空と翼の軌跡

LOCUS OF 2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に入った途端、駆動音や人が走り回る音、怒鳴り声などが一斉に耳に。

 視界は残念ながら見えにくいため、チラチラとしか見えない。

 なぜなら金属製の、かなり重くてでかい荷物を抱えているからである。

 

「おっ、来た来た。いつも早いじゃねえか」

 

 もう見知った声と共に、中年のガタイのいい男性が走り寄って来る。頭にハチマキを巻き、オレンジ色の作業服を着ている。

 恭也が彼を目にする時はたいてい、いつもその格好。

 

「グスタフ整備長、こちらでいいでしょうか?」

「っと、ちょっと待ってくれ…………おう、完璧だ。悪いな、わざわざ工房の方から」

「いえ、俺が出来るのはこのくらいの力仕事くらいですから」

 

 グスタフはこれまたいつも通り忙しいらしく、さっそくお部下からの声に低いのによく通る威勢のいい声で返す。

 とりあえず手伝えることはないかと尋ねるが、とりあえず専門的なことばかりらしいので無理のようだ。

 

「それでは俺は失礼します。また力仕事で手が入り用なら言ってください」

「おう、助かる――ああっと、悪いがよ、これを工房長に届けてくんねえかい?」

 

 一枚の折りたたまれた紙を頭をかきながら広げて渡される。

 なにやら英語に似たアルファベットの羅列。文章の最後にグスタフのものらしいサインがある。

 

(……むう、『材料』、そしてこの単語は……『要請』……ふむ、『資材調達許可願い』というところか)

 

 多少は読めるようになってきたので、一番上に書かれている単語から用紙の意味を推測。

 

「わかりました、マードック工房長に渡しておきます」

「すまねえな、こんな雑用ばっか押し付けて」

「いえ、お気になさらず。それでは失礼します」

 

 背を向けて今来た道を引き返す。

 恭也が去った後、グスタフは相変わらず謙虚ながら礼儀のいい奴だと鼻息をついて笑う。

 そして恭也が持って来た荷物を持ち上げようとして……

 

「うお、重……! おい、誰か! ちょっと手伝ってくれ!」

 

 近くの男どもを呼び寄せる。

 

「よっこら……お、重いな……! おいおい、キョウヤの奴、こんな重いモン、1人で持って来たのかよ?」

「あの体のどこにそんな力あるんだよ」

 

 若い男衆――それもかなりガタイのいい者でもそう言う。

 

「文句言ってねえでさっさと運べ! もうちっとはキョウヤのように黙ってさっさと動けねえのか、おめえらは」

 

 グスタフは重いので部下に全て持たせて自分は自分の持ち場へ。

「ずりいぜ、整備長〜」と文句を浴びせてくる部下は敢えて無視だ。

 

「よっと。あ、整備長。ここの器具なんですが、ちょっと足らなくなって――」

「おお、それならキョウヤが持ってきてくれたぞ。おい、おめえら、さっさと持って来い!」

「整備長も持って下さいよ!」

「うるせえ! いいから持ってこいってんだ!」

 

 ライプニッツ号――工場船の整備で工具を脇に下ろしていた女性の作業員が話しかけてくる。

 グスタフはどやしながらもさっさとさっきまでしていた船の補修を再開する。

 

「彼、雑用にしとくにはもったいなくないですか?」

 

 グスタフとてそうは思っている。

 人ではいつも足りないくらいなのだから、恭也という男手はほしい。

 真っ黒な服で少々近寄りがたい空気を帯びているが、話せばなかなか好人物だし、もうツァイスでも彼のことは知られている。

 

「同感だが、あいつは遊撃士を目指すらしいしよ」

「まあ、1度この前やらせてみたら、子供でもできる機械直しも満足にできませんでしたけどね」

 

 思い出して笑う。恭也の筋金入りの機械オンチは作業員が全員で笑ってしまったほどだ。

 覚えがいいと言えばいいようだが、少々機械に関してだけはそうにもいかないらしい。

 

