小さな窓から見える外を眺めながら、恭也はもう何度目かになるため息をついた。

 ため息といっても感心と驚きからくるもので、落ち着きのあるほうだと自分でも思っている恭也も、

 今は自身が多少興奮気味にあることは自覚している。

 

「ふふ、空を飛ぶものに乗ったのは初めてかな?」

 

 蒼い、どうやらこの国では女王の親衛隊という特別な部隊の制服を着こなしているユリア・シュヴァルツが、

 対面に座りながら恭也の様子に笑いかけた。

 

「ああ、いえ。飛行機には何度か乗ったことがありますが。さすがに電気も航空燃料すらもなしで飛ぶものに乗るのは初めてですね」

「燃料なしというのは確かにわかるが、ヒコウキ? 飛行艇のことかな? それにデンキというのは君の口から何度か聞いたが……」

 

 ユリアの回答に、恭也はわかっていたことだが、再度、全く別の世界に、別の文明世界にやって来たのだなと納得する。

 すでに『導力』というエネルギーが、この世界では電気に変わるような働きを占めているのはわかっている。

 こちらの方がすごいと思うこともあるし、電気の方がいいなと思ったこともある。一長一短だ。

 

「飛行機は飛行艇と同じようなものですが、大きさはこの飛行艇の数倍はありますね。形が全く違いますが……」

「……こうした飛行艇を持つのは我が国くらいなのだがな。飛行艇の数倍……連絡船程度の大きさだろうか?」

「大小あります。軍用なら戦闘機もありますし。宇宙船なんてものもありますね」

「戦闘機? 個人が操縦するような小型のか? ウチュウ?……またよくわからない。そんな先進国がこの大陸にあったかな?」

 

 考え込むユリア。

 それなりにわかってきたことではあるが、恭也が来たこの世界、特にこの国――リベール王国は、

 小国でありながら相当の技術先進国であるらしい。

 異世界の人間と話すことは初めてだというのに、恭也はすでにユリアと話している。

 なのははいつもこんな感じなのか、最初はどうだったのだろうと思いつつ、再び外を眺める。

 

「ん? 何か見えてきましたが……あれが要塞ですか?」

「ああ、我がリベール最大の軍事拠点――レイストン要塞だ。申し訳ないが、もうしばらく不自由させることになる」

「構いません。お気になさらず」

 

 降下態勢に入った飛行艇から、夜空が明るくなっていく空と、その光で輝きだすヴァレリア湖を眺めながら、

 恭也はその絶景を思いもしない絶好の位置から眺められたことに感謝などするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シンフォン・FLANKER合同作

空と翼の軌跡

LOCUS OF 1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 問題の人物――タカマチキョウヤと名乗る青年が兵士に連れられて部屋を出て行く。

 兵士の方が畏まってしまうほど礼儀正しい彼。正直、部屋に残る3人が彼に敵意や悪意を感じることはできない。

 

「……私もシュヴァルツ中尉同様、帝国や共和国のスパイには見えませんね」

 

 そういう人物には階級や預かる場所の最高責任者という立場から、幾度か目にしたことがある男性がそう口にした。

 

「うむ。なかなかに礼儀というものがわかっておるようじゃな。その上、場所が場所じゃと言うに、落ち着き払っておる。

 いや、心構えまで大したものじゃな」

「スパイでももう少し落ち着きがないものですからね」

 

 もう1人の、髭を生やし、白髪で研究者のような――事実として研究者だが――こんなところでも工具を携えた老人が、

 気に入ったとばかりに首を縦に動かしながら腕を組んで笑っている。

 

「しかし言ってることは少々おかしいと言わざるを得ない類なんだが……」

 

 男性は苦笑しながら、机に置かれたものを手に取った。

 刀、小刀などの武器から彼が身につけていたもので取り外せるものなどだ。

 そのうちの1つ、小さな巻尺のようなもの。そこからピーッと音を鳴らしながら糸を引っ張り出す彼。

 

「こうしたものは確かに初めてだ」

「うむ。まさかハサミどころかのこぎりですら切れん糸とはのう……どうやってこの細さでこの強度にできたのか……」

 

 老人にとってもそういったものは別分野とは言え、興味関心から知識は間違いなく備えているためか、

 やはり引きつけられているようで、魂から研究者気質の彼にはユリアも密かに笑いを禁じえない。

 

