フェイト、そしてアイラの生存はアースラにいるエイミィによって確認された。

消えたのは闇の書に取り込まれ、仮想空間に閉じ込められたという事実と共に。

その事実はなのはを多少なりと安著させ、同時に早く助けなければという気持ちを抱かせた。

そして現在、なのはとシェリスは闇の書を誘き出す事に成功し、決戦地を海上へと移動させていた。

彼女たちが戦っている間に管理局の局員が赴き、闇の書の暴走によって発生した火災等を処理するために。

その間の時間稼ぎと二人を助ける事、そして闇の書自身を救うために二人は海の上で彼女と武器を交わらせる。

 

Grimgerde》

 

Divine Buster》

 

シェリスの放つ砲撃は主に狙いをつけず、多数の方向へと多くの閃光を放つもの。

集束も出来るには出来るが溜めが長く、強い敵が相手ではチャージの時間を稼ぐのが非常に困難だ。

だから今放つのは集束ではなく拡散。しかし、一本の威力は落ちるが牽制にはもってこいな砲撃である。

そしてこの砲撃の雨の中で相手が避けるか防ぐことに専念している間、なのはが砲撃の溜めを完了して放つ。

付け焼刃とも言えるコンビネーションではあるが、これでも十分に通用する手段ではあった。

 

「……っ!」

 

現に砲撃の雨に気を取られていた故か、闇の書はなのはが砲撃をチャージしていた事に気づかなかった。

そして気づいたときには遅く、放たれた桜色の閃光は一直線に彼女へと向かい、その距離はすでに回避不能なもの。

そのため彼女が僅かな驚きを浮かべると同時に爆発が巻き起こり、それにより上がった煙が彼女の姿を隠す。

シェリスの砲撃により隙を作ってからの高威力砲撃……手ごたえから言って、直撃したと言ってもいい。

非殺傷にはしてある。だけど、それでも少しばかり心配になってしまうのは彼女の優しさだと言えるのだろう。

 

 

――しかし、彼女の心配は悪い方向で無意味と化した。

 

 

煙が晴れたそこに佇む彼女は全くの無傷……先ほどの砲撃がまるで、なかったもののように。

それにはさすがになのはも驚く他はなく、いつも余裕に見えるシェリスでさえも少しばかりの驚きが瞳にあった。

 

「うにゅ、直撃だと思ったのに……全然怪我してないよ、あのお姉ちゃん」

 

「もっと強いのじゃないと駄目って事、だね。でも、スターライトブレイカーを撃つ余裕は……」

 

先ほど放ったディバインバスターよりも遥かに威力の高い魔法、それは彼女の持つ最強の砲撃魔法。

しかし、それを放つにはディバインバスターよりも長いチャージが必要であるため、撃つのは非常に困難。

如何にシェリスの援護があったとしてもおそらくは途中で気づかれ、中断させられる可能性が高いだろう。

だけどそれでもその魔法を撃つ以外ではきっとダメージは通らない……だから、彼女は懸命に隙をついて溜める手段を模索する。

 

《I have a method.Call me 『EXELION MODE』》

 

そんな思考を巡らせていたとき、自身のデバイスが驚きの一言を彼女に告げる。

それは補強が済むまでは起動してはいけない……もしすれば、壊れる危険性が高いモード。

だからレイジングハートがそう告げた瞬間、なのはは驚きの声を上げ、だけどすぐにそれを必死に否定した。

コントロールを少しでもミスすれば壊れてしまう。そんな危険な可能性がある行為をしたくなんてない。

自身の相棒が大事だからこそ必死にそう説得した……だけど、彼女の言葉に返してくる返答はただ一つ。

 

 

――エクセリオンモードを起動させて下さい

 

 

きっとそれは主たるなのはに似た頑固さなのだろう。自身が壊れる危険を知っても尚、言い続けるのだから。

そんな相棒の頑固だけど強い想いを感じて、なのははそれ以上の説得が出来ずに押し黙り、杖を静かに見詰める。

そしてそんな彼女を闇の書は上空から見下ろし、膨大な魔力を纏いながら静かに告げた。

 

「お前も、もう、眠れ……」

 

