合同企画第3弾

ドタバタコメディー(?)

  妹たちと蛍火――阻止せよ兄貴どもとレン!―― 4

 

作:ペルソナ&FLANKER

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蛍火がレンに送るという、『形ない』贈り物も決まり――なのはとフェイトには蛍火が何を送ることにしたのかわからないが――、

 ふと、何か相当な理由がありそうなことだったなと思った。

 

「でも、どうしてわざわざそんな事を聞いたんですか?」

「蛍火さんなら聞く必要もないと思いますけど」

 

 2人からしたら疑問は当たり前かもしれない。

 2人の視線からしたら鈍感な兄と違って蛍火はしっかりしている。

 わざわざ『形の無いモノ、形の残らないモノ』を贈り物にしようとしなくても普段から出来ているはずだ。

 

「さぁ、どうしてでしょうね?」

 

 悩みが解消されたからか先ほどまでよりもすっきりした笑顔。

 青年のようないたずらっぽさではなく少年のような笑顔。

 笑顔で何もかも蛍火ははぐらかした。

 

 

 

 

 

 そんな笑顔を見ていてレンは俯いていた。

 蛍火にとって自分が一番特別だという想いがその笑顔を見ていて揺らいだ。

 むしろ崩れ落ちたといってもいいかもしれない。

 嫉妬したのは一番であると思っていたから。

 一番を取られる気がして耐え切れなかったから嫉妬した。

 けれどその前提が崩れれば怒りよりも悲しみが強い。

 

 レンはあの蛍火の表情を見た事が無い。

 何時も大人の姿勢で、少年のような笑顔を出した事などなかった。

 

「…………帰る…………」

 

 とぼとぼと足元もおぼつかない状態でその場から離れていた。

 もう見る事さえ出来ない。もう、聞きたくなんて無い。

 

 1つだけ災難だというのならばレンは蛍火の小声で言っていたときの言葉を聞いていなかった事だろう。

 

 そしてそんなレンを歯がゆく見ているのは恭也と蒼牙。

 妹達が気になるが、それでも目の前で泣きそうになっている少女を放置できるほど2人は非道ではない。

 

(あの阿呆め……)

(さすがに放っておけん)

 

 幾ら2人が鈍感であったとしてもレンの言動で分かる。

 レンが蛍火に並々ならぬ感情を抱いていて、特別だと思っていたものが揺らいでいる事を。

 レンが落ち込んでいるのを治す方法は簡単だ。

 蛍火が小声で言っていた事を余す事なく伝えればレンは立ち直るだろう。

 だが、それを伝えてはいけないと蒼牙と恭也は知っている。

 

「レンちゃん。何処に行くつもりなんだ?」

 

 慰める言葉ではなくこんな言葉しか出なかった事が蒼牙には恨めしかった。

 探せば他に幾らでもあるはずなのにこれしか出なかった。

 

「もう、見てるの……嫌」

 

 先ほどまで蒼牙を殴っていたとは思えないほどに弱々しい態度。

 蒼牙と恭也に答える為に向いた方向ではまた蛍火が笑っていて、それがレンの胸を抉る。

 

「そうかもしれないが……」

 

 恭也も何とかする術を探すが答えは見つからない。

 

「ほっておいて……」

 

 拒絶の言葉は弱々しく、放ってなどおけない。

 

「だが……」

「ほっておいて……蛍火は私にあんな風に笑ってくれなかったんだよ?

 私にはいつも悲しそうに笑ってるだけなんだから……」

 

 今まで隠してきたと思ってきたことが、それでも我慢できた事が破裂する。

 何があっても自分にだけはきちんと笑ってくれたから特別だと感じられた。

 けれど、それ以上の笑顔を他人に向けていた。

 

「私じゃきっと蛍火が本当に笑えない」

 

 泣き声すら混じって嗚咽を上げる。

 蛍火を大好きだからレンは悲しい。今目の前にある光景で思い知らされてしまう。

 

「それは違う」

 

 蒼牙の強い断定。

 誰よりも似ている蒼牙だからこそ、そのレンに向けている蛍火の笑顔が分かる。

 

「あいつがさっき、俺に勝ったはずの戦を『引き分け』と称していた理由、ようやくわかった」

 

 あの笑顔は確かに今までレンに向けた事は無いだろう。

 だが、あの笑顔はレンがいるから、レンが関係しているから出せる笑顔だ。

 レンなしに蛍火は決して笑えない。

 あの笑顔だけでなく、全ての笑顔から感情が消えるだろう。まさに仮面の笑顔だらけになるだろう。

 

「蛍火は君がいるから笑っていられる」

 

