――時は深夜。誰もいなくなったある路地裏に、一人の男が立っていた。
普通の人が彼を見れば、その異様さに思わず身を引くだろう。
何故なら、その男はサングラスをし、黒い皮の手袋をはめ、黒いスーツを身に纏という、自らの髪が金髪である以外はほぼ黒で統一された服装でいたからだ。

「こんなところで待ち合わせ、か……。相変わらず渋い趣味というか、なんというか……」

男は皮肉気な感情を含めながらため息をつき、誰に聞かせるでも無く呟いた。

……そう。何故この男がこんな人気のない場所にいるのか――それは、とある人物との待ち合わせの指定場所がここであるからに他ならない。

男は煙草に火をつけ一服すると、

「凄腕の殺し屋、『鴉』ともなると情報を受け取るだけでも一苦労ってか?……人気者はつらいねえ」

そう言って苦笑する。


彼が待っている相手。それは数年前に突如現れ、恐怖の代名詞として語られる者。
その者に標的にされた者は例外なく殺害されており、標的にされた時点で絶望し、自ら死の道を選んだ者がいるほどの実力者。
――その名を「鴉」と言う。


とらいあんぐるハート3SS

鴉・狂気(ヨロコビ)


彼はその「鴉」の初めての殺しの依頼の頃からずっと連絡を取り続けている者であり、「鴉」の最終的な「目標」についても知っている者でもある。


「鴉」の最終的な「目標」。それは、とある「組織」を「完全に潰す」こと。
「鴉」はただそれだけのために人を殺し続けていた。


――「龍」(ロン)、と呼ばれる組織がある。ここ数年で急激に勢力を伸ばしつつある裏の組織である。
この組織が急激に勢力を伸ばし始めたきっかけ……それは、日本のある一族を滅亡に追い込んだ「爆弾テロ」からである。
そのある一族は、世界中でボディーガードや時には暗殺をする、裏の世界の住人達の一族だった。故に、裏の世界でのし上がりたい「龍」にとってはその一族は邪魔者でしかなかった。そこで、「龍」の者達は一計を案じたのだ。
ちょうどその頃、その一族では一人の女性が結婚式を挙げようとしていた。その者はその一族の宗家の長女であり、それ故に一族のほとんどが彼女を祝うために集まってきていたのだ。

……「龍」がこの好機を逃すはずはなかった。

彼等は、今まさに結婚式を行おうとしている会場に爆弾を仕掛け、一族を皆殺しにしてしまったのだ。

――爆弾によって殺された一族の名前は「御神」といった――

だが、「龍」は気づいていなかったが、御神に生き残りは存在した。「鴉」はその御神の生き残りの一人である。御神であったころの名前を「御神美沙斗」といった。



彼女は理不尽な暴力を振るった「龍」を許すことができなかったため、自分の娘を兄に預け、自らは「鴉」となった。

「鴉」となった彼女は、情報屋の出した交換条件を飲み、現在まで至っている。
その交換条件……それが殺しの任務を請け負うこと、である。
つまり、今現在行っている「殺しの依頼」は本来「鴉」にとっては「まったく意味のないもの」なのだ。「鴉」はこの殺しが「龍」に繋がっていることを信じ、「無関係の他人」を「殺し」ているのである。



「とはいえ……流石にそろそろ何らかの『餌』が必要だろうな……全くの情報無しもそろそろ限界だろう」

そう言って男は煙草をもみ消す。


男が呟いたように、「鴉」に「龍」の情報は今まで何一つ入っていなかった。今までは「情報をつかむのがかなり難しい」と言って解答を避けていたのだが……さすがに、その言い訳も限界に来ている。もし、今回の話し合いで何も情報がない、と言えば……最悪、自分が殺されるかもしれない。

当然それは避けたいし、何より「鴉」は依頼成功率100%の凄腕の殺し屋である。これほどの上客を簡単に逃がすわけにはいかなかった。
だから、彼は「鴉」の為にとっておきの「餌」を用意しておいた。おそらく、この「餌」ならば「鴉」は満足するだろう。何故なら――

