『僕はプティスール!?』
第二話「運命の再会?」
祐巳と夏樹が出会った翌日。登校してきた夏樹は前にもまして視線を感じていた。
転入生ということで、その物珍しさからだと思っていたのだが、今日のはそれとは違ってみえた。
「?」疑問符を頭の上に浮かべ教室へ入り、机に座ったとたん。その周りを女生徒達に囲まれる。
夏樹の困惑は更に深まった。たしかに転入当時にはこうやって囲まれたが、どうも今回はそれとは違うようである。
「あ、あの・・・・」
取り囲む女生徒達を見渡して夏樹は事情を聞こうとしたが、それよりも早く女生徒が口を開く。
「ごきげんよう夏樹さん。ところでお聞きしたいことがあります」
何か殺気だった(?)雰囲気を感じ夏樹は緊張して、その女生徒を見る。
「昨日の朝の廊下で”紅薔薇の蕾”と抱き合っていたというのは本当ですか?」
「へ?」
そのセリフに夏樹は数分間思考がフリーズした。
(誰と抱き合っていたって?)
「どうなんですか?夏樹さん」
他のクラスメイトも険しい表情を浮かべ、詰問してくる。しかし、夏樹には事態がまったく飲み込めなかった。
「言えないんですか」
夏樹が呆然としているのを、惚けていると思った先ほどの女生徒が更にきつい調子で聞いてくる。
「皆さん、それは違いますよ」
そんな状況のなか、後ろの方からそんな声が掛けれる。夏樹も含めた全員が振り向く。
そこに立っていたのは、乃梨子だった。ちょうど登校してきたのだろう。机にかばんを置くと全員を見渡して言う。
「昨日は、祐巳様と夏樹さんが廊下でぶつかって倒れてしまっただけです。祐巳様がそうおっしゃっていました」
クラスメート達の間にあった険悪な雰囲気が薄れていく。
「そうだったんですか、申し訳ありませんでした夏樹さん」
先ほど詰め寄ってきた女生徒が謝ってくる。他の女生徒達も口々に謝罪してくる。
「いえ、判っていただけたのなら」
そう言って夏樹が彼女達の謝罪を受け入れると、女生徒達は自分の席へ戻って行く。
(いったい何だったのだろう?)
夏樹は首を捻って考える。答えによっては先ほどの女生徒達は自分をつるし上げそうな雰囲気だった。
そんな夏樹を見て乃梨子が苦笑いを浮かべて説明してくれる。
「祐巳様は一年生の間ではとても人気のある人なの。」
乃梨子の説明によれば、紅薔薇の蕾である祐巳は、その親しみやすさで特に下級生達に絶大な支持者がいる。
「えっと、紅薔薇の蕾ってもしかして?」
「ええ、山百合会の一員。紅薔薇様の妹よ。」
夏樹の問いに乃梨子が答える。それを聞いて夏樹は母親から聞いた話を思い出す。
「山百合会っていうのは、普通の学校では生徒会と呼ばれているものよ。」
「主だったメンバーは三人の薔薇様達。」
自分もかつてリリアンの生徒だった母親は懐かしそうに話す。
「紅薔薇様、黄薔薇様、白薔薇様。三人は生徒達にとっては憧れの存在だったわ。」
夏樹は外見はともかく、感性は一応男のつもりなので、スールの話を含めて理解できない世界だった。
「たった三人で生徒会を運営しているわけ?」
そんな夏樹の疑問に、母親は笑って答える。
「そんなわけないわ。3薔薇様の妹達が補佐をするのよ。」
「そしてその妹達は、次世代の薔薇様ということで、蕾と呼ばれているわ。」
母親の説明に、夏樹は感心したように言う。
「何だかすごい世界だね。まあ、スールだって理解できない話だけど。」
「まあ私も最初は驚いたけどね。あ、ちなみに蕾に妹がいればその娘達も山百合会を手伝うわ。」
その母親の話を聞き夏樹はますます別世界のような気がしたものだった。
「つまりさっきの娘達は、祐巳様の妹になりたいと思っているの。だから噂に敏感になる。」
夏樹はそのセリフに冷や汗が出るのを感じながら、乃梨子に聞く。
「噂ってもしかして昨日のこと?」
乃梨子は頷いて答える。
「紅薔薇の蕾と抱き合っていた転入生の一年生がいたってね。あっというまに広がったみたい。」
夏樹は絶望的な表情になる。出来れば目立ちたくはないのだ。なのにそんな噂が広まっているなんて。
「私も散々聞かれたわ。まあ、事情を祐巳様から聞いていたからその度に説明しておいたけど。」
同情的な視線で夏樹を見て乃梨子は言う。
「当分は質問攻めを覚悟したほうがいいわね。」
夏樹は泣きたくなってきた。
