シンフォン・enna・FLANKER合同作

空と翼の軌跡

LOCUS OF 3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、やれやれ……やっと今日のノルマは終わりか……」

 

 教材に使った本や資料をトントンと机に立ててまとめているティータを横にして、恭也が天井を振り仰いだ。

 

「今日も食事の後までさせられるとは思わなかったぞ」

「毎日しないと意味がないよ。というか、その言い方からすると、教材渡してもする気なかったでしょ、キョウヤお兄ちゃん?」

 

 そんなことはないぞと答える恭也だが、正直信用ならないというのがティータの意見であったりする。

 どうしてそこまで勉強を嫌うのかがわからないのだが。

 

「いや、文字とか言葉はわかるのだが、最近、数学だとか理系の科目が増えてないか?」

「そうだけど、それがどうかしたの?」

「正直言うと、そこまでの知識は必要ないんだが……」

 

 恭也にとって、ティータに教えてもらうというのは日常で必ず必要になってくる文字や言葉くらいのはずだった。

 遊撃士となるにしても、まず文字や言葉を扱えないようでは、遊撃士どころか他の職さえ無理なことだ。

 恭也とてそもそも頭が悪いわけではなく、ただ必要ない知識に関しての興味関心が薄いだけの話なので、覚えはいいのだ。

 

「知識は満遍なく持っておく方がいいよ? いつ必要になるかわからないもん」

 

 教師のようなセリフを言う11歳と、諭される19歳の男。

 普通逆だろと言われてもおかしくない……というか、言われて当たり前の光景である。

 

「キョウヤお兄ちゃん、導力器(オーブメント)は初めの頃と比べると結構使えるようになったのに、勉強に関しては全然だもん」

「むう……」

 

 恭也が言うには、導力器自体は元の世界にあったデンキという動力技術と似通ったものもあり、

 それほど難しいことでもなかったらしい。

 

「デンキかぁ……お兄ちゃんが持ってるその時計とかもデンキで動いているんだよね?」

「ああ、電気を溜めてある乾電池というものが入っていて、それを動力にしているものだ」

 

 何度見せてもらっても興味が薄れることはない。恭也の腕にある白銀の時計を見せてもらう。

 どうやったらここまで小さなものを動かせるのか。

 今の導力技術ではここまで小さいものでも動かすためには掌大の導力器がないと動かせないはずなのだ。

 

「最初に見せてもらったときだけでも驚いたけど……ねえねえ、キョウヤお兄ちゃん。今日も聞かせてくれるよね?」

「はは、またか。本当に好きだな、ティータは」

 

 そうして恭也が話し出すのは、自分がいた世界の技術の話。

 何も恭也としては技術の話をしなくても、どんな建物だとか、どんな製品があるとか、どんな働きをするものだとかを話すだけ。

 例えばパソコン。

 

「えっと、その“きーぼーど”っていうところを押せば文字が入力されて……つまりタイプライターのようなものだよね?」

「うむ。文字を入力して文章を書いたり、他にも音楽を聴いたり、図形を書いたりもできる。

 それを他の専用器具に接続さえすれば作成した文章や図を紙に印刷することもできるし、

 音楽をディスクに録音しておくこともできる」

「“でぃすく”?」

「あ〜つまりだな、記憶媒体……まあそういうデータを記憶させておくものだ」

 

 データを記憶させておくもの――それならティータにも分かる。

 導力技術でもそれは可能なことではある。中央工房内にある演算機――『カペル』がまさにそれにあたるだろう。

 しかしその『カペル』も大きな導力器を動力として必要とし、さらに国家機密とされるほどの技術で、

 恭也が言うように、個人単位で持てるようなものではない。

 

「“ジドーシャ”だっけ? キョウヤお兄ちゃんも運転できるの?」

「む。いちおう免許は取っているぞ」

 

 ガソリン自体はこの世界にもあるのでティータも知っている。

 また、人や物資を運搬する乗り物だって存在する。だが、鳥よりも速く地を駆ける乗り物などティータは知らない。

 自分の知っている内燃機関では、それほどの出力は得られない。

 ティータにすれば動力などの話も聞きたいが、恭也もそこまで技術的なことはわからない。

 でもいろんな技術があり、そんな技術が次元世界なる世界には多く存在すると言うのだから、興味は消えない。

 

「あの“ケイタイデンワ”、もう動かなくなってどれくらいだろう?」

「う〜む。来てから数週間で充電が切れたみたいだからな。もう半年近くになるんだな」

 

 この世界では充電できないどころか、そもそも電気がない。電気という技術すら知らない。

 いずれ腕時計も動かなくなるだろうが、携帯電話は充電なしでは1ヶ月ともたなかった。

 

「よかったの、キョウヤお兄ちゃん? おじいちゃん、解体して調べてたけど」

「構わんさ。充電できないのでは使いようがないからな」

 

 恭也も迷いはしたのだ。いずれなのはたちが助けにきてくれたときに持っていた方がいいのではと。

 だが充電できないのだから、なのはが来て電話をかけてくれたとしても受信しようがないのだ。

 

(そもそも受信局もないか……)

 

 胸中で苦笑し、ふと恭也は意地の悪い笑みをティータに向けた。

 

「それに申し訳ない顔をしているが、お前もその解体に付き合ってなかったか? 博士と一緒に面白そうな顔をして……」

「あう……だ、だって、見たこともないものが次々と出てくるんだもん」

「それを博士と一緒になって俺に聞きまくってきたな」

「え〜と……」

「おかげで俺は帰ることもできず、寝ることすら許されず、朝まで付き合わされて……」

「…………」

「で、眠くなって寝そうなお前をベッドに連れて行き、博士には朝食も作って、俺は俺で仕事があるから休むこともできず……」

「ああああ、ごめんなさい……」

 

 いつも勉強でティータにどやされているからか、ここぞとばかりに恭也が口撃する。

 だがこうして恭也がティータと仲良くなれたのは、そもそも彼女のそうした性格が幸いした結果でもあるのだ。

 

