時間は大きく流れ、クリスマス・イヴとなる日を迎えた。

クリスマスという事もあって街には人が賑わい、多くの店にはそれらしい装飾が成される。

一年に一度の行事を楽しもうとする空気がそこからは窺え、賑わいは微笑ましささえも生む。

そんな日、街の賑わいなどとは本来無縁のとある場所にて、彼女たちはいつものようにモニタと向き合っていた。

 

「蒐集も上手くいってるようスし、『剣』と『盾』の製作状況も良好……いやはや、全て順調っスね〜♪」

 

「ふむ、確かにな。未だよく分からん部分が多いが、これなら――も納得するだろう」

 

アドルファとギーゼルベルト、そして残る面子も後ろのほうで駄弁っている。

彼女らの様子はいつもと変わらぬものと見えるも、少しだけ違う部分も当然ながら存在した。

それは自分たちの思い描いている方向へと事が一切逸れずに進んでいるという喜び。

だからこそ駄弁っている面子もいつも以上に賑わい、近場の部屋から煩いと怒鳴られそうな勢いで騒いでいた。

しかしそれを本来なら止める二人も今日ばかりは多めに見ているのか、顔半分をモニタに向けた状態で笑みを浮かべていた。

 

「ウチらの進めてきた計画は完璧なんスから、あれも結局は――の杞憂だったんスよ」

 

「そうだな。――は大胆なように見えてかなりの心配性のようだから、しょうがないと言えばそうなのだが」

 

「その心配性とやらでこっちが酷い目に合うのは正直勘弁願いたいスけどね、あははは…………ん?」

 

小さく声を漏らして意識をモニタに向けたアドルファの顔からは、一気に笑みが消え去る。

それに一体どうしたのかと思った彼も同様にモニタへと視線を向け、瞬時にその理由が判明することとなった。

 

 

――監視対象から魔力の異常増大を確認。

 

 

モニタに映し出された文字はたったそれだけ。しかし、それだけで二人から笑みを奪うには十分すぎた。

監視対象とは――に言われてから設定しておいた人物、闇の書の現主とされる八神はやての事。

彼女から魔力の異常増大が確認されたというのは普通ではなく、明らかに二人の予想の範囲外だった。

蒐集により闇の書が完成すれば主が魔法をまともに扱えるようになると踏んでいた。だから本来なら異常増大などないはずだった。

しかし現実に起こったということは何かしことのトラブルがあったという事。それ故、すぐさまモニタを監視対象のいる場所へと切り替える。

 

「ど、どういうことスか……これ」

 

「…………」

 

映し出された光景、それは病院と思わしき場所の上空にて佇む銀髪の女性の姿。

背中には黒い羽を数枚生やしており、目の色から明らかに普通ではないということが分かる。

中でも最も驚くべきが、その銀髪の女性こそが監視対象たる八神はやてだとコンピュータは示している事。

そしてその銀髪の女性の容姿そのものが、彼女たちもよく知っている者と瓜二つだった事だ。

その二点が特に二人へと驚きを招き、訳が分からずただ呆然と佇むしかなかった。

 

《どうしたの……?》

 

そんな二人の様子を見た後ろの一同は、揃ってモニタ前へと歩み寄った。

そして声を掛けるも二人はモニタに釘付け状態。それ故、その面々もモニタへと視線を向ける。

 

《……ふえ?》

 

「おや、どうしてあのお方がこのような場所に? いや、それよりもどうして表示が八神はやてになっているんでしょうかね?」

 

「大方、またコンピュータのどこかがイカレたか何かじゃないかしら?」

 

「あはは♪ 本当にポンコツなってきてるって事だね、このスキルブラズニルも♪」

 

各々感想を述べながら視線はモニタに釘付け。結局、何がどうなってるのか誰にも分からない。

なぜその女性がそこにいるのか、なぜコンピュータは彼女を八神はやてと指しているのか。

その他にも多数の分からないことが頭の中を駆け巡り、多かれ少なかれ思考する事を皆に強要する。

しかし、思考が強要される中でアドルファはある事が頭を過ぎる。それはつい先日、――から送られてきた文の一行。

 

 

――そうでなくともアレはお前たちの妹、もしくは弟のような存在だ……救ってやるのが道理であろう?