 2人は蛍火が何を背負っているのかは知らない。

 それでも先ほどの小声を聞いたから、似ているから分かる。

 蒼牙も『贖罪』を背負っていて、恭也もそんな蒼牙を『護る』為に辛いこともあるが、

 それでもなのはとフェイトがいるから2人はそれを隠してでも笑える。

 

(お前もこの子に『人』に戻してもらえたということだろうな、蛍火。ならばお前のその笑みの源が何なのかは俺でもわかる)

 

 救ってくれた人が傍にいるからどんなに辛くても笑える。

 誤魔化してまで笑いたいと思える。

 

「君がいるから、蛍火は無理をしてでも笑えているんだ。蛍火のあの笑顔は君がいるから出せる」

「分からない」

 

 恭也と蒼牙の声は幼いレンには届かない。

 理解しろという方が無理だ。同じ体験をしてきた者同士にしか分かりえない思いだから。

 

「俺は口下手ゆえ上手く言えんのだが……以前、俺があいつと死合ったときもあいつは幾度か笑みを見せた」

 

 蒼牙は蛍火の方を見ながら、かつて戦ったときの蛍火の笑みを思い浮かべて重ねる。

 表面上、見た目――そういうものは変わらない。

 不敵な笑み、人をからかうような笑みと、いろいろな笑みを見たが、今の蛍火とかつての蛍火では明らかに違う。

 

「今のあいつの笑みを見ていると、何と言うか、調子が狂う」

「余計わかんない」

 

 言いたいことをはっきり言えとレンは思うわけだが、蒼牙からすれば蛍火はやはり気に食わない相手。

 蛍火のことを庇護するような言葉を口にすることは少々私情から拒否したいのだ。

 

「要するに、あいつの今の笑顔には感情があるということだ。君ならわかるんじゃないか?」

「…………」

 

 初めて蛍火と会ったとき、蛍火は優しい笑みを浮かべていた。その後も笑みは幾度か見せてくれた。

 ただ、今思うと、その笑みには今ほど優しさや温かさがあっただろうかと、レンはもう一度蛍火を見た。

 学園長に自分のことを相談していた時、蛍火はどことなく自分と離れさせようとしていた感じがあった。

 突き放そうというほどではないが、やんわりと自分を拒絶されているような……。

 

「今の蛍火。そして以前の蛍火。どこか違うはずだ」

 

 言われるまでもない。

 レンに向けられる笑顔だからこそ、彼女は向けてくれる蛍火のことを理解しようとした。

 そう、今と昔の蛍火の笑み……理解しようとした蛍火の思いがとても温かいものになってきていることを、

 レンに感じ取れないはずがなかった。

 

「以前の蛍火の笑顔には、君でもどこかよそよそしさがあったと思えたのだろう?」

「…………」

 

 恭也の言葉に頷く。

 

「なら今は?」

「……ない」

 

 完全にないとは言いにくい。まだどこか蛍火にはレンにさえも打ち明けようとしない部分があるように感じる。

 それでも以前に比べれば明らかに、蛍火はレンに対して心を開いている。

 

「かつての蛍火にはよそよそしさがあった。そうだったんだろう、蒼牙?」

「ああ。あれは……仮面の笑みだった。貼り付けたような、な。だからそこに感情などあるはずがなかった」

「おそらく蒼牙と戦ったときは、まだ君と会ってなかったんだろう。もしくは会っていたとしても、まだ会って間もない頃のはず」

 

 ならば、その間の期間に何かがあったということ。

 そこに何があったか?

 

――――レンの存在に他ならない。

 

 もちろん、恭也と蒼牙は詳しいことは知らないし、レン以外にも蛍火に出会いや事件があったのかもしれない。

 だが何かしらの確信があった。

 

――――レンこそが蛍火を変えたのだと。

 

 そうでなくば、さっきの蛍火の言葉と瞳は説明がつかない。

 

「君の存在があったんだ、レンちゃん」

 

 だからこそ、蛍火がレンを差し置くわけがない。

 きっと今の彼は、蒼牙がフェイトにあまり構ってやれなかったように、何らかの考えと理由があるはずなのだ。

 

「なんでそんなに蛍火のことがわかるの? 私の方が蛍火とずっといっぱい一緒にいるのに」

「……別にわかりたくもないんだがな」

 

 つい悔しくて恭也と蒼牙を軽く睨みながら言うのだが、蒼牙は機嫌が悪そうにそっぽを向き、恭也は苦笑した。

 

「同じなんだ。蛍火が俺なら、君はフェイトと同じ」

「フェイト?」

「ああ」

「恭也も同じなの? なのはと」

「そうだな。蒼牙のような経験はないが、俺も確かになのはの笑顔に救われているからな」

 

 だからこそわかる。

 

