私――黒龍――は、黒き暗殺者のその言葉を呆然としながら聞いた。

「我が名は鴉。人であった頃の名は――」

――御神 美沙斗――

まさか、という思いがあった。
何しろ、あの数年前の爆弾テロにおいて、全ての御神の一族は死滅したはずなのだから。

そんな私の呆然とした様子を見て、御神の生き残りである鴉は笑みを浮かべる。
その私の様子が可笑しくて堪らない、とでも言うように。

「ククク……どうしたね、黒龍?そんなに呆気に取られた顔をして。それほど、御神の生き残りがいたことが意外かい?」

「だ、だって……御神は、あのテロで、全て……」

鴉のからかうような口調での問い掛けに、私はたどたどしい返答しか出来なかった。

「……ああ。確かに、私もあのテロで死ぬ運命だったのかもしれない。実際、そうなってもおかしくはなかった……だが残念な事に、私などと言う例外が結果として存在する事になったのさ。大方、貴様等『龍』の思い通りにさせる事が癪だと思ったカミサマとやらが、私をワザワザ生かして下さったんではないかな?」

その私の返答に、鴉は首を左右に振り、ため息を着いて見せながら皮肉めいた言葉を返した。

「………………」

もはや、返す言葉すら見つからなかった。

だが、いくつか分かってしまった事がある。それは。

現時点をもって、鴉が最優先で狙うであろう標的が、私であるという事。

爆弾テロに関わった私を、鴉というバケモノは決して逃がそうとしないだろうという事。

そして――

「さて。そろそろお喋りの時間は終わりだ。後は皆……」

そこまで言ったと同時に、鴉の身体から猛烈な殺気が吹き荒れる。今まで浮かんでいた笑みも消え、暗殺者へと立ち返った。

「……全て、殺す」

これから行われる闘いは、今までの比にならない程に苛烈になるであろうという事――

こうして。鴉と黒龍達一党の闘いは、再び始まろうとしていた。

黒龍達は生き残る為。

鴉は死んでいった愛する人達への華を捧げるために。



とらいあんぐるハート3SS

〜鴉・殺戮(ユウギ)〜



「くっ……!」

鴉の放った死刑宣告にも似た言葉を聞き、黒龍は慌てて気を取り直した。
これ以上ただ呆然としていても、一方的に殺されるだけなのは明白なのだ。
今こそ、彼女を包囲している現状を最大限に活用し、あのバケモノを抹殺しなければならない。

そうする事で御神の一族を今度こそ滅亡させ、我が偉大なる組織『龍』に貢献せねばならないのだ……!

そこまで考えた黒龍は、自らの部下達に命令を下そうと声を張り上げる。

「全員、構え!我が偉大なる『龍』に逆らう愚かな鴉を、今こそ――え?」

そこまで叫び、気が付いた。

いつの間にか、あの黒衣の暗殺者の姿が――そこに、無い。

そう。あの不吉な死を運ぶ漆黒が、何処にも見当たらないのだ。

「そんな……馬鹿な!?」

黒龍の顔が驚愕に染まる。
それもまた当然だろう。黒龍を始め、彼女の部下達も鴉がいた場所から目を離してはいない。そもそも、アレほどのバケモノに相対して、目を離す等というのは、暴挙以外の何物でも無い。

にもかかわらず、そこにいない。
その現実は、再びこの空間を恐怖に陥れるには十分だった。

黒龍の部下達がざわめき始める。
恐怖感が心の大半を占め、何かを喋っていないと不安なのだ。

「落ち着きなさいッ!私達を全て殺すと言い切った以上、此処からはいなくならないわ!全員散開して鴉を見付け出すのよ!」

そんな部下達を宥め、指示を出す黒龍。
確かに包囲した場所にいない以上、広い範囲を捜して鴉を見付け出すしか手段は無いのだが――結果として、この指示は誤りであった。

何故なら、部下が散開した為に、逆に鴉が身を潜めるのに最適な状況を作り出してしまったからだ。

だが、今の黒龍にはそんな状況を判断できる余裕もない。自らにも焦りがあると言う事に、気付いていないのだ。

――故に。

「ほとほと呆れ返るな。貴様……指揮官の器ではないぞ?」

侮蔑の感情もあらわな鴉の声を聞いて、思わず反射的に身体をそちらに向けた時に。

――彼女は己の精神がいかに追い詰められているかを知り、絶叫した。

「あ、あ、あぁあああぁああぁぁあああ!」

鴉は、とある場所に悠々と立っていた。
しかし、ただそこに立っているだけならば、黒龍も絶叫などするはずもあるまい。

「…………」

――異変は鴉の目前に。

彼女の目の前には、黒龍の部下の一人が立っていた。

――否。

それを「立っている」と表現するのは、おそらく間違いだ。
より正確に言うならば。

――その男は鴉によって「立たされて」いる。

だが、彼はただ立っているだけだ。
自らの背後に無防備に敵が立っているというのに、彼は一向に動かない。

けれど、それもまた当然なのだ。

何故ならば。

彼は――既に生きてはいないのだから。

彼の胸元から、見えるものがある。
それは、彼の血に濡れた刃。
その鉄の塊は、ちょうど彼の心臓の位置から突き出されていた。

「――フン」

つまらない、とでも言うかのように鴉は一つ溜息をつき、無造作に彼の身体から刃を引き抜く。

彼の抜け殻は、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
その際、勢いよく血飛沫が舞い、辺り一面が紅く染まる。

