「クロノくん、それ……どういう意味かな?」

 

 フェイトがそばでなのはとクロノに交互に視線を向けている。

 彼女のなのはを見る目には親友への思いやりが、クロノを見る目には義兄に向けるものとは思えない非難の色があった。

 

「……申し訳ないが、言葉の通りだ」

 

 クロノがそれに気づかないわけがない。それでも彼は目を閉じて静かに返す。

 冷酷に見えるのだろう。フェイトの冷たい視線が嫌でも強くなった。

 それでも、なのはからのそれ以上に何とも言えない、いろんな意味の視線に比べればはるかにマシ。

 

「確かに君からの情報通り、あの場には1年前、僕らが不可解な現象に遭遇した際の魔力に似た力の残滓があった」

「じゃあ……!」

「だが……それだけでは君の兄――高町恭也さんがあの世界に飛ばされたという証拠とするには不充分だ」

 

 それもまた事実。

 

「で、でも、調査くらいならできるよね?」

 

 恭也がいなくなった日と不可解な現象に遭遇した日は同じ。

 恭也がいなくなった臨海公園の林の中で、なのはが発見した、

 あのロストロギアが発した魔力のような力の残滓が、時空管理局の正式調査でも検出された。

 関連性があると見るのは決して間違いではなく、当然、上層部とてそれを交えて議論したはず。

 

「……上層部は"調査も含めて全てあの世界への干渉行為は許可せず"としている」

 

 関連はあるが、しかし全ての証拠は同時に、『恭也が第23管理外世界にいる』という証拠にはならない。

 そもそもなぜ恭也なのかの説明がつかない。

 恭也は別に転移魔法のようなもので飛ばされたと決まったわけではない。

 何かあったとして、その後、元の世界で事件にでも巻き込まれただけかもしれない。

 飛ばされたとして、第23管理外世界だと断定できる証拠は何一つとてない。

 

「調査もダメなの!? 可能性はあるんだよ!? 確かな証拠はなくても、状況証拠だけでも――」

「あくまで状況証拠。確たる証拠もなしにあの世界へ干渉して、再びあのような現象を起こすわけにはいかない」

「クロノ、私たちだけでも無理なの?」

「『アースラ』はもうあの事件の管轄じゃない。勝手に艦を動かすことはできない」

 

 第23管理外世界はあの事件以降、さらに監視を強化され、一切の干渉行為は不許可になっている。

 例え時空管理局で重視されている『アースラ』とて、クロノたちの一存で勝手にできるほどの強権力があるわけではない。

 

 

 

 

 

「……お兄ちゃんを……見捨てるっていうこと?」

 

 

 

 

 

「「…………」」

 

 あの世界はいま非常に情勢が気になるところだった。

 あれから何度もあのロストロギアへ直接でなくとも、間接的な干渉行為が増しており、監視レベルは最高まで上げられていた。

 今あの世界へ干渉することは、余計な行為でしかない。

 1年前の不可解な現象も、明らかにあの世界からの干渉とクロノたちの魔力が原因であり、

 強力な魔力を持つなのはたちがあの世界へ入っていくだけでも危険とされたのだ。

 いくら何でも調査隊を送ることくらいはいいだろうというところではあるが、あの世界は特殊。

 第1級の監視指定物がいくつも存在し、全て未知。ちょっとした干渉がどういう問題を引き起こすかわからない。

 

「もしあのような現象が起こって、次元災害でも発生したら……周辺の次元世界まで巻き込みかねない」

 

 たった1人の人間のために、多くの世界とそこに生きる命を危険に晒すわけにはいかない。

 

「……すまない、なのは。僕や艦長でも、上層部に意見することはできても、決定事項に逆らうことはできない」

 

 クロノもリンディもできる限りの口添えはしたし、レティたち知り合いの提督など高官にも頼み込んだ。

 それでもこうなってしまった以上は、彼らにできることはもうなかった。

 クロノとしてはこれからも意見具申だけはするつもりだが、反抗はできない。

 してしまえば、それこそこの事件に口を挟むなと言われかねない。そうなれば意見具申すらできなくなる。

 

「…………」

 

 希望を見出して元気さが戻っていたなのはの顔に、再び黒い影が差している。

 皮肉にも聡明である彼女だからこそ、1人の命と多くの次元世界、そこに生きる命の数を引き合いに出されては反論などできない。

 次元世界の平和を守るために、笑顔を護りたいからこそ、彼女は時空管理局に入ったのだから。

 

