謎の少女が皆の前に姿を出すよりも一時間ほど前。

とある施設らしき場所の一室にいた男――ジェドは妙にそわそわしていた。

いつもは研究やら書き物やらで暇をしていることなどないのに、今は椅子に座るだけで何もせず。

ただ傍目から見てもソワソワしていると言えてしまうぐらいに落ち着きなく時計を見ては視線を戻す。

そしてその時折で溜息をつき、ペンを手に持ってはまた机に置いてを繰り返している。

 

 

――コンコン

 

 

そんな落ち着きない様子だったジェドの耳に突然扉を叩く音がする。

室内に響き渡ったその音から間もなくして聞こえた扉を開ける音に彼はバッと立ち上がる。

そして僅かばかりの笑みを浮かべてそちらを振り向くも、入ってきた人物の姿を確認すると笑みが一瞬で消えた。

 

「失礼するっスよ〜……って何スか、その顔は? 今度はちゃんとノックもしたっスよ?」

 

「いや……ただシェリスが帰ってきたのかと思ったらお前だったから落胆しただけだ」

 

「シェリスちゃん? あ〜……そういえばまだ帰ってきてないっスね。この時間帯なら大体戻ってくるのに」

 

入ってきた相手を前に微妙に失礼なことをジェドは言っているが、女性もそこは気にしない。

というか少なくとも今のジェドに対して文句を言うだけ無駄なのだ。娘のシェリスが絡んでいる、親馬鹿モードのときは。

そんなわけで彼の失礼な物言いはあっさり流し、内容を聞いた後に時計を見て彼女も疑問を浮かべる。

時計が指していた時間は九時前後……この時間ならば父親が心配するからとシェリスは大概帰ってきている。

なのに今だシェリスは帰ってきてはおらず、この親子と付き合いが短くないその女性も不思議に思ってしまう。

 

「ん〜……何かあったんスかねぇ、シェリスちゃんに」

 

「何か? 何かとはなんだ?」

 

「いや、そこはウチにも分かんないっスけど……」

 

「なら憶測でものを言うな、この馬鹿者が」

 

「うわ、理不尽な罵倒っスね……」

 

さすがに顔を少し顰めながらそう言い、同時に通信を取ればいいんじゃと考える。

だがその考えは思い付いてすぐ消えた……現在の彼が通信を取っていないなどありえないことだから。

それでいて尚この状態ということは、シェリスが通信にさえも出てはいないということを意味している。

だとすればジェドでなくとも多少関わりを持っている彼女でも心配の一つはする。

故に女性はジェドのソワソワする姿を視界から外しつつ、懐から取り出した小型の機械のボタンを押して耳に当てる。

 

「こちらアドルファ、こちらアドルファ……聞こえてるっスか〜?」

 

『聞こえている……何用だ?』

 

「あ、その声はギーゼっスね。いや〜、ちょっと頼みたいことがあって連絡したんスけど……今いいっスかねぇ?」

 

『その頼みたいことというのはもしや、シェリス嬢のことか?』

 

通信相手が返してきた言葉に女性――アドルファは珍しく驚きを浮かべる。

実際彼女は何に対してもちゃらけた態度を取るため、こういった驚きを露にした表情は少ない。

そんな彼女が珍しく表情で驚きを露にしたのだ……どれだけ相手の発言が予想外だったかが分かる。

相手側もアドルファが驚くことを予想していたのか、耳に当てた通信機器から微かな笑い声が聞こえてくる。

その笑い声に彼女は表情を一転させて面白くないというような顔を浮かべるが、それは相手に見えることはない。

だが聞いたことに対して答えが一向に返ってこないことからそれを察し、短い謝罪と共に言葉の続きを述べた。

 

『シェリス嬢のことならこちらのモニターで確認している。どうやら管理局と交戦中のようだな』

 

「管理局との交戦にしてはずいぶんと時間が掛かってるっスね……何かあったんスか?」

 

『ふむ……多少腕は立つようだが、管理局の者自体にはさほどシェリス嬢が苦戦する要素はない。だが、管理局員の中にどうやら『蒼天の剣』がいるようだ……そして『剣』に選ばれた主も、かなり腕が立つ。これならばシェリス嬢が苦戦するのも無理はないだろうな』