鴉自身にも返り血が飛び散るが、彼女は気にした様子すら見せなかった。

「……」

その顔は無表情。
機械が一つの作業を終えたとしてもその表情を変える事が無いのと同じように、彼女には一切の感情が浮かんでいなかった。

そんな鴉の様子に、黒龍の部下達は皆一様にうろたえていた。

「ククッ――」

その無様さが余程可笑しかったのだろう。
ほんの僅か口の端が吊り上がって顔に笑みの形を作り上げ、喉の奥から微かに笑い声が聞こえ。

――その姿が再び「消えた」。

「――――っ!?」

今度こそ、黒龍は驚愕した。
今、自分は一切鴉から目線を外していなかった。
にもかかわらず……鴉は姿を「消した」。

一体何が起こったというのだ――!?

黒龍は混乱した頭で必死に考えを纏めようとするが……そんな彼女を嘲笑うかのように、ドサリと何かが倒れる音が聞こえる。
慌ててそちらを見てみれば、部下の一人であった者が、痙攣を起こしながらうずくまっていた。

――その身体からは首が切り落とされており、首はコロコロと身体から離れていくように転がっていた。

「ギャア!」「ぐぁああ!」「ひぎゃああ!」

その死体を皮切りに、そこかしこで悲鳴が上がり始める。

彼等は黒龍と同じく、鴉の姿すら見る事も出来ずに――その全てが、ことごとく殺されているのだろう。

それは、既に戦いでは無く。

――鴉による、一方的な虐殺だった。





一人の部下は、気を張って周りを警戒していた。

当然だ。彼の仲間が、ああも簡単に次々と最期を迎えているのだから。
彼とて死にたくはない。死なないためには、どうにかしてあの化け物の姿を捉え、自らが持っている武器――すなわち、銃で――殺してしまうしかない。

だから、だろうか。

「随分と気を張り詰めているんだね?……そんなに私が怖いのかな?」

不意に、背後からそんな声を掛けられた時、彼は飛び上がりそうになるほど驚いた。

「なっ……!?」

慌てて背後を振り向けば、そこには――

「――やぁ、こんにちは。ご機嫌は如何かな?」

――紅に染まった、漆黒の鴉がいた。

「くっ!」

見れば、鴉は不自然なほどにこやかに微笑んで、無防備に佇んでいる。
その余りにも自らを危険と感じていない……つまりは、自分を敵とすら認識していない鴉の態度に、彼は怒りの感情を顔に浮かべた。

(くそっ!それほど死にたいというのなら、遠慮せずに今ここで……!?)

そこまで考えて、いざ銃の引き金を引こうとして――違和感に気付く。

今の自分には、何かが足りない。

そう。それは……重さだ。

銃器を自分の腕に持っているというのなら、その銃の重さを自分の腕は感じていなければならない。
にもかかわらず、今の自分にそんな重さは感じない。いや、それどころか、銃を持っているはずの感覚すらも、ない。

まさか、と思う。そんな馬鹿なことが、とも思う。

しかし――下を見るのが、怖い。

途端に、怒りが浮かんでいた顔は恐怖に変わる。
その表情を見て、鴉は声をあげて嗤った。

「ははははは!なんだ、今頃気付いたのかい!?――あぁ、君の想像通りさ。自分の足元を見て、残酷な現実を直視したまえ、未熟者!」

その侮蔑の言葉を聞き、彼は恐る恐る地面に視線を向ける。

そこには、今の今まで自らに付いていた筈の、己の両腕が転がっていた。

――目にも鮮やかな、紅い色と共に。

「あ、ア、アァアアァア!?俺の、オレのウデェエエェ!?」

その事実を認識しきれず、男は狂ったように叫ぶ。

「クククク、アハハハハハハハ!!」

その男の狂態を鑑賞しながら、鴉は一人悦に入ったような嗤い声をあげた。

――ああ、愉しい。

鴉にとって、「龍」という組織は仇敵である。
だから、そこにいる者は全て、死ぬべきであると思っている。

それも――今のように、不様な狂態を晒しながらならば、尚良い。

故に――彼女にとって、今の時間は何物にも変えがたいほど、愉しい時間なのだ。

だが、まだだ。まだ、生きている者達が大勢いる。

まだ、愉しい時間は終わらない。否、終わらせない。

あの黒龍とやらを狩り終わるまで、この時間は、決して終わらない――!

ふと気付けば、目前でもがいていた男は、いつの間にか事切れていた。
恐らくは、出血量が多くなり、死亡したのだろう。
死ぬ寸前まで、絶望にのたうちまわりながら。

……まあ、今となってはどうでもいい。
それきり目前の男に対する思考を打ち切った鴉は、再び獲物を狩るために動き出した。

「ハハハハハ、アハハハハハハハハハハハ――!」

どうしようもなく止まらない、愉しげな嗤い声を辺りに響かせながら。





美沙斗が復讐に狂ってる……。
美姫 「復讐する力を持っているだけに、狂ってしまったのかもね」
この狂宴の後、美沙斗はどうなるんだろう。
美姫 「まだ復讐相手はいるものね」
ああ。終わる事のない復讐劇か。痛々しいな。
美姫 「そうね。それじゃあ、今回はこの辺で」
ではでは。



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