『僕はプティスール!?』




第一話「二人の出会い」



緑豊かな乙女達の花園、リリアン女学園。
ある意味清楚と呼べる制服に身を包み、優雅に歩く生徒達。
純粋培養のお嬢様を育成すると言われるこの学園のマリア像の前。
髪を両側でまとめ、リボンで結んだ小柄なその女生徒の名は、福沢祐巳。
やがてお祈りを終え顔を上げた祐巳に後ろから声が掛けられる。

「ごきげんよう、祐巳様」

「ごきげんよう、乃梨子ちゃん」

振り向いた祐巳は、後ろに立っている二条乃梨子に微笑んで答える。
乃梨子がお祈りを捧げ終わるのを待って、二人は歩き始める。

「今日は、祥子様とはいっしょではないのですね」

「うん、お姉さまは今日用事があるから先に行かれたの」

乃梨子の間いに祐巳は溜息を付きながら答える。その表情がいかにも寂しいと
いっているようで、乃梨子は笑ってしまう。

「後で薔薇の館で会えるじゃないですか」

そう言う乃梨子に祐巳は「まあね」と言って肩を窄める。

「そういえば昨日、うちのクラスに転入生が来たんですよ」

ふと思い出したように乃梨子が言う。

「へっ、転入生?めずらしいね」

どちらかというと幼稚舎からエスカレータ式にあがってくる生徒が多いリリアンで
途中転入というのは非常にまれというか聞いたことがない。
中等部や高等部からリリアンというのならあるが。

「ええ、ですからとても話題になってますよ」

乃梨子はそう言って、昨日のことを思い出す。



「本日から、皆さんとこのクラスで学ぶことになった、木村夏樹さんです」

担任の教師が、黒板の前に立つ女生徒を紹介している。
柔らかい線で描かれた目鼻だちと、さらさらとした髪を肩まで伸ばしている女生徒がぎこちなく頭を下げて挨拶する。

「き、木村夏樹です。よろしくお願いします」

「それじゃ木村さんは、そちらの二条さんの隣の席へ。二条さん、お世話をお願いしますね」

挨拶の終わった夏樹を教師がそう言って促して、乃梨子の隣に座らせる。

「ごきげんよう、夏樹さん」

乃梨子はそう言って夏樹に笑いかける。

「は、はい、ごきげんよう」

夏樹は緊張した表情で答えてくる。そんな様子に乃梨子は笑みを深くする。
それにしても同性の乃梨子も見とれるような可憐な少女である。

(うーん、志摩子さんとはまたちがった美少女よね)

「分からないことがあれば聞いてね」

「ありがとう。二条さん」

乃梨子の言葉に夏樹が答える。

「乃梨子って呼んでね。ここでは名前で呼ぶことになっているから」

「そ、そうですか。わかりました、の、乃梨子さん」

どもりながら答える夏樹に親近感を覚える乃梨子。
彼女もリリアンには途中から来ただけに、そのへんの苦労も何となく分かる。
ホームルームが終わり授業が始まる。乃梨子と夏樹は教壇の方に顔を向けた。



「へー、そんなに綺麗な娘なんだ」

祐巳は乃梨子と話をしながら下駄箱に歩いてゆく。

「ええ。おかげで同じクラスの人たちだけでなく、他のクラスの人まで彼女を見にくるくらいで」

「そりゃすごいね」

その状況を思い描いて祐巳は苦笑する。お嬢様学校とはいえ、女の子が噂好きなのはどこでも変わらない。
やがて玄関前で乃梨子と別れ、祐巳は自分の下駄箱に向かう。
靴を履き替え教室へ急ごうと祐巳は足早に廊下を歩く。もちろんリリアン生徒としてはしたなくないようにだが。
そして廊下を曲がったその先に・…



祐巳が曲がろうしたその先に一人の女生徒が立って窓の外を見ていた。その女生徒の名は木村夏樹。
夏樹は窓から見える女生徒達を見ながら、何度目かの深い溜息を付いていた。

(やっぱり間違いだよな。男の僕がここにいるのは)

どこから見ても完璧な女生徒に見える夏樹が、実は男なのだとは誰も想像しないだろう。
それはまるで、創造の神が容姿と性別を正反対にして生み出してしまったかのようだ。
仕草も完璧だった。もちろんこれは本人の意思でなく、ウェイトレスのバイトをやらされた時に身に付いたものだ。
これにより夏樹は苦難の人生を歩むことになる。その最たるものが、リリアンヘの転入だろう。
だが最近までは一応男として認知されていたのだ。正確には夏休みが始まるまでは。

(何でこうなったんだろうな)

そんなことを考えていた夏樹は、廊下を歩く女生徒達が自分を見ていることに気づく。

(またか、そんなに珍しいのかな。いやもしかして怪しまれてるのか?)