 

「ふぅん……で、どんな手を打ったんスか? まさか、ギースたちもただ見てただけじゃないっスよね?」

 

『さすがにお見通しか。確かに、こちらでも不味い状況だと判断した故に救助としてカルラを現地に向かわせた。あの娘の働き次第ではあるが……まあ、少なくとも後一時間もすれば戻ってくるだろうな』

 

「ふむふむ、それは結構っス。じゃあ、確認事項も終えたところでこちらも立て込んでるっスから、悪いけど切るっスよ〜?」

 

『ああ』

 

その言葉を最後にアドルファは通信機を耳から離し、ボタンを押して通信を切る。

そしてそれを懐に再び仕舞い込むとジェドのほうへと向き直り、小さな溜息をついた。

視線の先にいたジェドは先ほどの通信会話での彼女の発言を聞いていなかったのか、今だソワソワした様子。

シェリスやら――やらが関わると途端に変貌するのは知っていたが、何度見ても呆れることは止められない。

だが、冷静な判断力を戻させるには彼にちゃんと説明するしかなく、多大な罵倒覚悟で彼へと歩み寄っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第一章】第十三話 歪んだ研究の協力者

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間と場所を戻して、夜中十時前後の海鳴市上空。

突如現れた謎の少女、そして告げた発言を前に皆は一様に呆然とした様子となる。

なのはを助けたかと思えば、後の発言ではシェリスの仲間と言うかのような言葉。

しかし、言葉を向けられ手を差し伸べされたシェリスも目の前の少女のことなど知らないといったような表情。

仲間だと言うのならばなぜシェリスが知らないのか。彼女の仲間ならなぜなのはを助けたりしたのか。

何もかもが分からず、ただ豹変した事態と浮かんだ疑問に今だ頭がついてこずに立ち尽くすしかなかった。

 

《どうしたの……?》

 

差し出した手を下ろさぬまま、少女はシェリスが行動を起こさないことに首を傾げる。

その姿は非常に無防備。周りが襲い掛かってくるかもしれないのに武器すらも手に持たず、警戒すらも見えない。

状況をちゃんと理解していないようにも見えない。かといって誰に襲い掛かられても退ける自信があるようでもない。

ならばなぜこの状況で一切の警戒心すらも窺わせないのか……本人でもなければそんなこと分かる余地もなかった。

 

《シェリス……?》

 

「お姉ちゃん……誰なの?」

 

再び掛けられた念話にシェリスはとうとう疑問を言葉にして聞いた。

見たことも会ったこともないはずの少女が、一体何者なのかという疑問を。

その言葉に少女は再び不思議そうに首を傾げるが、数秒後に理解したとばかりに手を叩く。

 

《そういえば私たち、会ったことなかったね。急いでたから少し性急にし過ぎちゃった……ごめんね?》

 

「それは別にいいんだけど……それで、結局誰なの?」

 

《ん……私はカルラ・クラムニー。素性は、簡単に言っちゃうと博士の研究仲間かな?》

 

「にゃ……じゃあ、パパのお友達ってことなの?」

 

《直接会ったわけじゃないけど……うんまあ、そういうことになるかな》

 

少しだけ苦笑しながら少女――カルラは手を下ろしてゆっくりシェリスへと歩み寄る。

浮遊魔法で宙を飛んでいる状態なのに、まるで空中を歩くかのようにゆっくりと……。

その行動に呆然としていた皆はやっと我に返り、同時に歩み続けるカルラへと向かって一部の者が駆け出した。

彼女をシェリスに近寄らせたらどうなるか……先ほどまでの疑問と違ってそんなことは容易に分かることだから。

しかし、動き出した皆に対してカルラは足を止め、全員に視線を向けることもなく――

 

 

 

 

 

《……戦いたくは、ないのだけど》

 

――呟くような言葉と共に、橙色の魔法陣を展開した。

 

 

 

 

 