「俺はなのはの前では笑いたいと思う。なのはがそれで満足してくれるなら笑っていたい」

「フェイトが笑っていてくれるならそれでいい。そこにもし俺も笑っていることが必要だというなら、笑っていてやりたい」

 

 もちろん、仮面の笑みではなく、心からの笑顔を。

 恭也と蒼牙は同じで、蒼牙と蛍火は同じで、蛍火と恭也も同じ。

 恭也になのはがいるように、蒼牙にフェイトがいるように、蛍火にも誰かがいる。それがレン。

 

「まあ、こうして君をここまで悲しませている時点で、あの阿呆は兄だか親だか失格だがな――ぐはっ!?」

「蛍火を馬鹿にしたら怒るって何度言わせるの」

 

 腹を押さえる蒼牙だが、今回は蹲ることもなく、すぐにピンピンしている。

 笑っていた。恭也も。

 

「ようやく元の君に戻ったな」

 

 恭也が頭を撫でてくれる。

 レンにとって蛍火ほどではなかったが、それでも嫌ではなかった。

 蒼牙が「お前も一度は殴られる役割を担え」と恭也に文句を言っている。今のは……わざとだというのだろうか。

 

「……ありがと」

 

 恥ずかしいので背中を向けて言うレン。後ろで恭也と蒼牙が笑っているような気がした。

 

 

 

 

 

「プレゼントの参考意見を聞かせていただいて本当にありがとうございました」

「いえ、こちらも兄さんへの仲直りのきっかけを教えてもらって」

「それにお昼ご飯もありがとうございました」

 

 3人して今日の出来事に感謝する。

 本来なら有り得ない出会いによってもたらされた何か。

 

「いえいえ。おっと、今日付き合っていただいたお礼をまだしていませんでしたね」

 

 蛍火は何処からともなく少し大きな紙袋を取り出した。

 というか本当に何処から取り出した?

 

「あのっ、これは?」

「ちょっとしたプレゼントです。お気になさらず」

「でも、買い物に行く暇なんてありました?」

 

 なのは達と出会ってから蛍火はずっと付きっ切りだった。

 料理を作っている十数分以外は2人の傍を離れていない。

 

「内緒ですよ」

 

 今度は子供っぽく笑って誤魔化す。

 蛍火の表情は何時になく自然に笑っていた

 

「さて、そろそろお別れですかね」

「えっ、これで別れなんですか? 私達は後もう少しこっちにいる予定なんですけど」

 

 蒼牙と恭也たちが絶対安静なのが1週間だった。

 しかし、蛍火の治療によって2人はほぼ完治している。

 

「ダメです。長くいすぎると余計なものまで付いてしまいますから」

 

 それは蛍火が誰よりも分かっている。

 何よりも未来を知っていたという彼が何よりも。

 

「もう一度、来てもいいですか?」

「それは止めておいた方がいい」

 

 間髪いれずに蛍火は拒否する。

 ここまで引っ張っておいてそこで拒絶かよ!

 

「なんでですか?」

「もう少しで、戦争が始まりますから」

 

 悲しげな表情で蛍火は笑った。

 その表情は死に逝く時の蒼牙にとてもよく似ていて。

 

 訳もなくなのはとフェイトは悲しくなり抱きついた。

 

 

 

 

 

 そして、話の中身を聞いていないレン、蒼牙、恭也の3人の殺気が膨れ上がる。

 悲しくて逃げ出してしまいそうだったが、

 それでもレンは蛍火に自分以外の誰かが抱きつく事を許容できるほど蛍火への想いは浅くない。

 

蒼牙、恭也、Go

「「合点承知!!」」

 

 嫉妬に駆られるレンの命令に従い、恭也と蒼牙は駆け出した。

 というかレンの号令がなくても2人はきっと駆け出していただろう。

 だって、2人から迸っている殺意と殺気が凄いんだもん。

 

 

 

 

 

「蛍火、覚悟ーーーー!!」

「なのはから離れろーーーー!!」

 

 鬼気迫る勢いで駆け寄ってくる蒼牙と恭也。

 そんな気配に蛍火はため息を1つ付き、

 

「「へっ?」」

 

 

 

 なのはとフェイトを前に差し出した!?

 

 

 

「「――なっ!?」」

 

 慌てた様子で蒼牙は展開してた"爆掌破"を止め、恭也は引き抜いていた『八景』を逸らした。

 しかし、その事に集中していた為に足は止まらず、ぶつかった。

 

「「きゅうぅ〜〜〜〜」」

 

 兄達の突進の衝撃によって押し倒され眼を回しているなのはとフェイト。

 さすがにシールドを展開している余裕はなかったようだ。

 

「やれやれ、典雅さがまったくありませんね。

 …………外からだと少女を襲っているようにしか見えませんよ? 恭也くん、蒼牙くん」

 

 事の発端人がそんな事を言う!?