 

 

 

 

――――だがそのために、自分の兄を代償にしろなどと言われているに等しいのだ。

 

 

 

 

 

「っ!」

「――あっ、なのは!」

 

 なのはが突然背を向けてブリッジを走って出て行く。

 フェイトがクロノを見るが、クロノが頷くのを見て彼女を追いかける。

 

「ねえ、クロノくん。正直、考えすぎだと思わない? 上層部の決定」

「考えすぎだね」

 

 クロノはその場から動かず、エイミィに顔を向けることもなく、しかし彼女の問いにあっさりと肯定した。

 

「今まででも調査隊を送ったことくらい、いくらでもある。あのロストロギアにさえも、だ。

 なのにあの世界へ送るくらいのことまで危険とみなすってのはやりすぎに近いよ」

 

 あのロストロギアは次元の海にポツンと存在する。つまり、第23管理外世界の外にあるわけだ。

 きっとあの世界の昔の人間が異空間へ封印しようとしたわけで、まさか別次元が多く存在する「海」とは思ってなかったのだろう。

 

「ただ、調査の結果ではあの封印は確実に第23管理外世界で今も動いているんだ。

 つまり、封印を通してあの世界とロストロギアは繋がっている。上層部としてはそれだけで怖いんだと思うよ」

 

 その繋がりを下手に刺激してしまうのではないかと。

 

「これまでそんなデータだってないし、あの世界に送った調査隊だって全員帰ってきてるのに」

「高度な政治的判断ってことさ。あの現象は近くの世界でもはっきり検知されたそうだし」

 

 次元世界の存在を知る世界もその中にあり、時空管理局やミッドチルダ魔法圏と交流を持つ世界もあり、

 そうした世界の者にとって、あんなロストロギアが身近にあるだけでも恐ろしいのに、下手に刺激などされてはかなわないのだ。

 何かあれば直接の被害を受けるのは自分たちなのだから。

 だから時空管理局としては「人助けのため」と言おうが、

 彼らにとっては「たった1人のために我々の命を危険に晒す気か!」というわけである。

 

「それに……時空管理局自体、怖がってるしね」

「……闇の書事件でロストロギアの恐ろしさを再確認しちゃったからね。

 それ以上かもしれないロストロギアを前に強硬姿勢なんて取れないか」

「歯痒いけどね。そういうことだよ。せめて……せめて恭也さんがいるという確たる証拠さえあれば動きようもあるかも、なんだが」

「それでも望み薄……だよね」

「ああ」

 

 クロノはなのはから向けられていた、蔑視でも非難でもない、感情のない目を思い出し、

 いっそ罵倒でもされた方がマシだったと内心で苦々しく思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空と翼の軌跡

LOCUS OF 8

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クラム、いいか? 人の物を盗むなど、剣士として遊撃士として、それ以前に人として、してはならん行為だ」

「…………うぅ」

「さらに盗ってないなどと嘘をつくなど、論外だ。嘘つきは泥棒の始まりという言葉があるが……む? この世界にはあるのか?」

「……し、知らないよ」

「まあいい。俺の世界……まあ、故郷だ。とにかく俺の故郷にはそういう言葉があってだな……」

「……も、もう許してくれよ、反省してるから……」

「お前はいつもそう言うが、結局同じことをしてないか?

 この前もポーリィとダニエルの玩具を隠して『隠してない』とか言ってたが?」

「せ、先生、クローゼ姉ちゃん、助けて……」

「クラム、聞いているのか!」

「き、聞いてるよ……」

「話をする時は相手の目を見て話せ。失礼だろう。お前は剣の前に行儀やら作法やらを覚える必要がある。いいか、剣士とは――」

「……………………」

 

 恭也がクラムを床に正座で座らせ、帽子までとらせた上で説教を。

 その光景を椅子に座りつつ、3人の少年少女と、3人の子供たちが見ている。

 

「あ、あの〜、クローゼ? さすがにもう止めてあげてもいいかと思うんだけど……」

「え、え〜と……キョウヤさん、礼儀とか規律を破ると怖いので……」

 

 被害者であるツインテールで茶髪の少女が、さすがに一時間も正座で説教されているクラムに同情すら覚え始めているが、

 クローゼは苦笑して返すだけだった。

 

「いいのですよ、エステルさん。ああしてしっかり怒るときは怒らないといけないのです」

 