展開した魔法陣が光り輝き、カルラ自身の周囲に同色の光弾を多数生成する。

駆け出した者たちはそれを目の当たりにすると驚きを浮かべ、足を止める羽目となった。

それはどんな魔法が繰り出されるかというのも理由だが、大きな理由は彼女の術式構成速度だった。

手が長い袖によって隠れているから絶対とは言えないが、それでも腕の長さからして隠れているのは僅か。

とすればデバイスを持っていたとすると袖の外に見えるはず……なのに彼女の袖からは何も出てはいない。

故にこれを何も所持していない無防備状態と判断して動いたのだが、あろうことか驚きの速度で魔法の術式を組んだ。

補助魔法系全般ではあるがユーノでも簡易なもの以外のときは言霊を詠唱することで術式を組み上げている。

相当大きな魔法であるのならデバイス持ちでさえも言霊詠唱は必須。

なのにどうやって彼女はこのような高速で術式を組み上げたのか。どうやって言霊の詠唱を破棄したのか。

一介の魔導師であれば誰でも疑問に思うこの事実……だけどその答えは予想外の方向で明かされることとなった。

 

《散りゆけ遠雷……》

 

Orage distrait》

 

言葉と共に右手を振るう彼女に続いて聞こえてきたのは、無機質な別の声。

そして響いた声に応じるかのように振るわれた右手の袖内部から一瞬だけ橙の光が見えた。

このことだけで皆はどういうことかをすぐに理解し、音声と共に放たれた光弾を避けるべく動き出す。

ただ、なのはとフェイトに向かってだけは光弾が放たれることはなかった。

それは先ほど言葉にした通り、本来なら戦いたくはないから。だから戦意がないと分かっている相手は襲わない。

故に光弾が向かうのは最初に駆け出した恭也、アイラ、クロノのみであり、三人は驚きを浮かべて回避行動を取る。

 

《グローブ型のデバイスか……くそっ、気づかなかったとはいえ迂闊過ぎた》

 

《だが魔法自体にそこまで速度はない。これなら――》

 

確かに誰もが見る限りでは脅威と思うほど放たれた光弾自体に速度はない。

故に誰もが避けるのは容易と考え、それを避けた後のことを頭で考えようとする。

だからそれは誰も予想外だった。放たれた光弾の進路上から退き、彼らの横を通り過ぎるかに思われた光弾が――

 

 

――バチッという音と共に無数の弾へと分裂拡散した光景は。

 

 

「「「「「っ!?」」」」」

 

分裂拡散した光弾の脅威に晒される三人も、それを見ていたなのはとフェイトも一様に驚愕する。

放たれた魔法の光弾がまさか分裂を引き起こし、拡散するなどとは普通は考えない。

だからこそ完全に予想外という他無く、驚きを浮かべつつも回避行動が間に合わずに三人は障壁を展開する。

分散して纏まっていたときよりも速度を増した光弾が障壁へと多数ぶつかり、轟音と言えるほどの音を響かせる。

その耳に捉えつつカルラは右手を下ろして周りで煙が舞う中を再び歩み、煙が消える前にシェリスの前へと辿り着いた。

 

《じゃあ、帰ろっか? 博士だけじゃなくて、あそこにいる皆も心配してるから》

 

「でも、お姉ちゃんも連れて帰らないと……」

 

《大丈夫。居場所はもう分かってるから、後は捕まえるだけ……時間は一杯あるから、急ぐ必要はないよ》

 

その言葉にちょっとだけ不満そうにしながらも、父が心配していると言われれば帰らざるを得ない。

だからこそシェリスは素直に頷いて返し、それを見たカルラは微笑を浮かべると共に転送魔法を行使した。

それによってシェリスの姿はその場からなくなり、続けて自身も転送しようと同じ魔法を使用しようとする。

しかし、その行動は煙が巻き上がる方面から飛来した青の光弾によって遮られることとなった。

 

《っ……》

 

《Nihiliste bouclier》

 

高速で飛来した光弾に対して、カルラのデバイスが気を利かせて障壁を展開する。

展開された菱形の盾によって光弾の進路は遮られ、盾へとぶつかって爆発を引き起こす。

爆発で引き起こされた煙が立ち上がり程なくして消え失せた後に、彼女は光弾の飛来した方向へと視線を向ける。

 

