ルーアン市内の飛行船発着場の送迎者用待合室にて、恭也は本を読みながら人を待っていた。
そこに放送が入り、ツァイス方面からの飛行船が間もなく到着するとのことで、
本をしまって立ち上がり、待合室を出て発着場ホームまで歩いていく。
太陽が眩しいので手で光を上手く遮らせながら、だんだんと降下してくる飛行船を見上げた。
ゆっくりと目の前のホームに降り立つ飛行船。出入り口が開き、同時に出てくる人々。
周囲で送迎に来た人たちと挨拶をする人々がいる中、恭也は少し離れた場所で降りてくる人々を見て探す。
「キョウヤお兄ちゃん!」
恭也より先に彼女の方が恭也を見つけたらしく、
彼女は狭い出入り口のために走っていくことができないのを煩わしく思っているようにソワソワしている。
そしてようやく人の列から抜けられると、一目散に恭也の元へ走ってくる。
「久しぶりだな、ティータ」
「うん!」
そばに寄ってきたこの世界での「妹」を出迎え、その頭を撫でる。
着替えなどが入っているのだろう、ちょっとティータには大き目のリュックサックを背負いながら、彼女は満面の笑みで応える。
「半年ぶりだ。ここまで1人でよく来れたな」
「むう〜、私ももう11歳だよ! ツァイスからルーアンくらい1人でも来れるよ!」
「はは、すまんすまん」
招待状にはラッセル博士やマードック工房長もどうかとあったのだが、2人はやはり忙しいらしくてどちらとも来れないとのこと。
ティータからは2人とも元気でやってるとのことなので安心する。
「キリカさんがね、『手を抜かずにしっかりやりなさい』って」
相変わらずらしいなと笑いながらティータの荷物を持ち、自分の泊まるホテルに向かう恭也。
「ティータはルーアンに来たことはあるのか?」
「うん、おじいちゃんについて来たことがあるから。でもお仕事だったからよくは知らないな〜」
「そうか。時間もあることだし、荷物を置いたら観光にでも行こう」
「お仕事はいいの?」
「今日は休みをもらったのでな」
その代わり明日の学園祭には警備として行くことになっている。その合間に遊ぶくらいなら許されているから問題ない。
自分が仕事の間はクローゼにエステル、ヨシュアたちがティータといてくれるだろうし。
「クローゼさんは手紙でも書いてたから知ってるけど、エステルさんとヨシュアさんは知らないなあ」
「ああ、そうだったな。まあ明日には会える。俺と同じ準遊撃士でな。カシウスさんの子供さんだ」
「あ、そうなんだ」
ティータもカシウスとは顔見知りであるため、それだけで楽しみではあるらしい。
「早く明日にならないかな〜」
恭也と握った手を大きく振りながら、ティータはルーアンの街をきょろきょろと眺めながら歩いていく。
この世界でできた、半年ぶりに会う「家族」のその姿に、恭也も穏やかに微笑みながら……。
空と翼の軌跡
LOCUS OF 13
ジェニス王立学園・学園祭。
女王生誕祭の規模と比べればたかが1つの学園の学園祭では比べ物にならないが、その熱気は全く引けを取らない。
垂れ幕が校舎に取り付けられ、各国の国旗を模した飾りが構内中を彩どり、出店が構内の中央庭園にいくつも立ち並ぶ。
生徒が自分たちのクラスの催し物に来客を呼び込み、小さな子供が走り回っており、
さっそく迷子でも出たのか放送で呼び出しが行われている始末だ。
「わ〜、すごい人〜」
まだ朝も早い時間。校門が開いて間もない時間帯だが、それでももう構内は人で満ち満ちている。
クローゼたちと待ち合わせをしているのだが、こう人が多いとなかなか見つけられない。
「む、ジーク」
だがその辺りは問題ないようだ。空をくるくると回転しているジーク。
おそらくその下辺りにクローゼがいるのだろう。
