空と翼の軌跡
LOCUS OF 4
恭也は人の多い所があまり好きではないのだが、ここは例外だった。
「以前は夜だったし、飛行艇から眺めたくらいだったが……なるほど、これが王都グランセルか」
降り立った途端、その人の多さには手続きから何から時間がかかってうんざりしてしまった。
しかし空港を出て市街地へ入ると、その賑やかさと華やかさには気分も一新される。
ツァイスとて地方の中心都市。故に高い建物も多ければ人だって多いが、王都グランセルは全てを上回っていた。
その数や外見――工業都市としての一面が強いツァイスと異なり、清廉された街並みには華やかさ以上の気品すら感じられた。
普段からそれだけの美観を持った王都なのだろうが、今は女王生誕祭の直前。
建物には王国のシンボルである白隼を示す紋章を掲げた旗が立ち、垂れ幕などで建物自体が飾りつけをされている。
デパートなどの店舗から、一般の家々まで――この街の全てが訪れる生誕祭を祝っていた。
「活気があるな。10年ほど前に戦火に襲われた国とは思えん」
エレボニア帝国から侵略を受けた百日戦役。
ここ王都のグランセル地方のみ侵略を免れたのだから、王都の人間にしてみればさほど痛手はなかったかもしれない。
それでも、精神的な苦痛はあったはずである。
加えて今は各地から旅行者も来ているため、実際に被害に遭った者も大勢いるだろう。
……しかしながら、いま見回してみても人々の顔は笑顔がほとんど。笑顔でなくても、みな高揚したようないい顔をしている。
「祭りだというだけでそこまでの顔はできんだろうからな。そうなるとやはり主役である女王の存在が大きいわけか」
人気ある女王の生誕の祝い。国民にそれだけ愛されている証拠であろう。
生誕祭の最中には女王が城の庭園から顔を見せてくれるイベントもあるらしい。
その時は是非行ってみよう、と恭也は思った。
「はいはい、すいません! 通りますよー!」
「おっと」
猛スピードで目の前を横切る男性。どうやら郵便配達人のようだ。
「……速いな……おお、あのスピードで人に当たらずに避けて避けて……むう、猛者か?」
彼はそのまま目まぐるしく動き回り周辺の家へと郵便を配達していく。彼の向かう先には一際立派な建物。
あらかじめ空港で取っておいたパンフレットを見る。まだ多少読むのに時間がかかったが……。
「……帝国大使館。なるほど、あれがエレボニア帝国の」
入口には王国軍兵士が立ち、その脇の門の壁には両端に金の軍馬を象徴した旗――エレボニア帝国の国旗が掲げられていた。
やはり帝国というと王国の人々にはまだ忌避するきらいがあるのか、その周囲だけ人は少ない。
ただやはりエレボニアからの旅行者とているので、それらしい人たちがちょこちょこと出入りしている。
「このデパートを挟んで向かい側にはカルバード共和国大使館があるのか。奥には……アリーナ?
