空と翼の軌跡
LOCUS OF 10
『アースラ』の廊下をドカドカと足音が鳴りそうなほどの勢いで歩いていくなのは。
彼女のことを知らない『アースラ』クルーなどいないため、普段の彼女とはとうてい一致しないその威圧感たっぷりな様子に、
誰も声をかけることができず、道をあけ、遠ざかる彼女が見えなくなるまで呆然とするのみだ。
「…………」
自分が注目――畏怖を篭めて見られていることすら、彼女は気づいていなかったが。
なぜなら彼女は己の内にて、顔に現れている怒りなどよりもずっと煮えくり返っているからだ。
『時空管理局は高町恭也捜索を行わない』
告げられた言葉が何度も頭の中で反芻しては、内なる炎が余計に燃え上がる。
「な、なのは、待って!」
後ろから親友が声をかけてきても、走って追いついてきても、なのはの足が止まることもなければ、振り返ることもない。
ただ、さすがに肩に手を置かれ、必死の視線を向けてこられたら反応しないわけにはいかなかったが。
「ねえ、フェイトちゃん」
「あ、な、何?」
「クロノくんが言ったことって……要はお兄ちゃんを見捨てるってことだよね?」
なぜ探さないのか。証拠だってあるじゃないか。
だが自分の所属する時空管理局は探さないと言い、その件に関しては『アースラ』の管轄外とした。
「違うよ、なのは。決して見捨てたんじゃない。探さないっていうのは、まだ充分な証拠がないからなだけで……!」
「証拠なら私が見つけたあれでも、充分じゃない!」
現地の警察が集めてくれた恭也の目撃情報。その最後の場所で見つかった、魔力に似た力の残滓。
そしてその残滓のあった場所に、目撃情報にもあった、食べていたたい焼きを包んでいた紙。
「検知できた力の残滓だって、あのロストロギアのものと一致するって。
お兄ちゃんがいなくなったのと、私たちがあの事件に遭ったのもほとんど同じとき……それだけでも充分だよ。なのに……!」
なのはとしては確実な証拠と言えるものだった。状況証拠というだけじゃない。
今でこそもうあの場所にも残滓すら残っていないが、検知できたという事実はすでに物的証拠として足る。
さらに言えば、たい焼きを包んでいたと思われる紙には恭也の指紋がついていたことがわかっている。
「……なのは、確かにそうなんだけどね。でもどうして恭也さんが巻き込まれたかの説明がつかないんだよ」
フェイトとて執務官を目指す身。
はやてのような捜査官とも通じるところがあり、事件の現場にて証拠集めをすることもあれば聞き込みを行うこともある。
だから発見された証拠があれば、確かに恭也が少なからず関与していると言えることに関してはなのはに賛成だ。
「どうして何の関係もない恭也さんが巻き込まれたのか。どうして恭也さんがあんな場所に入っていったのか……」
「そんなの何度も言ってるよ、私」
「……なのはが助けを呼んだんだよね?」
突き放すようにプイッと顔をそらされて、フェイトは悲しい気持ちになりながらも、静かに切り出す。
「あのとき、私、助けてって……"助けて、お兄ちゃん"って……そう思った」
なのはにとってはそれこそ何よりの証拠と言ってもよかった。
フェイトも彼女と恭也の兄妹仲の良さは羨ましいぐらいだったから、心情的には彼女に賛成してあげたい。
彼女の言っていることは嘘ではないだろうし、現実にそれが起こっても信じてあげたい。
でも現実でその言を通そうとするのは、あまりに無理があった。
「……なのは、私はなのはの言ってることを疑ったりなんてしない。それだけは勘違いしないでね?