「私もこの剣……刀は知っていますので。東方の武器ですね。ですからカルバード方面の者かと考えたのですが」

「ああ、君の意見は間違っていない。私もそう考えたが……よりにもよって異世界だとか異次元だとか、それがわからないよ」

「…………」

 

 3人が3人とも、この糸――鋼糸というらしいが、それだけでも驚くだけではなく、

 一番驚かされたのはタカマチキョウヤの言葉だ。

 

『信じてもらえないかもしれません。俺はこの世界とは別の世界の人間です』

 

 彼がスパイだと思えるような人物ならふざけてるのかと呆れたくなるところだろうが、

 真摯な彼の視線は、むしろ変なことを言ってすみませんと謝罪しているようでもあり、とても嘘とは思えなかった。

 とは言え、3人ともそんな夢物語のようなことを言われても即座に信じることもできない。

 

「ラッセル博士、どう思われますか? 異世界や異次元など、そんなものが存在するのでしょうか?」

「わからん」

 

 男性の疑問を、このリベール王国最大の頭脳であり、

 現在のリベールの発展の最高の功労者とも言うべきラッセル博士は即答した。

 

「そういう存在を主張する者もおるにはおるが、実証できた者はおらんし、あるとは言えん。

 じゃが、かと言ってないとも言えん。手段がないだけというのが、わしらの現状じゃから、あるなしは判断できん」

 

 でも机の上にある物を見て、ラッセル博士は手に取りながらじっくりと見回している。

 照明に当ててみたり、コンコンと手の甲で軽く叩いてみたり。

 

「しかしユリアも言っていたが、デンキとかヒコウキというものの話に、彼のその際の様子では、

 飛行艇自体は初めてでも空を飛ぶものに驚いたわけでもないしの。無意識ですでに珍しいものではないと思っておる証拠」

「個人が操縦する戦闘機、燃焼機関で動く車、そして日常生活で我々の導力のように使われるというデンキ……。

 少なくとも似ている部分はあるようですが、これらは我々の導力では実現できませんしね」

「シードよ。その時計、貸してくれ」

 

 特にラッセル博士とシード少佐――このレイストン要塞の基地司令――は、折りたたまれた『箱』と時計に興味があるらしい。

 

「時間の示し方はわしらと同じようじゃな。しかし……こんな腕につける小型サイズの時計など、わしらの力を以っても無理じゃ」

 

 現時点では。

 そもそもオーブメント技術は時計職人が初期に手がけてきたものだが、今だ腕時計サイズの時計はない。

 将来的には可能だろうが、少なくとも動力である導力機関がそこまで現時点では小型化できないからだ。

 その腕時計は3人の視線を浴びながらもただ静かに針の音を鳴らして時を示す。

 

「ケイタイ……確か通信機のようなものと言ってましたな。こちらにも時刻は表示されていますが……」

「針どころか数字が勝手に動いておるようじゃ。それに背景には写真。盆栽のようじゃが」

 

 カメラは実際にある。だが映像を見たりすることはできない。それもまたこれほど小さいサイズでなど……。

 通信機もある。でも個人が所有するには高額だし、大きさも長方形の箱。

 とてもじゃないが掌サイズの通信機などまず作れない。

 

「私は個人的にこれが気になりましたね」

 

 ユリアは少し自分の言に申し訳ないと言いながら、四角い箱を手に取る。箱から耳につけるコードのようなものがついている。

 ボタンを押すと音楽が流れ始めるそれ。

 

「ウォークマン、とか言っとったのう」

「音楽がこんな小さいものにいくつも入っているとは……私も家に蓄音機はありますが」

 

 鋼糸も含めて、現時点の技術では製造などできない。できたところで外見と形だけ似せたものしか無理。

 

「こんなものを作れる技術がある国など、聞いたことはありませんね」

「あったらわしらの導力と勢力を争っとるじゃろうな」

 

 それが軍事レベルで再現されていれば、いかにリベールとは言えども勝てないと、3人は判断を下す。

 まず高速、それも音速で飛ぶ戦闘機など、リベールの誇る飛行艇技術を以ってしても作ることはできず、

 そんなものが戦争に投入されれば為すすべなくリベール王国は破れるだろう。

 いや、隣国の強国である、エレボニア帝国だろうがカルバード共和国だろうが。

 

