とらいあんぐるハート3

Schwert und Gewehr(剣と銃の饗宴)』――das schmutzige Weltende(終末の穢土)――

GUARD OF 1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空港内での再会をひとしきり楽しんだ後、恭也とエリスはエリスの助手であるシュペリーの運転する車に乗り込み、ロンドンの町へと。

 

「まずは挨拶回りでもしようかと思っているんだが」

「いや、それは明日でいい。ちゃんとその時間も取ってある。今日1日はゆっくりしていてくれ」

 

 長旅とは言っても香港から飛行機で直行してきたのだからさほど疲れはない。まあちょっと座り続けていたから腰が窮屈なくらいだ。

 まだ時間は時差のせいで朝。時計を見ると10時をちょっと回ったくらいだった。

 

「今から宿泊場所に行ってゆっくりしろと言っても、かなり暇になるな……」

「……あ〜、ならロンドンの観光でもしていたらどうだ? 荷物は預けておいたらいいし」

「そうだな……せっかくだしそうするか。家族への土産なども見て行きたいところだしな」

 

 なのはは仕事とは言えイギリスに行けるのはいいなあと電話で羨ましげだったものだ。

 フィアッセにも会おうと思えば会えるわけだし、その点にしてもなのはには羨ましすぎるようだ。

 ちゃんと土産は買ってやらないと機嫌を損ねかねないなと苦笑する恭也。

 

「ロンドンか……イギリスには昔よく来たものだが、たいがいとーさんの仕事についてきていただけだからな」

「そ、そうみたいだな」

 

 士郎はフィアッセの父であるアルバート上院議員の護衛としてよくイギリスには来ていた。

 それに連れて行ってもらうという形で恭也もイギリスには来ていたが、あくまで仕事のために訪英する士郎についてきていたので、

 ロンドン市内を見回る時間があるわけではなかった。

 士郎の仕事中、恭也はフィアッセといたわけで、彼女のいる場所は当然ながらクリステラソングスクール。

 ロンドンからかなり離れているので、観光もしたことはない。

 

「そういうわけで俺はロンドンの街を知らないんだが……」

 

 地図があればそれでいいのかもしれないし、英語だってできるのだから人に聞けばいいだけ。

 とは言え、横にロンドン在住のエリスがいるのだから時間があるなら彼女にでも案内してもらえないものかと思った恭也。

 だがエリスとて平日の今日、仕事がないわけでもないだろうと考える。

 

「ま、まあ私が案内してやっても構わないけど」

 

 さっきからどこか話し方がたどたどしいエリス。今も目を背けながらそっけないし。

 なぜか運転席からシュペリーの明らかな苦笑が聞こえた。

 

「む、それは助かる。だが仕事はいいのか?」

「今日は仕事も特にないんだ。そうだろう、シュペリー」

「はい。昨日、今日の分まで仕事を済ませてしまわれていたので。緊急の仕事も今のところはないですね」

 

 エリスの仕事の手際の良さに感心する恭也だが、彼女は特に何でもないことだと無愛想に返すだけだった。

 ただ今日の自分の出迎えのためにそこまで無理させてしまったことには悪く思う恭也だが……

 

「別に気にしなくていい」

 

 恭也を知っている第三者が見たら、まるで恭也が2人いるみたいだと言うこと間違いなしな態度である。

 が、次のシュペリーの言葉には、恭也では取らないだろう態度を見せる。

 

「無理してらしたら、仕事の後にロンドン観光のチェックなどなさいませんよ」

「シュ、シュペリー!? なぜ君がそれを知っている!?」

「知っているも何も、食堂やロビーでいそいそとそうした本を見てらしたら気づきます」

 

 顔を赤くして運転席のシュペリーに身を乗り出して尋ねるエリスに、シュペリーは至極真面目に返している。

 

「……? なんだ、エリス。君はロンドン在住のわりに観光名所を知らないのか?」

 

 鈍いこの男には、ロンドン在住のエリスがロンドン観光の本をなぜ見ていたのかがわかっていない。

 エリスとて観光名所くらいさすがに知っている。ではなぜ観光の本など見ていたか?

 そんなもの、どういうルートを通るのが一番いいのかとか、できるだけ多くの場所を見て回れるようにしようとか、

 恭也に尋ねられた時にちゃんと返せるようにとか、夜景が綺麗な所とか、恋人が夕暮れには多い所とか……。

 まさに恋人がデートスポットをデート前に確認するように。

 

――――まあ、もちろん恭也には言わないが。

 

「知らないわけがないだろう。単なる確認だ。その……あ、あれだ!