でも、心でそう思っただけっていうのは、その……証拠としては取り上げられないよ……」
「…………」
どうして恭也は巻き込まれた?――なのはが呼んだから。
どうして恭也があんな場所へ足を踏み入れた?――なのはが呼んだから。きっとそれに応えてくれたのだろうから。
『ふざけているのかね、ハラオウン執務官。そんなものが証拠足りえるわけないだろう』
『……やはり、そうですよね』
『当たり前だ。念話ならともかく、心で思っただけなど、根拠のない理由を証拠とは言わん』
今でもクロノは何度も繰り返し上層部に頼み込んでいる。
先ほどもそうだった。なのはもフェイトも立ち会った。
クロノもきっとそう返されることはわかっていたろうが、それでも証拠として挙げたのだ。なのはの言を。
それに返されたのがこの言葉。
「あのとき、念話すら使えない状態だったのはもうわかってるし、
例え使える状態だったとしても、次元を超えて遠く離れている相手に伝えることは無理だから……」
結局は私的な部分での感情論。そう受け取られたわけだ。
なのはと恭也という親しい間柄だからとは言え、他人からすればただそれだけ。
よって恭也が巻き込まれたという証拠はなく、あくまで可能性に過ぎず、
その可能性というのも、『偶然恭也が林の中に入り、偶然その場所にいたところに、偶然あのロストロギアの力が働いた』程度。
詰まるところ、『偶然』を取り払えるだけの証拠がない。
指紋のある紙があった――つまり林の中にはいたのだろう。だが、同時刻であるという証拠がない。
魔力のような力の残滓があった――それが直接恭也を巻き込んだとは限らない。
時刻がほぼ同じ――次元間では時間のずれがあるし、目撃情報もはっきり何時何分に恭也がここにいましたというほど、
確実ではないのだ。目撃者は『多分このくらいの時間だった』と言うだけだったから。
「あのね、フェイトちゃん。まるでさ、お兄ちゃんが巻き込まれたわけじゃないって無理やりに言ってるように聞こえない?」
「…………」
「私、今の管理局の言ってることを聞いていても、そういうふうにしか聞こえない」
証拠証拠証拠証拠……。
なのはは「そんなに証拠がほしいか」と言いたい気分だった。
まるで恭也の捜索を面倒くさがって、恭也じゃないからと無理やりに決めつけているように聞こえるのだ。
「私の言ってることの穴を見つけて、それをつついて違う違うって言われているみたいにしか聞こえないんだよ」
トランスポーターの前まで来て、なのはは立ち止まった。フェイトはなのはの横に並べず、少し後ろで彼女の背中を見つめる。
「時空管理局は人を守るために、次元世界の平和を守るために……たくさんの人の笑顔を守るためにあるって聞いてた。
だから私は入ったのに……あんなにはっきりお兄ちゃんを見捨てるみたいなこと言われるなんて思わなかった。
可能性が少しでもあるならそのために動くのが普通だよ。違うかな、フェイトちゃん?」
「ううん、違わない……なのははその小さな可能性を信じられるもん。私はよく知ってる」
かつて自分と友達になりたいと、そう言ってきてくれたなのはを思い出すフェイト。
彼女は必死に名前1つから聞こうと話しかけてくれた。拒絶しても拒絶しても……。
そんな相手と友達になれる可能性は低いし、戦いまでするとなれば尚更だ。それでも彼女はやめなかった。
闇の書の事件でも、最後まであがいた彼女だ。
「私が甘いこと言ってるのはわかってるんだ。可能性が低くても手を出せる余裕なんてないくらいなのは……」
万年人手不足の管理局。いつもいつもクロノが愚痴をこぼすこと。
ロクな証拠もなしに動けるのは余裕があるときだけだ。大きな組織となれば、可能性も考慮しなくてはならない。
それが理解できるほど、なのはもフェイトも聡明で、でもやはり彼女たちはまだ10歳そこそこの子供で……。
「たくさんの人の笑顔を守りたい。でもだからって、家族を……お兄ちゃんを犠牲にしてまでなんて、私にはできない。
いつもいつもお兄ちゃんは私を護ってくれてて、やっと私もお兄ちゃんを護れる立場になったのに……」