「……待たせたな。それで、今回の依頼は何だ?」

――突如として。全く気配を感じさせることもなく。まるで、闇と共にあるかのような錯覚すら感じさせながら、その者は現れた。

「……相変わらず唐突だな。全く来た事に気付かなかったよ」

男は、内心冷や汗をかきながら彼女に応えた。それに対して彼女は興味なさそうに首を振ると、

「気づかなかったそちらが悪い……それより、さっさと用件を言ってほしいものだな」

と男に対して冷たく言い放つ。
そのつれない態度に男は軽く肩をすくめながらも、軽い口調で彼女に話し始めた。

「はいはい、わかったよ……だが、今回の話はアンタにとっては極上のものだと思うぜ?」

「……なに?どういう意味だ?」

その男の言葉に、彼女は怪訝そうな表情を浮かべる。その彼女の表情を見た男は笑みを浮かべながらこう言った。

「なにしろ……アンタが待ち望んでいる『モノ』の、アジトのひとつがわかったんだからな」

「――なん、だと」

彼女は、その言葉にかろうじて言葉を返す。だが、その内容があまりにも衝撃だったのか、今まで全く見せたことのない呆然とした表情を男の前で見せていた。

――それも、ある意味当然だ。
今まで「ソレ」だけをただ望み、関係の無い者達の血に濡れて。
――そこまでしても手に入れたかった情報が、例え一つだけとは言え入手されたと言うのだから。

「はは。なんだ、アンタもそう言った表情をすることが出来たんだな?そんな表情、はじめて見たよ」

その表情がおかしかったのか、男は笑いをかみ殺しながら彼女に向かって話しかける。

「…………」

だが、彼女はその言葉が聞こえていないのか、未だ呆然と佇んだままだ。

「おい……おい?聞こえてるのか?」

そのうち、心配になった男は彼女にそう話しかけた。

「…………」

彼女は未だ何も話さない。だが、よく見ると彼女の両肩はかすかに震え出していた。

「……おい?」

「く、ククク……」

男の声には何も反応せず、ただ肩を震わせていた彼女から……小さく、だが確かな笑い声が聞こえてきた。

「ハ、はは、ハハハハハ、アハハハハハハハハハハハハ――!!」

その声はだんだんと大きくなり……最終的にはその路地に響き渡るほどの大きな声となっていく。

「な――」

男は、その笑い声に圧倒された。その声は確かに笑い声だ。だが、こんな狂ったような笑い声など……今まで聞いたことがない。

――それは確かに歓喜の笑い声。だが、同時にそれは狂気も含んでいる――

「クックックック……そうか、そうか、そうか!!よくやったよ、情報屋……これで、これでやっと――」

――私は、華を一つあの人たちのもとに供えることができる――

男は、これから告げるアジトにいる者たちのことを不憫に思った。自分は裏の世界にいるものだ。本来なら、相手のことを不憫に思うなど決してない。
だが、これからそのアジトへ向かう相手は……凄まじいまでの狂気を持っている。


――あんな狂気を持ったものと戦って、無事に済むことなど決してない――


そんな確信を持って男は彼女に情報を渡した。

「さぁ……待っていろ、『龍』。これから狂気がお前たちを殺しに行くぞ――!!」


男の元から立ち去るとき、彼女は笑みを浮かべながらそう呟いた――

鴉が望む、殺戮の宴。
彼女の呟きは、全てを鮮血に染めることを――誓う言葉だった。





うぅぅ、悲しいな。
美姫 「利用されているのが分かるだけにね」
にしても、美沙斗を繋ぎとめておく為にアジトの一つを平気で提供するとは。
美姫 「やっぱり恐ろしい組織よね」
悲しき復讐者はまだまだ止まれない。
美姫 「本当に」
それでは、今回はこの辺。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る