告げる声は先ほどからずっと変わらない無感情なもの。だけど、一つだけ明らかに違うものがあった。

それは彼女の瞳から流れる一筋の涙……それは無感情とは程遠い、悲しみという感情を表す雫。

そんな彼女を見てしまったから、なのはは先ほど彼女が言っていた言葉の数々を思い出してしまう。

自身が流す涙は主の涙。自分は主の願いを叶えるための道具……そんな、悲しい言葉の数々を。

 

「いつかは眠るよ。でも、それは今じゃない……」

 

思い出してしまったからこそ、彼女の中で渦巻いていた迷いは一気に拭われた。

自身の心を偽ってでも主の願いと言い、悲しき悲劇を繰り返そうとする彼女を必ず救ってみせる。

迷いを拭い、抱いたその想いを形に表すように見詰めていた杖を彼女に向ける。

 

「今ははやてちゃんとフェイトちゃん、アイラさんを助ける……もちろん、あなたも!」

 

彼女の言葉に呼応するように杖の先にある赤い宝玉が僅かな光を放つ。

たとえ壊れる危険性があったとしても、主の思いを叶えるためならば突き進む……そんな真っ直ぐな意思の光。

デバイスのその想いに今度はなのはが応え、杖を彼女に向けたまま天へと届くほど高らかに告げた。

 

 

 

「エクセリオンモード! ドライブ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第一章】第二十九話 心が望む世界の終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ごめんね、アリシア。私は、行かなくちゃ」

 

僅かな時間を置いて彼女が放った言葉は、この夢の世界を否定する言葉。

心がずっと望んでいたものであっても、ずっとここにいたいという思いが自身の中であったとしても。

望んでいたものがなかったからこそ出会えた人がいる。自分を受け入れてくれる大切な人が、現実にいる。

だから夢を否定した……現実の世界で大切な人達が今もずっと、待っているであろうから。

 

「……そっか。フェイトならそう言ってくれるって、信じてたよ」

 

夢の否定はアリシアたちとの別れ……だというのに、彼女は嬉しそうに笑っていた。

別れたくないと言っていたのに、ずっと皆で一緒にいたいと言っていたのに……彼女は、笑っていた。

彼女が浮かべた予想外の笑顔にフェイトは戸惑ってしまう。そんな彼女に気づいてか、アリシアは突然抱きついてきた。

 

「私はフェイトのお姉さんだからね。妹のことなんてなんでもお見通しなんだよ?」

 

ギュッと抱きつきながら告げてくる言葉は、フェイトを心から温かくしてくれる。

抱きつくことによって伝わってくる体温が彼女の身体を、優しく告げてきた言葉が彼女の心を、共に温かくしてくれる。

夢であるはずなのに確かな温もりがそこにはあった。会えるはずのなかった姉がくれる、優しい温もりが。

だからか、フェイトの頬を自然と涙が伝っていく。姉のくれる温もりが嬉しさと同時に、別れの悲しみを教えるから。

 

「ほんの僅かな時間だったけど、フェイトと居られて嬉しかったよ」

 

「私、も……嬉し、かっ……た……!」

 

上手く言葉に出来なくても、フェイトは返す。それにアリシアはまた更に抱きつく力を強めた。

だけどしばし後に加わっていた力はスッと抜け、彼女はゆっくりとフェイトから離れる。

そして涙で目の前が霞むフェイトへ、離れたときと同じくらいゆっくりと右手を前へと差し出した。

 

「バル……ディッシュ……」

 

差し出された手の平にあったのは、自身の相棒たるデバイス。

どうして彼女がそれを持っているのか。そんな事がそこで気になって彼女の顔を見る。

だけどそのとき見た優しい微笑みを見ると疑問がどうでもよくなり、自然と受け取るために手を伸ばす。

しかし、伸ばした手は受け取る寸での所で止まり、僅かばかりの迷いが指先まで生じてしまう。

受け取ってしまえばそれは彼女との別れを示す。先ほどそれを決意したのに、そこでまた迷ってしまう自分がいた。

 

「……待ってるんでしょ? 優しくて、強い人たちが」

 