「なのは……」
「管理局が動いてくれないなら、私1人ででも探す」
「え……ちょ、ちょっと待って、なのは! どうするつもり!? まさか、あのロストロギアの所にまた行くの!?」
それは犯罪行為だ。
管理局が指定する捜索指定物や監視指定物、もちろんロストロギアも、民間人は干渉したり保有したりすることはできない。
許可さえ出ればそれも可能だが、第1級に指定されている物に許可などできるはずもない。
管理局員でも第1級となれば命令や許可が出ていない以上は関与など許されない。
「…………」
「だ、ダメだよ! そんなことしたら、なのはが犯罪者になっちゃう!」
「でもそうしないとお兄ちゃんを助けられない!」
「落ち着いて、なのは! なのはが犯罪者になっちゃったら、恭也さんだって悲しむよ!」
「っ!」
自分のために妹が犯罪者になったら……恭也のことなどよく知っているなのはには、どれだけ彼を苦しめるかも理解できた。
「じゃあ……じゃあ、私はどうしたらいいの!? お兄ちゃんを見捨てるなんて絶対に嫌!」
今このときも、恭也がどうなっているかわからない。
1年も経ったということが悪夢を呼び覚ますが、それを必死で振り払いながら。
「どれだけなのはの力になれるかはわからないけど、私もクロノも手伝うから……だから、ね?」
普段はそれでなのはは落ち着いてくれたから、フェイトは何とかこれで、と期待を持っていた。
だが、今のなのはは普段とは違った。
「……もういいよ」
立ち止まってフェイトと向かい合っていたなのはは、踵を返して歩き出す。
先ほどまでの荒々しさはなく、逆にそれが怖いほどの静けさを醸し出している。
期待とは違った反応。そして、明らかに納得してくれたわけではないだろう雰囲気。
親友としてそれがわからないわけがなく、フェイトはすぐに追いついて声をかける。
「1年だよ」
「え?」
すると即座にそんな言葉が返ってくる。
返された言葉に、フェイトは彼女の肩に触れようと伸ばしていた手を止めた。否、反射的に止められた。
「お兄ちゃんがいなくなってから1年。もしお兄ちゃんが大変な目に遭ってたら……」
むしろ最悪の想像は――言うまでもあるまい。誰とて考えたこと。
そしてロストロギアの暴走が何らかの力を恭也に対して行使したとすれば、一体どんな力が彼に働いたのかわからない。
あくまで力の残滓が残っていたというだけで、それがどのような魔法や作用を持ったものだったのかまでは不明なのだ。
誰とてわかっている。なのはとて……その意味に気づいているだろう。
「証拠が見つかってからでも、すでに2ヶ月……2ヶ月も待ったのに、返ってきたのが『見捨てる』なんて……」
「だ、だから、見捨てるんじゃなくて――」
「もういいよ! そんな一時の慰めなんて!」
叫び。咆哮。
背中を震わせ、肩を怒らせ、拳を握り締め。
立ち止まるなのはに、フェイトは半歩後ろに下がるほどに驚いて身を竦めた。
「どうにもならない! 2ヶ月……2ヶ月も働きかけてるのに! フェイトちゃん、分かるでしょ?
クロノくんにリンディさん、レティさん、そしてユーノくん……これだけの人が働きかけてくれてるのにダメなんだよ!?」
クロノは執務官、リンディとレティは提督、そしてユーノは無限書庫司書長。
全て時空管理局では重職にある者たち。
執務官も提督もさることながら、無限書庫は、この1年で間違いなくその立場を重要視されるようになっている。
闇の書事件以降、本格的に司書として活動するようになったユーノが、
ただの物置だった無限書庫を本来の「データベース」としての位置へと置き換えた――置き戻したと言うべきか。
故に、膨大な情報を収める無限書庫と、その情報を見事に活かしたユーノという頭脳と才能の持ち主は、
時空管理局内において今となっては相当な地位にある。当の本人にその意識はないのだが。
「私みたいな、所詮は武装隊の士官候補生1人じゃどうにもならないかもしれないけど、
これだけ偉い人が集まって言ってくれても、現実はこれ……フェイトちゃん、私だってわからないわけじゃないよ?
