誰もがシェリスの発言に疑問を抱き、意味を求めるように視線を集中させる。
集中する視線が向かうのはシェリスが言葉を放った相手、恭也とオリウスに向かって。
だが、視線が多数向けられても恭也もオリウスもその疑問に対して答えることない。
語る必要がないと思っているのか。それとも悠長に語っている状況ではないと考えているのか。
どちらかは分からないが二人は皆に何かを告げることもなく、まっすぐにシェリスを見据える。
「にゃ〜、そのお兄さんがお姉ちゃんの選んだ主さんなの?」
《そうだけど、何か文句でもあるわけ?》
「ううん、別に文句なんてないよ? ただ優しそうな人で羨ましいな〜って思っただけ」
恭也を初めて目にした大概の者は第一印象として少し怖そうな人と見る。
しかしシェリスは初めて見たにも関わらず、恭也のことを優しそうな人と言った。
このことからシェリスが人の本質を見ることに長けているということがよく分かることである。
「でも、いくら良い人見つけたからって家出は駄目だよ。パパが心配してるよ?」
だが、本質を見るのに長けていても人の気持ちはちゃんと理解しない。
なぜオリウスとアイラがジェドの元を去ったのか、一体ジェドの成すことにどんな気持ちを抱いたのか。
何もシェリスは理解しようとせず、ただ家族が皆いたときの過去ばかりを思い浮かべる。
誰もが笑顔で仲良く……シェリスはもちろん、オリウスやアイラもジェドを慕い、尊敬していたときの過去。
昔が今も色褪せず残り続けるからこそ、シェリスは今の二人の行動が理解できない。理解しようとしない。
だからこそシェリスの言動はオリウスにもアイラにも怒りという感情しか抱かせはしないのだ。
「アタシらは手段を間違えた奴の下になんか戻らねえ。加えてそれに気づかないてめえにも従わねえよ」
「でもでも、パパは皆のためにやってるんだよ? 皆がずっと一緒に、幸せになれるようにって」
《願うことが良い夢でも手段を間違えた先にあるのは歪んだ現実……つまりはそういうことだよ、シェリス》
「うにゅ……シェリス、お姉ちゃんたちみたいに頭良くないから分かんないけど――」
姉のように頭が良くない。それを理由にシェリスはいつも考えることを放棄する。
それは物事を考えて行動する姉と相反した、考えずに行動するシェリスの性格故。
だから以前なのはたちの前で告げた通り、シェリスに対して説得という手段は無意味でしかない。
「お姉ちゃんたちがどうしても帰らないって言うなら、シェリスは力ずくでも連れて帰る。そう、パパと約束したから……」
説得が無意味だから、結局は実力で捕縛するしか手段はない。
それを体現するかのようにシェリスはデバイスを構え、ガチャンと空の弾丸を排出する。
そして同時に同じ音を立てて新しい弾丸を装填し、瞬時に先端へと魔力を集束させる。
「くっ、全員散開!! 急げっ!!」
集束し始めた魔力を前に焦りを表に出したアイラの声が響く。
その声に皆が弾かれたように各自バラバラに飛び立った瞬間――
《Grimgerde》
――デバイスの音声と共に、複数の蒼い閃光が放たれた。
魔法少女リリカルなのはB.N
【第一章】第十二話 蒼き閃光の檻
シェリスの正面と左右にいた者たちは散りじりに飛び立ち、閃光を避けることに専念する。
それ以外、真下にいたクロノはシェリスに対して魔法を放ち、アルフは砲撃している隙を狙って拳を叩き込もうとする。
しかし、二人のその選択は誤り……アイラの叫んだ言葉に従わなかった故の間違いだった。
《PandoraBox》
「なっ!?」
接近したアルフを取り囲むのは、蒼い色をした魔力の壁。
それが前後左右、上下すらも取り囲み、人一人入るのがやっとなほどの空間を作り上げる。
空間内に閉じ込められたアルフは当然停止するしかなく、加えて外部の光景が遮断されたことに動揺を浮かべる。
アルフの動きを止めたと同時にシェリスはクロノの放った魔法を避け、上空にて再びアルフに向けてデバイスを構える。
「お邪魔なの……」
《Grimgerde,Burstshift》
呟きと共に放たれるのは、先ほどとは異なった一本に集束された閃光。
集束されているからこそ威力も絶大。加えて逃げ場を失ったアルフに避ける手段はない。
バリアブレイクを放とうにも間に合わず、周りから助けるのも距離がありすぎる。
