空と翼の軌跡
LOCUS OF 21
「まさかあんなことになっちゃうなんてね〜」
工業都市ツァイスの町は、白で統一されたルーアンとは違って、一言で言うならとても機械的だ。
区画は整備され、伝統的といった建築様式で立てられたものは少なく、同じレンガや木材を利用しているにしても、
文化的なものは特に感じられない。
またツァイスの街の北側に立つ、そびえるが如き中央工房。
城ではないが、中央工房を城とした城下町のような風情。
特にその『城』がゼムリア大陸でも最先端を行く工房なのだから、『城下町』も機械的になっているからと言って、
それは当然なのかもしれない。
「それほど街の人に動揺はないみたいだね」
鳥の鳴く声が気持ちのいい朝。
エステルとヨシュアはいつものように身なりと装備を整え、ホテルから出て遊撃士協会ツァイス支部へ向かっていた。
ヨシュアが周囲を見て昨日の騒動での住民たちの反応を窺うが、人々はちょっとした噂話をしている程度。
中には笑って「驚いたね〜」だの「ま〜たラッセル博士じゃないの?」と笑ってさえいる。
「やっぱりここが工業都市だからかな。それも大陸の最先端を行く街だからね」
「何か起こっても中央工房が解決してくれるってことなのかしらね」
あまり騒ぎにならなかったのならそれはそれでいいことだ。
「ただ何と言うか……あんな事が起こっても笑い話にできるっていうのはちょっとどうかと思うんだけどね」
「ホント。ラッセル博士って普段どんなものを作ってんだか……」
エステルとヨシュアはどちらからともなく、合わせる気もないのにため息が合わさってしまった。
恭也が何とも言えない顔をしていたのも頷ける。
とりあえず昨日の件で問題が起こって遊撃士協会にも何か依頼が入ってきているかもしれないと、
2人は少し歩みを速め、ツァイス支部に到着。
「あら、おはよう」
すでに用意を済ませて受付の仕事をしていたキリカが、特に表情を変えることなく。
無愛想な人といった印象を最初に受けたエステルとヨシュアだったが、ティータが恭也と会ったことや恭也からの伝言を聞くと、
微かに笑って受け答えしていたところを見れば、悪い印象は抱かなかった。
恭也からも「気がつきすぎるくらいに気がつく優秀な人だ」と、多少苦笑混じりに言われており、
なぜ苦笑していたのか、その辺りの事情を2人も察する事ができた。
「おはようございます」
「おはようございます、キリカさん。あの、昨日の件で――」
「特にツァイス市民に不安の声はないわ。導力停止が収まった後、何件か連絡は入ってきたけれど。
苦情もかなりあったそうだけど、それらは全て工房の方ね」
そうした市民の声は遊撃士協会より中央工房に向かっていたらしい。
明らかに導力の異常なのだから、確かに遊撃士協会より中央工房に苦情や問いの声はいくだろう。
それにツァイスでは中央工房の工房長がツァイスの市長も務める伝統があり、
中央工房が市の役所にもなっているため、尚更のこと。
「マードック工房長もどうやらラッセル博士が関わっているといった旨のことを言ったらしいわ」
「あの〜、ラッセル博士の研究のせいってことにしたんですか?」
「まあ、実際無関係ではないし、市民の不安がそれでなくなるならそれに越したことはないでしょう」
もしかしてこういうことが日常茶飯事なのかと、エステルとヨシュアは顔を見合わせる。
ラッセル博士。なかなか侮れない人物である。
そしてツァイス市民の肝は相当据わっているのかもしれない。
「でもちょっと博士に悪い気が……」