上の人たちがこうと決めたら、もうそうやすやすと決定を覆すことが無理なことくらいわかってるよ!」
「…………」
「当たり前だよね。そんな簡単に覆すことができるなら、大きな組織が成り立つはずないもん」
もとより聡いことに加え、幼くして時空管理局に入局し、社会の中で1年以上を過ごしたなのはなら、
社会の現実というものを知ったところで全くおかしいことではない。
時に社会は個を無視する。個より衆を取る。
現実ではそれで当たり前であり、それが必要なこと。矛盾した真理。
「諦めるの、なのは? そんなの、それこそなのはらしくない」
「勘違いしないで。諦めないよ、私は」
フェイトはなのはが自棄になっているのではと思ったが、返すなのはの言葉には確かに力があった。
不屈の精神。
それが篭っていたのを、フェイトは確かに感じた。
「ただ……ただ、もう管理局には頼らないって、期待しないって決めただけだから」
いろんな意味に取れる危うい言葉を口にして、なのはは静かにフェイトから離れる。
対して今のフェイトには、もう追いかけたところでかける言葉が見つからない。
自分もなのはを手伝うと言ったものの、具体的に恭也捜索のための手を何か打てたわけじゃない。
ただなのはのそばにできるだけいて、彼女を支えることくらいだ。
それがフェイトにできることで、クロノたちではできないことだから、立派な役割なのだが、
今のフェイトにはそう思えるだけの余裕はなかった。
ただその場に立ち尽くし、なのはの背中を見つめることくらいしか……できなかった。
(……何してるんだろう、私。フェイトちゃんに怒っても何にもならないのに……)
なのはは背中に感じる親友の視線に、居心地の悪さを感じていた。彼女から離れるたびに、どんどんと。
だから、逃げるように自分にあてがわれている部屋に入ってしまう。
「…………」
ちゃんとフェイトには後で謝ろうと思いながら、なのはは先ほど自分が口にした言葉を反芻していた。
「管理局に頼らない、か……今まで管理局に捜索を頼ろうとしてばっかりだった私が言える言葉じゃないよね」
証拠を探し続けた。でも結局それも、管理局に恭也を捜索してもらうためのこと。
それが受け入れてもらえなかった。ならもう諦めるのか?――否!
管理局が捜索しないと言うなら、自分でやればいい。
非常に単純な理屈。自分でもあまりに短絡過ぎると思ったが、しかし、追いやられて手のないなのはには魅力的でもあった。
「でも、今の私があそこに行ったら……アースラの皆に迷惑がかかるよね」
なのはが行こうとしているのはあのロストトギア。
助けを求めたら、恭也はそばに来てくれる。それがなのはにとっての恭也という兄。
だから、きっとあのロストロギアを調べれば、という考えがあった。
しかしながら、今のなのははアースラ所属の武装隊士官候補生。当然命令も許可もない以上は違反行為で犯罪。
そうなれば責任者はクロノやリンディになる。
クロノやリンディは責任を問われるだろうし、彼らと家族であるフェイトにも被害が及ぶ。それはならない。
彼らに問題をかぶせないため……方法は、1つしか思いつかなかった。
すぐさま部屋に備え付きの机に向かい、紙……はないので、端末に。
「えっと……どう書くんだろ?」
記憶の中にある、テレビなどで見た情報を思い出しながら、思いついたことを実行に移すなのはであった。
真っ黒。
その建物を称するにはその一言があればいいかもしれない。
「「…………」」
もう煙も出てはいないが、焦げ臭いニオイだけは一帯にこびりつくように残っている。
その建物を見ながら、恭也とヨシュアはしばし呆然としていた。
「全焼か……」
「昨日はあれだけ暖かかった場所が……一夜にして無くなるって、これほどきついものなんですね」
「ああ……」
昨日初めて訪れたヨシュアですら、この有様は心を抉られているのだ。