 行動する前に情報を集めておくのはプロのボディーガードとして当たり前だろう」

「む、確かに。いざというときも同じように動けるよう、クセとして身につけておくには常日頃からの心がけが必要だな」

「そ、そういうことだ」

 

 納得する恭也に安心したような吐息をつくエリス。

 彼女の論理は間違っていないが、プロのボディーガードが観光の本を見るという辺りが誰でもちょっとずれてないかと思うものだろう。

 

「私はてっきり恭也様を案内して差し上げるためだろうと思ってましたが、それほど深い意図がおありだったのですね、お嬢様」

 

 どうやらここにはそのずれを感じる「常識人」はいないらしい。常識というか、単にこの3人、全員お堅いだけである。

 いい意味で真面目。悪い意味で鈍感。そんなところであろうか。

 

「ま、まあな」

 

 ただ今のところ、エリスには「ばれずに済んだ……」というふうに、その真面目で鈍感という要素がいい方向に働いているらしいが。

 何がばれずにすんだか? もちろん、恭也と2人で観光するつもりで準備していたという事実のことに決まっている。

 

「さすがだ、エリス。君のプロのボディガードとしての高い意識には改めて頭が下がる」

「べ、別に普通だ。当たり前のこと。褒められるようなことじゃない」

「いや、これは褒めるべきことだ。護衛とは常に警戒心を保っておかないといけない。

 だが現場の緊張感の中でいつまでもそれを保っているのは大変なことだ。これを鍛えるには常日頃から高い意識を持っておくに限る。

 君はそれができている。当たり前のようで、しかし非常に難しいことを。これを褒めないなど、それこそおかしい」

「な……あ、いや、その……あ、ありがとう」

 

 すまし顔ではあるが、恭也の熱の篭った評価は意外だったか、エリスも俯いて頬を染める。

 ただちょっと仕事一筋ばかりな印象を恭也に与えてしまった感じがして、複雑なところであったりもするが……。

 恥ずかしいけれど、乙女としては恭也のためにいろいろ調べておいたと気づいてほしいものなのだ。

 まあ気づかれたら気づかれたで必死に否定するが。だって恥ずかしいし。

 

「むう……これは俺も観光などと言ってられんな。やはり今日から早速挨拶回りをして意識を高めておかねばならんか」

「え?」

 

 即座に反応するエリス。話がちょっと思惑とずれてきている。

 

「うむ。観光はまた時間が空いたらにしよう」

「ちょ、ちょっと待て。別にそう急がなくてもいいんじゃないか? せっかくロンドンまで来て仕事だけで終わらせるのもなんだし……」

「いや、エリスの熱心さと真面目さを見ていたら俺も負けられん。

 そもそも今回は観光目的じゃなく、香港警防とマクガーレン社の友好関係のために来たわけでもあるしな」

 

 どうやらエリスのごまかしは一旦いい方に動いたが、ここでマイナス的な方面に働き始めたらしい。

 恭也の負けず嫌いとプロの護衛者――「御神の剣士」と「香港警防隊員」といったところ――としての魂を刺激されたようだが、

 エリスとしては「待て!」と言いたいところ。

 せっかくさりげなく(?)話を観光に持っていって、自分も時間があるとそれとなく(?)伝えて、

 2人の観光というシチュエーションを用意したのだから。

 そもそも観光の話が流れたら、昨日必死になって、今日という時間を空けるために仕事を片付けたのも、

 恭也が来ることになったと連絡があってからスケジュールを絶対入れないようにしてきた意味までなくなるじゃないか!

 

「プ、プロにも休息は必要じゃないか」

「む、それはそうだが……特に俺は疲れていないぞ。これでも香港警防で鍛えてある」

「あ、明日から挨拶回りとか式典とかあるわけで、堅苦しいこともあるんだから、今日のうちに気をほぐす方が……」

「体を動かす、か。ならば訓練場があるんだろう? そちらの人と交流を兼ねて戦闘訓練でもして……」

「く、訓練して体を痛めでもしたらそれこそ問題じゃないか。今日1日はおとなしくしておくんだ」

「それほど俺はやわではない。なんならエリス、俺と一戦してみないか?」

「いや、それは別にいいんだが、なにも今日じゃなくても……」

 