歩いていくと、まずジークが気づいたのか、恭也の方に降りてきて差し出した腕に止まった。
「わあ〜、キョウヤお兄ちゃん、すごい」
「これがクローゼの白隼のジークだ」
「よろしくです、ジーク。ティータ・ラッセルです」
ピューイと鳴いて、頭を下げるティータに返すジーク。
恭也が彼女の方に腕を向けると、ジークはティータの周りを飛んで、そして彼女の肩に止まった。
肩に乗るということは、ジークもティータを気に入ったらしい。
「キョウヤさん」
近寄ってくるクローゼ。エステルとヨシュアも一緒だった。
「おはよう、3人とも。紹介する。俺がお世話になっている人のお孫さんで、ティータだ」
ジークにしたように頭を下げて自己紹介するティータ。
「キョウヤお兄ちゃんがお世話になってます」
「クローゼ・リンツです。こちらこそキョウヤさんにはお世話になってます」
「よろしく、ティータ。ヨシュア・ブライトって言うんだ」
「エステル・ブライトよ。よろしく〜」
すでにエステルとヨシュアにもティータのことは話しておいたので、
恭也が仕事でいないときは彼らにティータのことを任せることにしている。
「キョウヤ兄ちゃん!」
と、そこで校門の方から呼びかけられる。聞き慣れた声。
振り向いた途端、飛びついてくる子供たち。その先からやってくる女性――テレサ院長。
「クラムたちか。丁度いい。ティータを紹介しよう」
テレサ院長たちを呼んだのはもちろんクローゼだ。
火事にあって落ち込んでいるテレサ院長たちを呼んであげてほしいと校長のコリンズに頼んだとのこと。
恭也とクローゼがテレサ院長と挨拶しているうちに、ティータは少しお姉ちゃん気分にでもなったのか、さっそく意気投合。
ただクラムにはちょっと振り回されてアワアワ言っているが。
「はあ〜、お持ち帰りした〜い」
「エステル、オヤジ発言だよ、それ」
エステルがそう思うのも仕方ないかもしれない。
ツァイスで会ったアネラスもティータには抱きついていたことを思い出し、誰でもティータにはそう思うものなんだなと苦笑する。
午前中、恭也はさっさと仕事に入ることにしている。午後からクローゼたちが出る演劇があるから、そのときに時間を取るためだ。
ティータはクローゼやテレサ院長、子供たちと一緒に回っている。
今回の警備の仕事にはルーアン支部の遊撃士も数人ついており、正遊撃士のカルナも来ている。
彼女たちと見回る場所を簡単に見繕い、交代時間を確認してからすぐに仕事を開始する。
「クローゼ、君はエステルたちと回っていればいいのでは?」
「いえ、見回りは生徒会の仕事ですから」
生徒会ともなるとそうそう遊んでばかりもいられない。というわけでクローゼは恭也と見回りである。
まあ、実態は見回りという名のデートに近いかもしれないが。少なくとも第三者的に。
「ティータちゃん、可愛いですね」
「クローゼなら会ったことがあるのではと思ったのだが」
「ラッセル博士もあまり王城に連れて来られることはありませんし」
クローゼからラッセル博士の方を訪れることなどないし、王城に連れて来ていても会うとは限らない。
それにクローゼも今は学生だから普段はルーアンにいるので、余計に会う機会などなかった。
「あれ、おいしそうですね」
やはりクローゼとて女の子だ。アイスやクッキーなどのお菓子には目を引かれるらしい。
恭也は仕事中なのでけじめをつけるためにも買うことはできない。クローゼも今は我慢している。
別にその必要はないのだが、一緒に食べた方がいいじゃないですかと言われては特に返す言葉はなかった。
「あら、キョウヤさんでは?」
「む? ああ、これはメイベルさん」
「……"メイベルさん"?」
やはり著名な者も多く集まるのがこのジェニス王立学園の学園祭。
