「じゃあ、本当にコイツは管理局の連中とは関係なかったってことかよ?」
「そういうことになるな」
八神家の寝室にて向かい合い尋ねてくるヴィータにシグナムは短く告げて頷く。
返答の対して彼女はまだ不信感を抱いた様子ではあるが、現状で嘘だと判断する要素はない。
だからちょっとだけ不満ありの顔で納得するように頷き返し、室内のベッドへと視線を向ける。
「…………」
視線が向けられたそこに横たわるのはシェリス。寝息も立てずに静かに眠っていた。
蒐集の際に齎された苦痛を感じさせない寝顔、安らかにと言えるような穏やかな寝顔。
それを見ると管理局とか魔導師とか一切関係ない、普通の少女と見えるのはやはり彼女の人柄かもしれない。
「まあ、あちらもこっちを信用させるために蒐集の手助けを申し出てきたくらいだ。信用できるかどうかはともかく、管理局の仲間であるという線は消えたと考えてもいいだろう」
「手助けっつっても、前と同じでコイツに手伝わせるだけだろ? しかも今は蒐集行為のせいで倒れてるんだから手助けになってねえじゃんか」
「いや、彼女がこうしている間は別の人間を派遣すると彼も申し出ててきた。無論、彼女が目覚めるまでだから一定期間だけだがな」
「別の人間、なぁ……」
横たわるシェリスの横に置かれた通信機による言われたことは以下の通り。
自分はシェリスの父親であるということ。管理局とは敵対していても協力関係にはないということ。
そして話こそしなかったが、自分たちの目的のために彼女たちへの協力を申し出るということ。
三つ目の関しては戦力の提供……今眠っている娘のシェリスを守護騎士たちの蒐集行動の手伝いに派遣するというもの。
その際、蒐集をさせてもらったということも伝えてあったため、彼女が眠る期間だけは別の人材を派遣するとのこと。
それが誰であるのかは彼も語りはしなかったが、蒐集の手伝いは正直なところ助かるために協力を承諾したというわけだ。
「確か話によるともうそろそろ着てもいい頃だと思うのだが……」
「ていうか、ここの場所があっちに分かんのかよ? もしかしたら迷ってる可能性も――」
「その心配は無用だ……」
ヴィータの言葉を遮って聞こえてきた第三者の声。それに二人は即座に反応し身構える。
それも当然……なぜなら、先ほどからずっと話をしている間中、誰かが入ってきた音も気配も感じなかったのだから。
普通の人間ならば気づかなかったと言っても通るが、生憎とシグナムもヴィータも普通とは激しく異なる。
その自分たちが気づかなかった故、彼女らが突然現れた声の主に警戒するのももっともだった。
「ふむ、やはり驚かれてしまったか……仲間内から気配が薄すぎると多々言われてきたが、それはここでも健在か」
しかし対する目の前の男性は相手の警戒を解こうとせず、顎に手を当てて何やら呟く。
その様子を見る限りでは彼女らを無視しているようにも見えるが、彼にそんな気はさらさらない。
だけどヴィータはそうは捉えず、警戒心を多大に醸し出しながら睨みつけた。
睨みつけてくる彼女にようやく彼は呟きを納め、激しく遅いが警戒を解くために口を開いた。
「俺がジェド氏から派遣されてきた、ギーゼルベルト・ビアラスだ。勝手に入った故に警戒するのはもっともだが、それならば戸締りくらいはしっかりしておいたほうがいい」
「戸締り……?」
そう言われて二人はようやく気づく。僅かな風が室内に入ってきていることに。
その風が吹く方向へ目を向けると男――ギーゼルベルトの言ったとおり、窓が開けっ放しになっている。
故に彼がここから入ってきたことが容易に分かり、彼の言うことももっともだと理解できた。
しかし疑問も残る……多少開けっ放しになっていたとはいえ、音も気配も一切立てずに入れるものかと。
微妙に開いていた窓を開ければ音は多少なりとするし、気配だって相当な達人クラスでもない限りは気づける。
