空と翼の軌跡
LOCUS OF 15
バレンヌ灯台にて真相を知ったエステルたちは、逃げた黒装束たちをアガットに任せ、まずラヴェンヌ村へと戻った。
負傷したギルバートをルーアンにまで連れていくのは時間がかかるので、ラヴェンヌ村に一旦置いておくことにする。
村の者に頼み、ティータには続けてテレサ院長や子供たちのことを頼んだ。
恭也が来ていないらしいことにどうしたのだろうかと思ったが、今はルーアンに急ぎ戻らないといけない。
「にしてもダルモア市長が事件の黒幕だったなんて……!」
メーヴェ海道をルーアンへ向かって走り続ける最中も、エステルの怒りは冷めやらない。
「すぐに化けの皮剥がしてやるわ! 首洗って待ってなさいよーーーー!」
「……たぶん、それも難しいと思うよ、エステル」
ヨシュアがエステルの気を削ぐようなことを言うものだから、エステルはついつい立ち止まって振り返る。
なぜと聞き返すまでもなく、エステルの視線にヨシュアも僕だって捕まえたいのはやまやまなんだと続けた。
隣ではクローゼが、ヨシュアがなぜそんなことを言うのか、何となくでもわかっているように俯いている。
「確かにダルモア市長が犯人であることは間違いないだろうけど、如何せん証拠がないんだよ。決め手となる証拠がね」
「証拠って……ギルバートだって市長と一緒になってやってたって言ってたじゃない!」
「うん。でもねエステル、実は市長は無実で、彼が市長を巻き込んでしまえって思ってないとも限らないんだ」
そんな可能性はほぼないだろうが、市長がそう主張した場合、それを覆すことができる証拠がないといけない。
今あるのは全て状況証拠に過ぎず、ギルバートの証言も決め手とするには足りないのだ。
ギルバートは明らかな現行犯であるがゆえに逮捕可能だが、ダルモア市長は現行犯ではないので証拠がなければならない。
「じゃあ何? ここまで掴んでおいて市長を捕まえられない上、黙って引き下がれっての!?」
放火と襲撃でテレサ院長や子供たちの家を壊し、義捐金という希望を奪い、さらにはクローゼの心を踏み躙っておきながら、
何もできずに野放しにしておくしかできないという事実にはエステルも耐え切れない。
クローゼが落ち込む姿を目にすれば、友達として、劇も一緒にこなした仲間として、自ずと態度がきつくなってしまう。
「いや、手はあるよ」
ヨシュアとてそれは同じこと。
そしていくら普段から冷静だからと言って、この怒りをただ抑えるだけなんて事はヨシュアにもできないし、したくないことだ。
「僕たちにはできない。でも何も僕たちだけが逮捕権を持ってるわけじゃないでしょ?」
「王国軍ですね?」
「正解」
遊撃士は何でも屋的な職業であるとは言え、警察権というものは普通、国に帰属する権利である。
それを民間組織に委託するようなことはまずないというのは当たり前のこと。
だから遊撃士協会は各国の政府とたいがい協定を交わしており、その中で決められた範囲内でのみ、警察権を行使できるわけだ。
言ってしまえば警察権を行使するのは国の軍や警察組織が先で、遊撃士は補助的な位置づけと言ってもいい。
実質的にそれが逆転していることもあるが、形式的にでも国としては面子のためにそういう形でないと困るのだ。
「リベール王国に限らず、遊撃士は状況証拠がいくらあっても、決め手なしに逮捕権を行使することはできない。
でも王国軍なら、少なくとも拘束することはできる。国の命令とあればダルモア市長もそうそう逆らうことはできないだろうし」
王国軍は詰まるところ『女王陛下の軍』。その軍の行動に難癖をつけるのは女王陛下への無礼に当たる。
もちろん不当な逮捕に反論することは認められるが、体面を守るためにもダルモア市長が全て拒否することはないだろう。
「てことは、あたしたちは軍が駆けつけるまでの時間稼ぎをするわけね?」
ダルモア市長に参考人として事情聴取という名目で、軍が来るまでの間、見張るわけである。
騙すようなやり方はエステルにしろヨシュアにしろ好むところではないが、
ダルモア市長が犯人だとわかっていて、その上犯行がこれまでのことから相当計画的で非人道的となれば、
多少汚かろうと知ったことではない。
「むしろいい気味よね」
「あの紳士の仮面で僕たちを騙してきたんだからお返しだよ」
「ヨシュア、あんた偉い!」
「あはは、それほどでも」
「えっと……民間人の私の前でそういうことを言うのは遊撃士としてまずいんじゃ……」
エステルとヨシュアはくるりと首を回し、クローゼを見てにっこりと笑う。「ニヤリ」と形容した方がいいかもしれない。
――――恐ろしい。
本能的に一歩後ずさってしまうクローゼだったが、エステルは変わらず笑いながら近寄り、彼女の肩に手を置いて……
「クローゼ、私たち友達よね?」
「は、はい」
「うん。じゃ、クローゼも黙っていてくれたら万事問題なしよ♪」
そんなことをのたまった。
ギルバートが聞いたら、何か言ってきそうである。
彼もクローゼの問い詰めに対して、「君が黙っていてくれたら問題ない」と言っていたし、
それと同じ論理をエステルは言っているのだから。
「クローゼ、僕たちは騙されただけだけど、院長先生やクラムたちはあんな目に遭った。
これくらいのお仕置きは許されるんじゃないかな?」
「ヨ、ヨシュアさんまで……」
「むしろ許されて然るべきよ」
「エステルの意見に賛成するよ」
「目には目を、歯には歯を! 自分の肉を1個取られたら相手の肉を全部奪え! これぞブライト家の流儀!」