 内心では楽しみにしていた観光が戦闘訓練……確かに恭也の実力に興味があるからいずれしたいとは思っていたが、

 乙女的にはせっかくの再会後の2人というシチュエーションをバトルになんぞしたくないというのがあるわけで。

 でもそんな微妙な女心を高町家総意で朴念仁と称される恭也が理解できるはずがないわけで。

 

「せ、せっかく本を見て情報を得た意味がなくなるじゃないか! そ、それともアレか!? 君は私と観光するのはそんなに嫌なのか!?」

 

 恭也の鈍感さと強情ぶりについに口を滑らせるエリスである。

 

「いや、そういうわけじゃないが……何を怒っているのだ、エリス?」

「――はっ!? あ、いや、別に怒っているわけではなく、せっかく得た情報を無駄にするというのもアレでだな、つまり、その……」

「まあ確かに。せっかく調べてくれたものだしな…………ん? もしかして俺のために調べておいてくれたのか?」

 

 やっと行き当たった恭也である。しかし、やはりエリスは気づいてもらったら気づいてもらったで素直にうんと言える人間ではないので……

 

「か、勘違いするな! 自分の住んでいる地域のことを知っておこうと思っただけだ!」

 

 こう返してしまうのである。内心では「何を言ってるんだ、私は……!」と後悔してるわけであるが。

 だが顔を赤くしている点で恥ずかしがっているだけとわかる者はわかる。というか、普通10人いたら10人が気づくだろう。

 

「む、そうか。いや、すまない。少々自惚れていたようだ」

 

 気づかないこの男はどん底まで鈍感の朴念仁であろう。いっそ自惚れてくれた方が先方からすれば助かるのではないだろうか。

 そこでようやく静かになるのだが……

 

「それで、観光なさるのですか?」

 

 普通に尋ねるシュペリーもまた、間違いなく場を読めないほどに真面目すぎる人間なのだろう……。

 

――――誰か何とかしてやれよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 というわけで恭也はシュペリーに荷物を預け、彼女はそのままマクガーレン本社へと戻っていく。

 恭也とエリスが降りた場所は観覧車の前。観覧車と言っても遊園地に来たわけではない。

 

「大きいな。全体もそうだが、1つ1つのゴンドラまで」

「1つのゴンドラで25人乗れるからな」

 

 その観覧車は『ロンドン・アイ』と呼ばれる、直径135メートルの、世界最大の観覧車である。

 これを超えるものを作ろうと、上海などでも計画されているらしいが、今のところはこの『ロンドン・アイ』が一番だ。

 

「まずはこれでロンドンを眺めるというわけか」

 

 金を払い、早速乗り込む2人。他にも客は多い。その多くが観光客だ。

 恭也とエリスという、明らかに東洋人と西洋人という珍しいコンビ――この際カップルと言うべきか?――でも珍しくないと思えるほど、

 同じゴンドラに乗る客だけでも出身はいろいろ違う。

 ゆっくりと上がっていくゴンドラ。だんだんと見える景色が広がり、人がゴマ粒のように。

 目の前にあった川が真下へ真下へと。ロンドン市内を二等分するように横断するテムズ川だ。

 

「あそこに見えるのがタワーブリッジだ。生憎、今は開閉する時間じゃないから見れないんだが」

 

 テムズ川を渡る橋はいくつも見えるのだが、その中でも両端にまさにタワーのようにそびえ立つ塔を持つ橋をエリスが指す。

 

「その近くに立っている、あれがロンドン塔。『女王陛下の宮殿にして城塞』と言われ、

 今は儀式に使った武具や世界最大の530カラットのダイヤなどが安置されている」

「530……どれくらいの大きさなんだ?」

「え? え〜っと……こ、これくらいか?」

 

 野球のボール程度の大きさを手で形作ってみせるエリスだが、サッカーボール大になったりかと思えば野球ボールより小さくなったり……。

 

「情報収集不足だな、エリスよ」

「う、うるさい! こんなことまで聞かれるなどと思うか!」

 

 苦笑する恭也に本気で突っかかるエリスだが、周囲の目を集めてしまい即座にそっぽを向いてしまう。

 いつまでも放置するわけにもいかないので、謝りながら話しかける。

 

「ちょっと離れた所にあるあの塔……鐘か?」

「ああ、チャリングベルだな」

「なるほど。名前だけなら聞いたことがあったが」

 

 ロンドンと言えば東京のように経済と金融では世界最大でも知られる都市。

 それにしては東京と違い、ヘタに近代的なビルが林立――東京の場合、もはや乱立だろうか――するわけでもないし、

 昔の西洋建築物が今でも多く残っていて、歴史的な側面も顕著に残っている。

 