「この前、カルデア隧道(すいどう)内の休息ポイントの器具がおかしいからって行った際に魔獣が出たそうですけど、

 あっさり倒したそうですね」

「大したモンよ。遊撃士だって結構苦労するんだぜ、あそこの魔獣」

 

 グスタフは恭也の剣捌きを見たことはないが、聞いたところによれば魔獣数体相手にものの十数秒で片付けてしまったらしい。

 しかも無傷で平然と「さあ続きをお願いします」などと言ったそうだ。

 

「細かいことは苦手みたいですね」

「だっはっは! 確かにな」

 

 当初は事務仕事でも文字は満足に読めないし、書くこともできなかったくらいだ。

 さっきも申請書を見ていたようだが、読み取るのに結構時間をかけていた。

 しかしその割に言葉は流暢に喋れるし、どんな機械かはわかるのに導力は知らなかったりと、いろいろ不思議な人物である。

 数ヶ月前にひょっこりと現れた、マードック工房長が後見人兼身元引受人となって面倒を見てもらっている恭也だが、

 聞くところによればあの親衛隊のユリア・シュヴァルツ中尉まで連帯保証の後見人としてついているらしい。

 

「なんかレイストン要塞から送られてきたって聞いたからどんな罪人だって思いましたけど……」

「罪人にゃ見えねえよなあ、ありゃあ」

 

 グスタフはいちおうマードックから内密に詳細は聞いている。

 どうも王城侵入をやらかしたらしく、レイストン要塞で事情聴取されていたそうな。

 

(導力は知らねえのに飛行船は知ってるし、もっといろんな乗り物を知ってるわとはねえ……)

 

 マードックも恭也の世界の話に関しては正直胡散臭いと思っていたそうだが、

 それらしいものを見せられて話については一定の理解を得たらしい。

 ただそれで保証人になれとラッセル博士に言われた時は驚いたそうだが、

 今ではこうして作業場内や工房内を自由に出入りできるほど、恭也も認められている。

 

「まああんだけ謙虚だし礼儀は正しいし、護衛仕事は自分から買って出てくれるわで大助かりだからなあ」

「怪しいトコなんて噂のひとつすらないですしね」

「あのきついキリカ嬢ちゃんが大丈夫だって言うくらいだからなあ」

 

 すでに遊撃士協会に入って準遊撃士として活動している恭也だが、依頼されずとも自ら仕事を買って出たりと、

 ツァイス市内でもすでに評判は高い。

 

「ティータちゃんと歩く姿なんてもう兄妹そのものだし」

 

 両親が外国へ技術支援活動で出ているために、ティータは祖父のラッセル博士と2人暮らし。

 恭也はよく話をするついでに夕食などを一緒にすることが多いらしい。

 最初はグスタフとてリベール王国随一の頭脳のラッセル博士の近くに、

 よりにもよって王城侵入の正体不明な恭也を近づかせるべきではないと思ったが、

 もし恭也にその気があればとうにラッセル博士もティータも拉致だろうが暗殺とてできているだろう。

 でもむしろティータの面倒は見て、仕事はし、遊撃士を目指して朝夕深夜と走りこんでいたり剣を振るう姿を見せられれば、

 いくら何でも疑う方が間違いと気づいてくる。

 そうやって信頼できる人だと思わせることが目的ではないのかと言われればそうかもしれないが、

 グスタフとてそういう「細かいこと」はもう気にしない人間。

 

「そもそも文字の読み書きはできない、導力器(オーブメント)は使えないじゃ、スパイなんて無理ですし」

「言えてらあ」

 

 フリかと思ったが、本当に分からないらしく、いっそ記憶喪失じゃないのかと思ったくらいだ。

 しかしアルファベット自体は知っているみたいで、リベールの言葉や文字を外国人が多少読み書きできるなんて感じ。

 とても最先端の導力技術を持つリベール、それもこのツァイスの工房や飛行船整備場に潜入して何かをしようなんていう、

 スパイやら工作員とは思えなかった。

 

「あ、グフタフおじさん!」

「ん? おお、ティータ嬢。ちょうど話をしてたとこだ」

 

 赤い帽子に作業用のゴーグルを引っ掛けた、赤い服で金髪の、まだ10歳そこらの少女が声をかけてきた。

 工場入口から下にいるグスタフたちを見下ろして手を振っている。

 