「心配しなくていいわよ。博士なら昨日のことで早朝から中央工房に走っていったっていうから。それも笑顔で」
「「…………」」
何にも気にしてませんと言うかの如き行動に、エステルとヨシュアも彼を庇う気が失せた。
と言うか、心配するだけ損という感じだ。
棒を突いて老人の如くへたり込むエステルと、そんな彼女の肩を叩いて同感の意を示すヨシュアを見て、
キリカはこの2人も早速恒例の被害者になったらしいわねと目を閉じた。
恭也もそうだが、こうしてツァイスにやってきた正・準を問わず、
遊撃士たちの多くは、一度はラッセル博士絡みの問題に巻き込まれる。
直接彼に関わった恭也、そしてエステルやヨシュアが脱力する程度もひどくなるのは言わずもがな。目の前の通り。
「気持ちはわかるけれど、貴方たちも色々やる事があるでしょう。元気を出して行ってらっしゃいな」
導力停止現象のおかげか、不安の声はないものの、それによると見られる機器の異常などで、
遊撃士協会にも色々と依頼が舞い込んでいた。
やれ街道にあるオーブメント照明の具合が悪くて魔獣がうろついているだの、
運搬機が途中で故障したのか帰ってこず、連絡も取れないだの。
他の遊撃士たちがすでに動いていて、それでもやはり手が足りていないらしい。
「とりあえずまずは中央工房に行って博士に会ってくることね。
博士のお孫さんのあの子がいればフリーパスでしょうし、お願いしてついてきてもらいなさいな」
「依頼の方はいいんですか? 私たち、研究のお手伝いみたいなことまではさすがにできないし……」
「もちろん、博士との話が終わったらいくらでも」
そこで笑みを浮かべるのだから、エステルとヨシュアはこの只者ではない女性に寒気すら感じてしまう。
「……ジャンさん以上にこき使われそう」
「あら。私は彼ほど人使いが荒いわけではないわ」
キリカはラッセル家に行って、中央工房に入れるようにティータについてきてもらいなさいと指示。
エステルとヨシュアは彼女のてきぱきとした指示に従い、まずはラッセル家へ。
「何で支部の受付担当の人はこうも容赦のない人たちばっかりなわけ?」
「僕に言われても……でもボースのルグランさんはそれほどでもなかったでしょ?」
「そうだけどさ〜。この分だと王都でも休む暇もなくこき使われそうね」
「エステル、文句を言わない」
「はいはい」
頭に手をやってぶつくさ言うエステルに、ヨシュアはその横で仕方がないなあと笑っている。
いつもの構図。お互い、こんなやり取りをするのがその居心地のいい距離を示していた。
「それにしても……ホントに何なのかしらね、あれ」
晴れた空を見上げつつ、エステルは口にした。
「うん、ますます謎だね。
古代遺物を機能停止に追い込むくらいだから相当なものであるのはわかってたけど、
まさかツァイスの街1つの導力を完全に停止させてしまうほどなんて」
昨夜起きた導力停止現象。ツァイス市の、導力を使った機器を全て停止させてしまったのだ。
通信機器、工作機械、照明器具……種類を問わず、導力が関わっていれば全て。根こそぎ。
ルーアンから到着した後、エステルとヨシュアはすぐにティータの案内でラッセル博士とマードック工房長に会った。
2人ともカシウスの知り合いであり、2人のことは聞いていたため、
ティータの紹介と、力になってやってほしいという恭也からの手紙もあり、すぐに『黒の導力器』に対応してくれた。
すでに夜のことだったので、ラッセル博士が自分の家にある工房でまずは解析してみようということで、