結果、放たれた閃光はアルフへと到達し、逃げ場を閉ざす蒼き箱もろとも直撃して爆発を引き起こした。
「アルフっ!!」
フェイトの叫ぶ声が響く中で、爆発の煙内から下へと向けてアルフが落ちていく。
そのまま落ちれば地面と激突……さすがにそれは避けるためにフェイトが即座に動き、アルフを宙で受け止める。
そしてそのまま地面へとゆっくりと下ろし、アルフの安否をすぐさま確認する。
外傷はあるにはあるが致命傷と呼べるものはなく、気絶しているだけで息もしっかりとしている。
おそらくは非殺傷にしてあるからこそその程度で済んだと言え、フェイトは少なからず安著の息をついた。
「馬鹿が……避けろって言ったのに、言うこと聞かず突撃するからそうなるんだよ」
吐き捨てるように告げられた言葉に思わずフェイトは顔を上げ、口にした本人であるアイラを睨む。
だが反論は出来ない……確かにアイラは逃げろと声を大にして告げたし、それに従わなかったアルフに非がある。
それでも心配するのではなく蔑むかのように告げられた一言には出来なくとも反論したくなる。
それがもっとも身近な者、家族と呼べる存在に起こったことであるのなら尚更だ。
「そんなこと言うものじゃない。確かにアルフにも非はあるが、あんな攻撃は誰も予想できるはずもない」
《そうだね。事前に聞いても相手の攻撃手段が把握できるわけじゃないし、こうなっても仕方のないことだよ》
そんなフェイトの代わりにアイラを嗜めたのは恭也とオリウス。
二人の一言によってアイラはおざなり気味にはいはいと告げ、即座に武器を手に飛び立つ。
その後ろ姿を見つつやれやれと思いながら、恭也は念話にてアイラの代わりにフェイトへと謝罪し、アイラの後へと続く。
状況が状況故にやられたアルフに構っている余裕などないはずなのに、軽くとはいえフォローしてくれた。
そんな二人にフェイトは少しだけ内心でお礼を言いつつ、近づいてきたユーノにアルフのことを任せる。
回復に関してフェイトは専門外故、補助関連が得意のユーノに任せるしか手段はない。
心配ではあるが先ほども言ったとおり状況が状況だ。下手に専門外の自分が留まっても皆の迷惑にしかならない。
だからこそユーノにアルフの治癒を任せ、フェイトは相棒と共に再びシェリスへと向けて空へと飛び立った。
アルフを撃墜した後、シェリスはなのはたちを前に凄まじいほどの立ち回りを見せていた。
なのはによってコントロールされる魔力弾を自身の放つ魔法でタイミングよく相殺し、同時にクロノの攻撃は全て避ける。
加えて後からやってきたアイラや恭也、フェイトの近接攻撃も全て障壁で防ぎきってしまう。
おおよそ十歳の少女が持つ実力を逸脱している。誰もがシェリスの動きに対してそう思わざるを得なかった。
「レイジングハート、カートリッジロード!」
「バルディッシュ、カートリッジロード!」
二人のデバイスから弾丸の装填音が響き、同時にカートリッジ使用により魔力が跳ね上がる。
それを元になのはは杖をシェリスの方向に向けて無数の魔力弾を撃ち放ち、フェイトは自分の周囲に雷の矢を顕現する。
放たれた魔力弾がなのはのコントロールによって多種多様な軌道を描き、シェリスの周囲を包囲するように飛び回る。
そしてフェイトは魔力弾によって逃げ場を失ったシェリスへと向け、一直線の周囲の雷の矢を解き放つ。
「プラズマランサー、ファイア!」
放たれた矢はシェリスへとまっすぐに且つ高速で迫り、周囲を取り囲む魔力弾もあって回避は不可能。
逃げようなどとすれば瞬時なのはによって魔力弾を操作され、シェリスへと直撃するのは必至。
かといって逃げずに障壁で守ろうものなら魔力弾も含め全ての魔法が直撃し、防ぎきれる可能性は薄い。
だが、絶体絶命と誰もが思う状況であるはずなのに――
「にゃ、あっま〜い♪」
――脅威に晒される当の本人は、変わらぬ笑みを浮かべていた。
《PandoraBox》
デバイスの音声が響くと同時にアルフを覆ったものと同じ蒼い障壁がシェリスを包む。
障壁の性質のせいか外部からシェリスの姿は見えないが、見た感じでは全体防御の障壁としか見えない。
だとすれば無数と言えるほどの数である魔力弾と十以上の雷の矢の一斉攻撃にそれで耐えうることは困難。
故に誰もの予想では障壁が砕け、シェリスが魔法の一斉攻撃によって地面へと落ちていく光景が目に浮かぶ。
――ガシャン!