そう言えば、生誕祭の最中に武術大会が開かれるとかキリカさんが言ってたな」
大使館などの重要施設ばかりかと思いきや、デパート以外にもレジャー施設があるらしい。
それなら人も多くなるだろう。
「さて、いつまでもボーッとしていてはならん。まずは王都支部に向かうとするか」
まずは到着したという報告を王都支部にしておかないといけない。
正遊撃士と違い、恭也のような準遊撃士には所属する支部の変更手続きも必要だった。
警備はすでに始まっている。
街中には遊撃士らしい姿の者も見かけるし、王国軍の兵士もいる。
しかし……
「ふむ……あまり連携が取れているようには見えないな……」
小さく呟く。
軽く目についただけでも、遊撃士と軍人の行動には違和感があった。
同じところを必要以上の人員が回っている。
人手不足と聞いていたのだが、街全体で見た場合、どれだけの無駄があるのか……。
「なるほど。ユリアさんが手紙で何度も連携できていないことを言っていたが、これは思った以上だな」
ユリアとは手紙でのやり取りをずっとしていた。
生真面目な彼女らしく、保証人であるのに名前だけ貸しているという状態は許せないらしい。
律儀に様子などを聞いてきていたし、最近では世間話や苦労話、ときおり愚痴すら書かれていた。
それらの手紙の中で、王国軍と遊撃士協会の連携の悪さがよく指摘されていたのだ。
内容を思い浮かべながら恭也は王都支部を探す。
一番賑やかと言ってもいい南街区、大通りに面したわかりやすい建物に、それはあった。
「遊撃士協会王都支部へようこそ。何か御用でしょうか?」
扉を開けて入ると、長めの金髪を後ろでくくり、その髪の束を片側の肩に乗せている青年が声をかけてきた。
かなり若いようで、しかし赤い紳士のような服を立派に着こなした、キリッとした感じの好青年だ。
「遊撃士協会ツァイス支部より王都警備の応援として参りました、高町恭也準遊撃士です。
ツァイス支部のキリカさんから連絡がいっていると思うのですが」
「ああ、貴方が。確かにキリカさんから聞いています。初めまして、私は王都グランセル支部受付担当のエルナンと申します」
荷物を置いて互いに握手を交わす。
「助かります。人手は毎年不足していますから」
「そのようですね。今も人が全くいないようですし」
2階が遊撃士たちの待機室のようだが、人の気配が全くない辺り、全員出払っているのだろう。
さらに依頼が載せられる掲示板にもこれまたビッシリと紙が張られている。
加えて会話中に電話がかかってきて、エルナンが「ちょっとすみません」と言って通話する。
切ったと思ったらまたかかってくる様子に、恭也は失礼ながら僅かな苦笑を浮かべた。
「……予想以上のようですね」
「あはは、恥ずかしい限りですが、毎年こんな感じですよ。
それにしても……気配だけで人がいないとわかるなんて大したものですね」
そう言うエルナンこそ、よく人を観察していると恭也は笑う。さすがは王都支部を任されるだけはあるらしい。
「キリカさんから聞いていますよ。貴方、半年ほど前の王城侵入をやらかした人だそうで」
「むう……言わなくてもいいことをあの人は」
「あはははは、まあ彼女を責めないで下さい。私ぐらいは知っておいた方がいいと、彼女が取り計らってくれたのですよ。
事情さえ知っていれば、私も影で貴方を支援できますから」
エルナンに恭也を疑うような気はない。
キリカを知っている人間なら、彼女がこの時期に疑いの残るような人物を王都に応援に寄越すわけがない。
ただ実際何も知らないとなると、いざ恭也が王城侵入犯だったなどと噂が立った場合、いろいろと手が打ちにくい。
そのため、キリカはエルナンにだけは知っておいてもらった方がいいと考えたのだろう。
本当にキリカは気がつく。もうできすぎというほどに。
彼女の仕事のできすぎさには、恭也も複雑ながら頭をかいて黙り込むしかなかった。
「それでは、これから貴方にして頂きたいことなのですが……」
「はい」
少し真面目な顔をしてエルナンが王都の地図を取り出す。
地図にはところどころにチェックポイントのように印があった。
その一つ一つが重点的に巡回する所、常駐させておく所を示しており、
そして人員は何人いるのか、定時報告の時間などを詰めていき――