 テレサ院長がまだまだ若くて綺麗な顔を「知りません」というふうに厳しい表情にして言う。

 

「そうそう、クラムがエステルお姉ちゃんのバッジを盗んだりするから悪いの。自業自得よ」

「マリィ、あんた、結構容赦ないわね……」

 

 会ったばかりでもすでにマリィのおませな性格を理解したツインテールの少女――エステル・ブライトは、

 自分の対面でテレサ院長の焼いたアップルパイを上品に頬張るマリィに引き攣った笑みを送る。

 結局、恭也やクローゼは一時的にエステルやヨシュアとかなり険悪なムードになったが、そこはテレサ院長。

 クラムがエステルの準遊撃士バッジを盗んだことを看破し、静かに彼を追及することで自白させた。

 エステルが怒っていた理由もわかり、恭也とクローゼは変な疑惑を彼女に向けたことを謝罪し、恭也はクラムを説教することに。

 すでに1時間。

 エステルたちもクローゼやテレサ院長、子供たちとすっかり意気投合している。

 お詫びにとアップルパイをご馳走になることに。

 

「あの、キョウヤさん。もうそのくらいにしてあげてください」

 

 エステルとともに旅をしているという、黒髪で琥珀色の瞳を持つ少年がキョウヤに声をかけた。

 

「む。しかしだな、ヨシュアくん。俺や君たちにとって準遊撃士のバッジとは誇りにも近いもの。それを盗んだとあっては……」

「確かにそうですが、そもそも盗まれたエステルも無用心で無自覚なところがあったわけですから。むしろいい教訓になりましたし」

「ちょっと待ちなさいよ、ヨシュア! 何よ、無用心で無自覚って!?」

「事実でしょ。盗られたことにすら僕が指摘するまで気づかなかったし。注意不足だよ。準遊撃士として自覚が足りない証拠だね」

「ぐっ……」

 

 恭也やクローゼもわかってきたが、どうもこのエステルとヨシュア……ヨシュアの方が上らしい。地位的に。立場的に。

 ちなみにクラムがヨシュアの背後に隠れて恭也から逃げようとしていたので、恭也はさらに怒りそうになるのだが、

 そこはヨシュアとクローゼが宥めることで何とか終わりに。

 

「足が痛え〜!」

「1時間も正座で座らされてりゃそうなるわね」

「君もよく父さんに叱られてたね」

「こ、こんな所で恥ずかしいことばらさないでよ、ヨシュア!」

 

 恭也も席に着き、全員でアップルパイに舌鼓を打つ。

 クラムが足を押さえつつ少し恨みがましい目を恭也に向けるものの、ジロリと返されてすごすごと引き下がる。

 

「ところでブライトと仰られましたよね、エステルさん?」

「うん、そうだよ」

「とすると、やはりカシウスさんの?」

「あれ? 父さんを知ってるんですか、クローゼにキョウヤさんも?」

 

 やはりか、と恭也はクローゼと頷く。カシウスから聞いていた通りのエステルとヨシュア。

 武器を見たときから何となく気づいていたが、この1時間で性格から姿から教えられていた通りとわかった。

 

「父さんから……ロクでもないこと言ってそう、あの中年」

 

 エステルは自分のことをカシウスがどう言っていたか気になるらしい。

 とりあえず教えられた通りのことを言うと、帰ったら問い詰めてやるとやばいオーラを放ち始めるエステル。

 

「カシウスさんはお元気でいらっしゃるだろうか?」

 

 その問いに、恭也は何か失礼だっただろうかと思った。

 エステルとヨシュアの表情がいきなり冴えないものに変わったからだ。

 

「えっと……その、父さん、今ちょっと行方がわからなくなってまして」

「なに?」

「カシウスさんが?」

 

 最高ランクの遊撃士に何かあったとなるとそれは一大事。恭也もクローゼも目を瞠って2人を見る。

 

「あ、ああ、心配しないで下さい。行方がわからないだけで、ちゃんと元気そうですから」

 

 エステルたちがまだロレントで準遊撃士として活動し始めた直後、カシウスに手紙が来て、

 その依頼で彼は出かけていったのだという。

 しかしその後、空賊に襲われた定期船に彼の搭乗手続きがあったらしく、それでエステルたちはボースへ向かったらしい。

 ただ結局、カシウスは定期船が出る直前に事情があったのか、突然降りたらしく、事件には巻き込まれずに済んだようだ。

 でも彼はそのまま行方知れず。

 エステルたちが空賊事件を解決すると同時に支部に手紙が届き、彼から心配するなという言葉と、

 旅をするなり好きにしろいうことが書いてあったらしい。

 

