『夜天の騎士』





 イタイ――それが気が付いて最初に思ったこと。
 コンクリの壁に背を預けて気を失っていたのか――視線を前に向ける。
 右目は見えない……そうか、“彼女”に先程潰されたのだったか…
 右手は動く――が、握力はほとんど残ってない。ま、盾にはなるか。
 左手――穿たれた左肩が死ぬほど痛いが、あと一振りくらいなら大丈夫だろう。
 足は……まだ無事。神速は使い切ったが、動く事は出来る。
 総じて――まぁ、アレだ。目の前の女性への勝ち目はゼロ。逆立ちしたって勝てはしない。
 奇跡でも起きない限りは逆転は無いな。

「―――ははっ」

 勝ち目はゼロ。そんなの、最初から判っている。

 “俺ではこの“女性”には勝てない”

 そんなの、この人が関わっていると知った時から判っていた。
 俺――高町恭也では御神美沙斗には“絶対に”勝てない。
 同じ御神の剣使い―――なら、不完全な俺と完全に近い彼女では勝負にはならない。
 俺は――選択を間違えたのだ。だが、それでも―――

「それでも、譲れなかったんだ―――」

「―――何か、伝える事は?」

 冷徹な声。このヒトは、間違いなく今から俺を殺す。
 それも判ってる――その決意は、先程確かめた。
 俺がこのヒトの血縁者だろうが関係無い。このヒトは、俺を殺す。
 俺の辞世の句を聞いてくれるのが最後の情けか―――ありがた迷惑だ、コノヤロウ。

「護りたいモノがあった――」

 左肩の出血が酷すぎる。心臓に近いからか――このままじゃ動けなくなる。
 痛みを無視して、コンクリに背を預けて立ち上がる。

「――ソレを貴女が壊すというのなら――」

 視界が定まらない。血を流しすぎたか…
 吐き気と頭痛も酷い――

「――何が何でも貴女を殺す。殺されてでも、アンタを殺してやる」

 左目に写る世界の色が消える。それと同時に目の前の女性が必殺の型――得意の射抜の構えを取る。
 右手に持った小太刀を捨て、左の八景を握る手に力を込める。
 ハッ――小さく、笑ってしまった。

 いい加減諦めろ、タカマチキョウヤ。勝ち目は無い。―――諦めれば楽に死ねるぞ?

 それは誰が言ったのか――頭の中に響いた。
 諦める?馬鹿だろお前?何も残さず死ぬなんて、阿呆も良い所だ。

 苦しんで死ぬより何倍もマシだろう?

 そりゃそうだが、苦しんででも何かを成し遂げなきゃならない事ってのは、結構世の中に転がってるんだ。

 何だそれは?そんな事に何の意味がある?

 さぁな。それが生きている者の“生きている意味”ってヤツだ。
 大変面倒なんだが、俺も一応“生きている側”だ。だから、生きている意味を成さなければならんのだ。

 大変なんだな、人間とは。

 まったくだ―――本当に、面倒臭いと偶に思ってしまう。
 だがまぁ、大切なモノのために命を掛けるってのは、まぁ存外悪くない。
 あぁそうだ……悪くは無いな―――死にたくは無いが。

 自己犠牲か。最後に本音が漏れるのが無ければ、お前を尊敬している所だ。

 尊敬しない方が良い。死を受け入れたヤツの戯言など、無視しとけ。
 ああ、まだ、死にたくないなぁ

 他人事のように聞こえるぞ?

 そりゃな。俺はここで終わるってのは判りきってる。
 ここから逆転大勝利ってのは、少年向けのテレビ番組ならありえるんだろうが、現実は厳しくてね。
 奇跡が起きても無理だろ。

 そうだな。その出血量なら、この場を凌いでも――保って数分か。

 そんなに保つもんか。1分保てば御の字だろ。
 ―――まぁ、後一秒くらいで心臓ブチ抜かれるけどな。

 防げそうに無いか?

 右腕ごと撃ち抜かれるだろうな。
 この一撃の威力はさっき思い知った。これで詰みだ。
 ここからの手は一つも無い。

 だが諦めない?