「あ、ここなのですが、先ほど王国軍の兵士も何度も見回っていました。ここは少し数を減らしてもいいのでは?」
「そうですか。昨日ここでちょっとした騒ぎがあったので、王国軍も手配したんでしょうね」
「連絡などはなかったのですか?」
「ええ、私たちとしては王国軍とも密接に連絡を取り合いたいのですが、先方がちょっと……」
エルナンとて相手が話し合いの場にすら出てこないのではどうしようもなく、困った顔をするのみ。
連絡がないとなると、王国軍もその場所に兵士が回るようにしたとしても、今日1日だけのことかもしれず、
人を少なくしたと同時に彼らも兵士を下げてしまうかもしれない。
「それでは無闇にこちらが人を減らすわけにもいかないですね……」
「おまけにこの東街区はレジャー施設が多く、さらに大使館もありますから、人は多めに配置したい地区なんですよ」
「なるほど」
トランシーバーくらいあればそのあたり助かるのだがなと、恭也はふと元の世界のことを思い出してみた。
多少、警備などに参加したことのある恭也だからこそ、迅速な情報伝達の重要性はよくわかっている。
「“とらんしーばー”?? あぁ、なるほど……それはまた便利なものが貴方の世界にはあるのですね」
そのあたりの事情もキリカから聞いていたらしく、エルナンは面白そうな顔をして聞いている。
要するに情報伝達にも人を使わないといけないため、それだけでも情報伝達に時間と労力を割かれてしまうのだ。
遊撃士のバックアップを勤める彼にとっては、まさに必要なものであろう。
羨ましそうな目をするのも当たり前かもしれない。
「ではこちらの地図は貴方にお渡ししておきます。明日までに覚えてほしいことに関してはこちらの紙に記載してあります」
「それは助かります。ではこれから配置につきたいと思うのですが……ここは東街区にでも?」
「ああ、いえ。今日はさすがに貴方も旅の疲れがあるでしょうし、ホテルの部屋を取ってありますから、そちらで休んでください」
「いえ、そういうわけにはいかないでしょう。ただでさえ忙しいと目の前で知らされては……」
別に陸路で来たわけでもなく、大した疲れはない。
それにこの世界は元の世界のように整備された道などほとんどなく、
ツァイスではそれこそ毎日整備されてもいない道――鍛錬にはうってつけ――を走っていた。
足腰と体力については、恭也はそれなりの自信があった。
「ありがたいですね。それなら観光を兼ねて王都を回ってきてください。遊撃士の方もいらっしゃいますから、挨拶などされては?
それに明日配置につくとして、まったく知らない場所では道案内を求められたりしたら困るでしょう?」
「む、確かに……」
遊撃士の仕事は魔獣と戦ったり、人を護衛したりするだけの仕事ではないのだ。
小はペットの捜索から、大は戦争仲介など、あらゆる依頼をこなす、言ってしまえば『何でも屋』的な職業。
道案内なども立派な仕事のひとつ。「知らない」では済まされない。
地図の上からでは記憶していてもわからない部分は多い。やはり自分の目と足で回って来るのが一番なのだ。
「わかりました。ご好意に預かります」
「ええ。それと、シュヴァルツ中尉などにお会いになられればいかがですか? よければここから連絡を入れますよ?」
キリカといい、エルナンといい、本当に気がつく。有能とはまさにこういう人物をいうのではないだろうか。
戦闘力などなくても、彼らには立派な後方支援能力と指揮統率能力がある。
「ではお手数ながらお願いしてよろしいですか?」
「はい」
苦笑しながら頼み、ユリアからは夕刻に時間が空くため、そのときに西街区のグランセル大聖堂で会おうとのこと。
それまでの時間――恭也はホテルに荷物を置くと、王都の視察兼観光に向かうのだった。
ホテル『ローエンバウム』のある北街区は最も王城に近く、高級住宅街としても知られているらしい。
豪勢な家々が立ち並んでいるから、ここは重点地区だなと地図を見ながらチェックなど入れつつ、正面にそびえる王城を見る。
「あそこに俺は侵入してしまったわけか……むう、今更ながらとんでもないことをやらかしたものだな、俺は」
王城の正門の前には当然兵士がおり、観光客もいるのだから、