2ヶ月前にルーアン地方に着任以来、クローゼと共にここを訪れていた恭也にすれば、自分の居場所を奪われた気さえした。
――――その焼け落ちた建物は、マーシア孤児院だった。
今朝方、恭也はエステル・ヨシュアと共にルーアン支部にいつものように仕事がないかを調べに向かった。
ジャンと挨拶を交わし、エステルとヨシュアのルーアンでの仕事始めということで、いろいろと必要事項などを話している最中、
マノリア村からの連絡が入ったのだ。
孤児院が火事に遭ったと。
急ぎ急行し、同じく連絡を受けたクローゼもまた、学園を飛び出していて、恭也が予想して学園に向かおうとしていたので、
ルーアン市に続く三叉路でバッタリと。
「クローゼは見舞いの方に行かせて正解でしたね」
「そうだな。彼女がこれを見たら、言葉もないだろう」
クローゼはともかく、恭也とエステル・ヨシュアは準遊撃士として、正式にジャンから仕事として請け負った。
だから見舞いの前に、孤児院の焼け跡調査をする必要があったのだが、
孤児院とマノリア村へ続く海道との三叉路にて、クローゼは先にマノリア村へ見舞いへ行き、エステルも彼女と共に。
「エステルがあそこまで怒り狂うわけですよ。僕ですら……これですから」
言いながらヨシュアの口調にも、明らかな怒りが混じっている。
第三者が見ればそうも見えないかもしれないが、彼の顔を見れば一目瞭然。
普段は顔に出ないヨシュアですらこれだから、逆のエステルともなれば咆えて地面を蹴ってと大変だった。
エステルは最初は恭也たちと調査に来たのだが、来て早々、見て早々、大声を出して怒りだしたものだ。
放火とわかった以上、彼女には速やかに聞き取りをしてほしいと、マノリア村の者たちと村へ向かってもらった。
彼女でもわかるほど、明らかに臭うからだ。鼻にツンと来る、油のようなもの。
――――それだけでも、放火されたと判断するに足る。
「あれが当たり前の反応だ」
恭也の声はヨシュアよりさらに静かだった。ヨシュアより顔には出ていないが、恭也の場合は声の方に顕著に現れている。
静かで……あまりにも冷たいからだ。
「このあたりが一番臭うな……明らかに、可燃性の高い灯油のようなものだろう」
「やっぱり放火ですね」
「もう間違いあるまい」
焼けて崩れ落ちた天井。炭となった樽や建材。建築に向いた強度の木材すらちょっと触ればボロボロと崩れてしまう。
崩壊した中で、昨日まで住む者迎える者を出迎えた玄関の扉も、真っ黒に焼けて倒れていた。
いつも「暖かい場所にようこそ」と出迎えてくれた扉のその有様に、恭也は拳を握り締めながら眉の端を吊り上げる。
「キョウヤさん、どうやらここが放火された場所みたいです」
何とか残っている壁からヨシュアが顔を覗かせ、恭也を呼んだ。
ヨシュアの指す場所に行くと、一際黒くなった壁が。最も焼けてしまった場所――最初に火をつけられた場所ということ。
「……足跡もさすがにこれではわからんな」
「ここら一帯の地面も焼けて真っ黒ですからね。相当な燃え方だったんでしょう」
「よく怪我人もなく、全員助かったものだ」
それが不思議だった。深夜の火事、それも2階で寝ている院長や子供たちがよく気づいたものだと思う。
普通なら気づいた所で、そのときにはすでに1階など火の海だろう。
たまたま起きて気づいたとして、それでも大人の院長でも混乱くらいするだろうし、子供たちは言うまでもないだろうに、
それでも何とか逃げ出せたというのだから。
「マノリア村の人たちが来たときは、すでに院長先生たちは逃げ出せていたそうですしね」
「うむ……ヨシュア、君は犯人をどのように推察する? 俺としては愉快犯などではないと思うのだが」
「私怨や何らかの目的を持った者かと思います」
「やはり君もそう思うか。まあ、これを見ればまず愉快犯という線は消えるだろう」
2人が視線をやる先には、庭先に広がる畑。
テレサ院長や子供たちが丹精篭めて作っていた畑は、その枝を無残に切り裂かれ、土は掘り返され、
