「っちぃ……!」





自分の顔面スレスレを一本の矢が通過する。

――やばかった。あと数瞬動きが遅れていたら、あの矢に刺されておしまいになるところだった。

「あぁもう、全くやり辛いったら――!」

そう愚痴をこぼした直後、自分の右側面に気配を感じ、即座に抜刀。

「――っ、いぃあああ!」

気合い一閃、薙ぎ払うように剣を横に振るい、見てもいない敵を斬り倒す。

「ぐあっ……!」

直後に起こる悲鳴になど目もくれず、改めて周りを見回す。

――辺りは、一面の敵兵で溢れていた。








――或る剣士の理想と現実――







彼女は、一介の傭兵である。
それなりの実力を持っている、一流と言っても差し支えの無い人物なのだが……ただ一点において異様に目立つ為、いつしか彼女には非常に不本意な二つ名が付けられていた。

曰く――――





「不運な剣士(アンラッキー・ブレーダー)」。






――――そう。彼女は、余りにも不運だったのだ。


別に、彼女が鈍いとか、不運の要因そのものを作っている、という訳では無い。
もし、そんな彼女に要因があるならば、彼女は今まで生きてはいないだろう。傭兵とは……そして、戦場とは、そんなに甘い場所では無いのだから。

彼女がそんな二つ名で呼ばれる原因。それは彼女が、ただどうしようもなく「不運」だからである。

――例えば。

どう見ても勝てるはずの布陣を布いておきながら、動くタイミングを指揮官が誤り、逆にそこを付け込まれ、総崩れに陥る。

――例えば。

もはや勝ったも同然のような状況で、一本の流れ矢が味方の大将にあたり、いきなり負け戦になる。

そんな「不運」が、今まで彼女に常に付き纏っているのだ。

……重ねて言うが。彼女が不運の要因では決してない。

本当に――どうしようもなく、不運なだけなのだ。

そしてやはり。今回の戦いに於いても、彼女の「不運」は起こってしまった。

今回の場合は――はっきり言えば、指揮官が余りに無能に過ぎた。

彼我の兵力において、ややこちら側が有利である。
たったそれだけの事実があるだけで、彼等は考える事を放棄した。

所謂、全軍突撃あるのみだったのだ。

対して、彼等の敵は……兵力の差を認識し、十全に策を練り、慎重に事を構え、機を逃さず攻め立てた。



――これでは、勝敗など始める前からついている。



それでも味方は突撃し――当然のように、敗れ去った。

今の状態はその末路。崩され、喰い破られ、噛み砕かれた結果が――彼女の軍の今の状態、と言う事だ。

元々、彼女はこの戦に対して危険を察知していた。傭兵である以上、そう言った情報は速く、正確に捉えておく必要があるからだ。
でなければ、自らの死ぬ可能性は、飛躍的に上昇してしまう。

その情報を手に入れた以上、戦いを有利に進めるため、味方の指揮官に報告を入れていたのだが……結局、役には立たなかったようだ。

(全く……!余りにお粗末過ぎて泣けてくるわね……!)

自嘲の意味合いが強い笑みを浮かべながら、それでも彼女は剣を振るう。

自分の前に立ち塞がっていた敵数人が、剣の一薙ぎで吹き飛ばされた。

「あぁもう!ホントに――」


――私ってば、ツイてない。


余りにも不運な己の境遇に思わず凹みそうになる。
しかし、彼女は首を一度左右に振ると、

(落ち込むのは後でいい。今は、この惨状から生き残ることを考えなきゃ……!)

そう思い直し、気合いを入れ直す。

――同時に、前方三方向から突き出される槍。

「……っ、とぉ……!」

前方に挑みかかるように飛び上がりながらそれを回避、同時に真正面の敵を上段からの振り下ろしで叩き潰す!

「――ぇえああぁあ!」

着地と同時に真後ろに振り向く勢いをそのまま利用して、残りの二人に向けて剣を振り回した。

「「ぐぁっ!」」

派手な打撃音と悲鳴に合わせて、二人の兵士が吹き飛ばされる。

彼女の二つ名は、不運な剣士。

だが――それでも彼女は、剣士としては一流なのだ。
どんなに絶望的な状況下に置かれようと、彼女は必ず生還する。それも、彼女を表す特徴なのだ。

「ええぃ、いい加減にしろぉーーー!!」

――彼女は不運である。
未だ、彼女は勝利の味を知らない。

だが、いつかはそこに至れると信じ、彼女は剣を振るい続ける。

――きっと、到達するであろう、栄光を目指して。





剣士としての腕は一流。
美姫 「けれど、とことんなまでについてないのね」
色んなものを嘆きたくなるだろうな。
美姫 「ちょっと変わった感じのお話ね」
だけど、面白い。
ennaさん投稿ありがとうございました。
美姫 「ありがとうございます」
ではでは。


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