 ああ。
 餞別代りに利き腕一本くらい貰っていく。
 そうすれば、不肖の弟子がなんとかしてくれるだろ――他力本願は心が痛むがな。

 前向きだな

 ああ、せめてそれくらいは残してやらないとな――コレでも一応師匠だ。
 師匠らしい事をしてやらないと、弟子が怒る。

 怒られるのは怖いか?

 ――怒るより、泣くかもな。
 それは本当に嫌なんだが――しょうがない。こればかりは諦めよう。

 そうだな。私も主に泣かれるのは嫌だ。
 ああ、その気持ちは多分判るぞ。

 そうか――誰かは知らないが、お前は結構良いヤツみたいだな。

 そうか?

 ああ、泣かれるのを嫌とも思えないヒトより百倍くらいマシだろう?

 そうだな――ああ、それにも同感だ

 気が合うな――この思考が妄想か幻聴かは知らないが、お前と現実に会えていたら良い友になれたかもな

 ほう――?

 本当に、残念だ。ああ、死ぬ前に残念がまた一つ増えたな…

 死にたくないか?

 当たり前だ。どんな状況だろうが、本当に死にたいと思う人間なんて居ないだろうよ

 そうか――

 そろそろ、終わりみたいだな

 ああ

 お前、名前はあるか?

 無い

 そうか――

 死にたくないのだな?

 ああ。死にたくない――

 なら、生かしてやる

 ほう……?

 必要な素体を探していて、思わぬ収穫だ。
 魔力値、放出量は並程度だが、その性格は気に入った。

 そたい?

 気にするな。で?死にたくないんだな?

 ああ

 良し。お前が死んだらこちらに召喚しよう
 良い具合に身体も余ってる――餞別も用意しとくとしよう

 何の話だ?

 なに、面白い会話をしてくれた礼だ
 そうだな――好きな色はあるか?

 む――黒だ

 良し。
 魔力値は67万といった所か。最大出力はこの8倍強。
 デバイスは黒――AIには私を使おう
 もって行くページは……40ページ分で良いか

 おーい?

 喜べ。世界最古の融合型デバイスのマスターになれるんだ。
 良いぞ――これなら神の理を超えられるかもしれない。

 帰ってこーい

 帰ってこいも何も、お前の傍に私は居ないがな。

 そりゃそうだ

 気に入ったぞ、タカマチキョウヤ
 お前となら“運命の穴”を抜けられそうだ

 あーそうかいそうかい。そりゃ良かった

 ああ、では、潔く死んでくれ

 瞬間、左胸に衝撃――続いて激痛。
 死ぬほど痛い――って、死ぬのか。
 先程の訳の判らない妄想のおかげで焦りとかはまったく無い。
 良い事だ。
 死んで会えたら、礼を言おう――そう誓って、左胸を穿つ右腕を両腕で掴み、肘関節ごと全力でへし折る。
 スマナイな、美沙斗さん。痛いのは我慢して下さい。
 って、俺は殺されたんだし、逆に割に合わないか――

「グッ――餞別だ。右腕一本君に、あげよう」

 そりゃありがたい。

「さよ、なら――」「ああ、さようなら恭也――眠れ」

 右胸に刺さっていた小太刀が引き抜かれる。
 ああ、コレが死か――

「―――っ――は」

 文字通り、死ぬほど痛いんだな――それが、最後の思考
 ああ――何と言うマヌケ。もうすこ――きの利いた、思こうは、ない――――か







《おはよう、起きろキョウヤ》

 ん――――んっ!?

「な、なに…?」

 ここ――は

「俺の部屋…?」《寝ぼけているのか、キョウヤ》

 ―――ん?誰だ?

《ここだ、愚か者》「………??」

 声のした方を向くが、何も無い。大体、この部屋の中にヒトの気配は無い。
 だが声は確かに聞こえる――

《枕元の宝石だ、察しろ》「…………は?」

 夜の蒼の中、その中で尚その存在を主張する黒が、そこに在った。
 って―――

「石が喋ってるのかっ!?」《騒ぐな愚か者。気付かれるだろう》

 いや、騒ぐなと言われても―――
 大体、ここは

「俺は、死んだんじゃ――」《もうモウロクしたのか?死にたくないと言ったのはお前だろう?》

 ぬ―――

「それはそうだが――」

 普通、言っただけで蘇れるのか、人間は?
 気付かないうちに月村にでも改造されたか?