恭也に声をかけてきたのは綺麗な金髪をたなびかせ、少々きらびやかな服装で身を包んだ女性。
ボース地方の市長を勤めている、メイベルだった。
そばにはメイドのリラが、やはりメイド服で静かに、そこが定位置であるようにメイベルの半歩斜め後ろに。
「クローディア殿下と一緒とは驚きました」
小声でそう言ってくるメイベル。どうやら彼女はクローゼのことを知っているらしい。
クローゼもメイベルのことは知っているようで、意外と親しそうだ。
「メイベル先輩はこの学園のOBなんですよ」
「そうだったのか……」
「それより、キョウヤさんがメイベル先輩と知り合いだったなんて知りませんでしたけど」
「ボ、ボースで市長直々の仕事を請け負ったことがあってだな」
どこか責めてくるような口調。それに対応する恭也の言いぶりにもどこか言い訳じみた感じがするのは気のせいではあるまい。
仕事はと言うと、ボース市から同じボース地方のラヴェンヌ村へ、メイベルからの重要な手紙を届けるという仕事だった。
ちなみにメイベルは恭也と同い年にして、リベール王国最大のデパートであるボースマーケットと、
ボース市内の高級レストラン『アンテローゼ』のオーナーでもある。
「ルーアンに向かわれたとは聞いていましたけれど……お久しぶりですわ、キョウヤさん」
「ご無沙汰しております、メイベルさん。リラさんも」
「はい、お元気そうで何よりです」
「しかし……リラさんは本当にどこでもメイド服なんですね……」
「何かおかしいでしょうか?」
「いえ、そういうわけではないのでお気になさらず」
大層な付き合いはないのだが、同い年と言うことで依頼時に名前で呼んでくれと言われたからそうしている恭也。
だがクローゼにしてみればそんなもの知ったことではないので……
「……名前で呼び合いですか……」
自分にはなかなか敬語すら直らなかったということを思い出し、機嫌の悪いクローゼである。
が、そこでメイベル市長は何かに気づいたようにちょっと意地悪く笑ったのを、クローゼだけはしっかり気づいた。
「もう、キョウヤさん。そんな敬語なんていらないと申し上げましたのに。私たち、同い年ですよ?」
「まあそうなんですが、メイベルさんは市長でオーナー。それに貴女も敬語ですよ?」
「私は敬語が地ですから」
同い年を強調するメイベル。クローゼ、僅かに敗北感を。
「メイベル先輩、申し訳ありませんが見回りを続けないといけないので失礼します。行きましょう、キョウヤさん」
「あ、ああ、わかった」
この会話で自分は恭也にフランクに話せる仲なんだと言いたいクローゼである。ちょっと優越感。
スタスタと歩いていくクローゼに、首を傾げつつ追いかける恭也。それを見送るメイベル。
「リラ、貴女はあの2人をどう思って?」
「お嬢様……悪ふざけが過ぎますよ?」
「ごめんなさい。でもクローディア殿下にヤキモチ焼かれるなんて、なかなかないことでしてよ?」
ついついからかってしまいたくなるのだ。恭也といいクローゼといい、生真面目な性格をしているから。
今年はそれだけでも来た甲斐はあったと思いながら、懐かしい母校をゆっくり見て回るメイベルとリラであった。
午後になって恭也はエステルやヨシュア、ティータと合流して見て回る。
クローゼも我慢していたお菓子やらをエステルたちと一緒になって食べている。
「ティータ、食べ過ぎはいかんぞ?」
「うう……でもでも、おいしそうで我慢できないんだもん」
ティータへの注意は結果的にエステルやクローゼへの注意にもなっている。
ただやはりこんなときくらいはいいじゃないかと思っているのだろう。ティータを擁護する2人である。
「エステルはいつものことでしょ」
「な、何ですって〜!」
