『僕はプティスール!?』
「お前山百合会に入ったんだって?」
朝、朝食を食べていた時に母さんに言われた僕は危うく飲んでいたコーヒーを噴き出すところだった。
「な、な?」
「何でそれを知っているのか、かい?」
頷く僕に母さんは含みのある笑顔を浮かべる。
「私を誰だと思っているんだい。あんたの母親だよ、それくらい間単にわかるさ。」
その母親が息子を娘にした挙句、女子高に転入させるようなことするのだろうか?
「まあ種を明かせば、私と同じリリアンのOGの娘さんがリリアンに居てね。それで知ったのさ。」
そうなんだよな、母さんリリアンの卒業生だったんだ。そのせいで転入することになったんだ。
『お前が女だったらリリアン女学園に入学させたかったんだけどね。』
事有る毎にそう言っていた母さん。でもまさか女にさせられて本当に行く羽目になるなんて思わなかった(泣)。
「しかしあんたが紅薔薇の蕾の妹になるなんて、私もさすがに思わなかったよ。」
「いやまだ妹になったわけじゃないんだけど。」
しかし母さんは聞いていない。「さすが私の娘ね。」なんて言って狂喜している。まったく、なんていう母親だろう。
「そう言えばそのOGの娘さんて誰なの?」
ふと気になった事を聞いてみる。同じ一年生の子かな。まさか乃梨子さんってことないだろうけど。
「ああ、その子?えっと確か新聞部の部長さんで・・・」
「え?」
「山口真美さんていったけ。」
うそ・・・
第八話「悪夢」
僕が山百合会の手伝いをするようになってから半月が経っていた。季節から夏の名残が消え秋の気配が感じられる。
祐巳様のスール宣言に続いての夏樹の山百合会へのデビュー(?)は、話題が少ないと言われるこの時期だけに反響は大きかった。
しかも話題の中心人物が山百合会の人間で、リリアンの生徒達(特に一年生)にとっては人気があるのだから当然だった。
そんな状況で夏樹が曲がりなりにも学園生活を送れたのは、皮肉にもその話題を提供している瓦版、新聞部のお陰だった。
騒ぎにならないように情報を公開し、生徒達に自制を促してくれている。もちろんその情報は山百合会公認の物で効果抜群だ。
「ええ、私も聞いて驚いたわ。うちの母親と夏樹ちゃんのお母様が友人だったなんてね。」
その新聞部の部長であり『リリアン瓦版』の編集長でもある真美様はそう言って笑う。
恒例(?)の朝の取材に来た真美様に夏樹は朝知ったことを聞いてみたのだ。
「何でも、当時は新聞部で活躍したそうよ。ただ話題先行で書いたりしてたので騒ぎも多く起こったらしいけど。」
その辺は私のお姉さまと同じね、と真美様。彼女のお姉さまは先代の新聞部長だったらしい。
そして当時はよく山百合会関係で騒ぎを起こしていたらしい。ただ騒ぎの内容については教えてくれなかったけど。
もっとも驚いたのは、最近のそういった騒ぎを収めたのが祐巳様だということだった。
「本人はそんなこと考えてやっているわけでないんだけど、不思議と事態を好転させてしまうのよね祐巳さんは。」
本当に不思議な人だと言う真美様。その点については夏樹も同感だった。
放課後・薔薇の館。
扉を開けて入って来たのは夏樹と乃梨子の二人だった。彼女達は皆が来るまでに清掃と会議の準備をする為、上級生達より早めに来たのだ。
「それじゃ夏樹さんはキッチン周りを。私はテーブルを拭くから。」
「ええ分かりました。」
分担しそれぞれに仕事に掛かる二人。夏樹は皆のお茶の準備を担当し、乃梨子は会議用のテーブルの清掃をする。
それが終わると、今日の会議に必要な資料などをテーブルに必要人数分置いて行く。
「でも乃梨子さんはこれを今まで一人でやっていたんだよね。」
一息付いて夏樹が聞く。今の山百合会では乃梨子さんが一番下ということで彼女一人でそんな雑用をやっていたらしい。
時には祐巳様が手伝おうと申し出てくれたこともあったけど、乃梨子さんはこれは自分の仕事だと言って手を出させなかったそうだ。
彼女らしいな、と夏樹は思う。生真面目で何事にも筋を通そうとするのが乃梨子さんの性格らしい。
「そんなに辛いなんて思わなかったわ。ただ一人だったので時間が掛かってしまっていたけど。」