彼らの目に入っても遠目にはかつての王城侵入犯だなどとはわからないだろうが、
少々居心地というものが悪いため、早々に撤退。
「やはり南街区が一番店も多いからか、人も多いな」
通りがかった遊撃士の中には、ツァイスで会ったことがある者もいた。明日からよろしくと挨拶を忘れない。
思ったよりも準遊撃士だという者も多く、正遊撃士だけでは足りていないことを実感。
彼らに今の内に回っておくといい所などを教えてもらい、そちらに足を向ける。
「東街区。これがカルバード共和国大使館か。こちらは帝国大使館より人も普通に通っているな」
カルバード共和国はエレボニア帝国とは違い、むしろリベール王国とは仲がいい国らしいからだろう。
「アリーナか……大きいな。お、武術大会のことが書いてあるな」
出場者募集中といった看板が立てかけられており、見れば周囲にはかなり腕の立ちそうな者がいる。
早くから視察に来たというところだろうか。
「地下水路に通じる裏道があるんだな……こういうところも重点的に見回りする必要ありと……」
そんな感じで王都を見回り、ちょっとデパートでこの世界の品物を見たりと。
そして次に恭也は西街区へ行こうとしたのだが、その際に……
「……"釣公師団"……」
やけに気になる名前の建物を見つけてしまう。魚を模した紋章があり、どうも釣り人たちの協会みたいだった。
ついつい入ってしまう恭也である。
「おお、いらっしゃい。む……君はなかなか腕が立つと見た」
「はあ、見ただけでわかるんですか?」
「これでも長い間、いろんな釣り人を見てきているからね」
シルクハットをかぶった紳士風の男性が受付に立っていて、いきなり話しかけてくる。
そして勧誘される。
熱心に。それはもう熱心に熱心に。
「いや、俺は遊撃士ですから……」
「遊撃士!? ならばよりいいじゃないか。遊撃士は各地を回れる! ならばその合間にいろんな釣りポイントを巡れる!」
「あ〜、でもですね、竿を持って歩く遊撃士なんていないでしょう」
「竿なんてそこらに落ちてある木と、あとは糸を繋げてやってやるくらいの勢いが必要だよ!」
「…………」
「それに君も釣り好きならば、これを聞いて黙っていられるかな? そう、ヴァレリア湖の主の話を!」
「……主?」
「うむ。大きさはなんと400リジュを超え、非常に美しい色をした、しかし獰猛な魚だ!」
「釣れた人はいるんですか?」
「いない……争った者はいるが、しかし皆、逆に湖に引き込まれてしまったりと、やられてしまっている……くっ、嘆かわしい!」
「ほほう」
「よって我らはその主を釣った者こそを『特級釣師』に認定するという制度を作り上げた!」
「む、それはもらえると何かあるんですか?」
「ふふふ、それは君、会員に入会した者のみが知れることだよ」
「むう……入るのに何か条件は?」
「条件? そんなもの、釣りが好きという以外に何が必要かーーーー!!」
「…………結局入会してしまった…………まあいいか。
釣りが好きなのは事実だし、盆栽ができない以上、釣りだけがここでの俺の趣味だからな」
他人が聞いたらそれはそれは寂しいなと言われかねないが、もちろん気づいていない男である。
その後、遊撃士としての仕事柄、武器屋に寄り、次にクオーツを作れる工房へ。
「む、『行動力3』があるのか。いや、こちらの『凍結の刃』も捨て難い……」
ツァイスにはなかった種類のクオーツに目を引かれる。
恭也の場合、使える魔法の種類というより、クオーツによって得られる能力や身体能力向上機能に興味がある。
自分の戦い方に戦術戦略がつけられる――例えば力押しとか速度重視だとか――のだから。
「――おっと、そろそろ時間か」
工房に備えられた時計に目を向けると、ユリアと会う時間が迫っていた。
恭也は少々駆け足で西街区にあるグランセル大聖堂へ向かうと、キリスト教の教会を彷彿とさせる作りの立派な建物の扉を開けた。
「やあ、キョウヤ。久しぶりだ」
「ユリアさん。お久しぶりです。わざわざ今日は時間を取って頂き、ありがとうございます」
「いや、構わないよ。そもそも来てくれるよう依頼したのは私のほうだ」
他にも一般人がいるが、観光客も多く、2人が話していても特に問題はない。