「あの時計塔がビッグ・ベンか。そしてそのそばにあるのがウエストミンスター宮殿――国会議事堂だな」

 

 ちなみにこの2つはテムズ川を挟んでロンドン・アイのほぼ向かいに位置している。

 

「さすがにそれくらいは知ってるんだな」

「馬鹿にしてないか? 俺とて有名な建物の1つや2つは知っているぞ」

「はは、すまない。あとで見に行くか?」

「ふむ。それよりバッキンガム宮殿に行きたいのだが」

 

 なのはからバッキンガム宮殿の衛兵の写真でも取ってきてほしいと言われている。

 あのアフロのような帽子をかぶっている兵士のことだな、と恭也も記憶している。

 

「恭也、仮にも英国陸軍(ブリティッシュアーミー)の中でも名誉ある衛兵の身なりにアフロなどと言ったら、殺されるぞ?」

 

 さっきの仕返しか、エリスは笑顔を消して半眼で恭也を睨む。

 彼女とてイギリス人。英国の淑女。己が国の誇るべきものを馬鹿にされれば、紳士淑女の国の女性たるエリスも怒る。

 まあ、今はさすがに相手が恭也なので怒ってはいないが、恭也にすれば彼女の視線はあまりにも痛い。

 

「す、すまん」

「ふふふ、私以外の者に言っていたらどうなったかな?」

 

 などと脅してみるエリスである。

 ちなみに英国陸軍は英国海軍(ロイヤルネイビー)英国空軍(ロイヤルエアフォース)と違い、「ロイヤル」の名称がつかない。

 

「言っていたのは俺じゃなく、忍なんだがな」

「シノブ? 友人か?」

「ああ。友人というか、悪友というか……困ったマッドサイエンティストだ」

 

 やれ彼女の家に行くといつも警備のロボットに銃撃されたり、レーザー光線で狙われたり。

 なぜ友人の家に言って戦争のように暴れまわらなくてはならないのかと言いたい。

 そのまま話が友人の話に移り、赤星や那美に。

 

「那美さんは霊能力者でな。その筋では有名な家系らしい」

「君の周りには不思議な人が多いな。確か珍しいHGSの知り合いもフィアッセ以外にいるんだろう?」

 

 自分でも思っていることをエリスにはっきりと言われ、決して自分が好き好んで特殊な人と交わっているわけではないと釘を刺しておく。

 言い訳しなくても私は気にしないと軽く返された辺り、信じてないなと恭也は参ってしまう。

 そのため話を変えるべく、家族の話へ。桃子になのは、美由希やレン、晶……。

 

「…………」

「そう言えばフィアッセは最近どうしているだろうか? 何度か電話でも話していたんだが、香港警防隊に入ってからは満足に……エリス?」

「何だ?」

「いや、なぜそう、険のある空気を纏う?」

 

 その無神経というか、朴念仁な言葉がなおさらエリスの機嫌悪さを助長しているのだが。

 まあ、好いた男がいくら家族とは言え女性ばかり上げていけばさすがに機嫌のひとつも損ねよう。

 こうなると友人とは言っていたが、エリスにしてみれば忍も那美も「もはやライバル?」と疑ってしまう。

 

「知らん。ああもう、なぜか撃ちたくなったよ」

「…………」

 

 人前で公然と危ない台詞を口にするエリスに、周囲の目を気にする恭也。

 結局その後ゴンドラが一周するまでギスギスとした空気のために、せっかくの眺望もロクに記憶に残らない恭也であった。

 

 

 

 

 

 何とかセント・ポール大聖堂に着いたときにはエリスの機嫌を直せていた恭也。

 ちなみに食べ物でも奢れば機嫌も直るかなとは思ったが、物で釣るのはいかんなと考え直し、

 エリスはエリスで自粛すべき機会を完全に逸してしまった結果、黙り込んでいるしかないという体たらくであったのだが。

 

「懐かしいな」

 

 言葉通り、懐旧の念がありありと聞き取れる言葉に、エリスも恭也とまったく同じ記憶を思い起こしていた。

 

「覚えているのか」

「ああ。数少ない、ロンドンで遊んだ記憶だからな」

 

 同じ記憶を共有するエリスとしても感慨深いもの。同じ瞬間、同じ記憶を浮かべているというのが、機嫌悪さと居心地悪さを一気に払拭してくれる。

 2人は大聖堂の中に入り、記憶にある通りに迷うことなく2人してその場所へ向かう。

 