「初めて会ったときはいきなり博士が呼び出されたとかで2人っきりにされたからな」

「おじいちゃん、マードックさんに保証人の話をしてなかったみたいで……」

 

 ティータにとって初めて恭也を見たときは……黒くてちょっと怖い感じの顔をする人……だった。

 

「…………」

「あうう、だ、だって真っ黒だったし、ちょっとムッツリしてて目が怖くて……」

 

 その一言一言でさらに恭也が少しずつ沈んでいっていると事実を言い終わってから気づく辺り、

 ちょっと天然が入っているティータである。

 とりあえず、いきなり見知らぬ男性と2人っきりにされれば、ティータも話すに話せない。席を外そうにも外しにくい。

 そんなときに気づいたのが,恭也がつけていた腕時計。

 ティータが興味しんしんで視線を注いでいると、

 視線には鋭い恭也が気づいて「これが気になるのか?」と笑いかけたことから会話が始まったのだ。

 

「そう言えばあのとき顔を赤くされたから、正直焦ったのだが……」

「……キョウヤお兄ちゃんのそういう鈍いところもその時点で理解しました……」

 

 腕時計だけでも探究心旺盛なティータには充分で、その後には音楽を聞く機械――ウォークマン。

 さらに携帯電話にどうあがいても切れない糸――鋼糸。

 

「キョウヤお兄ちゃんが不思議な塊に見えた」

「真っ黒だとか不思議な塊だとか、ずいぶんな言いようだぞ、ティータ」

 

 博士が帰ってきたのは深夜にもかかわらず、恭也とティータはリビングで仲良く談笑していたもので、

 博士は彼女の探究心が刺激された結果と知って笑っていたものだ。

 何せ食事すら取らずに話し込んでいたのだから。

 

「その時だよね、おじいちゃんがキョウヤお兄ちゃんの作るお料理を気に入っちゃったのって」

「ああ、肉じゃがだな。俺の世界では特別な料理でもなく、普通の家庭料理なんだが」

「最近だとお漬物が気に入ったって言ってた」

「やはりどこの世界でもお年寄りとなると気に入るものなのか……」

「ぬか……だっけ? 最初、あんなすごいニオイのするものにズボッて入れるなんて信じられなかったけど……」

 

 キュウリのような食べ物に、ナスのような食べ物など、似た味の食材を見つけてはいろいろ試した恭也。

 ラッセル博士は朝食に必ず漬物を望むどころか、女王陛下への捧げ物にしようなどと言い出す始末。

 庶民の食べ物であるはずの漬物がまさか宮廷への貢物に出されるなど、それはさすがにやめてほしいと言っておいたが、

 笑顔のラッセル博士の口約束ほど疑わしいものはなかった。

 約半年……下手をすれば恭也は王城への侵入どころか、王族の食文化へ侵入してしまったかもしれない。

 

「お菓子まで作れるんだもん。ちょっと悔しかったなあ」

「ああ、なのはが作っているのを見たことがあるし、そもそも俺の実家は喫茶店をやっているからな」

 

 お菓子で釣ったというわけではないが、ティータとて女の子である。甘いものには目がない。

 それが初めて見て食べるもので、ティータなら漬物などよりこちらの方がいいだろうと――

 つまり自分のために作ってくれたとあれば、いい加減恭也への警戒心など薄れる。

 

「キョウヤお兄ちゃん、今更だけど……私が"お兄ちゃん"って呼んでていいのかな?」

「うん? もうずっと呼んでるではないか」

「でもね、キョウヤお兄ちゃんだって本当は寂しいだろうし、そのなのはちゃんって子もきっと同じだろうから……」

 

 実の妹を差し置いて自分が"お兄ちゃん"などと呼ぶのはおこがましいのではないかと思ってしまうのである。

 正直なところ、恭也がティータにそう呼ぶのを許しているのも、彼女を妹のように思っているのも、

 そもそもはなのはが大きく関係していた。

 

「本心を言えば、確かに元の世界に戻れないのはつらいし、なのはたち家族に会えないのも苦しいところだ」

 

 恭也とて寂しいが、きっとそれ以上に家族は心配しているだろうから。

 

「なのははティータと1歳しか変わらないし、機械好きってところもそっくりだ。勉強もできるし、理系に強いところまで」

 

 まだ“ケイタイデンワ”が動いていた頃、ティータはなのはという少女の姿を見たことがあった。

 時折話に出た女の子の名前を意識したティータが恭也に尋ねたのだ。

 恭也に見せてもらった“ケイタイデンワ”に保存されていた写真――そこには満面の笑顔を浮かべる女の子と、

 柔らかな笑みを浮かべた恭也の姿があった。

 なのはのことを話す恭也の顔は、いつも穏やかな兄そのものの表情を浮かべている。

 ティータにはよほどなのはという少女との兄妹仲がいいのだろうなと思わせるに充分だった。

 

「だがここにも護りたいと思える人たちがいてくれる。そう思える人ができた。ティータもそのうちの1人だ。

 確かになのはに似ているというのはある。健気だし、一生懸命だし、ちょっと抜けていたりするところもあるにはあるが」

「あう……」

「こうして勉強を教えてくれるし、俺を受け入れてくれた。誰も身寄りがいないこの世界で、俺に居場所をくれた。

 感謝しているし、そのお前に"兄"と呼ばれることは逆に嬉しい限りだ」

 

 そうやって頭を撫でてくれる恭也に、ティータはこれが兄というものなのだろうかと温かい気持ちになる。

 両親は決して冷たい人ではないし、ラッセル博士もいつもティータを思ってくれる人だ。

 だがやはり両者ともに外国へ行ったり仕事が忙しかったりと構ってくれる時間は少ない上、

 1人っ子のティータにすれば寂しい気持ちがなかったわけではない。

 そんなときに余所者とは言え、自分をいろいろ構ってくれたり、

 主に勉強で振り回してくれたり――ティータとしてはこれも実は楽しかったりする――と、

 家族以上に家族のような恭也の存在はありがたかった。

 なのはという子に悪いなとは思いつつも、今は恭也を独占できると思って少し優越感すら抱いてしまうのだった。

 