「クローゼがここまで買い食いするとは……ユリアさん、申し訳ありません。俺ではクローゼを止めることができないようです」
「そんな、キョウヤさん……」
ヨシュアと一緒になってエステルとクローゼをからかう恭也。
「キョウヤお兄ちゃんもヨシュアお兄ちゃんもお姉ちゃんたちをいじめちゃダメです!」
ティータに止められるわけだが。
エステルとクローゼはこの上ない援護を得たとばかりに彼女の頭を撫でたり抱きついたり。
いつの間にかティータはエステルをお姉ちゃんと呼び、ヨシュアをお兄ちゃんと呼んでいる。
合流したときに1人っ子のクローゼはそれを羨ましがったのだが、ティータは構うことなく彼女もお姉ちゃんと言っている。
「しかしエステルを姉と呼ぶということは、俺はエステルとヨシュアの兄にもなるわけか?」
冗談のつもりで言ったのだが、エステルは少々考えた後……
「え〜っと、それじゃあ……キョウヤ兄さんって呼べばいいんですかね、あたし?」
「僕も呼ぶとしたら兄さんってことになりそうだけど。エステルの場合はキョウ兄って方が合ってる気がする」
「あ、それそれ! あたしもそっちの方がいいかも。シェラ姉にもそんなふうに呼んでるし」
「はは、またずいぶん兄弟が増えたな」
満更でもない恭也である。特に恭也としてはヨシュアという弟ができるとすればなかなか新鮮だった。
今まで女だらけの中でいたから、姉や妹には事欠かないのだが、兄や弟はいなかったから。
そう言うとエステルが何やら企みのあるような顔をして、いきなり恭也の腕に取り付いて――
「キョウ兄、アイス食べたいな〜♪」
なんて都合よく言ってきたのだが……
「食べすぎだ、エステル。太るぞ?」
「うわ、女性にはっきりと!?」
「妹になら兄としてはっきり物を言ってもいいだろう?」
「ひどいお兄ちゃんですね、キョウヤさん!」
「ほほう。では兄にたかろうなどとした妹へは更なる説教が必要だな」
「この上さらにひどっ!」
そんなやり取りがあったりもしたのだが。
「そう言えばキョウヤお兄ちゃん。ボースにいたときの手紙で霧降り峡谷を『霜降り峡谷』って書いてたよ?」
今はそんなやり取りより、クローゼたちをいじめた罰として恥ずかしいことを暴露されていることに焦りを覚える恭也である。
「それ、エステルと同じ間違いですね」
「なに!? なぜか落ち込むぞ……」
「ちょ、キョウヤさん! なんであたしと同じ間違いしたら落ち込むんですか!?」
ツッコんでくるエステルは敢えて無視し、ちょっと腰に手をやって「怒ってます」なティータの頭を撫でつつ、
恭也は無垢な生徒に優しく教えるように。
「いや、ティータ、それは間違いではなく、実際にあそこのジャイアントフットなる魔獣の肉はまさに霜降りだぞ?」
「ふえ? そうなんだ〜」
――――嘘♪
「あ、そうなんですか? 私も食べたかったなあ」
「いや、エステル。冗談だと気づこうよ」
「はえ? そうなの?」
「キョウヤさん、子供に嘘を教えてどうするんですか……」
「キョウヤお兄ちゃん、また嘘ついたね!?」
「いや、まあ、ちょっとした冗談だ」
「ていうかキョウヤさん。
例えジャイアントフットの肉が本当に霜降りだったとしても、霧降り峡谷を霜降りと間違ったことに変わりはないですよ?」
「……そこは弟として兄を庇うべきだろう、ヨシュア」
「いえ、僕は妹の味方をするべきだと思いますから」
「ヨシュアお兄ちゃん、大好きです!」
「ありがとう、ティータ」
「嘘ばっかりつくキョウヤお兄ちゃんはちょっと嫌いです」
「…………」
恭也に助けなし。先ほどからかわれたエステルやクローゼが味方をしてくれるわけもなし。
ヨシュアは演劇の女装から逃げた恭也――ヨシュアはそう思っている――を、助けるわけなど断じてない!
