引越しからしばらく経った日の夜。

守護騎士である二人――ヴィータとザフィーラは海鳴市上空にて囲まれていた。

取り囲むのは管理局の武装局員……グレアムの伝で借り受けた数名の局員だ。

しかし、取り囲まれても二人の表情には多少の驚きしかなく、危機感といったものはまるでない。

 

「管理局か……」

 

「でも、こいつらちゃらいよ。返り討ちだ!」

 

負ける要素などどこにもない。そう言うかのような自信満々のヴィータ。

そしてその言葉に同意するように頷くザフィーラ……この様子から取り囲んだことに意味がないと分かる。

取り囲むことで動揺と危機感を誘い、それに乗じて守護騎士の二人を捕縛する。

そんな策はベルカの騎士には無意味だと言うように動揺も危機感もなく、かなりの余裕を持った様子。

 

だが、そもそも取り囲んだ意味はそんな陳腐な策を考えてのことではない。

確かに動揺と危機感を抱かせて冷静な判断を奪えれば重畳だが、それはあくまで出来ればの話。

なのはやフェイトのような魔導師でも捕縛できなかったのだ。武装局員が手も足も出ないことぐらい分かっている。

ならばなぜ武装局員で取り囲むという無意味に近いことをしたのか……それは非常に単純な理由からのこと。

 

 

「「!?」」

 

 

突如驚きが走る二人の目に映るのは、自分たちを中心に張られた広域の封鎖結界。

これが取り囲んだ理由……守護騎士である二人を確実に捕縛するため、結界内に閉じ込める。

そのために武装局員が取り囲むことで一時的に足止めをし、結界を張る時間を稼いだのだ。

そして結界の発動と同時に局員たちは散開する同時に、そこで自分たちの遥か上空にある気配に気づく。

 

「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!!」

 

見上げた空にいた黒服の少年――クロノの周りには無数の黒き魔力の刃。

その刃が彼の叫んだ声に反応し、一斉に反転してヴィータとザフィーラへと降り注ぐ。

瞬間、降り注いだ刃は魔力の衝突による爆発を多数引き起こし、轟音が辺りに響き渡る。

 

「少しは……通ったか……?」

 

多数の刃の形成は瞬間的な魔力消費も激しく、煙が上がるのを見据えながらクロノは肩で息をする。

さすがにあれだけの数を放ったのだ……倒せなくとも、多少のダメージは確実に与えられている。

しかしそう予想をしながら確認するように見据えられていた目は、次の瞬間に驚くべき光景を映した。

 

「…………」

 

晴れた煙の中から現れた二人は、あれだけの数の魔法を放たれていながら無傷。

いや、正確にはヴィータを守るために盾となったのかザフィーラの腕に三本ほどの刃が刺さってはいた。

しかしそれでさえも無傷と言わんばかりに平気な顔をし、力を込めて体外へと押し出すことで刃を粒子として散らす。

 

(やはり、あの程度じゃ駄目か……)

 

この結果も予想していなかったわけではない。だけど実際に目の当たりにすると落胆を浮かべるしかない。

そんなクロノの内心を知ることもない二人は彼の姿を目に置くと戦闘体勢へと入る。

それを見てクロノも応じるようにデバイスを構えるが、同時にアースラより通信が入ってきた。

告げられた内容は、味方の増援をそちらに送ったというとても短いが状況的にありがたいもの。

その内容を告げられたと共に周りを見渡すと、増援と思わしき人物たちは容易に見つかった。

 

場所は宙に浮くヴィータとザフィーラの正面下のほうに位置する二つ先のビルの屋上。

そこに立つのは栗色の髪をした少女と金色の髪をした少女。

先日も戦い、突然の介入さえなければ圧勝と言ってもいいほど叩きのめした少女たち。

その二人が今ビルの屋上にて立ち、まっすぐにヴィータとザフィーラを見上げている。

 

見上げる二人の手に握られるのは、赤色と金色のデバイス。

先日の戦闘で大破に近いほど破壊されたレイジングハートとバルディッシュであった。

あれから日も経ち、完全に修復されたデバイスたちが主の下へと帰ってきた。

そして二人の少女――なのはとフェイトはデバイスを天高く掲げ、返ってきた相棒の名を高らかに告げた。

 

