうしたんだ?」

 

「そういえば、昨日の事件でも姿が見えませんでしたね。オリウスちゃんはともかく、恭也さんの性格だとすぐにでも駆けつけてくるはずなんですけど……」

 

初めての邂逅のときもそれ以降も、探知出来る範囲内で何かが起これば必ず二人は駆けつけてきた。

そして今回の事件も海鳴市にて起こった事件。だというのに、今回に限って彼らは姿を現すことがなかった。

まだ会ってから大して間もないながらもある程度性格を熟知している一同はアイラが告げた言葉で初めてそれを不信に思う。

だからか、嫌な予感が先立つ故にアイラは念を押すため、海鳴市における二人の所在地を確認するようエイミィに告げる。

それにエイミィは頷き、コンソールを操作してモニタへと映像を次々と映し、彼ら二人の現在地を確認し始める。

だけど確認し始めて数分後、出た結論は――――

 

 

 

――所在地、確認不可

 

 

 

モニタに映し出された結論となるその一言に、誰もの表情から笑みが消え失せる。

決戦時に現れなかったにしても、彼がいるとしたら高町の家。そうでなくても海鳴市内のどこかにいるはずだ。

なのに反応が探知出来ないという事は、嫌な予感が的中してしまったという事を指していた。

 

「恭也さんとリースが……捕まっ、た?」

 

「くそ……代価ってのは、そういう事かよ」

 

結論は喜びを抱いていた一部の者を失意のどん底へと叩き落す事となる

彼らを知らない者に関しても状況の深刻さを読み取り、事態の説明を求めるようとする。

だけど状況を把握する者にそんな余裕はなく、ただ重たい空気を撒き散らせ、茫然とした様子を見せるだけ。

 

「おにい……ちゃん」

 

なのはに至っては特に酷く、茫然とするだけでなく力が抜けたように膝をつく始末。

そしてどこを捉えているかも分からない焦点の合わぬ瞳を浮かべ、静かに兄を呼ぶ声を発する。

しかしそれに答える者はここにはおらず、声は僅かに反響してゆっくりと消え去っていった。

そうして遂には瞳が閉じられ、ショックが大きい故か意識を闇へと落して地面へと倒れてしまう。

 

「「なのは(ちゃん)!!?」」

 

フェイトとはやての声がブリッジに響くが、それももう彼女に届くことはなかった。

 

 

 

 

 

――長き聖なる夜が明け、闇の書事件は終焉を迎えた。

 

 

 

 

 

――だけど終焉は喜びの出来事と共に、絶望を招く事態を生むこととなってしまう。

 

 

 

 

 

――それは闇の終わりが告げる……

 

 

 

 

 

――新たなる悲劇の、始まりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<Continue to the next chapter>

 

 


あとがき

 

 

物語は最良と最悪の展開を向かえ、次なる舞台へと。

【咲】 次の章はジェド・アグエイアスの事件に対して本格的に動くわけね?

うむ。長かった……ここまで来るのにほんと、長かった。

【咲】 そうねぇ。ところで、今回の最後で結末的にA’s本編と異なった展開になったわよね?

リィンフォースが生き残った事に関してか?

【咲】 そうそう。それでさ、リィンが生き残る事自体は他所でもよく見るけど、ツヴァイはどうなるの?

ふむ、そこは今お悩み中なんだよね。出すか出さないかをさ。

【咲】 普通に見たら出す意味ないわよね。

出す方法はあるんだけどね。まあ、どうなるかは今後を期待しててくれ。

【咲】 ツヴァイが出ないっていうのもそれはそれで斬新かもしれないけどね。

まあ、ねぇ。ただ、ツヴァイが出ない事によって後々に支障を来たさないかが激しく不安なんだよね。

【咲】 ま、結局は今後になってみないと分かんないって事ね。

そゆこと。さてさて、一章がようやく終わった次回からは二章。

終盤では出番がほぼなかった恭也とリースがようやく目立ってきます。

【咲】 でも捕まってるのよね?

ふむ、だけど捕まってるからといって大人しくしてるような玉じゃないし。特にリースが。

【咲】 妹のシェリスとは打って変わって落ち着いた性格のあの子が大暴走でもするわけ?

そこまではさすがにいかん……と思う。

【咲】 思うってことは、そうなる可能性があるって事ね……。

あ、あははは……ま、まあリースの性格上、好き勝手やられて黙ってるような玉じゃないんだよ。

だがまあ、黙ってないからと言ってどういった行動を起こすかについてはここでは語れんがね。

【咲】 詳しくは二章をお楽しみにって事ね。

そういうこと。じゃ、今回はこの辺にて!!

【咲】 ここまでお読みになっていただいた皆様、本当にありがとうございます♪

そして次回、魔法少女リリカルなのはB.N 二章もご期待くださいませ!!

【咲】 じゃ、次章でまた会いましょうね〜ノシ




闇の書事件も無事に終結。
美姫 「リインフォースも生存できたしね」
しかし、その際にこっそりと告げられた事は何なのか気になるな。
美姫 「そうよね。それに、恭也たちが捕まった状況だし」
さてさて、次章からは新たなる展開が。
美姫 「一体どんな物語が紡がれていくのかしらね」
楽しみに待ってます。
美姫 「待ってますね〜」



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