何でも無さそうに言う乃梨子さんだが、やはり一人では大変だったんだろうことは今の言葉で分かる。
「だから夏樹さんが来てくれて助かってるわ。あ、別に雑用が楽になるからというからではないけど。」
乃梨子さんの言葉に夏樹は苦笑いしながら「わかってます。」と頷く。
それにしても薔薇の館に出入りするようになって2週間たつ。
まだ簡単な雑用しかやっていないが、山百合会の仕事がかなりハードな事はよく分かって来た。
それを薔薇様3人、その蕾達3人の計6人でこなしているのだから、たいしたものである。しかも学業をしながらである。
夏樹は短期間ながらその山百合会の動きが分かったような気がしていた。やはりその中心は3色の薔薇様、特に紅薔薇様だ。
日々発生する課題を順序良く的確に処理しているのだ。そしてそれを補佐し、時には別のアプローチを示すのが黄薔薇様。
この二人、親友同士ということもあり息も合っている。もっとも、それ故に見解の相違が発生すると対立が酷くなるらしい。
そんな時二人の間のバランスを取るのが白薔薇様、乃梨子さんのお姉さまだ。
普段は物静かで目立たない方だが、いざ発言なさるとその重みは紅・黄の薔薇様からも一目置かれている。
「でも時々何を考えていらっしゃるのか、私にも分からない時があるのだけど。」
そう言って乃梨子さん苦笑いしていたけど。
そして夏樹が一番驚かされているのが、自分の姉を自認(苦笑)されている祐巳様だった。
薔薇様を補佐するのが各々の妹である蕾達だが、その中では祐巳様はちょっと様子が違った。
由乃様は議論が停滞すると、あっと思う意見を出して、時には議論を引っ張る。相手が薔薇様でも引かない時もある。
乃梨子さんは細かい点によく気付き、こちらは控えめにだが指摘する。その指摘は客観的で筋が通っている。
祐巳様は革新的な意見を言うわけでも、課題を細やかに見て何か言うわけでもない。しかし何故か物事の本質を見抜いた事を言うのだ。
だからこそ皆がその言葉に耳を傾ける。重要な局面でそれは発揮され、問題を一挙に解決させるのだ。
もっともそれ以外の面では、結構抜けているというか何というか。、
書類を何処かに忘れてくるとか、一度に物事を進めようとして混乱するとかをしょっちゅうする。
そのフォローを前までしていたのが乃梨子さんで、今は夏樹だ。これは結構大変な仕事と言えるのだが。
夏樹も乃梨子さんもそれが嫌だとは何故か思えないのだった。普通に考えれば、人の尻拭いをやらせられているのに。
「そこが祐巳様の凄い所かもしれないわ。誰もがあの人の為に何かをしたくなるのだから。」
乃梨子さんの意見に夏樹も納得せざるしかなかった。ただその後の、
「でももう私はお役御免ね、何しろちゃんと姉をフォローする妹がいるんだから。」
に夏樹は顔を真っ赤にして固まるしかなかった。だが悪い気がしなかったのも事実だった。
(何時の間にかこの位置、祐巳様の妹、といってもまだ正式になったわけではないけど、それに違和感を感じなくなっているな。)
自分の流されやすい性格に苦笑いしながら夏樹は思った。正直言って、このまま山百合会にいてもいいんじゃないかとさえ考える。
だが一方、自分の抱える秘密故に皆を騙すことに更に罪悪感を覚え、ここにいる事を躊躇わせる。
「夏樹さん?」
心配そうな乃梨子さんの声に、考え込んでいた夏樹は我に返り彼女を見る。
「あ、ごめんなさい。何?」
だがそれには答えずにじっと夏樹の顔を見る乃梨子さんの表情を見て、彼女にまた心配をさせてしまった事に気付く。
「やっぱり夏樹さんは・・・」
だが乃梨子さんはそう言っただけで後は黙り込む。夏樹も何を言って良いのか分からず沈黙する。
その沈黙を破ったのは、やって来た薔薇様達と祐巳様を除く蕾達だった。
「ごきげんよう乃梨子ちゃん、夏樹ちゃん。」
沈黙を破ってくれた紅薔薇様の声に夏樹は感謝したかった。あのままでは何を言えばいいか分からなかったのだから。
「ごぎげんよう薔薇様方、由乃様。」
「ごきげんよう。」
挨拶を交わし、各々のメンバーは会議机に着席してゆく。乃梨子さんと夏樹は用意したお茶を出すためにキッチンに向かう。
「あ、夏樹ちゃん、祐巳さんはクラスの用事で遅くなるって。」