エステルとヨシュアもラッセル家にお邪魔して解析に立ち会った。
そこで起こったのだ。
解析しようと導力を通して機器を動かした途端、『黒の導力器』が反応。
ルーアンのときのように黒いオーラを周囲に放ち、まず自身に干渉しようとした工作機械を止め、
その勢いを止めずにツァイスの街1つを導力停止に追いやった。
エステルの目には、窓から見えた、照明が消えていってツァイスの街がどんどんと暗くなっていく光景が焼きついている。
「う〜〜〜〜ん……やっぱりさ、兵器、なのかな?」
エステルが若干小声で話しかけてくる。
朝方とは言え、人は多い。ヨシュアも周囲をざっと見渡し、こちらの話が聞こえないように小声で返す。
「その可能性は高いね。あれだけ広範囲に、それも強力に導力を停止させる事ができるなら、きっと導力戦車も止められるだろうし』
今の軍事技術も当然主力に据えているのは導力兵器だ。
歩兵レベルの導力銃から、主力兵器の導力戦車まで。リベールを例にするなら、あの高速巡洋艦『アルセイユ』とてそうだ。
導力兵器は火薬式とは違い、威力を調整できる。
通常の弾丸程度の攻撃から、チャージして威力を高めることもできる。
だから殺傷弾や非殺傷の衝撃弾などに交換する必要もない。
「だとすれば怪しいのは……エレボニアよね、やっぱり」
「……エステル」
空を見上げたままだが、エステルの顔にいつもの明るさはなく、無表情に近い。
ヨシュアは彼女のそんな顔が好きではない。
楽しいなら楽しい、悲しいなら悲しい、つらいならつらいと、はっきりと表情を示すエステルが、彼が好意を抱く相手の長所だ。
――――どこか壊れている自分にはそれができないから。
「エレボニアは許せない?」
「許せないとは言わないし嫌いでもないけど……母さんが死んだ理由だからね。納得はできないし、好きにもなれない」
エステルの母――レナ・ブライトは、『百日戦役』の犠牲者の1人だった。
エステルが大好きだった場所であるロレント市の時計塔。
ロレントを包囲したエレボニア帝国軍が王国軍の反撃によってロレントから撤退することになったとき、
半ば八つ当たりのように砲撃を撃ち込んだ結果、時計塔に命中して崩れ、
エステルが瓦礫の下敷きになりかけたところをレナが身を挺して護り、代わりにレナの方が逝ってしまったのだ。
「たださ、いつまでもそんなこと言ってたってしょうがないじゃない?
女王様はエレボニアとの仲を戻そうとしてるけど、あたしはそれでいいと思うし」
「…………」
「好きにはなれないけど、いつかはって思う。憎んだり恨んだりはしたくない。だって母さんはそんなこと望む人じゃないから」
当時まだ6歳でしかなかったエステルだが、笑顔が綺麗で優しいレナの記憶はちゃんと残っている。
カシウスとて彼女の笑顔の前には絶対に勝てず、さりとて夫婦仲は良く、エステルとしては母のような温かい人になりたいと思う。
「やっぱりさ、笑っていたいじゃない? エレボニアの人といつまでも愛想笑い浮かべて、内じゃ憎んで恨んで、なんて暗くて嫌」
「クローゼとそうだったみたいに心から笑っていたいってことかな?」
「そうそう。その方が断然楽しいじゃない! 毎日がこう何ともなしに」
無理をしている……ふうには見えず、ヨシュアは途端に拳を握って力説するエステルに笑みを浮かべた。
(やっぱり君はそういう顔の方が似合ってるよ)
無表情は消え、熱く語るエステルの顔は考え込んだり得意満面そうになったりと忙しない。
「お人好しだね、君は」