「あの、それは違う気が……」
「左の頬を叩かれたら両の頬を叩き返せって言うよね」
「それは事実ですけど、実際にやったらダメじゃないかなって思うんですが……」
「あ、それいいかも。うふふふふふふ」
「あっはっはっはっは」
「……(おふたりとも怖いです)……」
エステルとヨシュアを怒らせた上、タッグを組ませてしまうとこれほどらしい。
さすがはカシウスの子供とでも言えばいいのか。彼の教育方針を是非とも尋ねてみたくなったクローゼである。
とにもかくにも仕返しの悪巧みは置いておいて、時間稼ぎは必要なことであるから、その点に関してはクローゼも何も言わない。
「ただ問題は軍が来るまでどのくらい時間がかかるかよね」
「初動が遅いっていうのは百日戦役でも言われたことだからね」
むしろどの国の軍隊でも警察でも、いつの時代も言われることである。
大きな組織というものが抱える、半永久的な問題というものかもしれない。
「あの、それについては私の方にいいアテがあるんです」
再び走り出した3人。
そこでクローゼが提案した。
もちろん、彼女は自分が王族であるからなどとは言わないが、彼女がどこかいいトコの家の娘らしいことは、
恭也という護衛がついているあたりから何となく察しているエステルとヨシュアは、ならお願いしようかなということに。
ルーアンに到着した3人はそのまま支部に直行。
「おや、おかえり。はは、汗だくだなあ」
ジャンは扉を激しく開いて入ってきた3人に、ちょっと待ってなと言って奥からタオルと飲み物を。
さすがに襲撃の情報を聞いて行動を開始してからラヴェンヌ村へと走り、さらにバレンヌ灯台で戦闘を2回こなし、
休むことなくルーアンに舞い戻ってきたわけで、3人も息が切れて喉がカラカラだった。
ただクローゼより早く回復するエステルとヨシュアはさすが準遊撃士であろう。
クローゼが先ほど言った「いいアテ」という所へ通信機で連絡している間に、ジャンにエステルとヨシュアがこれまでの報告を。
「そうか、ダルモア市長が……やっぱりねえ」
「やっぱり?」
「いやね、ナイアルって記者さんがダルモア市長のことでちょっといろいろ動いててね」
恭也がエステルたちの下へ行かなかったのも、その件でナイアルの護衛を頼んだからとジャンは教えてくれた。
エステルとヨシュアにとっては朗報だ。
もしかすると軍の到着まで時間稼ぎなどせずとも、ダルモア市長を逮捕できるかもしれない。
「とにかく、証拠はまだ見つかってないけど、時間の問題だ。僕もダルモア市長が犯人だと思う」
できれば彼が自白して自首してくれることが望ましいと付け加えるジャンだが、ここまで計画性のある上、
嫌らしいまでの詐術を用いてくれたダルモア市長だ。
そうそう思い通りにはいかないだろうと、誰もが思っていた。そこで先ほどの一計を彼にも伝えると……
「時間稼ぎ――いいねえ、そういう悪巧みは僕も大好きだよ。くっくっく♪」
「あ、やっぱりそうですよね〜。少しくらいいいですよねえ。うふふふふ♪」
「じゃあ、正式な指示を得たってことにしてもいいですよね、ジャンさん」
「もちろん。やるならしっかり嫌がら……ごほんごほん……時間稼ぎをしてくれたまえ、エステル、ヨシュア。
あ、これ、むしろ命令だからね? やれ♪」
「「了解♪」」
「……あの、皆さん。王国軍に連絡が取れたんですけど……」
「「「あはははははは♪」」」
「……………………」
ジャンはこういうことがむしろ好きな性格であったことを思い出し、もう何も言わないことに決めるクローゼであった。
3人はジャンからの正式な指示――むしろ命令――という名目を得て、南街区の市長邸へ急行する。
勢いよく入ってきた、ちょっとノリノリ気味なエステルとヨシュアに、一歩引いた感じのクローゼを、
市長邸で働くメイドは少々ビクつきながら応対した。
「え、えっと、市長でしたら、ただいまお客様とお話中でして……」
「申し訳ありませんが、これは遊撃士協会ルーアン支部からの緊急を要する用件ですので」
遊撃士手帳を開いて身分を示しながら、ヨシュアが前に出てメイドに市長の居場所を聞く。
どうやら2階の応接間にいるらしい。
エステルたちは強く止められないメイドに謝りながらも階段を駆け上がり、足音も気にせず応接間へと飛び込んだ。
「何だね、君たちは?」
足音もやかましく突然入ってきたエステルたちに、ダルモア市長は眉を顰めて、それでも不機嫌さを押し隠しながら口にした。
部屋にいたのはダルモア市長の他に、なんとデゥナン公爵とその執事のフィリップ。
フィリップだけはクローゼの姿に少し驚いていたようだったが、
エステルたちはダルモア市長のみを見ていたので、彼の僅かな変化に気づくことはなかった。
「悪いが今は公爵閣下と重要な件で話をしているのだよ。用があるならその後にしてくれないか?」
「失礼しました、ダルモア市長。ですがこちらも緊急の重要な用件がありまして」
エステルはまだ紳士的な対応をするダルモア市長に、どこまでも猫かぶりをするかと内心でいきり立っていたが、
ヨシュアはそれを察したのか、彼女を下がらせて静かに、しかし厳しい口調で返した。
「先日の放火及び襲撃事件の犯人についてです」
ヨシュアは意識して強調しながら言ったが、ダルモア市長はたいしたことに特に反応を示さず、「市長」としての顔のままだった。
「その犯人がわかったんです」
「ほう。それはよかった。そうか、その報告にわざわざ来てくれたのか。いや、ありがとう」