ただユリアを見てキャーキャー言っている者もいるため、ユリアとしては少々居心地悪そうだった。
「はは、やはりユリアさんは人気者みたいですね。エルナンさんから聞いていますよ」
「やめてくれ。正直、どうして私などにそんなものが集まるのかわからないんだよ」
「俺もよく人に指差されたりすることはありますけどね」
あまり人がいない場所の方がいいだろうとグランセル大聖堂にしたようだが、結局あまり効果はなかったらしい。
しかしこの2人、自分たちに集まる視線の理由がわかっていない辺り、同類なのかもしれない。
仕方なく2人はそのまま大聖堂を出て近くのコーヒーハウス『バラル』に入る。
「ここのオーナーのコーヒーはとても気に入っていてね。部下たちともよく来るんだよ」
静かな音楽が流れる。
西街区は比較的王都内でも静かな場所ではあるが、この時期はそれなりに喧騒が伝わってくる。
しかし防音しているわけでもないだろうに、静かな雰囲気は変わらない。
落ち着いたクラシックな作りの店の雰囲気がそうさせるのか、
はたまたオーナーの紳士的ながらどこか洒落た存在感がそうさせるのか……。
「手紙でもあったが、準遊撃士としてなかなかやれているようじゃないか。マードック工房長やシード少佐からも聞いているよ」
「まだまだですよ。元々警備や護衛などはやったことがあるんですが、たまに猫探しだとか本の整理だとかまで依頼されて……」
「ははは、やはり遊撃士はいろんな所にいろんな用件で呼ばれるのだな」
お互いの近況から話し始めていく。
恭也は遊撃士としての仕事、ユリアは親衛隊として。
お互い何かを護るという点で似ている職であり、元々人間としても考えや在り方が似通っているからか、話題は絶えない。
「王女の護衛ですか。しかも直接の護衛の指名なんて、相当な信頼を得られている証拠ですね」
「ありがたい限りだよ。心から敬愛する女王陛下から直接頼まれてね。クローディア殿下もご立派でいらっしゃるし、光栄の至りだ」
ユリアは少し上に目を向けているが、その先には彼女が尊敬する人が映っているのだろう。
確かに、国民中から支持と尊敬を集める女王直々に依頼されたとなれば、彼女にはこの上ない誉れだろう。
「そんな女王陛下やクローディア殿下を狙う輩はやはりこういう時期には多いのでね。それで君にお願いしたんだ」
「俺如きがどこまでユリアさんの助けになるかはわかりませんが、ユリアさんには大きな恩がありますからね。
できる限りのことをします」
「ありがとう。本当なら遊撃士協会に公式で依頼したいのだが、そうもいかないのでね」
「やはり、遊撃士協会を嫌う方がいるからでしょうか?」
「ああ、ちょっとその理由が複雑な方もいらっしゃるんだが。もともと軍と民間機関だから、という理由もやはり大きいんだよ」
いかにどこの国にも属さない中立を貫く遊撃士協会も、逆に言えば、国家のような確固としたバックを持たないわけで、
情報というものが大事な国家――そこに帰属する軍は、民間機関とそうそう容易く相容れない。
より率直に言えば、信用できない。
こう言った事情はどこの世界でも同じなのか、と恭也は胸中で呟いた。
これは仕方のない話であり、一種の真理とも言えた。
「でも遊撃士はすでにリベール王国のみならず、このゼムリア大陸全土で非常に頼りにされている存在だ。
そこと仲が悪いというのは、国民からすればいい気分はしないだろう?」
女王もそのあたりにはとても気にしているらしい。
なにせリベール王国というものは小国で、軍事となると周囲の帝国や共和国に翻弄されてしまう。
国家の対外的行動は、軍事や経済などを背景に迫ってくるものもあるので、その点、リベール王国は心もとないのだ。
唯一の、導力技術国家という肩書きと実績が後押ししてくれているが、それだけではやはり不安。
それに遊撃士協会は先の百日戦役の際に、リベール王国とエレボニア帝国の仲介に大きく貢献したこともあり、
女王としてはますます遊撃士協会と密接な関係を築きたいらしい。
「国中……いや、周辺国からも人が来る生誕祭だ。国民にはできるだけ仲がいいと思ってもらいたい。
それだけで国民は安心だってできるものさ」
「多分に仮初めでも、安心が得られると思うとそれだけで人はいい方向に物を考えますからね」