「そうか。ならひとまず安心ということだな」

 

 恭也とクローゼはともに安堵の吐息を。

 

「ご心配かけてすいません。ほんと、あの中年は帰ってきたらしっかり言い聞かせておきますから!」

 

 エステルは2人に詫びながら腕の袖をまくって力こぶなど作って見せた。

 

「ふふ、強いな、エステルさんは」

「え? そ、そうですか? あはははは」

「元気さだけが君の唯一の取り柄だからね」

「ヨ・シュ・ア〜」

「何かな、うっかりエステル?」

 

 ヨシュアの首根っこを掴んでガクガクと振るエステル。彼女の顔に僅かな寂寥を感じたが、今はもうない。

 

「エステルさん、芯が強いんですね」

「そうですね。確かに彼女はその点で遊撃士らしい」

「ヨシュアさんもああ言ってますけど……」

「ええ、エステルさんを上手くカバーしているようです」

 

 2人を見ながら小声でやり取りする。

 ヨシュアはエステルをとりあえず放して咳をしつつ、恭也とクローゼに話を変えようとしてか、話しかけてきた。

 

「もしかして父さんと会ったのは、王都ですか?」

「ああ。生誕祭の時だ」

「やっぱり。じゃあ父さんと武術大会の準決勝で戦ったっていうのはキョウヤさんですね」

 

 名前まで教えられてはいなかったのか、ヨシュアは今やっと合点がいったとばかりに恭也を見て首を縦に振った。

 エステルが「何のこと?」とヨシュアに尋ねると、彼はわかりやすいまでに呆れた顔をしてため息を。

 

「ほら、父さんが言ってたでしょ? 大会の準決勝で僕と同じ二刀使いの人と戦ったって」

「あ〜……何となく覚えてるわ。そういや、父さんってどうなったんだっけ?」

「……エステル、君ねえ……自分の父親の栄光くらい覚えてあげようよ」

 

 恭也とクローゼは顔を見合わせて疑問顔。

 自分の娘にすらカシウスは優勝したことを教えてなかったのだろうかと。

 だがヨシュアは知っているようだし、そもそも新聞――この国ではリベール通信という雑誌が新聞代わりのようなもの――に、

 大きく取り上げられていたはずなのだ。

 

「エステルって、新聞はコラムとスニーカー、それと釣り関係の所しか読まないんですよ」

 

 ヨシュアが肩をすくめた。エステルがそんなことはないと言いつつも覇気がないのは正解ということなのだろう。

 

「エステルさん、準遊撃士としてさすがにそれはどうかと思いますが……」

「いや、あの、え〜と……お恥ずかしい限りです……」

「もっと言ってやってください。僕が言っても全然聞かないんで」

 

 エステルのきつい視線にも涼しい顔をしてアップルパイを咀嚼し、甘くておいしいとテレサ院長に微笑むヨシュア。

 そういうやり取りに慣れているらしい辺りを察して恭也は笑う。

 

「にしても、ヨシュア君は最初から俺がそうだとわかってたみたいだな。どうしてわかった?」

「僕と同じ黒い髪だっていうのは聞いてました。黒い髪はリベールでは珍しいですから。

 その上、小太刀だけど二刀使いで準遊撃士とくれば、結構該当者は絞れると思いますよ」

 

 大した観察眼と推理力だ。でもこれくらいは誰でも思いつくだろうと思うかもしれない。

 でも恭也はちゃんとヨシュアの言葉の中に、彼の鋭いところを見抜いていた。

 

「ほう。確かに俺は二刀使いだが、君たちに刀を差しているところが見えたとは思えないんだが……」

 

 『八景』も『皓月』も恭也の腰の辺りに指しているのだが、ジャケットで外からは見えないようになっている。

 エステルやヨシュアの前で抜いたり見せたりしたことはないのに、ヨシュアは二刀使いと見抜いたのだ。

 それも小太刀とまで限定してみせた。

 

「え〜と、見れば何となくわかりました」

 

 何か隠しているような言い方だが、恭也はヨシュアの観察眼が相当なレベルにあることを実感。

 クローゼもすごいと口にしているが、一方でエステルは「ほえ〜」と……まるでわかってなかったらしい。

 恭也とヨシュアの呆れた視線に気づき、頬張っていたアップルパイを急いで咀嚼しつつ、彼女は強引に話を逸らす。

 