「……犯人は、貴方の秘書であるギルバートさんです」
相変わらず態度が変わらないダルモア市長だが、対してヨシュアはどんどん目が険しくなっていく。
この状況でも知らぬフリをするダルモア市長に、どう見ても怒りが沸々と現れてきているとしか思えないヨシュアの変化。
エステルとクローゼは当たり前だろうなと思いつつも、止めようとはしない。
止めるどころか彼女たちの方がヨシュアより先にプッツンといきそうだった。
「ギルバートが? 犯人はレイブンではなかったのかね?」
――――よく言う。
それがエステルたちの心境。
そしてその言葉が、ついにヨシュアにすら限界を突破させてしまった。
「彼らは体よく利用されていただけでした。他でもない――ダルモア市長、貴方に!」
「な、何を言うんだね、君は?」
「ダルモア市長! あんたが犯人だっていうのはわかってんのよ! いい加減猫をかぶるのはよして観念しなさい!」
エステルたちが黙っていたのも、ヨシュアが遠回しに説明したのも、できることならダルモア市長に自首してほしかったからだ。
本当なら怒りのままに怒鳴って掴みかかりたいくらいなのだから、よく抑えたと褒めてもいいかもしれない。
デゥナン公爵もフィリップも突然の成り行きには驚いていて、
デゥナン公爵は何がどうなっているのかは理解できないようでフィリップに問うているが、
フィリップはただ「殿下、お静かに」と言うだけだった。
「待ってくれ、君たち。いきなり私を犯人だなどと……公爵閣下にも失礼だろう。閣下、申し訳ありませんが一旦お下がりを……」
自分の見栄だか世間体だかを守りたいのか、デゥナン公爵とフィリップを下がらせようとしたダルモア市長だったが、
逆にデゥナン公爵の方から、「何やら面白いから続けろ」と返される始末。
「くっ……き、君たち。何を元にしてそんなことを」
「この期に及んでまだシラをきる気!? ギルバートからあんたの指示で動いていたって聞いてんのよ!」
やはり証拠の話を持ち出してきたダルモア市長に、
エステルとヨシュアはここからが時間稼ぎの本番とばかりに、切れるカードを切っていく。
「私は知らない! 彼が勝手に言っているだけだ! それとも、彼の言っていることが正しいという証拠でもあるのかね!?」
「残念ですがありません。しかし彼が言っていることは筋が通っていて、とても貴方なしにできることではなかった」
「それは君たちの勝手な推測だろう!」
「確かに推測です。ですがその推測に大きな可能性が出てきたとなれば、僕たちとしては事情を聞く必要が出てきます」
「私を犯人と決めつけてかかることが事情聴取かね? 完全な容疑者扱いの間違いではないのか!」
「実際容疑者なのよ、あんたは!」
「ダルモア市長。仮にも貴方の秘書が放火と襲撃に関わっていたんです。それも最悪の場合、殺人未遂の疑いだって……」
「君のその服……ジェニス王立学園の生徒だな?
女王陛下の王家出資の学園生徒でありながら、こんな連中と一緒にいて情けなく思わないのかね!?」
「思いません。おふたりは孤児院と院長先生、そして子供たちのために動いてくれていますから」
「秘書が関わっていたんです。そして全ての事件がダルモア市長、貴方にとって有益なことばかり。
これで貴方が関与していないと考える方がおかしいと思いますが?」
「黙りたまえ! 非礼も甚だしい!」
すでにダルモア市長に先ほどまでの紳士の仮面はない。
こういう場合、追い詰められた人間が同じような態度を取ることはあるが、彼を犯人ではないと思える要素は全くない。
先入観によるものかもしれないが、彼の態度、物言いの全てが、必死に罪を隠そうとしているようにしか見えなかった。
「いきなり乗り込んできておきながら、証拠もなしに私が犯人などと騒ぎ立てるとは……。
お引取り願おう! でなくば君たちのその暴言に対して、遊撃士協会に名誉毀損として訴えるぞ!」
「そんなに証拠を提示して欲しければ、今すぐ提示させて頂きましょう」
後ろを振り向くエステルたちと、彼女らの背後から現れた人物にさらに顔を歪めるダルモア市長。
「クローゼ、エステル、ヨシュア。ご苦労だった。ジャンさんから話は聞いているぞ。間に合ってよかった」
エステルたちに笑いかけ、そして再び眉を吊り上げた厳しい表情でダルモア市長を睨む恭也は、
その後ろで面白いものを見つけた表情で笑って手を振ってくるもう1人の人物に、お願いしますと声をかける。
「ナイアル?」
「よう、エステル、ヨシュア。なかなか面白いことになってるようだけどよ、俺も1つ混ぜてもらうぜ」
ダルモア市長が「今度は何だと言うんだ!」と叫ぶが、それを全く無視してナイアルはカバンから紙の束を出し、
見せつけるようにヒラヒラと振って見せた。
最初は何かわからないようだったダルモア市長だが、ナイアルの言葉についに顔を激昂から蒼白にさせる。
「いや〜、ちょっと調べさせてもらったんですがね。ダルモア市長、貴方……市の予算をかなり使い込んでますなあ」
ナイアルの掲げる紙が裏帳簿と呼ばれる物だと気づき、キチガイのようにそんなものは知らないとだけ訴えるダルモア市長。
だがナイアルは構うことなく、紙をめくっては見せ、めくっては見せを繰り返す。
「何に金をつぎ込んだのか知りませんが、ダルモア家の資産はこの邸宅以外はほぼ空ですねえ。それでも借金まであるようで。
そこでリゾート計画。メーヴェ海道沿いに別荘やらを建てて一儲けって寸法ですかい?