ちなみに乃梨子が、白薔薇の蕾であることを夏樹が知るのは、しばらく後のことになる。
「祐巳さん、昨日転入してきた一年生と衆目の前でラブシーンを演じたのって本当?」
その日の昼休みに薔薇の館で祐巳は、一緒に昼食をとっていた由乃にそう聞かれ危うく噴き出しそうになる。
「な、な、何言って・・・・」
かろうじてハンカチで防いだ祐巳は目を白黒させて由乃に聞く。
「違うの?会う人皆から聞かれるんだけど。」
由乃はお茶を飲みながら言う。
「そういえば私も聞かれたわ。」
祐巳の隣で同じように昼食をとっていた志摩子も言ってくる。
「志摩子さんまで何言ってるの・・・・」
疲れきった表情で祐巳は肩を落とす。
今、薔薇の館には、祐巳達3人しかいない。白薔薇様と黄薔薇の蕾、そして紅薔薇の蕾。
志摩子と由乃、そして祐巳である。
紅薔薇様の祥子様と黄薔薇様の令様、そして白薔薇の蕾である乃梨子はそれぞれ用事があるとのことで居ない。
「それは確かに一年生の娘と廊下でぶつかったけど、ラブシーンっていったい。」
どうしたらそんな話になってしまうのかと、憤慨したり恥ずかしくなったり。
お得意の百面相をしながら二人に聞く。
志摩子と由乃は互いに顔を見合わせる。
「違うんだ?」
真面目な顔で聞いてくる由乃に祐巳はさらに脱力する。
そういえば二人に昨日のことを話していなかったことを祐巳は今更ながら思い出す。
唯一乃梨子ちゃんにはたまたま二人っきりになった時に話したが、他の人達には忙しさに紛れ話していなかった。
「まあ、祐巳さんに限ってそんなことは無いとは思いましたが。」
志摩子は穏やかな笑みを浮かべてそう言ってくれるのだが。
一方、由乃は意地の悪い笑顔を浮かべて言ってくる。
「うかつよ祐巳さん。それでなくっても誰が紅薔薇の蕾の妹になるのか、注目されているのだから。」
そうなのだ、紅薔薇の蕾こと祐巳に妹が何時できるのか?それは誰なのか?
一年生達はもとより、関係のないはずの同級生や上級生までその話題で持ちきりだった。
祐巳としては何故自分のスールのことがこんなに騒がれるのか不思議でしょうがない。
『自分が紅薔薇の蕾だからかな?』
何しろ自分が紅薔薇様になったら(とはいっても本人は実感がまったく湧かないのだが)その妹は蕾となり、
将来は紅薔薇様となるのだ。山百合会の未来を担ってゆくのだから注目されるのか、そう思ったのだ。
それを聞いた志摩子と由乃はそろってため息を付き思ったものだ。
(祐巳さん、ぜんぜん分かっていない。)
注目されるのは祐巳だからであり、紅薔薇様とか山百合会とは別のことなのだ。
第一祐巳が紅薔薇様になった時の事がまったく抜けている。そちらの方が重要だと思うのだが。
ちなみに祐巳のお姉さま、現紅薔薇様の祥子様もあえて言わないが同じ気持ちらしい(令様によれば)。
『良くも悪くも祐巳さんらしいわね。』とは現白薔薇様と次期黄薔薇様の言葉である。
「ともかく、しばらくは突如現れたその一年生の話題で盛り上がりそうね。」
志摩子は何が嬉しいのかそう言って、弁当をしまう。
「相変わらず注目度抜群ね祐巳さん。」
由乃も同じように笑いながら言ってくる。
「人事だと思って・・・・」
祐巳のぼやきと二人の笑い声にチャイムが重なる。
放課後。
授業の終わった祐巳は、前日お姉さまに取ってくるように言われていた荷物を職員室で受け取り薔薇の館へ向かっていた。
その足取りはハッキリいって危なっかしかった。
「やっぱり手伝ってもらった方が良かったかな。」
そう思う祐巳だったがいささか遅かった。
実は由乃が手伝おうかと言ったのだが、「自分一人で大丈夫。」と言って断ったのだ。
お姉さまが自分に頼んだことだからということもあったのかもしれない。妙なところで頑固な祐巳である。
荷物はダンボール箱が2箱でそれほど重くはないのだが、何が入っているのか中で動き回りバランスが悪い。
おかげで祐巳は左右に蛇行して歩く羽目になっている。それでも何とか薔薇の館近くまできたところで事故が起こる。
バランスのことばかり気にしていた為、階段に気づくのが遅れてしまったのだ。
ものの見事に足を踏み外した祐巳は荷物ごと投げ出されそうになる。
「え、きゃー」
女子高での生活という、健全な男にはハードすぎる一日を終え夏樹は帰宅しようとしていた。
(こんなことでやっていけるんだろうか?)