 

 

思い浮かんだその一行。それは送られてきたときこそまるで意味の分からなかった言葉。

だけど今目の前の映像を見ながら考えることで、彼女の中のバラバラだったパズルが完成した。

 

「そういう意味、だったんスね……」

 

「ん? 何がだ?」

 

呆然と呟かれた一言で我に返ったギーゼルベルトがすぐさま聞き返す。

だけど答えは返すこともせず、アドルファはガタッと音を立てて立ち上がり出口方面へと歩き出す。

しかしその動きはギーゼルベルトに肩を掴まれることで止まり、止まった彼女に彼は少し責めるような口調で尋ねる。

 

「どこへ行く…………まさかとは思うが、あの現場に行くなんて愚行をする気ではないだろうな?」

 

「……その通りっスよ。だって、あの言葉の意味が今ようやく分かったんスから」

 

「あの言葉、だと? それは一体――」

 

彼が再び質問を返すよりも早く、肩を掴む手を振り切って彼女は歩き出した。

そして去り行く彼女の後姿を今度は呆然と見るしかない中で、彼女は部屋から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第一章】第二十六話 聖なる夜に覚醒せし闇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事の発端ははやてを訪ねてきたなのは達と守護騎士たちが鉢合わせしてしまった事だ。

クリスマスという行事を共に楽しみたい。両者にとっては最初こそただそれだけの事だった。

だけど会ってしまっては見逃す事は出来ず、反対に守護騎士側も逃れられるなどとは思わなかった。

なぜなら今日のこの出会いで主が誰か分かってしまったから。今まで謎であった、闇の書の現主が。

だから守護騎士たちは主を守るために武器を取った。しかしそれとは反して、なのはとフェイトは少しでも説得を試みる。

今の主が大事なら犯罪などに手を染めず、自分たちと手を取り合って正攻法な方法で解決を目指すべきだと。

でも彼女たちにそれは出来なかった。そんな事をすれば、主に自分たちのしていた事が知れ、どう思われるかが分かるから。

きっと悲しむだろう。優しい主だからこそ、自分のためのそんな事をさせてしまったのだと悲しみを抱いてしまうだろう。

故に彼女たちは手を取り合わない。何より自分たちが敬愛し、自分たちを家族として愛してくれる彼女のために。

そして結果的に説得を受け入れず、寒空の下で再び彼女たちは――――

 

 

――得物を取り合い、戦いへと身を投じていく。

 

 

少しでも歩む道が違えば、共にやっていけたかもしれない。今ではそう思えるような相手。

しかし運命とは非常に残酷であるがため、彼女たちの先には武器を取るという道以外にはなかった。

どちらも引けず、負ける事が許されない戦い。頬に一筋の涙を伝わせながらも、彼女はただ武器を交える。

漆黒に染まる夜の寒空の上に光る多数の閃光と響く金属音。そして最も響くのは、戦いに投じる互いの声。

怒声のようにも聞こえるそれは大なり小なり悲しみを含み、他の音を遮るほどにただ夜空に響き渡る。

 

 

――だが、突如皆を襲った現象が全ての轟音を掻き消した。

 

 

それはその場にいる全ての者をバインドで拘束するという驚きの展開とも言える現象。

誰もが一人も漏れずに拘束された事を見るとこの場にいる者が放った魔法ではない事が分かる。

だとすれば一体誰が……驚きを抱きながらもそれを思考する事数秒、現象の理由が姿を現した。

 

 

――それは瓜二つの容姿と身に付ける仮面を特徴とした二人の男。

 

 