そんな自分をまた後押ししてくれたのはやっぱりアリシア。それは迷いを断ち切らせるための、だけど優しい言葉。

優しい姉の言葉に最後まで助けられて、彼女はたどたどしいお礼と共に再度手を伸ばし、ソレを受け取った。

同時にソレが世界を終わりを告げるかのように彼女の体が光を放ち、全ての風景が粒子となって消えていく。

そしてそんな光景にまた涙が溢れる中で全てが消えた……だけど、消えたはずの彼女の声がほんの一瞬だけ響く。

 

『いってらっしゃい……フェイト』

 

一瞬だけだったけど確かに聞こえた声。それは確かに姉がいたのだという証明。

それを心の内に深く刻み、涙を拭った彼女が次に立っていた場所は、先ほどとは全く別の場所。

世界が消え去り真っ白な空間が存在する中で、全く色褪せることのない一室。

そこはきっと扉なのだろう……夢と現実を繋ぐために存在する、ただ一つの。

そんな場所を彼女は僅かに見渡し、自身の手の中にある相棒を静かに見詰めた後――

 

 

 

「いってきます……姉さん」

 

――今はもういない姉へと告げて、デバイスを起動させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これがもうちょっと前だったなら……アタシは、残る事を望むんだろうな」

 

彼女から目を伏せ、アイラは答えとは言えない言葉を静かに口にした。

だけど、ここまでなら答えでなくても、この先に繋がる言葉が必ず存在する。

アイラをよく知るエティーナにはそれが分かる……だから、何も口を挟まずただ静かに待った。

そして先ほどの一声から数秒程度の時間を置いてようやく、アイラは続きとなる言葉を口にする。

 

「だけど、今のアタシには望めない。大切な人がいるだとか、やりたい事があるだとか……そんな明確な理由はない。だけど、これを望んだらアタシはもう、駄目になる気がするんだ。ジェドがした事から逃げて、グレアムがしようとしてた事からも逃げようとして……その上現実からも目を背けたら、アタシはアタシじゃなくなる気がするんだよ」

 

それは仮面の男を捕らえる際、ロッテに告げた言葉と似ていた。

目の前の事実から逃げ続けた過去。目の前で起ころうとした事実から逃げようとした今。

出来る事をしようともしないでただ逃げる。辛い事から目を背けて、痛みの少ない選択を選び続ける。

そんな事をしてきた今だから言える。このまま逃げ続ければきっと、本当の自分を見失ってしまうだろうと。

この夢を望むという選択肢もそれと同じなのだ……この世界に残ればもう、自分を取り戻す事は出来なくなるのだから。

だから心が望もうとするのを押し殺して、アイラはそう告げてからゆっくりと伏せていた顔を上げる。

まるで叱られるのを怖がる子供のように……恐る恐るといった様子で顔を上げ、彼女と瞳を合わせた。

 

「自分が自分じゃなくなっちゃう、か……本当に変わらないね、アイラは」

 

だけど目を合わせたエティーナの瞳にあったのは、先ほどからずっと変わらない穏やかさ。

そんな瞳に少しばかり呆気に取られ、戸惑う彼女の頬からエティーナは手を離し、優しく抱きしめる。

今度は頭を抱えるという風ではなく、彼女の身体全体を包み込むような抱擁であった。

 

「実はね、アイラ……貴方の出す答えは初めから分かってたの。真っ直ぐな心を持った貴方だから、こんな誘惑になんて絶対負けないだろうなって」

 

「……エティーナには、全部お見通しってわけだ」

 

「そういうこと♪ だって、血の繋がった娘はリースとシェリスだけかもしれないけど――」

 

 

 

 

 

「アイラだって、私にとっては娘も同然なんだよ?」

 

 

 

 

 

告げた言葉はどこまでも優しかった。抱きしめる温もりはどこまでも温かかった。

それはもう失われた優しさと温もりだけど、今このときだけは確かに存在していた。

だからこそアイラの頬を涙が伝う。彼女が死んだとき以来、もう流すまいと封じてきた涙が流れる。

 

「迷惑、だったかな……たった一年だけ一緒に過ごした他人に娘って思われるの」

 

「ちが、う……これは、そんなん……じゃ……」

 