「ニホン、か。他にもアメリカだとかイギリス、チュウゴク、ロシア……いずれもそんな名前の国はありません」

「他の国の言葉かと思いましたが、彼の話す言葉は私たちと同じですしね」

 

 翻訳することもなく、そもそも最初から恭也とユリアは話をしていたのだから。

 文字もわかるらしいが、彼の国の文字ではないらしい。でも読めないことはないとのこと。

 

「ん〜〜〜、難しいのう。その戦闘機だとか車だとかを見ればわしらも納得できんことはないが、

 これだけでは異世界とか異次元とかは決めかねるのう」

 

 ラッセル博士が頭をかいて持っていた時計を机に戻す。

 現実的に製造不可能なものを持っていることは驚愕に値するし、話も全部が全部納得できないわけではない。

 だが時計もケイタイも鋼糸も、それが即座に異次元とか異世界の存在を証明するものとは言い難かった。

 

「とりあえず、彼がこの国……いえ、この大陸の人間ではないことは、確実とまではいかないまでもほぼ間違いないでしょう。

 もうしばらくはここの牢にいることになりますが、スパイのような敵性因子とは思えない」

「私もシード少佐のご意見に賛同します。スパイが精神状態のおかしいフリをすることはありますが、

 ここまで自分の住む世界を口にして、なおかつそれをいくつか証明するようなものを持っているとなれば」

 

 異世界・異次元の存在を主張するには足りない物証だが、妄想で切り捨てるにはあまりにできた技術品。

 

「彼の目的は妹、だったか? シュヴァルツ中尉」

「はい。妹を探しているようです。ただそれで王城に侵入するのはやりすぎですが」

 

 グランセル城は湖の上に立つ、壁は断崖絶壁に近い作り。それを縄も何もなしに上るなど不可能。

 いくら鋼糸でも縄代わりにはならないし、発炎筒のようなものも発見できなかった。

 

「そもそも彼を最初に発見した兵士が目撃した煙も、突然目の前に現れ、彼が現れた途端、フッと消えたそうです」

 

 火事でゆっくりと生じ、だんだんと消えていくのではなく、フッと現れフッと消えた煙。

 幻術系のオーバルアーツでも使ったのかと思ったが、そんなアーツはない。

 だいたい、彼はアーツという『魔法』には驚いていたもので、妹も魔法使いですなどと言い出したものだ。

 

「アーツとはまた異なる魔法か。それもまた実際に見れたら証明になるかもしれないが」

「参ったのう。信じるにも疑うにも中途半端すぎるわい。はっはっはっはっは」

 

 要はラッセル博士の言う通り、どっちがどっちかわからないということ。

 とりあえずしばらくはこのレイストン要塞で様子を見て、その後は釈放して監視することになった。

 

「法的な後見人が必要ですね。私がなっても構いませんが」

 

 ユリアは真っ先に名乗りを上げる。恭也は気になる人物ではあるし、ユリア個人的に、剣士として騎士として興味もあった。

 シードもラッセル博士も彼女が後見人であること自体は何の異論もない。

 何せ彼女はそれだけ信頼に足る親衛隊中隊長。身分的にも問題ない。

 だが1つ。彼女は繰り返すが王室親衛隊所属ゆえ、勤め先は当然王都、それも女王と王家の者がいるグランセル城。

 

「疑いが完全に晴れたわけではない今、彼を女王や王家の者に近づけるのは危ない。それに悪い噂も消えない」

「何せ王城侵入じゃからな。うむ、今は王都から離した方がいいじゃろうな。ならばわしが引き受けようかいのう」

「博士でも構いはしませんが、立場的にお止め下さいと言わざるをえません」

 

 ラッセル博士は信用に足るが、リベール王国最高の頭脳。彼の拉致などを考える輩もないこともない。

 彼はそんなものがどうした、と言うだけの細身の割に豪快なことを言う人柄だが、リベールとその国民を守る軍人として、

 シードもユリアも頷くわけにはいかなかった。

 

「むう、いろいろ話も聞けて面白いんじゃがのう。ティータも喜びそうじゃし……」

「ならば、これでどうでしょうか?」

 