しかし皆の想像は大きく外れ、あろうことか魔法をぶつけられ砕けた障壁の内部に人の姿はなし。
誰もがそのことに驚きを浮かべる以外出来ぬ中で、唯一この未来が予想できていた者が声を大に叫ぶ。
《後ろだよっ、なのは、フェイト!!》
聞こえた声が誰のものであるか認識する間もなく、二人の後ろからガチャンという音が響く。
その音が耳に届くと同時に二人が後ろへと振り返ると、驚くことにシェリスの姿がそこにはあった。
空になった弾丸を排出して新たな弾丸を装填し、魔力を集束させた杖の先端を二人に向ける姿が。
「グリムゲルデ・バーストシフト!」
《Fire!》
声と同時に魔力が放出され、多方面へと放たれる蒼い光線の数本が二人を襲う。
それが自分たちの元へと届く前に二人は手を前に掲げて桜色と金色の障壁が展開される。
そして展開されるや否や光線が障壁へと多数ぶつかり、轟音を響かせつつ衝撃を腕に伝える。
障壁越しに伝わる僅かな衝撃に二人は押し切られそうになりながらも耐え、やがて全ての光線に耐え切ることに成功した。
「うにゅ、防がれちゃった〜……」
言葉とは裏腹に多数の光線を障壁で防ぎきられ、無傷の状態で立っている二人の姿にシェリスは不満顔。
それにシェリスのデバイスたるアリウスは短く謝罪を告げるが、表情を一転させて笑顔で気にするなと返した。
怒りに関してはどうとも言えないが、喜怒哀楽が表情に出やすい子……それがシェリスを見た誰もの印象。
普通の日常ではこれは可愛いという一言で済ませられるが、戦闘時に加えて敵である相手では別の思いが浮かぶ。
「なんで、こんなことをするの……?」
「にゃ?」
浮かんだ思いを言葉にして、なのははシェリスを見据えながら呟いた。
対して聞かれた本人は言葉の意味が分かっていないかのような、心底不思議そうな顔。
そんなシェリスになのはは更なる言葉へと続けるべく、口を閉じることなく言い続ける。
「アイラさんやオリウスちゃんに帰ってきて欲しいって思ってるのは分かる……だって、シェリスちゃんにとっての家族だもんね。だけど、だからって力付くででもっていうのは間違ってるよ」
「……じゃあ、お姉ちゃんからも言ってあげてよ。家出なんかして家族に心配かけちゃ駄目って」
返された言葉になのはは言葉に詰まってしまう。
確かにシェリスの言うとおり、家族に心配をかけるということはやってはならないことだ。
それをアイラやオリウスがしている現状だと、シェリスの言うとおり説得して戻ってもらったほうがいい。
しかし、家出などというものは考えなしにやることではないこともなのはは知っている。
直接本人たちから聞いたわけではないが、先ほどまでの三人の会話を聞いている限りでは相当な理由であると予想ぐらいつく。
だから無闇に戻ってあげてとも言うことは出来ず、かといってシェリスにも諦めてもらうための言葉が思いつかなかった。
「言ってくれないなら変な口出しは駄目だよ〜。これはあくまでシェリスたち家族の問題なんだから」
「じゃあ、なんでその家族を傷つけるような真似をするの? 家族なら、諦めずに説得して戻ってもらおうとは思わないの?」
そう助け舟を出すように言葉を口にしたのは、隣にいるフェイト。
自身が過去にしていたこともあり、友達や家族の大切さをよく知っている。
だからシェリスの成している行動が理解できず、発せられた言葉にも僅かに力が篭る。
「シェリスだってお姉ちゃんたちを傷つけたくはないよ? でも、いくら言ってもお姉ちゃんは戻ってくれないもん……だったら力付くになっても仕方ないでしょ?」
「そんなことない……伝わらなくても、諦めなければあなたの想いはきっと届くはずだよ」
想いを告げても伝わらないことは確かにある。だけど、想いを伝えることを諦めてはいけない。
親友が想いを伝えることを諦めなかったからこそ、今のフェイトがあるのだから。
そして訳は知らないが自分もそうだったのだから、きっとシェリスだって諦めなければきっと想いは届く。