必死に否定しようとしても言葉が途切れ途切れになり、最終的には言葉にすらならない。

だけどエティーナには何が言いたいのかが分かり、ありがとうと言って抱きしてる力を僅かに強めた。

そうしてしばらくの間子供あやすように抱きしめ続け、彼女の涙が若干の収まりを見せたと同時にゆっくりと離れる。

すると彼女が離れたと共に世界が崩壊を始める。光の粒子をゆっくりと立ち上らせ、風景は徐々に消えていく。

消え行く世界と一緒に彼女の身体も光を放ち始める……それらは全て、夢の否定による世界の終わりだった。

 

「もう、時間みたいだね……もうちょっと、一緒にいたかったんだけどな」

 

先ほどまで庭を駆け回っていた三人の姿はもうない。風景ももうすぐ完全に消え去ってしまう。

そんな中で彼女まで消えていく光景を目にしたアイラは、弾かれたように彼女の身体を抱きしめる。

別れるなんて嫌だ。もう二度と離れたくない……彼女の行動は、そういった思いを表したものであった。

そんな彼女にエティーナは優しい微笑みを浮かべながらも、表情と同じ口調で諭すように言う。

 

「駄目だよ、アイラ……貴方の居場所は現実にあるんでしょ? 離れたくないのは私だって同じだけど、居場所があるならちゃんと戻らなきゃ」

 

「嫌だ、よ……もう、離れたくない。昔みたいにずっと……ずっと一緒に――!」

 

再び涙の溢れる瞳を向けてくる彼女。だけど、反してエティーナは笑顔だった。

笑顔のままで彼女の頭へと手を置き、優しく自身の胸に押し付けるようにして抱き返す。

そして先ほどの口調よりもより一層柔らかく、慈愛満ちていると言えるような声で静かに告げる。

 

「私たちはずっと一緒だよ、アイラ。物理的には離ればなれになっちゃうかもしれないけど……私の心はずっと、アイラと共にあるよ」

 

抱かれながら聞こえてきた言葉は子供のように泣きじゃくるしかなかった彼女を安心させる。

離ればなれなんかじゃない……ずっと一緒にいるからと。抱かれる温もりと共に彼女を優しく包み込んでくれる。

その優しさに彼女は涙で視界が霞みながらも、彼女と視線を合わせるべくゆっくりと顔を上げた。

同時に視界に映るのは彼女の姿が消え行く様子。そして透けてきた身体が粒子となって散り――――

 

 

 

 

『だから、泣かないで。私はアイラの、笑ってる顔が好きだから……』

 

――穏やかな声を響かせ、彼女の姿は完全に消え去った。

 

 

 

 

 

抱きしめていた感触も、温もりも……全てが一瞬で消えてしまった。

後に立つのは今までいた場所とは違う一室。それは今までの事が全て夢であったことを表している。

だけどその事実に今度こそ彼女は泣き出すことをしなかった。それは最後に残された彼女の言葉故。

笑ってる自分が好き……その彼女の優しい想いの言葉を守るべく、彼女はもう泣くことはしない。

今まで流していた涙も腕で拭い、彼女が望んだ笑顔を表情に浮かべて静かに天井を見上げる。

 

「笑ってる顔、か……確かに、アタシには涙なんて似合わねえよな」

 

それは誰に言うでもない、独り言のような呟き。だけど彼女自身はある人に向けた言葉。

無邪気で笑顔が似合っていて、怒る事なんて一切なくただ笑っていた優しい彼女へと向けての言葉。

答えは当然返ってくることはないけれど、彼女の中ではしっかりと答えが返ってきたような気がした。

きっとそれは彼女の心が共にあるからなのだろう……生と死で隔たれていても、心がいつも共にあるからなのだろう。

そう思えるからこそ彼女の答えを思い浮かべ、浮かべていた笑みを自然なものにして正面を向いた。

 

「よっしゃ! ここから出るぞ、カールスナウト!! 外で今も皆が頑張ってんだからな!!」

 

《Yes, Master!》

 

静かな空間にて一際大きな声を発することで響かせる。そしてその言葉に彼女のデバイスが応じる。

瞬間、バリアジャケットが彼女の身体を覆い、掲げた手には自身の相棒たる戦斧型のデバイスが握られる。

顕現した戦斧を握る彼女の瞳にはもう迷いはない。後押ししてくれる人がいると分かった今、迷ってなどいられない。

それは今も心の内にいるであろう彼女に、彼女が望んだ笑顔と共に――――

 