「はあ、私がちゃんと教えてなかったから……ごめんなさいです」
「ううん、ティータちゃんは何にも悪くないんです。悪いのは全部このお兄ちゃんですから」
その場の4人から痛い視線を浴び、結局、罪としてティータたち全員分のお菓子などを奢らされるはめになった恭也。
別にさほど金欠というわけでもないので財布が痛いわけではないが……釈然としないのは仕方なかろう。
「って……もしかしてアルバ教授?」
クラブハウスのそばのオープンカフェで少し休憩しようということで飲み物などを買っていたエステルが、
そばの青い髪をオールバックにした男性に声をかけた。
目の細い彼は、あまり驚いた風でもなさそうにおや、と一言。
「知り合いか?」
「え〜っと、知り合いと言えば知り合いです」
エステルたちが2度ほど護衛をしたことがある考古学者らしい。
「塔を1人で調査? ご無理をなさいますね」
塔というのは、このリベール王国の王都以外のロレント・ボース・ルーアン・ツァイスの各地方にある、
古代文明のものと思われる4つの塔のことだ。
ロレントの『翡翠の塔』、ボースの『琥珀の塔』、ルーアンの『紺碧の塔』、そしてツァイスの『紅蓮の塔』。
いずれも頂上に古代文明の機器と思われる遺物が残っていて、考古学や歴史学の重要な資料となっている。
ただ塔はいずれも街や人里から離れた場所にひっそりと建っているので、魔獣の巣にもなっているのだ。
「いや〜、逃げ足だけは自信があるので」
護衛を雇う金すらないのかと呆れつつも、恭也は何となくアルバ教授の纏う雰囲気というか佇まいに何かを感じる。
戦闘をする者としての足運びをするでもなく、空気に隙がないというわけでもないが、どこか違和感を覚える。
何がおかしいというでもないが、何かが気になる。
「…………」
ヨシュアも同じなのだろうか。なにやら目を細めて気分悪そうにしている。
「大丈夫か、ヨシュア?」
「……ええ」
アルバ教授とは一言二言言葉を交わした後で別れ、そのまま5人はティータイムと洒落込むのだった。
「我らは戦わねばならないのか……」
「友と戦わねばならないとは……私に、友を斬れとは……」
そして演劇の上演時間がやってきて、恭也は予定通りティータと一緒に座って劇を見ていた。
大半の来客が劇に見入っている。
配役を男女で入れ替えるという奇抜な発想には戸惑った客もいるようだが、
熱演と言ってもいいエステルたちにブーイングなど向けられるはずも起ころうはずもなかった。
「私を巡ってあの2人が戦うなんて……どうしてこんなことになったのでしょう……」
ヨシュアがあれだけ嫌がっていたわりに、王女役がピッタリというほどに演じきっている。
「ヨシュアお兄ちゃん、綺麗〜」
「ヨシュアの前でそれは言わないようにな」
「え? なんで?」
「……ヨシュアのためだ」
こんな純粋なティータに「女装が似合ってたよ」なんて言われたら、おそらくヨシュアは失意に暮れかねない。
劇はエステル演じる貴族出身の騎士と、クローゼ演じる平民出身の騎士が、
1人の王女との結婚で貴族派閥と平民派閥の勢力争いの渦に巻き込まれ、戦って勝ち取るということになる。
2人の騎士は派閥や当時の貴族と平民の垣根を越えた友情にある親友同士であり、王女ともとても親交が深いという設定。
「見事ですわ。奇抜な発想には驚きましたが」
ティータとは逆の隣の席にはメイベルがいる。よく見るとルーアン市長のダルモアとその秘書のギルバートもいる。
そして演劇はとうとう2人の騎士が決闘をするシーンへ。
「戦うしかないのだな」
「……そうだ。抜け、友よ!」
剣を抜刀し、打ち合う2人。観客が感心するどころか驚くほどの剣戟を見せる。
とても演劇とは思えないだろう。
2人とも恭也とヨシュアからの手ほどきを受けている上、元から剣の鍛錬もしているだけはある。
何となくなのだがクローゼの動きが鋭いというか、何やら怒っているように激しい剣捌きだ。
(何やらクローゼらしくない気がするんだが……)
と、そこで目が合った気がした。丁度打ち合っていて、エステルが観客に背中を向け、その正面に観客席の方を向く形のクローゼ。
こちらを睨んでいないだろうか。
「何かクローゼお姉ちゃん、ちょっと怖いかも」
「う〜む。何かしたか、俺?」
――――ちなみにその隣でメイベルが笑っているのは気にするべきではない。
クライマックスに入ったのか、エステルとクローゼもかなり打ち合って疲労を隠せない。