「レイジングハート!!」

 

「バルディッシュ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第一章】第十一話 混沌招く戦火の渦

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《デバイスが帰ってきたはいいけど、まさかアレを積むなんてね〜》

 

「ベルカ式カートリッジシステム……インテリジェントに積むような代物じゃないわな」

 

なのはやフェイトたちとは違う、結界内にあるビルの屋上。

そこに佇む朱色の髪をした女性――アイラは隣にいる恭也のデバイス――オリウスの言葉に続けて呟く。

ベルカ式カートリッジシステム……本来、これはアームドなどの強度な外装をしたデバイスが積む代物だ。

にも関わらず繊細といわれるインテリジェントがそれを積んだ。これだけで負荷が非常に大きいものだと分かる。

それでもレイジングハートとバルディッシュが自ら望んでこれを積んだのは……

 

《よほど悔しかったんだね……主を守りきれなかったことが》

 

「あんたにも分かるのかい? レイジングハートとバルディッシュの気持ちが」

 

《ま、分からないでもないかな。元がどうであれ、持ち主が痛めつけられるのを見てるしかなかったら私でも悔しいよ》

 

デバイスの気持ちが分かるのは持ち主か本人か、もしくは同じ身である者だけ。

だからこそオリウスには二人の気持ちが分からないでもなかった。

 

「ところで話は変わるんだが……俺たちはどうするんだ? なのはやフェイトにはああ言われたが、言葉どおり黙って見ているのか?」

 

「二人がそれを望むんならそうするしかないっしょ。下手に手を出して、なのはに嫌われたくないでしょ?」

 

「まあ、それは確かにそうだが……」

 

《もちろん、危ないと判断したら当然動くよ。意志を尊重させたからって怪我させていいことにはならないしね》

 

なのはとフェイトが告げたこと……それは、守護騎士たちとの戦いを自分たちに任せて欲しいということだ。

鉄槌の騎士たるヴィータはなのはが、後から現れた烈火の騎士たるシグナムはフェイトが。

そしてザフィーラは前回の戦いである程度縁のあるアルフが、それぞれ相手をする。

もちろん、デバイスを強化したといっても前回の戦いを踏まえると一対一で戦って容易に勝てるとは思えない。

下手をすれば前回以上に危うい状況になり、結果として大怪我では済まない可能性だってある。

それでも二人の強い意思を伝えられれば恭也たちも、他の面々も手を出すことは憚られてしまう。

故に恭也たちはもしものときに供えて遠くから見守り、クロノとユーノは外部と内部から守護騎士のもう一人を捜索することにしたのだ。

 

「ま、アタシはそのほうが面倒くさくないからいいんだけどね。あのチビっちゃいのと決着つけられないのは残念だけど」

 

「アイラがそんなことを言うとは、珍しいな。明日は雨か?」

 

《この季節だから雨じゃなくて雪かも……あ、もちろん雷付属で》

 

「あんたら……アタシに喧嘩売ってるのかい?」

 

そう言って睨むような視線を向けるアイラ……だが、これは言われても仕方のないことだ。

普段のアイラは何度も言うように非常に怠慢、面倒くさいことは極力非干渉が基本な女性。

そのアイラが自分の口から決着がつけられないのが残念などという言葉を吐けば、大概の者は同じ事を思う。

それは二人と深く関わっている恭也、アイラと長いこと共にいるオリウスからしたら特にである。

そのことが分かっているからこそアイラも睨むことこそすれ、目に見えて怒ったりなどすることもなかった。

 

「はぁ……ていうかさ、フェイトは確かアレに勝てないから恭也に弟子入り志願したんだよね? なのになんで一人で戦おうなんて思うかなぁ」

 

「まあ、厳密には弟子入りとは少し違うが……デバイスが新たになった状態でどこまでやれるのか、それを見ておきたいんだろ」

 

「下手したら怪我じゃ済まないかもしれないのによくやるねぇ……ま、それを許すアンタもアンタだけど」

 