治安が危ない国などは、それだけ疑念と不信に溢れてしまうものだ。
こんなちょっとしたことにまで気を配る必要があるのが、統治者。それを自覚してこそ、正しき姿。
その姿を見てきて、そうした同じ考えを常に持っているユリアもまた、本当の意味で身命と共に女王に仕える人間の姿であろう。
「まだ百日戦役からわずか10年足らず。人々の心には今なお傷がある」
「…………」
「その傷を少しでも癒せるのならと、女王陛下はお考えなんだよ」
「本当にご立派ですね。ユリアさんほどの人が心酔するだけはあります」
「そうだろう?」
自分のことのように、ユリアは嬉しそうに笑ってコーヒーを口にした。
「キョウヤ、君はこの生誕祭の後、どうするのかな? 各地を回って推薦状をもらいに?」
「まだ、正直なところ決めかねていますね。ですが肯定的に考えています」
「そうか。そうそう、言い忘れていたよ。ツァイスでの推薦状獲得、おめでとう」
「ありがとうございます」
これを一番に言わないといけなかったと、ユリアは申し訳なさげな顔をした。
そしてふと思い出したように、ユリアはそれとはまったく別のような話をしだす。
それは先ほどの話にも出てきたクローディア王女の話だった。
「殿下は現在、ルーアン地方にあるジェニス王立学園という学校に通っておられるのだが……」
ジェニス王立学園。恭也もティータやラッセル博士辺りから幾度か聞いていた。
ツァイスの中央工房所属の研究者にも、その学園出身だという者は結構いたのだ。
名前の通り、リベール王国王家が出資する、リベール周辺国でもトップクラスの超難関にして有名な教育機関であり、
一般の民間人から王族や他国の貴族の子息なども通っており、学長もこれまたリベール随一の賢者と謳われるコリンズ。
「私は殿下の護衛を女王陛下より依頼されているが、普段はやはりこの王都にいなくてはならなくてね」
「ユリアさんの本職は親衛隊中隊長ですからね。王都から離れられないのは仕方ないです。
ですが、護衛などは当然つけていらっしゃるのでしょう? そのクローディア王女も」
「もちろんだ。だがやはり不安でね。殿下もあまり護衛などは付けたくないなどと仰るのだよ」
「まあわからないこともないですね」
ユリアも1人の女性として、確かにクローディア王女が行く所行く所護衛がいるとなると辟易してしまうのはわかるのだが、
それでも王位継承権を持つ者である以上はわかってほしいという考えもある。
「だから頼れる誰かにルーアンに殿下がいらっしゃる間、護衛をしてほしいのだ」
「……まさか、それを俺に?」
「ふふ、その通り」
とんでもないことを言い出すのはラッセル博士どころかユリアまでもか、と恭也は思わないわけにいかなかった。
仮にも、意図したことでないとはいえ、元王城侵入者であり、異世界から来たと、
この世界の人間には訳のわからないことを言った自分に一国の王女の護衛を、などと……。
「もちろん、これは君が推薦状をもらいに各地を回る際、ルーアンにいる間だけでもいい。
それに君の剣は本来、まさにそういうためにあるんだろう?」
「確かに俺の御神流は『護る』ための剣ですが……」
「殿下は君のその『護る』に値する方だ。それは私が保証しよう。それでも不足かな?」
ユリアのお墨付きがあるのなら恭也としてはこれ以上ないほどの保証であろう。
だがそうではない。保証云々の問題ではないのだ。
「ははははは。まあ考えておいてほしい。よければお願いしたいというだけだから、無理に受けることはないよ」
「ラッセル博士といい、キリカさんといい、エルナンさんといい、ユリアさんといい……俺はこの世界に来てから、
からかわれてばっかりのような気がしますよ」
「失礼だな。私はラッセル博士ほどではないぞ?」
「そうですね。でもキリカさんやエルナンさんとはいい勝負ですよ」
2人して笑い合う。
そうして彼らはユリアがまた仕事で戻らないといけないと時間まで、食事を取りつつ剣の話などで談笑を続けるのだった。
ユリアと別れた後はホテルで休み、そして翌朝。早朝から支度を整える。
王都での遊撃士としての仕事始め。やはり身なりからしっかりしておかなくてはいけない。