 

「「お前のせいだろうが!!」」

「人のせいにするのは大人としてどうかと……」

「相も変わらず人をおちょくるような態度を取ってくれるな、貴様は」

「貴方もね。殺気は相変わらずです」

「少しは見直したつもりだったがな」

「あはは、初めて会うのになかなかひどい物言いですね、恭也くん」

 

 蒼牙と恭也の反応にやれやれと返す蛍火。

 何処まで人で遊べば気が済むのだろう?

 まあ、3人が3人とも人をおちょくるのが好きな性格であるがため、言い合いしたら止まらないんだが。

 

「それにしてもようやく精神は落ち着かれたようですね」

「……やはり気づいていたわけだな?」

「ええ、もちろん♪ 貴方たち2人にストーカー行為をされて気づかないほうがおかしいですよ」

 

 恭也と蒼牙の額に血管が浮かんだ。ああ、もう、ピキッといきそう。

 

「シスコンもいいですが、程度が過ぎると問題ではないかと思いますよ?」

「ほほう……貴様が言うか、ロリコン男め」

「これはこれは、何を以ってそのようなことを」

「小さな子供を妻に持ってるような男が何を言う」

「? 何のことですか?」

 

 蛍火はレンがいたということには気づいていない。

 

「おっ、お兄ちゃん!?」

「兄さん!?」

 

 眼が回っていたのが止まり、兄達の名前を呼ぶ。

 

「むっ、ぶつかってすまなかったなのは。それもこれもこいつのせいなんだ」

「フェイト、ぶつかってすまない。ぶつかってしまったのは蛍火のせいなんだが」

「お兄ちゃん……」

「兄さん……」

 

 2人からしたら明らかに蒼牙と恭也が悪い。

 それ以前に2人がどうして出てきたのかが分からないので今だ混乱中なのだが……。

 2人は未だに恭也と蒼牙が病院で寝ていると思っているからだ。

 

「なのはちゃん、フェイトちゃん。2人を責めないで上げてください。妹を心配して後をつけてたぐらいなんですから」

 

 おいーーーー!!

 ここでそれを暴露!?

 

「お兄ちゃん。それ……本当?」

「兄さん…………」

「いやいや、待て、なのは!」

「フェイト、話せばわかる!」

 

 2人のデバイスはすでにスタンバってる。

 いつでも最恐魔法発射の準備は万端だ!!

 

「なのはちゃん、フェイトちゃん。折角仲直りの機会なんですから自分で棒に振ってはダメですよ?」

 

 たしなめるように言葉を紡ぐ。

 

 

 

「折角の機会ですからね……さて、私は去りましょう。なのはちゃん、フェイトちゃん、“ありがとう”」

 

 

 

 今までとはまた違った意味の笑顔が見える。

 それに対して恭也と蒼牙はその言葉の意味を理解した。

 その瞳で、その笑顔で嫌でも理解できてしまった。

 その言葉は本来届けなければいけない人に代わって伝えている言葉だと。

 

 伝えられない感謝の気持ちを、届けられない感謝の気持ちを誰かを通して伝えて、届けている言葉だと。

 

「こちらこそ――「なのは、止めろ」――どうしてお兄ちゃん?」

「フェイトも言うなよ?」

 

 なのはとフェイトを先んじて蒼牙と恭也が止める。

 蛍火が言った言葉の意味を正しく理解しているからこそ止めた。

 

「どうしてですか? 私も蛍火さんにお世話になったのに……」

「あの言葉に、ありがとうと言ってはいけない。フェイトとなのはちゃんが言っていい言葉ではないんだ」

「「??」」

「なのはとフェイトはわからなくていい。わからない方がきっといい」

 

 知っているべきこと、知るべきでないこと。

 知っている方がいいこと、知らない方がいいこと。

 そうしたものは必ず存在する。

 ならばこれは、知らない方がなのはとフェイトにとっていいことで、少なくとも小さなうちは知るべきでないことだろう。

 

「蒼牙くん、恭也くん、2人を裏切らないで上げてください」

「分かっている」

「当たり前だ」

 

 蛍火はその言葉に酷く安心したような、酷く羨ましそうな表情をしていた。

 その意味を2人は問わない。

 

 聞いていい問題ではないと知っているから。

 例え、知って助言しようともきっと聞き入れることがないだろうから。

 

 蛍火の眼は、大切な人の幸せだけを願っている眼だったから、言葉をかけられようはずもなかった。

 

 何時か自分たちも同じ事をする日が来るかもしれないから。

 

 

 

「蛍火! 先ほどまで、ずっと俺たちはレンちゃんと一緒にいた。

 お前の行動を見て泣いていたぞ! 早く行ってこい!」

 