誰もが見たことがある人物。謎が多い人物ではあるが守護騎士に加担している人物として。

しかしそれはいつも一人だけだった。守護騎士を手助けする際に現れる全てで出現は一人だけだった。

だから仮面の男は単独で動いているという概念があったが、それは目の前の現実が打ち崩す。

そして守護騎士の仲間であったというなのはたちの考えも同時に崩す中、男は驚きの行動へと出た。

守護騎士たちのリンカーコアから魔力を蒐集する。本来集める側であるはずの彼女たちから。

確かに彼女たちの保有魔力は高いが、闇の書の一部でもある彼女たちから蒐集する光景は異端のものでしかない。

だから驚きが強くなのはとフェイトを支配するが、苦悶の表情で消えゆく守護騎士たちを見ると動かずにはいられなかった。

 

 

――しかし、止めようとする彼女たちの行動は二人の男には通じなかった。

 

 

片方が体術を得意とする故か、なのははおろかフェイトの攻撃すらも軽くいなされる。

そしていとも呆気なく吹き飛ばされ、再び多重のバインドを掛けられた二人は半透明のゲージに閉じ込められる。

それでも二人は諦めることなくそこを抜けようとするが、その間で目の前の惨劇は一気に急展開を迎える。

残ったヴィータも蒐集をされ、増援へと駆けつけたザフィーラの拳も男が展開する障壁に遮られ、同じく蒐集される。

結果的に二人が拘束を抜けるよりも断然早く守護騎士たちは破れ、仮面の男たちは次の行動へと移した。

変身魔法を用いてなのはとフェイトに姿を変え、闇の書の主たる八神はやてを転送魔法で屋上へと招く。

そして蒐集を受けて倒れ付すヴィータとザフィーラの姿を見せつけ、シグナムとシャマルも存在を消されたことを告げた。

これを聞いたはやては困惑を上回るほどの悲しみを浮かべ、涙さえ流しそうな勢いで二人へと問い詰める。

なぜ皆にこんな酷い事をするのかと……だけど、それに返ってきた答えは、さらにはやてを絶望の淵へと追い込んだ。

 

 

「これは全部、貴方の責任だよ」

 

 

初めに告げられたのはたったそれだけ。だけどそれだけでも彼女を打ちのめすには十分だった。

打ちのめされた彼女に姿を変えた仮面の男はただ責めるような口調で、はやてを追い込んでいく。

中には冷静に考えれば否定できる内容もありはした。しかし今のはやてにそれを判断するほどの余裕はない。

故に徐々に言葉で追い詰められ、両手で自身の身体を抱きしめながら瞳が少しずつ虚ろになってくる。

そして遂には――――

 

 

――巨大な光の柱が立ち上り、彼女を包み込んだ。

 

 

光の柱が発生したと同時に男たちはそこから飛び退き、対してはやての身体が柱内部で浮き上がる。

浮き上がった彼女の身体は徐々に変貌を遂げ、一分と立たずして明らかに別人といえる銀髪の女性がその場に佇んでいた。

それと同時にようやく拘束から抜け出した本物のなのはとフェイトは、目の前の現象にただ呆然とするしかない。

一体何が起こったのか、あれは本当に八神はやてなのか……一部始終を見ていても状況が飲み込めない。

だけど目の前の状況は二人が理解するのを待ってはくれず、停止していた時間は一気に加速し始める。

 

 

 

 

 

――それは皆の記憶の中で、最も長いクリスマス・イヴの始まりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀髪の女性――闇の書が動き出したとき、仮面の男たちは遠く離れたビルの屋上にいた。

フェンス越しのその光景を眺め、まるで何かを待つようにただ何もせず静かに見続ける。

 

「あの二人……持つかな?」

 

「さあな。だが、持たなくても今は動けん。タイミングは、闇の書の暴走時だからな」

 

ここまでは思惑通りに事が進んでいる。後は言葉どおり、タイミングを見計らうだけ。

ただこのときのために全ての準備をしてきた。そしてこれが最後の仕上げといえる事なのだ。

だから二人の間にもピリピリとした空気が走り、仮面越しに向ける視線はただ目の前の光景へと向く。

 