「どうしたい? 何か用か?」

「あのあの、キョウヤお兄ちゃんどこにいるか知りませんか? ここに入っていったって聞いたんですけど」

 

 ちょっとうるさい整備場内では小さな女の子の声は聞こえにくいが、とりあえずグスタフはさっき恭也が来たと答える。

 

「もうここにゃあいねえぞ。使いを頼んだからよ、工房の方に行ってると思うぞ?」

「あうう、入れ違いだったのかなあ……」

「なんだ、すれ違わなかったのか?」

「きっと逃げてるんです。キョウヤお兄ちゃん、隠れたり逃げたりするの上手いし、勘がいいし……」

 

 何から逃げるか? ティータのお勉強タイムからである。

 恭也はティータに文字の読み書きを習っていて、さらに導力に慣れるという意味でもここにいるので、

 ならばティータの相手をするついでに教わればいいということになっていたのだ。

 

「だっはっはっはっは! 相変わらず逃げられてんのか! はっはっはっはっは!」

「笑い事じゃないです〜!」

 

 悪い悪いと宥めるグスタフに、ティータは唸って睨んでくる。

 とりあえず、マードックへの使いを頼んだから、工房内の工房長室に行けばいるだろうと教えてやると、

 ティータは礼を言って頭を下げ、絶対に捕まえるとばかりに駆け去っていった。

 

「ホント、勉強嫌いで困ったお兄さんの逃亡劇、なんて噂だけはどこでも聞くんですけどね」

「噂じゃなくて事実だがよ。だっはっはっはっは!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

「ああ、キョウヤくんか。どうぞ、入ってくれ」

 

 扉を叩く音にマードックは反応し、続く声の主に入室を許可する。相変わらず黒い服の恭也が入ってくる。

 

「これをグスタフ整備長より預かりまして」

「ああ、ありがとう。え〜と…………そうか、もう資材の調達をしないといけないのか。これはまた……」

 

 ため息を吐くマードック。

 机の上には書類がまとめられてあり、工房長としてのものか、市長としてのものかで分けてある。

 ツァイス市長は実質、この工房の工房長が引き受ける習わしのようになっており、マードックはまさに今の工房長兼市長。

 当然工房は国から出される公金で多くが賄われているし、

 あとは国内外を問わずに殺到する依頼などをこなすことで資金を得ている。

 ゆえに入ってくる資金は市のためと工房のための両方に上手くやりくりしないといけない。

 

「う〜む、繰上げ金を溜めておいて正解だったな」

「最近多いですね、各所からの要請が。例の、女王聖誕祭が近づいているからですか?」

「そうなんだよ。何せ国を挙げての一大イベント。いろいろと導力器(オーブメント)が必要とされるのでね」

 

 女王聖誕祭は毎年行われる、リベール最大と言ってもいい王国の行事。

 王都はもちろん、リベール各地方でお祭り騒ぎが行われ、外国からの来賓も多い。

 国を挙げてとなれば、ましてや外国からの高官たちも多く参列するとなれば、彼らを丁重に迎えねばならないし、

 少々一般人からすればくだらないかもしれないが、国――このリベールなら女王――の威光というものを示す必要がある。

 

「我がリベール王国は大陸でもトップクラスの導力技術国家。50年前の導力革命の発端ともなった地だ。

 その礎を担い続けてきたこのツァイスと工房の名誉のためにも、ヘタなものは出せないからね」

 

 何より女王が毎年どんな導力器を作って見せてくれるのかと楽しみにしている。

 それだけで工房長として、マードックもラッセル博士たちもみなやる気に溢れてくるもの。

 

「アリシア女王でしたね。俺もまだそれほど女王陛下については知らないのですが、聞いただけでもご立派な方のようですね」

 