 

 

 

――真っ直ぐな自分を、見ていて欲しいから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女が告げた言葉が優しい光を放つ。それはきっと、彼女――はやての魔力による光。

優しくて温かい、だけどどこか芯が強くも見える……そんな彼女自身の心を表す魔力の、光。

 

「名前をあげる。もう闇の書とか、呪いの魔道書なんて呼ばせへん」

 

目の前に立つ銀髪の女性の頬を両手で優しく包み込み、確たる意思を示す言葉を口にする。

家族をくれた人を、これから共に生きてゆきたいと思う人を、悲しみの連鎖から解き放つために。

 

「ウチは管理者や。だから、ウチにはそれが出来る」

 

彼女の告げる言葉全てに込められる温かさから、銀髪の女性は静かに涙を流す。

それは嬉しさからの涙。彼女を苦しめるしか出来なかった自分を、ここまで優しく接してくれる嬉しさ。

だけどそんな涙を流しながらも彼女の表情は途端に曇る。そしてそんな表情を浮かべる理由となる言葉を口にした。

 

「無理です……自動防御プログラムが止まりません……。管理局の魔導師が戦っていますが……」

 

涙を流しながら涙声で告げてくる事実。それは自身の意思に反して動く防御プログラムの事。

彼女自身が止まりたいと願ってもそれは止まらず、ただ破壊の限りを尽くし続けるのみ。

如何にはやてが管理者であったとしても、きっと止まらない……そう思うからこそ、彼女の表情は悲しみに染まる。

 

 

「大丈夫や……ウチが、なんとかする」

 

――だけど、彼女は事実を聞いても決して諦めない。

 

 

彼女と共に生きていく。それを心に決めたから、絶対に諦めることなんてしない。

自分になら出来るかもしれない。彼女を悩ませる防御プログラムを止め、彼女と解き放つ事が。

そう自身を自分の胸に刻み込んで、彼女は自身の力を全て込めた一言を空間へと響かせた。

 

「……止まって!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エクセリオンモードへと換装させても、闇の書との差は一向に縮まることはなかった。

それは根本的な実力の違い。二対一でありながらも、危険の伴う駆けに出ようとも、実力の差は全てを押し潰す。

シェリスも必死に頑張ってはいる。以前自身らを苦戦させたスフィアモードまで駆使して。

だけど彼女の展開する鏡の障壁でさえも闇の書は打ち砕き、以前の手を出すことすら困難にさせる。

 

「む〜! アリウス、リフレクトシールド追加!」

 

《Yes, Master. Reflect shield, Multiple expansion》

 

彼女の言葉にアリウスは従い、壊された分を補っても余るほどの数の障壁を展開する。

周りの風景でさえも映し出すほどの鏡。多重に展開されたそれは幾多の方向を向き、数個は闇の書を映す。

障壁がどういった意図で展開されるのか知る闇の書は即座に破壊へと取り掛かり始めた。

だけど、数が先ほど以上に多いため全てをすぐに破壊するのは不可能。故に、その時間を利用して彼女は砲撃のチャージを終えた。

 

「グリムゲルデ!」

 

Fire!》

 

一本に集束した閃光が杖の先にある球体から放たれる。

本来ならば拡散型のバーストを使うのが定石だが、威力の低いソレがたとえ当たっても意味はない故の判断。

集束型ならば溜めの分だけ威力は飛躍的に上がり、当たればバーストよりもダメージがあるのは確実。

だから彼女は時間を掛けてでも集束型を放ち、そしてソレは未だ破壊されていない鏡を伝って予測困難な軌道を描く。

ソレの速度は十分にある。加えて描く軌道は予測が難しい。これならば……そう思った瞬間――――

 

 

――あろうことか、閃光の飛来する先にあった鏡を破壊された。

 

 