「この階段だ」

 

 記憶にある、天井まで届く長い階段。高かった手すりが今では腰の辺りにある。

 

「フィアッセと恭也、そして私が初めて3人で遊んでいた日だったな」

「ああ」

 

 セント・ポール大聖堂は先端にあるドームの頂上の塔まで上ることができるのだが、エレベーターなどはないため全部階段で上がることになる。

 かなりきつい道のりだが、頂上からはロンドン市内が一望できるのでトライする価値はあるのだ。

 かつてフィアッセを入れた3人でここに来たことがある恭也とエリス。

 フィアッセを介して初めて会ったときのことで、そのときは2人とも、簡潔に言えば仲が悪かった。

 正確に言えば、エリスが勝手に恭也を敵視していただけなのだが。

 

「いろんな嫌がらせをされた記憶があるな。無視されたり俺だけ飲み物を持ってきてもらえなかったりと」

「いや、その、あれはだな。子供の頃のちょっとした……あ〜、何と言うのか……」

「正直、なかなかに嫌らしい子だと思ったぞ」

「…………」

 

 小さい頃の男女というものはあまり性別など気にしないものなのだが、当時のエリスにすれば恭也は毛色の違う、異星人みたいなものだった。

 要するに、フィアッセが変な奴に取られかねないと思えたわけだ。

 大事な友達を護りたい。そうした結果なのだ。

 

「今思い起こせば、ずいぶんと可愛らしい嫉妬ではあるがな」

「うるさい。笑いたければ笑え」

 

 そう言うくせに、笑ったら怒って口を利かなくなることは容易に想像がつくので、恭也は肩を竦めるに留めた。

 

「フィアッセがここでちょっと席を外したから2人になったんだったな」

「ああ。それで私が勝負を持ちかけた」

 

――――『私が勝ったらフィアッセに近づくな』

 

 それが当時のエリスが恭也に提示した要求だった。

 何を持って勝負するか――この階段を使った、『どちらが先に頂上に辿り着けるか』勝負。

 

――――『受けて立つ』

 

 その頃の恭也はすでに精神的に実際の年齢よりかなり熟している子ではあったが、

 エリスのそれまでの態度にはいい加減腹に据えかねていたため、即答した。

 

「で、引き分けと」

「恭也、あの時本気だったろう?」

「まあな。戦えば――」

「"戦えば勝つ。それが御神流だ"、だろう? ふふ、変わらないな」

「むう……」

 

 口癖はその頃からだった。そのことは恭也も覚えてなかったが、エリスが言うのだから間違いないのだろう。

 あの後追いかけてきた、2人以上に息も絶え絶えだったフィアッセが、疲れきって下りることができなくなり、2人してフィアッセを背負って下りた。

 じゃんけんで負けたらフィアッセを背負うこと。エリスはそのとき初めてじゃんけんを知ったのだ。

 

「最初はよかったが、しばらくしたらさすがに私たちも疲れていたからな」

「ああ。じゃんけんに勝つために必死だった記憶がある。しかし……フィアッセを怒らせてしまうとは思わなかった」

 

 恭也とエリスも疲れはあった。だから途中辺りからフィアッセを背負いたくなくなったのだ。

 そのため、負けた方は本気で悔しそうにし、連敗したときは不平を口にしたものだが、それを聞いていたフィアッセが、

 そんなに私は重いかと聞いてくるわ、2人とも私を背負うのが嫌なんだとその場で座り込んで怒り出した。

 

「と言うか、恭也。男ならあそこで『俺が背負う』とくらい言うべきだろう」

「無茶言うな。いくら俺でもあの歳で年上のフィアッセを背負うのは厳しすぎる」

「無茶を押してこそ紳士というものだぞ?」

「ならば紳士を助けるのが淑女たるものだろう」

 

 そんなことを言い合いながら、2人はいつの間にか頂上まで上りつき、かつてへたり込んでいた場所を見て笑いつつ、

 頂上から望むロンドンの景観を満喫するのだった。

 

 

 

 

 

 大聖堂を出た後、チャリングクロス駅に行き、その次に2人はコヴェント・ガーデンへ。

 かつては市場として栄え、今では観光客相手のショッピングセンターとしての面を持つ。

 そこで簡単な食事を済ませる2人。

 

「凄い人ごみだな」

「とか言いながら人に当たらずに動ける辺りはさすがだな」

 

