『僕はプティスール!?』
第五話「幕間」
『紅薔薇の蕾、噂の一年生にスールの申し入れ!?』
夏樹が祐巳から宣言された翌日、リリアンに衝撃的な見出しのリリアン瓦版が配られた。
その衝撃は一年生はもとより、二年生や三年生達の間にも広がっていった。
何しろ注目度では他の薔薇の蕾達とは違うのだ。今更ながら彼女の人気の高さが分かる。
「しかしまあ大胆なことするね祐巳ちゃん。」
黄薔薇である令は瓦版を見ながら席に座り授業の準備をする紅薔薇の祥子に話しかける。
祐巳のスール申し入れの話は、朝に瓦版が配られるとあっという間にリリアン内に広がった。
ここ三年生の令達のクラスでも話題になっている。もっとも祥子がいるせいかそれほど騒がしくなかったが。
祥子がこの手の騒ぎを嫌っていることはクラスメイトも知っているし、まして彼女は関係者である。
何しろ瓦版に載った紅薔薇の蕾こと福沢祐巳は祥子の妹。周りは無用の刺激を与えないようにしているのだ。
もっとも当の本人はこの一連の騒ぎにもまったく関心を見せていない様だった。
「しかし、マリア様の前でって、まるで誰かさん達みたいだね。」
令は瓦版を指で弾くとそれを机の上に置き祥子を見る。周りが避けている話題を堂々と話せるのは親友同士ならではだ。
「で、紅薔薇の蕾のお姉さまである紅薔薇様はどうするおつもりで?」
視線を一瞬令に向けた祥子は準備に戻ると答える。
「別にどうもしないわよ黄薔薇様。私は祐巳がそう決めたというなら何も言う気はないわ。」
それ以上は何も言う気はない。祥子は令に背中を向けるとそう態度で示す。令は苦笑いをすると瓦版をもう一度見る。
(自分だったらどうするだろう。)
ふと令はそう思う。祥子の様に振る舞えるだろうか、と。
将来由乃が祐巳ちゃんと同じ事をしたら・・・・自分はどうするだろうか?取り留めの無い思考に入り込む令だった。
『妹にしたい子が見つかりました。』
初めて祐巳からそう聞いた時、祥子は自分がそれほど動揺しなかったことに驚いていた。
あるいは予想していたのかもしれなかった。二人の姿を薔薇の館で初めて見た時から。
むしろ祥子は祐巳が自分から行動した事の方が驚かされた気がする。今まではどちらかといえば受け身な方だと思ったのだが。
祐巳はそれほどその一年生を妹にしたいと思ったのだろう。祥子は寂しいと思う反面、誇らしいとも思っていた。
(お姉さまもそう思ったのだろうか?)
自分の姉だった前紅薔薇様のことを思い出し祥子は苦笑いした。何だか今日は柄にも無く感傷的になってしまう自分がいた。
(令にはああ言ったけど、一度会ってみたいわねその子に。)
祐巳の心を掴んだという、木村夏樹という一年生に。
昼休み・銀杏並木。
黄薔薇の蕾の由乃と白薔薇である志摩子の二人が歩いていた。
「あの祐巳さんがね、未だに信じられないわ。」
「でも、ある意味彼女らしいといえるわ。」
この二人の話題もやはり祐巳のスールのことだった。祐巳の親友である二人にとっても今回の事は唐突だった。
「志摩子さん、乃梨子ちゃんから何か聞いていたの?」
由乃は立ち止まると志摩子の方を見て聞いてくる。
「いえ、乃梨子は何も。今回、あの子は夏樹ちゃんに大分肩入れしている様だけど。」
夏樹の為、山百合会の活動を休み、常に夏樹の傍にいるつもりらしい。
『暫く山百合会やお姉さまに迷惑を掛けてしまいますがお許し下さい。』
前日、帰ったはずの乃梨子が戻ってきて志摩子に言った言葉だ。普段感情を表さないあの子に珍しく、必死の感じだった。
「まああの二人、境遇が似てるもんね。」
頭の後ろで手を組んで由乃が言う。志摩子も銀杏並木を見上げながら頷く。
「乃梨子にとっては他人事ではないと感じているのね。」