それは予測困難な軌道を読まれたという事実を表す故、彼女の表情に珍しく驚きが満ちる。

その隙を闇の書が見逃すわけもなく、驚きで硬直する彼女へと距離を詰めるために動き出した。

驚きから未だ脱しきれないシェリスは動けない。だからか、なのはは闇の書を止めようと簡易な射撃魔法を放つ。

だけどそれらは速度を緩めることも出来ず容易避けられ、シェリスへの接近を許してしまう事となった。

 

「っ! あぐっ!!」

 

接近されたと同時に放たれた拳は彼女の腹を捉え、吸い込まれるように直撃する。

バリアジャケットがあるといってもそれは威力を多少緩和する程度。緩和しきれないダメージは全て彼女へ通る。

得意とする障壁すらも張れず、まともに拳を腹部へと受けた彼女は呻き声と共に海へと落ちていく。

拳の威力もあってか落ちる速度は凄まじく速く、咄嗟になのはが助けようと動き出すも間に合わない。

そして速度を加速させながら落ちる姿を甘んじて見るしか出来ない彼女の目先で――――

 

 

――予想を裏切った驚きの光景が、広がった。

 

 

海へと激突する寸でで飛翔してきた白い影が彼女の小さな身体を抱きとめる光景。

もちろん速度的にただ受け止めるだけではその人物も落ちてしまうため、同時に自身の背へと障壁を展開した。

それに受け止めた反動を全てぶつけ、やはり僅かな痛みがあったのか小さな呻きを漏らした。

 

「つぅ…………だ、大丈夫っスか、シェリスちゃん?」

 

「にゃぅぅ……お腹、痛いよぉ」

 

白い衣服を纏った女性の心配げな一言に、シェリスは全く反した答えを口にする。

しかし、そんな言葉でも無事なのだと確認出来る故か、彼女は安心するように安著の溜息をついた。

そんな二人の様子をなのはは呆然と見詰めるしか出来ない。しかし、闇の書は反して落ち着いていた。

彼女自身予想外の展開でありはするが、そもそも感情そのものがないかのように落ち着き払っていた。

 

「お前は……?」

 

感情の窺えないそんな表情で静かに彼女は問う。突如現れた目の前の白き女性へと。

ソレに対して彼女は視線を向け、ソッと地面に敷いた障壁の上にシェリスを下ろすと静かに告げた。

 

「ウチの事が、分からないっスか……?」

 

それは答えではなく質問に質問で返す言葉。その言葉の意味が分からず、彼女は答える事が出来ない。

だけど無言の彼女を見ることが答えへと繋がったのか、白の女性は僅かに落胆の息をついた。

 

「そうっスか…………なら、改めて名乗るっス」

 

溜息と同時に彼女から僅かに目を逸らす。そして自身の腰下から一本の短剣を引き抜く。

目の前の彼女とは真逆の江から刃まで白い短剣。その切っ先を上空の彼女へと向け、静かに告げる。

 

 

 

 

 

「『蒼き夜』にして『白亜の閃鈴』、アドルファ・ブランデス……それがウチの名っスよ」

 

 

 

 

 

「蒼き……夜……」

 

彼女――アドルファが告げた言葉、その最初の部分を闇の書は知らぬ内に復唱する。

なぜかは分からない。だけど、その単語にはどこか聞き覚えがあった。どこか、懐かしい感じがした。

聞いたことなんてないはずだ。そもそも、懐かしいと感じるための感情でさえも自分は持ち合わせていない。

だからこの感覚は全て偽りのもの……そう思うことで彼女は感じた全てを封じ、元の表情へと戻った。

 

「思い出せない、スか……まあ、それもしょうがないっスね。全てが別たれてからあまりに時間が経ち過ぎたっスから……貴方は本当の自分を失うほど、ウチらは――――」

 

突如襲った一陣の風が彼女の言葉を覆い、最後の部分だけを聞き取れぬよう刈り取った。

しかし刈り取られた言葉はおろか、呟かれた言葉にさえもう彼女は興味を示す事はなかった。

風が吹き止んだのを合図にドス黒い魔力を纏い、幾多にも顕現させた魔力の球体を全て彼女へと飛来させる。

だが、迫り来る魔力弾にアドルファは瞬時に短剣を回転させ始め、魔力を纏った刃で全てを弾き飛ばした。

 

《なのはさん、でしたっスね? いきなりで申し訳ないっスけどシェリスちゃんの事、頼まれてはくれないっスか?》

 