肩を竦めながら溜息をつくアイラに恭也は僅かに苦笑を漏らす。

実際、シグナムに勝つために教えを請うてきたフェイトが単独で戦うと言ってきたときには恭也も少し驚いた。

しかし自分の実力を見ておきたいというフェイトの意図がすぐに分かり、何も言わずに了承を出すに至る。

普通に見たら怪我じゃ済まなくなる可能性があるのになぜ了承するのかとも思いはする。

だけどなのはに対してそうしたように、フェイトの意思が強ければそれを尊重してやるのも已む無しである。

 

「さっきオリウスが言ったが、もちろんこちらも危ういと俺が判断すれば手助けをする。だからそれまでは、フェイトの意思を尊重するつもりだ」

 

「ふ〜ん……ま、考えあってのことならアタシもとやかくは言わないさね。考え無しでの了承ならどつきまわしてるところだけど」

 

「考え無しに了承など出しはしないさ。それに、本当にそうならあの子の使い魔に何をされるやらだしな」

 

「あははは、確かに」

 

アルフのフェイトに対する依存性、執着ぶりが非常に強いことは誰の目から見ても明らか。

だからもし恭也が考えなしでフェイトを危ない状況に叩き込んだのだとしたら、間違いなく鉄拳制裁だろう。

それを考えて恭也は苦笑を浮かべつつそう告げ、アイラも同意しつつ同じく苦笑を漏らした。

 

《にしてもさ〜……カートリッジシステムがついただけで妙に変わったね。なんていうか、強くなったっていうか……》

 

「相手の動揺が強いんじゃないかい? いきなりカートリッジシステムを持ち出されて、戦い方も少しとはいえ変わったから」

 

《ん〜、動揺しただけでそんなに変わるものなの?》

 

「ふむ……大きく変わるとは限らないが、少なくとも多少の変化はある。以前戦ったときのことを考えて行動するということがほぼ無意味になるわけだしな」

 

視界の先で行われる戦闘……それを視野に捉えながら、三人は口々に呟く。

勝っているとは言えないが、少なくとも前回のような圧倒的な戦局にはなってはいない。

むしろ相手に動揺がある程度あるためなのは側が押している……そう見ることも出来る。

それは三人が言うようにカートリッジシステムや戦い方の変化も関係するが、大きいのはむしろ結界に関してである。

前回は守護騎士側が獲物を逃がさぬために結界を張ったため、当然守護騎士側が有利であると言えた。

しかし今回結界を張ったのはなのは側……立場が逆となれば、もちろん有利不利も逆転してしまう。

これに関する動揺が根底にあるからこそ、今の状況が出来上がっているといっても過言ではなかった。

 

「まあ、あちら側としてもただ戦って切り抜けられると思ってはないだろうし、何かしこの結界破壊の手を考えるだろうけどね」

 

「それは管理局側とて同じことだろう。だからこそ結界が維持され、なのはたちが彼女たちを抑えている間にクロノたちが……というわけだしな」

 

《だね〜。あちらも必死で抵抗してるけど、このままじゃあ私たちが…………へ?》

 

オリウスが発しようとした言葉は突如途切れ、代わりに間抜けた声が二人の耳に届く。

その声に二人はどうしたのかと思い声を掛けようとするが、それよりも早くオリウスが再度口を開く。

先ほどの様子とは打って変わって焦っているという他ないような、そんな声で。

 

《こ、この魔力反応、それにこの速度……や、やばい。やばいよ、アイラ!》

 

「いや、ヤバイと言われても詳細を教えてくれないとどうとも言えないんだけど?」

 

《んもう、だから! 結界外部遥か遠くから高魔力の反応が急速接近してるの! しかも凄まじく覚えのあるのが!》

 

「覚えのある高魔力反応…………って、ま、まさか?」

 

《そのまさかだよぉ……なんでこんなときに来るかな、あの子は!》

 