 

――しかし、後に起こった現象は二人の予想から逸脱していた。

 

 

意識を目の前の光景だけに向けていたから気づけなかった。

そして気づいたときには遅かった。自分たちの足元に浮かび上がる魔法陣、立ち上る魔力の光。

それらに気づいたときにはすでに術式は完成しており、一瞬にして地面から伸びた帯が二人を拘束する。

 

「ストラグルバインド……難点が多くて使い道があまりない魔法だけど、こういうときに役に立つ」

 

拘束が成されたと同時に聞こえてきたのは非常に聞き覚えのある声だった。

声の主はただ拘束された二人の前に佇み、どこか悲しみの色を帯びた瞳で二人を見詰める。

そしてその隣にもう一人、その少年以上にと言えるほどの見覚えがある人物の姿があった。

朱色の髪とバリアジャケット、柄の長い戦斧を手に持つ明らかに少年よりも年上である女性。

 

「強化魔法の解除と同時に、変身魔法も解除してくれるからね……」

 

その少年――クロノは杖を振るい変身を解除する。それを女性――アイラはただ見詰める。

二人が見続ける中で男たちの自身に掛けた魔法は解除され、本来の姿が二人の前に晒された。

 

「こんな魔法は、教えた覚えはないんだけどね……」

 

「少しでも精進しろと言ったのは君たちだろ、アリア」

 

変身を解除され、姿を晒された一人――アリアは悔しげに告げ、クロノは静かに言葉を返す。

そして反対にアリアの隣で拘束されるロッテはクロノではなく、アイラをただ睨むように見ていた。

 

「アンタ……私たちの事をばらしたんだね」

 

「……ああ」

 

「なんで、そんな事をしたの? それが自分の首を絞めることだって分かってて、なんで!!」

 

脅すような言葉で抑制を掛けたのに、アイラは仮面の男の正体をクロノに晒した。

それで自分の罪が露見する事を知っていながら……だからこそ、ロッテには分からなかった。

彼女の罪は決して軽いものじゃない。だからこうしておけば、アイラは自分たちの事をばらしたりしないと思ったから。

故に分からない答えを求め、僅かに怒気の混じった声でロッテはアイラを問い詰めた。

しかし、アイラはそれにすぐには答えず、片手に持つ戦斧を肩に担いで夜空を見上げ始める。

そして僅か数秒の間を空け、視線を元に戻すことなく彼女はロッテの言葉に対する答えを口にした。

 

「明確な答えなんてない……ただアンタたちを見逃せば、アタシは後悔するからと思っただけだ」

 

「後悔する、だって……?」

 

「ああ。一度は目の前で悪事を行われていながら目を背け、そして逃げ出した。今回もそれをしたらアタシはもうアタシじゃなくなる……そう思ったんだよ、ロッテ」

 

確かに返された言葉に明確な答えはない。だけど、ロッテはそれにもう何も返せなかった。

ただアリアと同じく悔しげな表情を浮かべ、顔を伏せる事で二人から目を背けるだけしか出来なかった。

そんな二人にアイラは空に向けていた視線を僅かに向け、すぐに逸らしてある方向へと目を向ける。

 

「アタシはなのはとフェイトの加勢に行く……だからこいつらの事は任せたよ、クロノ」

 

「……わかりました」

 

本当ならアイラとてクロノと共に戻り、グレアムと直接話がしたかったはずだ。

だけど闇の書を相手になのはとフェイトだけでは荷が重い。増援として向かわせたアルフとユーノが加わっても差はあまり変わらないだろう。

故に少しでも加勢は多いほうがいい……だからクロノは口にしようとしたことを抑え、返事と共に小さく頷いた。

それを横目で確認したアイラは同じく頷き返し、戦斧を担いだ状態のまま空を駆け、二人の元へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほぼ同時刻、戦闘の真っ只中となる海鳴病院を中心とした上空へ向かう影があった。