悪い意味ではなく、ヨシュアはそれもエステルの長所だという意味で言ったのだが、エステルには皮肉と受け取られたらしい。
ムッとしてエステルは顔を背けた。
「あ〜あ〜、そうですか! 何でわかんないかな、ヨシュアは!」
「わかってるつもりだよ。実際、オリビエさんとはそんな感じだったしね」
「ゑ」
エステルが眉間にこれでもかと皺を寄せた、本気で嫌そうな顔をしてヨシュアを振り向いた。
そんな顔をする理由はヨシュアにも見当がつくのだが、それではあまりにもあの演奏家が報われないなと苦笑。
まあ、あの男の自業自得だろうが。
「いや、ゑって……彼、エレボニア人じゃないか。でもエステルは普通に話してたでしょ?」
「うわ、やめてよ。本気で寒気するから」
「それはちょっと可哀想じゃない? 悪い人じゃないんだし」
「あれは論外。エレボニア人だけど、あれはそういう問題じゃないってことで」
オリビエ・レンハイム。
そう名乗る、自称『旅の演奏家』。
肩に届く長めの金髪で白のロングコートに赤いタイと、またキザな風体をし、なぜかリュートを手にするエレボニアからの旅行者。
ボース地方で空賊事件の調査をしていた際、遊撃士嫌いのモルガン将軍といざこざがあり、
険悪ムードが漂う中、いきなり歌を歌って乱入し、その歌で衝突という事態になりそうなところを止めてくれた人物である。
ただそのときに……
『ふっ、わかってくれたようだね。愛は世界を救うということを……今風に言えば"ラブ・&・ピース"』
などと意味不明な言葉を口にし、「決まった!」と言うかの如く、髪をかき上げる仕草さえ恥ずかしげもなくやってしまうのだから、
エステルたちもモルガン将軍たちも無視を決め込んだくらいだ。
その後もボース市の高級飲食店で高級なワインをピアノ演奏の代金だとただ飲みするわ、
王国軍に無銭飲食犯として捕まって牢屋に入れられているわと、まあわけのわからない人物で……。
そのくせ、どこかヨシュアのように切れ者で、しかもふてぶてしいくらいにエステルたちにくっついて、
結果的に空賊事件にまで協力してくれた。
「だいたいシェラ姉を口説くのはわかるけど、ヨシュアまで口説くってどういう神経してんの、あれは」
「エステル、できればそれは言わないでほしいんだけど……」
「おまけにあたしは無視するし! 悪かったわね、色気がなくて!」
「お、落ち着いて、エステル」
結局最後までわけのわからない男だったが、銃の腕とアーツに関しては一級品で、空賊事件解決で助かったのは事実。
彼も功労者の1人なのだ。
今はロレントに戻ったシェラザードについて行ったから、どうしているかは知らないが、
おそらくロレント支部受付担当のアイナでも口説いて痛い目を見ているといったところか。
「キョウヤさんもオリビエに会っちゃうかもね。ラッセル博士以外にも世話を焼く相手ができちゃって、キョウヤさん大丈夫かな?」
「それについてはノーコメントで……まあ、それはともかく、君はお人好しでいいのかもね」
エステルは笑うヨシュアに「何? 何か文句ある?」と今度は不機嫌そうにジト目になってヨシュアに顔を突き出してくる。
至近距離に迫られ、ヨシュアは咄嗟に顔を引く。
(似合ってるんだけど……さすがにもう少し恥じらいを持ってもらえるとありがたいんだけどね)
自分の顔が赤くなりかけたのをヨシュアは意識的に抑える。
そりゃ好意を抱く対象の顔が間近に迫ったら赤くもなる。
――――赤くなるのを意識的に抑え込むことさえできる自分が、ヨシュアは嫌いなのだが……。
