月村忍が「高町恭也捕獲命令」たる『狩りは、始まった』の暗号を発令した瞬間、別の代物……いや、この場合はイベント、と言うべきものがあらわれた。

 それは、「誰が高町恭也を捕まえることが出来るのか!?」というトトカルチョが忍の策略により出現した、ということである。

 ちなみに、このトトカルチョは正確には文化祭開催二週間前には決定して全校(風芽丘だけでなく、海鳴中央にも情報は伝わっていた)に配布されていた。このイベントにおいて当然疑問とされる「何故高町恭也が追われているのか?」や、「追跡者はいったい誰なのか?」「もし追跡者に捕まった場合、彼はいったいどうなるのか?」などということはすべて極秘事項とされており、謎が謎を呼びつつも、予想的中者には「自分が賭けた食券×追跡者のオッズ」分の食券が返ってくるということもあり、「高町恭也」と「赤星勇吾」の二人以外にはあっという間に伝わって、まさに一大イベントの様相を呈していた。

 しかし、ここで忍たちの予想外の行動を「高町恭也」は起こすことになった。

 すなわち、『逃亡者』である「高町恭也」がもう一人の『逃亡者』であるはずの「赤星勇吾」を捕縛して逃走した、ということである。

 当然、「赤星勇吾」もイベントキャラクター……つまり、トトカルチョの対象者の一人であり、「彼が何人目の追跡者に捕縛されるか?」に賭けていた生徒も少なからずいたのである。

 その「高町恭也」の行動に納得がいかない一部の生徒たちが「自分たちが高町恭也に制裁を与える!!」として暴走、まだ逃げて間もなかった彼の前に現れ、「天誅〜〜〜!!」と叫びながら襲い掛かった。

 だが、当然というべきか……彼らはあっという間に返り討ちにあってしまう。彼らは知らなかったのだ、自分たちが襲いかかった者が並みの人間では到底太刀打ちできないレベルの人間であるということを……。

 そして、高町恭也はそのうちの一人を捕まえ、空き教室にて「質問」という名の「尋問」を行っている最中である。

 では……そちらの現場へと視点を移してみるとしよう……。

 

 

とらいあんぐるハート3

 

文化祭地獄変

 

逃走の章:1−1「最初の追跡者との遭遇」

 

 

「では……俺と赤星の逃走は既に忍たちは予想済みだった、ということか?」

 

「そ、そうだ……でなきゃ、トトカルチョなんて話題が出てくるわけないだろ!?」

 

 俺が少し……そう、「ほんの少し」ばかり殺気を込めながら質問してやると、俺が捕まえた生徒――当然、男だ――は怯えながら答えを返してくる。

 さすがにこの状態では嘘を言えないだろう、と判断した俺は、続いて質問を投げかけた。

 

「では、次の質問だ……。追跡者とは誰のことだ?そして、全員で何人いる?」

 

「そ、そんなの知るわけないだろう!?」

 

「ほう……?まだそんな事を言える余裕があったのか」

 

「ひっ!!?ほ、本当に俺は何も知らないんだ!!本当だ、信じてくれ!!!」

 

 俺がさっきよりも「もう少しだけ」殺気を込めてやると、男は全身を震わせながら必死の形相で訴えかけてくる。……どうやら、今の言葉に偽りはないらしい。

 とりあえず、今までの情報を整理すべく、少し殺気を抑えて男に話しかける。

 

「では、俺と赤星を対象にした賭けが今開催されており、俺たちを追跡者と呼ばれる者たちが追っている。ここまでは間違いないな?」

 

「あ、ああ」

 

「ところが、俺が赤星を犠牲にしたことによって賭けの一部分が破綻。その腹いせにお前たちは俺に立ち向かってきた。これも問題ないな?」

 

「そ、そうだ」

 

「そうか……。では、お前にひとつ言っておこう」

 

 そう言うと、俺は今まで抑えていた殺気を開放しながらその男に向かって警告する。

 