黒きバリアジャケットを身に着け、腰に小太刀型鞘付のデバイスと普通の小太刀の二本を携えた男性。

その男性こと高町恭也は上空を高速で駆け、ただひたすら海鳴病院の建つ場所へと向かう。

 

「本当に病院の方面でいいのか、オリウス?」

 

《間違いないよ。ていうか、こんなあからさまに魔力を放出されてるのに間違うほうがおかしいって》

 

「ふむ……」

 

魔導師となってから一年と少しである恭也だが、探索魔法やらはおろか魔力を感じ取る事すら苦手。

現在も大々的に魔力を放出されておきながら、感じ取ることに精一杯で放出される位置までは特定出来ない。

だからその点はオリウスに任せる形となるのだが、そうなるといつも返ってくる言葉に微妙な棘がある。

要するにオリウスもしょうがいないとは思っていても、一向に精進しない故に最近では呆れが出てきているという事である。

 

「にしても、まさか病院とはな……やはり感じる魔力は、守護騎士のものか?」

 

《ん〜、どうだろ……質自体は守護騎士と似た感じがあるんだけど、魔力量とかが今までと全然違うんだよねぇ》

 

「要するに、直接行って確かめないと分からないということだな」

 

《結論出すの早いよ……まあ、その通りなんだけど》

 

早い段階で結論とばかりに打ち切られ、少しばかりオリウスは不機嫌そうな声で呟く。

そんな彼女に僅かばかり苦笑を浮かべながらも、すぐに元の表情へと戻して徐々に飛翔速度を増していく。

そこまで急ぐ理由はただ一つ。なのはが友達のお見舞いへと行ったきり帰ってこない事。

今起こっている現象を考えるとそこから思い至るのは、何らかのトラブルに巻き込まれてしまったという理由。

何らかというのはおそらく守護騎士絡みだろうが、オリウスの発言も加えると今までとは少し状況が異なるように思える。

加えてお見舞いにはフェイトも一緒だということで心配する人物が一人増え、飛翔する速度も自ずと増してしまうのだ。

それにオリウスとしては心配しすぎじゃないかと思いもするが、自身も心配には思っているので何も言わない。

そして先ほどの会話を最後に発言は互いに全く無くなり、速度を限界まで増しつつただ一点を目指して宙を駆ける。

 

 

――しかし、突如目の前に出現した魔法陣が二人の足を強制停止させた。

 

 

誰もいない場所に出現した純白の魔法陣。それは転移魔法によるものだと簡単に推測できる。

つまり誰かがこの場に転移しようとしているという事。だけど魔法陣の色からして、身内ではないことが分かる。

だからこそ恭也は立ち止まると同時に警戒の色を瞳に浮かべ、いつでも刀が抜ける体勢へと入る。

しかし、それに反してオリウスはうげっ、という非常に嫌そうな声を上げ、それ以降は恭也と同じで黙りこくってしまった。

それに恭也は警戒しつつもどうしたのかと疑問に思う。そして二人がそんな様子の中、魔法陣の上に何者かが現れた。

 

「ふぅ……って、あれ? ここ、どこっスか?」

 

現れた人物は薄い紫のセミロングに魔法陣と同質の色をした半袖長ズボンという容姿の女性。

やはりというか、恭也も見たことがないその人物は転移すると同時に息をつき、なぜか周りを見渡して疑問符を浮かべている。

そんな女性の様子に少しばかり呆気に取られる恭也だが、周りを見渡す彼女と目が合うと同時に再び警戒する。

そこでようやく女性は恭也に気づいたのか、視線をそちらへと向けて少しばかり驚きの表情を作る。

 

「およ、誰かと思えば『剣』の主じゃないスか。しかも当然といえばそうっスけど、リースちゃんも一緒で」

 

《……なんでこんなタイミングで来るかなぁ》

 