 ユリアが提案する方法は、1人に預けるのも少々心もとないことから、2人の後見人をつけるということ。

 1人はユリアが、そしてもう1人を別の人間が。

 ユリアは身元引受人にはなれないが、保証人としては名を連ねておこうと。

 そしてラッセル博士の言う通り、話は継続して聞けるのならその方がいいので、彼と話をできる程度に近い場所にしようと。

 

「なるほど。ではマードックを身元引受人にするかいの? 丁度男手がほしいほしいと言っとったし」

「ラッセル博士、ちゃんとマードック工房長に聞いてからにして下さいよ?」

「わかっとるわかっとる」

 

 マードック工房長。

 ラッセル博士が住み、そしてこのレイストン要塞があるツァイス地方の中心都市の市長と、

 リベール王国最大の工業都市にして、導力文明の最先端を行き、それを支える巨大な研究施設の工房長を務めている。

 ラッセル博士に告ぐ研究者としても有名な人物だ。

 

「では手配は私のほうでしておこう。ラッセル博士、早朝より失礼いたしました」

「いやいや、面白いことを知れたんじゃ。研究者として感謝したいわい。ふふふ、あやつには聞きつくしてくれるぞい」

「ははは、お手柔らかに。シュヴァルツ中尉、君もわざわざ自らの同行、ご苦労だった」

「いえ。私自身が望んだことですので」

 

 そして3人は食堂で早い朝飯などを食べてから、解散するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レイストン要塞の牢屋の中。そこで恭也は静かに座って壁に背を預けながら天井を振り仰いで考え込む。

 

「……参ったな」

 

 尋問、と言うには温厚な人たちばかりではあった。

 ユリア中尉とラッセル博士はわざわざ帰る前に挨拶に来て、ユリアは不自由を再度詫び、

 1度君とは手合わせ願いたいなと笑って、ラッセル博士はまた話を聞かせてくれいと握手など。

 それはいいのだ。シード少佐も怪しい自分へ心遣いを忘れず、とても感謝している。

 

「帰る方法がないとは」

 

 問題はそこだった。

 もちろん今はこのまま牢に入れられたままかもしれないとかを考えるべきかもしれないが、

 出ようが出られまいが、その問題は大きく立ちはだかっている。

 

『おぬしの話はわかった。じゃがのう、わしらの技術ではその次元への干渉手段がないんじゃ』

 

 そもそも恭也たちの世界ですらそんなものはなく、存在すら仮説の中のものにすぎないことだった。

 導力と電気などの動力の違いこそあれ、文明レベルは恭也たちの世界よりこの世界は低い。

 魔法があるのはわかったが、それも機械のようなものを通じて起こせるもので、なのはの使う魔法とはまた違う。

 それに魔法があるにしろないにしろ、それもまた次元に干渉できるようなものではない。

 

「あの煙はなんだったんだ?」

 

 あれが次元に『穴を開けた』ということだろうが、この世界ではそんなことはできないらしい。

 

『よしんば手段があり、できたとして、その先がおぬしの世界と繋がっているかもわからん。

 おぬしの話の通りなら、異世界や異次元とは多数存在するんじゃろう?』

 

 本当かどうかは見たこともないから知らない。あくまでなのはやクロノ、リンディたちから聞いただけだ。

 つまり、多次元世界を訴える者くらいはいても、その定義も概念も確立していないこの世界の技術では、

 例え次元に穴を開けることはできても、恭也の世界の『座標』を割り出せないということ。

 そもそもにして穴を開けるということすら無理。

 

「なのはたちに見つけてもらうくらいしかないわけか。笑い草だな。

 なのはの助けの声で来たというのに自分が助けてもらわなければならん立場になるとは……」

 

 そして心配事はもう1つ。なのはのことだ。

 あの声が偽者だとは思わない。心に訴えかけるものがあったのだから。ただのまやかしではない。

 

「……なのは、無事でいてくれ……!」

 

 とにかくまずすべきはこの牢から出てからのこと。

 シード少佐の話によれば、もうしばらくはここにいてもらうとのこと。様子見だろう。

 その後に釈放らしい。しばらくは監視がつくと断っていたが、当たり前のことだろうと頷いておいた。

 むしろ釈放してくれることだけでも感謝しないといけないだろうに、その上後見人まで用意してくれるという。

 しかもその1人がユリアとなれば、すでに恭也はユリアには頭が上がらない。

 とにかく、今は余計なことはしないことだ。それで疑われて牢からも出れなくなったら話にならない。

 