エステルはイマイチそういうところが足りていないようで、ルーアン地方に到着した際も、
マノリア村からの海の絶景を前に食事をしたとき、
全く躊躇いもなく「あーん」などと行ってヨシュアに食べさせてもらおうとしたくらいだ。
ああいうのは男の方が女の子にしてもらうからこそ嬉しいものだが、ヨシュアにしてみればどっちにしたって恥ずかしかった。
「あのね、エステル」
「何よ?」
「……ちょっと離れてくれると嬉しい」
「へ?…………うっひゃあ!?」
ようやく自分がヨシュアに顔を近づけすぎていることに気づいたらしく、エステルは奇声を上げて後ずさった。
そこまでやられるとヨシュアとしてはショックなのだが、
ルーアンのときからなぜか少しだけこういう恥じらいを見せるようになってくれたので、いいとしておく。
壁に背中をつけ、顔を真っ赤にしてうろたえるエステルに、そんな男性恐怖症みたいに慌てるかなとヨシュアは頬をかいた。
「はあ……そんなに恥ずかしいなら最初からしないでほしいんだけどね」
「や、その、えっと、今は、全然、意識外と言うか何と言うか……!」
「落ち着きなよ、エステル。何を言っているのか全然わからないから」
一方でエステルは跳ね上がる心臓に熱すぎる頬に、完全に思考はオーバーヒート。
早く行くよと手を差し出してくるヨシュアに、またも「うわ、うわ、うわ!」と引いてしまう。
壁に背中をつけているので、引くというより壁に沿って這うように横にだが。
「……だからなんで逃げるの?」
「へ!? あ、いや、な、何か……何となく?」
「なんで疑問形?」
「し、知らないわよ!」
「いや、そこでキレられても……」
ヨシュアは差し出した手をため息と共に下げ、助けがいらないなら先に行くよと背中を向けてラッセル家へと向かってしまう。
下げられてしまった手を見て、エステルは非常に残念な気がしたが、自分のせいなので致し方ない。
けれど、さっさと先に行ってしまうヨシュアの背中に、今度は何とも言えない不満が。
(あんだけ顔近づいてたってのに、何でそこまで平然としてられんのよ……)
実際のところはヨシュアもかなり緊張していたわけだが、全く顔が赤くなったようには見えず、
態度もほとんど変わらなかったので、平然としているようにしか思えなかった。
そう言えばルーアンのときの件でも自分の「あーん」に呆れて付き合ってくれたが、
まるで恥ずかしがったり嫌がったりという感じがなかった。
(そこまであたしって女の魅力がないわけ?)
5年間、家族として過ごしてきたのもあるにはあるが、それでももうちょっと何かアクションがあって然るべきだと思う。
そこまで考えて、自分が「あーん」などと、なんと恥ずかしいことをしたのかということに思い至り、
さらに顔を赤く赤くさせてしまう。
「エステル」
「うわ!?」
動かないエステルに、ヨシュアはいつの間に戻ってきたのか、エステルの目の前で不可解そうな顔をしていた。
いきなりのことで、またエステルは反射的に身を引いてしまう。
もういい加減その対応にも慣れたか、ヨシュアは肩を竦めるだけだった。
「道端で奇声上げたり奇妙な動き方したり、挙句顔を赤くさせてため息ついたり怒ったりしてたら目立つよ?」
実際、朝も早く、すでに人々は職場に向かい出す時間。
工業都市だからか、ツナギで歩いている人もいるし、店の準備をしている中年の女性もこちらを見て笑っていた。
エステルはさらに顔を赤くさせ、その場から逃げるようにヨシュアの手を取ってダッシュ!