「さて時間も時間だ。そろそろ寝るとしようか。博士は今日も帰ってこないんだったな」

 

 ラッセル博士も近く女王生誕祭を迎えるからか、中央工房に篭ることが多い。毎年恒例のことらしい。

 まだ小さいティータを1人家に置いておくのは彼としても心苦しく心配だったようだが、その点、今年は問題ない。

 

「キョウヤお兄ちゃんはいつも通り、お父さんの部屋を使ってね。ちゃんとお布団の用意はできてるから」

「ああ、ありがとう」

「あ、そう言えば明日の準備はした? 確か準遊撃士で地方を回ってる人と試合をするんだよね?」

「ああ、問題ないぞ。ちゃんと戦術オーブメントも用意してある」

 

 戦術オーブメントは要するに魔法を使うための機械だ。

 この世界の魔法――オーバルアーツと言う――は戦術オーブメントという機械を介して行使できるもので、

 なのはたちが使う魔法とは異なり、才能や魔力――つまり先天的な要素が必要となることはほとんどない。

 

「わ、キョウヤお兄ちゃん、もう6つ全部のスロットを開いたの!?」

「ああ、魔獣退治をするだけでかなり報酬はもらえるし、あまりミラを使うことはないから、スロット開封につぎ込んだ」

「するだけって……それが大変なのに……」

 

 戦術オーブメントには『スロット』と『結晶回路』という2つの要素がある。

 スロットとはクオーツという宝石のようなものをはめこむ場所のことで、

 ここを使えるようにすることで、まず機械自体が持つエネルギー数値を増加させることができる。

 このエネルギーというのが、なのはの使う魔法で言う魔力のこと。

 要するにこの世界のオーバルアーツ――略してアーツ――は使い手本人の魔力が関係しない。

 戦術オーブメントに流れるエネルギーが魔法を起こすのである。

 

「キョウヤお兄ちゃんは平均型だったよね」

「うむ。俺はどちらかと言えば戦士系だろうからな.何かに特化するのもひとつの方法ではあったんだが……」

 

 そして結晶回路。これは一言で言うなら、どのようなアーツを起こせるかを決める要素である。

 なのはたちの使う魔法は、新たに習得するにも変更するにもたいてい修練や知識が必要になるが、

 アーツは誰でも好きにその種類を時々において変えることが可能である。

 必要なことは、セピスという不思議な力を秘めた原石から作るクオーツをスロットにはめ込むこと。

 火属性のクオーツをはめていけば火属性のアーツ、水属性なら水属性のアーツを使えるようになる。

 そのクオーツにもレベルがあり、より強力なものをはめるとそれだけ強力なアーツが行使できる。

 

「キョウヤお兄ちゃん、結構クオーツの属性がバラバラだね。やっぱりアーツより身体強化をメインにしたの?」

「ああ。明日の相手はアネラスという名の剣士でな。女性なんだが、なかなかに発する気配も鋭く、見かけ以上だった」

「そっか。剣士さんならあまりアーツは使わないかも」

 

 もう1つ、これは戦術オーブメントを最初に持つときだけの話になるのだが、大きな要素がある。

 それが『ライン』である。

 ラインとはスロット同士を繋げるもので、中央の一番スロットを起点として各スロットを繋げる。

 そのラインは一番スロットから1本で全て繋がっている場合も2本、3本という場合もあるのだが、

 これが長ければ長いほど、組み合わされるクオーツにより強力なアーツを使用することができる。

 恭也の場合は1番スロットから2本出ており、一本は3つのスロットを繋ぎ、残りの2つのスロットをもう1本のラインが。

 ほぼ半分に分けたこの形が「平均型」と呼ばれるタイプである。

 もうわかるかもしれないが、この戦術オーブメントは完全オーダーメイドで、個人によってラインの長さが変わってくる。

 ただこれも自分で決められるので、なのはの使う魔法とは違って、才能も何も関係ない。

 

「私の戦術オーブメントは1番から3本出ているからね〜」

「ふむ。俺は特化型よりあらゆる場面に対応できるようにしたかったのでな」

「うん、間違ってはいないよ。平均型は万能型とも言われてるもん」

 

 恭也にとって魔法を使えることも大きな利点であったが、何よりは戦術オーブメントの持つもう1つの能力だ。

 それははめ込むクオーツによって、持ち主の身体機能などが左右されること。

 例えば火属性なら攻撃面が、地属性なら防御面が、というようにである。

 ただ気をつけなければならないのが、あくまで「強化」ではなく、「左右」されるということ。

 火属性クオーツなら攻撃面強化の恩恵があるが、逆に防御面が落ちるというように。

 そうしたマイナス的要素のないものもあるが、注意は常に怠れない。

 

「まあ,俺は逆に面白いんだがな。いろいろな戦術が試せる」

「勝てそう?」

「さあてどうだろうな。意外にアーツを上手く使ってくる相手かもしれんし、

 何より彼女はすでに他の地方では推薦状をもらっているらしいからな。難しいかもしれんぞ?」

 

 恭也とアネラスという剣士――立場こそ同じだが、目に見えた実績には明らかな差があった。

 アネラスという剣士はすでに遊撃士へとなる手前まできている。

 準遊撃士とは遊撃士の前の研修期間にある者のことで、恭也も同じ身分である。

 遊撃士になるには、リベール王国ならロレント・ボース・ルーアン・ツァイス、そして王都グランセルにある協会支部にて、

 遊撃士への推薦状をもらってこないといけないのだ。

 それだけではない。キリカや他の遊撃士から聞いた話では、王国内では地方によって生息する魔獣の形態・性質が違うらしい。

 遊撃士である以上、魔獣との戦闘は避けられない。

 未だツァイス地方の魔獣との戦闘経験しかない恭也にとって、命の掛かった実戦で磨いた習熟度は侮れなかった。

 