「おい、新入り。メシだぜ〜」

 

 新入りとはもちろん牢への新入りなわけで、その皮肉だか冗談だかに苦笑しながら返す。

 運ばれた朝飯もまた、この世界と自分の世界との違いと共通点の溢れたもの。正直、面白かったりもする。

 

「これは……卵焼きか?」

「なんだ、新入り? お前の国じゃあ、卵焼きすらねえのか?」

「あ、いえ、あるにはありますが。同じ物を見つけるとちょっと」

「ああ、故郷でも思い出したか? ったく、どこの国だか知らねえが、王城侵入なんかやらかす馬鹿はそうそうねえぞ」

 

 他の牢にいる者にも運んでいく兵士。彼の呆れた言葉にそんなつもりはなかったと繰り返すも、してしまった以上は仕方ない。

 仕方ないどころではないが……そういうふうに違いや共通点に面白みを見出せたりする辺り、意外に落ち着いているなと。

 これは普段の精神修養の賜物かと思いつつ、料理を口にしていく。なかなかに上手いし、卵焼きは味も変わらない。

 

「……これは何だ? 変わった肉だな。鶏肉か? にしては味が豚肉みたいな……」

 

 野菜にもニンジンに似た物や、かと思えばよくわからない、ブロッコリーのようなものはあるしと、料理一つで考え込む。

 これが次元世界、異世界というものかと、納得する恭也である。

 

「美味かったな。さて、これから本当にどうするかを考えんとな」

 

 朝飯を食べて多少頭も回るようになったか、これからの想像をいくつも思い浮かべて行く。

 なのはたちがいつ見つけてくれるかはわからない。そもそも見つからない可能性のほうが高いのではないかと思う。

 そうなるとこの世界で生きていくしかないわけで、仕事から何から考えていかなければならない。

 

「…………」

 

 家族に会えないということ。なのはが泣いてしまうかもなと、それが気になる。

 戻れるにせよしないにせよ、すでに数日が経過している。

 時間の流れが次元世界によって変わるとも聞いているので、もしかしたら向こうではまだ1時間程度かもしれないし、

 もしかしたらすでに1ヶ月は経っているかもしれない。

 1年……と考え、そこまで開きはないとクロノが言っていたなと思い出す。せいぜい1週間程度の違いだとも。

 感覚的にはわからないため、実際がどうかもわからないが。

 

「働く、か。とりあえず研究所の助手のようなことから始めるように言われたが、ユリア中尉のように軍人も……。

 いや、確か彼女が遊撃士、とかいう職業があると言ってたな」

 

 民間人の安全と地域の平和を守り、魔獣退治や犯罪防止を行う。

 各地に支部があるものの、国家に帰属はしておらず、常に中立的立場からものを見られるとのこと。

 恭也と御神の理念に基づいてもいるから、恭也としては意外にいいかもしれんと思っている。

 そもそも研究者の助手、と言ってもできることはせいぜい下働き、雑用がだろうし、

 勉強ができるわけでもなければ、何か技術力が手についているわけではない。

 そう、剣を振ることしかない。

 

「それを生かせるのなら、むしろ積極的になるべきかもしれんな」

 

 いつまでもユリアたちの厄介になるわけにはいかないし、恩も返さないといけないし。

 

「それにしてもあの魔法……オーバルアーツとか言ったな。

 どうやらあの戦術オーブメントとかいう機械を持つことで使えるようだが、それはつまり俺も使えるということか。

 身体強化にも一役買うというらしいし、なかなか興味深いな」

 

 正直、なのはが魔法を使って身体能力も向上していたことには恭也も多少は羨ましいと思うところはあった。

 砕けた膝。直る見込みはあるらしいが未だ完治はしていない。"神速"には長くは耐えられない。

 でも身体強化ができるならそれもまたどうにかなるかもしれないのだ。

 もちろん使わないに越したことはないが。

 

「武器はどうやら刀も小刀もあるようだし、そのあたりはどうにでもなるか」

 

 刀を見てカルバード共和国出身かと尋ねられたぐらいだ。それほど珍しいものでもないのだろう。

 