「これからは、俺に向かってこようなどという馬鹿なことをするな。今回は『たまたま』それなりに手加減が出来たが、次もうまく出来るとは限らん。命が惜しければ……二度と俺に近付かない事だ」

 

「…………」

 

 男は無言でこくこくと頷くしか出来ないようだ。だが、そこに肯定の意思を取ると俺はそれにひとつ頷き、

 

「それでいい。……さて、お前はしばらくそこで眠っていろ」

 

 そう男に言い放つと、首筋に向かって手刀を叩き込んだ。男は成す術も無く気絶する。

 気絶した男をその場に残したまま、俺はそっと教室の扉を開け、廊下へと出た。

 

(しかし……まいったな。まさか、逃げ出すことを想定して、トトカルチョなどをやっているとはな)

 

 俺は苦笑を浮かべながら、そう考える。確かに、俺や赤星は決して素直に女装などと言う行為に従うはずがない、とは簡単に予想できるだろうが……それをまさか利用してトトカルチョを実施しているとまでは思わなかったのだ。

 

(しかも……追跡者、か。何人いるかはわからんが、厄介だな)

 

 浮かんだ苦笑を収めながら、さらに考える。別に何人来ようと物の数ではないのだが、「誰が追跡者なのか?」{いったい何人いるのか?」という点が不明である以上、下手に気を抜くことはできない。下手をすれば、この学校中が敵に回るという可能性もあるのだ。

 

(これは……消耗戦になるかもしれない、な)

 

 不特定多数の追跡者に対し、こちらはたった一人で立ち向かう。追跡者側が消耗するのは人数であり、俺の方が消耗するのは精神力と体力である。……はっきり言って、非常に部の悪い賭けだ。

 

(しかし、「戦って勝つ」のが御神流……だからな。負けられん、か)

 

 そう結論付けると、できうる限り人に見つからないよう、特別棟に足を向ける。

 おそらくは、追跡者たちも自分たちの教室がある教室棟で探しているはずだ。少しでも追跡者の人数を少なくするため、俺はあえて回り道を選択した。

 しかし、俺はここで思わぬ人と遭遇することになる。

 

「あ、恭也さん!!」

 

「神咲……さん?」

 

 そう、そこには俺の知り合いであり、美由希の友人でもある「神咲那美」さんが立っていた。

 神咲さんは俺の呼びかけに、ぱたぱたと走りながら駆け寄ってくる。

 

「あはは、恭也さん、こんなところで会うなんて奇遇ですね〜」

 

「神咲さん……どうしてここに?」

 

 にこやかな笑みを浮かべながら俺に話しかけてくる神咲さんに対し、俺は当然の疑問を投げかける。

 俺は「人があまりいない場所」を選んでここまでやってきているのだ。それなのに、ここで神咲さんと出会った……不自然としか言いようがない。

 

「それはですね〜……うちのクラスの出し物の準備のために必要なものを、取りに来たんですよ〜」

 

 その俺の疑問に、神咲さんはにこやかに答える。……確かに、ここには文化祭の用意のために使う品物が多く存在するので、品物を取りに来るという行動は不自然ではないのだが……。

 

――なんだ?この違和感は――

 

 その違和感を表情に出さないように努力しつつ、俺は神咲さんに話しかけた。

 

「しかし、お一人で大丈夫なんですか?」

 

「はい、そんなに重いものでもありませんので……」

 

 俺のその質問に、にこやかな笑みを絶やさぬまま答える神咲さん。

 

――やっぱり、何かがおかしい――

 

 俺の中に生まれた違和感は、ますます強くなっていく。神咲さんは話を続けているが、俺はそれ言葉をおぼろげに聞きながら、自分の考えに没頭していく。

 

――何だ?何で、こんなに違和感を感じる?――

 

――思い出せ、先ほど尋問したあの男はどう言っていた?――

 

『俺と赤星が脱走することはすでに予測済み』

 

『追跡者という存在が存在する』

 

『追跡者の人数、及び人物は一切不明』

 

――何故人数や人物を不明にする必要がある?――

 

          ――それは――

 

                 ――俺の知り合いが『追跡者』、だからではないのか?――

 

 そこまで思い至った時、不意に殺気を感じ、俺は思わず大きく後ろに跳んだ!!