演技ではあるが相当本気で打ち合っていたのか、あれは本気で疲れたのだろう。
「これが最後」
「決めようぞ」
構え合い、気合を入れて、2人は互いへと突撃し――
「やめてーーーー!」
そこで王女がいきなりその激突点へと身を投げ入れた。
2人の剣は王女を突き、斬り裂いてしまい、王女はゆっくりと倒れていく。
「なりきってるな、ヨシュアも……」
そして騎士の2人はこんな行動を取った王女を問いただすシーンへ。
「私を巡っての争いなどおやめください……どうか、2人ともずっと仲のよいままで……」
意識して高い声を出しているとは思えないのだが、見事なほど声を女性風にしているヨシュア。
エステルとクローゼが両脇で必死に介抱している演技を。
そうして劇は王女が息を引き取り、結局、つまらない政争などで彼女を殺してしまったことを悔やみ、
これからは貴族と平民が互いに手を取り合っていこうという流れで終わる。
最後に全出演者が出てきて、エステルとクローゼを両脇にして王女役のヨシュアが中心で礼をし、幕が下りた。
「見事だった」
楽屋の方では無事演劇を終えられたことに、出演者、裏方たちと共に拍手をして笑っていた。
「ヨシュアお兄ちゃん、もうドレス脱いじゃったんだ……」
「お願いだから残念そうにしないで、ティータ……」
ヨシュアがもう見ていられないほど失意に暮れている。
実はさっきも……
『ヨシュアお兄ちゃん、綺麗だったなあ』
『あ、こ、こら、ポーリィ……!』
『…………』
『遅かったか……』
ティータには釘を刺しておいたのだが、さすがに孤児院の子供たちには言ってなかった。
子供たちの純粋な感想と褒め言葉は、ヨシュアの男としてのプライドにダメージを与え、
ヨシュアはそれでもありがとうと言うべきかの複雑な気持ちでごっちゃになって、引き攣った笑みを返すしかできなかったようだ。
ティータもようやくなぜ言ってはいけなかったのかの理由を察し、慰めたらいいのか何も言わずにおくべきかで悩んで、
恭也を見たはいいものの、恭也の首を横に振るという答えに頷きつつアワアワと。
「あ〜、なんかこれ、脱ぎたくないなあ」
「じゃあ欲しいなら衣装を作った方にでも聞いてみればどうでしょうか?」
エステルとクローゼは気に入っているのか、服を着替えていない。
もう着れないのか〜と残念そうなエステル。
「しかし今更だが……髪を下ろしたエステルはずいぶん印象が変わるんだな」
「え? そうですか?」
「うむ。ツインテールの時は快活さがとにかく出るが、今のエステルは本物の騎士のような壮観さが出ている。
『可愛い』より『美しい』という言葉の方が似合う感じだ」
「あ〜、えっと……」
「……キョウヤさん、エステルさんを口説いてるんですか?」
「いや、そんなつもりはないが……睨まないでくれ、クローゼ」
「ないんですか!」
「なぜ怒る、エステル?」
「つまりあたしはキョウヤさんにとって口説くような対象でないと。ううううう……」
「ちょっと待て。そこまでは言ってない」
「じゃあ口説いてるんですね?」
「いや、何と言うかだな……だからなぜ睨む、クローゼ?」
「知りません」
どう答えたらいいんだと思いつつヨシュアやティータを見るも、ヨシュアは失意にくれたままで助けてくれる空気なし。
ティータはやはり女の子は女の子の味方ということか、恭也に厳しい視線を。
「ご苦労様、みんな」
ジルが生徒会長として皆にねぎらいの言葉をかけている。そして最後にこちらに来て、抱き合ったり握手し合ったりと。
「そう言えば、院長先生たちは?」
「ああ、カルナさんに護ってもらってマノリア村の方へ帰られたよ」
テレサ院長たちには、この学園祭に来た者たちに融資を求め、孤児院を焼かれた見舞金として渡されている。
各界の著名人も多く来ているこの学園祭ゆえ、かなりの額が集まったのだ。
その金で新たに孤児院を立ててくれということで。
彼女は当然断ったが、コリンズ学長まで出てきてもらっておきなさいということで、泣いて感謝をしながら帰っていった。
「提案したのはクローゼですからね。本当なら私じゃなくてクローゼにお礼言ってくれたらよかったんだけど」
「そんな……ジルやハンスが協力してくれたからですよ」
本当にこういうところはクローゼらしいと思う。
恭也は自分が護っているクローゼが、本当にユリアの言う通り護るに値する人間であることを再確認し、
彼女を護れることに誇りを得て、そして護りきるという誓いを改めて立てるのだった。