 だが―― 

 

「見に行くからね」

「む。ならば尚更負けられんな。妹に格好の悪いところは見せられん」

「頑張ってね、キョウヤお兄ちゃん♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たわね、恭也。ティータは“お兄さん”の応援ね」

 

 翌日、遊撃士協会ツァイス支部に着いた恭也とティータを迎えたのは、キリカのいつも通りの言葉だった。

 予定時刻に対して余裕を持ってラッセル家を出たのだが、すでに相手のアネラスは待っていた。

 一通りの挨拶を済ませて――その際にティータが彼女に抱きつかれるというシーンがあったりしたが――、準備を終える。

 

「お願いしますね!」

「ああ、こちらこそよろしく頼む」

 

 年の頃は17、8歳というところだろうか。茶色の髪を黄色の大きなリボンで結った剣士。

 赤い服に青を基調とした簡単な防御装備で身を覆っている。防御力より回避力を重視するというところだろうか。

 恭也は最後にもう一度だけ戦術オーブメントを見直し、使えるアーツを頭に浮かべる。

 

(剣士の彼女にはあまり必要なさそうだが)

 

 剣を抜き、正眼の構えを取るアネラス。恭也も小太刀を抜き放ち、静かに佇む。余計な構えは取らない。

 構えは取らないのかとアネラスは聞いてこない。だがそれでいい。

 彼女の目はすでに恭也を探っている。隙がないか、または仕掛けてくる気配はないか……。

 戦いを知っている。実戦を。

 そう、実戦に合図はない。

 

「永全不動八門一派・御神真刀流・小太刀二刀術、高町恭也――推して参る!」

 

 だから恭也は名乗りを上げて敢えて自ら行くぞと示した。そうすることで己をさらに鼓舞する。

 地を蹴る。突進する。

『八景』を繰り出す。アネラスの左脇腹へ。

 受けられた。

 即座に『皓月(こうげつ)』――キリカから受け取った小太刀の銘――を。

 アネラスは『八景』を弾き、そのまま円運動で『皓月』を上から叩き落した。

 

(上手い!)

 

 一動作に弾き、叩き落し、さらに恭也の態勢を僅かながら崩すという3つの動きがあった。

 さらにその僅かなチャンスを彼女は逃さない。

 

"八葉滅殺"!」

 

 そのまま連撃。後退するも彼女は距離を見事に詰めてくる。

 これまでの支部での遊撃士との模擬戦で分かっていたのだが、彼らの一撃は重い。

 人よりも生命力のある魔獣を相手にし、確実に相手を仕留める必要があるからである。その傾向はアネラスにも通じていた。

 しかも一撃一撃に体重を乗せてくるため、連撃と言えども剣戟は重い。

 女性とは思えないくらいだ。

 おまけに早い。

 

「そう言えば君の戦術オーブメントには風のスロットがいくつかあったな……」

「よく観察されてるんですね」

 

 スロットに普通、属性はついていないのだが、人によってスロットにはめこめるクオーツの属性を決める者もいる。

 そうすることでその属性への耐性や能力値を底上げすることができるからだ。

 

「あとは火属性のクオーツもはめているのか」

「さあ、どうでしょう?」

 

 笑いかけてくるアネラス。恭也が冷静を装っているだけとでも思っているのか、彼女も不敵な笑みを浮かべている。

 その笑みに対し、恭也は唇の端を微かにつり上げた。

 

――――手数で攻めてくるなら、相手になるっ!

 

御神流 奥義之伍 "花菱"

 

 防ぎ弾き捌き……!

 アネラスの攻撃は全て相手への最短距離攻撃である突きの連撃。ゆえに見切りやすいと言えば見切りやすい。

 

「貴方も早いですね……同じような配置にしてるんでしょうか?」

「ふむ。俺は今のところ、火と水属性以外の全ての属性クオーツをつけているな」

「っ……!」

 

 己の手の内を簡単に口に出したことに、彼女の剣戟が僅かに乱れた。

 

 

 

 

 

 それで充分。

 

 

 

 

 

「わ、わっ!?」

 

『八景』で一撃重い斬り上げによる迎撃。彼女の突きを下から叩き上げた。

 否応なしに彼女の体が浮く。

 無防備になった体に蹴り――いや……女性を蹴るというのがアレなので、足払いにしておく。

 

「こんのっ!」

 

 だが彼女は受身を取ると同時に体を横に回し、恭也の追撃の斬り下ろしを躱す。

 軽い身のこなしで即座に立ち上がり、剣を腰に構えて向かってくる。

 ならばとそこで『皓月』を納刀。彼女が僅かに不思議そうに――が、すぐに驚愕へ。

 

「うひゃっ!?――って、投げナイフ!?」

「悪いな。俺の御神流は暗器ありなんだ」

 

 それが彼女達――人と魔獣を相手に磨かれてきた剣術と、ただ人を倒すために磨かれてきた流派の差。

 完全に不意打ち。

だが相手がどんな武器を隠し持っているかはわからないのが実戦である。決めてかかる方が間違い。

 逆に恭也から距離を詰めてさらに納刀した『八景』を……

 

御神流 奥義之壱 "虎切"!」

「負けませんよ! "剣風閃"!」

 

 抜刀。アネラスも崩された体勢を回転させることで立て直し、同時に反撃に。

 抜刀術と剣圧による斬撃が拮抗する。が、恭也は力で押し切る。彼女は後退している。

 

(ふむ。1度使ってみるか)

 

 かなり距離が開いている。彼女はおそらく距離をあけることで息を整えたいのだろう。つまり仕切り直しを望んでいる。

 間合いの取り方は上手い。彼女は相当の手練れ。ならばそんな休息の時間はやらない。恭也の息は乱れていないのだから。

 こちらは取る必要がない。まだいける。ならば彼女の意図に乗ってやる必要はない。

 恭也は目を閉じ、一瞬の集中。鍛え上げ、そして戦闘のうちに活発化してきた精神を一点に集中。

 