姉としてそんなあの子を見守ってあげるしかないわね、志摩子はそう決意していた。
「木村夏樹ちゃんね。」
写真部の部室で蔦子は一枚の写真を見ていた。それは夏樹の写真だった。
高等部への転入生というのは非常に珍しかったこともあり、蔦子は何枚か彼女(実は男なのだが)を撮っていた。
祐巳さんはこの子のどこに惹かれたんだろうか。確かに可愛いし素直そうだ。
でも祐巳さんはそんな外見的なことで妹にしたいと思ったわけではないだろう。
これでも祐巳さんの友人を一年以上やっているのだ。そのくらい分かっているつもりだ。
『姉なんて柄じゃないとは思っているけど。でも夏樹ちゃんとなら良い姉妹になれるなんて、調子がいいかな。』
にこやかに話していた祐巳さんの顔を思い出す。それはとても良い顔だった。撮りたいと思うのを忘れてしまうくらいに。
妹を作らないと言ってしまったことを少し後悔してしまいそうになるくらいに。
「さてどちらに転ぶかしらね。まあどっちに転んでも興味深いものが撮れそうだけど。」
祐巳さんと夏樹ちゃん、期待しているわよ。笑みを浮かべるとカメラを持ち、部室を出る。
「さて行きますか。」
「ごきげんよう、夏樹さん。」
朝、私はマリア様の像の前で彼女を待つ。少し疲れた表情をしながらも挨拶を返してくれる。
「ごきげんよう、乃梨子さん。」
思わぬ事から騒動(と言ってもいいだろう)に巻き込まれたのはクラスメイトの木村夏樹さん。
2学期からここリリアンに来た。学年の途中での転入というところはあるが、外部からという点では私と同じ境遇だった。
そんなこともあり、彼女とは転入時から親しくなっていった。何しろ周りは幼稚舎からという筋金入りのリリアン達。
入学から数ヶ月たった自分でさえ未だにここの空気に慣れない。転入したての夏樹さんなら尚更だろう。
もちろんそう言いながらリリアン独自のスール制度に身を置き、象徴たる山百合会に所属している私なのだが。
志摩子さん・・お姉さま(この言い方にはまだ慣れない)は素晴らしい人だし、山百合会の人達も良い方ばかりだ。
だがやはり壁みたいな物を感じてしまう時がある。それに皆上級生というのも疎外感を感じてしまうのだった。
一方同級生の人達となると、私が生粋のリリアンではないせいか更に壁を感じてしまうことがある。
加えて私は一年生ながら白薔薇の蕾。薔薇の名はリリアン達にとって絶大な影響力を持つものらしい。
おかげで皆一歩引いた態度で接してくるのだ。そのせいで私は親しい同世代の友人というものを持てなかった。
そんな時現れたのが夏樹さん。戸惑う彼女を助けているうちに、私も何時の間にか救われた気持ちになっていた。
「毎朝迷惑を掛けてるね。」
夏樹さんはすまなそうに私を見る。自分が大変な状態にあるのに、彼女は他人の心配ばかりする。
「迷惑なんて思っていない。自分がしたいと思っているからやっているだけ。」
だから私はそんな彼女を放って置けない。それに自分の為という点もある事は否定できない。
そう、せっかく出来た友人を私は失いたくなかったのだ。例えそれが私の独りよがりであったとしても。
私はマリア様に祈る。
・・・・・・・・私の友人を守ってほしい、と。
あとがき
幕間−祐巳と夏樹の周りの人達の心境を描いてみました。いかかでしょうか?
心理描写っていうのはとても難しいですね。
それでは風邪などひかぬ様、ご自愛下さい。
祐巳の妹宣言によって周りに広がる波紋。
美姫 「意外と祥子は冷静だったわね」
まあ、あまり取り乱すような方ではないしな。
美姫 「さて、この騒ぎの中、夏樹はどう動くのかしら」
その辺も楽しみの一つだね。
美姫 「それじゃあ、次回も期待してます」
ではでは〜。