《え……あ、えっと、それはいいんですけど、その……あなたは――》

 

《貴方の聞きたいことは全部、後でちゃんと答えるっス。だから、お願いしたっスよ!》

 

戸惑いながらも疑問を口にしようとするなのはの言葉を打ち切り、彼女は闇の書へと駆ける。

未だ降り注ぎ続ける魔力弾の射線からシェリスを外すために海のすれすれを別方向へと高速で飛ぶ。

そして完全に闇の書の注意が自分に向き、シェリスが射線から外れたのを見計らって彼女へ再度向き直る。

 

「響け、羅刹の譜!!」

 

Chalk lignee》

 

響いた双方の声と同時に回転する刃が白の炎を生み、刃の延長というように伸びる。

それによって回転による刃の円は大きさを増し、回転させながら腕を振るってブーメランのように飛ばす。

彼女の手から離れて一直線に飛び行く短剣は一瞬にして刃の射程内へと入り、その身を切り刻もうとする。

だが、いくら速いといってもそれなりに距離があった……故に、障壁を張って防ぐくらいはわけのない事。

無論避ける事も出来たのだが、飛来する短剣がどのような動きをするかが不明なため、防ぐほうが無難と考えたのだ。

そして予想通り刃は障壁にぶつかると競り合う事もなく、伸びた刃を消して回転すらも止める。

 

 

――しかし止まった刃が下に落ちるよりも早く、彼女は自身の目の前まで接近していた。

 

 

迫る短剣に気を取られすぎて気づけなかった。だけど、それにしても速度があまりにも速い。

短剣を放っても障壁を張れる余裕があるほどの距離。それをたかが先の数秒で彼女は詰めたのだ。

それを驚く暇もなく、距離を詰めたアドルファは落ちる寸でで短剣を拾い、即座に斬りつける。

至近という距離故に防御魔法を展開する時間がない。そのため、彼女は已む無く後ろへと距離を取る選択をした。

 

「っ!?」

 

だが、距離を取るという選択が間違いであった事を下がった後の光景で知ることとなった。

後ろへと下がって立った場所の周りを囲む数多くの魔力球。それはそれ以上逃げる隙間もないほど。

前もって用意していたとしか思えないそれを見て、彼女はそれがアドルファの仕掛けた罠なのだと気づく。

飛ばした短剣を防ぐ事も、そこから距離を詰めれば後ろへ下がる選択を取る事も、全て計算した上での罠。

そして彼女の意図に気づけなかったことを悔やむ間もなく、取り囲む魔力球は闇の書へと飛来して爆砕する。

 

「…………」

 

しかし、すぐに晴れた煙から現れた彼女はあれだけの魔力弾の直撃を受けても無傷だった。

それに未だお腹を擦っているシェリスを守りながらただ見続けるなのはは、ただ驚くしかなかった。

先ほど自身らの放った砲撃に対しても無傷。そして今、アドルファの放った魔力弾の群れを受けても無傷。

障壁を張る暇なんてなかったのは目に見えている。だから、これは単純に力が足りなかったというだけの話。

だけど自分たちはそれなりに力を込めて砲撃を放った。それで力が足りないというのだからこそ、驚くしかないのだ。

 

「記憶や本来の自分を失っても力は失わない、スか……まあ当然と言えば当然スね。失ってたらこんな風にはなってないでしょうし」

 

そんな中、罠を張った本人たるアドルファは驚き一つない。それどころか、どこか納得するように頷いている。

それは罠を張りこそしても効くとは思っていなかったから。だから、無傷でもそれが当然だと思うだけなのだ。

 

(かといってこのまま戦い続けても意味はないっスねぇ……そもそもウチの手の内じゃ止められないっスし。ああ、こんなことなら変に飛び出さないでギーゼでもラーレでも連れてくれば良かったっスよ)

 

己の軽率さを心中で悔やむ。しかし、それも結局は意味がないと気づいてすぐに策を考える。

どうすれば彼女を止められるか。破壊するのではなく、止めるという事に重点を置くから更に悩む。

そして考え続けてとうとう自分だけでは限界があるという結論に達し、再び念話をなのはとシェリスに飛ばす。

 