だからこそ目の前の彼は奇妙と言う他無く、紹介を受けても警戒心は僅かなりと残ってしまう。
「お前たちの情報はこちらでもある程度把握している。それ故、行動詳細の説明だけ願えるか? それさえ説明してもらえれば、こちらもその指示通りにしっかり働かせていただこう」
多少残る警戒心は仕方ないものとし、ギーゼルベルトは詳細説明を求める。
それに一番警戒心を持っているヴィータでは無理なため、シグナムが代表して説明を始めた。
魔法少女リリカルなのはB.N
【第一章】第十八話 心の有無が証明すること
なのはとフェイトが帰宅し、恭也とアイラの来訪を待った後に一同は管理局へと赴いた。
模擬戦をするなら自身らがいつも行っている場所でもいいと考えたが、二つの問題点によって否定された。
一つは完全近接同士の恭也とアイラならともかく、フェイトと模擬戦をするとなると場所の被害が計り知れないこと。
そしてもう一つは問題点というのとは若干違うのだが、二人の模擬戦を観戦しつつ恭也の力を測りたかったから。
その二点によっていつもの場所である山ではなく、管理局のトレーニングルームにて行うことにしたのだ。
『はい、準備オッケー。いつでも始めちゃってください!』
トレーニングルームの中央にて対峙する二人。そして室内に響くエイミィの声。
それを合図に二人は各々のデバイスを展開し、互いにバリアジャケットを身に纏う。
「準備はいい、バルディッシュ?」
《Yes, sir》
「こちらはどうだ、オリウス?」
《全く問題なし!》
互いのデバイスに呼び掛け、それに応じて返答が返ってくる。
返答を耳にしたフェイトはもう片方の手を柄に添え、恭也は鞘に納められたオリウスを抜き放つ。
そしてお互いを視線の先に見据え、いつでも戦闘が行えるようにと気を引き締めた。
「いい顔をするようになった……その分だと、答えは出たみたいだな」
「はい。といっても、私なりの答えでしかないんですけど……」
「それでいい。それが世では間違っていると言われても、自分がそうだと信じているのなら……それがフェイトにとっての真実になる」
答えがどんなものであれ、そうだと思うのならば信じ続けろ。
彼の口にすることは要するにそういうことであるため、フェイトは肯定するように頷く。
頷いた彼女に恭也は満足したように僅かな声を漏らし、表情を変えてデバイスを構える。
「では……いくぞ」
「はい!」
彼女なりの元気のいい返事で返し、フェイトもデバイスを持つ手に力を込めて構える。
そして互いを見据えること五秒弱――
――どちらともなく、二人は駆け出した。
間合いを詰めて互いに振るったデバイスが中央で交差する。
しかしそこで鍔迫りに持ち込むのではなく、互いの最高速度で連撃を繰り出していく。
「くっ……」
だが、そんなことをしててもいずれは押されることぐらい目に見えていた。
守護騎士との戦いでも分かりとおり、恭也の近接戦闘技術はフェイトを大きく凌駕している。
速さに定評のある彼女でも、剣速などの技術面で圧倒的に負けているのだ。
ならば互いに連撃を繰り出し続けてもいずれ押され、結果的に負けてしまうのは確実。
――だがそれは、武器だけを用いた戦いでの話
これはあくまで魔導師としての力を示す模擬戦だ。
近接の戦闘技術で負けていても、魔法を含めて戦えばフェイトにも勝機はある。
《Blitz Action》
連撃の僅かな切れ目を狙い、自身の持ちうる高速移動魔法を行使する。
それによりフェイトの姿は恭也の目の前から消え、同時に背後へ回りこむことに成功した。
そこから瞬時にデバイスを振り上げ、死角からの一撃を加えるべく振り下ろす。
《Gullinbursti》
決まるかに思えた一撃は、僅かに聞こえた音声と同時に予想を変えた。
振り下ろされたデバイスは空を切り、対象としていた人物は自分と距離を置いた位置に立つ。