 ホットドッグとコーヒー。本当に簡単な昼食。

 時期はすでに秋。イギリスの緯度からすれば日が照るこの日中も、長袖でも涼しいくらいだった。

 オープンカフェなので外でゆったりする。周囲でも同じようなカップルや家族連れが多い。

 

「私たちはどう見えるだろうな?」

 

 ふとエリスは聞いてみた。多少意識して聞いてみたりするのだが、恭也のこと、気づいてないだろうとはエリスもわかっている。

 恭也は周囲を見回し、そうだなと言いながら少しばかり思案顔になり……

 

「まあ恋人と言うより、ビジネスでもしてるように見えるかもな」

 

 エリスの言っていることを察したようで察したわけでもなさそうな返答。

 わかっていたとは言え少々がっかりするエリス。でも恭也の意見ももっともだろうなとも思った。

 カップルなら私服が基本の者がほとんど。

 対して恭也もエリスもスーツだ。恭也はネクタイを外し、背広も前を開けて開放的な感じに多少崩しているが。

 

「さしずめ、エリスが優秀な上司で、俺はそれについていっている新人の部下というところか」

「新人の部下にしてはずいぶん服の着方がアレだけどね」

 

 ああ言えばこう言う奴め、と恭也は頭をかく。エリスはそれを見て意地悪く笑いながら、組んでいる足を逆にしつつコーヒーを口にするのだった。

 その光景は確かに女性上司に言いくるめられている新人部下のようだった。

 

 

 

 

 

 その後はネルソン提督の像があることでも有名なトラファルガー広場に寄り、次に行くのはナイツブリッジ。

 百貨店などが並ぶ通りに面するその内の1つ、ハロッズへ。

 

「来て早々に土産を探すというのもどうかと思うが、まあ、いつ来れるかわからんしな」

「荷物になると大変だし、今日は見て決めておくだけにすればいい」

「そうしよう」

 

 ハロッズは世界にも知れ渡る百貨店。何でも揃っていると言ってもいい。

 これだけあればすぐにいいものが見つかるだろうと思ったわけなのだが……

 

「いいものが多すぎて逆に困るわ……」

 

 これにしようと思って別の所へいくとそれ以上にいいものが見つかったりするのだ。

 今日は買わないことにして良かったと思いつつ、なぜか増える手荷物にそろそろ恭也も首を捻る。

 

「……エリス。確か俺が土産物を探すはずではなかったか?」

「気にするな」

 

 すでに恭也の両手に持たされた紙袋は4つ。

 

「おい、エリス」

「……これが最後だから」

 

 やはりエリスも女性ということか、衝動買いのようなことをしてしまうのだ。

 計画性のあるエリスだが、普段はマクガーレン社の社長令嬢にして名うてのボディガード。

 仕事は恭也のように訓練など体を動かすだけではなく、書類仕事や接待などもあるわけで、

 詰まるところ、こうして遊びに出かける時間なんて滅多に取れないのだ。

 

「なぜか納得できんぞ?」

「紳士なら女性の荷物を持つのが当たり前だぞ?」

「それは認めよう。しかしだ。重いものを持っている紳士を放置して、せかせかと先を行くのは淑女として気配りが足りんと思うが」

 

 ハロッズに実に3時間。比にしてみるとだいたい1対2である。

 何がって?――そりゃ、『恭也のために見て回った時間』対『エリスのために見て回った時間』の比である。

 女性の買い物は長い。

 計画性のある女性だろうが羽目を外すと同じことである。恭也は1つ賢くなった…………気がした。

 で、エリスは恭也の追求を躱すべく、せかせかと歩を進めてしまう、というわけなのだ。

 

「まったく……ん?」

 

 そこで恭也の目に入ったのは看板に表示された地名。

 

「ベーカー街……ほほう、シャーロック・ホームズで有名なベーカー街か」

 

 最近推理小説にはまった恭也だが、やはりホームズの本は外せないとメジャーながら読んでいた。

 

「推理小説……君がか?」

「随分な言い草だな。本はよく読むし、勉強するにももってこいだったんだ」

 

 実際、英語版の小説や新聞を読むのが勉強には適しているとよく言われる。

 小説はともかく、新聞は日本でも正しい日本語で書くように徹底されているので、正しい文章を目に焼き付け、発音するにはピッタリの教材だ。

 

「勉強?」

「……エリス。言いたいことがあるならはっきり言え」

「君が勉強するというだけで珍しいのに、効率的な勉強のための知識まで仕入れているとは思わなかった」

「はっきり言いすぎだ!」

 