《どうした、体なぞ弄って――》「いや…」

 あれは夢か?いやいや、さっきこの石が言ってたじゃないか
 と言うことは――

「アレか?お前が俺を生かしてくれたのか…?」《生かした、と言うのは的確ではないが、そんな所だ》

 ふむ

「ありがとう、助かった」《それは良かった》

 まぁ、この問答が正しいとは思わないが――俺も混乱してるし良いだろ。
 と言うかなんだ…この石、人を蘇らせる能力でも持ってるのか?
 こーいうのは神咲さんが詳しいが――

《身体に異常は無いな?》「む――ああ、特には無いな」

 腕を軽く振ったり、立ち上がってみたりするが大丈夫だ。
 異常は無い――先程穿たれた心臓がアレだが、問題無い。

《では、私の名前を決めてくれ》「―――名前?」《ああ、名前だ》

 名前、か――

「八景MkU」《却下》「龍麟MkUは?」《舐めてるのか?》

 そんな急に言われて思いつくか。

「――大体、お前はなんなんだ?何故俺に?」

《私とお前の波長が一致したからだ》

 なんだそれは

「どう言う意味だ?」

《そのままの意味だ。私とお前は根本でまったく同じ――たった二人の“融合可能者”だから、干渉した》

 “ゆうごうかのうしゃ”?

《“主”はもう決定してしまっているがな。だがそれで丁度良かった》

「???」

《―――判らないのか?》

 判るか。それだけで判るヤツが居たら、それこそ天才だろうよ。

「そこで本気で不思議そうに聞かれるのがアレだが、まぁ判らない」

《そうか――魔法にまったく関係の無い世界の住人だと、要領を得ないか…》

 何を言ってるんだ、この石?

「魔法…?」

《ああ。そうだな――簡単に言うとだ――――タカマチキョウヤ。お前には魔法の素質があるということだ》

 そんな馬鹿な。

「ま、魔法は、な、ないだろう……」

《何故そこで笑う》

 だってだな…

「魔法って――漫画かテレビの中の世界ではないか」

《そうだな》

 否定はしないのか

「――――本当か?」《当たり前だ。現実を見ろ愚か者》

 む……

《心臓を破壊されたお前が何故生きている?何故ただの宝石が言葉を喋る?》

 む、むぅ……

《お前は私に生を望み、私はソレを叶えた。契約は完了したのだ――もはや後悔している暇は無い》

「けいやく……」

《ああ――そうだ。タカマチキョウヤ、お前は、命を手に入れる代わりに、“闇の書”の担い手になったのだ》

「――死んで、生き返った…?」

《そうだ。“あの世界”で死んだお前は“この世界”で二度目の生を得た――》

 ―――――

《認めろ、タカマチキョウヤ》

「そ、それは――」

 み、認めて――良いのか?
 自分が一度死んで――蘇ったなんて事実。

「―――ぬ、ぬぅ」

 み、認めたくない――いや、本当に

「……寝て良いか?」《ん…?身体は疲れているのか?》「ああ」

 あと頭も

《そうか。それでは正常な思考が出来ないな――よし、この話はまた明日しよう》

「そうしてくれる、と助かる」

 もう、本当に――夢だと良いなぁ

《お前と言う“運命の穴”と出会えた奇跡に感謝する》

 なんだそれは?

《これで、今回で終われる》

 布団に横になった途端、思考が一瞬で闇に染まる――
 言葉は聞こえるが、頭に残らない

「よかったな」

《ああ、お前に最大の感謝を――タカマチキョウヤ》

 ただの石ころのクセに流暢な言葉――だけど何で、俺の名前だけ発音おかしいかな?
 はぁ――

「おやすみ」

《良く眠れ、キョウヤ。明日からは試練の日々だ》

 もう寝よう――願わくば、性質の悪い夢でありますように……





この声ってもしかして。
美姫 「繰り返してきた悲劇を終わらせたいのかもね」
だが、まだそうだとは限らないぞ。
美姫 「これからどんな物語が紡がれていくのかしらね」
気になる次回はこの後すぐ!



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る