それはフェイト自身が失念していたこと……恭也とて、高速移動魔法を扱うことができるのだ。
現にシグナムとの戦闘でも使用は見られたし、フェイト自身もそれによって一度助けられた。
だからこそ失念していた己を責めるのだが、良い意味で言えば恭也が距離を取ったことはフェイトにとって好機。
「バルディッシュ!」
フェイトの声に応じ、デバイスの先端部分に金色の刃を顕現する。
形状的に鎌と取れるそれを彼女は大きく振り被り――
《Arc Saber》
――音声が響くと同時に、勢いよく振り切った。
振り切りの途中で顕現した刃が離れ、高速で回転しつつ飛来する。
それはフェイトの持ちうる中距離魔法の一つ……それが恭也へと高速で迫っていく。
しかし速さ的には避けられない速度ではない。加えて不意をついた攻撃というわけでもない。
ならば避けることは容易い。そう告げるかのように、刃の進路上から彼は横へと移動してそれを避けた。
《Blitz Action》
そこを狙い、フェイトは再び高速移動魔法を行使して瞬時に距離を詰める。
そして刃を顕現しなおし振り上げたデバイスを薙ぎ払うかの如く横に一閃する。
しかし横に避けて僅かに傾いた体勢であっても、これを避けることは特に難しいことではない。
先ほどと同じ行動……つまりは高速移動魔法を行使して後ろへと避ければいいだけの話。
だが避けるだけならばそれで十分だが、これを行うだけならばこのパターンを繰り返すだけとなる。
後ろへ避けるしかない追撃を避け、先ほどと同じく追撃が再び行われる……ただこれの繰り返しだ。
ならばどうすればいいか。どうすればこの連鎖を崩すことが出来るのか。その答えは至って単純――
――追撃をさせなければいいだけのこと。
それを行うにはまずフェイトの思惑通り、先ほどと同じく後ろへ避ける必要がある。
故に恭也は同じ高速移動魔法を使用し、後ろへとバックすることでフェイトと距離を置いた。
ここまでは先ほどと全く同じ。このまま何もしなければフェイトの意図通りに事が進む。
だが、それを恭也が許すわけも無く、意図を崩すべく行動を起こした。
「集え、蒼天の名の下に……」
《Euryutosu,Get set》
紡がれた短い詠唱の応え、恭也の周りに環状の魔法陣に包まれた蒼き刃が複数形成される。
それに視線を向けることも無くフェイトを見据え、彼はデバイスの切っ先を彼女に向ける。
「貫け!」
《Fire!》
言葉が放たれると同時に切っ先が向けられる方向、フェイトの立つ場所へと飛来する。
それに対して再び刃を飛ばそうとしていたせいか、彼女は僅かに反応を遅らせながらもギリギリで宙へと避ける。
対象を見失った刃は彼女を追うわけでもなく、彼女の立っていた場所へと着弾して凄まじい音を立てる。
しかしそこで攻撃の手を休めるわけもなく、恭也は彼女の同じ策を自分が行うかのごとく飛翔魔法を行使して距離を詰める。
一瞬にして距離を詰めた彼の手から繰り出される連撃は速く、先ほどと違って息をつく暇を与えないほど。
「くぅ……」
反撃の暇がまるでなく、受けるので精一杯になりつつフェイトは僅かな声を漏らす。
模擬戦開始時のときは少なくとも切れ目が存在したのに、今はそれすら見当たらない。
つまりこれは開始時に恭也がある程度手加減をしていたことになるが、そこを気にする暇が彼女にはない。
如何にしてこの多彩な軌道の斬撃な嵐から逃れ、そして恭也へと反撃を行えるか。そのことしか頭に無い。
《技術に関しては光るものがある……鍛えればかなりの腕になるだろうな》
《魔法面でも大したもんだよねぇ。近距離と中距離を併用して戦う……恭也と違って両立タイプだね》
対する恭也とオリウスは戦いながらもしっかりとフェイトの腕前を分析していた。
そこで挙げた近、中距離魔法と近接戦闘を併用して戦う両立型というのは確かに恭也とは異なる。
恭也も確かに中距離魔法を使いはするが、先ほどのように短くも詠唱を行わなければ扱えない。