 マードックやあのユリアまでがここまで敬意を表すのだ。

 市民までそうとなれば、恭也もそれだけでアリシア女王の絶大な人気は頷ける。

 とりあえず大きな例では10年前のエレボニア帝国からの侵攻――百日戦役があったにもかかわらず、

 英雄と呼ばれる者たちの活躍があったからとは言え撃退し、さらにはわずか10年で帝国との仲を取り戻そうとしている。

 それ以前から巧みな外交手腕でエレボニア帝国とカルバード共和国という大国とも対等関係を築き上げているし、

 各地への導力技術普及にも王家の資産まで惜しみなく使っている。

 

「国内外からこれだけ支持を集める統治者。その生誕祭となれば、確かにヘタなものは出せませんね」

「そういうことだよ。女王陛下は本当に素晴らしいお方だ。間違いなくこのリベールの国史に名を残されるだろうほどのね」

 

 マードックや他の地方の市長たちは毎年生誕祭には呼ばれ、王城にて女王陛下と同じ席で食事などをしている。

 他にも当然、仕事上のトラブルや女王からの相談などでも王城に出向いて謁見することは多い。

 特にマードックやラッセル博士はリベールを支える導力技術者。

 女王からはよく普及のための手伝いをと頼まれたり相談に乗ってくれと言われることは多い。

 

「とりあえずお使いの方、ありがとう。それでどうだね、ツァイスや導力にはもう慣れたかな?」

「ええ、日常生活には困りません。結構俺の住んでいた世界に似ているものも多いですし」

 

 それは何よりと返すマードック。ちなみに恭也の世界というものにますますの関心を持ってしまうのは彼も技術研究者ゆえ。

 

「ラッセル博士じゃないが、私も本当に君の世界を見てみたいものだ」

 

 恭也が不思議なものを持っていても、彼自身はそのものに対する詳しい知識はない。

 それは仕方のないことだ。この世界でだって、導力は知っていても構造や原理までわかっている一般人は少ない。同じことだ。

 

「勘弁してください、マードックさん。昨日もそうやってラッセル博士とティータに尋問のような目に遭ったんですから……」

「ははははは! やはりそうなるだろうなあ」

 

 げんなりした恭也の表情を見ると、自分もこんな顔をすることが多いんだなあと今更ながら納得する。

 笑い事じゃないと恭也も言いたいのだろうし、それはマードックだって彼以上に分かっているつもりだ。

 

「まあ、何だね。倒れない程度に頑張ってくれ」

「マードックさん、自分がラッセル博士に振り回される割合が減るからって喜んでませんか?」

「何のことだね?」

 

 とぼけてみる。途端に苦笑する恭也に、マードックも相好を崩す。

 

「いいかね、キョウヤくん。博士が変な物を作ろうとしていたら、なんとしても止めてくれよ」

「……難しいことを仰いますね」

「この前も夜に眩しいくらいの光が民家から発されていると思えば……」

「ああ……あのドでかいライトですね。『これで相手の兵士の目を眩ますことができるぞい!』なんて言ってましたが……」

「あんなでかいもの、運ぶだけで大変だよ。閃光弾を作っていて、なぜあんなものができるのか……」

「他にも音響弾も作ってましたね……」

「真昼間に悲鳴のような音が轟いたと思えば、工作室でそんなものまで作って……」

「他にも『炸裂弾じゃー』などと言って、まさか研究所内で撃って壁を壊すとは……」

「それも撃ったのがティータくんとくるし……」

「ティータの場合は叱りにくいんですよ、あの涙目でシュンとされると……」

「「……はあ……」」

 

 揃ってため息を吐く2人である。

 生真面目なこの2人、ラッセル博士とティータに振り回される苦労人同盟をすでに結成している……と工房内ではすでに認知。

 

(どうして俺の周りには必ず開発したもので困らせる類の人間がいるんだろうな?)