「っ、アーツですか!?」

 

 目を開く。狙うは距離を縮めること。移動距離を伸ばせ。

 属性は風。

 恭也の周囲の大気が震え、自分の足にその風が絡まり、さらに背後から押してくれるようなイメージを。

 

 

 

 

 

"シルフェンウィング"!」

 

 

 

 

 

 身を低くして極力空気抵抗を受けないように走る。それはまさに疾風。

 

(――これはなかなか)

 

 使った恭也本人が驚く。地を踏む足が軽い。一歩の歩幅がぐんと上がっている。

 通常5歩は必要な距離を2歩程度で。ただでさえ速い恭也の足をますます上昇させている。

 ついその気持ちよさに、恭也は多少アネラスの横を行き過ぎてしまう。

 

(むっ、いかん……だが背後を取れた)

「くっ!」

 

 結果オーライ。振り向いてそのまま一閃。かろうじて反応したアネラスの回転斬りと鍔競り合う。

 だがそこにさらに逆の小太刀を重ねる。

 

「――あうっ!?」

 

『徹』の衝撃はアネラスには不可解なものだろう。

 如何に腕力で負けるだろうアネラスも、今は火属性と地属性のクオーツで攻撃力と防御力――腕力などの筋力を上げているから、

 男性相手だろうとそうそう力負けはしないと思っているだろうからなおさら。

 

 だが御神流の『徹』にそんなものは関係ないのだ。

 

 恭也が火や地属性をあまりつけないのは、力に頼る必要がないからで、そもそも力なら元からある握力や筋力でも充分。

 クオーツで強化しているアネラスだろうと、恭也の基礎能力で充分力の面はカバーできる。

 だからいま、恭也が戦術オーブメントで強化しているのは速度や知覚力――風・時・空・幻属性によるもの。

 

「くぅ〜、いったあ〜……な、何ですか、今の? こう、体の中にビリビリときたんですけど……」

 

 これは訓練だし、いきなりの『徹』なので少し追撃は控えておいてやろうと、距離を取って正対。

 アネラスは剣を放さない辺りはしっかりしているが、さすがに腕を押さえて片目を閉じている。

 

「御神流の『徹』という技術でな。表面に衝撃を伝えずに内面を破壊するものだ」

「うう、防御力上げても意味ないわけですか……」

「ふふ、そうなるな」

 

 さすがにアーツでもそれは無理なこと。魔法でないと言われて、アネラスとしてはさすがに驚きのようだ。

 

「ミカミ流……聞いたことないなあ。どこの剣術ですか?」

「難しいな、その質問は」

 

 ちょっと横を向くとティータも苦笑している。何せ異世界の剣術だ。今アネラスにそう言ったところで理解されないだろう。

 

「クルツ先輩の方術みたいに東方ですか?」

「まあ、そんなものだ。さて、続けていくぞ?」

「うう、まだ腕が痺れる……でも、いいですよ!」

 

 さすがはアネラスとて剣士の1人。まだまだ未熟でも未知の剣への興味は旺盛らしく、目が輝いている。

 美由希を思い出してしまう恭也である。

 共に地を蹴って撃ち合う。連撃。

 だがそうなると小太刀2本の恭也の方が優勢。でも彼女の剣の動きは速い。2本の小太刀の動きについてくる。

 

「なるほど、"クロックアップ"か……喋ってるうちに用意したわけだな。アーツの扱い方はやはり俺より上だな」

 

 時の流れを加速させるアーツ。それで剣速を上げているのだろう。

 しかしそれでやっとついてこれる程度。つまりアネラスは防御に集中している。

 そして恭也とて無闇に連撃を仕掛けているわけではない。意味があってのこと。

 

「その防御、見切った!」

「っ!?」

 

 御神流『貫』。

 アネラスの脇腹への斬撃。彼女が剣を持って来たところで止める。そのときにはすでに右の『八景』が彼女の左脇腹へ。

 

「危なっ――」

 

 彼女がそちらへ目を向けたときにはすでに『皓月』が動いている。彼女の剣を避け、柄で彼女の腹を打つ。

 腹を押さえて彼女が下がる。追撃するところだがわざとしない。大振りに構えて技を出すぞと示してやる。

 すぐにそれに反応する辺りは大したものだろう。

 

御神流 奥義之肆――

 

 突進力も乗せるべく、疾走!

 

「くっ……"アースガード"!」

 

 彼女の真下から地面が隆起。彼女を護る盾に。

 

「残念だがこの『徹』の二段重ねの前にその程度の盾は――脆いぞ! "雷徹"!」

 

 小太刀の重ね。その交差の一転が盾に。

 最初はそれで止まったかのように見えたが、すぐに変化が。

 石がひびを入れ始め、放射状に広がっていく。そして――

 

「嘘っ!?」

 

 割れた。衝撃はそのまま驚き慌てるアネラスを吹き飛ばす。

 

「何かもういろいろと人を捨ててないですか!?」

「失礼だな、君は」

"アースガード"で護れないなんて……私の精神力が弱かったってことか。ならもうこの剣の一撃で!」

「む、来るか。ならば俺も相応の奥義で行くぞ!」

 

 立て直すアネラスは剣を構えて突撃。対する恭也も『八景』『皓月』ともに納刀して突撃。

 

 

 

 

 

"光破斬"!!」

御神流 奥義之陸 "薙旋"!!」

 

 

 

 

 

 1撃目。撃ち合う『八景』が先に弾かれる。

 2撃目。更に迎え撃つ『皓月』が止めた。

 3撃目。返す『八景』が彼女の剣を完全に撃ち払った。

 

「もらった!」

 

 4撃目。剣を振り下ろした体勢のまま無防備なアネラスの首筋に『皓月』が止まって……

 

「……あ〜ん、負けた〜……!」

 

 彼女はそこで剣を取り落としてがっくりと地面に座り込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キョウヤお兄ちゃん、やっぱり強いんだ〜」