「ちょ、ちょっとエステル!?」
「いいから早くティータ迎えに行くわよ!」
「それはいいんだけど、その……手をさ」
「は!?………………………………おわああああああああ!?」
振りほどくように払って飛び退るエステル。今度こそ極めつけの奇声付き。
人目から逃げるはずが尚一層人の目を引きつける羽目になる。
「何がしたいのさ、君は……」
「う、うるさいわね! ぜ、全部ヨシュアが悪いのよ!」
「あ〜もうそれでいいから早く行くよ、本当に」
その後も背後からエステルは赤い顔のままヨシュアに文句を言い、ヨシュアは「はいはい」と流し、
ラッセル家に到着するまでそのやり取りは続いた。
ラッセル家ではティータがすでに起きており、自分とラッセル博士、そしてエステルたちの分の弁当まで作ってくれていた。
始めからエステルたちが来ることはわかっていたらしい。
――――『キリカさんが電話してくれたから』
さすがキリカである。用意がいい。
――――『手際の良さも気づきの良さも王都のエルナンさん以上かもしれん』
エルナンなる人物はエステルとヨシュアは知らないが、恭也が呆れていた理由が本当によくわかった。
エステルとヨシュアも手伝いつつ、3人で仲良く台所に立つ。
ヨシュアもせっかくだからとレシピ手帳を開き、各地方で書き溜めてきた料理の中で、
携帯に適したものを選び、エステルと共に調理していき、ティータは興味深そうに。
「魚卵の酒蒸しはキョウヤお兄ちゃんがおじいちゃんなら気に入りそうだって言ってたけど」
「お弁当には向かないね。冷めると美味しくないだろうし」
「じゃ、今度の機会ってことで。ここは王国風オムレツでも作る?」
「豪華なお弁当になるね」
「おじいちゃん、喜ぶよ〜♪」
ラッセル家ではティータが家事をする事が多いらしく、ラッセル博士も普通にできるらしい。
ただ研究三昧なので、あんまり進んでする方ではないらしいが。
とりあえずできた料理を弁当箱に入れていく。
「ん? ねえ、ティータ、この料理って何?」
「あ、それは肉じゃがって言ってね。キョウヤお兄ちゃんのせか……じゃなくって、地元では家庭料理の1つなんだって」
ちょっと一口とエステルが呆れるヨシュアを尻目に食べてみると、なかなかいけている。
その感想を聞いたヨシュアはレシピ手帳を開いてティータから作り方や材料を聞いておく。
その際、ペンを借りたものの、そのペンが入っていた文房具入れの脇に、ヨシュアは気になるものを見つけた。
銀色の装身具のようなもので、中央には丸く、中に針が3つあり、1つは一定の速さで小刻みに動いている。
それはヨシュアでもわかる。時計だ。
「それが気になるの? ヨシュアお兄ちゃん」
「え? ああ、うん。さすがにこんな腕にはめるくらいの時計は初めて見たからね。
さすが中央工房。もうこんな小さいものにできるようになったんだ」
「へ〜。結構カッコいいじゃない。ねえねえ、ティータ。これ、いつ発表されてお店に並ぶの?」
ティータがいいと言うのでヨシュアが手に取って腕にはめてみると、
あまりおしゃれとしての装身具には興味のないヨシュアのお気にも召したようだ。
エステルはスニーカー集めに並ぶコレクションにでもしそうな勢いでティータに聞いた。
「残念だけど、それはまだ私たちでも作れないよ」
「え? じゃあ、これは?」
「それもキョウヤお兄ちゃんの持ち物。キョウヤお兄ちゃんがね、私に預かっておいてくれって」
嬉しそうにティータが言うもので、ヨシュアは大事なものなんだねと笑って言った。
エステルは恭也さんって何かいろんな意味で不思議な人だよね〜とティータと話している横で、
ヨシュアは1人、おそらく何気なくティータが言った一言に思考を展開していた。
(中央工房でも作れないものをなぜキョウヤさんが……こんな小さな時計を作れるほど導力機関を小型化できるなら、
それはリベール以上の技術力があるってことになるのに)
こんな小型化は聞いた事がない。時計はどんなに小さくてもまだまだ細長い棚くらいの大きさがせいぜい。
ヨシュアは小刻みに動く針を見下ろし、時計を裏返してみる。
すると裏にはなにやら小さな文字が。おそらくはメーカー名か説明といったところだろう。
しかし……
(……どこの文字だろう?)