そう信じるが故に否定の言葉はすぐに口から零れ落ち、声に篭る力も更に強いものとなる。
でも――
「想うだけで全部うまくいくなら、苦労なんてしないんだよ?」
――彼女には、そんな言葉が届くことなどありはしない。
それはシェリスのような子供が口にするような言葉ではない。
誰かが……おそらくはシェリスの背後にいる人物、ジェドが教えたことだと想像できる。
だけど言葉の持つ意味自体は彼女の本心そのものであると言える。
言葉だけでどうにかなればこんなことしていない。こんなことを招く事態になりはしない。
想うだけでどうにもならないことがあると知っているから、彼女は何の戸惑いもなく言葉を否定できる。
「そ、そんなことは……」
「……これ以上話したってもう意味ないよね。お姉ちゃんたちとシェリスの考え方はコンポンテキに違いすぎるもん」
意味が分かっていないのか根本的という部分が若干棒読みではある。
だが言っていることは間違ってはいない。確かに今の会話でもシェリスと皆の考えが違うことぐらい誰でも分かる。
シェリスとてそのことが分からないほど馬鹿ではないから、話すだけ無駄と会話そのものを打ち切ってデバイスを構える。
そんな彼女に戸惑いつつも今だ説得を試みるために口を開こうとするが、考えが違うと言われてしまえば言葉が出てこない。
だから何も言えずに黙ってしまう。彼女を止めたいと思っていても、そのための言葉が浮かんでこない故に。
「パンドラボックス、複数展開」
《Yes, Master》
音声が響き渡ると共にまるで皆を囲むようにして空の至る所に蒼色の箱が顕現する。
一体いくつあるのか。それを考える間もなく同様の魔力の箱がシェリスを覆い隠した。
「させるかっ!」
多数顕現した箱の意味、こちらが何もしていないのに障壁らしきそれに隠れた理由。
説得を聞かぬままにそんな行動に出た彼女に皆が困惑する中、アイラが叫びつつ駆け出す。
戦斧を大きく右斜め横に振り上げ、自身の持ちうる最大の速度で彼女が身を隠す箱へと近寄った。
そして付近まで駆け寄ると同時に振り上げた戦斧を持つ手に力を込め、渾身の力で振り切る。
――しかし、戦斧の直撃で砕け散った箱の中に彼女の姿はなかった。
誰しもがそのことに驚きを浮かべた。だけどアイラの表情にそれは窺えない。
あるのはしてやられたと言わんばかりに歯を食いしばる、苛立ちと悔しさを感じさせる表情。
その表情から察すればシェリスにまんまと逃げられたとも取れる。しかし実際はそうではない。
確かに逃げられたことには逃げられたが、彼女は戦いを放棄したわけではないのだ。
《上っ!!》
叫ぶようなオリウスの声と同時に起こったことでその事実は証明される。
皆のちょうど中央上空に位置する場所に置かれていた箱が突如として砕け散る。
砕け散った箱内部からは先ほどまで目の前にいたシェリスの姿があり、デバイスの先端を皆に向けていた。
デバイスの先端には蒼の光が集束しており、砲撃発射間際だということが一目で分かる。
放たれようとしている砲撃がどのようなものかも分かっている。だからこそ皆は姿を捉えると同時に散開した。
皆が散り散りに動き出すと同時に集束された光は放たれ、無数の光線が地面へと着弾して煙を上げる。
「まだまだ〜♪」
外れたことに悔しさも見せず、ただ遊戯を楽しむ子供のように言う。
そして言葉と共に再び顕現した蒼い箱に身を隠すことで皆の前から姿を消した。
それに今度は一番近場にいた恭也が駆け出し、僅かに振り被ったデバイスでそれを一閃する。
しかし、容易に切り裂かれた箱の内部にはまたしてもシェリスの姿はなく、再び別の方向で箱の砕ける音がする。
「はっずれ〜。 全然駄目駄目だよ〜♪」
砕けた方向から声が聞こえ、振り向いて姿を捉える。だけど今度はデバイスを構えてはいなかった。
攻撃する意思がないように背中に杖を回し、無邪気な笑顔を皆に向けながらおちょくるように告げてくる。