動きやすい服装でまとめた服。できる限りヒラヒラした部分をおさえた、軽めの野戦服。あまり防御用の装甲はつけない。
がっしりと足首を護り、かと言って窮屈に足を縛り付けないブーツ。
そして上着には長袖のジャケットを。とうぜん飛針や小刀を隠すことができるものだ。
鋼糸はいちおう持っているが、これは痛んだりすればもう補給がきかない。
何せ鋼糸ほどの強度があるものはこの世界では作れないのだから。だからあくまで切り札として用い、普段は使わないようにする。
もちろん、鍛錬は怠らないが。
「おはようございます」
「キョウヤさん、おはようございます」
幾人かの遊撃士たちがいる中で、挨拶を交わしながらエルナンと配置などをやり取りする。
「昨日はゆっくりできましたか?」
「ええ。ユリアさんから、お礼を言っておいてくれと言われてます。俺からも、ありがとうございました」
「いえ、お気になさらず。それでは今日お伝えすることと、キョウヤさんの配置ですが……」
少々背後の遊撃士たちがざわついているが、特に集中すれば気にもならない。
なかなか頑強な者から、細いが動きはよさそうな者まで。リベール国外から来たような遊撃士までいる。
「……以上です。やはり軍もいろいろ手配をしているので、柔軟に動きたいところですから、
キョウヤさんも臨機応変にお願いします」
「わかりました」
「失礼」
突然だった。
あまりのことにハッと横を振り向く。
そこには1人の、中年というには若そうに見える、立派な風体で体躯のいい男性が1人。
きりっと上がった眉。細くて鋭いながらも温厚というイメージは損なっていない目。
前髪を上げて横に流した、開放的な感じを醸し出している。
獲物は棒……棒術でも使うのだろうか。
「…………」
気配をまるで感じなかった。
こんな、わずか50センチあるかないかという近さまで来ているのに。
エルナンと話しつつも背後の遊撃士たちの気配を読んでいたくらいなのに。
「カシウスさん、おはようございます」
「ああ、おはようさん、エルナン。っと、驚かしてしまったかな? 悪かったな」
「あ、ああ、いえ……」
片手を顔の前で立ててすまんというジェスチャーを取りながら苦笑する彼に、恭也は呆然と馬鹿のような声しか出せなかった。
彼はエルナンと配置などの話などをしている。
(今もだ。こうしてる今も……この人の気配はあまりに自然すぎる)
違和感がない。
そもそも人がいるということに違和感を抱く場所ではないが、しかし本当に「違和感がない」のだ。
当然の如くそこに在る。
周囲が、大気が、まるでそう言っているよう。
「もうちょっと気配くらい出してください。私も驚きましたよ」
「悪い悪い。何せ大会が近いんでな」
「そう言えば出場されるそうですね」
一言二言そんなことを話しつつ、カシウスというらしい男性は遊撃士たちに挨拶をして、急いでいるのか、そそくさと出て行った。
「……エルナンさん、彼は?」
他の遊撃士たちも彼の存在には「やっぱすごいな」とか、「さすがA級だな」などと、真面目そうな者は直立不動まで。
「ああ、カシウス・ブライトと仰られまして、最高ランクの遊撃士のお1人ですよ」
「最高ランクと言うと、A級ですか?」
「ええ。そのうちのお1人です。正直言うとAであってAではないんですけどね」
遊撃士ランク最高のA級。大陸中で数えれば相当数の遊撃士の頂点に立つとも言える、そのうちの1人が彼。
戦闘力だけでなく、問題解決能力や臨機応変な判断力、時に遊撃士たちを従える指揮能力などなど、
あらゆる能力を加味した上でつけられるランクで、経験をただ重ねればいいものではない。
好感を抱く人ではあったが、威圧感や圧迫感はまるでない。どこまでも穏やかで自然だった。
「ふふ、同じ剣士として、何か感じられましたか?」
「剣士? あの方は棒をお使いになられるのではないんですか?」
「今は確かに棒術ですが、元は『剣聖』とまで謳われたほどで、さらに言えばこの国の『英雄』ですよ」
面白そうにエルナンは教えてくれたが、恭也はただ唾を飲んでその全てに納得がいった。
納得がいったというより、させられる。
「……剣士……」
「ふふ、手合わせしたいとでも思われましたか?」
「ええ、正直」
断言できる。
彼は間違いなく、ユリア以上だ。