《まだ、邪魔をするの……?》

 

「ここで君を逃がすわけにはいかないからね。彼女に逃げられたのなら、尚更だ」

 

言葉を返したクロノに同意するように、煙の晴れた中から他の面々も彼女を囲むように移動する。

魔法を向けられなかったなのはもフェイトも、誰もがカルラを逃がすまいと包囲する。

逃走の手助けをしたからというのもある。だが、それ以上に彼女はジェドの起こした事件について重要なことを知っている。

シェリスとの会話を聞くだけでそのことに確信がつくから、尚のこと彼女を逃がすということは出来ない。

 

《あなたたち二人も、同じ考え……?》

 

「「…………」」

 

続けて向けられた視線と言葉になのは、そしてフェイトは頷くことで答える。

助けてもらったことに関しては感謝している。だけど、事件と関わりが深いなら逃がせない。

しかし二人が抱く前提となる考えは恭也たちやクロノとは明らかに異なっている。

二人が持つ考えはカルラからシェリスのことを詳しく教えてほしいという、ただそれだけのこと。

彼女自身のことが少しでも分かれば、彼女を説得する手立てが浮かぶかもしれない。戦わなくてもいいかもしれない。

ただ何も知らぬままに戦い続けたくないから。本当にそれだけの理由で二人はカルラを止めようとしている。

 

《…………はぁ》

 

でも、そんな考えも言葉に出さなければ伝わるはずなどない。

伝わらなければ管理局として、ただ犯罪者だから捕まえようとしているようにしか見えない。

だからカルラは僅かに溜息をつく。だけど囲まれている状況に対して目には焦りなどは浮かばない。

浮かぶのは哀しいといった感情。まるで全員を哀しい生き物だとでも言うかのような、そんな瞳。

 

《本当はこんなこと、言いたくはないのだけど……仕方ないよね》

 

哀しみの色を浮かべながら肩を竦ませ、僅かに目を閉じる。

だがすぐに閉じられた瞳は開かれ、変わらぬ静かな口調ではっきりと告げた。

 

《脅すようで悪いのだけど……言わせてもらうね》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《私は今……あなたたちの全てを奪える状況下にある》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女が何を言ったのか、一瞬理解が出来なかった。

でも僅かに間を置いた後に一瞬停止した思考が活動を始め、言葉を理解させる。

しかし皆は分からない……どうしてそんなことをこの状況下で口にしたのかということが。

全てを奪えるというのなら多少困難であったとしても、彼女を捕まえれば問題などはない。

むしろそんなことを告げればより危険な存在と判断され、捕らえるという考えが強まるのは必然だ。

だというのになぜ皆の考えを煽るようなことを言うのか……危機感以上にそんな疑問が頭に浮かぶ。

 

《意味が分からないって、感じだね…………まあ、今の言い方じゃそれも仕方ないかな》

 

「どういうことだ……」

 

《ん……じゃあ、もう少し分かりやすく言うね。私を含めた仲間全員は今、あなたたちの大切な物、大切な人……それら全てをすぐにでも壊せる位置にいる》

 

言い直された言葉は誰もを声も出ないほどに驚愕させた。

当然だろう……彼女の言葉を鵜呑みにするなら、彼女の他にも仲間が存在する。

そして彼女を含めた仲間全員が、この場にいる誰もの大切なものを奪える位置に存在しているというのだから。

ただ、それはこの場にいる物たちの個人的な情報がなければ出来ないはず。だけど、彼女の表情を見るとハッタリには見えない。

もしハッタリではなく真実を告げているのだとすれば、この事実は彼らを脅しているといって間違いはなかった。

 

「自分たちと縁ある者、全てが人質だということか……」

 

《そう。あなたたちが私たちや博士たちを追い続け捕まえようとするなら、私たちはその手段を取らせてもらう。でも、私たちとしてもそんなことしたくはない……私たちの成すことは人を殺すなんてことじゃないから》

 