女性の言葉にうんざりした声で返すオリウス。その様子からはどのくらい嫌なのかが見て取れる。

二人の言葉、そして様子に警戒を解かないながらも疑問に思う恭也はそこでオリウスへと尋ねた

この女性は一体誰なのか、オリウスは目の前の女性と知り合いなのかという疑問を。

 

《この間の話し合いでアドルファって名前の人が話に挙がったでしょ? あそこにいるのがその人だよ……》

 

返ってきた答えに恭也は驚きを浮かべるも、相手の姿を見ると納得してしまう。

それは以前説明で挙がった通り……薄紫の短髪で白い服を着ているというものと酷似していた。

だから彼女の答えにも納得がいき、同時に今まで以上に警戒心を強めるに至った。

なぜなら彼女がアドルファだというのなら、先日挙がった話通り謎の集団の仲間である可能性が高いのだ。

故に警戒を強めるのだが反して向かいに立つ彼女には警戒心がなく、ブツブツ独り言を言っている姿からは興味すらないようにも見えた。

 

「あ〜、ということはやっぱり座標を間違えたっスか……ほんと焦るとミスが多いっスねぇ。こんな事があの人に知れたらどんな罰を受けることやら……うぅ、想像するのも怖い。て、こんなぶつくさ言ってる場合じゃないスね……早いこと現地に行かないと」

 

独り言を言うだけ言って勝手に完結させ、恭也に背を向けて動き出そうとするアドルファ。

しかし動き出す寸でで動きはピタリと止まり、今一度恭也へと向きを戻して視線を向けた。

 

「つかぬ事をお伺いするスけど、お宅らはこれから一体どちらへ?」

 

《そんなの決まってるじゃん。今馬鹿みたいに発せられてる魔力の発生地に行くの……だからアンタとどうこうしてる暇なんてないの》

 

今まで追われてきた故か、彼女の告げる言葉には最後の部分で若干の棘を感じる。

だが彼女もそこは一切気にせず、それどころか先ほどまでと打って変わってなぜか焦りだす。

一体何なんだ……二人がその様子にそう思う中、彼女は焦りを隠すこともなく告げた。

 

 

 

「あ〜……貴方たちにあそこへ行かれるとウチとしても困るんで、出来ればご遠慮願いたいんスけど」

 

 

 

二人が向かうことで何が困るというのか、なぜ現地に赴くことを止めてもらいたいのか。

ちゃんとした理由を告げもせずにそんな事を言われてオリウスはもちろん、恭也も納得する訳がない。

だから拒否を示すように首を横に振ることで返すと、彼女は先ほど以上の困った顔を浮かべる。

 

「そこを何とか……貴方たちにもしもの事があったら、本当に困るんスよ」

 

「なら、せめて理由を話すべきじゃないのか? それもしないまま、はいそうですかなど言えるわけがないだろう」

 

「それは、その通りっスけど……こちらとしても事情があって――」

 

《じゃあ駄目、却下。ていうか、どんな理由を並べられても絶対アンタの言うことなんか聞いてあげないもん》

 

恭也と違ってオリウスは何があっても断固拒否の姿勢。それが更に彼女を困らせる。

本来なら状況的に急がなければならない……だけど、目の前の二人をこの件から引かせないと向かうに向かえない。

しかし自分たちの事情を詳しく説明出来ないのもあり、二人を言葉で納得させることが不可能となっている。

だとすれば一体どうやって事情も話さず二人を止めるか。彼女の持つその答えはもう、一つしかなかった。

 

 

「はぁ、しょうがないスね。正直急ぎたいところスけど……そう言うなら当初の目的をここで遂行させてもらうっス」

 

 

告げるや否や胸ポケットから服と同等の色をしたビー玉サイズの宝玉を取り出す。

取り出した宝玉は前へと差し出すように掲げると光を放ち、白く輝く刀身をした剣へと変化する。

それは恭也の持つ小太刀よりも僅かに短く、柄の先端には丸い輪が付属しているという変わった剣。

剣が顕現するとアドルファは輪に人差し指を入れ、まるで弄ぶかのように緩やかな回転をさせ始めた。

 