だからどうしてもという場合でしか使わず、主に扱うのは持ち前の武器による近接物理の攻撃。
無論持ち前の武器ということで飛針や鋼糸などの武器もあるが、魔法と違って飛ばせる距離に限界がある。
故に距離を取られる戦い方をされれば恭也にとっては不利。しかしそれをさせないのが彼の戦い方。
魔法や近接の技術面で中々のものがあると言われても、距離を取らせず近接で圧倒されれば苦戦するのも当然。
《だが、目先のものばかりに目がいくのは減点対象だな》
念話でそう呟くや否や、恭也はフェイトの横腹部へ向けて蹴りを放つ。
そしてそれは恭也が呟いたとおり、武器による攻撃ばかりに目がいくあまり彼女は諸に受けてしまう。
蹴りを何の身構えもなく受けたフェイトはその威力もあってか、蹴りを受けた方向へと吹き飛ぶ。
すぐに体勢を立て直しこそしたが、さすがにダメージがゼロとまではいかず、軽く咳き込んでいた。
しかしそこでただ待つようなことを恭也がするわけもなく、即座に動き出してフェイトとの距離を詰める。
「っ……!」
それを迎え撃つべくフェイトもデバイスを構える。
距離を詰められ、彼の手から放たれる斬撃を受けられるように身構える。
受けてからの反撃方法を頭で考えながら、今はただ受けるべく守りの体勢へ。
しかし――
《Hrimfaxi!》
――言うなれば、それが彼女の敗因。
斬撃が放たれると同時に行使された魔法は三つの幻影を生み出す。
そして全てが本体の軌道とは異なる別々の軌道から迫り、彼女へと襲い掛かる。
守りへ入るにしても障壁なら防げた。正常な思考力があったなら軌道から本体を見抜くことも出来た。
しかし彼女が行ったのは得物による受けであり、腹部の痛みで思考力が僅かに鈍っている。
つまるところ彼女にこれを受けることも避けることも出来ないというのは明白だった。
「あ……」
「……」
幻影を見せた斬撃に驚きを浮かべ、気づいたときには切っ先が突きつけられていた。
実戦ならば首が刎ねられていたかもしれない。だけど今行っているのはあくまで模擬戦。
故に明確に戦闘不能へと陥らせるのではなく、刃を突きつけることで反抗の意思を奪い、負けを認めさせる。
「……参りました」
その意図に乗っ取り、フェイトは静かに負けを認める言葉を口にした。
「ま、こんなもんかねぇ……フェイトも粘ったほうだけど、さすがに敵わないわな」
二人の戦闘の光景を見ていたアイラはうんうんと頷きながらそう評価する。
しかし残りの二人、なのはとエイミィは驚きのあまりに言葉が出なかった。
それもそうだろう……この二人は恭也の戦闘をちゃんとした形で見たことがないのだから。
「す、凄いですね、恭也さん。速さも近接技術も、フェイトさんを大幅に上回ってるなんて……」
「そりゃ当然さね。身体能力の差もあるだろうけど、魔法面で劣る恭也からその二つを取ったら何も残らないよ」
身も蓋もない言い方ではあるが、実際問題アイラの言うことは事実である。
魔法の技術に関して恭也はまだまだ未熟。それ故にそちらではフェイトのほうが上回っている。
しかしそれを補って余るほどの近接技術と速度があるからこそ、今の模擬戦は圧倒的と映る。
もしもこのどちらもでさえもフェイトが上回っていたのだとしたら、戦況は明らかに逆へと傾いていただろう。
「まあ、以前見たときにフェイトが近・中接魔導師だってことが分かってたから、この結果はやらなくても見えてたけどね」
「どう足掻いても今のフェイトさんじゃ、恭也さんには勝てないってことですか?」
「そういうことだね。もっとも、距離を取りながらの戦い方がもう少し上手かったら多少は違ってたかもしれないけど」
完全に近接をメインとする恭也と真っ向から近接戦闘を行うのは本来得策ではない。
故にフェイトが中接という距離を保ち、魔法での攻撃を主とする戦い方が出来たのならばここまで圧倒的にはならない。