 忘れてはいけない。エリスは意外でも何でもなく、きつくて容赦ない物言いなどしょっちゅうのことだと。

 フィアッセの警備を引き受けた際に久しく会った際も、今だに剣などを使っていることに突き放す物言いをされたものだ。

 

「あれは言いすぎだったと反省している」

「別にいい。事実だしな。それより、少し見て行ってもいいか?」

「ああ、構わない」

 

 ホームズの記録が残されている記念館に入ったり、近くの店でホームズゆかりのものを見て回る。

 エリスがなにやら思いついたように、特徴的な、両側につばがある帽子とパイプを恭也に渡した。

 

「はっはっはっはっは!」

「…………」

 

 挙句、恭也にかぶらせ、さすがに売り物なので咥えさせはしないが手に持たせて。

 即席のホームズ恭也にエリスはつぼに入ったように笑っている。

 もちろん恭也は気に食わないのでムッツリするのだが、小説の挿絵などで描かれる、思案顔のホームズもそういう顔だ。

 だから尚更それを知っているエリスとしては笑わずにはいられない。

 

「むう……エリス、ならばお前もかぶれ。ついでにこのマントのようなものも着ろ」

「え? お、おい、ちょっと――!」

 

 黒と明るめの茶色のチェック柄のケープを着せ、同じようにエリスに帽子とパイプを。

 ちなみに恭也はワトソン風と言われて小さな丸いメガネをつけさせられた。

 なぜか似合っているエリス。そのお供のようにいた恭也は確かにワトソン。

 観光客がホームズとワトソンのコスプレのようなものに勘違いして、一緒に写真に写ってくれと言われる始末だった。

 

 

 

 

 

 今度は恭也が不機嫌になってエリスが追いかけるという構図のままでバッキンガム宮殿に行き、なのはの依頼通り、衛兵と写真を。

 それだけ回るとさすがにいい時間。

 最後にこの時間なら是非言っておくべきとエリスが言うので、その場所へ行くことにし、

 少々歩き続けな上、手荷物――大半がエリス購入のもの――があるので、

 ここはエリスの出費で、有名な黒いタクシー……いわゆるブラックキャブに乗ってちょっとリッチに車からの観光を。

 

「公園か」

「ハイド・パーク。こうした都市だと自然が少ないと思われがちだが、ロンドンには各所にこういう公園がある。

 このハイド・パークはその1つで、結構有名だぞ」

「待ち合わせなどをする時にはいい場所だな。ピカデリー・サーカスという待ち合わせなどに使われる場所があるとは聞くが」

「ああ、確かにあそこは良く使われている。だが交通量の多いど真ん中だし、人が多いところが苦手な君ならこっちの方がいいだろう?」

「確かにな」

 

 秋に近いこの時期なら、夕暮れという時間。2人はベンチに座って、鍛えられたとは言え、さすがに疲労を覚えている身を落ち着ける。

 

「ずいぶん回ったな。いや、これでやっとロンドンに俺は行ったことがあると言える」

「それなら何よりだ。私も調べた甲斐がある」

「……やはり俺のために調べてくれたのか?」

「……さあな」

 

 シュペリーの運転する車の中での会話と同じながら、今度ばかりは疲労からか、もう充分観光できた満足感からか、

 余裕のできたエリスは反論することなくそれだけを返した。

 

「明日はいろいろと面倒な式などもあるが、それさえ終われば業務が始まる。我慢してくれ」

「ああ」

 

 背もたれに背を預け、両腕も乗せながら、暮れつつある夕焼けの空を見上げる恭也。

 大丈夫だと思ったが少し風が冷たい。やはり日本や香港より寒さを感じるのが早い。

 

「あ〜、何だ。いちおう、君は私が受け持つ仕事で一緒に来てもらうことになるが……か、構わないだろうか?」

 

 断られるはずなどないのだが、エリスは自信なさげに聞いてみた。

 

「そうか、またエリスと仕事ができるんだな。あのとき以来か」

 

 フィアッセの日本でのツアー警備に付き合ったとき以来。

 どれだけエリスが強くなったか、しっかりと見せてもらおうと恭也は少し挑発的に、意地悪く笑って見せた。

 自信なさげだったエリスも、それで勢いを取り戻したように「それはこちらも同じだ」と言い返す。

 

「覚えてるか、空港でのこと」

「覚えてるさ」

 