「き、キョウヤさん、あのですね、その、喋り方なんですけど、もうちょっと普通にしてもらえないですか?」

 

 強引に変えるにしてもあまりに突拍子もない変え方だなと、いっそ苦笑が漏れる。

 カシウスの子供さんだからという遠慮があったが、エステルもヨシュアも言わば後輩に当たるわけで、

 そういうのは無しにしてほしいとのこと。

 

「そうか。ではそうさせてもらうとしようか」

 

 なぜか横からクローゼが視線を送ってくるのだが、チラリと見返すとフイッとそっぽを向かれた。

 

「ところでキョウヤさん。あのケースの中のって釣竿ですか?」

「ああ。釣りが趣味なものでな。ルーアンはもってこいの場所なので、仕事の合間によく釣っている」

「仕事中にも釣ってるくらいですから困ります」

 

 クローゼがなにやら不機嫌そうに紅茶を飲みながら突き刺すように言ってくれる。

 

「いや、ですからあれはクローゼさんの護衛の時間がずれたから、その間にしていただけで……」

「だったら早めに来て待っていたらどうですか? 何も時間ピッタリでなくてもいいと思いますけど」

 

 何を怒っていらっしゃるのか、皆目検討がつかない。むしろ話しかけた途端、さらに機嫌が悪くなったような……。

 言葉遣い? いや、いつも通りだ。呼び捨てにしたわけでもないし、無礼な物言いをしたわけでもない。

 行儀の悪いことをしたわけでもない。

 

「護衛って……クローゼってどこかすごい家の人?」

 

 聞いていれば当然疑問に思うだろう。エステルがクローゼを見ながら尋ねてきた。

 

「ええ、まあ、ちょっと言えないんですけど……ごめんなさい」

 

 エステルに対しては普通に答えている。怒っているわけではなく、むしろ申し訳なさそうに。

 この違いはなんなのだろうと、内心でなぜ自分にだけ怒っているのかを本気で考える恭也。

 これはやばい傾向だ、とこれまでの女性との付き合いから何となしに焦るのだが、一向にわからない。

 

「ああ、謝らなくてもいいわよ。そっか〜、ジェニス王立学園ってそういう家の人も多いって聞くけど、本当なんだ」

「君とは育ちが違うからね」

「……あのさ、ヨシュア。何か今日は特にひどくない?」

「あのね、さっきからどれだけ食べてるの? 君1人で半分近く食べてるよ? 正直、僕は恥ずかしい」

 

 更に手を伸ばして一切れを口に入れかけていたエステルがピタリと止まる。

 全員の視線が。子供たちの視線が少々痛い。テレサ院長の笑顔に恥ずかしくなる。

 恭也とクローゼは苦笑。彼らが上品に紅茶を飲む姿を見ると、なぜか恐縮。

 ヨシュアの視線といいため息といい、一番エステルに突き刺さる。

 

「いいんですよ、エステルさん。作った方としてはエステルさんのようにおいしそうに食べてくれるのは嬉しいんですから」

「そうですね。院長先生のお菓子は本当においしいですし」

 

 クローゼもほぼ全ての工程で手伝っていたので、彼女の腕もかなりのはずだ。

 恥ずかしさのあまりヨシュアを責め立てようとしたエステルだが、

 さすが優れた観察力と判断力と言えばいいのか、クラムたちの遊ぼうという誘いに間髪入れずに頷いて席を立つヨシュア。

 

「〜〜〜〜!」

「ま、まあまあ、エステルさん。お、落ち着いてください」

 

 ワナワナと震えるエステルを尻目に子供たちと仲良く遊ぶヨシュア。

 宥めるクローゼもちょっとやりすぎですよとヨシュアに視線を送るが、彼はクローゼと恭也にだけすいませんと視線を送るだけ。

 

「あ〜、エステル。ところでなんだが、君たちもすでに推薦状をいくつかもらってるのか?」

「え? ああ、はい。ロレントとボースで」

「そうか。ボースなら俺も2ヶ月ほど前にもらってきたが、ロレントはまだだな」

 

 ツァイス・王都グランセル・ボースで恭也はもらっているから、あとはこのルーアンとロレントだけだ。

 ただエステルたちがいずれも相当早く推薦状をもらっているようなので、それだけ優秀なんだなと言うと、

 エステルは頬を僅かに染めて、大きな事件にたまたま遭って関わったからだと答えた。

 