夏樹の背後から由乃様の多分にからかいの入った言葉が掛けられる。それに分かっていても反応してしまう夏樹。
短い付き合いだが、由乃様が結構意地が悪い事を夏樹は思い知らされていた。まあ分かるような反応をする方も悪いのだが。
「別に聞いていませんけど・・・・」
極力動揺を隠しつつ夏樹は答える。実を言えば、やって来たメンバーの中に祐巳様の姿が無かった事が気になっていたのだ。
「そんな分かりやすい表情で言われてもね、ホントそういうとこはそっくりな姉妹なんだから。」
残念ながら通じなかったらしい、ついでに祐巳様とそっくりの百面相だと言われてしまう夏樹だった。
「あの・・・まだ私達は姉妹というわけではありません由乃様。」
彼女の前にお茶を出しながら夏樹は抗議するのだが、由乃様は意にも介さない。
「まあそういうことにしておきましょう。とにかく祐巳さんは、先生に今度使う教材を取りに行くよう言われて事務室に寄ってくるって。」
そう言ってから更に意地の悪い笑みを浮かべ付け加える。
「愛しのお姉さまが居なくて寂しいけど待っててあげてね。」
「もうそれくらいにしてあげなよ由乃。ごめんね夏樹ちゃん。」
流石に気の毒に思ったか、黄薔薇様の令様が割って入ってくれる。そんな令様を由乃様は軽く睨むが、あえて何も言わない。
それにしても、スールというのは姉に対し妹は服従するものと聞いていたのだが、この二人に対しては当てはまらないらしい。
由乃様はしょっちゅう令様に噛み付く。もはや恒例行事らしく、万事厳格なあの紅薔薇様さえ口を挟もうとしないのだ。
「でも一人で大丈夫なのかしら?祐巳さん私達の手伝いを断ったけど。」
騒ぎが一段落した所で白薔薇様の志摩子様が由乃様に話しかけてくる。その表情はかすかに曇っている。
「そうなんだよね。一人じゃ大変だから手を貸そうかと言ったのに祐巳さんたら。」
腕を組んで由乃様がぼやく。意地の悪いとこもあるが、基本的に由乃様は面倒見の良い所がある。
それを聞いて令様も心配そうな表情を浮かべ由乃様に聞く。
「クラスの教材って、結構量があるの?」
「量はそれほどでも・・・ただ後で聞いた話ではかなり大きい物ということなのですが。」
由乃様の代わりに志摩子様が心配そうに答える。由乃様も顔をしかめて唸っている。
夏樹はその会話を聞いているうちに嫌な予感がしてきていた。薔薇の館に行くきっかけになった階段の件を思い出したからだ。
多分、祐巳様は由乃様と志摩子様の事を考えて、自分一人でやろうとしたのだろう。そういう人なのだ。
それだけに夏樹は不安なのだ。人の事を思う余り無理をしてしまう祐巳様が。
そして、その不安は最悪の形で的中する。
「す、すいません祐巳さんが・・・・」
薔薇の館の扉を慌てて叩きながら呼びかけてくる声。あれは確か祐巳様のクラスメイトの蔦子様。
その声に由乃様が反射的に席を立つと一階に向かう。やがて息を切らせた蔦子様が由乃様に支えられて部屋に入ってくる。
「じ・・実は・・・」
息が切れてまともに話せない蔦子様。
「落ち着きなさい。」
紅薔薇様がそんな蔦子様に声を掛ける。それを聞いて、何とか息を整えようとする蔦子様。彼女を見守る山百合会一同。
「それで祐巳さんがどうしたっていうのよ!?」
だが由乃様は待ちきれないらしく、何とか息を整えようとする蔦子様を揺さぶる。
「ちょっと由乃。」
「いえ大丈夫です黄薔薇様。それにこうしている場合ではないので・・・実は祐巳さんが先ほど階段から落ちて・・・・」
そう、最悪の形で・・・・・・・
あとがき
いよいよクライマックスというところでしょうか。果たして祐巳の安否は?そして夏樹はどう決断するのか?
次回いよいよ決着がつきます。
それでは。
…………。
美姫 「物語もいよいよクライマックスらしいわね」
…………。
美姫 「本当に、次回が楽しみです」
…………。
美姫 「祐巳ちゃんは大丈夫なのかしら。最後の最後まで目が離せません」
…………。
美姫 「次回もとても待ち遠しいです」
…………。
美姫 「それでは、次回もお待ちしてますね」
…………。
美姫 「ほら、いい加減に起きなさいよ!」
ぐげぇぇ! …………。
美姫 「それでは、また次回で」
フミフミ、ゲシゲシ。
がぁっ、ぐぅ、ごぁっ!(ピクピク)