「ああ、ありがとう」

 

 試合が終わった後、駆け寄るティータに頭を撫でて返す恭也。

 

「でもお兄ちゃん、女性を蹴るなんてダメだよ?」

「む……いや、わかってはいるのだが、あれは真剣な勝負なんだ。許してくれ」

 

 その辺りはまだ子供だし、剣の世界やそれ以前に戦いの世界というものを知らない彼女には、戦い方というもので少々お小言を。

 同じテーブルにはアネラスとキリカが座っている。

 

「その、大丈夫ですか?」

「あはは、大丈夫ですよ〜。これでも旅して回ってますから、戦闘なんて何度も経験してますし」

「大丈夫よ。もう治癒魔法と治療でちゃんとほとんど治っているわ」

 

 腕を回して多少顔を顰めている辺りが不安なのだが、キリカが大丈夫と言うからには大丈夫なのだろう。

 

「ただ恭也の『徹』というもので受けた内部への攻撃に関してはちょっと難しいから、しばらく腕に力が入らないでしょうけど」

 

 しっかり痛いところをついてきてくれるキリカである。

 責められているようにも聞こえるようで聞こえないような彼女の物言いにより、

 恭也は自主的にアネラスの食事を運んできてやったりする必要があった。

 

(そうしないと何を言われるかわからん。ティータにも睨まれるし……)

 

 アネラスとティータはすでに仲良し。可愛いものが好きらしいアネラスにとってティータは人形の如き愛らしさらしい。

 まあ恭也も人形どうこうは置いておいて、ティータが可愛らしいことは同感ではあるが。

 そうして食事をしつつ、剣の話などもしていたが、アネラスは今日一日は仕事もなしで休めとキリカに言われ、

 案内も兼ねてティータと一緒に街へ出かけることに。

 恭也も誘われたが、キリカが恭也には話があるのと申し訳なさそうに言うと、しょうがないですねと言って出かけていった。

 

「それでキリカさん、話とは?」

 

 一瞬、なのはのことかと思ったが、それなら別にティータを遠ざける必要はないかと考え直す。

 

「どう、勉強の方は?」

「はあ……文字はもう読めますし、書くこともそれなりには」

「まあ、ここしばらく見ていてもそれほど支障がない程度には身についてきているみたいだしね」

 

 異次元から来ただとかをアネラスに説明しないといけなくなるような話題なので、彼女たちを遠ざけたのかと思ったが、

 そうでもないらしく、キリカはそこで一通の封筒を差し出した。

 

「これは?」

「先ほどマードック工房長からお使いの人が届けてくれてね」

 

 開いてみると手紙が一通。筆跡は……もう一目でわかるほどに何度も見た人の筆跡。

 

「ユリアさんですか。ふむ、何々……………………俺を王都に?」

「そういうことよ」

 

 やはりもうその手紙を読める程度に文字も読めるなら問題ないわね、と少し意地悪そうに笑うキリカが更に封筒を差し出した。

 

「貴方、遊撃士になりたいという気持ちは変わらない?」

「……ええ。正直、帰る手立てがない以上、俺も職を探さないといけません。遊撃士の仕事は御神の理念に合致するんです」

「『護る』、だったわね。そうね、確かに遊撃士はピッタリ。貴方の実力は今日の戦いでも申し分ないことがわかるわ。

 いいえ、むしろ遊撃士の有力な相手でも貴方なら相手が務まる。

 そして人柄。さすがに最初は王城侵入なんて聞いたから警戒はしていたけれど……」

「ははは、キリカさんに最初に会ったときの一睨みはさすがに背筋が震えましたよ」

「茶化さない。人柄もツァイスでは評判いいわ。マードック工房長もラッセル博士もグスタフ整備長も皆貴方を認めてる」

 

 恐れ多いことだと恭也はキリカに礼を言った。私に言わなくてもいいわと返すキリカも機嫌は良さそうだ。

 そして彼女は話を続け、間もなく行われる王都での女王生誕祭について聞いてきた。

 その話は何度も聞いているし、そのためにラッセル博士やマードックが忙しいこともわかっている。

 

「ユリアさんがこちらに来たら連絡してくれと書いてますけど……俺を今ここから動かすわけにはいかないでしょう」

 

 女王生誕祭に恭也という王城侵入をやらかした者を呼ぶのはおかしいと判断する。

 ただでさえ警戒されるであろう時期に、そんな危険な者を呼ぶわけにはいかないだろうと。

 恭也が充分な遊撃士としての素質があることはもう町の人間が知っているのに、

 どうして恭也がそのために各地の支部へ推薦状をもらうためにアネラスのように旅をしなかったのか。

 

 

 

 

 

 それは恭也を監視の目から離すわけにはいかないからだ。

 

 

 

 

 

 ツァイスならまだマードックやラッセル博士の影響も大きいし、レイストン要塞もあるから、

 監視の目が充分に届くからと恭也の半ば自由行動を認められていただけ。

 他の地方へ行くとさすがにそれも難しい。

 

「その心配はもういらないわ。だからこそのユリア中尉からの手紙であり、この封筒の中身というわけよ」

 

 差し出されるもう一通の封筒を開けると、そこにも一通の紙。

 

「……"正遊撃士資格"……"推薦状"?」

 

 恭也が顔を上げると、キリカは静かに余っていたお茶を飲み干してから目を向けて、僅かに笑って見せた。

 

 

 

 

 

「遊撃士協会ツァイス支部は、高町恭也準遊撃士の半年間の職務行動・成果を厳正に審査した結果、

 正遊撃士としての資格ありと認め、ここに正遊撃士への推薦状を発行するものとするわ」

 

 

 

 

 

「…………」

「あと貴方の保証人であるユリア中尉と、同じく保証人兼身元引受人のマードック工房長の太鼓判ももらっているし、

 ラッセル博士からの推薦もあって、シード少佐も承諾しているわよ」

 