「そう言えば、少し前にボースで空賊が逮捕されたって聞きましたけど、もしかして……?」

「あ、うん。実はそれにちょっと関わってたり」

「ほう。表向き軍が主導したようにあったが、遊撃士の活躍もあったと書いてたな。するとその遊撃士というのが君たちか」

 

 手を胸の前で振って謙遜するエステル。

 だが彼女たちから空賊砦への潜入方法などを聞いて、クローゼはまるで英雄の冒険譚を聞くように目を輝かせ、

 恭也もその突飛とも言える方法と度胸には無茶をすると思いながらも感心した。

 

「あはは。シェラ姉もいたからですって。私たちだけじゃとても」

「シェラ姉?」

「あ、シェラザード・ハーヴェイっていう、私たちの姉代わりみたいな人で」

「もしかして、"銀閃のシェラザード"か?」

「あ、やっぱり知ってました? ふ〜ん、シェラ姉ってやっぱ有名なんだ」

 

 "銀閃のシェラザード"――本名、シェラザード・ハーヴェイ。

 若手遊撃士のうちではリベールでもトップクラスに入れられるほどの実力でその名を上げている女性遊撃士だ。

 会ったことはないが、恭也もよく聞き及んでいる。

 残念ながら彼女はボースでの空賊事件解決後、ロレント支部の方に帰ってしまったらしいが。

 

「惜しかったな。俺ももう少し長くボースにいれば……」

「そう言えばルグランのお爺さんもちょっと前にいい腕の準遊撃士がルーアンの方に行ってしまったんじゃって言ってたっけ。

 あれってキョウヤさんのことだったのかも」

 

 老人ではあるがとても気さくで話しやすかった記憶のある、

 ボース支部受付担当のルグランを思い出し、恭也も懐かしげに振り返る。

 

「ボース地方は魔獣の特性やら種類などの知識を知る上でとてもいい場所だった。地形もいろいろと変わるしな」

 

 カシウスの言う通りだった。

 そう言うとエステルは「本当に父さんは聞くだけならいい人なんだけど」と愚痴のようなものを漏らす。

 

「私は久々に釣りができたのは楽しかったな〜」

「釣りか。というと、あのヴァレリア湖畔で?」

「はい、そうです」

 

 ボース地方のヴァレリア湖畔は水のバカンスを楽しめるリゾートとして、ツァイスのエルモ温泉と並ぶリベールの観光地だ。

 恭也も釣りをしに休みにはよく行ったものだ。

 

「キョウヤさん、どうかしました?」

「なんか、不機嫌そう?」

 

 僅かにあることを思い出して顔を顰めた恭也に、クローゼが目ざとく気づき、エステルもなんとなしに感じたのだろう。

 雰囲気を察することができる辺り、エステルも無意識とは言え、相当の観察力は身についてきているらしい。

 

「いや、少々苦い経験があってな……」

 

 ヴァレリア湖畔で釣りをする者は多い。釣りもまたバカンスの1つとして数えられる場所であるのだから。

 だがそれ以上に、釣り好きにとってはある種、聖地とも言える場所なのだ。

 

「あそこはヴァレリア湖の主と呼ばれる魚が釣れる絶好の場所でもあるんだ」

「主……主ですか?」

「エ、エステルさん?」

 

 エステルが目を輝かせて身を乗り出してきた。恭也もまた怪しい光を発しつつ、彼女をじらすようにその目を見返す。

 その光景にクローゼが引いているが、2人はお構いなし。

 

「俺はあの日も糸をたらしていた。そう、仕入れたばかりの最高級のルアーとエサで以って」

 

 ふんふんとエステルが恭也のどこか語り草な言い方にも疑問を覚えることなく首を縦に振って聞いている。

 クローゼはかなり引いた。むしろ立ち上がってヨシュアに助けを求める。

 

「始めてから2時間も経ったろうか……俺は本を読みつつゆっくりしていたのだが、竿に反応があったのだ」

「それで?」

「重かった……それだけで『こいつは!?』と思った。ふっ……周囲の釣り客もその魚に注目していたな」

「ど、どうなったんですか!? まさか釣っちゃったんですか!?」

 

 そこで恭也は拳を震わせながら俯く。

 

 

 

 

 

「……くしくも……糸が切れたのだ……!」

 

 