「意外にやっていけんこともないかもしれんが……だがやはり、帰れるものなら帰りたいものだがな」

 

 護るべきものがある世界。家族。友人。

 この世界でも同じものができるのだろうかと、恭也はまた少し天井を振り仰ぎながら思考の海へと潜り続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いったいあの現象は何だったんだろう?」

「わからない。とりあえず、元からあった封印が働いたから収まったみたいだけど」

 

 クロノとエイミィは続けて解析を続けているようだが、あの現象から数日経っても答えは出ていないようだ。

『アースラ』艦内の廊下を歩きながら、なのはとフェイトは首を傾げるばかりだった。

 結局あの後、彼らは光と揺れの収まった遺跡から一旦は撤退し、問題ないと太鼓判が押された翌日に修復作業を行った。

 そのときはさすがに何の問題もなく、滞りなく作業は終わったが、しばらく様子見のために『アースラ』は駐留している。

 

「あ、クロノくん」

 

 廊下の向こうから歩いてくるクロノに声をかける。

 彼はどうやらこれから一旦自分たちの世界に帰るなのはたちの見送りに来てくれたようだ。

 

「大変だな、学校と仕事の両立は」

「にゃはは、まあね。でもやりがいがあるから」

 

 家族、特に両親と恭也は説得に苦労したが、今では認めてくれている。それだけでも嬉しいことではあった。

 

「とりあえず何かわかったら定時連絡は入れるよ」

「うん。それじゃ、また1週間後にね」

 

 転送ポートに入り、クロノにフェイトと共に手を振る。彼も振り返してくれる。

 そして一瞬のうちに景色が変わり、一時のホワイトアウトの後、見慣れた臨海公園の景色へ。

 

「それじゃあ、なのは。また明日学校でね」

「うん。バイバイ、フェイトちゃん」

 

 公園を出てからフェイトと別れ、なのはも家路に着く。時間はまだ夕方には早い。

 翠屋は普通に営業の時間だから、家に帰るよりまずそちらによって士郎と桃子にただいまと言ってきた方がいいと考え、

 そちらに足を向ける。

 

「あれ? 閉まってる? えっと……臨時休業? おかしいな、そんなこと聞いてないのに。何かあったのかな?」

 

『CLOSE』の札がかかった翠屋の入口扉。なのはは中にも誰もいないことを確認して、訝しみながら家に向かう。

 

「ただいまー」

「あ、なのは……おかえり」

 

 美由希が受話器を戻している。どうやら今の今まで電話をしていたらしい。だが気になったのはその元気のない声。

 よくよく見れば顔もどこか……。

 いつも駆け寄ってきてくれる士郎と桃子も、リビングに座って何事か話をしていた。

 なのはが声をかけてから初めて彼女の帰宅に気づいたように立ち上がって頭を撫でてくれる。

 

「お父さん、お母さん、どうしたの? 今日は休み?」

 

 店のことを尋ねるなのはに、士郎と桃子は互いに顔を合わせて何か困ったような顔をする。

 士郎の雰囲気はいつものおちゃらけた感じなどなく、引き締まっているし、

 桃子は雰囲気どころか表情だけで何かひどく心配しているようだった。

 そしてなのはもいい加減におかしいと気づく。

 

 

 

 

 

 恭也がいない。

 

 

 

 

 

 靴がなかったから外出しているのかと思ったが、この時間はたいてい美由希と鍛錬をしているのに。

 鍛錬中でもなのはの帰宅にはちゃんと顔を見せてくれる兄はいなかった。

 

「お兄ちゃん、出かけてるの?」

「「「…………」」」

 

 士郎も桃子も美由希も恭也のことになって口を噤む。それがなのはには不安を抱かせるには充分なこと。

 店を休んでいるのも、こんな顔をしているのも、どこか家の雰囲気が重いのもそのせいだろうと。

 

「あのね、なのは。その……恭ちゃん、数日前から……帰ってこないの」

「え……?」

「連絡もなくて……だから今日、警察に捜索願を出したんだけど」

 

 それはありえないこと。

 恭也はたまに帰ってこないこともあるが、必ず連絡は入れてくるし、例えその日に連絡はなくても次の日にはちゃんとしてくる。

 すまなかったと詫びて。

 