 

 

 去り逝く蛍火に蒼牙が最後とばかりに声をかける。

 それが今できる最大限の事であり、蛍火にしてやれる唯一の事だったから。

 

「……マジですか?」

「大マジだ。さっさと行け、阿呆」

 

 その言葉に蛍火は青ざめて……爆音を立てて走っていった。

 

「お前も結局お人好しだな、蒼牙」

「別にあいつのために言ったわけじゃない。あくまでレンちゃんのためだ」

 

 レンのためにすることは、フェイトのためにすることにも近い。

 

「ところでお兄ちゃん、どうして病院を抜け出してきてるの!」

 

 全治1週間のひどい怪我だったのに、とは言えないなのは。だって自分たちがやったことだから。

 

「ん? 怪我ならほとんど治ってるが」

 

 証拠とばかりに腕を振る恭也。

 蒼牙も首をこきこき鳴らして、寝ていた分、体がなまった気がするとのたまった。(←たかが1日くらいでなまるわけないだろ

 

「「…………」」

 

 本当は蛍火が魔術で治療を施してくれたためなのだが、4人は知らない。

 だからなのはとフェイトは、ますます兄たちが人から離れていっちゃったと、軽く失意に暮れる。

 

「ていうか兄さん、つけてたってどういうことですか?」

「ぬ……いや、あいつは危険人物だからだな――」

「どこがですか? 蛍火さんはすごくいい人でした」

「フェイト、あの男に何かされたのではあるまいな!? まさか洗脳!?」

「何でそうなるんですか! 兄さん、そうやって人を馬鹿にするのはダメです!」

「いや、事実としてあいつは――」

「そう言えば兄さん、殺し合いなんてしたんですか? 蛍火さんと」

「あ〜、あの頃のことだから……言い訳はせんが」

「どっちからけしかけたんですか?」

「…………」

「兄さん!」

 

 正直、あれは蒼牙も蛍火も揃ってけしかけるようなマネをしていたから、どっちがどっちとは言えない。

 言えないけれど、ゆえに蒼牙がけしかけたとも言えるし、蛍火がけしかけたとも言えるわけで。

 

「お兄ちゃん、もしかしてアレ、聞いてました?」

「あれとは?」

「その……お兄ちゃんのこと自慢ですとか……」

「……あ〜、なんだ。ありがとうと言っておこう」

「あうう、恥ずかしい……! でもやっぱりつけてたんだね」

「む……」

「お兄ちゃん。蛍火さんほど気が利いてほしいとは言わないから、せめてデリカシーは持ってください!」

「ではこの場合、聞いていなかったと答えればいいのか?」

「えっと、それは…………だ、だから、そういうこと聞かない! デリカシーがないっていうのはこういうことです!」

 

 あの言葉は本心。知らなかったとは言え、それが恭也に伝わっているならなのはとしてはいいことでもある。

 ただ聞かれていたというのはやはり恥ずかしい。

 そういう複雑な乙女心を察してほしいわけだ。

 

「お兄ちゃんの鈍感!」

「兄さんは無神経すぎます!」

「「す、すまん……」」

 

 ジリジリと詰め寄ってくる妹たちに、兄たちは謝るしかない。

 

「それと兄さん、レンちゃんって誰ですか? もしかして蛍火さんが言ってた女の子?」

「ああ、そうだ」

「ふ〜ん……お兄ちゃんも蒼牙さんも私やフェイトちゃんとはいてくれないのに、そのレンちゃんとは一緒にいたんだ」

「な、なにか誤解してないか、なのは?」

「「2人とも鈍感と無神経に加えて、朴念仁!」」

「「……そこまで言われなければならんのか……」」

 

 背景に炎すら纏っていそうな妹たちだが、彼女たちの言葉にグサリと胸を抉られている兄たちの姿を見て途端に静かになっていく。

 本当は怪我をさせたことを謝るべきなのだが、やっぱりどこかで許してもらえないのではと思うところがあった。

 とは言え、いきなり兄たちと対面して蛍火が去ってしまったため、無言よりとにかく喋らないと、と焦り、

 結局、素直になれずに喧嘩腰に。

 だがそんななのはとフェイトに対し、恭也と蒼牙はいつも通り。

 それがちょっと悩んでいたのが馬鹿らしく思ってしまったのである。

 

「でもちゃんと謝らないとね」

「うん」

 

 首を傾げる兄たちに、妹たちはそれぞれ後ろに持っていた物を差し出す。

 

「「ん?」」

 

 なのはとフェイトが持っている物はそれぞれ盆栽と扇。仲直りの印に買った物。

 が……扇はともかく、盆栽は掌サイズほどに小さい。

 