「そうですか。ちょっと厳しいですが、いい舞台はありますよ?」
「舞台?」
そこでエルナンが指差したのは1枚のポスター。昨日アリーナの前で見た看板のものと同じことが書かれている。
武術大会。
先ほどエルナンがカシウスに出場されるそうですね、と言っていたことを思い出す。
「出るとなるとシフトの問題もあるので、今のうちにシフトを埋めてもらわないといけませんが」
カシウスも出場している間、シフトに入らなくてもいいように、今のうちにたくさん入るようにしていたために、
あれだけさっさと動いていたのだろう。
「出たところで彼と戦えるまで勝ち残る必要がありますしね」
ちょっと意地が悪そうに「できますか?」などという表情を浮かべてくるエルナン。
「……面白そうですね」
正直、恭也も自分がここまで戦ってみたいと思うことには驚いていた。
だがちょっと考えてみると、ここ最近、鍛錬の相手があまりいなかった。自分以上の鍛錬相手が。
元の世界には士郎という、御神流の一線からは引退したとは言え、自分以上の師がいた。
その士郎と同い年くらいの人間であり、今でこそ剣は使っていないが、『剣聖』とまで呼ばれた人物。
似ているところもあり、それがなおさら恭也の興味関心を引いたのかもしれない。
「わかりました。本気なら今のうちにシフトを埋めておき、大会前もシフトには入らない方がいいですよ」
「そうさせてもらいます」
そうして恭也は、武術大会への出場を決意するのだった。
――続く――
オリジナル設定
遊撃士ランクについて ※オリジナルというわけでもないですが。
遊撃士ランクの最高はAではなく、S級です。ですがゲーム中でもS級はかなり非公式の存在のようで、
当初エステルたちも知らなかったということになっているようです。
よって拙作でもS級があるとあまり公表しないようにしているので、作中の通り、
カシウスの遊撃士ランクは公式にはA級にしています。もちろん、実のところはS級ですが。
あとがき
F「なぜか後書きの書き出し役になっているFLANKERで〜す!
お前以外の人を出せってモンですよね、読者の方にしたら。あっはっは……すいません!」(土下座
シ「まあ、代表取締役、もとい執筆者ですから」(w
e「所詮うちらはチョイ役なんで」(w
F「気を取り直すとして……立ち直り早っ、とか言うな、そこ!(←どこだよ
え〜、今回は王都編第1話。ユリアに会ったり釣り団体に入ったりと」(w
シ「配置転換だして、お髭のおじさんに会って、王都観光して」(w
e「お髭のおじさんて……」(w
F「恭也がめずらしく好戦的になってますね」(w
シ「まあ、あれで恭也も稽古って形なら、どしどし戦いたいって性格だし、いいんじゃ?(w
舞台が大きくなっただけとしましょう」(w
e「……舞台がでかくなりすぎな気もするよ?」(w
F「気にしちゃダメです。(爆)
ふふふ、原作ではカシウスは参戦しないそうですが、彼が参戦することで某将軍がどう出るか!?」
シ「ぼこぼこにしてやんぜ〜、みたいな大義名分が」(w
e「……なんにせよ、ただでは済まないね」(w
F「さて次回! 大会本選まで進んだ恭也。その彼に新たな出会い!」
シ「いよいよ彼女も登場か」(w
e「楽しみだなー、FLANKERさんの御手並み拝見」(w
F「私が書くとなぜか主張のぶつけ合いになってしまう……」
シ「まあ、むしろ今回はそれが必要だったのでOK」(w
e「それがなきゃあなたじゃないよ、FLANKERさん」(ぉ
F「と、温かい声援を頂いて復活!……だから立ち直り早いとか思うな、そこ!(←だからどこだよ
てなわけで、次々に新しい出会いのある王都編の2話目をお待ちくださいな!」
シ「エステル達の出番をお待ちしてる方々。もうしばらくお待ちください〜」
e「次回の話を、首を長ーくしてお待ちくださいませ」(w
王都について、特に問題もなく……とはいかないか。
美姫 「問題と言う事でもないけれどね」
まあな。やはり剣士としては強い者と戦いたいのかもな。
美姫 「鍛錬にもなるしね」
うーん、どうなっていくのかな。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
待ってます。