いやいや、これは確かに儲かるでしょうな〜」
ナイアルの口調は軽いし、相手を挑発しているようなのだが、その顔は笑っておらず、検事や刑事のようである。
真実を公表することが信念のような彼にとって、隠し事をしている人間というものは、一市民としても人としても許容はできない。
隠す必要がどうしても出てしまう――例えば軍事機密など――はある程度仕方ないとしても、
我欲を巧みに隠し、紳士を装って犯罪を積み重ねているのならば尚更のこと。
状況を面白そうに見ているデゥナン公爵をチラリと見て、王家をも自分の欲のために巻き込もうというわけかと付け加える。
曲がりなりにも『紳士』を自称するダルモア市長に、ナイアルのその一言は痛烈だろう。
「ち、違う! 私はあくまでルーアンのために計画していただけで……!」
「市の予算を我欲のために使い込んでいる時点で、貴方のその言葉には中身がないでしょうが」
最後のこの一言だけは、厳しい顔と一致する、重く険しい口調だった。
ナイアルはこれでいいと引き下がり、あとはもうエステルたちに任せるつもりらしい。
つまり、逮捕しろということだ。そう、証拠はもう充分だ。
少なくとも公金横領の罪は確定しているのだから。
「市長。貴方の街を想う心には常々感服していましたが……かなりの失望を禁じえません」
「あんたも結局ギルバートと同じだったわけよね」
「彼にはまだ本当に街のためという想いがありましたが、ダルモア市長、貴方にはもう一欠片もないようですね」
恭也に続き、エステルにヨシュアも、呆れた視線と心底がっかりだという口調を隠さない。
ダルモア市長はもう何を言えばいいのかわからないのか、口をパクパクさせ、目を忙しなく動かすだけ。
そして最後にクローゼが進み出て、ギルバートにかけた言葉を彼にもかける。
「ダルモア市長。貴方に本当にルーアンのためを想う心がまだあるのなら……罪を受け入れ、みんなに謝ってください」
それは事実上、エステルやクローゼたちの最後の譲歩だった。
自首をすれば、少しは罪の意識がある者として情状酌量の余地はある。
だがもはやダルモア市長には……
「……く、くっくっく……ふはははははは!」
紳士精神も、市長としての意識も、ルーアンを愛する市民としての想いも……
「はっはっはっはっは! ふ、ふざけるな。私は悪くない。お前たちさえいなくなれば、全てがうまくいくのだ!」
一切が……なかった。
彼はふらつくように後ろに下がり、壁に背中を預けた。
エステルたちは最後の譲歩も受け入れようとしなかった彼に対し、躊躇いなく、逮捕するつもりで彼に近寄ろうとする。
が、彼は来るなと、ドス黒い心を示したような暗い声で言い、背後の壁を探るように手を這わせ、ある所を押した。
すると壁が開き、その奥に暗い空間が姿を現す。
逃げる気かと思ったエステルたち。
「――エステル、ストップ!」
「エステル、ヨシュア、構えろ!」
突然ヨシュアはエステルの前に出て彼女の足を止め、恭也も小太刀を抜く。
そんな中、ダルモア市長に逃げる気配はなく、彼らの様子にむしろ得意げに叫んだ。
「ファンゴ、ブロンコ!」
その声に反応するかのように、猛獣の唸り声としか思えないものがその暗い空間の先から響き、
突然その声の主と思われる獣が中から飛び出してきた。
「――なっ!?」
数は2匹。
恭也が相手をした"アタックドーベン"より一回りも二回りも大きな魔獣だった。
1匹は灰色の体毛に覆われ、背中だけ赤いふさふさした体毛を持ち、
背中からぐるりと大きく上方を向くようにせり出した角を生やしている。
もう1匹も同じ特徴を持っているが、体毛が青で、背中のふさふさした体毛の方も黄土色である。
「ひいいいいいいいいい!……う、う〜ん……」
「で、殿下!? しっかりなさいませ!」
デゥナン公爵は目の前のテーブルに乗ってきたその2匹の魔獣に悲鳴を上げて椅子から転げ落ち、そのまま気絶してしまう。
さすがにいてもらっては邪魔だし危ないので、フィリップにすぐに連れ出してもらい、エステルたちは武器を構えて対峙する。
「まさか屋敷の中にこんな魔獣を飼っていたとは……」
ナイアルもすぐに避難させた恭也は、小太刀を構え、クローゼの前に立ちはだかる。
「ファンゴ、ブロンコ! エサの時間だ! 奴らを喰らい尽くせ!」
雄叫びを上げる魔獣たち。ビリビリと振動が伝わり、天井から埃が落ちてくる。
そして敵を認識し、主の許可を得た魔獣たちは、エステルたちを睨みつけ、その牙を威嚇のように見せて飛びかかる。
爪でまずは弱らせようとしたらしく、その攻撃をエステルとヨシュアは右へ、恭也はクローゼを抱えて左へ躱す。
「大きいな……」
「あの牙に捕まったら一巻の終わりね」
エステルたちの身長ほどの大きさを持つ魔獣。それでも倒さないことにはどうにもならない。
幸いダルモア市長は逃げることもなく狂ったような目で見ている。彼に逃げられないだけマシだった。
「エステル!」
彼の方を見ていたエステル。それを隙ありと取ったらしい灰色の体毛の魔獣――ファンゴ――が襲いかかる。