「え、えっと、蛍火さんがお兄ちゃんに渡してしばらくしたら元に戻るって――うわっ!?」

 

 いきなりボウンと爆発したように軽く煙が立つ。そして恭也にはズシリと重みが。

 落としそうになるも、なのはからの贈り物を落とせるはずがなく、何とか耐える恭也。

 盆栽には『驚きましたか? ちょっとしたお茶目ですから怒らないで下さいね?』と札がついていた。

 

「……あの男は……」

 

 どうやら魔術でなのはが恭也に渡すまで、重い荷物を持たないですむようにしておいたらしい。

 しかも重い空気は「やれやれ」という呆れたような軽い雰囲気で払拭されていく。

 これぞ紳士。まさに気が利く男の証。

 

――――こういうトコを見習え、恭也、蒼牙。

 

「で、これは何だ? ずいぶんと高そうな物だが……」

 

 いきなり贈り物をされても、特に理由が思いつかない恭也と蒼牙。

 なのはとフェイトは怒っていたわけだから、なおさら自分たちに贈り物をされる意味が理解できない。

 が、さすがになのはとフェイトが頭を下げればわからないはずがなかった。

 

 

 

「「ごめんなさい!」」

 

 

 

 言ってからも頭をあげようとしない2人に、恭也と蒼牙はしばし瞬きなどして呆然としていたが、すぐに意味を察して苦笑する。

 頭を上げさせ、そして――撫でる。

 

「お、お兄ちゃん?」

「兄さん?」

 

 どうやら自分たちが怒っているとでも思っているらしいと、ようやく贈り物の理由を察した恭也と蒼牙。

 謝るきっかけとしての贈り物。謝罪の証。

 

「別に俺は怒ってなどいないんだがな」

「むしろ俺たちが悪かったわけだしな。お前たちを寂しがらせてしまった罰とでもいうものだろうし」

 

 あまりに簡単に許してくれる……そもそも許す許さない以前に怒ってもいない兄たちの様子に、妹たちが今度は唖然となる。

 

「まあ、さすがにアレはちょっとひどいのではないかと思ったが……」

「死ぬかと思ったからな」

「「うう……」」

 

 彼女たちを安心させるつもりで、いつも通りの意地悪な兄としての側面を出して恭也と蒼牙はくくくと笑う。

 

「盆栽か。これはなかなかだな。育てるのが楽しみだ。名前は何にするかな……」

「4色の扇か。少し派手だが……ん? 4色? 金と白と黒と蒼……なるほど、そういうことか」

 

 盆栽を下ろして眺める恭也に、扇を開いてひっくり返しながら鑑賞する蒼牙。

 気に入ったように頷いたり顎に手をやったり。

 そして2人はそれぞれの贈り物を大事に抱えて……

 

 

 

「ありがとうな、なのは」

「礼を言う、フェイト。大切に使わせてもらうぞ」

 

 

 

 決して忘れてはならない儀式を。彼女たちの不安を取り除くための言葉を。仲直りの返事を。

 

「「――うん!」」

 

 それだけでいい。でも決して「それだけ」ではないのが、この4人にとって。

 

「さて、ずいぶんこの世界には長居したな。今度こそ帰ろうか」

 

 恭也の言葉に、再び4人は手を繋いで。

 

「『アースラ』にこの盆栽を置いていいか聞いてみよう。うむ、これで『アースラ』にいる間も盆栽ができるな」

「やっぱりお兄ちゃん、お年寄りくさい」

「なのは、人の趣味にけちをつけるのはどうかと思うが。そもそもお前もゲームに機械と――」

「はう……」

「帰ったら早速この扇で1つ舞うとするか」

「あの、見ててもいいですか?」

「構わんぞ。なんならフェイトもやってみるか? お前が着物を着てやればひどく似合っていると思うが」

「そ、そうですか?」

「恭也、お前も付き合え」

「え? 恭也さんも舞ができるんですか?」

「昔、蒼牙と舞うつもりだったから、少しくらいならな」

「じゃあ、私もやりたいかも。あ、蒼牙さん、帰ったら英語のレッスン!」

「……拒否は――」

「ダメです♪」

 

 そんなこんなで、ようやく元の兄妹に戻れた4人。

 そしてもう一方では…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 本日三度目の人災が町を襲う。

 黒き弾丸が人ごみにぶつかる事無く、最善に、最高の速度で走り抜ける。

 

 町行く人々は珍しい事もあるものだと首をかしげていたが今はどうでもいい。

 

 レンの気配を探して、レンの姿を探して、レンの香りを探す。

 五感どころか全ての感覚を駆使してレンを探す。

 

 ここまで蛍火が必死になって誰かを探した事はない。

 ここまで蛍火が必死になって誰かを追い求めた事はない。

 