順調に育っていたろう野菜は全て抜き取られ、砕かれてしまっていた。
「ここまでやるには1人では無理ですね。複数犯と見るのが適当かと」
「あともう1つ……この扉なんだが」
先ほど怒りを昂ぶらせてくれた扉。そのそばへ行き、ヨシュアと共に座り込む。
「明らかに内側から吹き飛ばされたような打撃痕があるのがわかるか?」
扉の中心付近。全てが黒な上、触れば崩れてしまうほど脆くなっているが、その中心が凹んでいる。
さらにそのときにできたと思われる亀裂が、放射状に広がっていた。
「院長先生たちが開かなくなった扉を中から……いや、違いますね。あの人にそんな力があるとは思えない」
「ああ。ぶち破ろうと考えたとしても、あの細身のテレサ院長なら体当たりくらいしなくては無理だろう。
だが、この打撃痕は明らかに拳か蹴りの類でできたものだ」
肩で体当たりしたとしたら、テレサ院長の身長からしてももう少し扉の上にできるだろうし、
体当たりならもっと凹みは大きくなるはず。
なのに凹みは人の拳並みに小さく、さらに威力それだけ強かったのか深い。
「ここに住むのはテレサ院長の他には子供のみ。これほどの力のある者はいない」
「では誰かが中に入ったということですけど……村の人ではないことは明らかです」
村の者が来たとき、すでにテレサ院長たちは逃げ出せていたのだから。
「犯人が助けたとしたら、愉快犯が自分のしたことに怖くなり、せめて助け出そうとしたとも考えられるが、
この荒らしようからしたら愉快犯の線はない。
私怨や殺意を持つ者ならそもそも助けようなどとは思わないだろうしな」
「……わかりませんね。こればかりは院長先生たちに聞いてみないと」
「ああ。ヨシュア、あとは俺1人で調べてみる。君はエステルたちの方へ行き、今の情報を元にさらに聞き取りをしてくれ」
「わかりました」
立ち上がったヨシュアは一度だけ孤児院を見つめ、すぐに踵を返して走り出した。
その姿を見届けたあと、恭也も立ち上がり、そして周囲一帯を見回す。
「……くそっ。やはりあの気配なのか?」
森の方に視線を固定した恭也は、目を細めて愚痴を。
実のところ、恭也はかすかながら怪しい気配を感じたことがあった。
まるで孤児院を見張るかのような、それでいてこちらを見定めているような、そんな視線も。
だがほんの一度だけなのだ。恭也でも気のせいかと思うような、本当にかすかなもの。
追跡しようにも、そもそもはクローゼの護衛が仕事。であるが以上、あまりクローゼから離れるわけにはいかない。
「クローゼではなく、目的はこの孤児院だったのか……それとも、クローゼへの当てつけのようなつもりか?」
自問する。そして記憶を探る。
(普段の護衛中にあの気配を感じたことはない。昨日はずっと感じなかったから、エステルやヨシュア狙いというわけでもない)
出てくる答えは、クローゼでもエステルでもヨシュアでも、はたまた自分自身ということでもない。
やはり、孤児院を狙った。それが一番可能性としては大きかった。
だが何のためかはわからない。テレサ院長や子供たちを狙ったのか、それとも孤児院自体を狙ったのか。
少々、森に入ってみるものの、さすがに何か見つかるわけもない。
もう1度孤児院を調査し回り――そのたびに心が痛み、怒りが増すのだが――、もう何もないかということで、
恭也も足をマノリア村へと向ける。
(クラムやマリィでもさすがに今回のことは怖かったろうな。ダニエルとポーニィともなれば今でもグズッているかもしれんな)
子供たちに変なトラウマとしてでも残らないかと思いつつ、どうやって慰めてやればいいのかなどを思案していると、
間もなく海道に出るというところでクローゼが走ってきているのが見えた。
エステルとヨシュアの姿が見えない。
「キョウヤさん!」
「クローゼ……ですから1人で出歩くのは――どうかしたんですか?」
また1人で海道を来たのかと思ったが、どう見ても切迫した表情と雰囲気に、説教は後に回す。