「こんの、クソガキがぁ!!」
その様子に怒りを露にして我先にと駆け出したのはアイラ。先ほど同様に戦斧を振りかぶって突撃する。
だけど接近するよりも早く再度箱を顕現して身を隠し、振り下ろした斧で破壊したときにはすでに姿はなかった。
この魔法は一体どういう原理なのか。一見して身を守る防御魔法に見えるのに、なぜ破壊した内部から本人が消えているのか。
シェリスの行使する見たこともないその魔法に皆は困惑する他なく、加えてシェリスを捉える手立てが思い浮かばない。
「ならっ!」
そんな中で一人、対処法が浮かんだのかクロノが杖を振り上げる形で構える。
同時にコマンドをデバイスが受け取り、振り上げた杖を振ると先端より青い光弾が高速で発射される。
発射された光弾は円を描くような軌道で飛び、宙に点在する多くの箱を捉え、そして打ち砕いていく。
だがいくら壊してもシェリスが姿を現すことはなく、一見すればその行動は意味がないものとも感じる。
しかし実際は意味のないことではない……なぜなら、こうして箱を壊していくことでシェリスを追い詰めることが可能だから。
先ほどまでの行動を見るとシェリスは消えると必ず別の箱から姿を現す。皆の周りを囲むように存在する箱のどれかから。
つまり他の箱は云わば彼女の逃げ場。だとすれば逃げ場を失えば彼女が最初の箱から消えることはないかもしれない。
幸いにして箱そのものの強度は大したものではない。ならば少ない魔力でも破壊することは可能と言える。
(試してみる価値はある……)
クロノの放った魔法――スティンガースナイプは少なめの消費魔力で多数の敵を破壊する。
故にこういった場合では適した魔法であると言え、試してみるにしてもリスクが少なくて済む。
そして僅かな時間を掛けてクロノの思惑はうまくいき、宙に浮かぶ箱は残すところ後一つになってしまう。
他の箱を破壊されてただ一つだけポツンとある箱に光弾は変わらぬ円運動を行いながら迫る。
「にゃ、にゃにゃ!?」
迫り来る光弾に対して箱内部からそんな焦るような声が響き渡る。
それはクロノの思ったとおりだったということを示し、同時にシェリスを捉えたことを意味していた。
焦りの声を上げるも逃げ場を増やすにも解除して障壁を張るにしても遅く、迫る光弾は間もなくして着弾する。
着弾すると同時に他の箱と同様のガラスが割れるような音を響かせ、内部にいたシェリスへと衝突して爆発後に煙を巻き起こす。
《く、クロノ……》
《大丈夫だ。ちゃんと非殺傷にしてある》
距離がある故に念話で不安そうな声をあげるフェイトにクロノはそういって安心させる。
直撃であったとしても非殺傷設定ならば多少の外傷があろうとも死に至ることはまずない。
故にフェイトはそれを聞くと安心するように息をつく。敵とはいえ、シェリスに大事がないと分かったから。
前もって聞かされた話と本人から聞いた話を考えると、もしかしたら彼女は過去の自分と同じなのかもしれない。
母しかいなかったから利用されているとも知らず役に立てるよう頑張っていた、以前の自分と。
もしそうなのだとすれば、自分と同じにはなって欲しくない。自分のような悲しい存在には、なって欲しくない。
そんな想いがあるからフェイトはなのはと同様に説得を諦めることはせず、今も彼女の安否を心配していた。
「いた〜い……けほっ、けほっ」
その心配は煙が晴れたときに現れたシェリスの姿によって杞憂に終わる。
いや、それどころか誰もの予想だにしなかった光景を目に焼き付けることなった。
痛いと告げながら煙で咽返るも、様子を見る限りでは全くの無傷と言ってもいいその姿。
光弾の直撃を受けてどうして無傷な姿でいられるのか……それは本人にしか分からぬこと。
だけど驚き疑問に思ってしまうのは仕方の無い事態であることに変わりは無く、シェリスの姿を前に呆然としてしまう。
しかしそんな驚くべき光景を前にしてもシェリスを元から知っていたオリウスとアイラ、そして話には聞いていた恭也は驚かない。