 

 

 

 心の底から悔し涙を流したい気分の恭也に、エステルまでなぜか肩を落としてテーブルに突っ伏した。

 

「屈辱だった……『戦えば勝つ』――それが俺の御神流の理であったというのに……!」

「くっ……ドンマイですよ、キョウヤさん! そう、キョウヤさんではなく、その糸が根性無しだったんです!」

「わかってくれるか、エステル!?」

「わかりますって! 釣り好きとして!」

 

 拳をがっしりと握って頷き合う2人。

 

「俺は負けん。次こそは勝つ。御神の剣士に、二度同じことは通用せんと教えてくれる!」

「私も負けてられませんよ! キョウヤさん、勝負です!」

「よかろう! どこからでもかかってこい!」

 

 手を放して今度は互いを威嚇し合う2人。

 

「…………エステルさんも重度の釣り好きなんですね」

「…………キョウヤさんのああいうところはさすがに読めなかったよ。まさかエステルと同類だったなんてね」

「……そろそろルーアンに行かないといけないんですよね、ヨシュアさんたち?」

「そうなんだけどね。声……かけられないでしょ?」

 

 はあ、とため息を付き合う、どこか老けた感がするヨシュアとクローゼだったとさ。

 

 

 

 

 

――続く――

 

 

 

 


あとがき

  はい、ということで八話をお送りいたしました。

  今回は、なのはさんサイドに進展が……と思いきや、衝撃的な方針発表。

  なのはさんの気持ちたるや、やるせない状態で一杯でしょうね。

  一方、恭也サイドはほのぼのと。クローゼとのやり取りなど、思わず笑みを浮かべるイベント満載でした。

  まだまだルーアン編は続きます。これから先の展開を、どうぞお楽しみに!

  ではではこれにて、ennaでしたー。

 

  こん○○わ、シンフォンです。

  なのはサイドも話が進みました。ただし、なのはにとっては辛い方向に……ですが。

  無印、A‘s編で疑念があった管理局の体制ですが、StSで補完してもらったように,管理局は「組織」なんですよね。

  ごめんよ、なのは><

  そして恭也サイド。現在孤児院で交流を深める彼ら。この憩いの場が……。

  後は、いつかエステルと恭也の「爆釣勝負」がみたいものですね(笑)

 

  クレです。

  というわけで「そらつば」8でしたが、いかがだったでしょうか。

  管理局の決断に愕然とするなのは、そしてエステルと燃え上がる釣り師(!?)恭也w

  メインストーリーもさることながら今回の釣り話のようなサブストーリも気になるところです。

  主との釣りバトルを期待しつつ次回を待ちましょうw

 

  あとがきの順序を入れ替え入れ替え……なんて、いちいちそんなことまでして、

  あとがきにもパターンを持たせるかあ〜などとくだらないことをやっている、FLANKERです! ごめんなさい!(←アホ

  え〜、エステルとヨシュアとの出会いにより、彼らと恭也・クローゼの交流を描いて見ました今回。

  これからもこの4人の交流は続きますよ〜。

  なのはサイドですが……ちょっと可哀想すぎ? 書いてないけど、恭也もちゃんとなのはのことを思い出したりはしてますよ?

  さてさて、この「そらつば」(拙作の略称です)、現在執筆が目下のところ停滞中です。(爆

  我々作家陣の間で通じる「なのは問題」が紛糾してるんです。国会で寝ている議員どもよりは間違いなく議論してます。(笑

  私たちがこの「なのは問題」を解決して、その結果を書いたとしても、皆さんにはどこか矛盾を感じたりすることもあるかと。

  その際は申し訳ないです。先に謝っておきます。ただ私たちもできる限りそうしたことがないようにしますので。

  そいでは長々とすいません。いえ、他の3人より長く書いて優越感に浸ってるなんてことはないですよ?(笑

  ではこれにて失礼をば〜。





管理局側の決定は、なのはにとっては……。
美姫 「でも、仕方ないかもね」
仕方ないですませれないのが感情だよ。
美姫 「フェイトが慰めるだろうけれど、こっち側の動きもちょっと楽しみね」
だな。で、恭也側は打って変わってほのぼのと。
美姫 「釣の同好の士が見つかって、恭也もいつになく饒舌ね」
だな。まあ、連れの二人は少し引いていたが。
こっちも当然ながら、展開が気になる!
美姫 「次回もとっても楽しみにしてます」
待っています。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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