《再三に渡り申し訳ないっスけど、なのはさんの持つ魔法で彼女にダメージが通ると思えるものはあるっスかね?》

 

《えっと……あるには、あるんですけど。その、発射に少し時間が掛かる上にカートリッジも残量がギリギリで……》

 

《やるなら一発勝負、ってことスか……ん〜、シェリスちゃんは何かないっスか?》

 

《……お腹痛いよぉ》

 

シェリスにも聞くがそれは無意味と知る。先ほどからずっとお腹を擦って痛みを訴えるだけなのだから。

だけどそれもある意味しょうがない事。基本的に守る事に特化する彼女は攻撃を受けることがほとんどない。

あってもここまで痛みを訴えるほどのは今までにはなかった。それ故か、彼女は人一倍打たれ弱い傾向にあるのだ。

だからある意味仕方のない事はあるのだが、それでも言動が状況を飲み込んでいないと分かる故に溜息をついてしまう。

 

《はぁ……賭けはあまり好きじゃないスけど、この際仕方ないスね。じゃあ、ウチは出来うる限り彼女の気を――》

 

念話を放ちながら闇の書へと視線を向けたとき、目に映った光景がソレを中断させる。

その光景とは、目先にある闇の書の様子。魔力を纏わせて佇んでいた彼女が、突如奇妙に蠢いたのだ。

それは一瞬などではなく、不信に思って見続ける彼女らの目の前で今も蠢き続けている。

明らかに普通ではない。闇の書の突然の変貌に誰もがそう思う中――――

 

 

 

 

 

『そこの方! 管理局の方!』

 

――聞き覚えのあるその声も突如として、彼女らの耳に聞こえてきた。

 

 


あとがき

 

 

 

闇の書事件もいよいよ大詰めだなぁ。

【咲】 いよいよって言うほど長く続いてるわけでもないけどねぇ。

まあ、それはそれだよ。てなわけで、今回はフェイトとアイラの夢、それとなのはたちの戦いが主な話だ。

【咲】 フェイトの夢はやっぱり原作通りだけど、アイラは完全オリジナルよね。

ふむ。エティーナへの答えはやはり否。だけど、彼女がそう答えるであろうとはエティーナも知っていた。

【咲】 アイラの事をよく知ってるからこそよねぇ……。

そうそう。まあ結局のところ、辛い夢でありしも彼女にとっては良い切っ掛けにもなっただろう。

【咲】 最後には優しい言葉も貰ったしね。

だな。で、話は変わるが……なのはたちのほうにはようやくアドルファが登場!

【咲】 でも戦ってる場面が少ないわよね……これじゃあ強いのかどうかが分からないじゃない。

ふむ……でもまあ、それなりの腕があるのは分かるだろうて。闇の書を罠に嵌めたんだしね。

【咲】 ま、それはそうだけどねぇ……でもやっぱり、目立ってるんだからもうちょっと戦闘を長く書いても。

それをするといろいろと問題が発生するから駄目なのだよ。

【咲】 どんな問題よ?

それはまあ……秘密♪

【咲】 ……えい♪

げばっ!! うぅ……少し茶目っ気を出しただけなのに。

【咲】 アンタが茶目っ気なんて出してもキモくてムカつくだけよ。

酷い言い草だなぁ、おい。

【咲】 事実を言ってるだけよ。で、次回はようやく夢から二人が戻ってくるわよね?

たぶんな。でもまあ、戻ってきたら戻ってきたでいろいろとあるだろうけど。

【咲】 そりゃそうでしょうよ……今はなのはしかいないからあれだけど、アドルファは一応重犯罪者なんだから。

ま、そこも含めて次回はどうなるやら……俺にもわからん。

【咲】 それはそれでどうなのよ……。

あははは、まあ次回を楽しみにしててくれ。てなわけで、今回はこの辺にて!!

【咲】 また次回会いましょうね♪

では〜ノシ




夢から抜け出そうとするフェイトにアイラ。
美姫 「そして、アドルファの参戦と」
いやー、一気に事態が進展ですな。
いよいよ次回は二人も戻ってくるみたいだし。
美姫 「ここから先も楽しみにしてますね」
次回を待ってます。



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