息を整えたクローゼが、いつもの冷静さなどどこ吹く風で、早口でまくし立てるように話し出す。
「クラム君が……クラム君が1人でルーアンの方に!」
たった1人で、しかも子供がこの海道を行くなどそれだけでも危険だ。
いつも言い聞かせているし、今のクラムならそんなことはしないはずだと思っていたが、
彼がなぜそんな行動に出たかは、クローゼの次の言葉で理解できた。
「どうもエステルさんとヨシュアさんが院長先生から話を聞いている所を聞いちゃったみたいなんです。
それで、お2人は話からしてレイヴンが怪しいんじゃないかって言ってたらしくて……」
「……まさか、レイヴンの連中に詰問しに行ったと!?」
「は、はい。そうじゃないかと思って、今エステルさんとヨシュアさんが先にルーアンの方へ行ってくれてます」
クラムは愛想がないし、突っぱねるような性格の子ではあるが、テレサ院長には懐いている上、
彼女や他の子供たちの兄貴分を自称するような子だ。そして事実として、彼は子供たちの「兄」だった。
だから、そんな者たちの大事な家を放火されたのだなどと聞けば、直情な性格が相まって……。
「いかん。犯人がレイヴンであろうとなかろうと、子供1人でなど……!」
「行きましょう、キョウヤさん!」
2人もまた、ルーアンへと走り出すのだった。
――続く――
あとがき
こん○○わ、シンフォンです。
孤児院燃えちゃった〜。いや、原作通りで変更できない要素ではあるのですが、やはり辛いイベントです。
原作でも、ショックだった〜><
なのはサイドでも,なのは随分思い詰めちゃってます。何だかんだでお兄ちゃん子だし、辛いとこでしょう。
さて、まだまだ続くルーアン編。例のイベントももうすぐですね(笑)
もはや抜け出せなくなったクレです。こん○○わ。
さて、そらつばもとうとう10話目ですがいかがでしたでしょうか。
管理局の判断と苦悩するなのは、そして下した決断。
一方で孤児院襲撃事件。奔走する恭也達。果たして事件の真相は!?
……と、こんな感じであおりつつ。次回をお楽しみに〜。私も楽しみにしてますw
はい、という事で「ソラツバ」の第10話をお送り致しました。
今回はみんな怒ってます。
なのはしかり、恭也しかり、エステルしかり、ヨシュアしかり……あ、クローゼはショックの方が大きかった様ですが。
なのはは管理局の理不尽さに、恭也達は放火犯の犯人に対して。
その怒りを胸に秘めたまま、ルーアン編は着々と進んで行きます。
また、なのはの方もこのままじっとはしていないでしょう。いつでも全力全開、が彼女ですからね。
ともあれ、風雲急を告げたルーアン編、次回をお楽しみに!
では、ennaでしたー。
FLANKERです。お待たせいたしました。10をお届けすることに相成りました。
なのは側は相変わらず組織というものが持たざるを得ないとも言える壁、それをまざまざと見せ付けられてしまったなのは。
そして恭也側は大切な居場所を放火という非道な目で壊されてしまったわけです。
まさに今回のテーマは『呆然』とか『怒り』。そんなトコでしょうかね。
さて、次回はレイヴンの下へ向かってしまったクラム救出と、次々回に続くための布石作りってな感じです。
紛糾していた『なのは問題』も解決へ向かい、ますます執筆欲が高まる私! 書くぞ〜!(≧▽≦)/
というわけでここらで失礼しますね〜。
なのはサイドに展開が。
美姫 「とは言え、良い展開ではないみたいだけれどね」
だな。何かなのはも追い詰められているよな。
美姫 「焦り過ぎて変な事をしなければ良いけれどね」
だな。で、恭也サイドは。
美姫 「もう何ていうか、ねぇ」
だな。一体、犯人は誰で何が目的なんだ。
美姫 「とっても気になります」
うんうん。次回も楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね〜」