《当初の目的を遂行って事は……ここで私を捕まえるってこと?》

 

「はい。加えて、貴方の主も付属で捕縛させてもらうっス……元々、そういう予定でしたっスから」

 

《ああ、なるほどね。今まで捕まえれたはずの私とアイラを野放しにしてきたのは主が決まるのを待ってたってわけなんだ……ご丁寧に、追い掛け回して捕まえる気があるように見せて》

 

「付け加えるなら、主が決まってリースちゃんを扱う事にある程度慣れた状態になるというのも条件でしたスね。まあ、シェリスちゃんが貴方たちを捕らえないよう意図的に操作したり、博士を誤魔化したりするのには苦労したスけど」

 

それはよく考えれば分かった事。むしろ今まで違和感を覚えなかった事すら失態と言える。

オリウスとアイラをアドルファが追っていたときも、シェリスとの戦闘中にカルラが乱入してきたときも。

そしてつい先日の砂漠での戦闘時も、捕縛しようとするならば出来ないことはなかっただろう。

だけどそれをしなかったのは彼女の言うとおり、オリウスが主を見つけ、その主が力をつけるのを待っていたからだ。

つまり、オリウスが今までしてきた行動は全て彼女らの手の内で踊らされていただけという他なかった。

 

「では急いでるスから、少しばかり本気でいかせてもらうスよ……」

 

《それはこっちの台詞だよ……主のいなかった今までと同じだとは思わないでよね》

 

彼女の言葉を表すように恭也はオリウスの柄に手を掛け、抜刀の構えを取る。

対してアドルファは右手の人差し指の短剣の回転を風切り音がするまでに加速させる。

そうして対峙し合い、互いに相手から視線を一切逸らすことなく、ただ攻めるタイミングを待つように佇む。

そして互いに見詰め合うこと僅か数秒後、一陣の風が二人の頬を凪いだ瞬間――――

 

 

 

 

 

――どちらともなく、相手へと向かって駆け出した。

 

 


あとがき

 

 

謎の集団の中で一番出演率が高いアドルファがとうとう戦闘に介入!

【咲】 しかも闇の書の覚醒したときに……本来なら戦ってる暇なんてないでしょうに。

だけど彼女としても恭也とリースに介入されると非常に困るのも事実なわけだよ。

【咲】 事件に介入して恭也が殺されるかリースが壊されるかしたら計画が崩れるから?

その通り!! 人の心を内蔵したデバイス作りは何もジェドだけが望んでることじゃないからな。

【咲】 アドルファたちはアドルファたちなりに、協力するだけの理由があるってことね。

そうそう。まあそんなわけで恭也との戦闘なわけだが、この結果は次回では詳しくは成されないので注意だ。

【咲】 闇の書事件があくまで主軸だから?

そういうことだ。まあ、詳しく語られはしないけど次回を見たら分かるけどな。

【咲】 なのはたちのところに到着したほうが勝ったってことなわけだからねぇ。

まあ、もしかしたらどちらも向かうかもしれんけどな。何があるかなんて分からないわけだし。

【咲】 そりゃねぇ……で、話が変わるけど、結局アイラは仮面の男の事を話したのね。

あれから十数日間の時間を掛けて導き出した答えなわけだな。

【咲】 でもその答えって結局は諸刃の剣よね……どうするつもりなのかしら?

さあねぇ……何か考えがあるのかもしれんし、捕まるの覚悟かもしれん。全ては次回以降を待て、だな。

【咲】 いつも通りねぇ……じゃ、今回はこの辺でね♪

また次回も見てくださいね〜。

【咲】 ばいば〜い♪




闇の書が覚醒!
美姫 「けれど、恭也は現場へと向かえないのね」
さてさて、突如始まってしまったアドルファとの対決。
果たして、どちらが辿り着くのか。もしくは、両方が到着か。
いやいや、どちらも到着しないというのもあるのかな?
美姫 「次回も待っていますね」
ではでは。



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