「じゃあ、君たちの狙いはなんだ? その成すべきことというのに、ジェドやシェリスが関わっているというのか?」

 

《彼らが関わっているというのは肯定しておくけど、それ以外は黙秘。管理局と関わりがあるあなたたちが知っていいことじゃないから》

 

これ以上話すことはもうない。そう告げるかのように彼女は再度目を瞑る。

そして右手を前へと出して横に振るい、魔法陣を広げて転移魔法の術式を構成し始める。

それに対して逃がしてはならないという考えがあっても、皆は止めるべく動き出すことが出来ない。

脅しが本当であったのなら、ここで彼女を捕らえようとする行動は人質を殺してくれと言っているようなものだから。

真偽がどうであれ迂闊な判断、行動は避けるべき……だからこそ、彼女が逃げるのを見ているしか出来ない。

 

《ああ……またいずれ、どこかで会うことになると思うから、一応私の名前を教えておくね》

 

「名前はさっきシェリスと話しているときに聞かせてもらった。確か、カルラ・クラムニーだったな?」

 

《正解。仲間内からじゃ『虚無』のカルラなんて呼ばれてる……以後よろしくね》

 

そう言って一度だけ微笑むと同時に構成が完了し、彼女の姿はその場から消え去った。

カルラが消えてからすぐにクロノは通信にてエイミィに駄目元で追跡は出来たかと聞くが、答えはノーであった。

結局、守護騎士にもシェリスにも、そして突如現れた少女カルラにも逃げられてしまった。

その事実は全てに於いて作戦失敗を意味し、誰もに落胆という様子をさせたのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

転移によって帰るべき場所に帰ったシェリスはまっすぐにジェドの部屋を目指した。

カルラが言っていたジェドが心配しているという一言により、向かう足はやや駆け足気味。

通路を一直線に走り、速度を落とさず曲がる角を曲がり、程なくして彼女は彼の部屋前に辿り着く。

そして辿り着いた部屋の前にて少しだけ深呼吸をし、ニコッと笑みを浮かべて扉を勢いよく開いた。

 

「ただいま〜!!」

 

扉の開いた音と入ると共に口にした声に、部屋の奥にある机前にいた彼は振り向く。

振り向いたときの彼の顔には僅かな驚きが見られたが、すぐに笑みを浮かべてシェリスの元へと歩み寄る。

 

「お帰り、シェリス。無事に帰ってきてくれてほんとに何よりだ」

 

「にゃ〜……心配かけてごめんね、パパ」

 

ちょっとだけシュンとするシェリスへ気にするなと言うようにジェドは彼女を抱き上げる。

そして頭に手を置いて優しく撫でていき、彼女への愛おしさを現すかの如く頬を摺り寄せる。

すると落ち込み顔だったシェリスはすぐに元の笑みを浮かべ、彼に抱きつく力を強めた。

 

「あの〜……そういうのは二人きりとかのときにしてもらえないスかねぇ?」

 

「「ああ(うにゅ)……いたんだ(な)、アドルファ(お姉ちゃん)」」

 

「うわ、二人して酷いっスねぇ…………まあ、いいっスけど。それよりも博士、シェリスちゃんも帰ってきたところで少しお話が……」

 

アドルファが口にした言葉に対して、ジェドはあからさまに嫌そうな顔をする。

話があるというだけでなぜそんな顔をするのかということは彼女にも分かるが、やはりムカッとはきてしまう。

だが何度も言うようにこの親子に文句を言うだけ無駄故、何も言うことなく近場の椅子に腰掛ける。

重要性が薄い話ならばこの顔を向けられた途端に前言撤回する。だけど彼女は撤回もせず部屋から出ることもない。

それ故に話の重要性がある程度あるということを理解し、不満ながらもシェリスを地面に下ろして一言二言何かを告げて退室させる。

 

「それで……話というのはなんだ?」

 

「えっとスねぇ……シェリスちゃんと交戦していた相手側の情報をウチの仲間が調べたんスけど、そのことで博士にお聞きしたいことがあるんスよ」

 

「ふむ……」

 