 

 忍を真っ先に思い出してしまう恭也である。

 恭也自身、こうやって元の世界のことを思い出してしまうことは以前から多々あったが、

 最近ではあまり現状に悲観することはなくなっていた。

 もちろん元の世界のことを忘れているのでも、戻る気がないわけでも諦めたわけでもないが。

 

「博士のことは置いておいてだ……すまないが明日、エルモ村の方へ向かう技師たちの護衛をお願いできるかね?」

「ええ、構いませんよ。エルモ村ですか。あそこの温泉にでも何かあったんですか?」

 

 エルモ村はこのツァイス地方にあるリベール周辺地域では有名な温泉の村で、国内外からの旅行客が絶えない。

 

「いや、定期的な検査だよ。生誕祭の時期に温泉に寄っていく人も多くてね」

「なるほど。忙しくなる前に、ですか」

 

 市長としての立場から、エルモ温泉で得られる観光収入の意味は大きい。

 有名な観光名所をヘタな事故でも起こして客の足を落としたら、リベールの観光産業にも被害を与えかねないこともある。

 

「もうキリカくんには伝えてあるから、よろしく頼むよ」

「何も準遊撃士としてではなく、マードックさんの私的な頼みでも受けますよ、俺は?」

「嬉しいことを言ってくれるね。しかし君はもうツァイスでは有名だからね。私の都合で好きになるものじゃないんだよ」

 

 恭也にとってマードックもまた、ユリアと同じ後見人となってくれた恩人であり、

 ラッセル博士やシード少佐と共に頭が上がらない相手だ。

 マードックとしては最初は厄介者をと思いこそしたが、よく気がつくし働くし、

 少々不機嫌そうな顔をしているから近寄りにくい雰囲気はあれど、謙虚で礼儀正しく、

 同年代の青年と並べてみても恭也はできている。

 正直、もう恩がどうのこうのと堅苦しいことは抜きにしてもらってもいいと思っているのだが。

 

「恩人に恩を返さないなんていうのは、俺の故郷でも無礼なことです。特に剣士となれば礼儀はつくさないといけませんよ」

 

 これである。強さと礼儀正しさが必要な親衛隊、その中隊長たるユリアが気に入るのも当たり前かもしれない。

 

「――む……マードックさん、それでは俺はこれで失礼します。仕事中に申し訳ありませんでした」

「ん? ああ、いや。助かったよ」

 

 なにやら背後に目を向けて慌てているように恭也は頭を下げて出て行く。

 

「何か用でもあったのかな?……さて、次の書類はと……」

 

 と、そこでまたもや扉がノックされる。何か恭也が言い忘れたことでもあって戻ってきたのかと思ったのだが……

 

「工房長さん、いいですか〜?」

「ああ、ティータくんだったか。いるよ、どうぞ」

 

 入ってきたのは少々息を切らしたティータ。キョロキョロと室内を見回しつつ、何か探しているような様子。

 もしやまたラッセル博士が何かやらかしたのではと身構えるが、そうではないようだった。

 

「はあ、はあ……あ、あの、キョウヤお兄ちゃん、ここに来ませんでしたか?」

「ああ、キョウヤくんなら、つい今しがたまでいたが……」

「はう!? また逃げられた……」

「逃げられた?…………ああ、それでか」

 

 そう言えば恭也の慌てよう、「逃げるように立ち去った」とも言えなくない。

 う〜と唸りを上げるティータに、マードックはいつもの逃亡劇かと苦笑を禁じえない。

 手間が全くかからない被後見人の恭也も、ことティータによるお勉強タイムになると困った人に成り果てる。

 

「ふむ。では協力しようじゃないか。彼ならおそらく遊撃士協会の方へ行ったんだろう。キリカくんに足止めをお願いしよう」

「あ、ありがとうございます!」

 

 今度こそ、とティータは部屋を出て行き……かけて、失礼しましたと頭を慌てて下げて今度こそ出て行く。

 

「ふふ、さて、困ったお兄さんを止めてもらうとするかな」

 

 そうして部屋の通信機を使って遊撃士協会ツァイス支部のキリカへと連絡をするマードックであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恭也はマードックの読み通り、いつも定刻にツァイス支部には顔を見せているので、今日も変わらずやって来た。

 

「あら、キョウヤ。今日もまた遅くもなく早くもなくね」

 

 褒めるでもなく、さりとて責めるわけでもない受付嬢のキリカ。

 リベールではあまり見かけない、東洋風の装束を身に纏っている彼女の言いようにももう慣れた。

 彼女はこういう性格だが、よく気がつくし仕事も早いし頭も回る。

 無愛想な感じも恭也と似たり寄ったりだし、恭也とて彼女の言葉の意図を探れないほど鈍感でもない。

 