読めない。少なくともリベールで使われている文字ではない。
どことなく東方の文字に似ているが、書き方が簡単そうな文字から複雑な文字までが一文の中に混在している。
「どしたの、ヨシュア?」
「あ、いや、何でもないよ」
ヨシュアは大事なものなのだろうからとティータに返すが、再び棚に戻されるその時計にしばし視線を向けていた。
「あ、そだ」
何かを思い出したのか、ティータは台所の方に戻っていき、床の扉を開く。
その中には大きめの丸い壺。蓋代わりか、丸い板とその上に石が乗せてある。
何だろうとエステルとヨシュアが後ろで思っている中、石をどけて蓋を開けたティータ。
途端に鼻を突く臭いに、エステルとヨシュアは鼻を押さえて後ろに下がった。
「な、何、それ?」
「あ、やっぱり最初は鼻にくるよね〜、ぬかは」
ティータは笑いつつ、そばの流しから清潔な手袋を取り、それをはめて……なにやら壺の中の、
黄色のどろどろしたものの中に構わず手を突っ込んだ。
「うわ……何してんの、ティータ?」
「う〜んと……あ、あったあった」
しばらく中にあるものを探していたティータが手を引っこ抜くと、そこにはしおれた黄色の野菜……みたいなもの。
しなびているじゃないかと思うそれを、ティータは表面についている黄色い「ぬか」と呼んだものを洗って取っていく。
そしてそれを包丁で適度な大きさに切って。
「エステルお姉ちゃんたちも食べてみる?」
一口だけつまみ食いするティータ。口の中で歯応えのありそうな音を鳴らしている。
腐っているようなそれを普通に口にするティータに、エステルとヨシュアは信じられないものを見るかのように視線をやり、
そして次に皿に乗せて差し出された何かに視線を映し、顔を顰めて見合わせる。
「お、美味しいの、これ?」
「美味しいよ? おじいちゃんなんかこれがないとって言うくらい」
「何ていう食べ物なのかな、ティータ?」
「お漬物の1つで『たくあん』って言うみたい。これもキョウヤお兄ちゃんの地元の食べ物だって」
そう言えばルーアンを離れる際、恭也がティータに漬物の作り方と言って紙を手渡していたことを思い出す。
確かにこれだけの臭いのするものを作って持たすわけにはいかないだろう。
「臭いがきついのはぬかから出した最初だけだよ。これ自体はそんなに臭いしないから」
「……ヨシュア、よろしく」
「え、僕が先に食べるの?」
「ティータが食べてるんだから大丈夫よ」
「だったらエステルが先に食べなよ」
明らかに腐っているような、しなびているような食べ物と、さきほどまであの臭いのする、
『ぬか』なるドロドロしたものの中に入っていたもの。
エステルもヨシュアも明らかに一歩引いており、ティータは「美味しいのに」ともう1つ口に入れた。
どちらが食べるかで「ヨシュアが」「君が」と言い合う2人。
「う〜ん、じゃあジャンケンで決めたら?」
「じゃんけん? 何それ?」
ティータが言い出し、やり方を教えてくれる。
ツァイスの子供たちの遊びかどうか知らないが、簡単なもので、エステルもヨシュアもすぐに覚える事ができ、
それなら簡単に決められると早速実践。
大仰に腰に構えるエステルと、こういう勝負事になると真剣になるんだからと笑うヨシュア。
「それじゃ、行くよ? 『ジャンケン、ポン』で出すんだよ? いい、エステルお姉ちゃん、ヨシュアお兄ちゃん?」
「いつでもいいわよ!」
「いいよ」
「じゃあ……じゃ〜んけ〜ん、ぽんっ!」
ティータの声でエステルとヨシュアが手を出す。共に拳。グーだ。
引き分け。やり直し。
「あ〜いこ〜で、しょっ!」と続けるティータにさらに一戦。
結果、エステルがパーでヨシュアがチョキ。
「うあ!? これって……」
「僕の勝ち、でいいのかな」
「エステルお姉ちゃんの負け〜♪」
はい、と差し出されたたくあんなるそれを、差し出されてしまったエステルは仕方なく1つ手でつまむ。
あんまり触りたくもないのか、気持ちの悪いものをつまむようなつまみ方で顔の前に持っていって臭いをかぐ。
「うう……」
「頑張って、エステル」
「ヨシュア、後で覚えてなさいよ……」