こうなったら一日でも早く元の学校に、男子高生として戻ってやると誓う夏樹だった。
ちなみに一番きつかったのは体育の、それも着替えだったのはお約束である(笑)。
その時夏樹は前を蛇行しながら歩く見覚えのある髪型の女生徒に気づいた。
(あの人は確か・・・・)
思い出そうとしていた夏樹は、その女生徒が足元を良く見ずに階段を降りようとするのに気付く。
「危な・・」
そう言おうとした瞬間、その女生徒は足を踏み外す。
「え、きゃー」
急速に落下してゆく感覚に祐巳は目を瞑る。
(駄目!!)
祐巳がそう思った時。がっくと体が後方へ引っ張られる。
「大丈夫ですか。」
声を掛けられ祐巳は閉じていた目を開ける。そして彼女の顔を覗き込む女生徒に気付く。
(あれ、この娘確か?)
自分のことを心配そうに見る彼女を祐巳はじっと見つめてしまう。
(そうだ昨日ぶつかってしまった一年生の娘だ。・・・・ってあれ?)
ようやく祐巳は自分がどういう状態なのかに気付く。後ろから抱えられ顔を覗き込まれている。
見ようによってはキスしようとしているようにも見える。
「わっ、わっ、ごめんなさい。」
慌てて起き上がろうとするが、じたばたするだけで状態は一向に変わらない。
「落ち着いて下さい。祐巳・・様。」
その声でじたばたするのを止める祐巳。それを確認すると女生徒はきちんと立たせてくれる。
ほっと一息付いた祐巳は改めてその女生徒を見る。彼女より頭一つ高い身長と綺麗なショートカットの黒髪。
昨日会った一年生の女生徒。祐巳とうわさになった彼女に間違いなかった。
「えっとありがと、夏樹ちゃん・・・だったよね。」
「はい、祐巳・・様。」
言い馴れないのかどもってしまう夏樹。その姿に祐巳は微笑する。
「兎に角助かったわ。一時はどうなるかと思っちゃった・・・・」
階段の下の方を見て今さながら落ちてしまった時のことを想像して怖くなる祐巳。
「そうですね。間に合ってよかったです。」
夏樹はそう言って微笑む。その眩しい笑顔に思わず目を逸らしてしまう祐巳。
「ところでその荷物はどこま運ぶんですか。」
だが、そんな祐巳の様子に気付かず夏樹は聞いてくる。
「あ、えっと薔薇の館までなんだけど・・・・」
「薔薇の館って、山百合会の?」
祐巳の答えに、夏樹は薔薇の館が何であるか思い出す。曰く3薔薇様が山百合会の執務を行う場所だと。
「そうよ。あっ急がないと。それじゃほんとにありがとうね。」
そう言うと祐巳は荷物を持ち直しこんどは慎重に階段を下り始めようとする。
その姿を見た夏樹は祐巳が持っていたダンボールの箱の一つを自分の手に取る。
「手伝いますよ。」
驚いて夏樹を見る祐巳にそう答えて歩き始める。
「でも、助けてくれたうえにそんなことまでしてもらったら。」
恐縮して断ろうとする祐巳に夏樹は微笑みながら答える。
「そのままでは危ないですよ。二人で運んだ方が安全です。」
「うん。そうだね。じゃお言葉に甘えていいかな。」
夏樹に微笑み返しながら祐巳は先導して薔薇の館に向かう。
その姿はさながら仲の良い姉妹のようだった(どちらが姉に見えるかは別にして)。
しかし、この日の出来事がさらに夏樹を悩ますことになるのだがこの時点で気付きもしなかった。
つづく
あとがき
だいぶ間が空いてしまいましたが、第二話を何とか出すことができました。
何しろ作者は、「マリみて」の小説は一巻しか読んだことがなく、アニメもほとんど読んでいないという状態。
まあこれでよく書く気になったものだと思います(笑)。何か美姫さんに怒られそう・・・いえ何でもありません(汗)。
それではこのごろ『背後』が気になるh.hiroyukiでした。
投稿ありがとう〜。
美姫 「背後だけじゃなく、正面も大事よ」
こらこら、一体何をするつもりだ。
美姫 「冗談よ、冗談♪」
お前が言うと冗談には聞こえないんだが…。
美姫 「何か言ったかしら?」
な〜んにも。
さて、今回の事がまた噂になって…。
美姫 「夏樹が徐々に祐巳の妹候補として知れ渡っていくのね」
一体、どんな展開を迎えるのか楽しみにしてます。
美姫 「それじゃあ、また次回でね」
ではでは〜。