「数日前にね、井関さんの所に『八景』取りに行って、それから……」

「井関さんのトコにはちゃんと来て刀を持って帰ったと聞いてな。その後公園にいたって情報はあるがそれからがわからねえ」

 

 恭也とて大学生。数日くらい連絡がないくらいで心配のし過ぎかもしれないが、恭也だからこそ心配なのだ。

 家族を大事にして、決して己のことで心配はかけまいとする彼が、数日も連絡もなしというのは。

 

「何かまた変なことに巻き込まれてたりしなければいいんだけど……」

「あのバカ、自分から首を突っ込むこともあるからな。全く、バカ息子が」

「あ、そうだ。今の電話。警察からだったけど、やっぱり公園が最後だって。

 ただね、公園で林の中に入って行って、そのとき誰かの名前を呼んでたみたいだったらしいって」

 

 それが最後の目撃情報らしい。

 なのははさっき自分が転送されたところが恭也の最後に目撃された所と知って、尚更愕然となる。

 疲れたろうから晩飯まで休んどけと言う士郎のセリフにただ頷くしかできず、

 なのははそのままリビングを出るものの、足は勝手に恭也の部屋へ。

 

「お兄ちゃん、入るよ?」

 

 もちろん返事はない。そして障子を開けた先にも、人影などない。

 物が少ない殺風景な部屋。それが余計に部屋の主がいないという現実を助長する。

 帰ってきたら続きを読むつもりだったのか、本が机の上に裏返しにされて置いてある。

 

「……………………」

 

 なのははしばらく、恭也の部屋でただ立ち尽くすのだった……。

 

 

 

 

 

――続く――

 

 

 

 


あとがき

  F「不安とか言いつつできてしまったことに笑いを押し隠せないFLANKERで〜す!」

  シ「縁の下の力持ちにでもなれてれば幸いなシンフォンです」(w

  F「また何を仰いますやら。下地的なネタはシンフォンさんがほとんど考案してくれたのに」

  シ「あはは、せめて支えないとね。とりあえず今回のキーワードは、

   『牢屋』『異文化』『今後どう生きるか』ってとこでしょうか?」

  F「そうですね。なのはのシーンはちょっとおまけ的な感じだったし」

  シ「うむ。どう考えても、あの時点での恭也は不審者には間違いなし。やるべき事はやらんとね。

    でも、ユリアさんのおかげで対応は柔らかくってとこですか」(w

  F「今は導入部ですし、導入部で長くなったらあれですからねえ。極力抑えようとしてああなりました」

  シ「原案の設定段階はごちゃごちゃしてしまった。とりあえず技術力の差をアピールするのに博士に登場してもらったね〜」

  F「博士の存在の意味は、これからの恭也の居場所を作るためにもちょうどよかったですしね。

    次回からは場所をツァイスに移しての恭也の生活になります」

  シ「うむ、レイストン要塞に運んでよかったよかった。ツァイス近いし。そしてツァイスと言えば……あの子の出番も」

  F「健気ですからねえ、あの子。なのはに似て。全力全開な子ではないですが」(笑

  シ「いやいや、結構全力全開かもよ。ガトリングとか」(w

  F「SCではサテライトビームだからね。キーボードカタカタ打って……『よし!』だから。

   『ちょっと待て、衛星兵器を個人所有してんのかよ、しかも子供の君が!?』って感じだったなあ〜」(笑

  シ「さすが、あの家族の血が流れているというところですか。なのはもそうですが血の濃さ恐るべし」(w

  F「いずれSクラフトでサテライト使うのか?……いやいや、やばいよ、それは……などと笑いつつ、

    その辺りどうなるかは、はるか以降をお待ちくださいな」(笑

  シ「FLANKERさんが描いた可愛いあの子に、私は既に胸きゅんです。あれ? これって微妙に生殺し?」

  F「むふ♪ 皆さんもあの子の健気さに惚れてくれたら何よりです。それでは今回はこの辺にしましょうか」

  シ「そうだねー。See you next story」





なのはの方は無事だったけれど。
美姫 「最後のシーンはちょっとうるうる」
恭也を心配するなのはと、今後の生活を考える恭也か。
いやー、本当にこれからどうなっていくのかな。
美姫 「続きがとっても気になるわね」
うんうん。次回も待ってます。
美姫 「待ってますね〜」



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る