「こんにちは。何か仕事の方は入ってますか?」

「今は入ってないわ。他の遊撃士たちもいるから、今ある仕事は全部彼らがしてくれているから」

「そうですか」

 

 そこでマードックから頼まれた話に関して切り出され、ここで説明をもう聞いておくことにする。

 護衛する技師の人数などちょっとしたもので、恭也もエルモ村へは何度か足を運んでいるので道も知っている。

 

「村に着いたらしばらくは作業に入るから、温泉にでも浸かってらっしゃいな。その膝にも効くでしょうし」

 

 膝のことはもうキリカには話してある。実のところ、話す前に彼女の方から指摘されたのだ。

 どこまで気がつく人物なのかと疑ったもので、少なからず彼女は武に心得のある人間だと恭也は思っていた。

 どこまでも過去に関してはうまく躱されるので、詳細は分からないままなのだが。

 

「それとこれ、カルバードから取り寄せたわ」

 

 渡されたのは小太刀。簡素で、『八景』と非常に似ている。

 抜いてみると『八景』とはまた逆に白い。全てを反射するように輝いている。

 

「無銘ではあるけれど、悪くはないはずよ。重さや重心の位置も、貴方の『八景』に合わせてあるし」

 

 研ぎに預けていた『八景』も手渡される。

 本当に彼女はどこまでも気がつく。いったいどういう過去があるのか、恭也は彼女の目をしばし見つめる。

 正直、恭也にそんなことされたら女性はたいがい赤くなるのだが――もちろん恭也に自覚はない――、

 彼女は動じもせずに見つめ返してくる。それも不敵に笑って。

 

「……ふう、降参です。ありがとうございました、キリカさん」

「礼はいいわ。仕事をこなすことで応えて頂戴」

「はは、わかりました。ところでなんですが……」

 

 そこでいつものやりとりをする恭也。最後まで言うまでもなく、キリカも首を振って答えた。

 

「今日もそういう情報はないわ」

「そうですか……ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 なのはのこと。

 すでにこの世界に来てかなり経つが、なのはの容姿を伝え、リベールのみならず、

 周辺の地域の協会支部を通じて情報を集めているのだが、なのはのような子を見かけたという話すら聞いたことはなかった。

 

 

 

 

 

(もしかしたらなのはは結局助かったのかもしれんな……そうだといいんだが)

 

 甘い想像かもしれない。でもそうであってほしいという思いは常にある。

 そこで再びティータの気配を感じ取る。速い。走ってきているようだ。

 キリカに挨拶をして出て行こうとするが……

 

「……そうそう、恭也。ちゃんとお勉強はしないとダメよ?

 いつまでも文字は読めない書けない、導力器は使えないじゃ遊撃士にはなれないわよ?」

「ぐっ……」

「だいたい貴方、まだ戦術オーブメントすら使えないなんてもったいないわ。

 せっかく遊撃士と準遊撃士には協会が無償で支給するんだから、もっと有効的に使いなさいな」

「…………返す言葉がありませんね」

「あるはずないでしょう? まあ貴方は戦術オーブメントなしでもうちに所属の遊撃士とだって張り合えているけれどね」

 

 おそらく彼女は気配すら読めている。ティータの接近にも気づいているはずだ。

 さらに言えば彼女はよく気がつく。恭也の慌てようとティータ。その2つの要素だけで事情を察したに違いない。

 実はすでにマードックからキリカに連絡が言っていることもあるのだが、キリカならなくても気づいたろうが……。

 

(気がつきすぎでしょう、キリカさん……)

 

 ちょっと睨んでみるものの、今度はなんと満面の笑みで返された。この女性には勝てない、と再度頭に刻み込んだ恭也である。

 そして扉を開け放って入ってくる、息も絶え絶えなティータ。目の前の恭也を睨みつけて……

 

「キョウヤお兄ちゃん! やっと捕まえた! もう、どうして時間になっても来ないの!?」

 

 咆えた。

 