話を耳にしつつジェドは元の位置へと戻っていき、机前の椅子へと腰掛ける。

そしてアドルファのほうへと向き直り、肘置きにて頬杖をつきながら視線で続きを促す。

その視線の意味を理解した彼女は一呼吸間を置き、いつもよりも僅かに静かな声で聞いた。

 

 

 

「クロノ・ハラオウンって名前に……聞き覚えはないっスか?」

 

 

 

口にされた名前にジェドは目を僅かに見開き、だけどすぐに元へと戻す。

まさかその名前がと驚いたのは一瞬だけ……さすがに信じられないという考えまではいかない。

だから彼は目尻を指で軽く揉みつつ、彼女の質問に対する答えを告げた。

 

「クライドとリンディくんの子供か……一度シェリスから特徴を聞いたときにまさかとは思ったが、あの子が私の調査しているとはな」

 

「ふむふむ、やっぱり知ってたっスか。だとすると偶然って怖いっスねぇ〜……博士の知り合いが博士の起こした事件を追うなんて」

 

「確かにな。もっとも、当時小さかったあの子が私のことを覚えているとは思えないがな……」

 

僅かに当時のことを思い出し、彼は感傷に浸るような表情を見せる。

だがこのときもすぐに元の表情へと戻す。感傷に浸ったところで昔になど戻れないから。

出来ないことを考えるよりも、今成しえなければならないことを考えるほうが意味あること。

故に不毛なことよりも意味あることを優先する……それがジェドという男である。

 

「で、本当の用件というのはなんだ? お前のことだ……たったそれだけが言いたいから聞いてきたわけではないだろ?」

 

「その通り、本題はここからっス。以前のシェリスちゃんからの証言で相手がクロノ・ハラオウンだということは断定出来たんスけど、管理局のどの部隊が動いているかは正直分からなかったっス。でも、今日の面子をウチの仲間がモニターで見た結果、部隊の特定をすることが出来たんスよ」

 

「部隊の特定、か……それだけでは特に有益な情報とは思えないな。そもそも私はこの研究を始めたときから管理局が動いたとしても成し遂げると決心している。管理局が如何に選りすぐりの部隊をこの件解決に仕向けたとしてもな」

 

それこそが彼の決意。研究に対して自分の人生を賭けているという証拠。

大切な家族の一人を失ったときに苦悩し、悩みに悩んだ末に彼が導き出した答え。

世の中の全員に否定されようとも、死した家族が残した宝物を必ず守るという彼の意思。

強く固いそれを今一度目の当たりにしたアドルファは少しだけ驚くも、後になぜか薄っすらと笑いを浮かべる。

 

 

「それは、今回の事件担当に選ばれた部隊が……アースラの面子だったと言ってもっスか?」

 

 

悪戯を楽しむ子供のような笑みと共に口にされた言葉は少なからず、ジェドの意思を揺るがした。

管理局の大概の情報はアドルファから定期的に齎されている。故に最近の部隊構成も把握はしている。

だからこそ意思が揺らいでしまう……時空艦アースラの艦長を、クロノの母であるリンディが勤めているということで。

そしてジェドがこういう反応を取ることは彼女も予想通り。そしてここからが彼女が見ておかなくてはならない部分。

彼の決意がどこまで固いのかを調べる質問で、彼がどういった答えを出すのか。それによって彼女の行動は変わってくる。

だからこそ、これは非常に重要。故に彼女は笑みを浮かべていても一切彼から目を逸らすことはなかった。

そんな一心に向けられる視線に対してジェドは先ほどよりも僅かに俯き加減になり、黙り込んでしまう。

やはり自分と同じ悲しみを負った者相手では駄目か……その様子に彼女がそう考えようとした途端、ジェドは閉じていた口を開いた。

 

 

「そうだ……たとえ彼女がいる部隊であったとしても、私は立ち止まることは出来ない。いや、立ち止まってはならないっ」

 

 

言動は非常に力強く、足の間で組まれた手にも震えるほどに力が篭る。

かつての友人を裏切ってでも成さなければならない。そう考えるほど強い決意なのだと窺えた。

だからアドルファは笑みを少しだけ嬉しそうなものへと変え、パチパチと軽く拍手をする。

 