しかしそれをさせないのが恭也の戦い方……確実に相手の隙をついて距離を詰め、近接に持ち込まれる。
そういった相手との戦いに於いての経験不足。アイラの言うことはつまりそういうことだった。
「さて……模擬戦も終わったようだし、そろそろ先日の質問の答えでも聞こうかねぇ」
「あ、それなら一旦戻ってからにしませんか? フェイトさんも恭也さんも今は少し疲れてるでしょうし、多少間を置くという意味も兼ねて」
恭也はともかく、フェイトに関しては同意出来るためにアイラもそこは分かったと頷く。
それを見てからエイミィはトレーニングルームにいる二人に呼び掛け、模擬戦終了を伝えた。
その後、恭也とフェイトが退出したのを確認して設備等を来たときの状態に戻し、一同は部屋を後にした。
場所を臨時の司令部となっているマンションへと移してから数十分が経過した。
答えを聞く前の休憩も兼ねてのことではあるが、アイラの様子を見るとその理由が薄れてくる。
以前の如くソファーにドッカリと座り、自分で勝手に用意したお茶をズズッと音を立てて飲んでいる。
提案をしたのはエイミィではあるが、どう見ても肯定した理由が私的なものにしか見えない。
「ん……そういえば、アンタの使い魔はどうしたんだい? いつも一緒にいるのに姿が見えないけど」
「あ、アルフなら――」
全く目的と違う話題を振られ、フェイトは若干戸惑いながらも答えようとする。
しかし、答えが最後まで述べられるよりも早く、リビングのほうへと目的の人物が姿を現した。
「ああ……大人しく養生してたってわけね。ま、先日ヘマして怪我したんだから当然か」
「悪かったね……あんな攻撃するとは思わなかったんだよ」
「アタシはちゃんと忠告したはずなんだけどねぇ……」
呆れるように肩を竦めるアイラ。それを見ると自分に非があっても少しムカッとくる。
だが、ここで口論したところで無意味なことも分かっているため、何も言わずにフェイトの横に座る。
それをアイラは目で確認した後、もう一度だけお茶を啜って机に置き、再び口を開いた。
「じゃあ、聞かせてもらおうかね……アンタの出した答えとやらを」
静かに告げられた言葉に誰もが反応し、フェイトへと視線が集中する。
そんな中、先日いなかったために事情を知らないアルフは頭に疑問符を浮かべる。
そして一番近くにいたエイミィに何のことかと尋ね、軽く事情を話されて納得したように頷き、自分もフェイトへと視線を向ける。
自分の主人がアイラの出した質問に対して、どんな答えを出すのか……それはアルフにとっても非常に気になる。
たとえどんな答えを提示されたにしても、アルフがフェイトを人間じゃないと思うことなどありはしない。
だけど気にはなる……彼女が出した人間と呼ぶに相応しい定義というものが一体どんなものかということが。
「私の、答えは……」
視線が集中する中、一度だけアイラから視線を逸らして別の場所へと向ける。
その先にいたのは、なのは。突然視線が合ったことに彼女は少しだけ驚いていた。
彼女のそんな様子にフェイトは少しだけ苦笑し、加えて覚悟が決まったのか、視線を戻す。
そして一度は切った言葉をアイラの目をしっかりと見返しながら、静かに告げた。
「『心』です」
答えが口にされてから数秒間、場は静まり返ったままだった。
それは答えが予想以上に単純なものだった故か、それとも迷い無く告げられた故か。
理由はおそらく誰もが違うだろうが、皆は言葉を紡げぬままフェイトを見るしかなかった。
そんな中、質問を出した本人だけは違い、答えに納得したように頷いていた。
「そんな答えが来るだろうとは思っていたよ……でも、理由はちゃんと聞かせてもらう。なんでアンタが人に必要なものが『心』だと思ったのかをね」
答えを提示するだけでは終わらせず、そう思った理由をアイラは尋ねた。
その場で突発的に浮かんだものでもない限り、答えには理由が必ずあるもの。