「ああ、いや、ちょっと仕事がだな――」

「今日は恭也に仕事はないはずだったと思うのだけれど?」

「…………キリカさん」

「何かしら?」

 

 本当に動じもせずに涼しそうに笑ってくれるキリカには恭也も完敗である。

 仕事があったのは事実だが、どれもこれも別に恭也が請け負う必要もなく、頼まれたわけでもない。

 ただ恭也が自ら買って出て、グスタフの件も単についでに頼まれたに過ぎない。

 

「嘘ついたね、キョウヤお兄ちゃん! そんなに……そんなに私とお勉強するの嫌?」

「あ、いやいやいやいや、そんなことはないぞ、ティータ! 感謝しているんだ! だ、だから泣かないでくれ、頼むから!」

 

 なのはよりわずかに年上のティータではあるが、さほど変わらないので、その涙目攻撃にはなのは同様の攻撃力がある。

 しかもなのはのようにお兄ちゃんと呼んで慕ってくれる子だ。可愛らしいことも含めれば恭也に抵抗できる余裕があるわけがない。

 

「じゃあほら、早く行こう? 早くしないとお夕飯作る時間が来ちゃうんだから」

「わかった。それではキリカさん、失礼します」

「ええ、しっかり勉強しなさい。ティータちゃん、その困った人をよろしく」

「はいです!」

「…………」

 

 ツァイス支部を出た恭也はティータと手を繋ぎながら、彼女の家――ラッセル博士の自宅――へ向かう。

 途中、夕飯の買い物などを。

 

「キョウヤお兄ちゃん、何食べたい?」

「ん? 今日はお呼びに預かる気はなかったのだが」

「ダメです。お勉強はご飯が終わってからもします」

「……そこまでしなくても俺は構わないんだぞ?」

「夜にまで勉強するのが嫌ならちゃんと時間通りに来てくれたらいいだけです!」

「……ごもっとも」

 

 プンスカしながら野菜や肉を見回るティータ。

 恭也も物珍しげに眺める。

 もう結構経つが、やはり季節が変わってくれば店頭に並ぶ野菜なども変わっていくのは、元いた世界と何ら変わらない。

 

「お、これはトマトか。ほう、この世界にもあるのか。ではスパゲッティのミートソースなどできるな」

 

 マッシュルームもあったし、スパゲッティによく似たものもあった。

 

「え、すぱげってぃ?」

「うむ。俺の世界にある料理でな。まあそれほど難しいものでもないからすぐにできる」

 

 すでに何度か、元いた世界と同じ材料のみで作れるものを作ってやったこともある。

 機械などには祖父譲りの熱を持つティータだが、料理や裁縫などへの興味もまた強い。

 いつも目を輝かせて恭也の料理を見ているし、ラッセル博士も舌鼓をうっている。

 

「あらティータちゃん、キョウヤさん。今日もまた一緒?」

「ええ」

 

 もう見知った店の女性に振り向き、ティータも繋いだ手を見せるように振って答える。

 

「またキョウヤお兄ちゃん、勉強の時間に来なくて」

「あっはっは! 困ったお兄ちゃんだねえ」

「……あ〜、その……このトマト、いくつかもらえますか?」

「ああ、そのトマトかい? 物好きだねえ」

「物好き?」

「うふふ、試しに1個食べてみるかい?」

 

 この世界ではトマトを食べることは物好きな者と言われるような理由があるのかとティータに問うが、

 特にティータもトマトは普通に誰でも食べると返す。

 女性が切って渡してくれたトマト。ほうばってみてわかった。

 

「ぐっ……な、何だこれは?」

「はうううう、にぎゃい〜〜〜〜……!」

 

 口を押さえてかじったトマトを見下ろす恭也。あまりに……苦い! 苦すぎる!