むしろ先ほどの魔法など効かないことが分かっているかのような顔で彼女を視界に捉えつつ、警戒の意を示すように武器を構えていた。
《『盾』の名は健在ってとこだね。相変わらず馬鹿みたいな防御力してるよ》
《『剣』は攻、『盾』は守をそれぞれ前提として作られてるからな……当然と言えば当然の結果だ》
オリウスの言葉に製作者のことをよく知っているアイラはそう返す。
その際の言葉は先ほどからずっといつものものとは違い、男勝りな口調である。
容姿と総じて見るとあまり似合わない口調ではあるが、これこそがグレアムも言っていたアイラの本来の喋り方。
非常に男っぽくて雑な、それでいて喋る言葉も相手に対する配慮がまるでない……昔の喋り方。
恭也と出会うよりも前、オリウスさえも知らない昔から言葉遣いは変わったのだが、なぜかは語らないので定かではない。
とまあ理由は知られざることだが、キレたりすると本来のものへ戻ることがほとんどであるために知っているものは多かったりする。
恭也やオリウスとてそれは例外ではなく、他の誰よりも付き合いが長いために今ではもう慣れてしまっていた。
《ま、いくら守ることが主な『盾』のデバイスでも、こっちには『剣』と『砕』がいる。潰すのは難しくねえよ》
《あの子が私たちの知る『昔』のままなのだとしたら、だけどね……》
《ふむ……用心はしておくに越したことはないということだな》
《そゆこと。そうでなくても、あの子が怒ると何するか私でも分かんないんだから》
三者の話し合いは当然他の皆にも聞こえ、言葉に応じるように誰もが警戒を表す。
だけどやはりなのはとフェイトは武器を構えることをせず、シェリスに視線を向けながら説得の言葉を模索する。
なのはは守護騎士たちと同様に戦いたくはないから、フェイトは先ほど浮かべた考えが本当なら目を覚まさせたいから。
総じて二人が思うのはシェリスを止めること。一緒に悩み、誰もが悲しまずに済む方法を探すという道。
「にゃ〜、皆乱暴なの……オンコウなシェリスでも、さすがにもう怒ったもん!」
でも想いを抱いて言葉を探すだけでは意味がない。そもそも今のシェリスは言葉を聞かない。
故に二人の想いは彼女に通じることは一切なく、先ほどのことで怒ったというように頬を膨らませる。
そしてそんな表情のまま先ほどまでと変わらず杖の先端を皆の方面に向けだした。
しかしそこからが先ほどまでと違い、魔力を集束させるわけでもなくまた別の魔法陣を展開しだす。
《何する気だ、あのクソガキ。見たこともない術式なんぞ展開して》
《分からんが、良い予感はしないな……仕掛けるか?》
《様子見のほうがいいかもしんない。あれがパンドラみたいな魔法だったら攻めるだけ馬鹿になるし》
恭也の提案に対してオリウスは別の考え故に様子見を提案した。
先に述べたとおりシェリスは怒ると何をするかが分からない。加えて目の前の魔法陣は二人でも見たことがない。
だとすれば蒼の箱――パンドラボックスのような意味合いを持つ魔法である可能性もあるため、単純な判断で攻めるにはリスクが伴う。
だからこそ様子見をすることで出してくる魔法を見極め、隙あらば攻め入るほうがいいと考えたのだ。
そんな考えを抱いて警戒しつつシェリスを見据える中、彼女のデバイスからカートリッジの装填音が複数響き渡る。
一個、また一個……装填されていくたびに空の弾丸が排出され、デバイスから魔力の粒子を帯びた煙が噴出する。
《Reflect shield, Multiple expansion》
弾丸の装填音と噴出していた煙が途絶えるや否や、アリウスの音声が響き渡る。
それと同時に皆の周りには幾多にも及ぶ壁……いや、一見すれば鏡と言えるようなものが顕現する。
パンドラボックスのときのよう皆の逃げ場を断ち切ると言わんばかりに、辺り一面を取り囲む。
《何、これ……?》
《障壁魔法だと思うけど……だとすれば何でこんな使い方を》