告げたフェイトの目を見るだけでも、ちゃんと理由があってのことだというくらいちゃんと分かる。
だからこそアイラはそう尋ね、思ったとおり理由がちゃんとあるフェイトは小さく頷き、それを語りだした。
「正確には私だけで出した答えじゃありません。今日、偶然出会ったある人にヒントを貰って、それでこの答えに辿り着きました」
「ヒント、ねぇ……ちなみに、どんなヒントだったんだい?」
「えっと、そのヒントというのがあの人なりの答えなんですけど……人に必要なものは喜んだり、悲しんだり、怒ったりできること。つまり、『感情』だと教えてくれました」
「感情かぁ……なるほどね。確かに、それも立派な答えではある。で、アンタはどうしてそのヒントから『心』という答えを導き出したんだい?」
「……その人の『感情』という答えから、私はある人を思い浮かべました。その人はどんなに冷たくあしらわれてもめげなくて、誰かのために喜んだり、悲しんだり、怒ったりできる、優しい人。そしてその人がいたからこそ、今の私がここにいる……」
語りがそこまで達すれば、全員がある人というのが誰なのか想像がついた。
PT事件でフェイトを説得しようとして、何度失敗しても諦めることをしなかった人。
そして最後にはフェイトを友達だと言ってくれた、彼女にとってとても大切な人。
「その人は……なのははきっと、優しい『心』を持っているからそんなことが出来た。『心』があるから、私のことで悲しんだり、怒ったり、喜んだり出来た……だから私は、人に必要なものが『心』だと考えました」
人形のようだった自分と比べて、なのはは感情がとても豊かだった。
それはなのはが人間だから、優しい『心』を持った人間だからこそ出来たことなのだろう。
フェイトの導き出した答えはそういうこと。そして同時にそれは、自身に『心』がないという言い方にも聞こえる。
なのはのように自分は優しくない。感情も顔に上手く出せない。だから、自分は人間じゃない。
そういう意図が言葉からは読み取れ、ある者たちは反論を口にしようとする。
だけどそれをアイラが許さず、言葉を遮るようにして上げた背中をソファーに凭れさせ、口を開いた。
「なるほどねぇ……非常に青臭い答えではあるけど、アンタのようなガキが浮かぶものなんてそんなもんかね」
聞き方によっては非難するような言葉。それにフェイトは少しだけ俯く。
だけどそんな彼女に慰めを掛けるでもなく、アイラは机に置いたお茶を手にとって啜る。
そして僅かに喉を潤した後、再びコップを置いて俯く彼女に尋ねた。
「で、それがアンタの信じる答えだと解釈して聞くけど……」
「なんでその答えで、フェイト・テスタロッサが人間じゃないと言えるんだい?」
尋ねられた言葉にフェイトは顔を上げ、少しだけ驚くような顔を見せる。
『心』がないから自分は人間じゃない。先の説明で暗黙にではあるがそう告げたはずだった。
なのにアイラはそれを再度尋ねてきた。まるで、その答えでは人間じゃないとは言えないと言うように。
だとすればもう一度ちゃんと説明すればいいはず。だけどフェイトはそれを口に出来なかった。
責められているわけでもないのに、アイラから真っ直ぐに向けられる視線を見ると口を開けなかった。
「『感情』が人と定義するのに必要というのは確かにアタシも納得できる答えだよ。今のオリウスには顔があるわけじゃないけど、声だけでも感情がよく伝わってくるからね。そして、それを総じて『心』があるから出来ることだというのも青臭いけど納得できる」
「…………」
「でも、それはアンタにも言えることじゃないのかい? アンタ、オリウスの境遇を知って可哀想だと思うことが出来たからあんなことが言えたんじゃないのかい?」
「――――っ!?」
可哀想だと思えること……それは悲しいという感情から来るものだ。
それをあのときフェイトは出すことが出来ていた。それはフェイト自身がよく分かっていること。