 いきなり言われても困るというものをこの女性はわかっているのだろうかと恭也は呆然としつつ思った。

 そんな恭也を面白そうに眺めながら、さらにキリカは続ける。

 

「ユリア中尉が王都に来いと言っているのは単なる好意だけではないの。これは一種、遊撃士協会への依頼とも言えるわ」

 

 女王生誕祭ともなれば王国軍の警備だけでは毎年大変で、遊撃士とも連携したいところというのが軍の内情らしい。

 だが現在の王国軍の将軍の1人が大の遊撃士嫌いで通っているなど、軍と民間の遊撃士協会ではやはり連携が難しいのだ。

 遊撃士協会では頼まれなくても毎年事件はあるから体制は整えているのだが、人手不足は毎度のこと。

 

「つまりユリアさんは俺に依頼したと言うより、個人的に遊撃士協会に依頼をしてきたと」

「まあ親衛隊中隊長がって時点ですでに私的な依頼の範疇を越えているけれど、貴方と指名しているのだからね。

 まだ個人的な依頼でも罷り通るわ。まあ、私と王都支部のエルナンが罷り通らせるだけだけどね」

 

 本当にキリカならしてしまえそう……いや、してしまうだろうから怖いのだ。しかし逆に頼もしくある。

 

「これは丁度いい機会なのよ、恭也。貴方もそろそろ遊撃士を目指して各地方を回るべきときかもしれないわ。

 だからその一歩として、まずはこの機会に王都へ行って1人で仕事をしてみなさいな。

 もちろん遊撃士の仲間はいるから厳密に1人というわけではないけれど、貴方なら集団行動でも全く問題ないでしょう?」

 

 上手くいけば王都からの推薦状を得られるかもしれないし、少なくとも評価はもらえる。

 そしてそのままリベール王国を1人で旅してみてもいい。

 

「わかりました。旅をするかはしばらく考えてみますが……高町恭也、準遊撃士ツァイス支部代表として、王都支部へ行きます」

「よろしくお願いするわ、恭也」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてそれから数日後。

 王都への出発を控えた恭也はツァイス定期連絡船発着場で、少々大きめの旅行カバンを持って時間を待っていた。

 

「頑張って来いや、キョウヤよお。間違ってまた王城侵入なんてやらかすなよ?」

「ちょ、グスタフさん! そんな大声でそのことを言わないで下さい!」

「だっはっはっはっは、すまねえすまねえ」

 

 笑い事じゃないのだが、ばんばんと背中を叩いてくるグスタフに恭也も苦笑するしかない。

 

「マードックさん、半年前にいきなり押しかけ、そしてまたいきなり出かけることになって申し訳ありません」

「気にしないでいい。君はもう罪人じゃないんだ。それに行くことを了承したのは私だよ。

 準遊撃士として、ツァイス代表として、しっかり王都の警備を頼むよ」

「はい」

 

 握手をする。マードックには世話になりっぱなしだった。

 住む所の世話から多くの手続き、経済面でも精神面でも。

 丁度父と言ってもいい程度に歳の離れたマードックは、確かにこの世界では恭也の父と言ってもよかった。

 

「ラッセル博士。お好みのものは博士の家の地下の釜に作り置きしておきましたので」

「おお、すまんのう。おぬしがおらんと漬物が食えんからのう。いやいや、朝と酒のつまみにはあれがないといかん」

 

 家族のように迎えてくれたラッセル博士には、ユリアとシード少佐と共に最初から世話になった。

 たった半年間だけでもマードックと共に振り回されはしたが、おかげで導力を知れたし、

 博士の知り合いというだけで、この町の人にもすんなり受け入れられた。

 

「恭也さんが抜けた穴は未熟ながら私がしっかり埋めますので!」

「ああ、よろしく頼む、アネラスさん。またお会いできた時には是非もう一度模擬戦をしたいものです」

「こちらからお願いしますよ〜。なんか負けた私のほうが先に正遊撃士になりそうなのも変な感じだけど」

 

 王都の生誕祭があるからとは言え、他の地方の協会支部がおろそかになってしまってはいけないわけで、

 アネラスはこのツァイス支部に留まる。

 そもそも彼女は推薦状をもらう旅をしているわけでもあるし。

 

「…………」

「ティータ、行ってくるな」

「…………うん」

 

 一番世話になった人……それは一概には言えない。

 だが彼女ほど最も多くの時間を一緒にいて、日常生活を支えてくれた相手はいなかったろう。

 準遊撃士としてこうして旅立てるのも、彼女がいろいろと教えてくれたからだ。

 

「ちゃんと手紙とか……書いてね?」

「ああ、もちろんだ。ティータに教わったんだ。ちゃんと有意義に使わせてもらわないとな。練習も含めてちゃんと送るさ」

「ま、間違ってたら課題出すからね!」

「む……」

 

 笑いが広がる。『手のかかる困ったお兄ちゃん』はもうツァイスでは知れ渡っていること。

 最後の最後まで手のかかる困った兄に、ティータも涙を流しつつも強気に。

 ただいつ帰ってくるかわからない。もしかしたらそのまま旅に出るかもしれないのだから。

 すぐ帰るとも言えないし、できればティータを悲しませたくないのだが……。

 

「ふむ、ならこれでも……」

「え……?」

 

 とてもティータの腕には付けられない、その白銀の腕時計を恭也はティータに渡す。

 

「ティータと仲良くなれたのもこの腕時計のおかげだしな。お前もずいぶん気にしていたろう?」

 

 時計がないと困ると思ったが、この世界では皆腕時計なんて持っていない。

 王都なら時計くらいあるだろうし、必要なら買えばいい。

 

「おっと、解体はさすがにしないでくれよ? それはティータに預けておくんだからな。いちおう大切な物なんだから」

「し、しないよ! もう、キョウヤお兄ちゃんの意地悪!」

「先ほどのお返しだ」

 

 そう言って彼女の頭を撫でていると、飛行船がそろそろ出発するらしい。出発時刻を知らせる放送が。

 