ヨシュアがエステルを押し、自身もその反動で横に躱して難を逃れる。
上方から飛びかかってきたファンゴに対し、2人はそれが接地する前に体勢を立て直し……
「行くよ、エステル!」
「いいわよ、ヨシュア!」
ヨシュアが壁を蹴り、エステルもそれに合わせて両側から挟撃をかける。
「どうりゃああああ!」
「"絶影"!」
エステルは頭の上で棒を回してその遠心力で思いっきり振り下ろし、ヨシュアは反対側から斬りつけて駆け抜ける。
が。
「うわ、先っちょ折れたし!」
体毛が装甲みたいなものなのか、異様に固い。ヨシュアも目を細めている辺り、斬りつけた右腕が逆に痺れているようだ。
ただヨシュアの場合は斬撃であり、血も出ていて多少は効いているようだが、エステルの場合は打撃のため全く効いていない。
そして駆け抜けたヨシュアとは違い、その場に留まっているエステルにこそ先に狙いを定めたファンゴが噛み付いてくる。
「くっ!」
後退して躱す。だが即座に次の噛み付き攻撃。今度は跳躍。そのまま棒で床をつき、それを軸にしてテーブルの上に着地。
「ガアアアアアアア!」
しかしそこですぐに動けない体勢のエステルに飛びかかるファンゴ。
ヨシュアが床を蹴って背後から攻撃しようとしているが、間に合いそうにない。
エステルは折られる覚悟で、それでも棒を盾にしようとしたが、横合いから水弾がファンゴに当たる。
クローゼの"アクアブリード"。
軌道をずらされる程度だったが、そこにヨシュアが後方から横薙ぎに蹴りつけた。
今度こそはファンゴも机から落ちて転がり、椅子を巻き込んで壊す。
「助かったわ、クローゼ! ヨシュアもありがと」
「間に合ってよかったです」
「うん、気にしないで」
エステルよりクローゼの方がほっとしているくらいだった。
「エステル、腕」
「んあ?……ありゃ、かすってた?」
腕が痛いと思ったら、右腕から少し血が出ていた。
クローゼがすぐに治療しようとするが、そんな暇はない。これくらいは何ともないと今は彼女の治療を断る。
クローゼがこちらにいるということは恭也は1人でもう1匹――ブロンコを相手にしているわけだが、
恭也は得意の速度で動き回って回避に努めているらしい。
どんなに賢かろうと獰猛な獣である以上、イラつかせれば自分をそうさせた者を最優先の攻撃対象とすることを利用し、
恭也は効きにくいまでもかすり傷を何度もブロンコに負わせ、自分の存在を鬱陶しがらせたわけだ。
それぞれ2人で1匹を相手にするのではなく、まずエステルたち3人でファンゴの方から潰せということ。
「"シルフェンウィング"連発か。それ、かなりきついんじゃ……」
そこですぐに状況を読んだらしいヨシュア。すぐに"クロックアップ"を恭也にかけ、彼の動きをさらに援護。
「助かる、ヨシュア!」
「いえ、しばらくお願いします!」
「任せておけ!」
それでも1人では危なすぎると心配するが、恭也は安心させるようにむしろ攻勢に出ていく始末だ。
噛みつきを躱し、しゃがんだ体勢を1回転。足を払われたブロンコは突っ込んだ勢いそのままに顔面から壁に激突した。
「エステル、クローゼ! さっさと倒して援護しよう!」
「おっしゃーーーー!」
「……わかりました!」
クローゼを下がらせ、彼女には近寄らせないように、エステルとヨシュアは前に出てファンゴを自分たちに来るよう挑発。
「ほら、こっちだよ!」
「どしたの? ほれほれ、来なさいって!」
ファンゴを間にして、エステルはヨシュアとは常に対面にいるように動く。動きは止めない。
(あたしの棒の打撃じゃこいつの固い体には効かないし……やっぱヨシュアの斬撃の方が有効よね)
ファンゴも自分にとっての一番の脅威が誰だかはわかっているらしい。ヨシュアの動きに特に集中している。
ヨシュアに飛びかかるファンゴ。それを巧みに躱し、彼は机を蹴り、天井にまで到達。
一気に急降下攻撃をかける。
しかしその斬りつけもほとんど効かず、逆にヨシュアは突っ込んだ勢いで着地してもすぐに動けない。
エステルは大きく体を回し、床を打ち抜かんほどの勢いで気合を篭めた一撃を放つ。
"捻糸棍"。その衝撃波がファンゴの横腹を打つ。
床を滑るファンゴ。目障りそうに咆哮を上げ、エステルを威嚇した。
「固いわね、ホントに……って、あら?」
呆れてしまうエステルだったが、途端、足がふらついた。ガクリと膝をつく。
「エステル!?」
「エステルさん!?」
大丈夫と言って立とうとするが、なぜか力が入りにくい。
ファンゴは狙いを変える。
余所見をしてしまったヨシュアに爪で攻撃を仕掛け、
かろうじて剣で受けた彼をものともせず、そのまま彼を突き飛ばし、エステルに向かって特攻する。
「"アースガード"!」
この4人の中では最もアーツの起動や性能が高いクローゼの防御アーツが間に合いはしたが。
エステルは力が入らない手で、それでも必死で棒を突き出した。
足に当たり、「ギャウ!」とらしくない悲鳴を上げてファンゴは引いた。
(あらま。あっさり引き下がったわね……ん?)