転入時から、こんな視線をしょっちゅう感じている夏樹はそんなことを考えてしまう。
が、事実は違っていた。視線は夏樹の容姿ゆえに集まっていたのだ。(本人は気付いていないようだが)
そんな視線にまた何度目かの溜息を付き、教室に戻ろうと前を向いたとたん・…



廊下を曲がって来た祐巳と夏樹は正面衝突してしまった。
しかも祐巳の方が勢いがあったせいで相手を押し倒す格好になってしまう。

「え?」

その光景に奇妙な既視感を覚える祐巳。

「ちょ、ちょっと大丈夫?祐巳さん」

慌てて声を掛けてきたのは、祐巳の友人の武嶋蔦子だった。

「あ、蔦子さん」

祐巳は蔦子の言葉で我に返る。そうだ私廊下を曲がって・…誰かと衝突して。
次の瞬間、状況を理解する祐巳。

「だ、大丈夫ですか?!」

慌ててその女生徒の上から退くと彼女を揺さぶろうとする祐巳。が、その腕を蔦子が抑える。

「駄目よ祐巳さん。頭を打っているかもしれないから揺すっちゃ」

その声にピタリと動作を止める祐巳。どこかで聞いたようなセリフにますます既視感が強くなる。

「い、たたた」

その女生徒はうめきながら上半身を起こす。

「こめんなさい、私前をよく見てなかったみたいで」

祐巳はそう言ってその女生徒に謝る。

「いえ、こっちもぼんやりしていたし」

その女生徒はそう言って笑う。どうやらたいしたことはなかったらしい。
ほっとした祐巳は、蔦子と一緒に女生徒を立ち上がらせてあげる。

「本当にごめんなさい。えっと…」

立ち上がって乱れた髪や制服を直している女生徒に話し掛ける祐巳。
改めて見ると結構な美人である。背も頭一つ分祐巳より高い。それに髪の毛。
お姉さまである祥子様にも負けない艶やかな黒髪を肩まで伸ばしている。

「保健室に行かなくても大丈夫かな」

蔦子が祐巳のセリフを引き取る感じでその女生徒に聞く。

「はい、大丈夫だと思います」

捻ったり伸ばしたりして異常の無い事を確認した女生徒は答える。

「そう、何かあったら言ってね、私2年松組の福沢祐巳といいます」

祐巳は念の為に自分の名前とクラスを教えておこうとした。

「わかりました、ぼ、私は1年椿組の木村夏樹です」

(へ、もしかして乃梨子ちゃんのクラスに来た転入生?)

その女生徒の名前を聞いて祐巳は驚く。
まさか、乃梨子の話を聞いた直後にその転入生に会うとは。
祐巳は不思議な気持ちになる。ちなみに顔は何時も通り百面相していた。
それを見て蔦子は苦笑いし、夏樹は戸惑った様な顔をする。
だが何時までもそうしてられないと思い夏樹が言う。

「それじゃ失礼します」

祐巳と蔦子に、夏樹はそう言って頭を下げると、一年の教室のある校舎へ向かう。

「あ、うん。本当にごめんね」

祐巳はもう一度謝る。夏樹も再度会釈すると歩いて行く。
その夏樹の後姿を見送りながら、蔦子が言う。

「それにしても今の光景、祐巳さんと祥子様だね」

そう言われ祐巳はようやく今まで感じていた既視感の意味が判った。
薔薇の館で初めてお姉さまに会った時、今のように…

「まあ、今回は祐巳さんの方がぷつかっていったみたいだけどね」

面白そうに蔦子は言う。

「うーん、それじゃこれって運命の出会いっていうのかしら」

そう言って考え込む祐巳。それを見て蔦子は苦笑いを浮かべて言う。

「ぶつかるたびに運命の出会いがあったら、大変だと思うけどね」

そう言われ祐巳も頬を掻きながら言う。

「まあそうなんだけど」

考えてみればぶつかる相手にそのたびに運命を感じていたらきりがないだろう。
祐巳はそんなことを考えた自分がおかしくなった。
しかし、これが笑いごとではなく本当に意味のある出会いだと祐巳が実感するのも、もうしばらく後のことだった。
福沢祐巳と木村夏樹。二人はこうして最初の出会いを果したのだった。



つづく




あとがき
時間が掛かりましたが、第一話をお送りします。
二人の出会いはどうでしたか? 上手く描けたでしょうか。ちょっと心配です。
第二話では、いよいよ接近してゆく二人を描いていきたいと思ってます。




h.hiroyukiさん、ありがとうございます。

美姫 「二人の出会いはこんな感じだったのね」

ここから、徐々に接近していく二人が見れるわけですな〜。
う〜ん楽しみ♪

美姫 「次回も宜しくお願いしますね」

ではでは。







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