萎んだような声の後に続くのは頭を掻き毟ってそうなほどの苛立ちの声。

それに呼応するように内容を聞いたアイラも頭を抱え、非常に深い溜息をついた。

しかし、ただ事ではないと二人の様子から分かっていても、一人状況が理解出来ていない恭也は不思議そうに首を傾げるしかなかった。

そんな恭也に構うことなく、というよりも構っていられないというかのようにアイラはデバイスを展開する。

そしてオリウスも恭也に展開するよう要求し、事情が分からないながらも剣幕に押されて展開した。

 

《準備完了、即迎撃準備! こうなった以上はただ見てるだけなんて出来ないよ!》

 

「むぅ……そう言われても、状況がよく理解できないのだが?」

 

「簡単に言えば、あの子が接近してきてるんだよ。ほら、この間管理局でも話に挙がったあの子」

 

「あの子……シェリスという子のことか?」

 

《そう、その馬鹿シェリスのこと! 折角いい状況でことが進んでるのに、あの子に介入されたら滅茶苦茶になっちゃうよ!》

 

少し酷い言い方だが、シェリスのことをよく知るからこそ出てくる言葉。

加えてだからこそ、彼女が接近してきているということがどれだけ不味いことかもよく分かる。

二人の様子から見てそのことを悟った恭也はアイラと同じくデバイスを手に持ち、空を見据える。

上空では誰もがそのことに気づかず、今だ激しい戦闘を繰り広げ続けている。

本来だったらそれをただ見ているだけに留めようとしていた三人は、それを再び視界に捉えると飛翔魔法を展開しようとする。

状況が更なる混乱に流されぬよう自分たちがどうにかしようとするために。

 

 

 

 

 

しかし、三人が思いを抱き、動こうしたときにはすでに遅く……

 

 

 

 

 

蒼く巨大な閃光が、結界を貫く光景が三人の目に映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オリウスが接近に気づく数分前、結界外のビルにいたシャマルは危うい状況だった。

抵抗すれば撃つというかのように、クロノによって背中からデバイスの杖の先を突きつけられる。

他の騎士ならまだしも、攻撃手段を持たないシャマルはこれに対して抵抗する術がない。

だけど抵抗しなければ自分たちは捕縛され、『闇の書』を完成させるという目的が潰えてしまう。

それだけは避けたい、しかしこの状況を打破する術がない……シャマルは知恵を振り絞って考えた。

どうすればこの状況を打破でき、結界を破壊して逃走を図れるかを。

 

そんなとき、自分にデバイスを突きつけていたクロノが突如真横に吹き飛んだ。

一体何が起きたのか……今しがた考えていたことを置いてシャマルは驚き混じりに後ろを振り向いた。

するとそこには仮面をつけた男の姿……状況から見ると、この男がクロノを吹き飛ばしたということが分かる。

だけど、だとすればこの男は一体何なのか。なぜ自分を助けるようなことをしたのか。

それがシャマルの頭に疑問として駆け巡り、先ほどとは違う混乱を招くこととなった。

 

「闇の書を使え……」

 

混乱が頭を支配する中で告げられた言葉は、驚愕に値するものだった。

『闇の書』を行使すれば確かに結界は容易に破壊できる。しかし、それにはページが減るというリスクが伴う。

そもそもページを集めるために行動しているのにそれを減らすような真似が許容できるわけがない。

だからこそシャマルは驚きを浮かべながらも反論を試みるのに対し男は短く告げた。

 

「減ったページはまた増やせばいい」

 

非常に勝手な言い分とも取れるが、この状況ではとてももっともと言える言葉だった。

ページはまた集めれば済む話だが、目的が潰えればそんな問題では済まない。

あくまで『闇の書』の完成が目的である以上、ページを温存して目的そのものを危うい状況にするわけにはいかない。

故にシャマルは男の言葉に頷き、男が立ち上がろうとするクロノを止めにいく背中を見送って『闇の書』による結界破壊を試みようとする。

 

しかし、先ほどよりも冷静なったその瞬間にシャマルはあることに気づいた。

それは高魔力の反応を突如感じ、それがまっすぐに自分たちのいる方向へと迫ってきているということ。

迫り来るそれの飛来速度は凄まじいものがあり、もう間もなく視界に入るのではというほどのもの。

これによってシャマルは再び動揺が走った。 一体、こちらに迫って来るこれは誰なのだと。

もしそれが管理局員であるのだとしたら、クロノのとき同様に再び不味いことになってしまうかもしれない。

そう考えるとすぐにでも身を隠したほうがいいのか。それとも『闇の書』の使用して結界破壊を急ぐべきか。

その二点で迷いを抱く中、結論を出すことも出来ずに魔力の反応はシャマルのすぐ近くまでやってきた。

 