引き下がってくれたことはエステルにとっても幸いだったのだが、
そこでエステルは攻撃したファンゴの足から血が出ているのに気づいた。
突き出した棒は、丁度先ほど折られてしまい、そのために先が尖っている棒の端。そこに血が少し付着している。
尖ってはいるが、ヨシュアの手入れされた剣でもあまり血が出ていないのに、
こんなものであの固い防御を超えられることに疑問を持つ。
(……足? そういやあいつの足、体毛が薄いわね……ははあ、なるほど)
エステルはヨシュアを見る。彼はすぐにその視線に気づいてくれた。
「ヨシュア! こいつ、足が有効よ! ていうか、体毛が薄い所が弱点!」
「……なるほどね」
エステルの言葉に、ヨシュアもエステルの攻撃した箇所から血が出ているところを見て、ヨシュアは頷いた。
恭也やクローゼもだ。
「僕がしばらく時間を稼ぐ。クローゼ、エステルを。多分、毒だ。こいつは毒を持ってる」
ヨシュアは自分に"クロックアップ"をかけ、得意の高速攻撃を生かして体毛の薄い部位にとにかく攻撃を集中させる。
ダメージを負うファンゴは彼に襲いかかるも、速い彼にイラつき始めてエステルやクローゼを見向きもしない。
「すぐに治しますから」
「ごめん……」
異常回復に効果があるアーツ、"キュリア"をかけるクローゼ。
僅かながら傷や体力の治療効果もあるので、先ほどの出血も治っていく。
まだ毒が回りきっていなかったか、すぐに治療は終わる。クローゼに礼を言い、再び彼女を下がらせた。
「動きが厄介ね。クローゼ、こいつの足止めできる?」
「やってみます」
アーツを使うために集中するクローゼ。その間、エステルはヨシュアと共にファンゴを挟撃して気を逸らす。
ヨシュアが離れたら"ファイアボルト"。同時に仕掛けて腹を突く。ファンゴがこちらを向いたら今度はヨシュアが再突撃。
エステルは離れてファンゴの後方に回り込み、再びヨシュアが後退したときに攻撃を。
その連携の繰り返し。
わかっていても、ファンゴはなかなか対応できない。そしてその時間稼ぎはクローゼの早いアーツ起動には充分すぎる。
「エステルさん、ヨシュアさん、下がって!」
最後に2人揃って駆け抜けて攻撃を仕掛け、その場に最後まで留まらせる。
そして2人が距離を取ったことを確認し、クローゼがアーツを発動させる。
水属性攻撃系で最強のアーツを。
「"ダイヤモンドダスト"!」
初めて会った日、ルーアンへの道すがら戦ったあの手配魔獣のジャバが使ったアーツだ。
大きな水塊がファンゴの頭上に現れ、瞬間的にもはや凍気とでも言うべきレベルの冷気を浴びせていく。
ファンゴの体毛が逆立ったまま凍りついていく。足もだ。さすがに全身までとはいかないが。
「すごい。あのジャバ以上じゃない」
「さすがクローゼ。アーツじゃ敵わないな」
全く以って、護衛の必要があるのかわからない女の子だと苦笑するエステルとヨシュア。
「よし! もう1回行くよ、エステル!」
「今度こそ倒すわよ、ヨシュア!」
再び突撃する2人。
エステルはトップスピードから身を投げ、スライディングをしながらファンゴの前足を狙う。
「喰らいなさい! "金剛撃"!」
「"絶影"!」
相手の急所を狙い、突撃速度と引いた棒を一気に突き出すエネルギーを乗せたエステルの"金剛撃"と、
後ろ足を一刀の下に斬りつけるヨシュアの斬撃。
弱点をつかれたファンゴは足を折られ、斬られ、苦痛の声を上げて床に倒れこんだ。
足をやられては立ち上がることができず、ファンゴは体を捩ることしかできない。
「よし、まずは1匹!」
が、そこで一際けたたましい咆哮をファンゴが上げた。反射的にエステルたちが耳を押さえるほどだった。
「エステル、ヨシュア!」
恭也の声に振り向くと、ファンゴをやられた怒りからか、
ブロンコが恭也を無視して一番の原因を作ったクローゼへと突進をかけていて……。
「くっ、"ファイアボルト"!」
「"ソウルブラー"!」
エステルとヨシュアはさすがにその突進の前に出ることはできないし、それ以前に間に合うわけもない。
だからアーツで攻撃をかけるも、ブロンコの突進を止めるには威力が足りない。
突然すぎて高位のアーツを使うには時間がなさすぎるタイミング。それはクローゼとて同じこと。
「危ない、クローゼ!」
「あ……!」
クローゼはいくら剣をやっていても反射神経までエステル並みとまではいかない。
力もそれほどない身では剣で防御なんてのも期待できない。
アーツが使えなければ……。
「クローゼ!――"アースガード"!」
が、そこに飛び込むのは恭也。
「――え?」
「…………」
ブロンコの速さは"シルフェンウィング"をかけてついていけるレベル。
いい加減それも解け、ヨシュアの"クロックアップ"ももう効果はきれかけている身で間に合った恭也に、
エステルとヨシュアは一瞬わけがわからず呆ける。
「ぬ……ぐ……!」
が、4人の中で一番アーツの効果が低い恭也の"アースガード"ではブロンコの突進を防ぎきれない。
恭也の張った防御壁は、突進こそ抑えはしてもそこまで。
防御壁が弾け飛んで、衝撃とブロンコの爪の斬撃が恭也とクローゼを襲う。