「それでは……行ってきます。キリカさんにも言っておいて下さい。お世話になったと」

「ああ、必ず伝えておこう」

 

 遊撃士協会は今日も活動しているのだから、受付嬢の彼女は席を外すことはできないので見送りには来ていない。

 もちろん出発前に挨拶には言ったのだ。しかもその際……

 

『餞別代わりよ。持って行きなさい』

 

 そう言って渡されたもの――それは水属性のクオーツで、珍しい種類のもの。

 

『治癒のクオーツよ。持っていれば体を勝手に癒してくれる。戦術オーブメントにはめておくだけでその膝にも効くから』

 

 準遊撃士にもランクがあり、ランク昇格の際にはそうやって協会から支給されるものがあるらしく、

 すでに恭也は治癒のクオーツをもらえるだけのランクになっていたのだから、その規約に従っただけと。

 恭也にとって常に的確なフォローをしてくれるキリカからの、最後まで無愛想な親切。

 そのときのことを思い出しつつ、恭也は今一度ツァイス支部の方に目をやり、軽く会釈をした。

 カバンを持ち、見送ってくれる人たちに背中を向けて、恭也はタラップを渡って飛行船の甲板へ乗り込む。

 そこで振り向き、他の乗客の邪魔にならないように横にそれてから、もう一度見送ってくれる皆へ頭を下げた。

 タラップが仕舞われ、甲板の出入り口が閉じられる。警笛が鳴って出発を知らせる。

 

「キョウヤお兄ちゃ〜ん、頑張ってねーーーー!!」

 

 ティータの声が一番大きく聞こえ、その後に続いて両手を豪快に振るグスタフやラッセル博士が。

 彼らに手を振り返し、軽く笑う恭也を乗せて、少しずつ王都の空へと向けて浮かび上がる飛行船"セシリア号"だった。

 

 

 

 

 

――続く――

 

 

 

 


独自設定

  ミラとセピスについて

    ゲームでは本来、セピスは魔獣を退治することで手に入れ、

    それを通貨であるミラに換金することでお金を手に入れていました。

    ですが魔獣退治するたびにセピス拾うというのも小説上では変なので、

    セピスは売っている店があるという設定にしています。

    ミラに関しては遊撃士としての仕事をこなせば報酬として貰えるので、それは変更ありません。

 

  空の軌跡世界の魔法――オーバルアーツの効果について

    作中にある説明通りなのですが、攻撃力強化や防御力強化というのはゲーム上では構わないのでしょうが、

    小説上となると非常に抽象的でわかりづらいものになることはご理解頂けると思います。

    ですので、拙作ではゲームの効果に準じた、わかりやすいものに変えることがあります。

    例えば、攻撃力強化は筋力強化、移動力強化は脚力強化というふうに。

    一つ一つの詳細に関しては初登場した際にこうして独自設定として載せますので。

 

  "シルフェンウィング"

    風属性のアーツ。ゲーム上では移動力強化となっています。拙作では脚力強化のようなものとお考え下さい。

 

  "クロックアップ"

    時属性のアーツ。ゲーム上では行動速度を上げる魔法です。拙作でも同じことです。

 

  『治癒』のクオーツ

    水属性のクオーツでありますが、ゲーム上では時属性の効果もあったクオーツです。

    本来ゲーム上では、この『治癒』のクオーツはFC(空の軌跡第1作目)の時点でクローゼが持っていたもので、

    買える物でもなかったですが、拙作では(準)遊撃士ランクが上がるたびに協会から支給されるという形で、

    手に入る物というような物としました。珍しい物ということには変わりありませんので。


あとがき

  F「そんなこんなで4話目となりました本作。

    ここで新たに合同作家としてennaさんを迎えることになったぜコラア!(≧▽≦)/」(←はっちゃけすぎ

  シ「フィッシュ♪」

  e「いや、ツッコミ所満載すぎやから、君ら」(w

  F「さてさてツァイス編の後編になります今回の話。アネラスが登場! 彼女が好きな私ですが、お2人は如何?」

  シ「私はクローゼとティータ。SC以降では○○。NPCではステラおばさんが好き」(w

  e「エステルとクローゼ。次点でティータ」(w

  F「とまあ、3人いずれも違うと。

    このまま話していくと私たちは誰がナンバーワンヒロインかで揉めそうなのでこのくらいにしとこう」(w

  シ「今回の話はティータと恭也の関係や恭也用オーブメント、そして王都編に続くって感じだったね」

  e「王都……いよいよ旅立ちの時ですね」

  F「ティータと別れ(泣)! しかし出会いもある! そう、あの人とかあの人とか!」(w

  シ「むしろ準遊撃士の間のコネつくゴホゴホ……出会いの機会を増やすために用意した舞台と言える」(w<王都編

  e「……君ら、生殺しのオンパレードか」(w

  F「むふ♪ 『生殺し』のFLANKERですから♪ さて、次回からの王都編は〜……なんと恭也があれに出場します!」

  シ「私汚されちゃった(ちょ<生殺し せっかくの時期と舞台がありますからね〜」

  e「大イベントだから利用する。中々に素晴らしいやな」(w

  F「次回より3話分の王都編。エステルやヨシュアはその後です!

    これからは3人になったのでさらに濃いストーリーにできると思いますので、ネタ出しのお2人にご期待を!」

  シ「執筆まかせっきりで申し訳ないですが、その分ネタ出し頑張ります」(w

  e「ネタを出して貢献させていただきます」w

  F「そいでは今回はここいらで!」

  シ「また次回に『王都』で会いましょう〜」(w

  e「恭也の活躍に、乞うご期待!」





今回はバトルが。
美姫 「アーツによる身体能力のアップは確かに難しい所よね」
ゲームと違うからね。でも、そこは上手くやられている。
美姫 「アンタとは違うのよ、アンタとは」
ぐはっ!
美姫 「いよいよ旅立った恭也」
その先で待っているものとは。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
待ってます。



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