だからこそ思い出し驚くも反論が出来ない。自分の出した答えが、自分を人間だと言っているようなものだから。
「アンタは人間だよ、フェイト。自分で出した答えがそれを証明した……だから、その答えを信じて、自分は人間だと貫き通しな」
自分でそうだと信じ、導き出した答えだからこそ証明されたことを貫く。
それは誰に慰められ、説得されるよりも、自分が人間であると自信が持てる方法。
誰かに言われたからではない。自分が人間の定義を導き、それが人間だと証明したのだ。
「……はい」
だからしっかりと頷いた。自分の答えを信じると約束するように。
そのときの瞳には僅かに涙が溜まっている。それは、人間だと証明されたことが嬉しかったから。
嬉しくて涙が出てしまうこと……それもきっと、彼女が人間だからこそ出来ることなのだろう。
そしてそんな彼女の頭をアルフが抱きかかえ、そのことを共に喜ぶように撫でる。
「泣くこと無いだろうに……たくっ、これじゃあアタシが苛めてるみたいじゃないか」
そんな二人から視線を逸らすようにそっぽを向き、やれやれと肩を竦ませながらアイラはそう呟く。
だけどその仕草も、呟かれた言葉も、おそらくは彼女なりの照れ隠しだろう。
それが分かるからこそ、皆は彼女の様子に少しながら苦笑を浮かべていた。
あとがき
誰かに説得される、誰かに慰められる、それじゃあ彼女は救われない。
【咲】 だからこそ自分で答えを出させ、それを元に人間であると信じさせた……ってわけね?
そういうことだ。誰かにされることじゃ、いつか破錠する可能性があるからな。
その点、自分で出させた答えで証明されたら、人間だと信じる思いをより強くなる。
【咲】 自分で考えさせることでフェイト自身も少しだけ強くなれたかもね。
そうだな。とまあ、そんなわけで今回で十八話目というわけだが。
【咲】 恭也とフェイトの模擬戦はやっぱりというか、恭也に軍配が上がったわね。
仕方の無いことだよ。速度も近接技術も恭也のほうが上、その上近接戦闘に持ち込まれたら現状では勝てないって。
まあ、距離を取って魔法を撃ち、消耗させてって手がフェイトに取れるなら話は別だが。
【咲】 体力的に消耗させるとなるとかなり長期戦になるんじゃない?
確かにな。でもまあ、魔力的にはフェイトのほうが上だから、そっちで消耗させれば勝てなくはない。
【咲】 ま、どっちにしても今回は負けたわけよね。
うむ。
【咲】 にしても、今回出ているはずなのに会話がなかった人がいるわよね?
なのはだな……いやぁ、会話に交えようかと思ったけど、気づいたら出来なかった。
【咲】 腕が無い証拠よね。あんたもいい加減、少しくらい成長したらどうなのよ。
返す言葉もないです、はい……。
【咲】 はぁ……まあいいわ。で、流れ的に次回は三度目の戦闘ってことになるの?
うむ、模擬戦後に加えてこういった話があった後であれだが、事態は待ってはくれないのだよ。
【咲】 まあ、そりゃそうよね。それで、今回守護騎士側として派遣されたのが出たわよね。
ギーゼな。彼も守護騎士との三度目の戦闘にて登場する。しかも、ある人と戦う。
【咲】 それは実際いいわけ? 確か以前にカルラから脅しを受けてたはずじゃない?
ふむ、確かにな。だけど、実際問題あの脅しは……とと、ここからは次回のお楽しみにだな。
【咲】 ふ〜ん……まあ、なら次回を待ちましょう。じゃ、今回はこの辺でね♪
また次回会いましょう!!
【咲】 じゃあね〜♪
フェイトの出した答え。
美姫 「自分が出した答えだからこそ、アイラの言葉にも納得できたのかしらね」
さてさて、やはりというかヴォルケンリッター側に味方が誕生。
これにより、戦力差はどうなるのか。
美姫 「いずれぶつかる事になるだろうけれど、本当に楽しみね」
うんうん。次回も待っています。
美姫 「待ってますね〜」