 

 

 

 

「にゃ、シャマルお姉ちゃんだ♪」

 

 

 

 

 

自分の付近に降り立った人物、それにシャマルは動揺を通り越して呆然としてしまう。

仮面の男が現れた以上に目の前の人物が現れるなど思いもよらず、ただただ立ち尽くしてしまう。

そして立ち尽くしながらも頭は正常に働き、呆然とした表情のまま少女の名を呟いた。

 

「シェリス、ちゃん……?」

 

目の前の少女――シェリスは呟きを肯定するようにニッコリと笑い、ブイサインをする。

そのことから少女が自分の知るシェリスなのだと理解し、同時に何度目になるかも分からぬ混乱が走る。

なぜシェリスがここにいるのか。なぜデバイスを持っているのか……。

多数の不明点が浮かぶながらも、脳内では最悪の予想が頻繁に駆け巡っている。

この状況下で現れるということはシェリスは管理局の人間であり、自分たちを捕まえにきたのではないか。

浮かんだ予想が真実であるとするならば、はやての友達であるシェリスが敵に回るということでもある。

そうなれば自分たちはシェリスと戦うしかない。はやてと自分たちの絆を確認させてくれた、この少女と。

だが、そんな最悪の予想は次に発せられたシェリスの一言により、良い方向へと裏切られることとなった。

 

「にゃ〜、管理局の人が一杯〜。しかもシグナムお姉ちゃんやヴィータお姉ちゃん、それにお犬さんも苦戦してるっぽいね」

 

管理局と関わりあるのだとすれば、こんな言い方をするはずはないだろう。

故にシェリスが管理局の人間ではないと判断ができ、内心で安著しつつもやはり疑問が残る。

管理局員でないのだとすれば、シェリスはなぜこの場にやってきたのだろうかと。

魔導師であったことも驚きだが、それ以上に無関係と見えるシェリスがやってきたことにはそう思わざるを得ない。

そしてこのことは考えても答えが出るわけではないため、シャマルは口を開いてシェリスへと尋ねる。

 

「シェリスちゃん。あなたは、どうしてここに?」

 

「にゃ? どうしてって、何が?」

 

「えっと、シェリスちゃんは管理局の人間じゃないんですよね?」

 

「うん、そうだよ?」

 

「じゃあ、管理局の人じゃないのに、なんでここに来たのかなって……」

 

「うにゅ〜……なんか覚えのある魔力があったから、なんとなく来てみたの。そしたらシャマルお姉ちゃんたちがここにいたの!」

 

覚えのある魔力、それはつまり自分たちの魔力を感じ取ってやってきた。

そういうことなのだろうかとシャマルは考え、納得したように頷いて返した。

 

「それで〜、これってどんな状況になっちゃってるの? シェリス、後から来たから全然分かんないの」

 

不思議そうに首を傾げつつ、シャマルと上空で行われている戦闘を交互に見る。

それにシャマルは尋ねられたことに答えるように、今の自分たちを取り巻いている状況を説明した。

事態が事態故に部分部分を端折ってではあるが、シェリスにも分かるようにある程度明確に。

そして約一分後、説明が終わるとシェリスは理解したのかしていないのか、口元に人差し指を当てながら首を傾げ告げた。

 

「んっと、シャマルお姉ちゃんたちは管理局の怖い人たちから逃げたいけど、結界がお邪魔で逃げられない……でいいの?」

 

「概ねそんな感じです。でも、今から私がこの闇の書を使いますから、この状況も打破できると思います」

 

手に持つ『闇の書』を見せつつ、少しだけ笑みを浮かべつつそう言う。

しかしそれに対してシェリスは確認するように一度結界に視線を向け、戻すと共に驚きの一言を口にした。

 