そうして出演者や裏方など劇に関わった者全員が集まってのドンチャン騒ぎが行われているのだが、
エステルとヨシュアはその日のうちにルーアン市へ戻ることになった。
恭也は今日くらい最後に出席してもいいぞと言ったのだが、いつまでもそう好きにしていられないと、
2人は遊撃士としての仕事のために戻ることにしたようだ。
ジルやハンスたちは残念そうにしていたが、それでもまたいつか会って話したり遊んだりしようと約束を交わし、
エステルとヨシュアは林道を歩く今もとても楽しそうだった。
「う〜ん、楽しかったあ〜。いいモンね、学園生活っていうのも」
「確かにね。いい経験になったよ」
伸びをするエステルに、進行方向に暮れていく太陽を見ながら感慨深そうにヨシュアが呟いた。
「何かもう終わっちゃったって感じだよ〜」
「ふふ、まだ遊び足りないですか、ティータちゃんは?」
「えっと……はい。でも明日はクラムくんたちの所に遊びに行くんです」
クラムたちと仲良くなったティータはマノリア村に遊びに行く約束などをしたらしい。
せっかくこちらまで来たのだからすぐにツァイスに帰るのも何なのでと、あと数日ほどティータはこちらにいることになっている。
「さ〜ってまた明日から遊撃士稼業再開といきますか〜!」
海道に出て夕日が沈んでいく水平線を見ながら、エステルが気合を入れたそのときだった。
誰かが走ってくる気配を感じ、恭也とヨシュアが同時にそちらに顔を向ける。
「ああ、あんたたち! 丁度よかった!」
見覚えがある顔の男性だった。確かマノリア村の住人で、孤児院放火の際も恭也たちが来るまで現場に張っていてくれた男性だ。
わざわざルーアンの方まで急いで何の用だろうと思ったが、どうやら恭也たちに用があるらしい。
――――いや、むしろ遊撃士に、ということ。
「どうしたんですか?」
その場の皆を代表して恭也が訪ねると、息を切らせていた彼はしばし深呼吸をしてから一息に言い切る。
「それが……テレサ先生と子供たちが、マノリア村の近くで何者かに襲われたんだよ!」
まず我に返ったのは恭也とヨシュア。
次にエステルが「何ですって!?」と大声で男性に詰め寄り事情を聞いている。
事情の聞き取りはエステルとヨシュアに任せ、恭也はクローゼに近寄る。
「クローゼ、落ち着け」
「き、キョウヤさん……お、襲われた……って……」
腕を震わせ、顔面を蒼白にさせて崩れ落ちるクローゼを咄嗟に抱え、無理に立たせているよりはと、ゆっくり座らせる。
ティータも彼女の背中を撫でつつ、事態に頭が追いつかないのか、恭也を見てクローゼを見てと忙しない。
「とにかくこのことを遊撃士協会に伝えようと思ってここまで来たんだけど」
「ちょっと待ってください。襲われたと言っても、確かカルナさんが護衛についていたはずですが?」
「それが……彼女、気絶してるんだ。どうもやられちゃったみたいで」
「カルナさんが……気絶させられた?」
そこにどうもおかしいと思ったのだが、とりあえず今は先に現場とテレサ院長たちの安否が気がかり。
男性の話ではとにかく保護はしているし、テレサ院長や子供たちに怪我はないとのこと。
だがカルナが気絶していて目を覚ましていないとなると、すぐに向かわねばならない。
「ルーアン支部に連絡を入れているより、少しでも早く向かった方がいいだろう。
よし、俺が支部へ報告をいれる。エステル、ヨシュア、お前たちは先にマノリア村へ向かえ」
「わかりました!」
「行ってきます!」
恭也とて行きたい所だが、男性にこのまま報告をお願いしますというのは勝手すぎるし、
クローゼとティータをとにかくホテルなり支部なりで一旦身柄を預かっておいてもらった方がいい。
が、クローゼは立ち上がり、行くと言いだす。
まあ彼女ならそう言い出すだろうとは思っていたし、説得していたら時間がない。
「キョウヤお兄ちゃん、私も行きたい!」
「ティータ、お前はさすがに……」
「お願い! クラムくんたちが無事かどうか確かめたいの!」
迷いはしたが、エステルとヨシュアはクローゼも彼女も全員護って行きますと頷いて返してくれたので、
このまま無理やりルーアンに連れ帰るよりも一緒にいさせた方がいいと判断。
クローゼもいるし、この3人ならティータ1人護る相手がいても大した問題ではないだろう。
「行動開始だ!」
恭也の一言で二手に分かれる恭也たち。
恭也はマノリア村の男性と共にルーアン支部へ走っていくのだった。
――続く――
あとがき
こん○○わ、シンフォンです。
ティータ再登場!