「いや大した決意っス。やっぱり、あのときのウチの目に狂いはなかったってことっスね♪」

 

何がそんなに嬉しいのかは分からない。彼女の言うあのときというのが何時かも定かではない。

だけど彼女にとってはこの答えが聞けただけで満足なのか、立ち上がって部屋を退室しようとする。

去りゆく後姿に彼が呼びかけることはない。そもそも呼び止める理由など存在しない。

だから俯いたまま何も言うことはなかったのだが、扉に手を掛けた時点で予想外にも彼女が口を開いた。

 

「大丈夫っスよ、博士。彼らはウチらが抑制しておくっス……だから、それに関して博士が心配する必要はないっスよ」

 

「抑制? それは一体どういう――」

 

言葉に対して疑問を返そうとするも、最後まで口にされることなく扉が閉まる音が響く。

その行動は人の言葉を最後まで聞かない自分勝手とも、質問は避けて欲しいと言っているようにも取れる。

だが彼にとってはどちらでもいいかもしれない。抑制の意味が分からずとも、彼女たちの言うことはいつも真実。

そして真実だと信用できるから安心も出来る。少なくとも、リンディたちを殺さなければという最悪の結果は免れそうだから。

抑制ということは彼女たちが意に反したことをすれば殺すという意味とも取れるが、彼女たちがそんな馬鹿なことをするとは思えない。

だから彼女をこれ以上追い込まなくてもいいという事実に安心し、そして初めてアドルファに……感謝した。

 

 


あとがき

 

 

ジェド・アグエイアスに関する事件に対して、少し追い込まれたな。

【咲】 そうねぇ。あの言い方だと、手を出すどころか下手に調査したりすれば……。

手を下すだろうね、彼女たちは。つまり、事件の調査さえ制限された状況下だな。

【咲】 でもどうやって個人情報を調べてるのかしらね、敵さん。

まあ、彼らには独自の情報ルートがあるからね。それで調べてるとだけここでは言っておこう。

【咲】 ふ〜ん……ていうかさ、今回名前が明かされた謎の少女とジェドの傍にいる女性って本当にジェドの仲間?

協力関係上での仲間だな。ジェドにはジェドの目的があるように、彼女たちには彼女たちの目的がある。

【咲】 目的、ねぇ……で、結局のところ彼らって何者なわけ?

単刀直入だねぇ。ま、どう聞かれてもここでは答えられないかな。

【咲】 なるほどね。答えられないほどに彼らの存在は重要ってことね。

そゆこと。あ、ちなみにだけど……彼らって言ってもそれほど人数いないから。

【咲】 少数精鋭ってことかぁ。少なくともあの二人以外では一人だけ挙がってはいるけどねぇ。

ああ、ギースのことな。でもこれって愛称だから、正式名称はもうちょっと長かったり。

【咲】 それも今は明かされないってわけね?

そういうことだな。ま、明かされるときがくるのを待っといてくれや。

【咲】 はいはい。それで、今回のことで一変した状況の中、恭也たちやなのはたちはどう動くの?

ふむ、当面は闇の書事件に集中だろうね。で、秘密裏に彼らのことも調査するという形になる。

【咲】 ちょっとした命賭けねぇ……ま、賭ける命は自分たちのものじゃないけど。

だからこそ彼らも慎重に動かざるを得ないのだよ。自分たちのヘマで関係ない人まで巻き込めないだろ?

【咲】 そりゃまあ、確かにねぇ……でも、皆が慎重にしてもシェリスがいるから関わらざるを得ないでしょ?

確かに、守護騎士側と通じてるシェリスが再び現れる可能性は大だ。だから、そこの辺の対処も考える羽目になる。

【咲】 結局のところ、次回以降にならないと分からないことね。

だな。てなわけで、今回はこの辺にて!!

【咲】 また次回も見てくださいね♪

では〜ノシ




見事にしてやられたな。
美姫 「本当よね。でも、あんな状況で見逃すしかないじゃない」
今後、どうやって動いていくんだろう。
美姫 「気になる次回はこの後すぐ!」



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