 

 瞬間――

 

 俺が今までいた場所に、強烈な風圧と共に、振り下ろしの一撃が襲ってきた!!

 

「なっ!!?」

 

 間一髪の差で俺は攻撃をかわす。どうやら、なんとか俺はギリギリで幸運を拾えたらしい。攻撃したのが何者なのかを確認すると……

 

「く、久遠!!?」

 

 ――そう。俺に強烈な一撃を仕掛けようとしたのは、神咲さんの友人であり、大事なパートナーでもある久遠だった。どうやら……信じたくはなかったが、俺の予想は当たってしまったようである。しかも、最悪の形で。

 

「神咲さん……。どうやら、あなたが俺が最初に出会った『追跡者』のようですね」

 

「……ばれちゃいましたか。仕方ないですね、不意打ちしちゃったのが久遠ですから。……ホントは、この一撃のみで決めるはずだったんですけど」

 

 俺の問いかけに対し、神咲さんは意外とあっさりと自分が『追跡者』であることを認める。

 

「ずいぶんあっさりと認めるんですね?……俺はてっきり、認めないのかと思いましたが」

 

「そんなことをしても、恭也さんはすぐに見抜いてしまいますから。……久遠、こっちにおいで」

 

 にこやかに微笑みながら、神咲さんは久遠を呼ぶ。……すると、久遠は怯えたような様子で彼女へと近付いていく。

 ……いつもならすぐにうれしそうに駆け寄るはずなのに、一体どうしたのだろうか?

 

「久遠?作戦は失敗しちゃったから……『例のアレ』実行するからね?」

 

 そう神咲さんが言うと、久遠はビクッと震えた後、

 

「なみ……ほんとうにするの?」

 

 と怯えた表情で話しかける。……すると神咲さんは、

 

「仕方ないでしょ?……普通にやっても恭也さんは私には捕まえることはできない、それはもうわかりきってるんだから。……やるしか、ないの」

 

 と、決意を込めた表情で久遠に話しかけている。久遠がそこまで怯える『例のアレ』とは……一体なんなのだろうか?

 

「わかった。……くおんも、がんばる」

 

 その久遠の言葉にひとつしっかりと頷く神咲さん。そして、俺のほうに顔を向けると、

 

「ありがとね、久遠。……では恭也さん、『追跡者』神咲那美、従者久遠と共に、いざ……参ります」

 

 と宣言した。

 

「わかりました。……小太刀二刀御神流、高町恭也。その勝負、お受けします」

 

 俺もそう神咲さんに告げると、制服の中に仕込んでいた小太刀を取り、ゆっくりとお互いの間合いを計っていった。

   

  


あとがき

 

はい、ということで「逃走の章」、始まりました。

今回は最初の「追跡者」である神咲那美嬢との遭遇がメインです。

本来なら、一気にバトルもやって、この1話のみで決着をつけたいのではありますが……それをやると、間違いなく序章を超えるものになりますので、それはさすがにやばいだろ、ということで適度に切っていくことにしました。

では、次回ではいよいよ那美嬢との本格的なバトルです。

那美の言う「例のアレ」とはなんなのか?この戦いの結末はどうなるのか?楽しみに待っていてくださいませ。

ではでは、今回はこれにて。ennaでした〜。




密かに行われていたトトカルチョ。
そして、目の前に第一の追跡者が。
美姫 「恭也は無事に逃げ出す事が出来るのか」
次回も緊迫した状態が続く!
美姫 「お願い恭也。私に儲けさせて!」
こらこらこらこら。
美姫 「あ、あははは、冗談よ、冗談」
それでは、次回を楽しみにしてます。



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