疑問を呟く二人だけならず、誰もが自身らを取り囲むそれを不思議に思う。
一見して障壁魔法だと分かるそれを守るために張るのではなく、皆の周りに複数展開した理由。
単純に考えればただの障害物として使用することで砲撃魔法の回避を困難にするというのが考えられる。
だけど実際はそんなに単純なものではない……それをシェリスの後の行動が示した。
「グリムゲルデ・バーストシフト!!」
杖を向けたまま何時の間にか魔力集束を終えた光が閃光となって多重に放たれる。
しかし、放たれた光線は先ほどまでとは違い、ただの一つも誰一人に対して襲い来ることはなかった。
明後日の方向、まったく見当違いの場所へと放たれた光線は飛び、皆を通り過ぎる。
失敗したのか……誰もがその光景にそう思ったが、通り過ぎてから間もなくしてそれが間違いだと理解させられた。
そうさせたのは、多方向に飛んでいく閃光が周りに展開された障壁へと直撃し――
――瞬間、障壁の向く方向へと閃光が反射した光景だった。
障壁にぶつかった光線は全てが全て反射し、別々の方向へと屈曲して飛び交う。
その進路上にいた者たちは驚きを露にしつつ、迫る光線が着弾する前に駆け出して避ける。
だが、通り過ぎたそれも再び別の障壁へとぶつかり、屈曲して別方向へと飛び続ける。
それが一本だけならまだしも、シェリスのデバイスより放たれた数は無数と言えるほどに多い。
故に反射しながら飛び続ける数も凄まじく多く、全ての軌道を読みきって避けるのは非常に困難と言えた。
《くそ、数が多すぎるっ……どうにかならないか、オリウス!?》
《今対処法を考えてるから待って。なにぶん初めて見る魔法だから、少し考えないと分かんないよ》
《なるべく急げよ。アタシらでもこれを避け続けるのはさすがにキツイ》
アイラはもちろんのこと、防御ではなく回避に重点を置く戦い方の恭也でも不味いと言わざるを得ない状況。
恭也でさえそうなのだとすればなのはやフェイト、クロノの三人からしたら不味いという言葉では済まない。
それを現実に現すかのように避け続ける恭也の視界内で三人は光線の群れに翻弄されるように逃げ惑っていた。
光線そのものの速度もそれなりに速いが、皆を回避困難にさせる最大の原因は軌道が読めないこと。
周囲に展開される反射の障壁はそれぞれ別々の角度を向いており、逃げながら屈曲する方向を見極めるのは難しい。
そんな中でも避けるより防御することの多いなのはは軌道も読めず、次第に速度にもついていけずに追い詰められる。
「くぅ……っ」
《Round Shield》
追い詰められて逃げ場を失い、迫り来る光線を前に声を漏らすなのは。
しかしそれに対して主を傷つけさせないというかのようにレイジングハートが光線の迫る方向に障壁を張る。
それによってその方向からきた光線は弾かれて黙散し、なのはは少しだけ安著してお礼を告げようとする。
だけど、そこで僅かでも意識を他所へ向けてしまったことが彼女に再び危機を与えることとなった。
《Master!》
「え……あうっ!!」
僅か出来た隙を狙って後方より飛来した閃光がなのはの背中へと直撃する。
バリアジャケットと非殺傷設定の二点によって致命傷こそ免れたが、痛みは身体へと大いに伝わる。
そして着弾した衝撃と痛みによろめく隙を更に狙い、多方面から反射された光線がなのはへと迫る。
逃げるにしても障壁を張るにしても全てが遅く、迫る閃光の群れからは逃れる術がない。
「なのはっ!!」
フェイトの悲痛の声が響き渡る。なのはの危機に恭也が我が身構わず駆け出す。
だけど全ては間に合わない……言葉だけで光線が消えるわけでもなく、助けるにしても距離が開き過ぎてるから。
加えて先ほど直撃したのは一つだけだが、今迫っているのは多方面から数知れず……無事で済むとは到底思えない。
バリアジャケットと非殺傷という二つの安全要素があったとしても。そのことが誰しも分かるからこそ、逃れられぬ結末が頭に浮かぶ。