恭也は咄嗟にクローゼを横に押して逃がしたが、彼自身はその衝撃と攻撃で吹き飛ばされる。
激しい衝突音。壁にひびが入る。
「キョウヤさん!」
さすがに床に座り込む恭也。膝が震えている。
あの状況ではクローゼを逃がしただけで精一杯で、自分自身はダメージの軽減もできなかったらしい。
おまけに小太刀で斬撃を受けたはいいものの、縦に振り下ろされた爪は、彼の肩と足を抉っていた。
あれは……かなりの毒も回っているだろう。
ブロンコはトドメとばかりに突っ込む。
「"ブルーインパクト"!」
クローゼがほとんど集中することもなしにアーツを発動。水属性攻撃系の中級アーツ。
ブロンコの顎を打ち抜くように下方からいきなり立ち上がる水。
ブロンコは少しよろめいたが、咆哮を上げて威嚇。彼女に噛みつこうとするが……その体が何かに拘束されたように動かない。
「悪いが……行かさんぞ」
恭也が左手で何かを引っ張るように引いている。
光を僅かに反射するそれは……糸だろうか。
ぐったりしながらも震える腕で、彼は思いっきり腕を引いた。ブロンコの体勢が崩れる。
「エステル、ヨシュア!」
「何してくれてんのよ、こいつ!」
「エステル、僕の後に続いて!」
エステルとヨシュアは逃さない。
両腕を広げて突進するヨシュア。まず右から斬り下ろし、さらに反対側に瞬時に回りこんで薙ぎ。
「せりゃああああああああ!」
そこにエステル。ヨシュアと入れ替わるように突きの乱撃を勢いに任せて打ちつけた。
防御力が高かろうが知ったことではない。
全ての突きをヨシュアが切りつけた箇所一点に怒りのままに打ち込み、ブロンコを壁に叩きつける。
「タイミング合わせて、エステル!」
「任しておきなさいって!」
さらにヨシュアはその間に壁を伝って天井に達し、そこで再び降下。
さらに回転をかけて遠心力を斬撃に乗せる。
エステルもまた、最後に体を思い切り回転させて――
「これで――沈め!!」
「おとなしく寝てろおおおお!!」
揃って脳天を打ち貫いた。
細い剣と棒の攻撃とは思えない鈍い重低音。エステルの棒が耐え切れないとばかりに中ほどから破砕した。
エステルの"烈波無双撃"に加え、ヨシュアの"断骨剣"の威力に、
ブロンコは床に頭を打ちつけ、苦痛の呻きすら上げる余裕もなく、白目をむいて崩れ落ちる。
「……さすがだ、エステル、ヨシュア……」
荒い息をつくエステルとヨシュアの脇を通り過ぎ、クローゼが駆けよってすぐに恭也に治療を施す。
「キョウヤさん、大丈夫ですか!?」
「はは……さすがに少し……きついな……」
あの強攻撃と毒の二重のダメージ。恭也をしてきついと言わしめるには充分だった。
「……ファ、ファンゴ、ブロンコ……」
呆然としているのはダルモア市長。エステルとヨシュア、そしてクローゼはギロリと睨みつける。
「今は俺より……彼を捕まえるんだ」
「……もちろんです」
「1発くらい殴っていい?」
「ああ、僕もそうしたいけど……それはさすがにね」
「ちぇっ」
エステルとヨシュアは立ち上がり、ゆっくりとダルモア市長に近づく。
罪状をいちいち告げる必要も、逮捕すると言う必要もない。何が何でも捕まえる。2人にあるのはそれだけだ。
「う、動くな!」
彼は懐から銃と……何かよくわからない杖を取り出した。その杖の先端には半円状の宝玉のようなものが。
と、その宝玉のようなものが光りだす。
「無駄よ。そんなものであたしたちを止めようなんて――っ!?」
「な……体が……動かない……!?」
なぜかわからない。押さえ込まれているわけでもないのに、体の自由がきかない。
恭也とクローゼも同じ状態だ。
「ふ、ふふふふふふ。そ、そうだ。最初からこうすればよかったんだ。手を汚すのは少々不本意だが、この際致し方あるまい」
ダルモア市長は歪な笑みを浮かべ、不快な笑いを響かせる。
アーツではない。こんなアーツなどない。
ならば原因などあの杖しかない。
「それはまさか……古代遺物ですか?」
「その通りだよ。我がダルモア家に伝わる家宝でね」
古代に栄えたと言われる文明の遺跡は今でも各地で見つかるのだが、たまにその遺物が稼動する時がある。
特に危険性が高いとされるようなものは、七耀教会が収集し管理している。
七耀教会は各国とその協定を結んでいるからリベールでもそれが適用されるが、
対した脅威がないのならば在り処さえ報告しておけば個人が持てるものもある。
ダルモア家がずっと保有していたというなら、おそらくは過去にちゃんと報告は為されているのかもしれない。
何にしろ、今はそんなことは関係ない。
動けない。そして銃で狙われている。それが全て。
「はっはっは。子供だからと放っておいたが増長しおって。大人をこけにするとこうなるのだよ」
歪みに歪み、本当に以前は紳士だったことが信じられないくらいである。
「この……どこまで腐ってんのよ、あんた!」
「黙れ、小娘が!」
万事休すだ。銃を向けられ、エステルは悔しい心のままに睨みつける。唇を噛みしめ、眉を吊り上げて。
その間も頭では動け動けと叫んでいるのだが、手も足も一向に動かない。