「そんなの使わなくても、シェリスが壊してあげるから大丈夫だよ♪」

 

自信満々に告げられた一言にシャマルは驚きを越えて絶句してしまう。

そんなシャマルにシェリスは再度視線を向けることもなく、有言実行というかのように飛び立った。

飛び行くシェリスにすぐさま正気に戻ったシャマルは静止の言葉を掛ける。

ヴィータのギガント級の魔力、もしくはシグナムの使う魔法であるシュツルムファルケン。

そのどちらかでないと破壊できないと想定される結界をシェリスが破れるとは思えず、下手をすれば管理局に捕まる可能性がある。

自分たちが捕まることに関してもそうだが、はやての友達であるシェリスをそんな危険に巻き込むなど出来るわけがない。

だから止めるための言葉を放ったがそれが届くことはなく、シェリスは結界から少しだけ離れた位置にて停止した。

 

「じゃ、お邪魔な結界を破壊しちゃうよ。アリウス、カートリッジロード!」

 

Sphereform!》

 

言葉と同時に弾丸が装填され、アリウスの先端が球体状へと組み変わる。

そして組み変わったと共にシェリスは球体の先端、僅かに窪みのある部分を結界へと向ける。

 

「拡散から集束に変更! グリムゲルデ、集束開始!」

 

シェリスの足元に魔法陣が展開し、球体の窪みに蒼色の魔力が集まり始める。

高密度とも言えるほどの魔力、それが完全に先端へと集まり、魔力の光を放つ。

 

Focusing completed(集束完了。). Always can cope(いつでもいけます)

 

「にゃ♪ じゃ、結界に向けて発射〜!」

 

Agreed(了解です), Master(マスター)

 

主のコマンドを受け、先端に集束した魔力が一気に解き放たれる。

放たれた蒼い魔力は一陣の巨大な閃光となり、高速で結界へと一直線に迫る。

そして、閃光が結界へと到達すると同時に――

 

 

 

 

 

――ガラスが割れるかのように、結界は脆くも砕け散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

砕け散り、粒子となって空気中に黙散する光景にシャマルは呆然とする。

まさか『闇の書』を使わなければ出来ないと思っていた結界破壊を成しえるとは思っていなかった。

だからこそ止めようとしたのに、予想をまたも裏切ってシェリスは結界を容易く破壊した。

 

「あの子が来てから、驚かされてばかりね……」

 

はやてと友達になったときも、突然家に尋ねてきたときも、そして今も……。

シェリスが関わるすべてのことでシャマルはいつも驚いている。そんな気がしてならない。

そんな思いを抱く中でそんなこと思っているとは露知らず、にこやかな笑顔でシェリスが戻ってくる。

 

「壊してきたよ♪ これでいいんだよね?」

 

「え、ええ……ありがとう、シェリスちゃん」

 

褒められたことが嬉しかったのか、シェリスは身体全体で喜びを表現する。

そんな光景にシャマルはいつものように苦笑したくもなるが、正直そんな暇がない。

シェリスが切り開いてくれた道を無駄にしないためにすぐにでも行動を起こす必要がある。

 

《皆、見ての通り結界の破壊に成功したわ。各自隙を見て撤退を……》

 

《そ、それは分かったけどよ……今のは何なんだよ? しかも発射方向に妙に見覚えのある奴が――》

 

《そのことはまた後で話すわ。今は彼女が切り開いてくれた道を無駄にしないためにも……》

 

《……了解だ、シャマル》

 

動揺、混乱、様々な様子が念話からは窺えるが、シャマルの一言を聞くと皆が意図に従う。

誰かは知らないが逃げるための絶好のチャンスを作り出してくれた。今はそれだけで十分。

そう頭の中で納得させて守護騎士たちは各自逃走を図り、次々に別々の方向へと飛び去っていく。

そしてそれに続くようにシャマルも動こうとするが、シェリスの動向が気になってそちらに目を向ける。

視線を向けられたシェリスはそれの意味がよく分からず、なんで逃げないのと聞くような目を向けていた。

 

「えっと、シェリスちゃんは……一緒に逃げないの?」

 