ヨシュアを恨みがましい視線で一睨みした後、エステルは思い切りの良さを発揮して口に放り込む。
コリコリと音を鳴らしながら咀嚼。
「…………あ、意外。美味しいかも」
もう1つ、また1つ、と食べていくエステル。
そこまでか、とヨシュアも食べてみると、何というか、少し塩味が強くてこれだけだと何か足りないが、
ご飯があるとセットで何杯もいけそうな感じがする。
「お漬物だからね〜。何かと一緒に食べるから美味しいんだよ」
「ヨシュア、レシピ手帳にメモ!」
「あのぬかだけはちょっと厄介だけどね……」
「あ〜、それは同感だわ」
その後、緑茶というものを教えてもらい、それをご飯にかけて海苔や梅干などを加えるだけという、
簡単な『お茶漬け』と漬物のセットは、エステルと後に現れる人物に非常に気に入られ、レシピ手帳に入ることとなった。
ちなみに緑茶には気分を安定させる効果があることから、後に『混乱』を和らげるアイテムとして知られることになる。
――続く――
あとがき
FLANKER
何ともものすごく遅いですが、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
……長いからって近年は「あけおめことよろ〜」で済ます私ですが。(マテコラ
本来なら年越しSSにするつもりだったのですが、年末の締切を忘れていて出し損ねました。
うう、大変申し訳ありません、読者の皆様、そして御三方……!
で、今回はエステルとヨシュアサイド。
原作通りなので敢えて書く必要はないのですが、
まあ拙作では恭也がいるということで何気ないところが変化している様子を描きました。
恭クロもいいですが、エスヨシュもいいですよね〜。エステルってツンデレなところあるから私は尚更。(オイ
ヨシュアが不思議に思っていたり、ティータが地球の食文化にはまっていたり、エステルがジャンケンに燃えたり。
うん、恭也、君は順調に空の軌跡世界に順応しつつ、空の軌跡世界の文化に侵入しているな。
王城侵入とクローゼの心に侵入では飽き足らないか、けしからんぞコノヤロウ。(笑
さて、何か変なテンションになりつつあるのでとりあえずこれで失礼をば。
シンフォン
こん○○わ、シンフォンです。
年明けソラツバです。明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
今回は、ツァイスでの日常の一こま。
キョウヤについての疑問、違和感を演出するために小道具って大事ですよね。
初期設定のときに、いろいろ持ち込んでおいてよかったよかった(笑)
それではみなさん、今年一年よい年になることを祈ってます。
enna
はい、というわけでソラツバ21をお送りいたしました。
毎度どうもこん〇〇わ、ennaです。明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
今回はまるまるエスヨシュ方面……ツァイスのお話になりました。
エスヨシュフラグでニヤニヤしたり、目敏いヨシュアが色々気付いてみたり、
ティータが恭也世界の料理を披露して見たりと、小イベントが連立しておりますw
まぁ、クレさんあたりは「エスヨシュもいいけど、早く恭クロを!!!」と、
声を大にして言っていそうな気が切々としてますがw
これからも様々なイベントが目白押しなソラツバを、どうぞお楽しみくださいませ。
ではでは、これにて失礼をば。ennaでした〜。
※今回、クレは諸事情により後書きが書けませんでした。御了承ください。
今回はエステルたち。
美姫 「こちらは今の所は何かの事件に関わっているという事もないみたいね」
まあ、ちょっとした出来事は起こったみたいだがな。
これが今後どうなるかだが。
美姫 「他には漬物やじゃんけんといった恭也が持ち込んだ物がちょこちょこと出てきたわね」
こういうのも結構楽しいです。
美姫 「本当よね。今回はゆったりとした感じだったけれど、次もこんな感じかしらね」
どうなるのかな。次回も楽しみです。
美姫 「次回も待ってますね〜」
ではでは。