(そういえば、こうしてレンを探すのは初めてだな)

 

 今更になって気付く。

 レンは気付くと傍に居たから。レンは何時も傍に居てくれたから。レンは何時も見ていてくれたから。

 だから、今までレンを探す必要さえなかった。

 

(あれだ)

 

 レンの気配に当たりをつける。レンの気配はちょうど建物の真反対側。

 壁を蹴って、足場を作って走り抜ける。

 

 一刻でも早く、一分でも早く、一秒でも早く、一刹那でも早く、レンを安心させたかった。

 

 

 建物の上から着地。

 砂とか色々なモノが舞い上がるがレンには決して飛ばないように魔術まで使用している。

 何処までもお気遣いの紳士!?

 

 上空から突如現れて蛍火にレンは初めこそ驚いていたがそれでも喜びを顕にした。

 蛍火の服装を見れば分かる。

 何時も気をつけている服装が乱れている。髪に砂がついている。

 

 それだけ、必死になって探してくれた事がとても嬉しくて。

 

「あの……」

 

 言葉を捜すが見つからない。

 こういったとき、蛍火はどういった言葉をかけたらいいか知らない。

 レンを不機嫌にさせる事はあってもそれは、何時もレンが傍に居たとき。

 

 だから、こうした時にレンにどう対応すればいいのか分からない。

 

「今日はすみませんでした」

 

 蛍火の今日の行動はレンととても似た少女達が困っていたから動いた。

 極論すればレンのためといえなくもない。

 

 だが、それで蛍火はまたしてもレンに寂しい思いをさせてしまった。

 レンを泣かせてしまった。レンを悲しませてしまった。

 

 それは変わらない。

 以前にも同じことをしたというのに同じ愚を犯した。

 

 そんな己に苦笑する。

 

「その……レンをほったらかしにして他の女の子と出かけてしまって」

 

 レンに告白されたからさすがにそれぐらいの感情は分かる。

 というかぶっちゃけ、蛍火も蒼牙と恭也の傍にレンが居た事で胸がむかむかしてるし。

 

「その、本当にすみませんでした」

「……分かった」

 

 レンとてまだ気持ちはむかむかするが、それでも蒼牙と恭也に話を聞けてよかったと思う部分もある。

 蛍火がなのはとフェイトとあっていたから知れた……蛍火のまだ知らない部分。

 それはとても嬉しいものであった。

 

「でも、簡単には許してあげない」

「え〜と何をすれば?」

「デートしてくれたら許す」

「それでいいのなら」

 

 蛍火もこれにはちょっとばかり拍子抜けした。

 

「むっ、きちんと格好いい服を着て待ち合わせして、それでデートだよ」

「あぁ〜、引っ張り出します。了解しました」

 

 それで機嫌を直してくれるのなら蛍火にとって嬉しい。

 何よりもそれは先ほど見つけた答え。

 

 『形ない、形に残らない』贈り物に他ならない。

 それは正しくレンに贈りたいものであって、レンと共有したいもの。

 

「デートコースはどうしますか?」

「蛍火が決めて」

「えぇ、了解です。とびっきりのエスコートをしますので」

 

 蒼牙とフェイト、恭也となのはと同じように共に過ごす時間を作る。

 些細な願いを、何でもない願いを、何処にでもあるはずの願いを叶えていこう。

 

 時間が許す限り、終わりが来るその日まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日

 

「そういえば、フェイトちゃん。蛍火さんに貰った紙袋は開けた?」

「うん、開けたよ。この前、あの世界で着た服だったよ」

「私もだよ。でも蛍火さんは知らないはずなのに……」

「なのは、気にしたらダメだよ」

「そうかも、蛍火さんもお兄ちゃん達と同類みたいだし」

 

 なのはとフェイトの手にはあの騒動の日に一度だけ着たメイド服。

 なのはにはピンクのジェミニーメイド服。

 フェイトにはビスチェメイド服。

 正しく、あの時に着ていた服と寸分違わない。しかも採寸もきっちりとしている。

 

 いつの間にサイズまで合わせてあるかは考えない。

 だって、あの理不尽な兄の知り合いだし。

 

「これ着て、お兄ちゃんと出かけようかな?」

「そうだね。兄さんも喜んでくれるかもしれないし」

 

 二人して今度に出かけるときにこの服を着て出かけたときの蒼牙と恭也の反応を予想して微笑む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄さん、早く!」「お兄ちゃん、早く行こ!」         「蛍火、早く行こう?」

「もう少しゆっくりと行かないか?」「時間はまだまだあるんだし」      「もう少しゆっくり楽しみましょう?」

  「「時間は待ってくれません!」」                「時間は待ってくれないよ?」

 