「にゃ、シェリスはまだあの人たちにご用があるの。だからここに残るの」

 

あっけらかんと言ってのけるシェリスの言葉はとても信じられないものだ。

結界破壊をしたということはシェリスが自分たちの手助けをしたと見られ、それを理由に捕縛されても不思議ではない。

その可能性が十分にあり、尚且つ管理局員が多数いる中に一人残ると言い出したのだ。

とても正気の沙汰とは思えることではなく、シャマルとしても心配が先立つのも当然のこと。

しかし、そんな心配そうな視線を読み取ったシェリスは変わらぬ笑顔と共になんでもないように告げる。

 

「大丈夫だよ、シャマルお姉ちゃん♪ シェリスは強い子だから、あの人たちに捕まったりしないよ♪」

 

その自信がどこからやってくるのかは分からない。自信過剰過ぎないかと思いもする。

だけどシェリスがこう言うのであれば無理に止めることも出来ず、加えて考える時間もない。

故にシャマルは拭えない心配を抱きつつも、シェリスを残したまま皆を追うように撤退していった。

撤退していくシャマルの後姿を見送った後、シェリスは真横のある一点へと視線を向ける。

 

「…………」

 

向けられた視線の先にいたのは、仮面の男に吹き飛ばされたはずのクロノ。

守護騎士たちの撤退により仮面の男も姿を消し、クロノは事態が急変したことを理解した。

結界の破壊……状況が状況だけに出来るはずもないと思っていたそれは二人の突然の介入で裏切られた。

そして標的である守護騎士たちを逃した今、クロノが次に取る行動は唯一つだけ。

守護騎士たちの逃走の手助けをした少女、クロノが長きに渡って追い続けている事件の首謀者の娘――

 

 

 

 

 

――シェリス・アグエイアスの捕縛

 

 

 

 

 

まさかこうも簡単に姿を現すとは思ってもいなかった。

だが事前にアイラたちから聞きはしていたため、驚きありしも動揺はない。

むしろ以前逃がしてしまったのだから、今回は必ず捕縛すると強く思っているくらいだ。

 

「また会ったね、管理局の執務官のお兄さん♪」

 

見据えるような視線を向けられていても、シェリスの態度は以前と変わらない。

自分が何をしているのかを理解していない。自分が何をしたのかを理解していない。

唯言われるがままに動いている……そう感じさせてならない見た目幼い少女。

そんな少女を前にクロノはデバイスを突きつけ、義務的と感じる口調で短く告げる。

 

「君を捕縛、連行する。拒否権はない……抵抗するなら、力ずくでも」

 

「前もそうだったけど、なんで? シェリスはパパの言うとおりに動いてるだけだよ?」

 

「……君がジェド・アグエイアスをどう思っているかは知らないけど、彼は僕たち管理局にとって犯罪者といえる人物だ。本来ならその娘だからといって捕縛なんてしないけど、君は彼の指示に従って犯罪を犯してしまっている。過去も、そして今現在も……だから、君を管理局は彼同様の犯罪者だと認定しているんだ」

 

クロノの語ることにシェリスは心底不思議そうに首を傾げるばかり。

シェリスにとって説明が難しいというのもあるかもしれないが、それ以上に理解できないことがある。

故に不思議そうな顔で首を傾げたまま、本当に分からないというかのように尋ねる。

 

「じゃあパパと、家族と一緒にいたいって思うことは……管理局にとって悪いことなの?」

 

その言葉が本当に意味することが、クロノには分からなかった。

家族が大事だと思っていることはよく分かるが、それを今口に出して聞く意図が分からない。

以前のフェイトと似たような事情なのかとも思うが、アイラたちの話を聞けばそうとも思えない。

だとすればこの言葉に込められた意味は、シェリスたちが起こしている行動の意図は何なのか。

どれもが全く分からず混乱が頭を駆け巡るが表には出さず、クロノは無言でシェリスを見据える。

 

「その手段が間違ってるってことが分かんねえのかよ、クソガキが!」

 