原作にはない話、原作よりも早いティータとエステル達の出会い。
しかし、恭也という存在によって、原作にはない展開が生まれるのはソラツバの魅力の一つですね。
ときに、今回の「霧降りの谷」。
読者の皆さん、特に原作のプレイ経験のある方はプレイ時に「あの間違い」に気づきましたか?
私は、気づかなかった者達の一人です。
もう、エステル達のやりとりみて、「なんだってっ!?」とMAPを確認するほど衝撃を受けましたw
話の都合上カットしたボース編でメイベル市長との交流があったことにしてますが、あの二人同い年なんですよね。
性格もどことなく似てますし、いい交友関係が結ばれてたのではないかと思います。
ほのぼのした学園祭は終わり、事件がおこったところで今回の話は終了です。
それでは、第14話で会いましょう〜。
はい、こん〇〇は、ennaです。
長らくお待たせしました、ソラツバ13の登場です!
今回は本編よりもはやいティータの登場や、恭也と仲間達の文化祭の過ごし方なんかをお贈り致しました。
ですが、事態はまた一変。
またもや次回からはシリアスな展開になっていきます。
どうか、これからの展開もお見逃しなきように!
ではでは、ennaでした〜。
どうも今晩和。クレです。
さて、空翼13話いかがでしたでしょうか?
ティータもでてきて久々に恭也がお兄ちゃんしていましたがどうでしょうトキメキましたか?(笑)
見所は他にもたくさんありましたし、原作を知っている人ならおもわずニヤける場面もありましたが。
が! 私はあえてこの話の最重要点はクローゼの嫉妬! だと断言します(ぁ)
すくなくとも私はこの話のクローゼにときめきましたw(爆)
ともあれ次回、急展開をみせる空翼14話に、テイク・オフ!
FLANKERです。まず最初に……申し訳ありませんでした!
すでに今話は先月どころか12月にはできていたのですが、私が先の話を書くのが遅れ、ここまで出せませんでした。
さすがにちょっと他の作家様にもお願いすればいいんですが、皆さんお忙しいですし、私が言い出したことだからと。
とりあえず、誠に申し訳ありませんでした。
さて、今回はようやく学園祭当日。いや、今回も作者全員でひねり出したネタをそれそれ〜とつぎこみましたが、如何でしたでしょうか。
最後にはとうとう話が進みだす雰囲気となり、次回はルーアンでの事件本番へと入ります。
それでは失礼しますね〜。
クローゼの嫉妬は確かに見ていて楽しいです。
美姫 「本人はそれ所じゃないんだろうけれどね」
だろうな。ともあれ、今回はティータの再登場。
妹キャラとして恭也に甘え、甘え……お姉さん?
美姫 「兄妹逆転しているような部分もあるけれど、この二人の関係は良いわよね」
だな。ほのぼのと学園祭は終了したけれど……。
美姫 「最後の最後で事件発生ね」
さてさて、どうなるんだ!?
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
待っています。