 恭也がツアー警備に付き合ったのは、ツアーが日本で開催される間だけだ。まだ恭也も大学生だったからそれは仕方のないこと。

 ツアー中ずっとフィアッセの護衛についていたエリスとは、空港でフィアッセと一緒に別れた。

 エリスが言っているのは、その最後にフィアッセを頼むと言って拳を突き合わせたときのことだろう。

 

「護りたいもの、護るべきものを護る。互いに誓ったようなものだからな」

「フィアッセの警護はあの後、何事もなく終わった。けど私たちの仕事は終わらない」

「ああ。今もこれからも、俺たちは護るために」

「君は剣。私は銃」

「俺は香港警防、エリスはマクガーレン社のプロのボディガードとして。だが所属が違おうと関係ない」

「ああ。やりたいことはただ1つ、護ることだ」

 

 だから、今回の香港警防とマクガーレン社の友好のためという理由はきっと叶えられるだろう。

 そんなものがなくても、現実にしてみせよう。

 自分たちが、やり遂げて見せよう。

 

「明日からしばらく、よろしく頼む。恭也」

「こちらこそ、エリス――いや、『相棒』か、この場合」

 

 夕焼け空が星の見える夜空に変わる頃、2人は以前の空港での時のように、互いの拳を突き合わせて不敵に笑い合うのだった。

 

 

 

 

 

――続く――

 

 

 

 


あとがき

  T 「はい、皆様こん○○わ!合同作ということですが、正直役に立ってるかどうかわからない私ことT.Sです!!」

  F 「何を仰っているのか……と、T.Sさんにツッコミしつつ、合同作を楽しんでいるFLANKERです!」

  T 「さて〜、合同作、剣と銃も第1話目ということですが、どうなんですかね? 私……ほんとに役に立ってるんですかね?」

  F 「今回のほのぼのは私が担当しましたが、次回からの、この作品の根幹に入っていく過程ではT.Sさんのネタが入ってるじゃないですか」

  T 「……そうだっけ?」(オイ

  F 「皆さん、T.Sさんに謙遜のしすぎは逆に私のような作者にダメージを与えるものであると教えてあげてください!」(w

  T 「む……これは謙遜などではありません!! ただ、我が相方(主に咲)に苛め抜かれた結果なのです!!」

  F 「わかります、その気持ちは! 私も本編のあとがきにて恭也と蒼牙とクロノに殴られまくりですから!

     ……なんか殺気を感じるのでこれ以上言うのはやめときますが」(ガクガクブルブル

  T 「凶悪な相方を持って、お互い大変ですねぇ……」(泣

  F 「まったくです、言いたいことも言えないとは……!orz  まあ、落ち込むのはこれくらいにして(哀しくなるから)……。

     今回は恭也とエリスの半分デートみたいなロンドン観光でした」

  T 「正直、私は観光名所の名前ぐらいしか知らなかったので、FLAKERさんが送られてきたこれを見て、私自身勉強になってしまいました」(w

  F 「私もイギリスには行ったことがないんで、あくまで知識を動員しただけです。

     しかしまあ、大聖堂での話や、ホームズの話のあたりは特に楽しんで書けたなあ」(w

  T 「ふ〜む、確かにホームズの辺りの話は私も楽しませてもらいましたよ。

     自分も楽しんで書きつつ、読む者も楽しませてくれる……いや、ほんとに見事な手腕です」

  F 「先輩から褒められてしまった私はさらに有頂天になってしまいますよ?w  さてさて、次回は話がちょっと動いていきますね。

     まずは恭也とエリスのマクガーレンでの初訓練。そして後半には、うちの本編のアレンフォードみたいな奴が出てきます」(w

  T 「あれは〜……確かにアレンフォードみたいな奴で納得してしまうような奴ですねぇ」(w

  F 「私が書くとどこでもああいうのが出てくるのかなあ……『空と翼』にもワイスマンがいるし……orz

     くっ、落ち込むのはやめよう……また哀しくなるから……というわけで、次回はストーリーが動きます!」

  T 「次回の話が、今後の物語がどう動いていくのか……ご期待あれです!!」

  F 「それでは今回はこの辺で失礼します〜」





シュペリーさんも、また良いキャラをしているな。
美姫 「この三人、意外と面白いわね」
問題は、誰もボケではなく、また突っ込みでもない、ただ真面目なだけ。
美姫 「故に、一度嵌ると似たような事を繰り返すのね」
しかし、後書きで何やら気になる言葉が。
美姫 「やっぱりこのままほのぼのではすまないのね」
ああ、一体何が待っているんだろう。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
待っています。



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