突如響いた怒声と共に、シェリスの後ろから大きく振りかぶられた戦斧が振り下ろされる。

それはシェリスがクロノとの話に気を取られている隙に近づいたアイラによる一撃。

しかし、不意をついたにも関わらずシェリスの動きは早く、その一撃を容易に避けて宙へと距離を取る。

 

「にゃ〜、危ないよ、アイラお姉ちゃん。シェリスが怪我したらどうするの?」

 

「てめえみたいな理解力の乏しいガキはいっぺん痛い目見たほうが身のためなんだよ」

 

《加えて事態を引っ掻き回すお馬鹿な子にはお仕置きをってことだよ、シェリス》

 

アイラに続けて聞こえてきた念話は移動したシェリスの横のほうから。

それにシェリスが珍しく驚きを顔に出し、同時に周りを見渡すと多数の人間に囲まれているのが目に映る。

先ほどまで守護騎士と戦っていたなのはたち、そしてシェリスの接近にいち早く気づいた恭也とオリウス。

全員がシェリスを逃がさないと言うかのように各々の武器を手に持って取り囲んでいた。

 

だが、取り囲んでいるなのはたちに視線は向けられても意識が向くことはなかった。

それはなのはたち以上に、シェリスの意識を向けさせるのに十分な存在がその場にいたから。

 

「やっぱり、察知した魔力にあった覚えは間違ってなかったみたいだね……」

 

呟きながらデバイスを背中へと回して両手で持ち、そちらへと身体ごと振り向く。

振り向いたシェリスの顔には、本当に嬉しいとでもいうかのような満面の笑みが張り付いていた。

その笑みが向けられる一点にいるのは、黒きバリアジャケットを纏い小太刀サイズのデバイスを持つ恭也。

しかし、笑みが本当に向けられるのは恭也ではない。本当に向けられているのは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと会えたね、お姉ちゃん」

 

 

――恭也の持つデバイス、オリウスに対してであった。

 

 


あとがき

 

 

さて、突然のシェリスの介入で守護騎士たちには逃げられたわけだが。

【咲】 代わりにシェリスを捕縛できるチャンスが巡ってきたわよね。

だな。まあ、そう簡単にシェリスが捕まるわけもないが。

【咲】 でもさ、数でも恭也たちが勝ってるし、各自それなりの力を有してるんだから難しくはないんじゃない?

まあ、そこだけ見ればそうかもな。でも、前にも言ったがこの状況はシェリスのほうが有利になるんだよ。

【咲】 ああ、確か数が多いほどシェリスの独壇場になるってやつよね?

そうそう。シェリスの魔法は特殊なのが多くてねぇ……悪い言い方をすれば、人を馬鹿にしてるような。

【咲】 それってシェリスの戦い方がってことでもあるわよね。

そういうことだな。ともあれ、次回はようやくシェリスとの戦闘が見られるわけだ。

【咲】 数にして有利な恭也たちにシェリスがどう戦うのか、そこか見物よね。

そうだな。加えて今回、シェリスが気になることを言ったわけだが。

【咲】 オリウスをお姉ちゃんって言ったところよね? デバイスがシェリスの姉ってどういうこと?

さあ、どういうことだろうな?

【咲】 言う気はないわけね……。

物語の確信をつくことだしな。まあ、この時点で予想できる人には容易に出来るだろうて。

【咲】 判断材料が少し少ない気がしないでもないけどね。

まあ、それは確かにな。

【咲】 で、また話が変わるけど……今回ずいぶんと話が飛んだわよね?

だな。前回から日が経っているし、加えて今回は守護騎士たちとの戦闘シーンを端折ったし。

【咲】 原作を見てない人には分かり辛いんじゃない?

まあ、そこは何とか想像していただくしか……。

【咲】 不親切ねぇ……。

しょうがないだろ。あまり長くすると一章が際限なく長くなってしまうんだから。

【咲】 技量のなさが窺えるわね。

く……言い返せない。

【咲】 当然でしょ。じゃ、今回はこの辺でね♪

また次回会いましょう!!

【咲】 バイバ〜イ♪




姉発言!
美姫 「ああ、またしても謎の言葉が」
いやー、続きが楽しみですな〜。
美姫 「本当に。そんな気になる続きは……」
この後すぐ!



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