唇や眉くらいなら動かせるが、逆にそれが腹立たしかった。いっそ全てが動かない方がマシかもしれない。
「くくく、さっきまでの威勢はどこにいった? 命乞いでもすれば助けてやらんでもないぞ?」
「だ、誰があんたなんかに……!」
怖い。銃口を向けられ動けないのだから、それくらいは当然。
それでもこんな男に命乞いをするなど、エステルのプライドが許さない。
「ダルモア市長……俺たちを殺してしまえば、貴方はもう二度と引き返せんぞ?」
顔が動かせず、恭也は目だけをダルモア市長に向けている。
その様を笑いつつ、ダルモア市長は恭也に近づき、銃口を額に強く押し付ける。
「タカマチ準遊撃士。私に説教かね? 状況をわかっていないようだな。くっくっく、ならこれでどうかな?」
ダルモア市長は銃を恭也からクローゼの後頭部へ。クローゼはエステルたちの方を向いていたので、一切の成り行きが見えない。
しかし押し付けられる銃口に目を瞑る。
「待て! 彼女は――」
「キョウヤさん。言ってはダメです」
「……く」
「何だね。私に隠し事かね? 2人揃って本当に状況を理解していないと見えるね」
ならばとダルモア市長はエステルに銃口を向けた。
理解できないその頭でも、仲間や友人が殺されてしまえばさすがに理解できるだろうとせせら笑いながら。
「貴様……!」
「何を貴様呼ばわりしているか、小僧!」
「ぐっ!?」
ダルモア市長は動けないことをいいことに、恭也を蹴る、殴る、ぶつ。傷口を狙って。
恭也の体に激痛が走る。顔を蹴られ、口内を切ったらしく、鉄の味がした。
「ふう〜、ふう〜……さあ、終わりにしてやろう、タカマチ準遊撃士」
痛みと、それ以上に毒が回っているためか、意識が朦朧とする中、額に何かが押しつけられる。
何かなんて言うまでもないだろう。
クローゼの声が聞こえた気がする。エステルとヨシュアも。
とりあえず「見るな」とだけ言えたが……。
(……くそ、なんて終わり方だ。護るべき者を護れもせず…………俺は、死ぬわけには……せめてクローゼを……)
なぜだろう。諦めていないのに、思い浮かんでしまうものがある。
思い浮かべたのは……家族と友人。
士郎、桃子、美由希、赤星や忍。そしてあの世界では何より護らねばならない…………大事な妹。
(すまんな……………………なのは)
気分が悪い笑い声すら聞こえなくなる中、意識を失う恭也だった。
――続く――
あとがき
FLANKERです。前回出してから4ヶ月……誠に申し訳ありませんでした。
できれば先週には出せるとよかったんですが、この日まで遅れたことも謝罪いたします。
今回はルーアンでのボス戦というところですか。
一番の黒幕であるダルモア市長は戦えないので、そのペット(?)2匹との戦闘がボス戦ということになるんでしょうし。
正直言うと、"鬼の大隊長"と呼ばれたフィリップさんをちょこっとだけ戦わせようかな〜とか画策してましたが。(苦笑
とりあえず今回の事件は、特に作中では触れられていませんが、なのはサイドに非常に大きな影響を与える部分でもあります。
特に一番最後が。
できれば次回からはもっと早く出せるようにしたいところですね。
それではこのくらいで失礼をば。
どうも今晩和。クレです。
さてソラツバ久々(ぁ)の15話でしたがいかがでしたでしょうか。
途中までは原作をなぞるような形で展開していましたが、それではSSで起こす意味がないのでこういう形になっております。
そして最後には盛大に引きをつくって締めておりますうひひw
今後どうなるかは16話をお楽しみにw
個人的なみどころはあれです。
クローゼをかばって負傷する恭也と素敵に外道な市長さん。
こう、王道的な燃える展開は大好きですw
戦闘描写もそれに拍車をかけていて、いいですよねw
それでは、ところどころにキーワードをちりばめつつ展開する本作ですが、お楽しみ頂けたなら幸いです。
それ行け、正義の遊撃士。悪の市長をぶっ飛ばせ。
って、ノリでこん○○わ、シンフォンです。
空と翼の軌跡15話。みなさん、どうでしたでしょうか?
水戸黄門しかり、暴れん坊将軍しかり、遠山の金さんしかり。
古来より、悪さをしたお偉いさんは往生際の悪いものですが、ダルモア市長もその例から外れていませんでしたね(笑)
さて、ルーアン編もいよいよ佳境。
次回を、こうご期待です(^^
はい、というわけで、ソラツバ15をお送りいたしました。
今回の話は、犯人への追求→犯人の悪あがき→主人公達のピンチ!なわけですが。
共同で案を考えている私が言うのも何なんですが……つくづく生殺しが好きな人だな、FLANKERさんよw
まあ、作者の生殺し趣味のせいでヤキモキするところで終わってますが……次回までその感情を燻らせたまま、
どうぞお待ち下さいますようにw
では、ennaでした〜。
ああ、追い詰めたと思ったのに。
美姫 「まさか、まさかの逆転劇ね」
とってもピンチ。でも、最後になのはの名前。
ああ、本当に何かありそうで、もうもどかしい!
美姫 「早く続きが読みたいわね」
うんうん。次回、次回も待ってます!
美姫 「待ってますね〜」
ではでは。