 ティータも一口かじった途端に口中にへばりつくような苦さに、飲み込むことすらできず、さりとて吐き出すこともできず、

 涙目で恭也を見て訴える。

 普通に彼女が口にした辺りからして、これは変わったトマトなのであり、普通のトマトはちゃんとあるのだろう。

 確かにこれを食するのは物好きだ。

 

「あっはっはっはっは! そいつはねえ、中央工房の実験室で作ったらしいんだよ。何か苦味成分を改良したとか何とか」

「改良どころじゃないでしょう、これは。改悪じゃないですか」

「でもねえ、どうも好きな人はいるもんでねえ。まだお試しにってことでうちだけ売ってるのさ。で、買うかい?」

「遠慮しまふ〜〜〜〜……ううううう、うはいひたい(うがいしたい)〜〜〜〜」

「ティータもこう言ってますので、普通のを」

「ふふ、あいよ」

 

 店を出た後も相変わらず苦味の残る口の中。ティータは落ち着かないままに口を動かしている。

 

「さて、どんな料理を作るか。さすがに夜にスパゲッティというのもアレだしな……」

ひょのまえにおへんひょうだよ(その前にお勉強だよ)……ううう、にぎゃいよう〜〜〜〜」

 

 まともに喋れないティータに苦笑しつつ、恭也は夕焼けのツァイスの街を、ティータと共に歩いていくのだった。

 

 

 

 

 

――続く――

 

 

 

 


あとがき

  F「ってわけで以前より早く(?)3話目ができました〜。今回と次回はツァイス編! やっぱ目玉は〜……」

  シ「小さな体に大きなキャノン。導力器大好き娘のティータちゃん」(w

  F「出た! 萌えキャラ! ゲームでもある意味最強キャラ! 石化の刃つけると燃えるキャラです、私的に」(笑

  シ「私も石化の刃使ってたな〜。通常攻撃の範囲広いから便利だった〜。何気にクラフトのサポート能力も優秀だったし」

  F「そんなティータは祖父のラッセル博士と一緒になって真面目キャラを奔走させます」(笑

  シ「やっぱり恭也には勉強から逃げてもらわないとね〜。というか、逃げてこそ恭也。追いかけろティータ!

    いつだって、お兄さんを諫めるのは可愛い妹なのですよ」(w

  F「なのはとティータ。なんと同じ妹キャラにして機械好き。似てるんだよね〜。

    そしてティータとラッセル博士に振り回されるは恭也とマードック。苦労人同盟、早くも結成。

    いつも事件が起こる度に『またですか、博士〜!』と突っ込みます」(笑

  シ「恭也もさぞかしマードックさんと共感したでしょうね。異世界版忍。ちょっと、いや、かなり老けてますが」(w

  F「でしょうねえ。恭也の周りの研究開発者というのは皆こうなのか……?

    まあそれはさておき、ツァイス編にて恭也の空の軌跡世界への日常と順応の様子を描きます」

  シ「働かざるもの食うべからず。幸い、恭也にとってぴったりな職業は用意されてますな」(w

  F「遊撃士。御神の理念にもピッタリです。現在はまだ準遊撃士です。

    次回もまたツァイス編です。次回はあのキャラとの戦闘ありです」

  シ「戦闘できるキャラ多すぎw 敢えて言うなら、この時期に準遊撃士だったあの人ですな」(w

  F「FCの一年前くらいの設定ですからね、恭也が来たのは。

    半年ほどツァイスにて過ごしますので、そのあとの半年がどうなるかは以降をお待ちくださいな」

  シ「それから追加報告。次回より、「鴉」と「某SSS」で名の知れたennaさんにも参加してもらいます!

    ふ……大物ゲットだぜぇぃっ!」

  F「ennaさんも混じる以上、ますます空と翼の軌跡ワールドは広がっていきます! お2人の実力に期待!」

  シ「ただし、SC以上をプレイしたことのある方々。ennaさんは現在FCまでしか知らないので、

    ネタばれは武士の情けでね」(w

  F「というわけで次回からは後書きにもennaさんが入りますので。ますます後書きも騒がしくなるかな(笑)。

    そいでは今回はここいらで」

  シ「また次回に〜」





今回はこの世界に馴染み始めた恭也の一日って感じですね。
美姫 「確かにね。でも、勉強から逃げるなんてね」
らしいと言えばらしいかもな。
美姫 「次回は戦闘らしいわよ」
どんな戦闘が繰り広げられるんだろうか。
美姫 「続きを楽しみに待ってます」
ではでは。



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