別の世界で別の関係を持つ三組の青年、少女達が笑いあう。

今を大切に、共に過ごせる事を喜び、修復した絆に嬉しさもって、

 

 

何気ない時間かもしれない。また訪れる時間かもしれない。

けど、今それはとても尊くて、大切で、

何よりもかけがいのないモノ。二度とこない愛おしいモノ。

 

 

 

違った形の、とてもよく似た三組は笑いあう。

今ある幸せをかみ締めて、今ある日常を謳歌して、

 

 

 

 

「「ねぇ、お兄ちゃん(兄さん)」                  「蛍火」

「「「どうかしたか(どうかしましたか)?」」」

 

 

 

 

 

「「「――――って何(ですか)?」」」

 

 

 

 

 

その年では知りえない言葉から出てきたことに絶句する三人。

 

「なのは」「フェイト」              「レン」

 

「その言葉、誰に聞いた(聞きました)?」

 

「「蛍火さんに」」           「蒼牙と恭也に」

 

どうやら最後の最後に双方が難題を出していたらしい。

いたずら好きが共通する三人らしいといえばらしいのだが、

 

 

 

 

 

「「「アイツ、コロス」」」

 

 

 

 

 

別の世界で、別の関係を持ちながらもとてもよく似ている三人は同じ言葉を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唯、そんな事さえも三組にとっては何時かきっと眩しい日常になる。

 同じような関係をしている為に、同じように互いを大切に思っているが為に、

 それは運命や宿命、偶然や必然など置き去りにした当たり前の光景。

 

 三人の青年と三人の少女達にとって掛け替えの無い当たり前……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――了――

 

 

 

 


あとがき

  F「最終話を出し終えてホッとしているFLANKERです」

  ペ「一息ついて安心しているペルソナです。やっとこさ終わりました。いや終わってしまったのかな?」

  F「結構続いたからねえ。いやいや、最後までちゃんと書けて出せたことにまずは喜ぼう」

  ペ「だね。うん、本当に嬉しいね。本編ではいえるかどうか分からない“ありがとう”を言えて。本当にここから始まったから」

  F「うちも実はこの話が元になる幕間話がすでにできてたりするからw」(マテコラ

  ペ「君のはギャグだけどねw 本当はいけないことなんだけどね、伝えたい人の変わりに似ている誰かに言うのは」(苦笑

  F「そうするしかない状況ということかな。にしても……なんだ、いきなり恭也と蒼牙がまともになったな、今回w」

  ペ「いや、まぁ。あの言葉を聞いてまともになれないような2人じゃないでしょ?」

  F「せやね。ただしすぐ後に飛び出して行ってるが」w

  ペ「いや、まぁお兄ちゃんしてるじゃん?」

  F「最後はいい感じで終わったね。

    ま、妹たちとレンの、仕込まれたとも言える何らかの単語に再び兄たちと蛍火が殺気放出してるがw」

  ペ「そうだね〜。というかその前の蛍火は……純情すぎ!? やってくれたなFLANKERさん!」

  F「純情な彼もいいじゃないか! 貴重だよ!w」

  ペ「いやいや、腹黒こそ蛍火だ! 本当に私じゃあんなの書けないよ。本当にやってくれたよ。FLANKERさん!!」

  F「腹黒って……自分のトコの主人公なのにw」

  ペ「自分ントコの主人公だからこそw」

  F「ある意味でペルソナさんの黒さをしっかり受け継いでる主人公なワケですかw」

  ペ「いや、私のUBW(アンリミテッドブラックワークス)の中にいるのが蛍火です。私の方が蛍火に影響されてますw」

  F「書いてるうちに読者の自分の作品の主人公にやられたクチかよ。うちは蒼牙に影響されることはない…………たぶん。

    え〜、てなわけで、ここまでご覧頂いた読者の皆様には感謝しております〜!」

  ペ「本当にありがとうございました。元々は私のわがままで始まって、

    終盤の方は正しく私の作品の為に書いたような部分でしたが……それでも楽しんでいただけたなら幸いです」

  F「それではここら辺で失礼いたします〜!」

  ペ「浩さん、美姫さん、そして読んでくださった読者の方々、ありがとうございました。それでまたいずれ何処かで」





遂に完結か〜。
美姫 「綺麗に纏まってるわね」
うんうん。最後まで壊れたまま突っ走るのかと不安と期待とが半々だったけれど、ちゃんと正気に戻ったようで。
美姫 「とっても楽しめました」
うんうん。しみじみと思い返せば……、メイド、メイド、メイド、メイド。
美姫 「って、ほんの一部分の思い出ばっかりなの!?」
いやいや、冗談だって。何はともあれ、完結おめでとうございます。
美姫 「お二人ともお疲れ様でした」



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