――しかしその結末は次の瞬間、覆されることとなった。
――なのはを守るように張られた、球体型の障壁魔法によって……。
《間に合った……》
「にゃ?」
障壁によって守られたなのは。それを見ることしか出来なかった他の面々。
そしてなのはを脅威に晒したシェリスでさえも聞こえてきた思念波の声に驚きを浮かべる。
そんな様子の中で声の主はなのはのいる位置の上空からゆっくりと隣へと降りていき、皆の前に姿を晒す。
腰より上ほどある橙色の髪を先のほうで二つに束ね、緑色をした瞳が特徴的の幼い顔立ち。
衣服は短めの白いスカート、青く薄いシャツの上に手の先まで隠れるほど長い袖をした白い服を纏う。
見た感じなのはたちやシェリスと同年代と思わせるような容姿の少女が、突如としてなのはの僅か前へと降り立った。
恭也たちやなのはたちだけでなく、シェリスでさえも知らないのか不思議そうな顔を少女へと向けている。
《大丈夫?》
「え……あ、う、うん」
《そう……よかった》
呆然と前に立った少女を見ていたなのはに彼女は念話で短く尋ねる。
それになのはが慌てたように頷き答えると少女は安心したように少しだけ顔を向けて微笑んだ。
そして浮かべた微笑を消すと同時にシェリスのほうへと向き、手を前に差し出して短く告げた。
《博士が心配してる……帰ろ、シェリス?》
あとがき
バトル終了に伴って謎の少女が出現。
【咲】 ほんとこういったキャラを出すのが好きねぇ。
ま、好きっちゃ好きだけど、これは必要なフラグなのだよ。
【咲】 フラグ?
そそ。まあ、何のためのフラグかは後々を楽しみにしておいてくれ。
【咲】 そう。それで、シェリスが対多数に強いっていうのは今回使った魔法が理由?
そういうことだな。反射効果を持つ障壁を周囲に散りばめ、拡散型の砲撃を放って反射させる。
障壁の角度さえ操作すれば屈折角度は調節できるから、多方面に光線を向けることが可能な魔法だ。
光線の数も多いから、逃げながら全ての軌道を読むのは激しく困難だろうね。
【咲】 ふ〜ん……聞いた感じだと強そうだけど、実際弱点とかないの?
そうだなぁ……まず障壁全てを操作するのはかなり難しいのが一点。そうでなくともシェリスは制御やらが苦手だしな。
【咲】 下手すると自分に当たったり?
そういうこともありうるな。あとは〜……基本的にグリムゲルデはその場に停止してないと撃てないこともそうだな。
万が一軌道を読まれて近寄られでもしたら、相手の攻撃を防ぐ手立てがないわけだ。
【咲】 ま、シェリスも馬鹿じゃないみたいだし、簡単にはさせないでしょうけどね。
だな。あと最後の一つだけど……これは次回以降をお楽しみにだな。
【咲】 なんでよ?
いや、最後の一つに限っては恭也たちがいずれ気づくから今言うことでもないしね。
【咲】 ふぅん……それがあの魔法の最大の弱点ってわけ?
そうでもある。まあ、少し考えれば分かる弱点でもあるがな。
【咲】 ま、いずれ分かるならそのときを待ちましょう。
そうしてくれると助かる。さてさて、最初でも言ったが今回の最後では謎の少女が出現。
【咲】 単刀直入に聞くとあの子は何者? 博士って言ってたからジェド側だとは思うけど、なのはを守ったりしてたし。
まあ、ジェド側の者ではあるかな……あくまで今は、だけど。
【咲】 どういうこと?
ふむ……今はまだ詳しく言えないが、少なくとも彼女の素性と目的の延長線上でなのはを救ったというのはあるかな。
【咲】 ますます意味が分からないわね。
ま、次回以降を楽しみにしててくれ。じゃ、今回はこの辺にて!!
【咲】 また次回も見てくださいね♪
では〜ノシ
おおう、またしても謎が。
美姫 「今度は新しい少女の登場ね」
うーん、彼女の目的は何なんだろうか。
美姫 「ああ、次回が待ち遠しくなるわね」
いや、本当に。
次回も楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね〜」